第682話 滅び7



 頭部を失った教官の遺骸を前に、しばらくの間、ただ茫然と座り込んでいた。


 強い虚脱感のあまり、立ち上がろうとする気力すら出てこない。


 ペタンと力無く地面に腰を下ろした状態で、心の中の感情を整理。


 自分の中の渦巻く悲しみと後悔を持て余し、何度も何度も同じ問いかけを自問する。



 なんでこうなってしまったのか?

 なぜ教官を助けられなかったのか?

 もっと良い手はなかったのか?

 


 しかし、考えても考えても答えは出なかった。

 いかに俺が手を尽くそうとも、それを教官は難なく超えて来そうな気がするから。


 長年戦場を渡り歩き、積み重ねた戦歴と経験は莫大なモノ。

 人間の感情の機微まで把握し、それを十全に活用する知略。

 レジェンドタイプとしての能力を存分に活かした戦いぶり。


 この異世界に来てたった半年の俺では対抗できるわけがない。

 未来視にて多少の経験は積んでいるが、それ等も漠然とした知識だけ。

 とても身に付いたとは言えない付け焼刃。


 それでも、教官に教えを受けた生徒として、ナニカできたのではないだろうか?

 もし、あの時、別の選択を取っていたら、こんなことには………



 そうして、答えの出せない自問を続け、どれくらいの時間が流れたのかも分からなくなってきた時、


 ふと、気づけば、俺の危機を廻斗から知り、慌てて飛んで来たらしい白兎が隣にいた。



 パタパタ

『マスター………』


「ああ、教官だよ………、レッドオーダーになって、それで………」


 フリ……

『そう………』



 教官であった遺骸を見つめ、少しだけ機体をふらつかせたような反応を見せた白兎。

 

 しかし、すぐに我を取り戻し、両前脚の肉球を合わせて合掌。

 俺と並んで黙とうを捧げる。



 そして、その数分後、ヨシツネが到着。



「主様! 申し訳ございません!!」


 

 俺の顔を見るなり、地面にへばりつくようにして土下座での謝罪を行うヨシツネ。


 聞けば、教官の囮に引っかかり、思いも寄らない強敵の群れへと誘い込まれたらしい。



「気にするな、ヨシツネ。俺も………、ベリアルも………、同じように教官に一杯食わされた口だ」


 

 悲痛な表情で謝罪を続けるヨシツネに対し、俺は鷹揚な態度を示しながら許す。


 あのベリアルですら翻弄され、俺自身も何度も煮え湯を飲まされた教官の嫌らしい戦術。


 俺達とは潜り抜けた戦場の数が違うのだ。

 決してヨシツネだけの不覚ではない。



 フルフル………

『僕も強敵とかち合っちゃった最中でさ。すぐに飛んでこれなくて御免』


「いいさ、白兎。多分、白兎がいたらいたで、教官は戦術を変えたと思う。もしかしたら、もっと厄介な手を使ってきたかもしれない」



 この場合、教官が俺達を襲う側だという所がネックなのだ。

 つまり、いつ何時、都合の良いタイミングで仕掛けることができる……



「これしかなかったのかな? 今の俺の力では教官を救うことはできなかった………」


 パタパタ

『十分に救えたと思うよ。あの人はずっと死にたがっていたし………、ずっとレッドオーダーで生き続けるより、生徒であるマスターの手で討たれた方が良いに決まっているよ』


「そう………か。確かに教官は…………、前のマスターの元に行きたがっていたなあ………」



 何度も口にしていた教官の自分自身の願い。

 図らずもレッドオーダーになったことで叶ってしまった。

 

 もし、レッドオーダーであっても、逝く先が人間と一緒なら、きっと教官はマスターとの再会を果たしているはず………

 それは教官が長い間、ずっと夢に見ていた悲願に違いない。



 そう考えると、心が軽くなっていく。

 自己満足かもしれないが、今の俺にはそれが必要。



「この遺骸は………、できればそのマスターと同じところに葬ってあげたい」



 お世話になった教官の遺骸だ。

 たとえ希少なレジェンドタイプであっても、部品取りの為にバラバラにしたくない。


 

 地面に横たわる教官の遺骸を七宝袋へ収納。

 散らばった部品も、空に舞い上がったテンガロンハットも拾い集め、同じく七宝袋で保管。

 


 フルフル!

