第680話 滅び5



 『力を見せろ』とそう宣った教官………、いや、レジェンドタイプ、機械種カラミティ・ジェーン。


 以前は機械種ガンマンと名乗っていた。

 しかし、そんな機種名は聞いたことが無く、おそらく偽名だと思っていたが、まさかカラミティ・ジェーンだとは思わなかった。


 

 カラミティ・ジェーンはアメリカの西部開拓時代に活躍した女性ガンマン。

 軍隊に所属する斥候だったとか、西部開拓者の一員だったとか、雑技団に参加していたとか、実は軍隊付の娼婦であったとか、諸説様々な逸話を持つ人物でもある。

 

 その異名である『災厄カラミティ』も、自軍の危機を救った『災害の救い手』であるからとか、逆に常に恋人を戦場で無くす『災厄の招き手』であったとか、色々。


 史実に存在したのは間違いないがとにかく謎の多い人物であるようだ。

 その激動の生涯から何度も映画やミュージカル、ドラマにも取り上げられており、レジェンドタイプの名に使われていても不思議ではない。

 


 しかし、教官がまさかまさかの女性型!

 レジェンドタイプかも? とは思ったことはあるが、その正体が最も有名な女性ガンマンと言える『カラミティ・ジェーン』の名を持つ機械種だったとは………


 だが、教官がレジェンドタイプであろうが、女性型であろうが、俺のやるべきことは1つ。



  

「『力を見せろ』…………ですか? 力を見せたら、大人しくブルーオーダーを受け入れてくれますか?」


「私が納得すれば…………な。元々レッドオーダーはそういうモノだ。真の強者には従う………」


「なら、遠慮はしません。全力でお相手します!」



 瀝泉槍れきせんそうを構えながらそう宣言。


 たとえ機体を半壊させても、五色石ごしきせきで修理すれば良い。

 ベリアルの後になるだろうから、修理できるのは数ヶ月先。

 修理した後、適正級である蒼石準1級でブルーオーダーを行う。

 俺との記憶も消えてしまうだろうが、それでもこのままレッドオーダーでいるより百倍はマシであろう。



 気になるのは教官の能力について。


 女性ガンマンをモチーフにした機械種カラミティ・ジェーンなのだから、その能力は銃に特化しているはず。


 銃の腕は言うに及ばず。

 浮楽相手に多数の銃を呼び出した能力。

 

 しかし、銃の腕に優れていても、どれだけたくさんの銃を呼び出しても、ただの銃弾では俺の身体を傷つけることはできない。

 だから、気を付けなくてはならないのは、ベリアルに撃ち込まれた『対魔王弾』等の特殊弾丸。


 もしかしたら空間攻撃に類する弾丸があるかもしれない。

 通常の弾丸に紛れてソレを撃たれてしまったらそれで終わり。

 

 故に全ての弾丸を躱すか防ぐつもりでかからなくてはならない。

 そして、さらに教官を倒すにしても晶石を壊さないように手加減しながら………だ。




 まさか、教官がレッドオーダー化して敵に回るなんて………


 

 教官と対峙しながらも、世の不条理を頭の中だけで嘆く。




 教官が俺を見つめる目は赤い。

 

 ……いや、赤というには少し黄味かかっている。

 色合い的には『朱』色に近く、ほんの少し黄色がかった渋みが入っているような感じ。


 もしかしたら、通常のレッドオーダーとは異なる色付きに位置してるかもしれない。

 色で分類するなら…………『丹色にいろ』というべきだろうか?

 


 ストロングタイプがレッドオーダーとして現れるのは良く聞く話だが、レジェンドタイプがレッドオーダー化したケースは非常にレア。


 なぜならレジェンドタイプはレッドオーダーとして生まれることはなく、その出自は全て宝箱か神殿から排出されるモノだから。


 コレを以って白の教会では、レジェンドタイプは白鐘が人間の為に用意した戦力であると謳っている。


 『白き鐘』が人間を救う為に遣わした、人間の剣となるべき機械種だと……… 


 だからこそ、一流以上の狩人は皆、レジェンドタイプを求める。

 1機従属させているだけで、そのマスターが英雄と呼ばれることもあるからだ。

 


