第679話 滅び4



 灰色蜘蛛の本拠地を離れて10分少々。

 街の中心部に当たる高級住宅地が立ち並ぶエリアを進んでいく俺達。


 この辺りも天使共と思われる爆撃によって酷い有様。

 建物自体が頑丈な造りの為、完全に崩壊しているモノは少ないが、それでも屋根が穴だらけ、壁面が陥没しまくっている光景は変わらない。



 空を飛ぶレッドオーダーからの攻撃をどうやって防ぐというのだ?

 近代戦争以降、空から地上への攻撃は恐ろしく効率的で有効。


 白の恩寵を無視する飛行型のレッドオーダーなど悪夢でしかない。


 そもそもこの世界の人類には、飛行手段が少ないのだ。


 空を支配するスカイフローターがいるせいで、飛行機はほぼ無用の長物と化し、白翼協商が運航する飛行船が僅かに存在するだけ。

 スカイフローターに対抗できる飛行型機械種は、マスターの従属範囲という制限に縛られ、その飛行能力を完全に発揮することができない。


 機械種使いの従属範囲限界が平均300~500m前後と言われている。

 その距離は地上戦ならともかく空中戦ではあまりに短すぎる。


 マスターが飛行型の従属機械種に騎乗すれば従属範囲を気にしなくても良いが、それはそれでマスターの身を守るために飛行型機種が全力を出し切れない状況に陥るであろう。


 急加速、急旋回、急降下。

 時には音速を超える速度を出す飛行機種の高速戦闘。

 それを乗りこなすのは並大抵な人間では不可能。

 

 戦闘機のように激しくドッグファイトを繰り広げる飛行型機種の機動に人間の身体が耐えられない………


 しかし、世界で唯一飛行船での空輸を行っている白翼協商には、空中戦を可能とする飛行部隊『黎明の翼』が存在する。


 特殊な改造を自身の肉体に施し、高位機種に匹敵する動体視力と耐G能力を手に入れた空戦騎手。


 そして、彼等が騎乗するのは重量級以上の飛行型機種。

 魔獣型の機械種ヒポグリフや機械種グリフォン。

 聖獣型の機械種ペガサスや竜種の機械種ワイヴァーンもいるという。


 それらを率いるのは、神獣型機械種シームルグに騎乗する、この世界で最も有名な女性の機械種使い『空舞姫』。

 20年以上白翼協商の飛行船の護衛を務める御年40歳超の美熟女………という噂。

 

 

 まあ、世界的な有名人になるほど活躍した人が、実はまだ二十歳前です……、なんてなかなか無いだろう。

 第一線で活躍している以上、10代から20代の若者より、30代から50代が多いに決まっている。

 

 若くして名を世界に轟かせるには相応の成果とインパクトが重要。

 それこそ、『空賊王』を倒したことで、英雄の座に足をかけた『天駆』のような……… 






「主様!」



 歩きながらとりとめのない思考を続ける俺の耳に、ヨシツネからの鋭い発声が届く。

 何事かと振り返る前に、ソレは起こった。




 ガキンッ!!




 突然、俺の前に現れたヨシツネ。

 俺を背に庇うような位置取り。


 すぐさま目にも止まらぬ速度で刀を振るう。

 それと同時に響き渡る甲高い金属音。



「銃撃です! お気をつけを…………、むむっ!」



 ガキンッ!

 ガキンッ!