『きっと打神鞭ならすぐに探せるよ!』


「そうだな………」



 白兎が俺の横に来て、わざと明るく振る舞いながら耳をフルフル。


 いつも前向きな白兎と話すことで少しだけ気力が戻った。

 やっぱり、白兎が一緒にいてくれないと、きっと俺はすぐに駄目な方向に進んでしまう。


  

「さて………、時間がかなり過ぎてしまったな。早く白の教会へ行く前に………、ベリアルの奴を修復して…………、ああっ! イカンッ! 早く『白天壊王ソル・ブレイカー』を助けないと………」


 パタパタ?

『誰? その中二病臭い名前の人?』


「うるせえ、俺が黄巾力士に付けた名前だ。文句あるか?」


 フリフリ

『絶対に『白羅敏兎ホワイトラビント』の方がカッコ良いのに……』


 

 白兎は些か不満をタラタラ流すも、俺が名付け直した名にそれ以上文句は付けない様子。


 一応、白兎の『白』と天兎流舞蹴術の『天』の文字を入れているのだ。

 白兎としても、妥協できる名前であるのだろう。



「さあ、まずはあの落とし穴に沈んでいる白天壊王ソル・ブレイカーを引き上げるぞ…………、ヨシツネ。いつまでも平伏してないで手伝え」


「ハッ! 命に代えましても!」


「………救助活動に命を賭けんでもいい」



 とにかく、俺と白兎、ヨシツネの3人で落とし穴から白天壊王ソル・ブレイカーを引き上げる。


 ベッタリと黒い液体がへばりついた白天壊王ソル・ブレイカー


 しかし、活動に支障は無く、機体にこれといった損傷も無し。

 あれだけの猛攻に晒されて無傷とは、流石は仙造兵器たる黄巾力士。



「これで良し! 綺麗になった」



 流体を操る『混天綾』を取り出し、白天壊王ソル・ブレイカーの機体にへばりつく黒い液体を完全除去。

 どうやらコールタールの類でさらに機械種の装甲を溶かす強酸でもあるらしい。

 まあ、神珍鉄で構成される黄巾力士には通用しなかったようだが。

 

 

「あとはベリアルを………」



 七宝袋の中からスリープ状態のベリアルを取り出して、五色石ごしきせきにて修復。

 七色の光がベリアルの機体に振りかかり、抉られた脇腹があっという間に再生される。



「スリープを解くぞ…………、アイツ、暴れるかもしれんから注意してくれ」



 皆に注意を投げかけてから、ベリアルのスリープを解除すると、



「ガアアアアアアアアアアッ!!! よくもよくもよくもよくも! 僕の機体を!!」



 いきなり我を忘れた状態で叫び、

 その機体に紅蓮の炎を纏わせ、

 蒼い瞳をギラギラと輝かせて、敵もいないのに、暴れ回ろうとするベリアルだったが………



 フリフリッ!

『黙れ! この役立たず!』


 パシンッ!!


 突然、白兎が白いハリセンを手にベリアルを殴りつけた。


 どんな効果を持つハリセンなのかは不明だが、たったその一撃でベリアルを包む炎が一瞬で鎮火。



 ピコピコッ!

『僕を差し置いて護衛に付いたくせに、マスターを守れず暴れ回ろうとするとは、言語道断! 恥を知れ、恥を!』


「何を! …………クソウサギが! 煩い!」


 パタパタッ!

