第676話 滅び1

※主人公が領主主催の戦勝パーティーの日までに戻らなかった未来視の続きになります。




「どうして…………、なんで街が…………」



 茫然とした顔で譫言のように呟く。



「なぜ? そんな馬鹿な………、だって、おかしいだろ? 絶対にありえない……、辺境最大の街だぞ………、超一流とまではいかなくても、一流どころの狩人なら幾人もいたはず………、それにマダム・ロータスやブルハーン団長だっているのに………」



 俺の口から漏れるのは、目の前の現実をただ否定したいだけの言葉。

 しかし、どれだけ信じたくないと思い込んだとしても、すでに『堕ちて』しまった街が元に戻るはずもない。



 街の外縁に広がる野外駐車場はすでに破壊された車両のスクラップ置き場となり、

 俺がホームにしていたガレージ街は全て瓦礫の山と化しているのがここからでもはっきりと分かる。


 また、遠目からではあるが、街の建物という建物が、まるで絨毯爆撃にでもあったかのように破壊されている。

 辺りに人間の姿は全く見えず、代わりに街を我が物顔で徘徊するレッドオーダー達の姿があちこちに見受けられる。


 あの活気あふれた街の面影は一欠けらも残っていない。

 どう見ても完全に『堕ちて』しまった街であるとしか思えない。


 その証拠に、街の中は静まり返っており、銃声1つ聞こえない。

 つまり、街の中で戦闘は行われておらず、レッドオーダーに対抗しようとする人間やブルーオーダーがすでにいないことを意味する。


 

 こうなるともはや人間の街とは言えない。

 もう認めるしかないのだ。


 辺境最大の街、バルトーラは、レッドオーダーが支配する『堕ちた街』となってしまったと…………

 



「ああ…………、俺が半年間過ごした街が………、なんでこんなことに………」



 フラフラとおぼつかない足取りで2,3歩前へと進み………



「ボノフさん………、白露………、バッツ君やアルス、ガイ達も…………ああ!! なんでなんでなんで………、ああああ………」



 ガクッ……



 結局、それ以上進む気力が持てず、その場で膝から崩れ落ちる俺。


 


 ピコッ!

『マスター! 大丈夫?』



 白兎が慌てて駆けつけて来る。

 また、車で同乗してきた森羅と秘彗も白兎に追従。



「お気を確かに! まだシェルターに避難されているという可能性があります!」


「諦めるのは早いです! 街からすでに退避済かもしれません!」



 倒れ込んだ俺の周りに集い、必死に声をかけてくる。


 

 確かに街が堕ちたからと言って、いきなり街の住民全員が死に絶えるわけではない。

 街の中では戦闘は行われている様子は無いが、地下シェルターに隠れているかもしれないし、レッドオーダーが攻めてくる前に街から逃げ出した人もいるだろう。


 だが、いずれもレアなケースに違いない。

 徐々に街が衰退していった結果ではなく、ある日突然訪れた『崩壊』なのであれば特に。



 街が堕ちるには、3つの要因と3つの段階がある。


 

 まず、街が堕ちる要因として、

 ①晶石の供給が足りずに白鐘の恩寵が少しずつ失われていくパターン。

 ②街の周囲に『砦』や『城』ができて、白鐘の恩寵を無効化されるパターン。

 ③街の中の白鐘が何らかの原因で破壊されたパターン。


 少なくともバルトーラの街が堕ちた原因は①や②ではない。

 辺境最大の街が晶石不足になるわけがなく、街の周囲に『砦』や『城』なんて影形も見当たらない。

 

 だとすると、街が『堕ちた』原因は③以外にありえない。

 何らかの原因で白鐘が破壊されてしまったのだ。




 次に街が堕ちていく段階として、

 ①白鐘の恩寵が失われ、街の中の機械種使いではないマスターに従属する機械種達が次々とレッドオーダー化。

 だいたい数十分くらいで従属機械種達の大半が人類の敵となる為、街のあちこちで戦闘が勃発。


 ②白の恩寵が失われたことを察知した街の周辺を徘徊するレッドオーダーが群れをなして襲撃。

 これは早くて数時間、遅くとも半日以内の内に、レッドオーダーの大群が街へと押し寄せて来ると言われている。


 ③絶え間なく現れるレッドオーダーの群れに防衛隊が支えきれず戦線崩壊。

 なすすべも無く街の人間達が殺されてお終い。

 もしくは、その前に人間側が街の放棄を決めて脱出。

 ただし、その場合、レッドオーダーが押し寄せる前に街を離れなければならない。

 でないと街を囲むレッドオーダーの包囲網を突破しなければならなくなるからだ。



 この段階になると、もはや人間の街とは言えず、レッドオーダーに落とされた街、『堕ちた街』と言われるようになる。


 そして、その周辺はレッドオーダーの支配下となり、人類の生存圏減少へとつながっていく………



 

