第677話 滅び2


 俺が空中庭園に引き籠っている間に『堕ちた街』となってしまったバルトーラの街。


 建物と言う建物が爆撃に晒された後のような廃墟と化し、

 レッドオーダーが我が物顔で街のあちこちを徘徊。

 

 あの活気あふれた辺境最大の街の面影は一欠けらも無い。

 白鐘が破壊されたことにより、ほとんどの人間は殺されてしまったのだ。


 この世界特有の現象により、街の中に人間の死体は全く見当たらない。

 夜に湧く機械種インセクト………、又はそれよりも極小の機械種により一晩のうちに片付けられてしまうからだ。 

 

 だが、この街でたくさんの人間が亡くなったのは否定できない事実。

 死体は残らなくとも、流された血は、極小の機械種によりほとんど分解されながらも、一部地面や壁の染みとして残るからだ。

 状況や辺りの惨状を見れば、この街がレッドオーダーによる殺戮現場と化したのは間違いない。


 しかし、まだ生き残りがいるかもしれないと考えは捨てきれない。


 故に悠久の刃の面々を幾つかのグループに分け、レッドオーダーの駆逐と生き残った人間の救助を行うことにした。


 その中で俺とヨシツネ、廻斗、ベリアルは、特に縁が深かった人達の痕跡を探すために『孤児院』『ボノフさんのお店』『白翼協商の秤屋事務所』『白の教会』へと向かう。


 そして、街の入口から最も近い『孤児院』へと辿り着くと、そこにあったのは完全に破壊尽くされた跡地であった………





「………………どうやらここで超高位機種同士が戦闘を行ったようですね」


「ヨシツネ? それはどういうことだ!」



 しばし呆然としていた俺にヨシツネが自身の推察を述べてくる。


 思わず強い口調で聞き返してしまう俺だったが………



「おそらく、最低でも臙公・紅姫クラスの超高位機種が、白千世殿と争ったのだと思われますが…………」



 俺の詰問に、ヨシツネは少し言いにくそうな素振りを見せながら答え、



「つまり、白千世が負けた?」


「はい………。あちこちに血痕が見受けられます。相当な数の人間がここで殺されたのは間違いないでしょう」


「………………なぜ? 何で、臙公・紅姫クラスのレッドオーダーがわざわざ孤児院を襲撃するんだ? 混沌獣やジョブシリーズぐらいなら白千世であれば追い返せただろうに………」



 白兎の力を受け継いだ白千世の実力は、同じ仕様の白志癒より上だという。

 これは白兎の力を分け与えた時、俺と白千世が一時的に従属契約を結んでいたことが原因だという。


 橙伯であった『歌い狂う詩人』を下した白志癒より強いのだ。

 間違いなく臙公・紅姫クラスの実力であろう。


 しかし、その白千世が負けた。

 主人であるトアちゃんを守れずに…………


 いや、もしかしたら、トアちゃんだけは何とか逃がすことができたのかもしれないが………

 


「ふうん………、ヨシツネの言う通り、ここに紅姫が居たのは間違いないね」


「ベリアル?」



 考え込む俺の耳に届いたベリアルの言葉。


 思わず振り向けば、何やら面白いモノでも見つけたかのように目に妖しい光を湛えながら言葉を続ける。 



「僕ぐらいの超高位機種になると何となく分かるの。この粘つくような陰湿具合は絶対に魔人型の紅姫だ」


「魔人型の紅姫が? ………なぜ、巣の中にいるはずの紅姫が街の中に………」


「流石にそこまでは分からないよ。でも、ここで人間の血が大量に流れたのは間違いない」


「『血』が……、流れた……、それは子供達のか!?」


「ここが孤児院なら多分そうなんじゃない…………、不自然なくらいの量だよ。まるで血を搾り取るのが目的であるかのようだね」


「『血』を搾り取る………」



 ベリアルの説明に、再度考え込む俺。



 血を搾り取るだなんて、まるで吸血鬼…………

 いや、ここで言うならブラッドサッカータイプの紅姫なのであろうか?