 俺に注意を呼びかけつつ、続けて刀を2閃振るって向かい来る銃弾2発を叩き落とす。



「……………これは」



 なぜか打ち払った刀に視線を向け、何やら訝し気な表情を見せるヨシツネ。

 ナニカを見つけたように刃先に視線を這わせながらポツリと呟く。



「ヨシツネ、敵だな? どこだ?」



 俺はいきなり始まった遭遇戦に、七宝袋から瀝泉槍を抜き放って敵の居場所を尋ねると、



「…………拙者が『敵』を仕留めます。主様はここでお待ちください」


「え? ヨシツネ、それはどういう………」



 ヨシツネ単独で向かうという意図について問おうとすると、ヨシツネはそれに応えず、ベリアル、廻斗かいとへと向き直り、



「ベリアル殿! 廻斗殿! 主様の守り、お任せしましたぞ」


「キィ!」


「フンッ! …………さっさと行け。お前に言われなくても分かっているよ。我が君の守りは僕一人で十分さ」



 『ご武運を!』と暖かく送り出す廻斗に、ぶっきらぼうな感じで嫌味を言い放つベリアル。


 そんな彼等の言葉ににほんの少しだけ笑みを漏らすヨシツネ。

 張り詰めた表情が僅かに綻ぶ様子を見せたのだが………



「それでは、御免!」



 すぐに元の固い表情へと戻し、銃弾が放たれたと思われる方向へと鋭い目線を走らせ、



 ヒュンッ!



 瞬時にその姿が別空間へと掻き消える。

 ヨシツネの十八番、空間転移。

 目に見える範囲ならどこにでも飛んでいける最速の移動方法。

 さらに連続で使用すれば、瞬く間に数キロの距離を駆け抜けることが可能。

 

 おそらくはかなり長距離から射撃してきたと思われる敵を倒しに行ったのだろうけど………




「おい! ヨシツネ…………、アイツ、どういうつもりだ?」



 ヨシツネが消えた場所を見つめながら、俺は湧き上がる疑問を口にする。


 

 確かにヨシツネに任せれば間違いないだろうが、安全を優先するなら全員でかかった方が良いに決まっている。

 

 しかし、ヨシツネはまるで俺を敵に遭わせたくないとでも言うような行動。


 確かに、ヨシツネは最善と思う選択を俺の指示無しで躊躇なく行う果断な性格。

 だが、それにしても、先ほど見せていた表情が気にかかる。


 いつも鉄面皮なくせに、動揺すると面白いように顔に出るのがヨシツネなのだ。

 あの顔は、まるで銃撃者に心当たりがあるような…………


 

 ヨシツネが浮かべていた表情を思い出しながら、その行動について頭を捻っていると、



「ッチ! あの馬鹿! なんだよ、あっちが囮じゃないか………、何、引っかかってんだよ! 無能め!」



 ベリアルから聞こえて来た舌打ち。

 そして、ヨシツネ宛と思われる愚痴。

 

 忌々し気に表情を歪めながらも、俺に近づき、背を向けて前に立つベリアル。

 まるで俺の盾になるとでもいうような姿勢。

 

 ヨシツネが向かったと思われる方向と逆の方へと鋭い視線を向けた瞬間、




 ダダダダダダダダダダダダダダッ!!




「うわっ!」


「我が君、大丈夫。僕が守ってあげているからね」




 飛んで来た無数の銃弾。

 先ほどの銃撃とは真反対の方向からの一斉射撃。


 しかし、涼しい顔でベリアルが展開したAMFを抜くことができず、空しく塵となって消えゆくだけ。


 悪魔型や天使型が備えるアンチマテリアルフィールド。通称AMF。

 銃から発射された弾丸を一定確率で無効化する特殊な波動を展開。

 当然ながら魔王型であるベリアルも使える対物理弾への絶対障壁。

 魔王程のレベルならほぼ100%近い確率で無効化できる。


 見えない波動が何十発何百発の弾丸を完全にシャットアウト。

 これがある限り、どれだけ銃弾を叩き込まれても全くの無意味。


 


 ダダダダダダダダダダダダダッ!

 ダダダダダダダダダダダダダッ!

 ダダダダダダダダダダダダダッ!