『ソレで済ませようとするな! もし、お前が反省しないのなら、今後一切、マスターの護衛は任せないぞ!』


「ぐっ…………」


 フリフリ

『慢心があったろう? どんな敵でも相手にならないって油断しただろう? そのおかげでマスターが傷ついた。どうする? 魔王。お前はこの失敗から何を学ぶ?』


「………………」



 白兎に詰められた黙り込むベリアル。

 下唇を噛みながら恨めしそうに白兎を睨む。



 フルフル

『僕を恨みたいなら恨んでもいいぞ。ただし、立ち止まるのは許さない。そこで止まるならお前はそこまでだ』


「ッチ! …………分かったさ。僕が悪かった。二度と油断なんてしないよ」



 舌打ちして、露骨に目を逸らしながらも、ベリアルは自分の非を認めた。



「え? まさか」

「ベリアル殿が………」



 俺も、ヨシツネもこの展開に驚きを隠せない。

 思わず目を剥き、自分の耳を疑ってしまう有様。


 無理もあるまい。

 従属させて半年間。

 一貫して傲慢な態度を崩さなかったベリアル。

 まさか、コイツが反省する態度を見せるなんて………

 

 

「主様、ひょっとして修復時に何か問題が?」

「その可能性もあるのか。後で胡狛に見てもらう必要があるな」


「ちょっと、ソコッ! 僕は正常だよ! その言い方、酷くない?」


 

 俺とヨシツネのコソコソ話に、ベリアルはムッとした顔で抗議の声を上げた。






 




 その後、廻斗を七宝袋から取り出して、計4機となった従属機械種達を連れ、最終目的地である白の教会へと向かう。


 ちなみに白天壊王ソル・ブレイカーは七宝袋の中に戻した。

 切り札はイザと言う時に出すからこそ有効なのだ。



「キィ!」


 フルフルッ!



 宙を浮かぶ廻斗と地面を撥ねる白兎が先導。

 

 そして、俺の横をガッチリと固めるヨシツネとベリアル。


 片時も離れないとばかりにピッタリと寄り添う感じでの随行。


 どんな敵が現れようとも、俺の身体を絶対死守。

 刹那の間に殲滅してみせると強い意気込み。


 

 う~ん…………

 美少年と美青年に挟まれてしまった微妙な気分。


 これって、傍からならどう見えるんだろうね?

 相対的に俺のモブ顔が強調されているんじゃなかろうか?

 

 美女と美少女に挟まれるのなら本望だが、

 男2人に寄り添われてもなあ………


 

 そんな益体も無いことを考えながら、廃墟と化した街中を進み、

 

 そして、辿り着いた白の教会前。

 周りの建物同様、空からの爆撃により破壊されているようだが、一応教会と分かる程度の形は残る。


 だが、教会の敷地内に立つ建物より、目に入る巨大な物体が1つ。



「なんじゃこりゃ?」



 思わず口にしてしまう疑問形。


 いつか見た教会の入口。

 仰々しい正門前に突き刺さった巨大な柱が一本。


 直径3mはありそうな太さ。

 さらに長さは20m以上ありそう。


 地面への食い込み具合から、どうやらこの柱はかなり高い所から落下したモノと思われる。

 誰が、一体何のために、こんなモノを突き立てたのであろうか?

 


 パタパタッ!

『マスター! アレ! 上の方!』



 俺が胡乱な目で柱を見つめていると、白兎が驚いたような声? を上げてピョンピョン跳ねる。

 その耳は巨大な柱の上方を差しており、釣られて視線を上にあげると、



「げっ! …………あれは人間の………」



 巨大な杭と思われた物体は、上方部から左右に枝分かれしており、形的には十字架に近い形状。


 そして、その十字架に貼り付けにされた人間の死体と思われるモノを発見。

 しかも遠目で見るに明らかに成人の女性。


 

「ヨ、ヨシツネ!」


「ハッ!」



 即座にヨシツネに命じて女性の死体を回収。

 地面に降ろして横たえてみると………



「この人…………、鐘守か?」



 髪は女性にしては短いながら、煌めくような銀髪。

 年の頃はおそらく20代。

 だが、顔は無残にも潰されており、体のあちこちには拷問されたような跡が見受けられる。

 