 故にレジェンドタイプがレッドオーダーとして現れることはほとんどなく、もしいるとすれば、何らかの事故やアクシデントでレッドオーダー化してしまった犠牲者。


 そうなったレジェンドタイプは『堕ちた英雄』と呼ばれる。

 今回の教官は正しくそれだ。


 だが、俺は教官のことを『堕ちた英雄』とは呼びたくない。

 俺にとってはどんなようになろうと、俺の『教官』だったことは事実。


 だから、教官の弟子として、ここで貴方を討ち、元のブルーオーダーへ戻ってもらう!




 瀝泉槍の穂先を下に向け、ジリジリと摺り足で近づこうとする俺。




 目的は晶石を破壊しないように教官を無力化すること。


 当然、火竜鏢かりゅうひょう金鞭きんべん降魔杵ごうましょは使えない。

 どう考えても破壊力が有り過ぎる。


 冷気を生み出す『冷艶鋸れいえんきょ』であれば無傷で捕らえられるかもしれないが、使い慣れていないのがネック。

 また効果範囲を広げるとなると、氷竜を召喚しての発動となる為、時間がかかり過ぎる。

 

 禁術で動きを止められれば良いが、如何せん、普通に使えば射程距離は5m。

 宝蓮灯を使っても10m。ワンステップで後退されたらもう届かない。


 しかも、術の発動に導引と口訣が必要であり、敵の目の前で使用するのはあまりに隙がデカい。

 よほどの実力差が無い限り、1対1の戦いで使用するような術では無いだろう。


 以前、刃兼を捕まえた時のように、『猿握弾』を使って隙を作るのも不可能。

 俺が持つ『高潔なる獣』の特殊弾丸の仕様は、ほぼ教官に知られていると言っても良いからだ。

 教官相手に銃を使って勝てるとは思えない。



 故に瀝泉槍の武窮を以って仕留めるしかない。

 いかに教官相手でも、近接戦では俺が有利に決まっている!




『縮地』!




 摺り足で7mまで近づいた瞬間、俺は縮地を発動。



 神速を以って接近してから………


 瀝泉槍でまず足を潰す!

 

 

 俺の目に映る視界が一瞬で切り替わる。

 俺と教官との距離が突然短くなったかのような現象。

 『縮地』での一足は、5mの距離を瞬時にゼロとする!



 相変わらず棒立ちのような姿勢を崩さない教官。

 未だポケットは両手にツッコまれたまま微動だにせず………




 右足、貰った!!!



 

 空気分子を貫く勢いで放つ片手突き。


 たとえレジェンドタイプであってもこれを躱すのは困難。


 

 だが、絶対の自信を以って放った瀝泉槍の突きは…………




 スカッ………



 

 空気を突いたかのごとく教官の右足を手ごたえ無く素通り。

 確かに右足を貫いているのだが、金属を突き通した音も無く、

 右足が破壊された様子も見られない。


 まるで、幻であるかのように……… 


 


 しまった!

 幻影か!



 それに気づいた時はもう遅く………


 目の前の教官がニヤリと笑った姿が目に入った瞬間、


 教官の両手がブレたと思ったら、その手の中に銃が2丁。


 当然ながらその銃口は俺に向けられており、

 

 


 ドドドドドドドドドッ!!

 ドドドドドドドドドッ!!



 

 両手撃ちから一斉発射。

 至近距離からの連続した銃撃。



 ババババババババババババッ!!!



 俺の身体に降りかかる無数の銃弾。

 しかも、身体の表面に当たる度に紫電が弾け、高熱が発生。

 また、強酸らしい液体や毒々しい粉末がぶちまけられる有様。


 どうやら通常弾に混じり、電撃弾や熱射弾、溶解弾、毒霧弾が放たれた模様。

 俺の身体に影響を与えるモノではないが、延々と喰らって楽しいモノではない。



「クッ!!」



 呻き声1つ漏らしてバックステップで後ろに下がる。

 この教官の姿が幻影なのであれば、ここで食い下がる意味も無い。


 しかし、いつの間に幻影と入れ替わったのであろうか?