 辺りに木霊する連発する銃声。

 全く止まる様子を見せない銃弾の嵐。

 滝のように撃ち込まれるも、AMFの前に塵へと分解。



「ふう………、ちょっと驚いたけど………」



 安全が確保できていると確信し、改めて銃弾が放たれていると思われる方向へと視線を向ける。

 100m以上先から撃たれているのは分かるが、肝心の敵の姿は不明。

 

 射線を見るに幾つかのポイントに分かれて攻撃されているようにも思える。

 しかし、廃墟となった建物が立ち並んでおり、視界内に銃撃者を影一つ捕らえることはできない。



「これは………、どこから撃ってきているんだ? あの辺の建物の中からか?」


「そうだね~、あの辺りに一発くらい爆裂球を放り込んでみれば分かると思うけど? やってみても良い?」


「それは…………、う~ん………」



 目に見えない銃撃者の存在は脅威。

 だが、ただの銃弾では俺やベリアルは傷つかない。

 廻斗なら一発で大破するかもしれないが、1日に10回倒されない限りすぐ復活するし、自身の宝貝である『八卦紫綬衣はっけしゅじゅい』の防御力は絶大。

 今はネクタイ状だが、広げて盾として使えば銃弾など恐れるに足らず。


 けれども、このまま撃たれっぱなしというのも良くない。

 ベリアルの言う通り、一発くらい反撃しても…………



「キィキィ!」


「え? どうした、廻斗?」


「キィキィキィ!」


 

 俺と一緒にベリアルの影に隠れていた廻斗が騒ぎ出す。

 何やら危険が迫っていると。

 

 短い手足をフリフリ、精一杯の仕草で『このままでは危ない!』と警告を発してくる。



 そう言えば廻斗は、巣の中でもダンジョンでも逸早く危険を察知していたな。


 白兎と同じようにナニカ特別な能力を持っているのであろう。

 俺や白兎に次いで、不可思議な能力を秘めているのだから、今更なのかもしれないが。



「ベリアル! 廻斗がこのままじゃ危ないって……」


「我が君………、何を言っているのさ。そんな子猿の戯言を………」


「馬鹿野郎! 廻斗は白兎の愛弟子だぞ! 天兎流舞蹴術の習得具合は天琉より上だ!」


「クソウサギの…………、むう………」



 俺の言葉にベリアルは嫌いな食べ物を献立に出された子供のような表情を見せ、



「!!! もしかしたら………」



 ハッと何かに気づいたように、慌てて片手を前へと翳し、



「出でよ! 『炎獄の甲鎧』!」



 ドンッ!



 ベリアルが前に掲げた手の平。

 その前方5m先に突然巨大な鉄壁が出現。


 まるで戦艦か何かの装甲板。

 高さ、幅ともに3m強。

 AMFが見えない盾なら、これは物理的に存在する堅牢なる障壁。



 ベリアルが呼び出したらしい装甲板が俺達の前に立ち並んだその直後、




 バンッ!!!

 カシャーン!!!




「うわっ!」

「キィ!」

「クソッ! やっぱりか!」



 

 銃声が轟き、乾いた破砕音が鳴り響く。

 目の前で蒼い光の飛沫が舞った………と思ったら、

 堅牢なはずの装甲板がたった一発の銃弾で崩壊。

 

 後ろには通さなかったものの、ベリアルが打ち建てた鉄壁は、一瞬で何百年も経過したかのようにボロボロに錆びて崩れていく。

 

 

「蒼銀弾………、それもとんでもなく高位のヤツだ! 何でレッドオーダーがそんな弾丸を持っているんだよ!」



 ベリアルの顔が驚愕に歪む。

 さらにその表情に含まれるのは激しい怒りと憤り。


 

「おのれ! よくも僕の一部を崩壊させたな! 塵一つ残さずに焼き尽くしてやる!」



 犬歯を剥き出しにして吼えるベリアル。

 久々に見る魔王の怒りに満ちた凶悪な形相。

 

 触れたら壊れそうな繊細な美を彩りながらも、

 一目見たら魂を磨り潰されそうな凄惨な威を放つ。


 だが怒りに打ち震えながらも、俺達の身を守ることを忘れない。



「『炎獄の甲鎧』! 立ち並べ!」



 ドンッ! ドンッ!

 ドンッ! ドンッ!

 ドンッ! ドンッ!

 ドンッ! ドンッ!

 ドンッ! ドンッ!



