第681話 滅び6


 俺が下した命により、罠が張り巡らされた教官の陣地へと飛び込んでいく『白天壊王ソル・ブレイカー』。



 『白天』の名の通りの純白の装甲に包まれた機体。

 金剛力士を思わせる太く逞しく映る体形。

 全高6mに及ぶ巨体は正しく破壊の権化を思わせる偉容。 


 しかし、頭に突き出した2本のウサ耳がほんの少しのユーモアを添付。

 武骨な外見でありながらも、決してそれだけではない茶目っ気も備える。


 

 俺が手にした最も新しい宝貝。

 俺のファジーな命令を汲み取り、己の判断を以って即座に実行しようとする忠義の士。

 緋王の攻撃に耐えうる防御力に、超重量級機械種を上回るパワーを併せ持つ自動兵器。



 足底のローラーが唸りを上げ、純白の機体を急加速。

 数々の罠が仕掛けられた死地と分かりながらも、俺の命を忠実にこなす為、躊躇うことなく果敢な勢いを以って突進。




 ドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 ビシュッ! ビシュッ! ビシュッツ!

 ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ!



 『白天壊王ソル・ブレイカー』の機体がある地点を超えた途端、辺りから雨霰のように飛んでくる銃弾と粒子加速砲。

 数百の銃兵から包囲網からの一斉射撃を喰らっているのかのよう。


 さらに地面が連鎖的に爆発を繰り返す。

 おそらく埋められていた地雷であろう。


 重量級機械種どころか、超重量級ですら、損傷を免れない激しい攻撃。


 だが、『白天壊王ソル・ブレイカー』の突進は止まらない。


 降りかかる銃弾、弾ける粒子を物ともせず、足元で爆発する地雷も無視して突き進む。



 ただ、地雷によって地面が崩壊したので、ローラーダッシュは使用不能に。

 ある程度悪路も踏破できる仕様なのだが、流石に陥没した地面を走行できるモノではない。


 全高6mにしては短めの足を動かし、速度を落としながらも教官に向かってひた走る。



 落雷ごとき電撃が走り、

 金属を融解させる強酸が降りかかり、

 重量級機械種を捕獲する電磁ネットが投擲される。


 だが、その全てを剛腕にて一掃。

 集る羽虫を払うがごとく、腕の一振りで撲滅粉砕。


 『壊王』の名に相応しい破壊ぶり。

 そんな有象無象の罠では『白天壊王ソル・ブレイカー』の爆走は止められない。




「よし! 計算通り!」




 豪快に走る『白天壊王ソル・ブレイカー』の後ろをこっそり追いかける俺。


 罠に巻き込まれないよう適度の距離を空けての追走。

 『白天壊王ソル・ブレイカー』の巨体を盾に、安全を確保した上で教官へと接近することを企む。



「ふふふ、俺がこんな方法を取るとは、たとえ教官でも予測できなかっただろうさ」



 重量級に匹敵する大きさの人型戦車をポンッと出したこともそうだが、ソレに乗り込むこともなく、無人で突撃させたことにも驚いていることであろう。


 しかも、あれほどの銃撃を前に全くの無傷。

 どれだけ地雷を踏もうとも怯むことなく、ひたすら突き進む全高6mの鉄巨人なんて、さぞかし脅威と感じているに違いない。


 だが、『白天壊王ソル・ブレイカー』1機で教官を捕まえられるとは思えない。

 

 絶大な防御力、無双のパワーを持ってはいても、その速度はレジェンドタイプとやり合える程速くない。

 相手が重量級以上なら殴り合えただろうが、元々人型戦車は中量級以下1機を確保できるような仕様ではない。


 パワーに任せて薙ぎ払うことは出来ても、晶石を壊さないよう捕まえるなんて不可能。

 故に、教官まで近づくことができれば、その後は俺の役目となる。


 