 もしかしたら、初めからという事も考えられるけど。


 おそらく銃を2丁浮かべた所に幻影を被せているはず。

 ならば、一体本体はどこに………


 

「……………教官、本体はどこですか?」



 何となく尋ねてみる。

 正直に答えてくれなくても、その答え次第で何かのヒントが………



「んん? ヒロ、何を言っている。これが本体だぞ」


「いやいや! 幻影でしょ! だって槍がすり抜けたし!」



 あっさり答えてくれたものの、その内容に納得できるはずもなく反論。


 確かに槍は右足を貫いたのに、当たった感触も無く素通りしたのだ。

 今、しゃべっている教官も幻影に決まっている。



 しかし、俺の指摘に教官は『はあ~』と深いため息。

 まるで出来の悪い教え子に当たったように、ウンザリした口調で俺を諭す。



「ヒロ。前にも言ったが、狙っている場所を凝視するのは止めろ。今からソコを攻撃しますと宣言しているようなものだ」


「はあ………」


「全く、本当に分かりやすい奴。だからこんな詐術に引っかかるんだ」



 そう言って教官は自分の右足を指差すと、



「あ………、消えた」



 俺の見ている前で右足が消失………


 いや、教官は立ちながら右足を後ろに折り曲げた片足立ち状態。


 つまり、右足にだけ幻影を被せ、自身の足は後ろに折り曲げていただけ………



「ああっ! 狡い!」


「馬鹿者。何回言ったら分かる。戦闘に狡いも汚いもあるか!」


「す、すみません………」



 教官のお叱りに頭を下げる俺。

 

 なるほど、幻光制御にはこんな使い方があるのか。

 幻影と言えば、とりあえず分身みたいなイメージがあるけれど、部分的に発動し、自分の機体に被せることで、ああいった虚術が使えるとはなあ……


 本当に教官の指導は勉強になる………、指導じゃなくて死闘だけど。



 敵として戦いながらも、改めて教官の老練さに舌を巻かざるを得ない。



 戦闘中でありながら、ふと、思い出すのは、この街で過ごした半年間で何度も繰り返された教官と俺との指導風景。


 教官はレッドオーダー化してしまったけれど、特に違和感なく受け入れてしまう俺が居る。


 外見が包帯グルグル巻きガンマンから、金髪レディガンマンになっちゃったのだけれど………


 男っぽい口調のせいだろうか?

 あの口調を聞くだけで、背筋がピンとなるくらいに指導されたからなあ。


 でも、初めから教官が金髪レディガンマンの姿だったら、今と同じような関係を築けただろうか………

 

 つい、見た目だけなら金髪美女な姿に鼻の下を伸ばしたであろう自分を想像してしまう。

 だって、パルティアさんに匹敵するくらいの………

 


「ヒロ。何度も言うようだが、お前は………」


「す、すみません! 教官! ……いえ! 決して、邪な想像をしたわけでは………」



 冷たい目で不機嫌な雰囲気を醸し出す教官。


 慌てて謝罪する俺。


 これも、このバルトーラの街にいた半年間、何回も繰り返された光景でもある。

 


 イカン!

 完全に表情を読まれている………

 これはきちんと仕切り直しして、心を入れ替えないと、勝負にならないぞ!

 


 パンッ! パンッ!



 片手で2回自分の頬を張り、



 ビュンッ! ビュンッ!



 瀝泉槍をブン回して軽く演武。



 ピタッ!!!



 最後に穂先を教官に向け、ピシッと止めて締め。



「よし! これで大丈夫です!」


「……………」


「行きますよ! 教官!」



 瀝泉槍を突き出しながら、戦闘再開の宣言する俺。


 しかし、教官は俺の姿をじっと眺めながら、少し考え込むような思案顔。


 そして、ナニカを決めたような表情を浮かべたと思うと、



「……………ふむ。やはり、私では勝てんな。あれだけ銃弾を浴びせたというのに、ヒロの身体に何の影響も与えられなかった」


「え?」


「あの魔王型…………、自ら申し出たのではなく、ヒロ自身が倒したのだとすれば、たかがレジェンドタイプの私に敵うはずが無い………か」


「え~と?」



 いきなり弱気な発言を述べてくる教官。

 これは俺に降伏を申し出てくる前振りなのであろうか?