 しかし、ベリアルは魔人型であるという。


 魔人型であり吸血鬼型でもある?

 どちらも矛盾する特質というわけでもないから、その両面を備えた紅姫なのか?

 

 しかし、吸血鬼で有名な女性って、『血の伯爵夫人』と呼ばれた『エリザベート・バートリ』か、映画で有名になった『カーミラ』ぐらい………

 

 だが『カーミラ』はすでに討伐済み。

 だとすると、『エリザベート・バートリ』の方なのか?

 まあ、映画の『カーミラ』は『エリザベート・バートリ』が元ネタなのだから、どっちも似たようなモノなのかもしれないが。


 確かに元の世界でも有名であるし、紅姫の機種名になってもおかしくは無い………




「キィ………」


「んん? どうした、廻斗」


「キィキィ………」



 すでに瓦礫の山と化している孤児院の跡地を悲し気な目で見つめる廻斗。

 俺が声をかけると、フワフワと浮かびながら自分が感じたことを話して来る。



 廻斗曰く、白千世の『激しい怒り』と『強い悲しみ』が染みついていると。

 そして、ここで白千世が倒れたのは間違いない…………と。



「そうか……………」



 廻斗の言葉に、改めて、ここで白千世と子供達が亡くなってしまったことを実感。

 ひょっとしたら、何人かの子供達は生き残れたのかもしれないが、大多数がここで紅姫に殺されたのは確からしい。


 可能性を考えれば、バッツ君もマリーさんもトアちゃんも………



「結局、助けられなかった…………のか。俺は…………」



 その喪失感に耐えきれず、またもその場で膝をつき、



「ああ…………、何で俺はいつもいつも………」



 そのまま両手をついて地面に向かって、自責の言葉を呟く。


 目に涙が溢れてくる。 

 溢れ出した涙がポタポタと零れ落ち、乾いた地面に染みを作り出す。

 

 

「ゴメン。バッツ君、マリーさん。トアちゃん、白千世………、俺がもっと早く街に戻っていれば…………」


 

 最強の闘神であり、万能の仙術を行使する俺でも、死んでしまった人を蘇らせることはできない。

 どのような敵でも打ち倒し、どのような傷でも癒すことのできる俺でも、それだけは不可能なのだ。



「主様! まだ諦めるのは早うございます。上手く逃げ出せた者もいるかもしれません!」


「そうだねえ………、血はたくさん流れたみたいだけど、死んだかどうかまでは分からない。それに、もし、子供だとしたら、レッドオーダーの性質的に、わざと逃がすケースもあるだろうし………」



 絶望に浸る俺を慰めるべくヨシツネとベリアルが揃って僅かばかりの光明を見せてくる。



 確かに、レッドオーダーは女子供を見逃すことがある。

 幼い子供ほど。そして、男よりも女の子を。


 だとすれば、マリーさんやトアちゃんが見逃された可能性は十分にあり、

 バッツ君もその機転の良さから上手く逃げおおせたことも考えられる。

 


「キィキィ!」



 廻斗が俺に縋りつきながら、『希望を捨てないで!』と訴えてくる。

 この小さな機体で俺を励まそうとしてくれている。



「そうか…………、まだ諦めるには早いか…………」



 ここで死体が見つからない以上、まだ彼等彼女等の死が確定したわけではないのだ。


 それに、どれだけ自らの不徳を悔やみ、嘆き悲しんだとしても、俺はここで立ち止まっているわけにはいかない。


 俺にはまだやらなければならないことがあるのだから。



 頬を伝う涙の感触を感じながらゆっくりと立ち上がり、

 

 目を瞑ってその場でしばらく黙とうを捧げる。

 