 教官は、『真正面から来い!』と俺を挑発してきたのだ。


 それに従い、俺は真正面から来た。

 俺が呼び出した人型戦車を盾にして………、だけど。



 『最終試験と思って挑む!』『逃げないでくださいね!』



 俺の口から宣言した『覚悟』と『願い』

 それを無下にして、今度も逃げ出すとは思えない。


 教官はまだブルーオーダー時代、教官と生徒であった意識にまだ囚われている様子。

 ならば、約束通り真正面から来た元生徒の俺と、正々堂々対峙してくれるであろう。



「あと、もう少し…………」



 『白天壊王ソル・ブレイカー』の頼もしい背中越しに教官との距離を確認。



 未だ両手をコートのポケットに突っ込んだままの教官。

 その顔に焦りは見られず動揺している様子も無い。


 いつも通りの泰然自若といった風情。

 自然と強者の余裕を感じさせる佇まい。

 


 ちょっとぐらいは焦った顔を見せてくださいよ!

 本当に脅かし甲斐が無い人だ………

 

 

 しかし、表面上はそうは見えなくても、その内心はどうであろう?

 俺が見せた『手』は、この世界の理から外れた異界の技術の結晶。

 決して教官には理解できるはずもない体系であるはずなのだ。



 教官との距離は50mを切った。

 ならば直接相対することで、ひた隠す動揺を垣間見えるかもしれない……

 

 


 ガタッ!

 ドバッ!!




「え? …………ああ! 『白天壊王ソル・ブレイカー』!」




 あともう少しまで来た所で、『白天壊王ソル・ブレイカー』が踏み込んだ地面が崩落。

 俺の視界に映る『白天壊王ソル・ブレイカー』の背丈が半分に。


 黒い液体が満ちる落とし穴に下半身がズボッと嵌まってしまったのだ。


 まるで象をも捕獲できそうな巨大な落とし穴。

 しかも容易に逃げ出せないようにする為のギミックも満載。


 その縁はボロボロと脆く、近づけば二次遭難の可能性もある。

 また、満ちる液体はどうやら粘液性に富んだモノであるようで、もがけばもがくほどズブズブと沈み込んでいく仕様。


 瞬く間に腰から胸のあたりまで沈みゆく『白天壊王ソル・ブレイカー』の機体。



白天壊王ソル・ブレイカー! 今助けるぞ!」



 慌てて駆け寄ろうとするも、黒い液体で満ちた落とし穴の幅は広く、到底俺の手が届く範囲ではない。


 では、どうやって『白天壊王ソル・ブレイカー』を引っ張り上げれば良いのだ?



 定風珠ていふうしゅの風では、出力が足りない。

 吹き飛ばすだけならともかく、粘液性の液体に囚われた重量級の機体を上に引っ張り上げるほどではない。

 

 禁術で液体の粘液性を禁じるという手もあるが、肝心の液体の名前が分からない。

 

 宝蓮灯を使用しての五行の術なら………とも考えたが、五行をどうやって使用すれば良いのかすぐには思いつかない。


 いっそ冷艶鋸れいえんきょで液体を凍らせてしまおうかとも思ったが、この液体が不凍液なら意味が無い。


 

 ああ…………

 何をどうすれば良いのだ………



 落とし穴の縁に立ち、なかなか良い手が浮かばない俺の姿に、



「んん? 白天壊王ソル・ブレイカー?」



 白天壊王ソル・ブレイカーは首だけ捻って俺へと振り向き、

 その黄味がかった白い眼光を瞬かせて、ナニカを訴えようとするかのような視線を投げかけ、



「おい、まさか………」



 何となく、白天壊王ソル・ブレイカーの言いたいことを理解した俺は、その訴えの内容に呆然と呟く。


 すると、俺の呟きに答えるかのように、白天壊王ソル・ブレイカーは自身の腕を背後へと伸ばし、まるで投球フォームのように大きく振りかぶった。


 その行動の意味は至極分かりやすい。



 さあ、早く、自分の手に乗ってくれ………と。

 最後の力を振り絞って、教官まで届ける………と。

 自分のことは気にせず、主人がやるべきことをやってくれ………と。




「!!! ……………ああ! 分かった。後で絶対に助けてやるからな!」




 白天壊王ソル・ブレイカーの覚悟を無下には出来ないと、すぐに決断。


 不壊にして白兎から神秘を授けられた宝貝だ。

 このような落とし穴に沈んだぐらいで破壊されたりはしない!

