ファイナルトイレ はい。こちらこそ。
そんなこんなで付き合うことになった俺たちは、これを機に同棲を始めることになった。
いずれ夫婦になるであろう俺たち。結婚する前に同棲は絶対しておきなさいなんていう格言も頭に入れながら、それに従うわけじゃないけど、自然とそういう流れになっている。
それでも普段俺たちは学生だし、相変わらずオカルト研究部の活動は多忙だから、綾ちゃんとの関係性に、そこまで大きな進歩はなくて……。
「あのさ、綾ちゃん」
「……な、なにかしら」
「えっと……。そんなに身構えられると、困るんだけどね」
「困るのはこっちの方よ。相変わらずかっこいいし、声も素敵。私の中の精密採点DXは、常に百点を示しているわ」
「それは良かった。で、なんだけど。今日は久々に休みだし、二人でどこかに出かけない?」
「あのその……。まず、私はトイレに行ってくるわ。だって、トイレに行きたいもの」
「あ、うん……」
こんな風に、綾ちゃんは付き合い始めてから、常にベールを脱いでコミュニケーションを取ってくれるようになったのはいいことなんだけど……。
その代わり、何か恥ずかしいことがあると、トイレにこもってしまうようになってしまった。
トイレ、というと、俺たちが付き合うきっかけになった、運ちゃんを思い出す。
結局俺は、運ちゃんにお礼を言えなかったのが、心残りだ。
それは綾ちゃんも同じだと思うけど、俺たちのエゴでまたハンカチに魂を吹き込むというのも、身勝手な気がして、そういうことはしないようにした。
「はぁ……。ただちょっと買い物しようと思っただけなのになぁ」
「そうだよね……。買い物に誘っても、買うモノだけ買ったら解散になるのがオチだし、これだからホストはダメっていうか」
「起きてたんですか。先生」
「起きてたよ。でも、せっかく彼氏ができて、イチャイチャする夢を見ていたのに、起きてしまって残念って感じだけどね。はぁ~あ。目が覚めたら、隣でイケメンが眠っててくれないかなぁ」
「顔洗ってきたらどうですか。頭が働いてないみたいなんで」
「うう……。顔を洗って、タオルで拭いて、目を開けたら、目の前にイケメンが……」
独り言を呟ながら洗面所へ向かう先生の背中は、相変わらず寂しさを身にまとっていた。
見ての通り、あれから色々あって、この家には、先生も一緒に住んでいる。
同棲と言えど、夫婦水入らずというわけにもいかなくて。それはまぁ、未成年だし当たり前と言えば当たり前なんだけど、俺としては不満が大きい。
ただ、どっちみち先生はオカルト研究部の方で協力してもらう機会が多いし、綾ちゃんを夜遅くまで連れまわすことも多かったから、こっちの方がそういう意味での都合の良さはあるのだった。
「ちょっと針岡くん。なんかトイレから、変な声が聞こえてくるんだけど。また運さんのパターンなんじゃないの?」
「違う違う。綾ちゃんですよ」
「なんだ神川さんか……。って、神川さん?大丈夫なの?」
「お出かけに誘ったら、ああなってしまいました。多分一時間は出てこないです」
「困った子だなぁ本当に。針岡くんも大変な女の子を彼女にしちゃったね。苦労するでしょ?」
「その苦労の何倍も、幸せが多い日々を送ってるんで、大丈夫です」
「かぁ~!羨ましいなぁ!羨ましすぎて、頭おかしくなりそうだよ!だって先生はさ?今日も朝から合コン。昼はランチを兼ねての合コン。夕方は喫茶店でまったりしつつオンライン合コン。夜は……。反省会。ね?スケジュール真っ黒なの!忙しいの!休日くらいゆっくりしたいなぁ!」
「全部自分で入れた予定じゃないですか……。あと、反省会が予定に入ってる時点で、彼氏作る気ありませんよね?」
「う、うるさいなぁ!教師に逆らう生徒は、その……。ダメだから!」
朝から元気だけは良い先生は、最近眼鏡から、コンタクトに変えた。
俺としては、眼鏡をかけた先生の方が好みだし、そもそも先生にかかっている呪いは、眼鏡をコンタクトに変えたくらいじゃ、なんの効果も無いってことは忠告したのに、「何もしないよりマシだから!」と言って、聞かなかったのだ。
「とりあえず、朝ごはん食べたらどうですか。綾ちゃんが作ってくれてるし」
「ありがたいね……。朝から人の作ったものが食べられるなんて。本当に先生、ここに来てよかった」
「居心地が良いからって、いつまでも居座られちゃ困りますからね?一応、俺と綾ちゃんの家なんだから」
「わかってるよ。だから……。本当に邪魔になった時は、言ってね」
味噌汁を飲みながら、シリアスなセリフを吐く先生は、冗談を言ってるようには思えなかった。
「まぁ、現状はマイナスにはなってないんで、いいですけどね」
「あのね針岡くん。先生これでも、二人がめちゃくちゃやった後の処理とか、はちゃめちゃやった後の謝罪とか、結構頑張ってるんだからね?」
「そうですね。感謝してますよ」
「もっと心を込めていいなさい!心を!」