 もし、そうなら大歓迎。

 浮楽がそうであったようにレッドオーダー状態でも俺に従ってくれるなら、もしかしたら教官の記憶を維持したままで済ませることも………



 しかし、そんな俺の希望も空しく、



「というわけで、私は逃げることにする。ではな、ヒロ。また機会があれば会おう」



 その言葉を残し、教官は両手の銃を地面に向けて引き金を引いた。




 ドオオオオオオオオオオオオンッ!




 爆風が舞い起こり、土埃が宙にばら撒かれる。

 単に銃弾が地面を叩いたモノではなく、煙幕を発生させる弾丸を撃ったに違いない。




「え? ………逃げるんですか? ちょっと! それは酷くありませんか!」




 呆気に取られながらも抗議の声を上げる俺。

 

 そりゃあ、真正面からぶつかれば俺の方が強いに決まっているけど、ここまであっさりと逃げ出すなんて…………



「待ってください! …………ああ、もう!」



 爆風で舞い上がった煙に目を庇いながら叫ぶも、当然相手が待ってくれるはずもない。

 

 教官の姿はすでに影も形も無く、ただ濛々と立ちこめる煙だけが視界を占領。

 戦線からの離脱方法としてはお手本のような逃走劇ではあるが、やられた方としては『勉強になりました』と済ませるわけにはいかない。 


 俺としてもここで教官を逃がすつもりなんて無い。

 なんとしても捕まえてブルーオーダーしなければ!



『宝貝 定風珠ていふうじゅ』!



 ブフォオオオオオオオオオオオオオッ!!!



 右手の腕輪にはめ込まれた『定風珠』に力を込めて発動。

 辺り一帯に風を吹かせて煙幕を一掃。



「教官は………… え? もうあんなに遠く………、 クソッ! 逃げられるわけには………」



 煙が晴れてしまえば、辺りは見通しの良くなった一帯。

 すぐに教官の後ろ姿を発見。


 しかし、すでに100m以上離されてしまった様子。

 早く追いかけねば見逃してしまう………



 教官をこのまま放置したら大変だ。

 あのベリアルですら教官相手に敗れたのだ。

 他の俺のチームメンバーが教官に襲われたら最悪。


 白兎がたとえ緋王相手でも逃げ切れる面子と言っていたが、その緋王だったベリアルを倒したのが教官なのだ。

 教官が持つ特殊弾丸が『蒼銀弾』『対魔王弾』だけとは限らない。

 いかに浮楽やタキヤシャでも教官相手では分が悪い!



「逃がしません!」



 ダダッ!



 瀝泉槍を手に猛ダッシュ!

 廃墟と化した街中を全速力で駆け抜ける!




 バンッ!

 バンッ!

 

 ガキンッ!

 ガキンッ!



 教官は俺から逃げながら後ろ手に銃をぶっ放してくる。

 後ろを振り向きもしないノールックショット。


 対して俺は槍を振るって銃弾を迎撃。

 槍の穂先や柄で弾き飛ばす。


 銃弾の命中精度は正確無比。

 しかし、正確であるがゆえに狙いが分かりやすく防ぎやすい。


 

 バンッ!

 バンッ!

 

 ガキンッ!

 ガキンッ!



 だが、タイミングが実に嫌らしい。

 俺が瓦礫を避けようとして注意が逸れた瞬間や、槍を振るう一瞬の隙を突いてくる。

 

 それでも瀝泉槍の技量を超えるまではいかない。

 闘神の身体能力と合わされば、銃弾を槍で切り払うくらいなんでもない。

 


 

 バンッ!

 バンッ!

 

 ガキンッ!

 ガキンッ!