 ベリアルが命じると、幾つもの装甲板が俺達の前に並ぶ。

 そして、フワリと浮かび上がり、不規則に移動しながら俺達の前方を守ろうとするかのような動きを見せる。



 蒼銀弾はAMFやマテリアル障壁では防げない。

 唯一の防御策は物量を以って耐えるのみ。


 蒼銀弾とて銃弾なのだ。

 こうして何枚もの壁を重ねて動かせば、後ろまで抜かれることは無い。

 

 蒼銀弾は凶悪な破壊力と引き換えに柔軟性を失っている。

 基本、真っ直ぐにしか飛ばず、こうやって物量で固められると手が出せない。

 壁の1枚2枚が破壊されても、すぐに他の壁がカバーに入るから。


 

「ハハハハッ! これで蒼銀弾が何発来ようが………」



 勝ち誇ったような顔でベリアルが笑ったその時、



 バンッ!

 カシャーンッ!!

 

 

 轟く銃声。

 煌めく蒼光。


 2発目の蒼銀弾が『炎獄の甲鎧』の1枚に炸裂。

 先ほどと同じようにたった一発で崩壊せしめた。


 だが、失われたのはたった壁1枚。

 他の壁はまだまだ健在。

 

 すぐさま失われた壁の代わりが前へと移動。

 さらにその後方では新たな鉄壁が生まれつつあるというオマケ付き。



「フフフ、2発目か。さて、あと何発あるのかね? 僕の方はまだまだたくさんあるよ。さて、無くなるのはどっちが先か………、いや、その前にそろそろ反撃してあげなきゃね」



 ベリアルはさらに余裕の表情。

 そして、次は自分の番だとばかりに、手の中に青白く輝くプラズマ球を作り上げる。


 

「さあ、魔王たる僕の力を見て怖れよ! お前が誰に喧嘩を売ったのかを思い知るんだね!」



 魔王としての側面を強く出したベリアル。

 反撃の狼煙を上げようとしたその時、 





 パンッ!




 

 小さく響いた銃声。

 それは俺達の背後から鳴った。


 撃ったのは1丁のスモールの銃………だけ。

 いつの間にか俺達の後ろに回っていた予想外の伏兵。


 然して上等にも見えないソレは、ただの金打で造られた量産品。

 しかし、銃手もおらず、銃だけが宙に浮かび銃口を向けている様は、明らかに異常。




「え?」




 驚いたベリアルが振り返ろうとした瞬間、


 後ろから放たれた銃弾はベリアルの右わき腹に命中。


 AMFを展開していたならば、決して当たるはずもない弾丸。

 だが、蒼銀弾対策の為に物理防御を優先、AMFの展開が甘くなってしまったことで起きた悲劇。

 




 そして、





 ベリアルの機体、右半身部分の一部が消失した。


 突然、見えない巨大な獣に脇腹を食われたような有様。

 機体の中枢近くであり、おそらく動力部の周辺機器が存在する部位。


 たった1発の弾丸が魔王の機体を中破せしめた。

 いや、負傷箇所的に大破に近いかもしれない。

 機種によっては致命傷になりうる損傷………


 



「馬鹿な………、『対魔王弾』。それも最上級……、こ、こんなモノがなぜ?」




 