何て言い合っているうちに、綾ちゃんが帰ってきた。
まだ十分くらいしか経ってない。思ったより早かったな。
「お帰り綾ちゃん。元気?」
「元気よ。すごく元気。毎朝聖ちゃんの顔が見られるだけで、私は幸せだから」
「ふぅ~!いいねぇ二人とも!そういうやり取り、先生もイケメン彼氏としてみたい!」
「阿岸先生。おはよう」
「あ、うん。おはよう。そんな落ち着いたテンションで挨拶されると、なんだか申し訳なくなってきちゃうな……。先生、ここにいて大丈夫?自分の部屋で食べようか?」
「いいのよ。そこにいなさい」
「お、お言葉に甘えて……」
こうして、この家の住人が、全員椅子に座る形となった。
綾ちゃんは、指を忙しく動かしながら、俯いている。
「えっと、綾ちゃん。お出かけの件だけど」
「そうね。お出かけは……。するべきよね。私たち、カップルだし」
「いや、無理にとは言わないよ。綾ちゃんに用事があるんだったら」
「無いわ。用事なんて。皆無よ。強いて挙げるとすれば、本部に提出する予定だった書類をやり忘れていたから、先生にやらせることくらいね」
「ねぇそれって神川さんの予定じゃないよね私の予定だよね?ていうかその話、期限いつまで?」
「今日の昼ね」
「……キャンセルの電話入れてくるから。はぁ~あ。また彼氏ゲットから一歩遠ざかり~」
しなびれた様子で玄関に向かう先生を、綾ちゃんが目で追っている。
「どうかしたの?」
「なんでもないわ。なんだか、背中が寂しさを纏っているような気がしただけよ」
「あ、それ、俺も同じこと思った。なんか哀愁のある背中なんだよなぁ先生って」
「でも、私たちもそうなりかけていたのよね」
「……それはないんじゃない?あれだけお互い好き同士だったらさ、いつかはこうなってたと思うよ」
「聖ちゃん……」
綾ちゃんの目が、ウルウルしている。
そして、自然と距離が近くなっていき……。
「聖ちゃんって、近くで見ても、遠くで見ても、かっこいいわよね」
「綾ちゃんは、近くで見ても、遠くで見ても可愛いよ」
「むしろ、見なくてもかっこいいわ。目を閉じていても、かっこいいって伝わってくる」
「綾ちゃんがここにいなくても、可愛さだけが聞こえてくる気がするよ。そのくらい……。可愛いし、好き」
「……なんでそういうこと、言えちゃうのかしら。本当に好きなんだけど」
「綾ちゃんが吹っ掛けてきたんだよ。その可愛い顔で」
「……先生が、戻ってきちゃうわ」
「そうだね。でも、それがどうかしたの?」
「え……」
「……いい?」
「……いい、かも」
許可を得たので。
俺は綾ちゃんに、キスをした。
柔らかい感触と、脳みそまで溶かされてしまうんじゃないかってくらいの甘さ。
なにより、一度それを覚えてしまった体が、餌を欲しがるように、熱く反応してしまう。
二回目のキスをしようとしたところで、綾ちゃんがそれを止めてきた。
「どうして?綾ちゃん」
「ダメよ。こんなの。だって……。まるで、エッチな本みたいな展開じゃない」
「だって俺たち、同棲してるんだよ?いつかは夫婦になるんだよ?このくらいは……」
「あのね聖ちゃん。私たち、きっとずっと一緒にいるんだから、これ以上関係を進めたら、いずれ停滞を迎えると思うの。それはとても怖いことだわ。だからこの辺りで……ね?」
「そうだね。先生もガン見してるし」
「いやそうだよガン見してるよ。ていうか針岡くんは先生と目が合ったよね?何キスのおかわりしようとしてるの?そういうプレイなの?女の子はね、そういうの嫌いなんだから」
「……そんなことないわ。強引にされる方が、私は好きだもの」
「好きなんだってさ!ふん!ご飯の続きた~べよ!」
ふてくされたように、白飯にがっつく先生は、背中だけでなく、ついに前面にも寂しさが漂っていた……。
「お出かけ、するのよね。私、着替えてくるから、少し待っていてくれるかしら」
「わかったよ。待ってる」
「じゃあ、またあとで」
綾ちゃんが部屋に戻り、食事をする独身女性と、二人きりになってしまった。
「なに。先生のこと見てないで、さっさと針岡くんも、部屋に戻ったら?」
「いや、その必要はないですよ」
「どうして」
「……だって、多分こっから、二時間は待たされますから」
「大変なんだね、カップルって」
それでも、綾ちゃんの言うように、俺たちの関係性は、スローペースでもいいんだと思う。
だって、結局いつかは、結婚するんだから。
どちらがお嫁さんになるのか、それは、過去の俺の発言のせいで、わからないけれど。
それでも、幸せな家庭を築いていけることを、確信している。
俺は今、とっても幸せだ。
ありがとう。運ちゃん。
幼馴染の家のトイレに入ったら、美少女がいたので、とりあえず一緒に暮らすことにした 藤丸新 @huuuyury
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