 服装はビシッとした白いスーツ。

 ただし、これもアチコチが破れて酷い有様。


 身体中に熱閃で貫かれたような跡が幾つも見える。

 おそらく熱した針か細い粒子加速砲のようなモノを何本も撃ち込まれた様子。



「なんて………酷い………、クッソッ! これもレッドオーダーの仕業か!」


「これは………、逃げる所を何度も撃たれたのでしょう。獲物を追い詰めて痛めつけるのが目的であるかのように」



 俺が漏らした苦渋に満ちた怒りの言葉に、ヨシツネが感情を抑えた声で推測を述べてくる。

 

 

「人間を痛めつけるのが好きなレッドオーダーでもこれはやり過ぎだろう! しかも女性に!」


「よほど性格が悪いレッドオーダーなのでしょうね。この女性もそんなレッドオーダーに遭遇するとは運が悪い」


「一体どんなレッドオーダーなんだ? やっぱり残酷で知られる悪魔型か?」



 俺とヨシツネで交わされるやりきれない感情を抑える為の会話。


 しかし、今まで会話に参加することなく、じっと十字架を見上げていたベリアルが、突然こちらの会話に口を挟む。



「これ………、絶対、天使型の仕業だね。しかも熾天使型」


「え? ………ベリアル、分かるのか? そんなこと」


「まあね、僕ぐらいの超高位機種になれば………と言いたい所だけど………」



 そこで一度言葉を切るベリアルだったが、



「そりゃあ、僕達魔王の宿敵とも言える熾天使型のことだからね。アイツ等がやらかしそうなことは大抵分かるんだよ♪ ハハハハッ!」



 そう言って、実に機嫌良さげに笑うベリアル。


 純粋無垢な絶世の美少年の微笑。

 そのようなタイトルで絵画に閉じ込めてしまいたくなる、楽し気な笑み…… 



 あ、違う。

 全然目が笑っていない。


 むしろ超機嫌が悪くなっている感じ。

 昔のツンツンしていた頃のベリアルに戻ったような………

  


 確か、魔王型と熾天使型はもの凄く仲が悪いんだったな。

 たとえ同じマスターに仕える従属機械種であっても、目が合うだけで殺し合うくらいに。



「…………ということは、この教会を襲ったのは、やはり熾天使型で確定か」



 宿敵の残り香を感じ、苛ついているらしいベリアルから視線を外して、再びこの女性を殺した下手人を推理。

 俺が容疑者として挙げたのは、やはりこの街を滅ぼした大きな原因となったはずの熾天使型。


 しかし、俺の推理に白兎が少しばかり疑問点を唱えてくる。



 パタパタ

『状況証拠的にはそうだけど、この十字架、随分と高い所から落とされたように見えるのが気になるなあ」


「白兎? どういう意味だ」


 フルフル

『この鐘守の人、この教会で捕まったのなら、熾天使型は地上で捕まえた鐘守を十字架に縛り付けて、わざわざ高い所まで昇ってから落としたことになる。それに何の意味があるんだろうね?』


「ふむ? それはそうだが、………あれ? なんで、この鐘守の死体、残ってるんだ? もしかして、死んだのは今日なのか?」


 

 ふと、思い出したこの世界の事情。

 決して死体が残ることなく、極小の機械種に食われて消えていく法則を。



「主様。この方が亡くなったのは、血の塊具合から見ると数日前のことです」


「だったらおかしい。なぜ死体が残る?」


「それは…………」



 死体に残る血の塊具合から死後の日数を弾き出したヨシツネ。

 だが、俺が問うた2つ目の質問には答えられずに口籠る。

 

 明らかに世界の法則に逸脱した死体なのだ。


 これは熾天使型が何らかの処置を加えた影響なのだろうか?

 それとも、鐘守だから機械種に食われず、死体が残るとでも言うのだろうか?


 そもそも死体が残るのは何の為だ?