 痛撃を受けたベリアルは呆然とした表情で疑問を口に。


 しかし、機体の一部を失い中・大破状態。

 場所的に動力部位に損傷を受けたとなったベリアルはそのまま倒れ………





 いや。

 ベリアルは魔王だ。

 魔王は動力部に損傷を受けたくらいで倒れたりはしない。





「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」





 絶叫と共にベリアルの機体が炎に包まれた。

 そして、ベリアルの背後に幾本もの炎の塔が生まれる。

 ソレは連鎖的に広がっていき、やがて炎の壁で囲まれたエリアを作り出す。


 街の一画を炎が占領してしまったような光景。

 怒れる魔王が作り出した炎熱魔界の再現。


 やがてその中央に少しずつ姿を現す巨大な建造物………



 違う。


 それは全長50m、全幅20m、全高15mにもなる巨大な戦車。

 純白を基調としたカラーリングに炎を模したオレンジのライン。

 主砲たる2本の砲筒は2体の天使が支えるような形状。


 以前、初回の暴竜戦で見た『炎の戦車』。

 あの『空の守護者』機械種テュポーンを追い払ったベリアルの切り札。


 俺ですらその全容を見たのは一度切り。

 あとは部分召喚での部位別が精々。



 『炎獄の牙』『炎獄の爪群』『炎獄の甲鎧』



 これ等は『炎の戦車』の一部でしかない。

 その一部でさえ、超高位機種が使うに相応しい性能を秘める。


 そして、それ等が揃った『炎の戦車』であれば完全無欠。

 正に地上の全てを破壊し尽くす破壊神………



「あれ? なんか戦車の形が…………」



 ふと気づいた、前回との相違点。

 戦車上部側面に折り畳んだような翼が2対取り付けられているのを発見。


 明らかに以前見た『炎の戦車』には付いていなかった仕様。

 もしかしたら、あれはベリアルに施した改造で追加された新たな能力……




「いや! そんなことよりも今は………、ベリアル! 落ち着け! こんな街中でそんなモノを起動させたら……」


「ああああああああああああああああああああ!!!」


「おい! 聞いているのか!」



 自身の機体を炎で包み、絶叫を上げ続ける激高状態のベリアル。

 俺の呼びかけに答えず、ただその怒りを辺りへと振り撒く災害と化したまま。


 自身が致命傷に近い損傷を負ったことで暴走したのか、

 それとも、『対魔王弾』とやらに、対象を暴走させる効果があったのか、


 いずれにしても、このまま放っておくわけにもいかない。

 暴走する『炎の戦車』の破壊力はこの街どころか周辺地域のも影響を与えかねない。

 

 どうにかして、ベリアルを落ち着かせないと………



「キィ!!」


「あ、廻斗 …………イカン! 」



 苦し気な悲鳴を上げた廻斗。

 見れば、『八卦紫綬衣はっけしゅじゅい』で自身の機体を包むも、隙間から入ってくる熱気に苦しんでいる様子。


 ベリアルに気を取られて気づかなかったが、どうやら辺りは摂氏何千度の灼熱空間となっているらしい。


 ベリアルが立つ周辺の地面は輻射熱によってドロドロと融解し始めている。

 人間はおろか機械種ですら生存困難な環境となりつつあるようだ。


 ベリアルを撃った量産品の銃などすでに地面に落ちてドロリと溶けた状態。

 この場は金属すら耐えられない超高熱に晒されているのだ。



「廻斗! スリープしろ! 七宝袋しちほうたいに入れるぞ!」


「キィ」



 俺の命令により即座にスリープ状態に入る廻斗。

 すぐさま力を失い地面へと落下しかけた小さな機体をキャッチ。


 そのまま七宝袋へと収納。

 とにかくこれで廻斗の安全は確保できた。




「あとは…………、ベリアルだけだな。早く落ち着かせて、五色石で修理しなければ………」



 五色石を使用する為には手が振れる位置まで近づかなくてはならない。


 しかし、ベリアルの周りは炎熱地獄。

 近づけばより高熱に晒されるに違いない。

 

 だが、闘神である俺の身体はどのような熱でも火傷を負うことは無く、核爆発にも耐えうる仕様。



「ベリアル! 待ってろ! すぐに修理してやるから……… ああ! 止めろ!」



 七宝袋から取り出した五色石を手にベリアルへ駆けつけようとした時、


 ベリアルから呼び出された『炎の戦車』が動きを見せた。



 2本の砲筒を備えた砲塔がグルンと回転。

 照準を街中の建物に隠れていると思われる銃撃者の方へと向けた。


 戦車全体が唸りを上げ、砲塔に力を集中していくのがここからでも分かる。

 魔王の威光を汚した敵を街ごと焼き尽くすであろう地獄の炎の再現がここに………



「コラッ! そんなモノ、街中でぶっ放したら、人間どころか、メンバー達まで被害が………、止まれ! ベリアル!」


「あああああああああああああああああああ!!!」



 返って来たのは先ほどと同じ絶叫。


 完全に暴走状態に陥っているらしいベリアル。

 魔王としての本能の赴くまま、敵を………街ごと破壊せんと砲撃準備。

 

 対暴竜戦では天をも焦がす威力を見せた『炎の戦車』の砲撃。

 あれは空に向かってだから、そこまで周りに被害を出さなかったが、今回は違う。


 たった一発で街は全壊に近い被害を受けるだろう。

 当然、生き残っているかもしれない住民は全滅。

 さらに街中に散らばる仲間達でさえ危ない。



 これは力尽くで止めるしかない!