 

 

 俺は瀝泉槍を片手に、大きく振りかぶった白天壊王ソル・ブレイカーの手の上にピョンと乗り込み、




「いいぞ! 白天壊王ソル・ブレイカー! やってくれ!」



 ゴオオオオオオオオオオッ!!



 俺の言葉に吼える白天壊王ソル・ブレイカー


 胸まで黒い液体に浸かりながらも、ゆっくりと身体を捻って投擲準備。

 そして、その手に乗った俺をボールに見立て、50メートル先の教官の所へと投げつける!



 放物線を描き、空へと舞い上がる俺。

 白天壊王ソル・ブレイカーによって投擲された俺の身体は、50m先にいる教官へと向かって空中を進む。



「ぐおっ!」



 

 俺の身体に襲いかかる急加速によって生じる重力。

 常人なら気を失いかねないGも俺にとっては少々不快な程度。


 白天壊王ソル・ブレイカー無しで地上を進み、これまで以上の罠に襲われることを考えたら、これぐらい屁でも無い。

 

 

 この世界の罠の発動には大抵重力センサーが用いられている。

 

 踏みしめられた地面の圧力を計測。

 その重さと体格によって敵の存在を察知。


 または飛行型機種が発生させるマテリアル重力器の発動を検知。

 重力波の発生源を特定するといった具合。


 故に、ボールのように放り投げられた人間である俺の身体を、この場に仕掛けられた罠群は捕らえることができないはず。

 このような方法で罠を潜り抜けようとする奴なんて、俺以外いるわけないのだから当たり前。



「教官! 来ましたよ!」



 白天壊王ソル・ブレイカーの手で投擲され、宙を進む俺の目に教官の姿がはっきりと映る。


 高く放り投げられた俺の視点からすれば遥か下方。

 だが、落下スピードを乗せての奇襲と考えればベストポジション。

 

 両足に力を込め、2段ジャンプにて空中を蹴って急降下攻撃の体勢を取り………


 


 しかし、教官もむざむざ俺の攻撃をただ待ってくれるわけもなく、



 おもむろにコートの中からスモールの銃を1丁取り出し、その銃口をこちらに向ける。


 それは教官が持つには似つかわしくない金箔、宝石に飾られた装飾華美な仕様の銃。

 まるで金持ちの家の床の間にでも飾られていそうな実用性皆無っぽい印象。


 だが、教官はほんの少し皮肉気に唇を歪めながら、その銃に絶対の自信があるかのような雰囲気を醸し出し、宙を舞う俺へと狙いを付ける。



「来るかっ?」



 空中で瀝泉槍を前に掲げ持ち、一旦飛んでくる銃弾を叩き落とす構え。


 不要に銃弾を受ければ、どのような効果を現すか分からない。


 それにただでさえ、空中移動中という不安定な位置。

 下手に銃弾を受ければ、体勢を崩して地上へ真っ逆さまだ。



 さあ、来い!

 銃弾を何発撃たれようとも、瀝泉槍で全部弾き飛ばしてやる!


 

 瀝泉槍と瀝泉槍から流れ込む無双の武窮を信じ、教官からの迎撃を待ち構えていると、



 バンッ!

 バンッ!

 バンッ!



 銃声が3回鳴った………


 と同時に感じた、銃で撃たれたと思われる衝撃。



「え?」



 思わず俺の口から疑問符が漏れる。

 

 教官から放たれた銃弾は、俺に全く知覚されることなく、俺の身体に命中した。


 それも3発。


 瀝泉槍を持たない普段の俺だったら分かる。


 しかし、瀝泉槍を持つ俺の技量は古の大英雄に匹敵する武人。

 

 闘神スキルによる身体能力と合わせ、たかが銃弾ごときに反応できない俺では無い。


 だが、銃弾に気づけなかった。

 

 気づけなかった………というより、まるで撃ったと同時に俺の身体に銃弾が命中したように思える。

 

 銃弾が銃口から発射された瞬間に空間転移し、直接俺の身体に当たって来たかのように。



「…………なんで?」



 ダメージは無いが、当たるはずもない純弾が当たったことにショックを受け、

 しばし思考停止に陥る俺。


 その間に銃弾が命中した衝撃で、宙を進む俺の身体の勢いが失速。

 教官がいるビルの屋上に届くことなく、地上へと落下。



 ドシンッ!