 熾天使型が原因なら、鐘守の死体を残すことで人類に恐怖を与える為という可能性が残る。

 そして、鐘守ゆえの特性と言うなら、一体何のために………



 じっと、地面に横たわる鐘守の死体を見つめる。


 生きている時はさぞ美しい容姿であったのだろうが、今は目を背けたくなる程の惨状。


 顔も潰され、身体は穴だらけの血だらけ。

 辛うじて銀髪が残っているから、鐘守と分かるが………



「あれ? 何となく見覚えが………」



 顔も分からない鐘守の遺体。

 しかし、眺めていると、どこかで会ったことがあるような気がしてくる。


 未来視も含め、俺が出会った鐘守など数えるほどだ。

 さらに、友好的な接触となると、未来視を合わせても白月さんと白露ぐらい………




「白露!」



 

 不意に頭を過った不吉な連想。

 

 この凄惨な死体となってしまった鐘守。

 確か、レオンハルトが教えてくれた、この街に訪れているという『厄介な鐘守』であろう。

 そして、この街に常駐している鐘守が白露。


 

 この街にいる2人の鐘守の内、1人が無残にも殺されたのだ。

 では、もう1人の鐘守である白露の身は…………



「だ、大丈夫なはず! だって、アイツは鐘守………、一番最初に避難しているに違いない………、ラズリーさんだっているし………」



 だが、もしそうだとすれば、この目の前の鐘守の死体はどうなんだ?

 白露は、守るべき民を見捨てて、自分だけ避難するような性格か?



「ああ………、そんな、そんな………」



 一度心に芽生えてしまった不安は拭えない。

 次々と脳裏に浮かんでくる白露の無邪気な姿、そして、目の前の鐘守の死体から連想されるその無残な………



「キィ?」



 動きを止め、顔が真っ青になった俺を心配して、廻斗が声をかけてくる。


 しかし、湧き上がる不安にどうしても耐えられず、



「白露! どこだ!」


ピコッ!

『マスター!』

「主様?」



 居ても立っても居られず、白の教会の中へと駆け出す俺。


 慌てて俺についてくる仲間達。


 だが、今の俺は仲間のことを気遣う余裕さえない程焦っている。



「白露!」



 白露の名を叫びながら、教会の境内へと侵入。


 本来、門番がいて熱心な信者以外通れないはずの内門を潜り抜ける。



「やっぱり、門番もいなくなってる。そりゃあ、街がこんなだから当たり前だけど………」



 一瞬、門を潜ろうとした時、未来視にて矢を撃ちこんで来た門番に襲われることを心配したが、特に何も起こらず門を潜り抜けることに成功。


 そのまま白の教会の本殿へと入り、片っ端から部屋を調べ上げる。



 楽廊、準備室、集会場、多目的室、台所、事務室、待機室………



 慌てて追いかけてくるメンバー達に構うのも忘れて、施設内を走り回る。



 そして、最後に辿り着いたのが、多数の信者が祈りを捧げる礼拝堂。

 造りはヨーロッパで見るような大ホール。


 白鐘が描かれたタペストリーや金銀で造られた燭台が飾られ、

 陽の光に照らされ、ステンドグラスが仄かに輝く静謐なる風景。


 

 しかし、ただ一つ、大聖堂に似つかわしくない飾りがあるとすれば、それは…………




「ああ…………、白露!」




 礼拝堂の一番奥。

 神父が説法を行う為の教壇。


 そこで見つけた白露の顔。


 お子様染みた銀髪ツインテール。

 小さくて形の良い鼻に、薄く紅色づいた唇。

 いずれは美少女、美女になることが確定している可愛らしい相貌。



「………白露?」



 ただし、その目は固く閉じられており………



「え?」



 その首から下は………………



「あ……………」



 まず自分の目が信じられず、


 何度も目を擦ってみるも、

 

 しかし、俺が見た光景は消えず、




「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




 俺は絶叫した。

 

 腹の底から怒りの声を上げた。




「なぜ! なぜ! こんな酷いことができる! 白露はまだ子供なんだぞ!! どうして! こんな、尊厳を汚すような真似を………、ああああああああっ!!! クソオオオオオオッ!!」




 あまりに酷い白露へ仕打ちに半狂乱になって暴れ回る俺。


 力任せに礼拝堂の椅子をぶん殴る。


 たった一撃で十席以上の椅子が崩壊。



 