 だが、中・大破状態のベリアルをぶん殴るわけにもいかないから……



「悠久の刃、ヒロの従属機械種、魔王型ベリアルよ! 稼働を禁ずる! 禁!」



 宝貝『宝蓮灯』を手に、行使したのは『禁術』。

 万物の大道に干渉し、事象を禁じることで、行動を阻害したり、存在を変質させたりする仙術。

 

 本来ならその射程は5m程でしかないが、宝貝『宝蓮灯』を使用することで、2倍の10mまで伸ばすことができる。

 

 禁じたのは『稼働』。

 機械種ゆえに稼働を禁じられたらスリープへと移行するしかない。


 俺が使用する仙術はこの世界の理から外れたモノ。

 たとえ最上位の機械種であろうと、正確な名前と素性が分かっているなら、無抵抗のまま禁術の効果を受け入れるしかない。




「………………」




 禁術により強制的にスリープ状態へと移行したベリアル。


 全身から噴き出させていた炎が消え、

 爛々と輝かせていた両目からの光量が極小に。

 そのまま膝から崩れるように倒れ込む。


 また、打ち建てられた炎の塔もいつの間にか鎮火。

 街中にその偉容を晒していた『炎の戦車』も空間に溶けるように消えていく。


 そればかりか立ち並んでいた鉄壁……『炎獄の甲鎧』も同様に。

 おそらくはマテリアル供給が途切れたら、自動でベリアルの亜空間倉庫に戻る機能があるのだろう。 


 これ等は言わばベリアルの機体の一部なのだ。

 ベリアルの亜空間倉庫に収納されているのが自然な状態。




「ふう…………、危なかった」




 ほっと肩を撫で下ろすと、駆け足で倒れたベリアルへと近づき、




「五色石よ。その力を持って………」



 手に掲げた五色石に仙力を注ぎ込みながら口訣を唱えかけた所で、




 バンッ!


 ガンッ!


「うわっ!」



 銃声が鳴ったと思ったら、俺の手の中の『五色石』に銃弾が命中。

 

 銃弾ごときで壊れるような五色石ではないが、危うく手の中から弾き飛ぶ所だった。


 驚くほど精密な射撃に唖然とする俺。

 姿が見えない程遠くにいるはずなのに、ここまで狙い撃ちしてくるとは、恐るべき銃の腕………


 そして、ヨシツネが離脱した原因。

 最初の銃撃もただの囮であり、未だヨシツネが帰還しないことを考えると、それも罠であったと考えるのが自然。

 敵は銃の腕だけではなく、策略にも長けた人物。

 

 おまけに辺境ではあり得ない武装の数々。


 蒼銀弾に対魔王弾。

 いずれも最上級の品々と思われるモノ。

 

 中央ですら滅多に手に入らない貴重品。

 そんなモノを保有している歴戦の勇士。


 さらに銃自体を単独で操作するという能力を加えるなら、

 そんな人物、この街に1人………、いや、1機ぐらいしか…………




「…………あ、ヤバいっ!」



 不意に嫌な予感が俺の脳裏を走り抜ける。

 それは俺が想像している人物なら取りそうな手段。 


 ナニカが最善かを判断する前に体が動いた。



「『混天綾』!」



 宝貝『混天綾』を取り出し、バッと広げてベリアルを庇うように立つ。


 すると、ほぼ同時に鳴り響く連続した銃声。




 ダダダダダダダダダダダダダダッ!!

 ダダダダダダダダダダダダダダッ!!

 ダダダダダダダダダダダダダダッ!!