 ここから街の風景を見る限り、すでに『堕ちた街』となっているのは間違いない。

 だが、森羅や秘彗が言うように、まだ生き残りがいるという可能性は捨てきれない。


 なぜならこの街が『堕ちた』のは早くて4日前。

 俺達がバルトーラの街を出たのが4日前であり、その時には何の兆候もなかったのだから。


 たとえ俺が街を出た直後に白鐘が破壊されていたとしても、4日間であれば地下シェルター等に隠れることで生き残れるかもしれない。

 

 俺や俺の仲間達でこの街の中でウロウロするレッドオーダー達を駆逐していけば、いずれそういった人達を見つけることができるだろう………

 

 


「マスター! 来ます!」



 

 ようやく希望が見えてきた所で、森羅からの鋭い警告。



 顔を上げてみれば、俺達を見つけたレッドオーダーの一団がこちらへと向かってくるのが目に入る。


 機械種ゴブリンや機械種オーク、または機械種オーガ等の小人型や亜人型。

 または、機械種ウルフや機械種ジャガー、機械種ワイルドボア等の獣型。


 今の俺達の戦力からすれば雑魚ばかり。

 だが、その後ろには亜人型最上位の機械種オーガや機械種ラクシャーサ、獣型の重量級である機械種タイガーや機械種グリズリーの姿も見える。


 ざっと見て20機以上の大群。

 たとえそこそこの実力を持つ狩人でも数に呑まれる可能性がある物量。


 

 しかし、数々の死線を潜り抜けた俺の仲間達なら対処は容易。


 

 

 ドドドドドドドドドドドドッ!!!




 まず森羅が右腕の銃を連射。

 敵の出鼻を挫いて時間を稼ぎ、その間に秘彗がマテリアル術を展開。


 秘彗が着こむ藍色のローブが薄く発光。

 ローブ表面の模様が『揺らめく炎』から『星型マーク』へと塗り替わる。




「煌めけ! プリズム・レイ!」




 秘彗が杖の先から放った煌めく七色の光線がシャワーのようにレッドオーダー達に降りかかる。

 それは『煌びやかな美しい光の飛沫』にして、機械種の活動を著しく妨害する電磁パルス。

 触れるだけで状態異常を引き起こし、下級機種ならそれだけで活動を停止させることのできる虚数制御と収束制御の複合技。



 向かい来るレッドオーダーの群れは、瞬く間にバタバタと倒れ伏していく。

 殺虫剤を振りかけられた虫のごとくピクピクと痙攣状態で折り重なるように。

 

 強烈な電磁パルスの嵐により、機体内の電子回路が混線、又は、焼き切られたのだ。

 機械種としては死んだも同然。


 こうした2種以上のマテリアル機器を組み合わせたマルチプルマテリアル術は、空間や重力を操る以上の高度な制御力を必要とする。

 ピュアダブルの魔術師系である秘彗ならではの技巧と言える。

 