 バッツ君やマリーさん、トアちゃんの無事を信じながらも、この場で子供達が幾人も死んだかもしれないのは事実。

 そして、白兎の直弟子であった白千世が亡くなったのは確定事項。


 せめてこの場で出来るのは、ここで亡くなった者の冥福を祈ることぐらい。


 あの世なんてロクに信じてもいないくせに、今だけはこの場で亡くなった子供達の魂が天国に召されることを願った。






 




 次に訪れたのはボノフさんのお店。

 孤児院からはかなり離れた街の中心部の近く。

 職人達が集う区画でもあり、比較的裕福な人達が住むエリアでもある。


 孤児院からここまで歩いて20分くらいだろう。

 その間に街中をうろつくレッドオーダー達と幾度も遭遇するも、俺の隣を歩くベリアルを一目見るなり即逃げ出そうとする素振りを見せる。

 

 もちろんベリアルやヨシツネが見逃すはずなく、俺の視界から数秒以内に消え失せる。


 ベリアルの眼光に焼かれて。

 ヨシツネの繰り出す不可視の刃に切り刻まれて。


 おかげで俺が手を出すことなくここまで辿り着くことができた。

 この2機がいる限り、俺が瀝泉槍を構える機会は無いであろう。

 

 


「ボノフさん………」



 ボノフさんの藍染屋事務所の前に立つと嫌でも目に入るその荒廃状況。

 周りの建物同様の半壊状態。

 孤児院程徹底的に破壊されたわけではないが、とても人が住めるような状況ではない。



「無事避難してくれているなら良いけど…………」



 中に入ると、当然ながら事務所内は無人。

 機械種の残骸すら残っていない。


 もしかしたら、修理中の機械種があったのかもしれないが、白鐘の恩寵が無くなってしまった場所に放置されてしまえば、数日の内に消え去ってしまう。


 生き物の死体と同様に機械種インセクトが綺麗さっぱり食い尽くすらしい。

 中量級以上なら一晩くらいなら大丈夫なのだが、二晩となると厳しく、三晩は無理。

 重量級や超重量級でも同じ。

 

 故に狩人は獲物の確保に大変気を遣う。

 折角倒したレッドオーダーの残骸が、数日放置しただけで消えてしまうのだから。


 

「俺がプレゼントしたハルルとか、機械種エスクワイアとか機械種オークとかどうなったんだろう?」



 ボノフさんは機械種使いじゃないから、白鐘の恩寵が無くなると従属契約を維持できなくなる。

 機械種使いではなくても従属契約を維持できる『白鍵』が手元にあれば良いのだが、果たしてボノフさんが持っていたかどうかは不明。


 ただし、ボノフさんは熟練の藍染屋。


 従属機械種がレッドオーダー化の兆候を見せた時、すぐさま機械種の頭をこじ開け、中の晶冠ごと晶石を取り出すのが対処療法。

 そうしておけば、従属機械種がレッドオーダー化することを避けられる。


 レッドオーダー化の兆候により目が赤と青の点滅状態となった段階で、マスターの晶冠開封命令やスリープ命令を受け付けなくなるから、これが緊急時の対応手順。

 慣れていない人間なら30分以上かかる作業もボノフさんならほんの数分。


 記憶維持の為に機体から取り外した晶石を、活動維持装置につなぐ必要はあるけれど、とりあえずこれで危機的状況を脱することができる。



 また限定された空間内に白の恩寵を発生させる結界具があれば、それを発動させるという方法もある。

 藍染屋なら結界具を用意していても不思議ではない。


 ずっと結界状態を維持するのはマテリアルが足りなくなるだろうが、その間にスリープ命令すれば良いだけ。

 一般市民に比べれば、ボノフさんの生存確率はずっと高いはず………

 


