第673話 観劇



「白兎、少し外を散歩して来ようと思うんだけど、一緒に来るか?」


 パタパタッ!

『行く!』




 図書室に本を返した俺は、朝の散歩とばかりに城の外へと向かう。


 城門を潜ると、そこは一面の平原。

 木々が疎らに立ち、花々が咲き、小川が流れる長閑な庭園。


 200m先まではそんな風景が広がっており、その奥はドッキングしたばかりの浮遊島のエリア。

 鬱蒼とした森、起伏の激しい丘陵地帯、島の中央に位置する標高数百メートルの小高い山。


 あの山の麓付近に機械種の生産工場が存在する。

 今は胡狛の管理下になっており、主にメンバー達の整備の為の工場として使われている。


 

「胡狛も仕事が多いなあ。この花壇の手入れも胡狛がするんだろ」



 小道に等間隔で並ぶ花壇を眺めながらの感想。

 多才で有能な胡狛だけに、俺のチームの中で1,2を争うくらいに忙しいのだ。



 フリフリ

『今日も朝早くに水やりをしてたよ。秘彗や辰沙、玖雀や刃兼も協力しているみたい』


「なるほど、一応考えているのか。仕事はどうやってもできる人間に偏りがちだから、振れる仕事は早めに振っておかないとな。それを考えると、さっきの人手を増やさないといけないと言うのも分かる。」



 白兎とそんな会話を交わしながら庭園の中を進み、



「んん? ………あれは、天琉と秘彗? 廻斗や浮楽もいるようだが………」



 しばらく進んだ所で、キィキィ、キャーキャー、あいあい!といった騒がしい声が俺の耳に入る。

 声の方へと視線を向けると、天琉達お騒がせ組が集まって、何かバタバタと騒いでいる様子。

 

 気になって、そちらの方へと足を進めてみると、



「あいあいあい! スゴイスゴイ!」

「うわあ! お上手ですね!」

「キィキィキィ!」



 目をキラキラさせて拍手喝采する天琉、秘彗、廻斗達と、



「ギギギギ!」


 

 彼等の目の前で偉そうに大きく胸を張って反り返る浮楽。

 皆からの称賛を受けて、普段以上の満面の笑み。


 そして、その背後で淡々とサーカス芸を披露している浮楽の従機達5機。


 空中ブランコ乗りA

 空中ブランコ乗りB

 投げナイフ使い

 鞭を持った調教師

 猛獣の着ぐるみ



 いずれも浮楽を少し小さくしたような少女達5機。

 まるで五つ子のような同じ顔をしたサーカス団員達。


 彼女達は、草原を舞台とし、太陽光をスポットライトの代わりとしながら、目まぐるしく動き回る。


 それは本物のサーカス団を上回るような機敏な動きと華麗なアクション。

 人々を魅了する、弾むような躍動と精緻な連携の組み合わせ。



 組体操、アクロバティック、手品染みた小劇、リズミカルなダンス………

 

 

 思わず俺も白兎も立ち止まり、見入ってしまう程の素晴らしい大道芸。


 幼い少女達が繰り広げるファンタスティックなアトラクションに、観客として天琉達に混ざる俺と白兎。



「あい? マスター?」

「おう、お邪魔するよ」

 フルフル

「いえ、ハクトさん、こちらへどうぞ」

「キィキィ!」



 天琉達の横に並ぶ俺と白兎。

 すると、大道芸の司会者役に徹している浮楽も俺達に気づき、



「ギギギギ?」


「浮楽、俺達も見学させてもらうぞ」


「ギギギギギ!」


 

 俺と白兎が入ってきたことで、浮楽のテンションが益々ヒートアップ。


 従機達に『野郎ども、マスターが見に来られたぞ! 気合を入れろ!』と、即座に号令。


 すると、さらに勢いを増し、動きを加速させるサーカス団員。



 より激しく、より美しく、より過激に………



 空中ブランコ団員2機が空中で交差。

 ナイフ投げ1機がナイフをお手玉しながら逆立ちになってジャンプ。

 調教師1機が鞭を新体操のリボンのように舞わせてダンスを踊り、

 猛獣の着ぐるみ少女1機は何度もとんぼ返りを繰り返す。



 こうしてしばらく天琉達と一緒に『月光曲芸団』を観劇。

 