 秘彗がこのような高度、且つ、非破壊系のマテリアル術を行使したのは、『堕ちた街』とは言えど、街中での破壊活動を避けたかったからであろう。


 気配りの利く秘彗らしい選択。

 心優しい愛と正義の魔法少女系ならではの行動。



「敵、殲滅いたしました」



 銀色の鈴を鳴らしたような澄んだ声で秘彗が報告。

 こちらへと振り向いた拍子に、濃い紫色の髪に混じる金色の一房がフワリと揺れる。


 特に戦果を誇るでもなく、淡々とした雰囲気。

 優等生らしい控え目で謙虚な態度。


 数が揃おうと所全は亜人型や獣型。

 ストロングタイプのダブルとなった秘彗の砲撃の前には塵芥に等しい。

 マテリアル術を展開する時間さえ稼ぐことができるのなら、何百機いたとしても一網打尽であろう。



 一先ず、敵の先陣を叩くことに成功したのではあるが………


 しかし、ここはすでにレッドオーダーの巣窟となってしまった場所。

 当然ながら敵はたったこれだけであるはずがない。



「むむ! マスター! 奥にジョブシリーズやジャイアントタイプの一団が見えます。さらにその奥からも続々と敵が集まって来るようです! ご対策を!」



 鋭い視力を持つ森羅が街の奥から敵の加勢を発見した様子。

 未だ立ち上がらない俺へ語気を強めて報告、及び上申してくる。


 森羅の報告に釣られて視線を向ければ、先ほどの倍以上のレッドオーダー達が集結。

 人型機種や重量級も含む中位機種以上の混合部隊。


 しかも街の奥からまだまだ増援が来そうな気配。

 おそらくはこの『堕ちた街』全体に数千、数万のレッドオーダーが犇めいていると思われる。

 

 何をするにしても、目の前の敵をどうにかしないと始まらない。


 

 フルフル………

『マスター……』

 

 

 白兎が心配げに耳を揺らし、

 その隣では自身の身長を上回る杖を胸に抱え、何か言いたげな表情で俺を見つめる秘彗の姿。

 また、森羅も前方の敵へと鋭い視線を向けながら、チラチラと俺を伺う様子を見せてくる。



 俺の命令を待っているのだ。

 

 ここで戦線を維持するのか?

 それとも打って出て街の中の敵を掃討するのか?


 ただ敵の襲撃を受けて立つだけでは、何の解決にもならない。

 俺が具体的な方向を定めず、何の指示も出さずにいれば、従属機械種も不安になろうというもの。


 いかに驚天動地な事象が起ころうとも、俺が皆のマスターである以上、いつまでもショック状態ではいるわけにはいかない。


 


「…………そうだな。まだ希望はある」



 じっと地面を見つめた状態でポツリと呟き、

 膝をついたまま地面に置いた両手をゆっくりと握りしめる。


 白いアスファルトのような素材で固められ舗装された道路面。

 コンクリートに匹敵する強度を持つのだが、俺にとっては粘土同然。


 何の抵抗も無く指がめり込み、砂のように砕けて陥没。


 

 ギシッ!!!



 両手の中を粉々になった舗装素材をさらに磨り潰すように握りしめて、




「こんな所でグズグズなんてしてられない………」




 立ち上がりながら両手で握りしめた砂をパッと払い、胸ポケットに指を入れて叫ぶ。



 

「出て来い! 悠久の刃のメンバー達よ!」




 胸ポケットの中の七宝袋から取り出すのは、残りの全メンバー。


 今まで決して人目の付く所では出さなかったベリアルや豪魔も召喚。



 俺達の前に現れる15機の従属機械種。


 ヨシツネ、豪魔、天琉、ベリアル、浮楽、輝煉、タキヤシャの上位メンバー。


 剣風、剣雷、毘燭、胡狛、刃兼、辰沙、虎芽、玖雀のストロングタイプダブルの面々。


 そして、我がチームのマスコットでもある廻斗。




「キィ?! ……キィキィキィキィキィ!!」




 廻斗はまん丸オメメで回りを見渡し、街が崩壊していることに愕然。

 驚きの表情を浮かべてキィキィ! 騒ぎ出す。



 また、他の皆も同様。

 半年間も過ごしていた街が堕ちてしまっているのだ。

 誰も驚きの表情を隠せないでいる…………




「ふ~ん………、『堕ちた』のか? 随分とあっけないモノだね」




 ただ唯一、平然とした様子のベリアル。

 冷徹な色を宿した氷碧の瞳で街を見渡し、ふと目に付いたこちらへと向かってくるレッドオーダーの集団に目を少しだけ細めて、




「……………目障りだな、お前等」



 

 ベリアルは敵集団に向けて片手を翳す。


 その手の平に浮かぶのは摂氏数万度の超高熱爆裂弾。


 眩い光を放ちながらドンドンと巨大化。

 ベリアルの背丈を超える大きさへと成長。


 たった一発で街の一画を焼き払いかねない大規模マテリアル術。

 魔王が放つ不遜なる者への裁きの一撃。



「影すら残さず消え去るがいい!」



 無慈悲な宣告と共にソレを敵集団に向けて撃ち込もうとした時、



「待て、ベリアル! 街にはまだ人が残っているかもしれないんだ! 手加減しろ!」



 慌てて制止の声を上げる俺。

 あんなモノをぶっ放されたら、前方数百メートルは焼け野原だ。

 衝撃だけで地下シェルターが崩落しかねない。



「……………むう。しょうがないね」



 俺の声にベリアルは一瞬だけ考え込んだ様子を見せるも、指示通り手の平の超高熱爆裂弾の大きさを縮小。

 100分の1以下にまで縮めた熱球を指先だけで無造作に投擲。



 子供が興味を無くした玩具を放り投げるような他愛ない動作。

 だが、たったそれだけの動作が生み出す破壊は、魔王の機嫌を損ねた敵を滅ぼすには十分以上。

 



 ドガアアアアアアアアアアアアン!!!