「ぐえッ! ………あ! 瀝泉槍!」



 辛うじて受け身は取れたものの、地面に落ちた衝撃で俺の手から瀝泉槍が離れる。


 ほんの数メートル先に転がった状態だが、強敵を前に武器を手放してしまったのは頂けない。


 慌てて瀝泉槍へと手を伸ばそうとした俺の前に、



「チェックメイトだな、ヒロ」



 両手に銃を持った教官が登場。


 先ほど撃った装飾華美な銃と、いかにも武骨でシンプルな造りの銃が2丁。

 そして、シンプルな造りの方の銃を俺の額に突きつけている格好。



「お前には色々聞きたいことがあるんだが…………、まあ、『狩人三殺条』があるからな。深くは聞くまい」


「……………あの、俺から一ついいですか?」


「ふむ? 命乞いか? ………まあ、良かろう、言ってみろ」



 膝をついた状態のまま、教官を見上げての質問。

 戦闘を行っていたレッドオーダーと人間との関係性であれば、取り合う必要も無いであろう。


 しかし、未だ『教官』であった頃の癖が抜け切れていない様子の教官。

 少々憮然としながらも俺の質問を受け入れてくれる模様。



「そちらの銃は…………、何で俺に当たったんでしょう?」


「うん? …………ああ、この銃のことか?」



 俺の額に突きつけている銃とは違う、もう片方の手に握られている装飾華美な銃へと視線を向ける教官。


 もちろん、そんな仕草をしながらも一片の隙も見せることはない。

 吸いついたように俺の額から銃口を外さず、教官は何でも無いような口調で回答を口にする。



「この銃は『疾風丸はやてまる』と言ってな。撃ったと同時に命中する銃だ。とっても、射線がずれていれば当たらない。単に銃口から放たれ、敵に命中する時間がゼロになっているだけだ」


「……………なんかトンデモナイ仕様ですね、ソレ」


「その代わり大した威力は無い。装甲の厚い機械種なら牽制にはなっても主力武器にはなれん。当然、障壁も貫けず、AMFには無力。対人相手なら有効なんだがな」


「発掘品ですか?」


「ああ、そうだ。一度、弟子に下げ渡したんだが………、巡り巡って私の手に戻って来た。全く、馬鹿なヤツだったよ………」



 教官の表情が初めて陰った。

 金髪美女ながら鉄面皮と言っても良いほど、表情が変わらなかった教官が見せた感情の色。


 悲し気な陰りを見せるその姿は、親しい人の死を悼む人間と然して変わらない。

 赤く輝く瞳の色さえなければ、レッドオーダー、機械種と分からなかった程に。



「人間社会で生きていくだけなら、十分以上の能力を持っていた。現にこの街では出世頭と言っても良いくらいに偉くなった。だが、私に執着したことで足を踏み外した。分を超えたモノを求めるからだ…………、本当に馬鹿な男だ」


「………………」



 何となく教官の言っている人間が誰なのか思い当たった。


 おそらく、その弟子とは『灰色蜘蛛』の長、グレインのことであろう。

 そう言えば浮楽が、グレインは恐ろしく弾速の早い銃を持っていると言っていたし………



 なるほど。

 機械種ハーリティの反応はソレか。

 

 つまり、俺の挨拶を伝えるべきグレインがいなくなっていたから。

 おそらく、白鐘が破壊されたことで教官の身に起きるであろう悲劇を予想。


 俺と同じようにそのままにはしておけないと勝負を挑み、返り討ちにされた………、

 おかげで『疾風丸はやてまる』は教官の手に。

 多分、そんな所ではないだろうか。

 