 二度三度の銃撃を槍で弾きながら教官と俺との鬼ごっこは進み、

 やがて、街の中心部から郊外へと移動。


 廃墟が立ち並ぶのは変わらないが、数日前に破壊された街の中心部と違い、辺りの建物の荒廃具合は随分と年季が入ったもの。


 白の恩寵が特に薄いエリア。

 この辺りにはほとんど住む人がおらず、故に天使達の爆撃が少なかったと思われる区間。


 そして、教官を追ううちにどんどんと奥へと入り込み、



「んん? ………ここは?」



 ふと、気づけばどこか見覚えのある区画に辿り着く。


 古ぼけた建物が左右に並び、一番奥の3階建てくらいのビルの屋上には、俺を待ち構えるように立つ教官の姿。


 直線距離にすれば150mそこそこ。

 俺が全力で駆け抜ければ5秒もかからないだろうが………



「教官の射撃訓練場…………」



 ああ、そうだ。

 俺がこの街にいる間、幾度も通った………


 アルスに連れられて、

 ガイと鉢合わせして、

 白兎やヨシツネ、天琉や廻斗、秘彗、森羅、剣雷達とも訪れた、俺の半年間を鮮やかに彩る思い出の場所。


 そして、教官のホームであり、度重なる襲撃を跳ね除けた堅牢なる陣地。

 幾重にも罠が張り巡らされているはずの死地…………

 



「ヒロ。聞こえるか? 私はここにいるぞ。私をブルーオーダーしたければ、ここまで来るが良い!」



 周りの建物に仕込まれていると思われるスピーカーから教官の声が届く。

 

 言っている内容はごく当たり前のことだが、何度も教官から聞かされた情報を知る者としては、気軽な気持ちで足を踏み入れられる場所ではない。


 特に、教官を敵に回してしまった、今となっては…………



「…………罠が仕掛けられているはずですよね? 迂闊に飛び込めばストロングタイプですら葬るくらいの?」



 俺は憮然とした表情で遥か先の教官へと質問を投げかける。

 すると返って来たのは、一片の優しさもない無慈悲な回答。



「さてな? ただのブラフであった可能性もあるぞ…………、だが、もし、罠が仕掛けてあるとしても、踏み込まねば私を捕らえることはできない。ちなみにヒロが正面を避けて罠を迂回するつもりなら、この辺り一帯の罠を一斉に発動させてから、本気で逃げさせてもらう」


「………………」



 教官の回答に黙り込んでしまう俺。

 建物の屋上で悠然と立ち尽くす教官を見据えながら、この場での最適解を模索。



 つまり、教官は自分を捕まえたくば、堂々と罠を潜り抜けて来い、とのことらしい。

 

 先ほどの逃走劇を見れば、教官が本気で逃げていなかったのは明らか。

 俺をこの場所に誘い込みたかったから、教官はワザと俺の追跡を振り切らないようにしただけ。

 

 元々、速度だけなら俺は、ヨシツネのようなレジェンドタイプの高機動戦闘型に敵わない。

 戦闘時の瞬間速度ならともかく、重力操作を持つ高位機種相手に地上で競争して勝てるわけがない。


 さらに銃や罠による妨害、幻光制御による幻影などを駆使されてしまえば、逃げに徹する教官を捕まえるのは不可能。

 もし、ここで逃げられて、教官に全力で姿を隠されたら、もう二度と見つけ出すことができないかもしれない。

 

 打神鞭はこの後、いなくなった皆の行方を調べる必要があるから使えない。

 だが、レッドオーダー化した教官の脅威を考えるとこのまま放置はできない。


 けれども、罠があると分かっている所に踏み込むのも勇気がいる。

 大半の罠は、俺には通用しないだろうが、絶対ではない。

 万が一、空間系に類する罠があったらと考えると、自分の無敵性を絶対視できない。




「ヒロ。敵を前にして、あまり悩む素振りを見せるな。それは付け込まれる隙を与えることになるぞ。今のようにな………」



 悩む様子を見せる俺に、教官が諭すような声で語り掛けてくる。

 声は違えど、ただこの瞬間だけ、前の教官に戻ったかのように。


 

「今から言うことを覚えておけ。罠はその存在を覚らせずに陥れるモノと、罠があると分かっていても引っかからずにはいられないモノがある。前者は発見された段階でその意義の大半を失うが、後者は発見されてからが本番だ。しかもその時点で逃げられなくなっている場合も多い。さて、どちらが本当に厄介な罠なのか………、それ以上語らずともお前にはわかるだろう?」