 まるでミサイルが着弾したごとき爆炎と爆風が敵集団の中央で発生。

 数十メートルの火柱が上がり、辺りの温度が一瞬で急上昇。

 大小50機以上もの集団を荒れ狂う真っ赤な炎が包み込む。




「ベリアルの奴、手加減をしろと…………、いや、一応しているのか?」




 目の前に顕現した灼熱地獄。

 こちらを襲おうとしてきた敵集団は超高熱によって蒸発・融解した模様。

 

 しかし、ベリアルからすれば本気の一撃にはほど遠いお遊びのような攻撃。


 その証拠に最後方にいた重量級数機は大破を免れたようで、装甲のあちこちを破損させながらも、こちらへと立ち向かう姿勢を崩さない………



 いや、違う。



「あれ? 逃げた」



 俺が視線を向ける先で、生き残ったレッドオーダー数機はクルリと背を向け、後方へと全力疾走。

 また、街の奥から加勢とばかりにこちらへと進軍していたレッドオーダー達も、ベリアルの放った攻撃を見て退却を決め込んだ様子。


 数百機を超えるレッドオーダーがベリアルの苛烈な攻撃を目撃して一斉逃走。

 自分達より遥か格上の魔王の威容に恐れをなして逃げ惑う。


 瞬く間にいなくなってしまったレッドオーダー。

 街の入口だけだが、レッドオーダーから支配圏を取り戻せた模様。



 だが、敵を追い払うことに成功しながらも、ベリアルは不服とばかりにプウッとふくれっ面で俺へと向き直り、


 

「ああ! ……もうっ! 我が君が『手加減しろ』なんて言うから、撃ち漏らしちゃったじゃないか!」



 地団駄を踏みながら両手をブンブン振り回す。

 幼い仕草で抗議の声を上げるベリアル。

 まるで玩具を取り上げられた子供のよう。



「どうするのさ? 僕としては最大火力で薙ぎ払いたいんだけど?」


「それは却下! 街をこれ以上壊してどうする!」


「どうせここまで崩壊しているんだから、街全体を焦土にして、アイツ等を殲滅しても良いんじゃない? 綺麗さっぱり更地にした方が再建しやすいって言うし………、新しく再建される街の礎になるなら、生き残った人間もきっと喜んで火葬されてくれるよ」


「んなわけあるか!」



 さも名案を思い付いたとでも言うようにフフンッと自慢げに鼻を鳴らすベリアルに対し、俺は声を荒げて叱りつけた。 

 


 


 





「とにかく…………、街の中を探索しよう。救助を待っている人達がいるはずだ」



 その場で皆を集めて対策会議を開く。

 俺を中心に円陣を組むメンバー。


 ただしベリアル1機だけは、俺達から少し離れて街の入口にポツンと立つ。

 

 ムスッとしながら不機嫌そうに佇むベリアルの役目は、近づいてくるレッドオーダー対策員。


 偶にレッドオーダーが街の中から現れ、こちらに向かって来ようとするが、苛ついている様子のベリアルを一目見ると怯えた獣のように機体を硬直。


 その合間にベリアルが鋭い目で一瞥。

 氷碧の瞳がギラリと輝く。


 すると、レッドオーダーの機体が一瞬で赤熱、そして爆散。

 熱せられた金属が熱崩壊で破裂するように内側から弾け飛ぶ。


 ストロングタイプですら、数秒で葬る魔王の凶眼。

 この辺境で出現する下位機種など、飛んで火にいる夏の虫でしかない。


 

 ベリアルは会議に参加させずに、この場の守りとしての役目を割り振った。

 どの道、コイツが人間の救助の為に頭を捻るわけがないから。


 救助作戦なんて最もベリアルに似つかわしくない議題。

 先ほどのように暴論をぶち上げて議論を混乱させる姿しか思い浮かばない。

 ならば、レッドオーダー避けとして案山子役にする方が健全であろう

 