 教官に銃を突き付けながらも、頭の中で情報整理を行う俺。


 そんな俺の余裕とも取れる態度に、教官は少々訝し気な目を向けて来て、


 

「そう言う意味ではヒロも同じだな。私に執着した為に命を落とすことになる」



 ゴツッと銃口で俺の額を小突き、脅すように言葉を紡ぐ教官。

 先ほどまで悲しみの色を湛えていた瞳は、元の無機質な色へと戻る。



「ヒロ自身に分が足りていないとは思わん。だが、世の中、どんな英雄、偉人であろうとつまらない理由で命を落とす。つまり、運が悪かったんだろう。私のようなモノと出会っていなければ、お前は英雄でいられただろうに」


「俺は教官と出会えたことが、運が悪かったと思いません………、まあ、俺の運が悪いのは間違いないのでしょうが」


「ハハハハッ、本当にお前は変わっているな。英雄と呼ばれる人間は皆、そうなのかもしれないが………」



 とても銃を突きつけ、突きつけられた関係とは思えない穏やかな会話。


 しかし、俺もこのまま終わるつもりなんて無い。


 一瞬、目線を突きつけられた銃へと向け、そして次に八方眼にて後方の白天壊王ソル・ブレイカーの姿を確認すべく目を向ける。


 残念ながら、すでにその機体は完全に落とし穴に沈んでいる様子。 

 あの落とし穴が重量級機械種用の罠であるなら、そう簡単に抜け出すことはできないであろう。

 


 ならば、かの宝貝の助力は期待できず、この場では俺1人でなんとかするしかない。


 額に銃を突きつけられた、傍目には絶体絶命の状態で打開策を思案。




 この状態で銃を撃たれても俺は死なない………多分。

 放たれる銃弾が空間攻撃系でなければ、俺の身体は傷つくことは無い。


 教官が銃を放ち、俺が死ななかった時にこそ、逆転のチャンスはある。


 額を至近距離で銃で撃たれて死なないのだ。

 いかに教官とて動揺するに違いない。


 その隙を狙い、反撃へと移る。


 瀝泉槍へと手を伸ばすのは無理。


 だから、俺の左手の『幽幻爪』を使う。


 一瞬の隙を突いて教官の腕を切断。

 さらに両足も切り付けて行動を封じ、機体を確保。


 なにせ不可視の刃。

 最初の奇襲はどのような敵でも防ぐのは不可能。

 いくら教官でも初撃での不可視の刃は躱せまい。



 よし! これでやるべきことは決まった。

 あとは、教官が銃を撃ったタイミングで………




「ふむ? ヒロ。お前の切り札は左手にあるのか?」


「うえ!?」



 唐突に教官から投げかけられた俺の核心を突く言葉。

 

 あまりに予想外な言葉に、取り繕うことも忘れて動揺。



「はあ~………、お前は本当に私の弟子か? 何度でも言うが、お前は感情が顔に出過ぎるぞ」


「………………な、なんで?」



 呆れたようにため息をつき、駄目出しをくれる教官。

 俺は動揺したまま、ただ浮かび上がる疑問を口に。



「半分はカマかけだがな。お前の目の動きから予想しただけだ。正に目は口程に物を言う、だな」


「うう………」



 やっぱり俺は不肖の弟子なのであろうか?

 もう仮面でも被った方が良いのかもしれない。

 そうすれば表情を読まれなくなるだろうし。



「それに、お前がこの銃を怖がっていないのも分かるぞ。何発撃たれても効かないっという顔だな」


「…………………」



 これ以上、内心を覚らせないようにする為、必死で表情を固め口を紡ぐ。


 だが、教官はそんな俺の態度を気にすることなく言葉を続ける。



「お前に銃が効かないのは、発掘品の類かと思ったんだが………、もしかしたら、『物操術』でのサイコバリアか? それとも、どこぞの超高位機種の『現象制御』で『銃弾無効化』の加護でも貰ったか?」