「なんでなんでなんで、恋も知らないような子供にあんな…………、アアアアアアアアアアアアア!!! 殺す! 殺してやるぞオオオオオオ!!!!!」




 狂ったように叫びながら壁を蹴りつける。


 すると、一瞬で側壁全てが粉々に砕けた。



 だが、そんなことをしても、俺の怒りは収まらない。


 俺の心から燃え盛る炎はこんなことでは消えはしない。




 未だかつて、ここまでの怒りを感じたことはたった1回。


 エンジュ、ユティアさんと東部領域に訪れた未来視ルート。


 その中でエンジュが無残にも殺されたと分かった時のみ。


 あの時は街を焼き尽くし、手を下した人間を虱潰しにして回った。


 果たして、今、俺の怒りを鎮める為には、一体何人の人間を殺さねばならないのか………


 いや、違う。


 今回の下手人はレッドオーダー。

 

 ならば、どのような手を使ってでも見つけ出す。


 ああ、やってやる! 

 

 白露をこんな目に遭わせたであろう者達は、俺の手で全て八つ裂きにしてやる!




「白露は…………、白露は…………、俺と約束して…………、ああ、俺の………、よくも、俺から…………」




 礼拝堂の天井を見上げ、まるで譫言のように独り言を呟いてから、






「ウバッテクレタナ!!!!!」






 空に向かって叫んだ。


 天に住むであろう熾天使型に向けて、俺の怒りが届くように。 


 必ず白露の仇は取ると天に誓うように。






************************************

<未来視終了>






「わあああああああああああああああああ!!!」





 ベッドから飛び起き、すぐさま七宝袋から混天綾と瀝泉槍を取り出す。


 ぶつけようの無い怒りが俺の中で渦巻いており、このままでは部屋ごとぶっ壊しかねない。

 

 俺の中の内なる咆哮は、先ほどから吼えっぱなし。


 『コワセ!』『ツブセ!』『ミナゴロシニシロ!』と辺り構わず、破壊衝動を焚きつけてくる。



「ぐうううううううう!!!」


 

 俺は混天綾を頭からかぶり、瀝泉槍を抱えて、自身を焼き尽くそうとするかのような『俺の中の内なる咆哮』の怒りを鎮めにかかる。

 

 ここまでの衝動の強さはかつてないほど。

 

 俺の白露への思い入れの強さもそうだが、未来視内にてその怒りを発散していないことも大きい。


 結局、途中で未来視は打ち切られ、生まれた衝動をぶつけないまま終わったしまったから。

 

 未来視で生まれた『俺の中の内なる咆哮』の怒りは、現実に引き継がれ、今なお猛々しく怒り狂っている最中。



「落ち着け! 落ち着け! ここで暴れてどうする? 白露を助ける為には、早く街に戻らなきゃならないのに………」



 ベッドの上で蹲り、歯を食いしばり、涙をポロポロ零しながら、必死で『俺の中の内なる咆哮』を抑え込もうとする俺。



「あんな未来にしてたまるか! 絶対、守ってやる! 皆を………、白露を…………、だから、早く収まってくれ!!!」



 ひたすら衝動が消えていくのを待ち続け、


 ようやく俺が動けるようになったのは、その40分後………




「はあ、はあ、はあ…………、クソッ! 貴重な時間が………」




 時計を見れば、すでに時間は8時前。

 未来視の情報から、今日、昼ぐらいには街の崩壊が始まるはず。


 その切っ掛けは『白鐘』が破壊されること。

 おそらくは熾天使型からの爆撃によってであろう。

 

 複数いたという熾天使型が街を襲撃してからではもう遅い。


 街を襲う前に熾天使型を滅ぼさねば、多数の犠牲が出てしまう。




「と、とにかく、皆を集めて、街へ向かおう!」












「輝煉! 全速力だ!」



 あの後、皆を大至急で集めて、すぐさま街に向かうと宣言。

 詳しい説明をする暇も惜しみ、白兎と輝煉以外のメンバーを全員七宝袋へと収納。

 

 最後に空中庭園をも収納して、輝煉に跨り、白兎に先導させてバルトーラの街へと出発。



 以前は、飛行部隊とともに、スカイフローターを撃滅しながら空高くを進んだが、今回は速度を重視。

 人目に付くかもしれない可能性を許容し、スカイフローターが襲って来ない低空を飛ぶ。


 今後、金色の神獣型に乗った狩人の噂が出回るかもしれないが、今は一分一秒でも早く街に辿り着くことが大事。


 輝煉については、アスリンやレオンハルトも知っているのだから、もう今更だ。




 フルフルッ!