 

 

「人間が立て籠もっていそうな拠点………、まずは白の教会…………なのだろうが、白鐘が破壊されたことを考えると、一番被害を受けていそうな気がするな」



 街の中がこんな状況なのだ。 

 人間の営みの中心である白の教会が真っ先に狙われるに決まっている。

 それなのに、街中で戦闘が行われている雰囲気が無いのだから、一番最初に陥落してすでに破壊尽くされていても不思議ではない。



 脳裏に浮かぶのは一度訪れたことのある和洋折衷な白の教会。

 そして、その中にいるであろう白露の姿。


 10歳くらいのお子様な鐘守。

 短い手足をブンブンと振り回し、銀髪ツインテールを振り乱しながらギャイギャイと騒ぐお転婆幼女。

 しかし、ふとした拍子に大人びた態度を見せる白銀のお姫様。


 いずれ中央で会うと約束した………、


 俺の未来のヒロインかもしれない存在。




「白露…………、いや………、幼女でクソガキだろうと天下の鐘守なんだぞ、あの子は! 最優先で避難させられているはず………」



 この街で最も重要人物である鐘守。

 そして、白露には、あのストロングタイプのトリプル、ヒーローメイドのラズリーさんがいるのだ。

 無事に逃げおおせているに違いない。



「ボノフさんだってそれなりの資産家だし、アルス達だって白志癒やトライアンフがいる。それに、他の皆もきっと…………



 芽生えかけた不安を押し殺すように自分に言い聞かせる。


 無論、この状況下で全員が無事だなんてあり得るわけがない。

 しかし、それでも俺の心の均衡を保つためには僅かな希望に縋りつくしかない。

 

 何が何でも、彼等彼女等の安否を確かめなければ気が済まない。

 もちろん街がこんな風になっているのに、それを行うのは非常に困難であるのは分かっているが………


 

「そうだ! 打神鞭の占いなら………」



 頭に浮かんだのはあらゆる問いに答えてくれるお助けアイテム。

 力ではどうにもならない問題を解決してくれた『知』の切り札。


 

「打神鞭! 白露やボノフさん、バック君やアルス達が無事なのかどうかを教えてくれ! ………ハザン、ガイ、アスリンにニル、ドローシア、レオンハルト。それから、ルークにマリーさん、トアちゃん、ミエリさん、パルティアさん、パルミルちゃん………」



 とにかく街で親しくなった人達の名前を挙げていくと………



「え? 対象を1人にしてくれ………だと? 馬鹿野郎! 今は非常事態だぞ!」



 返って来た打神鞭の答えに反射的に声を荒げて反論するも、



「……………対象が増えれば増えるほど、曖昧な答えになる………か。はあ………」



 ガックリと肩を落として嘆息。

 ギュッと目を瞑り、しばし頭の中で何を行うべきかの整理を行う。



 打神鞭の占いは、問いかけの内容が複雑になればなる程、多岐に渡れば渡る程、その表現が曖昧なモノになる。

 下手をすれば、その結果を読み取ることができない程に。


  

 シンプルに白露の安否だけを尋ねれば正確な答えが返ってくるだろう。

 しかし、そうすると、午前零時を跨がなければ、ボノフさんやアルス達の安否を占うことができなくなる。

 

 誰を優先して誰を後回しにするのか………

 

 一番お世話になったボノフさんか?

 未来のヒロイン候補でもある白露か?

 一緒に死線を潜り抜けた戦友でもあるアルス達か?

 この街で最も弱い立場なバッツ君、マリーさんやトアちゃんか?

 

 さらに言えば、折角僅かながらの希望が見えて、この最悪の状況から立ち直ったばかりの俺。


 もし、対象を絞って誰かの安否を占い、その結果が芳しく無いモノであったとしたら…………

 ボノフさんや白露の死が確定したとしたら………



 俺はこの場でまた絶望してしまうだろう。

 下手をしたら何日も立ち直れないぐらいに。




「……………打神鞭の占いは最後に回そう。今は街の探索を優先させる」


 フルフル?