「マスター。どうやら何者かが事務所内を物色した跡が見受けられます」


「何?」



 一緒に事務所内に入って来たヨシツネが、周りを一目見渡して報告。


 確かによく見れば、事務所内の幾つかの引き出しが開けっ放しになっており、奥にあったはずであろう金庫が複数破壊された状態で転がっている。


 どう見ても火事場泥棒の跡。

 たとえ緊急避難時とはいえ、ボノフさん本人が行う訳が無い状況。



「クッソッ! この機に乗じて金目のモノを漁った奴がいるのか! 何考えてんだよ! アホか!」



 見知らぬ火事場泥棒に向かって悪態。

 

 確かに藍染屋は一般家庭に比べても金目のモノが豊富。

 マテリアルカードや晶石だけではなく、青石や翠石も揃えているのだから当たり前。



「ボノフさんが避難した後のことだろうと思うけど………」



 普段ならベテランタイプの巫女系、ハルルがいる以上、並の人間相手なら束になってかかって来ても撃退できる。

 しかし、レッドオーダー化対策でハルルや機械種エスクワイア、機械種オークの晶冠を取り外していたなら………


  

「キィ………」



 事務所内を見渡していた廻斗が悲し気な声をあげる。

 そして、宙を浮かびながらフラフラと俺の方に近づいて来て、その小さな手でギュッと俺の服の裾を掴んでくる。


 俺を見上げるまん丸オメメの青い光が不安定に揺れる。

 慕っていたボノフさんを心配して、今にも泣き出しそうな雰囲気。

 


「……………一緒に祈ろう。ボノフさんの無事を」



 廻斗の頭を優しく撫でながら、そう答えるのが精一杯。

 俺が今できるのはそれぐらい。


 

 そんな俺と廻斗の姿をヨシツネとベリアルが黙って見守る。

 本来なら口出ししてきそうなベリアルだが、今回ばかりは空気を読んだ模様。


 ………いや、もしかしたら、ベリアルも俺達と同じような気持ちであったのかもしれない。



 俺のチームメンバーは皆、ボノフさんにお世話になっているのだ。

 ベリアルとて例外ではない。

 

 この場にいない白兎や天琉達もボノフさんの安否が一番気になっているはず。



 打神鞭の占いを行使すれば、その安否はすぐに判明するのだろう。

 しかし、もし、その結果が最悪なモノだと判明すれば…………



 脆弱な精神しか持たない俺の心は容易く砕けるに違いない。

 すでに身内同然となったボノフさんの死を嘆き悲しみ、数日は使いモノにならないであろう。

 

 いずれ覚悟を決めなくてはならないかもしれないが、今では無い。

 今はまずこの街をレッドオーダーから取り返すために動かなくてはならないから。




 

  

  



 街の中心部と言っても良い場所にある白翼協商の秤屋事務所。

 この時間ならそれなりに狩人達が集まっているはずだが、当然ながらここも無人。



「ミエリさん…………、非戦闘員なんだから、真っ先に避難してくれていると思うんだけど………、でも、酷い壊れ具合。何があったんだ?」



 辺りを見渡しながら、何度も通った秤屋内の惨状に眉を顰める。



 外観も酷かったが、事務所の中はさらに酷い。

 銃痕や重量物を打ち付けたような跡。

 建物自体が崩壊しなかったのが奇跡。

 他の建物に比べてかなりの損傷状態。

 どうやら中で戦闘が行われた形跡も見受けられる。



「これは………中で従属機械種が暴れたのか?」


「ハッ! しかもそれなりの高位機種が複数。ブルーオーダーとレッドオーダーが激しく切り結んだのでしょう」



 鋭い視線を辺りに飛ばしながら迷いの無い答えを口にするヨシツネ。

 ヨシツネがそう言い切る以上、そうなのであろう。



「なるほど………となると、秤屋で保管していた機械種だろうな。マスター認証待機状態のまま保管されていたか、若しくは、マスターが機械種使いじゃなかったんだろうな」



 俺はもたらされた情報を頭の中で噛み砕きながら整理。

 秤屋内を歩き回りながら推測を口にする。

 