 朝の太陽が照りつける草原。

 そこで臨時開催された『月光曲芸団』のサーカス芸。


 横に並ぶ天琉達と合わせて、喝采を上げ、拍手を贈る。

 

 笑いと驚きの連続。

 身体を張った一種の芸術と言えるであろう。


 そんな夢のような時間はあっという間に過ぎていき、



 最後は、浮楽の従機5機による、激しいダンスとナイフのジャグリングの合わせ技。

 

 クルクルと回転しながら踊るサーカス団員が、それぞれナイフを投げ合って、キャッチ&スローを繰り返す。


 飛び交うナイフの数は数十本。

 ほんの一瞬気を抜いただけでナイフが手や顔に突き刺さりそうな速度で飛び交う。

 しかもナイフの軌道は一直線だけではなく、時にはブーメランのような軌道を描く。

  

 それでも、彼女達の手は緩まない。


 飛びながら、

 回りながら、

 走りながら、

 踊りながら、

 シューティングゲームの弾幕のごときナイフを見事な手際でキャッチして、スロー。

 

 その達人めいた動きと計算された連携に、ただただ脱帽するしかない。


 これこそ、浮楽が率いる『月光ルナティック曲芸団サーカス』の実力…………







 パチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!



 一通り芸が終わっても鳴りやまない拍手。

 

 皆からの拍手を受け、浮楽が団長として一礼。

 それに合わせて背後のサーカス団員たちも一斉にペコリ。



「いやいやいや、素晴らしかったぞ、浮楽」


 フリフリ

『面白かった! 皆スゴいねえ』


「ギギギギギギ!」



 俺と白兎からの称賛に、ムンッと無い胸を張ってみせる浮楽。

 鼻の穴をスピスピさせ、もっと褒めて褒めてというような態度。

 

 芸を見せていたのは従機たるサーカス団員達5機。

 浮楽はその前でふんぞり返っているだけのように見えたのだが………


 浮楽の中では従機への称賛は全て、本機たる自分へと捧げられるモノという認識らしい。


 相変わらずブラック経営者な『月光曲芸団』団長の浮楽。


 元橙伯にして中央の賞金首であった『死へと誘う道化師、機械種デスクラウン』から進化した機械種ルナティックサーカス。

 多彩な技を持つ技巧派であり、多数の加害スキルを持つ我がチームの秘密兵器。

 

 しかし、その外見は極彩色に彩られたピエロ少女。

 余った両袖をブンブン振り回す陽気でファンキーなムードメーカー。


 ランクアップしてから、どうにも子供っぽくなり、情に脆く、煽てには弱くなってしまった模様。

 果たして、これが良かったのか、悪かったのか………

 

 



「特に最後のナイフのジャグリングダンスは良かったな。スリリングで実に見事な連携だった」


 フルフル

『そうだねえ。アンコールしたいぐらいだよ』


「ギギギ? …………ギギギギ! ギギギギ!」



 俺と白兎の言葉に、浮楽は突然、自分の胸をドンッ! と叩き、



「ギギギ! ギギギギギ! ギギギギ!」

(では、もう一度、お見せしましょう! よりスリリングで、より過激で、華麗な芸を! 先ほどよりもパワーアップさせたエンターテイメントを!)


「え? マジか? アレ以上どうやってパワーアップさせるんだ?」



 調子に乗ったように見える浮楽。

 白兎の即時翻訳を通しながら浮楽へと問うと、



「ギギギギギ!」

(まずは団員達に目隠しをさせます!)


「え?」



 思わず、浮楽の後ろに並ぶ団員達の顔を見ると、どこかサァー……と蒼ざめているようにも見える。



「おい、それは無茶だろ」


「ギギギギ、ギギギギギ!」

(無茶と言う言葉はこの世にはありません! 無茶もやり遂げれば当たり前になります!)


「おいおい! コラコラ」



 浮楽のブラック企業発言にツッコみを入れる俺だが、そんなモノでは浮楽の暴走は止まらず、両袖をフリフリさせながら団員へと無茶ぶり。



「ギギギギギギ、ギギギギギ!」

(今度は逆立ちでナイフジャグリングをさせましょう!)


「ギギギギギ!」

(さらに、ナイフに油を塗って火をつけます!)


「ギギギギギギギギ!」

(速度は倍で………、いや、ここは3倍!)