『いいの?』


「ああ。占うにしても情報が揃ってからの方が良い。その方が精度が増すだろうし………」



 堕ちた街の方を見渡し、顔を顰め歯を食いしばりながら、周りを囲む皆へと指示を告げる。



「街の中のレッドオーダーを駆除しながら情報を集めよう」



 

 同時にこの街の狩人として、出来うるかぎり救助を待つ街の人間を助け出さなくてはならない。

 その為には悠久の刃の全メンバーを動員して、この街のレッドオーダーを狩り尽くす。

 その上でようやく、この街で生き残った人間達の救助を始めることができるのだ。




「原因究明のためにも白の教会には行かなくてはならない…………、後は…………」



 ボノフさんの藍染屋。

 バッツ君やマリーさん、トアちゃんがいる孤児院。

 ミエリさんがいるであろう白翼協商の秤屋事務所。

 


 白の教会と合わせ、少なくともこの4つの拠点を回ろう。

 そうすればナニカの手がかりが掴めるかもしれない。

 彼等が皆、街から脱出していたとしても、そういった痕跡が残っているはず。




「よし! これで決まり………」


 パタパタ

『マスター、これだけ? お世話になった教………、ううん、なんでもない』




 白兎が何やら疑問を呈して来ようとしたが、


 俺の表情を見てそれ以上続けず口を閉じた。



 もちろん、あの人の存在を忘れてはいない。

 

 けれども、どうしても最善の未来を想像できないのだ。


 今の俺は、お世話になった人達、仲良くなった人達、それぞれの顔を浮かべながら、奇跡的な確率で全員無事だった未来を信じているのだ。

 そうすることでしか気力を保てそうにないから。


 そんな中、ボノフさんに匹敵するくらいお世話になった方が………1機。

 でも、どう考えても最悪の状況しか思い浮かばず………

 故に名前を出さず、思い出さないようにしている………



 ああ、止めておこう。

 これ以上考え続けたら、また、絶望に浸ってしまいそうになる。




「白兎! レッドオーダーからこの街を取り戻すぞ! その為の作戦を頼む」



 俺はあえて強い口調で白兎に命令。

 少しでも気力を持たせる為に強気な態度を前面に出す。



 フルフル!

『了解!』



 俺の指示を受けて、白兎が『任せて!』とばかりに耳をフリフリ。

 すぐさまヨシツネや豪魔、秘彗や毘燭達とやるべきことの洗い出しと人員の配置を話し合い、街の奪還作戦の検討に入る。



 当然ながら1日で終わるような作戦ではない。

 出来るだけ周りの被害を抑えながらであれば、数日から数週間かかるかもしれない。


 ベリアルの言う通り、街を更地にしても良いなら、ベリアルや豪魔がその力を存分に振るえば数分で事足りる。

 

 だが、まだ人間が生存しているかもしれない可能性を考えると、そんな手段を取れるはずが無い。

 街に巣くうレッドオーダーを虱潰しにしていくしかないのだ。


 その為には、我が『悠久の刃』のメンバーを複数に分けての街の四方への派遣が必須。


 白兎達はこの街に蔓延るレッドオーダーの脅威とメンバーの実力を精査。

 前衛と後衛、移動速度も考えて複数のグループを編成。




「なるほど………、4つのグループに分けるのか」


 パタパタ

『緋王レベルの敵と遭遇する可能性を考慮しての編成だよ。最悪でも逃げることはできるくらいの』


「……………確かに。よほどの理不尽な敵じゃない限り何とかなるか」



 白兎達が提案してきたグループ編成は以下の通り。


 ① 豪魔、森羅、天琉、毘燭、胡狛、輝煉、玖雀。

 豪魔をリーダーとした、この場所を本陣として留守番役となるグループ。

 救護した人間を匿う可能性がある為、陣地防御に特化させた。

 