「…………ガミンさんの機械種キャプテンシーフは一緒に中央に行っているだろうから別の奴か…………、いや、ストロングタイプの機械種ファントムシーフだったんだよな、アレ」



 後から聞いた話だが、ガミンさんが護衛としていたベテランタイプの盗賊系。

 実は格下に偽装していたストロングであったらしい。


 まあ、白翼協商程の巨大秤屋の支店長なのだから、それぐらいの戦力の護衛が必要なのであろう。


 しかも、この街で一番ダンジョンを深くまで潜れる狩人なのだ。

 さらに職業を追加していてダブルであっても不思議ではない。



「ミエリさんが護衛にしてたのはベテランタイプとノービスタイプだったな。でも、秤屋としてもっと強い機種を隠し持っていてもおかしくないな。何しろ大陸でも一二を争う秤屋なんだし………」


「ねえ、我が君」


「なんだ、ベリアル」


「とっても良い提案があるんだけど?」


「…………言ってみろ」



 ブツブツ呟きながら歩き回る俺にベリアルがしたり顔で話しかけてくる。


 にんまりとした笑顔で得意気な表情。

 とても魔王とは思えない幼い挙動。


 何やら良い提案を思いついたらしいのだが、普段のベリアルの行動を考えるといかにも胡散臭い。

 さりとて俺の為に献策してきたのだから無下にもできず、その提案とやらの開帳を促してみると、



「この事務所の中にさ、結構なお宝が蓄えられているんじゃない? マテリアルとか、晶石とか………、こんな緊急時に全部持ち出せたとは思えないし。どうせこのまま朽ち果てさせるより、我が君が接収したらどうかなって…………」



 ベリアルは猫のように目を細めながら甘く蕩けるような声で囁いてくる。

 

 耳に極上のワインを垂らされたような人を恍惚とさせる響き。

 正しく悪魔の囁きと言うモノであろう。

 

 

「今後も苦難が待ち受けている我が君には絶対に必要なモノじゃないかな? だからここで全部頂いちゃおうよ」


「……………」


「それにさ、他にもお宝をため込んでいそうな所ってあるよね。それを順番に回って回収していけば………」


「それは泥棒と一緒だぞ」



 以前、エンジュ達との旅の途中、『堕ちた街』で宝探しをしたことがあった。 

 しかし、どう考えても、所有者が生きていない百年以上前に『堕ちた』街からお宝を回収するのと、つい数日前に『堕ちた』ばかりの街からお宝を回収するのとは同じではない。


 また、エンジュが仕事を受けていたダンガ商会のお宝を漁ったこともある。

 商会内の人間を皆殺しにして、マテリアルカードを回収したのだ。

 しかし、これはそもそも向こうが仕掛けて来たことが発端。

 俺からすればダンガ商の面々はエンジュを罠に嵌めようとした悪党連中。

 悪党を退治してそのお宝を頂戴するのは俺的にはオッケー。

 秤屋の中では清廉で知られる白翼協商とは比べようもない。


 少なくとも、この秤屋事務所に残された財産は白翼協商のモノであろう。

 それを俺が火事場泥棒的に回収していくのは道理に反する行いだ。

 今までお世話になっていた白翼協商への裏切り行為に等しい。

 


「ベリアル、馬鹿なことを言うな。俺は人のモノをう…………、コホンッ! 人のモノに手を出すような人間じゃない」


「別に良い子ちゃん振らなくてもいいじゃないか。いつも評判を気にせず実利を追う我が君らしくない。どこでどんな風にどのような手段で手に入れてもお宝はお宝だよ。それで仲間を強化できるんだから、構うことはないよ」


「いいや、構うね。俺は善人じゃないし必要とあれば悪いことだってするだろう。しかし、筋の通らないことはやりたくない。災害に乗じてお世話になった秤屋から盗みを働くなんて最低だ。そんな最低野郎にはなりたくないね」