「お、おい、浮楽………、それは流石に危ないから………」



 以上、全て白兎の同時翻訳。



 見れば、ドンドン従機達5機の顔が青ざめていく。

 さらには泣きそうな表情になる子も………


 しかし、全く従機達を気にするつもりもない様子で浮楽のヒートアップは続き、



「ギギギギギ! ギギギギギギギ!」

(ナイフの数は5倍! ……いや、倍プッシュや! 10倍で!)


「いい加減しておけ、従機達が危ないだろう?」


「ギギギギ! ギギギ!」

(大丈夫! だって従機なんですから!)



 白兎の翻訳を絡めつつ行った俺の窘めにも、浮楽は自信あり気に聞き耳持たず、



「ギギギ! ギギギギギギ!」

(さあ、命知らずで忠実な我が下僕たちよ! 最高のエンターテイメントを始めるぞ!!」



 浮楽がバッとオーバーアクションにて背後へと振り返り、自身の従機達へと命令を下すと………



 



 そこには誰もいなかった。

 ただ、地面に封筒が5つ置かれているだけ。


 その封筒に書かれた文字はいずれも非常に簡潔な内容。



 即ち、『退職届』。




「ギギギギギ!!」

(なんでーーーーーーー!!!)



 目を大きく見開き、両手をバンザイして驚く浮楽。

 目玉が飛び出んばかりの驚きようではあるが………

 

 いや、本当に両目を飛びださせてやがる。

 アイツの機体の仕様はどうなっているんだ?


 まあ、それはともかく。 



「えっと、何々………」



 ショックのあまり固まってしまった浮楽をとりあえず放置して、

 地面に置かれた『退職届』の中の紙を取り出して読んでみる。


 書面に書かれたのは、浮楽に対する罵詈雑言。



『あなたには失望しました。月光曲芸団の団員を止めます』

『労働基準監督署に訴えてやる!』

『給料とボーナス、退職金の振り込みを忘れるな!』

『お前1人でやってろ! もうついていけない』

『ガウガウ!』



 最後のなんだよ………

 


 ピコピコ

『うわあ、これは酷いなあ、相当恨まれているねえ』



 俺の背中をよじ登り、肩の上からヒョイと書面を覗き込む白兎が感想をポツリ。


 また、天琉や秘彗、廻斗達も寄って来て、



「あ~い~? サーカス団、いなくなっちゃったの?」


 

 天琉は首を傾げて良く分かっていない感じ。


 白い貫頭衣に背中には4枚の白い翼。

 愛くるしい顔立ちに浮かぶのは、ホケッ? とした緊張感のない表情。

 戦闘ともなれば、主天使の名を持つ機械種ドミニオンとして勇猛に光の槍を振るうも、日常は極めてお子様そのもの。

 コイツにそれ以上のことを求めても無駄なのだ。

 パワハラ上司と部下という複雑な人間関係を察しろと言うのが無理。

 


「う~ん………、フラクさん、可哀想ですけど………、でも、あの扱いでは仕方なかったのかもしれません」



 秘彗は浮楽にも同情しているようだが、やはりその扱いを疑問視していた様子。


 三角帽子に揺らめく炎模様が描かれた藍色のローブ。

 11、2歳の幼い少女の外見ながら、無双のマテリアル術を行使する砲撃型。

 紛うこと無き魔法少女、機械種ミスティックウィッチであり、

 魔導士系のストロングタイプ、機械種メイガスの職業を重ねた純ダブル。

 しかし、普段はそんな強者の威など微塵にも出さない穏やかで心優しい少女。

 今も、浮楽と従機、どちらに対しても気遣った様子を見せている。



「キィキィキィ………」



 廻斗はしょんぼりしながら『ボクがもっとフォローしていれば……』と反省の弁。


 モンスタータイプの最下位、機械種グレムリンだが、白兎の次に混沌を内包。

 通常機の10倍の能力を持ち、9つの命を小さな機体に刻むイレギュラー。

 その首に巻かれたネクタイ、宝貝『八卦紫綬衣』と天兎流舞蹴術(小結級)を以って戦う小さな勇者。

 コミュニケーション能力にも優れており、特に女性相手には抜群の弁舌を誇る紳士。

 それだけに少女の形をした従機達へのフォローができなかったことに責任を感じているのであろう。

 


 三者三様の感想。

 まあ、俺からすれば、これも浮楽の身から出た錆であろう。

 浮楽の扱いが変わらない限り、遅かれ早かれ起こってしまうことだったのだ………



 いや、というか………


 従機が『退職届』を出すって、どういう状況なんだ?