『街が見えて来たよ!』


「おっしゃ! 街はまだ無事だな…………流石にここからは輝煉から降りよう」



 重量級以上の機械種は街中に入れず、街の外縁や駐車場に近づくにしても、速度を落とすのがルール。

 重量級を爆走させて街に接近するのはあまりに常識外れであろう。


 ルールをあえて無視して、ガレージ街に輝煉で乗り込むことも考えたが、下手をしたら街の防衛隊から不審者として迎撃されるリスクがある。

 一分一秒惜しいが、こんな所で街の人間と争うわけにもいかない。



 街から数キロの地点で輝煉から降りて、後は自分の足で残りの距離を走り抜ける。


 輝煉を七宝袋へと収納し、白兎とともに荒野を駆け、僅か数分で街の入口へと到着。






「はあ………、何とか間に合ったか…………」



 俺達のホームたるガレージに戻ったのは、10時過ぎ。

 

 空中庭園内に散らばったメンバー全員を集めて収納するのに、30分近くかかったから、実質、あの距離を僅か1時間と少しで飛んできたことになる。


 色々とあらぬ噂を振り撒いてしまうかもしれないが、

 それでも時間を確保する為にはどうしても必要なことだった。



「皆、起きろ!」 



 ガレージに入るなり、メンバー全員を七宝袋から取り出して起動。



「今から『悠久の刃』が取り組む、最大のミッションの説明を行う!」



 立ち並ぶメンバーを前に、俺が未来視で見た、あと2時間以内に起こるであろう悲劇を話す。



・熾天使型が複数現れ、街を攻撃する。


・街のあちこちでテロが起こる。

 

・水の巨人が街中で暴れ回る。


・魔人型の紅姫が孤児院を襲撃して、たくさんの子供が殺される。


・どこかのタイミングで白鐘が破壊される。

 そして、鐘守が2人無残な姿で………

 

 


「ぐう………」



 思わず、二度とは見たくない光景を思い出してしまい、呻き声を上げる俺。


 腹の底からまたも『俺の中の内なる咆哮』が暴れ出しそうな気配。


 胸ポケットから瀝泉槍を取り出し、ギュッと握り込むことで、その衝動を抑え込む。



「マスター、大丈夫ですかな?」


「ああ、毘燭………、あんまり大丈夫じゃないが………、時間が無いんだ」


「しかし、マスターがそのようなご体調では………」


「いや、何とかする! ………それよりも、未来視で見た悲劇を回避する為に早く動き出さないと………」



 俺の体調を気遣う毘燭。

 だが、今は俺の体調よりも、時間が何よりも大事。


 だが、動くと言っても、何から手を付けて良いのかが不明。

 とにかく、色々イベントが重なり過ぎて、全体像が全く把握できない。




「…………こんな時こそ、打神鞭の占いだな」




 ここで『知』の切り札を切ってしまっても良いのか、少しだけ悩む。

 しかし、この五里霧中な状態では、動くにしてもあまりに目星が無さすぎる。


 とにかく、白鐘が破壊された原因さえ特定できれば、街で起こる悲劇の大半はカバーできる。


 


 だが、俺が打神鞭に占いを頼もうとした時、






 ザザ…………






 『謎の違和感』が発生。

 しかも、打神鞭を使おうとして、だ。


 それは俺にとっても初めての経験。


 今まで様々なバッドエンドを回避させてくれた『謎の違和感』だが、

 まさか『打神鞭の占い』を使用しようとしたタイミングで発生するとは、全くの予想外。




「なんでだよ………」



 カラン………



 

 あまりの衝撃に、俺は思わず打神鞭を取り落としてしまう。



 どういうことだ?

 なぜ打神鞭を使おうとして『謎の違和感』が発生する?