「教官…………」


「フンッ! ……………お前が馬鹿みたいにいつまでも私を教官と呼ぶから、つい、余計な話をしてしまった。もういい加減に目を覚ませ。お前の前に立つのは、街の片隅で燻っていた隠者ではないぞ。人間に仇成すレッドオーダーだ。それを忘れるな」



 それで話は終わりとばかりにスピーカーがブチンと切れる音が鳴る。


 もうこれ以上俺と話すことは無いということだろう。


 この場に至っては、俺はどちらかを決断しなくてはならない。



 教官を諦めてこの場を去るか、


 罠があると分かっていて、あえて踏み込んでいくか……




「…………………諦められるわけがない!」



 

 教官から受けた恩の数々。

 それを考えれば、此処から逃げ出すなんて選択肢は初めから無い。

 

 ここで教官を助けられるのは俺しかいない。

 同じ教官の生徒である、この場にはいないアルスやガイに代わって、俺がやるしかないのだ!



「教官! これが俺への最終試験だと思って真正面から挑みます! だから、絶対に逃げないでくださいね!」



 

 大声を張り上げて、教官に俺の意思を伝える。

 視線の先にいる教官の姿に変化は見られないが、間違いなく俺の覚悟は届いたはずだ。




 勝機は十分にある。

 そもそも物理的な罠は俺には通用しないということもあるが、教官は俺の……仙術関連の手の内をほとんど知らない。

 

 この世界の理から乖離した超常現象。

 物理法則にも、この世界のトンデモ技術にも沿わない仙界の理。

 宝貝を代表とする俺の切り札を以ってすれば、向かう先は決して踏破できない死地ではない!



 『掌中目しゅちゅうもく』で隠された罠を全て見抜く。


 『冷艶鋸れいえんきょ』で辺り一帯を凍り付かせ、罠の発動を防ぐ。


 

 という方法もあるが、ここは………



 

 胸ポケットに指を入れ、七宝袋の中から一つのアイテムを取り出す。

 


 

「出でよ、『黄巾力士』!」




 俺の前に現れた全高5mの人型重量級機械種………


 いや、パルティアさんから貰った2足歩行人型戦車の重二足…………


 いや、俺の力によって宝貝となり、白兎に名付けられた『白羅敏兎ホワイトラビント』………


 いや、違う! お前の名は…………




「『白天壊王ソル・ブレイカー』! 俺の前に立ち塞がる罠を全部、ぶっ壊せ!」




 ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!




 両腕を天に突き上げ、高らかに吼える『白天壊王ソル・ブレイカー』。


 その勇壮なる姿は太陽をも打ち壊しそうな迫力を秘める。


 そして、白兎の勝手な独断によって、肩の装甲に彫り込まれた『白羅敏兎ホワイトラビント』の文字が塗り替わる。


 たった今、俺に名付けられた『白天壊王ソル・ブレイカー』と。




 ゴオオオオオオオオオオオオッ!!



 

 新しく生まれ変わったかのように気勢を上げ、『白天壊王ソル・ブレイカー』は罠が張り巡らされていると思われる一帯へと突進。


 轟音を上げながら、足底のローラーをフル回転。

 1つの巨大な弾丸のごとく、ローラーダッシュにて吶喊を開始した。





『こぼれ話』

従属機械種がレッドオーダー化してしまうと、従属機械種であった頃の記憶をそのまま引き継ぎ、敵に回ってしまいます。

逆にレッドオーダー化してしまった従属機械種に対して、蒼石を使ってブルーオーダーすると、今までの記憶はほぼ全て吹っ飛びます。


記憶を失わせないようにレッドオーダーをブルーオーダーに戻すには、優秀な感応士の力を借りる必要があります。

ほぼ一般には知られていない情報ですが、感応士の力により、記憶を傷つけないよう赤の威令を取り除くのです。

しかし、その方法でも完全では無く、幾つかの情報が抜け落ちることがあります。

また、その成功率も感応士の腕によって様々。

失敗して、蒼石と変わらない結果になることも珍しくありません。


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