「……………さっきも言ったけど、莫大なお宝が手に入れば仲間を強化できるし、我が君が一番大事にしている安全にもつながる。我が君の矜持と仲間の安全、どっちを取るの?」


「話をすり替えるな。俺が言っているのは矜持とは違う。道理だ! 筋を通さない外道はいずれ調子に乗って腐り果てる。俺は弱い人間だから、一度道を踏み外せば、後は転がるように落ちるだけ…………」



 今更正義の味方面はしないけれど、極悪人にはなりたくない。

 筋を通すといいながら、自分の性根すら定まらない人間であるが、それでも、最低限守らないといけないルールはあるはずだ。


 そうでなければ人間は堕落するだけ。

 特に俺はそれが顕著に現れるだろう。



「ベリアル。落ちた人間は脆いぞ。それこそ仲間の安全どころじゃない話だ」


「我が君こそ、話をすり替えて無い? …………もういいけど」



 プゥと頬を膨らませて拗ねる仕草を見せるベリアル。

 分かってくれたわけではないだろうが、とりあえず自分の案は引っ込める様子。



「残念でしたな、ベリアル殿。主様は貴殿の唆しに乗るような方ではありません」


「フンッ! 煩いな、ヨシツネ。別に唆してなんかないさ。僕からすれば真っ当な提案だよ。でも、我が君には合わなかったみたいだけどね。これもちょっとしたすれ違いさ。仲睦まじい程、ほんの少しの差が気になってしまう、みたいな……ね。朴念仁の君には少し分かりにくかったかな」



 俺を悪の道に誘い込もうとしたベリアルを涼しい顔で揶揄するヨシツネ。

 対してベリアルは何でも無いような顔で言い訳がましい言葉を口にする。



 ヨシツネとベリアル。


 後衛から放たれる弾幕を物ともしない前衛と、味方への誤射を気にしない後衛。

 戦闘スタイルの相性は抜群なのに、性格が絶対に合いそうもないこの2機。


 しかし、同じ超高位機種同士、連携することも多くなり、それなりにコミュニケーションが図れるようになった模様。

 ほとんどが嫌味や当て擦りの飛ばし合いなのだけれど。


 

「…………ふう。まあ、ベリアルに言われたことも考えなかったわけじゃないけどな」


 

 2機には聞こえないよう口の中だけで呟く。


 メンバーの前では少々格好つけた言い方をしたが、それが全てではない。


 確かに秤屋の中に保管されているだろうマテリアルや晶石は魅力的。

 晶石はきちんと保管庫に収納されているだろうから、確保するだけなら容易。


 もし、本当にこのまま朽ちていくだけなら回収するのもアリだっただろう。

 人類の貴重な財産が無駄に消えていくのはあまりにも勿体ない。

 ならば俺が回収して人類の役に立てる方が良いに決まっている。

 


 しかし、今回の場合は手を出さない方が無難。

 明らかにリスクに対してリターンが釣り合わない。


 なぜなら、バルトーラ程も巨大な街であれば、おそらく1ヶ月以内には中央から復興隊が駆けつけてくるであろうから。


 街の中のレッドオーダーを駆逐できる戦力を持った一団と共に。

 それは有名どころの猟兵団や狩人チームを寄せ集めた精鋭部隊。

 当然、白の教会から派遣された鐘守も同行しているだろう。


 というより、その鐘守が復興隊を率いているのだ。

 新しい白鐘を街の中央に設置する為に。

 そして、白鐘が破壊された原因を調べる為に。


 おそらくは調査に長じた能力を持つ鐘守のはず。

 もしかしたら白露のように過去を調べるような超能力を持っている可能性もある。


 万が一、俺が盗みを働いた場所を調べられたら即アウト。

 俺が築き上げてきた信頼は失墜し、周りの全てが敵になる。

 とてもそんなリスク、犯せるはずもない。


 だが、それを全て正直に口に出して言えば、またベリアルが調子に乗る。

 俺を悪事へと唆そうとしてくるだろう。

 