「………………」


「まあ、どっちでも良いがな。この銃を以ってすれば結果は変わらん」


「???」


「気になるか? この銃の銘は『平原女王プレーンクイーン』。私が唯一信頼する銃だよ。私はこの銃を以ってマスターに仕え、成果を上げて来た」



 そう答える教官の声は僅かに感情の色が見え隠れ。

 淡々と語りながらも、要所要所で弾むような響きが聞き取れる。



「『平原女王プレーンクイーン』は届かせるのさ。敵に『災害カラミティ』を。そして、味方には『勝利』を…………必ずだ。どんな距離が離れていても、どんな障害が隔てていたとしても。阻むのが、重力障壁であろうと空間障壁であろうと、AMFであろうと、堅牢な装甲であろうと、現象制御であろうと………この弾丸は必ず届く。ヒロがどのような守りを展開していても止められない。それこそが万人に等しく訪れる『災害カラミティ』なのさ」


「え? …………届く」


「ああ、機種によっては当然一発とは言わないが、それでも損傷は避けられない。でも、人間相手なら確実だ。脳に直接弾丸を届けられて、死なない人間はいない」


「ちょ、ちょっと……、待って………」



 それは耐性を無視して、直接ダメージを与えてくる系?

 もしかして、俺の無敵性も貫ける?



 自分の血圧がヒュンと下がったのが分かった。

 久々に感じる死の気配。

 空間攻撃を使える敵と出会った時の緊張感。


 

 え? 俺って、死ぬの?

 最強なのに? 


 今から全力で暴れたら………

 でも、この状態で教官に引き金を引かれたら躱せない!

 

 これって、詰んでる?

 もっと最初から遠慮なく宝貝全部をぶっ放していたら、こんなことにはならなかったのに………


 もう頭の中は大混乱。

 表情が引き攣り、目には涙まで貯まって来る始末。

 いきなり迫った自分の死の明確さに怯えを隠せない俺。



「ハハハハッ!! いいな、いいな! やはり人間の恐怖に歪む顔は素晴らしい! 特にヒロのような英雄を絶望に浸らせるのは最高だ!」



 そんな怯えた様子を見せる俺に銃を突きつけたまま、高らかに笑い、狂喜する教官。


 もう、教官であった頃を忘れてしまったかのように………



「ではな、ヒロ。お前との半年間は悪く無かったぞ。来世というモノがあるなら、また私に挑んでくるが良い」


「ああ………、い、いやだ。し、死にたくない………」


「人はいずれ死ぬものだ。私のマスターであった人もそう。安心しろ、これから私の手で他の人間もたくさん後を追わせてやる。ヒロがあの世でも寂しくないようにな」



 そう無慈悲に未来を嬉しそうに語り、



「届かせろ『災害カラミティ』。草原を支配する女王の名において」



 呪文のような文言を呟き、



 カチッ!



 教官は躊躇いなく銃の引き金を引いた…………



 バンッ!



 銃声が鳴り響き、銃口から弾丸は発射される。


 何物をも貫き、

 何が阻もうと届くと言われた災害の化身。


 敵には災いを、

 味方には勝利をもたらしたと言われるカラミティ・ジェーン。

 その異名たる『平原女王プレーンクイーン』の名を受け継いだ銃。


 それこそレジェンドタイプ、機械種カラミティ・ジェーンが持つに相応しい愛銃。


 そして、10cmそこそこ、ほぼゼロ距離射撃にて放たれた弾丸は、




 

 そのまま俺の額へとブチ当たり、



 


 カツンッ!





 甲高い音を立てながらも、


 俺の皮膚一枚通せずに、地面へと落ちた。





「……………………」


「……………………」



 図らずも、両者とも黙ったまま、零れ落ちた弾丸をしばらく見つめ、


 ほんの10秒程の間、白けた空気が漂うのを感じていると、




「なあ、ヒロ。お前は何者だ?」




 教官が俺を奇妙な生き物でも見るような目で見つめ、質問を飛ばして来た。

 