 天琉と玖雀はセットでの伝令役。

 必要に応じて街に散らばったメンバーを玖雀がレーダーで探すことになる。

 天琉はその護衛。


 機械種パズズである豪魔1機だけでも過剰な戦力であろう。

 その上に神獣型の輝煉、

 超進化した発掘品の巨大戦車を操縦する胡狛、砲手役の森羅、

 障壁・結界術が得意な毘燭がいるのだ。

 たとえ緋王が出てきても撃退できるに違いない。 



 ② 秘彗、浮楽、剣雷、辰沙

 秘彗をリーダーとしたレッドオーダー駆逐部隊A。


 ③ タキヤシャ、剣風、虎芽、刃兼

 タキヤシャをリーダーとしたレッドオーダー駆逐部隊B。



 街を徘徊するレッドオーダーを駆逐しながら、助けを求める人間を探すグループ。


 どちらにも臙公・紅姫クラスを単独で抑えることのできる戦力、浮楽とタキヤシャを置いた。


 ランクアップした浮楽は紛うこと無き臙公の上位レベルだし、

 レジェンドタイプであるタキヤシャは、強化オプションを出せば短時間ではあるがヨシツネ並みの戦闘力を引き出すことができる。


 たとえ緋王・朱妃が出てこようと、よほどの上位クラスでない限り、一戦した上で戦闘から離脱することぐらい可能な面子。

 2機とも多彩な技を持ち、さらに従機を保有しているので、逃げる術は豊富。



 ④ 白兎

 白兎は単独で街の外縁部を探索。

 街の周囲を回り、レッドオーダー駆除や人間の救護を行う予定。


 バルトーラの街の大きさは、縁に広がる駐車場やスラム街、ガレージ街も含めて直径6kmの円形状。

 俺の従属範囲が3~4kmなので、俺の居場所によっては超えてしまうことも考えられる。


 俺の宝貝としての絆がある白兎であれば、従属範囲はほぼ無限。

 単独でも全く問題の無い万能機。

 どのような超高位機種とて、空間と時間を操るトンデモウサギを捕まえることなんて不可能。

 故にこの役目は白兎しかできない。



 ⑤ 俺、ヨシツネ、廻斗、ベリアル

 孤児院、ボノフさんのお店、秤屋、白の教会を回る役目。

 

 闘神の俺に、英雄神ヨシツネと魔王ベリアルという組み合わせ。

 念の為の連絡役として廻斗を置いた、万が一もあり得ない最強の布陣。




「とりあえず3時間後に、この本陣まで戻って来てくれ。それまで街の探索と敵の掃討を頼む」


「「「「承知しました!」」」


「また2時間後に会おう。では、豪魔、ここを任せたぞ」


「承知! お任せあれ!」



 逸る気持ちを抑えながら街中へと進む俺達。

 

 まずはここから一番近い孤児院の方角へと足を向ける。




「バッツ君………、マリーさん………、トアちゃん………、無事でいてくれ。白千世………、お前がいるんだから、きっと何とかしてくれたはず………」



 

 知らず知らずのうちに、決して都合良く起こったりはしないはずの奇跡を願ってしまう。


 何度も、何度も、その願いは叶わなかったはずなのに………

 その度に裏切られ、叶うことなど、なかったはずなのに………

 

 そして、やはり、その願いは空しく…………

 

 

 

「なんだ? これは………」





 着いた先は何度も訪れたことのある孤児院。

 5大秤屋が共同で経営する街の福祉施設。


 親を亡くした子供や捨て子達を集め、15歳まで面倒を見るという建前の元に、タウール商会の人材供給源という面を持つ。

 故に、少しでも有能さを見せつけた子供はタウール商会に引き取られてしまい、

 残ったのは出涸らしだけと言う有様。


 この孤児院に居続けるのは、そんな者しかいないのだから、その待遇もお察しの通り。

 死なないだけマシという酷い環境であったという。

 

 だが、俺が白翼協商に経営の監視を働きかけたことで、待遇面が改善された。

 ほんの少しだけ孤児院の子供達にも希望が見えてきたのだ。




 しかし…………




「ああ…………、一体、ここで何があったというんだよ………」




 完全破壊された建物。

 地面の所々に隕石が落ちたごとき大穴。

 猛烈な炎が辺りを焼き尽くし、雷が降り注いだかと思わせるような破壊跡。


 周りの建物と明らかに破壊され具合が異なる。

 まるで強大な力を持つモノ同士が全力ぶつかり合ったような荒れ具合。

 たかが孤児院だというのに、なぜここまで破壊されなくてはならなかったのか…………




 俺はただ茫然と孤児院であった場所を見つめるだけしかできなかった。






『こぼれ話』

街が堕ちるのは悲劇ですが、最も被害が大きくなるのは③の『白鐘が割られたケース』です。

①の『晶石が足らなくなる』場合だと、先に住民が逃げ出します。

もちろん街を出る為の足(車)が必要である為、裕福な人に限られますが。

車を持っていない貧困層は徒歩で脱出を図り、そのほとんどは途中で死に絶えることになります。

②の『街の周りに【砦】や【城】ができた』も同様。

ただし、街の周りにレッドオーダーが大量に発生している為、街からの脱出はかなり困難になります。

こうした街の救出任務には猟兵団が駆り出されることとなります。

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