 故に取り付く島を与えず、ガンと跳ねのけた。

 ベリアルにはちょうど良い掣肘となったであろう。

 



「キィ?」


「んん? 廻斗。何でもないよ。さあ、もうここには用は無い。次に行こうか」


「キィ!」



 俺の様子を伺う廻斗に軽く答えてから、次の場所へと足を向ける。


 さて、次は最終目的地である白の教会…………

 

 








「主様。あちらの建物…………、どうやら結界が張られているようです。おそらくレッドオーダーに気づかれなくなる類のモノでしょう」


「え? 結界………」



 白の教会へと向かう途中、ヨシツネがある方向を示しながら報告してきた。


 思わずその方向へと目線を走らせると、そこには見覚えのある建物が………



「あれは……………、闇市の会場か!」



 周りよりも一際大きい建物。

 さらによく見れば、周りの建物は皆、爆撃を受けたかのように損傷しているが、その建物には見える限り傷一つ確認できない。


 この街の惨状を鑑みるに、それは明らかな異常事態。

 しかし、外からの攻撃を遮断する結界が張り巡らされているのであれば、それも頷ける。



「確か、タウール商会の…………灰色蜘蛛の本拠地だったな」



 ボノフさんに連れられて闇市に参加した記憶が蘇る。

 

 なぜか俺を敵視していた闇市の責任者のスネイル、そして、レオンハルトと出会い、赭娼メデューサの遺骸と銀晶石を交換した場でもある。


 巨額のマテリアルが動く場所だけあって、かなり厳重な警備と堅牢な防御を誇る。

 さらにレッドオーダーを遠ざけるような結界を張り巡らせているとすれば、この街が『堕ちた』状況であっても、しばらくの間なら中の人間を守ることができる。



「あそこなら生き残っている人がいるかもしれん。行ってみよう!」


「ちょっと、我が君!」

「主様!」

「キィ?」



 一筋の希望を見出し、弾むような足取りで駆け出す俺。

 

 ベリアル、ヨシツネ、廻斗を置き去りに、足早にその建物へと足を運ぶと、



「それ以上近づかないでもらえますか?」



 正門前に来た所で声がかかった。


 しっとりと落ち着いた調子の女性の声。

 艶っぽい響きとも取れる少し低めの声調。



「そこから一歩でも近づけば、敵対行動と見做します」


「貴方は……………、確か…………」



 駆け寄ろうとする俺に立ちはだかった女性………、いや、女性型機械種。


 地味な色調の尼僧姿。

 腕に赤ん坊のようなおくるみを抱いた20代半ばの美女。

 それは一度ボノフさんに紹介されたこともある、この建物の守り神。

 元赭娼にして、絶大なパワーを持つ鬼神型の1機。



「ハーリティさん…………ですね。お久しぶりです」


「…………おや? 貴方はボノフ様と一緒にいた…………」



 俺が呟いた名前と挨拶に、機械種ハーリティはほんの少し驚いた様子を見せる。

 嫣然とした美貌が虚を突かれたことで緩み、まるで童女のようなあどけない表情が曝け出された。

 

 

 


『こぼれ話』

この世界に腐敗というモノは一般的ではありません。

腐る前に極小の機械種達が綺麗に片づけてしまうからです。

また、この世界にブロック以外の食糧がほとんど無いことも影響しているでしょう。

この世界の人間は腐敗臭を嗅ぐことすら稀なのです。


これは白の恩寵が満ちる街中でも同じ。

街中にインセクトタイプは湧きませんが、それよりさらに小さい機械種が存在し、分解していると言われています。

このことを知るのは非常に限られた者達だけです。

その者達の間で、目に見えない極小の機械種のことは『バクテリアタイプ』と呼ばれています。


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