 それに対し、頭を掻きながら自分でもあまり信じていない答えを返す。




「えっと…………、白翼協商所属の新人狩人で、一応、普通の人間のつもりなんですが………」


「はあ…………、お前が私の予想よりトンデモナイ人間だということは分かった」



 再びため息をつき、どこか諦めたような態度を見せる教官。

 その瞬間、昔の教官に戻ったのかと思うような仕草。 



 そして、




「教官! な、何を………」


「んん? 見ての通りだぞ」



 予想もしない教官の行動に驚愕。



「な、なんで、ですか?」



 恐る恐る問いかける俺に対し………



「もう、これしかお前を傷つける方法が無いからだ」



 自分のコメカミに愛銃『平原女王プレーンクイーン』を突きつけながら、教官はそう答えた。



「身体を傷つけることができないなら、もう心を傷つけるしかあるまい。今までのお前の態度を見るに、私がこの場で死ねば、さぞ嘆き悲しんでくれるだろう?」


「そ、そんなことで…………」


「そんなことと言うな。レッドオーダーは人間を傷つけ苦しめるのが使命だ」


「で、でも! 強者と認めた人間に従うことがあるって………」


「それは色付き限定だろうな。私のような途中からの成りモノは違う…………、もしかすれば、ただ成り立てだから、そうなのかもしれないが。しかし、今も感じる赤の威令からは、ただ『人間を苦しめろ』としか聞こえない」


「教官!」


「ああ………、何回言わせるつもりだ。私はもうお前の教官ではないと………、まあ、そう言われて悪い気持ちにはならなかったが………」



 最後に少しだけ俺を慈しむような表情を見せて、



「ではな、ヒロ。先ほどとは逆だが、あの世で先に待っている。お前と同じ行き先かどうかは知らないが………」


「!!!」


 

 もう言葉では止められないと思い、『幽幻爪』を抜き放って切りつけようとした所で、



 バンッ!

 バンッ!

 バンッ!



 教官の持つ『疾風丸はやてまる』からマズルフラッシュが3回。

 それぞれ俺の目、左手、右足に命中。


 そして、突然の早撃ちに出鼻を抑えられた俺が見ている前で、




 バンッ!!




 『平原女王プレーンクイーン』の銃声が鳴り響き、



 教官の頭がザクロのように弾け飛んだ。




「教官!」




 思わず叫んだ俺の声に合わせるように、


 テンガロンハットが空へと舞い上がり、


 金色の髪の幾本が風に流されて、


 機械の部品に混じり、キラキラと晶石の欠片が辺りに散らばる。


 それは機械種が1機、完全大破してしまったことを意味する。




「教官!!」




 ただ、目の前で起きた惨状が即座に信じられず、

 ただ、叫ぶことしかできなくて、




「教官!!!」




 三度、その名を呼んだところで、バタンと倒れる教官の遺骸。

 それが銃手の性とでもあるように両手に銃を握ったままで。

 



「きょ、教官………」




 四度目は力無く倒れ込み、膝をついて呟いただけ。

 

 俺の目は大きく見開いたまま。

 故に嫌でも映り込む、頭を失った教官の遺骸。


 もうこうなっては五色石でも修復できない。

 晶石を失った機械種は記憶もスキルも残せず消えゆくだけ…… 




「ああああああああああああああああああああああ!!!!」




 ただ、思いっきり叫んだ。

 心が軋む音を吐き出すように。


 それは正しく、教官が俺に刻みつけた傷の痛みであった。 





『こぼれ話』

人間とレッドオーダーは相容れるのか?

これはレッドオーダー研究、赤学における至上の命題でもあります。


レッドオーダーは人間を『憎み』、『傷つけ』、『殺す』。


これは間違いないようなのですが、『憎む』『傷つける』『殺す』のそれぞれの比重の割合は固体差によってかなり異なるようです。


また、長く生きている機種ほど、それぞれの項目が変質したりすることがあります。


『憎む』が反転し『執着する』ようになったり、

『傷つける』も拡大解釈で『自分のことを記憶に刻み込む』になったり、

『殺す』も、自分が最終的に殺すのだから、それまで『殺されないように守る』になったり………


実はレッドオーダーには、これ等の他にも優先すべき項目があるのではないか、という噂があります。


レッドオーダーが人間を『憎み』、『傷つけ』、『殺す』のも、その目的を達成する為の手段ではないか……と。

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