 再び襲いかかる銃撃の嵐。

 しかも、一方からではなく、少なくとも三方向から。



「くっ! このままでは………」



 ベリアルを『混天綾』で庇いながら行く末を思案。


 敵は戦巧者。

 俺がベリアルを修復しようとすれば、その隙を狙うに違いない。


 五色石の修復からの完全復活には少しばかりタイムラグが発生する。

 もし、修復できたとしても、その隙を狙われ、再び大破状態に持ち込まれたら、次のクールタイムを待たねばならない。


 きっとそれは数ヶ月後の話。

 いや、それどころか、次こそ完全に破壊されてしまう可能性も………

 

 さらに言えば、暴走状態から無理やりスリープさせたベリアルが、修理した後に正気に戻っているのかも不明。

 またも暴走状態のままで暴れ始められたら、現状、俺1人では手に負えない。


 禁術で怒りを無理矢理抑える手段もあるが、数秒とはいえ、今度は禁術を行使する時間を敵がくれるかどうか……… 



「仕方がない!」



 片手で『混天綾』を掲げつつ、瀝泉槍を地面に置いて、もう片方の手でスリープ状態のベリアルに触れて七宝袋へと収納。


 これでとりあえずはベリアルの身の安全を確保。

 この戦いを切り抜けた後、安全な場所で修復してあげれば良い。




「……………銃撃が、…………止んだ?」




 ベリアルを七宝袋に収納したと思ったら、あれほど鳴り響いていた銃声がピタリと消えた。

 

 当然、銃弾が『混天綾』の表面を叩くことも無く、辺りが急に静まり返る。




「敵は撤退した? ……………いや、そんなわけは…………」




 瀝泉槍を拾い上げてから、『混天綾』を収納。

 両手で瀝泉槍を構え、敵が仕掛けてくるのを待つ…………


 

 いずれ罠を突破したヨシツネか、廻斗から連絡を受けて飛んでくる白兎が来るまで耐えるだけ。

 ベリアルは倒れたが、白兎とヨシツネが揃えば、俺達に敵はいない。




「どこだ? どこから来る…………」




 辺りを油断なく見渡し、敵の出方を探る。

 周りは廃墟と瓦礫の山であり、身を隠す場所は事欠かない。


 だが、ベリアルが発した熱気で俺の周囲は幾分見晴らしが良くなった。

 敵が近づいてくるなら見逃すはずはない。


 しかし、敵は銃手。

 普通ならわざわざ近寄ってくるわけがない。


 だが、何となく、この人物は俺と接触してくるだろうと確信めいた予感があった。

 

 今なら、ヨシツネが俺に何も言わずに自分だけで仕留めようと思ったのも分かる。




 本来、仲間のベリアルが大破に近い状態にさせられたのだから、俺はもっと激怒すべき所。


 『俺の中の内なる咆哮』が出て来てもおかしくなかったほど………

 これについては結果的に修理可能な状態だったからかもしれないが。

 

 とにかく、俺の中で敵の正体にある程度目星がついてしまったが原因。

 だから、怒りよりも悲しみが上回った。 


 そして、敵との接触で俺は大きく動揺することになるだろう。


 そうした心理状態の中、俺は来たるべき人物を待ち続け………


 

 

「来た………」




 100m以上先の通りに人影が見えた。

 

 こちらに向かって無造作に歩いてくる様子。


 銃を構えず、ただコートのポケットに両手を突っ込んだ状態。




「ああ………やっぱり………」




 俺の口から漏れた諦言。

 

 現れた敵が徐々にその姿を鮮明に見せることで、心の中に生じる強い衝撃と深い絶望。


 そうだとは思っていた。

 でも、信じたくは無かった。 



 視界に入る西部劇のようなテンガロンハット、ウエスタンブーツ。

 ヨレヨレのトレンチコートの上にポンチョを着こんだガンマン姿。

 