 

 考えられるのは、この先、打神鞭の占いを使わないとクリアできないイベントが発生すること。


 打神鞭の占いは1日1回。

 ここで使ってしまうと夜の零時を回るまで使用不能となる。



「じゃあ、どうすれば良いんだよ………」



 床でギャーギャー抗議の声を上げる打神鞭の声も耳に入らず、


 ただ、どうすれば良いのか、分からなくなる俺。


 そして、メンバー達も、悩ましい顔、難しい顔を見せる。



 なにせ、原因がはっきりしないのだ。


 いかに戦術スキルを備え、人間よりも遥かに優秀な頭脳を持つ機械種達も、俺がもたらした未来視の断片的な情報だけでは対策の取りようが無い。



 白鐘を守るために全員で白の教会を守れば良いのか?

 しかし、それでは、熾天使型が群れを成して街を蹂躙するのを止められない。

 

 また、街で発生するテロ行為が計画されたモノなのか?

 それとも、白鐘が破壊されたことで自棄になった者達の仕業なのか?


 水の巨人は一体どこから現れたのか?

 熾天使型や、テロ行為、水の巨人とナニカ関係があるのか?


 その全てが全くの無関係という可能性もあるのだ。



 さらに、俺が守りたい対象も多い。

 

 ボノフさん、教官、バッツ君やマリーさん、孤児院の子供達………

 アルスやハンザ、ガイ、アスリンチーム、レオンハルトといった戦友。

 ミエリさんやパルティアさん、パルミルちゃん……

 そして、白露やラズリーさん。 



 もう何から手を付けて良いのか、

 何を優先すれば良いのか、

 全く見当もつかない………

 


 せめて、今回の街の崩壊が、何者かによる意思なのかどうかさえ、はっきりすれば、対策も取れるというのに………

 



 ガレージの天井を仰ぎ、途方に暮れる俺の耳に、




「ギギギギギギッ!!」




 ガレージの周辺を偵察に出していたはずの浮楽の声が届いた。



 そして、声の方を振り返ると、そこには………



「ルークッ!」



 浮楽に抱えられたボロボロになったルークの姿。



 タウール商会に所属する赤能者。

 孤児院の少女、マリーさんを姉と慕う純朴な少年。


 しかし、意に沿わない『赤能者のデメリット』を押し付けられ、そのマリーさんとも会えなくなったことでタウール商会を恨み、俺に色々とタウール商会の情報を流してくれるようになった協力者でもある。

 


 まさか、こんな形で再会することになろうとは………




「ギギギギ!!」



 浮楽に聞くと、数軒隣のガレージの隅で血塗れで倒れていた様子。

 慌てて救助し、ここまで連れて帰って来たらしい。



「どうした! しっかりしろ!」



 浮楽によって床に横たえられたルーク。


 全身、刃物のようなモノで切り裂かれ、

 さらに右足が膝から下が失われている状態。


 一般人なら間違いなく命にかかわる重傷。

 しかし、そんな大怪我をしながらも、ルークは俺の顔を見るなり、苦しそうにしながらも笑顔を見せ、



「やあ、ヒロ。良かった。間に合った」


「ルーク! 一体何があった………、と、それより先に薬を………」



 ルークの容態を見て、すぐに指先で仙丹を作成。

 

 もうここで躊躇う必要もあるまい。

 

 ルークは俺にとっても友人。

 色々と不幸な身の上であり、俺と似たような境遇にあることから、俺の中では身内扱い。


 仙丹を使うリスクなど、ルークを助けない理由にはならない。



 だが、仙丹を口に押し込もうとする俺に対し、



「ヒロ! 待って、その前に………」



 ルークは急に真剣な表情を見せてから、



「この街が危ないんだ。赤能者の集団……『鐘割り』が白鐘を壊そうとしている!」

 


 俺に街を救うための重要なピースをもたらしてくれた。






※ストックが切れましたので書き溜め期間に入ります。

 更新再開は8月3日を予定しています。


 色々と駆け足でした。

 この話は後日修正・加筆するかもしれません。

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