 まるで、旧友にでも会いに来たような警戒心の無い歩みで近づいてくるその人物は…………




「え? なんで?」




 俺の口から困惑の声が漏れた。

 ようやくはっきりとその姿を捕らえたことで、俺の心を占めていた深い絶望に代わり、大きな戸惑いが湧き起こる。


 確かに見覚えがあり過ぎる衣装なのだが、俺の記憶とあまりに一致しないその容姿。



 背中までかかる長い金髪。

 頬に僅かながらそばかすが散るも、妖艶と言って差し支えない美貌。


 真っ赤なルージュを引いた少々厚めの唇は皮肉な笑みを湛え、

 素っ気ないガンマン衣装を内から押し上げるような豊満なスタイル。


 一目見るにその印象は、1960~70年代の西部劇に出て来そうな女性ガンマン。

 俺が想像していた人物とは、ある意味近く、ある意味これ以上無い程遠い………



 しかしながら、その正体は間違いなく俺が知っている人物であろう。

 何せ常時包帯姿だったのだから、その素顔を知る由もなかったのだから。




 無言で対峙する俺と女性ガンマン姿の機械種。


 互いの距離は10mと少し。


 この距離はちょうど教官と早撃ち勝負をした時と同じ距離。

 

 だが、あの時とは異なる立場になってしまった両者。


 前回は教官とその教え子なら…………


 今回は人間とレッドオーダー。




 なぜならその人物の瞳は赤く輝いているのだから。

 




「教官………ですよね?」


「ふむ? …………違うな。私はもう教官ではないぞ、ヒロ」


「…………そうなんですか?」


「ああ、そうだ。教え子を何人もこの手にかけた。今の私に教官を名乗る資格など無い」



 

 俺の耳に届いたのは、いつもの擦れた声では無く、女性にしては低い声調。


 両目の光を赤く輝かせて、自身の罪を告白する教官…………


 いや、もう教官ではないと本人は言っている。


 でも、俺にとっては銃の使い方を学んだ教官のはずで………




「俺の手に準1級の蒼石があります。大人しくブルーオーダーを受け入れてもらえませんか?」



 俺の口から出たのは、自分でも無理筋だと思う内容。

 

 しかし、そう言わずにはいられなかった。


 もし、ベリアルが修理できない程破壊されてしまっていたら、そんなセリフを宣う余裕など無く怒り狂っていたかもしれない。

 お世話になった教官であっても、『俺の中の内なる咆哮』の吼えるままに大暴れしたであろう。


 だが、ベリアルを修理する手段が俺にはあり、

 教官から受けた恩を考慮すれば、許容できる状況。


 ならば、教官を元に戻すべく行動するべきであろう。


 少なくともブルーオーダーであった教官に罪はなく、街に必要な人物であるのは間違いない。

 さらに俺は教官の弟子であり、師を助けるべく行動するのが弟子の義務であるはずだ。



 だが、そんな俺の不覚悟を教官は笑い飛ばし、



「ハハハハッ! レッドオーダーを前にして、そう言い放つか? 流石は私の元教え子。面白い冗談だな!」


「冗談ではありません。本気で言っています。たとえレッドオーダーになっても………、ブルーオーダーで記憶が消え去っても、俺にとっての教官は教官のままで………」


「ヒロ。止めておけ。お前が私を未だ教官と呼ぶのなら、これが最後の教えになるが…………」



 俺が述べた思いに対し、教官はニヤリとした笑みを浮かべながら答える。



「レッドオーダーと交渉したければ、まず力を見せろ。この私、レジェンドタイプ、機械種カラミティ・ジェーン相手にな」





『こぼれ話』

【対魔王弾】【対竜種弾】【対天使弾】【対魔獣弾】【対巨人弾】【対神人弾】……

といった様々な特殊弾丸が存在します。

【蒼銀弾】程万能ではありませんが、それぞれの種族に対して特攻と言っても良いくらいの威力を発揮します。

特殊弾丸には等級があり、高位のモノであれば一撃で仕留めることも可能。

さらにモノによっては【恐慌】【暴走】【弱化】などの状態異常を引き起こす効果も。

しかし、等級が高い程、希少であり効果。

銃弾という仕様上、当然ながら外れてしまえば効果がありません。

また、弾丸故にAMFや障壁に阻まれると届きません。

ここが蒼銀弾よりも劣る部分ではあります。




※申し訳ありません。明日と明後日は投稿をお休みさせていだたきます。

再開は6月29日(土)の予定です。




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