 それとも浮楽の従機は、実は従機でなかったとか?

 そもそも従機って、自分の意思があるの?


 俺の頭の中では色んな常識がぶつかり合って、少々混乱気味。

 


 だが、そんな俺の戸惑いを他所に、秘彗と白兎、廻斗が集まって何やら相談をしていると、



「でも、あのサーカス団の皆さん、どちらに行かれたのでしょうか?」



 ふと、そのような疑問を秘彗が口にした。



 退職しようが、浮楽の従機なのだから、あまり離れることもできないはず。

 精々、この空中庭園内のどこかであろうけど………






************************************

<城内2階の図書室・第三者視点>



 図書室で読書を継続中であったベリアル。

 だが、ふと、自分と同じく読書をしているはずの豪魔の姿が目に入り……、


 その異様な光景に口を開く。



「おい、ゴウマ。なんだ、ソイツ等? 確かフラクの従機だろ?」


「うむむ………、いや、我にもよく分からないのですが………」



 ゆったりとしたソファに座る豪魔の周りに集う、幼い少女姿の従機が5機。


 背後に回った2機が豪魔の両肩を揉み揉み。

 また、もう2機が豪魔の靴をハンカチでフキフキ。

 着ぐるみ姿の1機が豪魔の足元で動物のフリをしながら甘えた素振りを見せている。

 

 

「何やら、就職活動中だそうで…………」


「何だよ、ソレ?」



 珍しく困惑顔でそう答える豪魔。

 その答えに訝し気な顔を見せるベリアル。



 浮楽よりも格上で頼りがいのありそうな者を、新たな主としてターゲッティングした様子の従機5機。


 果たして彼女達の就職活動は上手くいくのだろうか?




**********************************





 とりあえず逃げた従機を探して説得するつもりらしい浮楽。

 それに天琉や秘彗、廻斗も付き合う様子。


 

 何なら俺も手伝う………、

 若しくは、彼女達の行方を打神鞭で占おうかとも考えたのだが……



 フルフル

『大丈夫だよ。浮楽のことは秘彗達に任せよう』



 と、白兎が進言してきたので、俺は手出しをせずに任せることにした。


 そして、そのまま散歩の続きとばかりに、浮遊島のエリアへと向かう。




「なあ、白兎。手伝わなくても良かったのか?」


 

 空中庭園と違い、浮遊島には整備された道などなく、

 木々の間を抜けるような獣道を進むしかない。


 白兎に先導されるまま、枝葉を手で払いながら進んでいる最中、ふと、気になった先ほどの件について質問を飛ばしてみると、



 フリフリ

『きっと浮楽なら仲直りすると思うよ。少し調子に乗り過ぎただけだからね』


「ふ~ん………、そんなモノか?」


 パタパタ

『それに…………、あのやり取りが浮楽の即興劇という可能性もあるし……」


「はあ?」



 白兎からの意外な推測に、思わず足を止めてしまう俺。



「え? じゃあ、さっきの従機達が逃げ出したのって………、全部、浮楽が事前にそう命令していただけ? そりゃあ、意思を持たないはずの従機が主に愛想を尽かせるって、おかしいなと思ったけど………」


 フルフル

『さあ? 本当の所はどうなのかは分からないよ。もしかしたら、僕も知らない仕様なのかもしれないし。浮楽の従機が特別性だったってことも考えられるから』


「どっちなんだよ………」



 曖昧な白兎の物言いに、唇を尖がらせて文句を垂れる。


 すると、白兎はクルッとこちらを振り返って俺の目を見つめ、



 ピコピコ

『こういったことは突き詰めない方が良いんじゃない? 浮楽が本当に従機から逃げられたのか、それとも、ただのエンターテイメントの延長なのか……、その方が面白いでしょ』


「とは言うがなあ………、もし、浮楽が従機に逃げられたんだったとしたら、ずっとそのままなら戦力ダウンだぞ」


 フリフリ

『その時は僕が何とかするよ』


「…………白兎がそう言うなら、まあいいか」



 これでこの話は終わり。

 白兎がここまで言っている以上、任せた方が良さそうだ。


 さて、本当の所はどうだったんだか…………

 気になると言えば気になるのだけれど………





『こぼれ話』

従機には様々な種類があり、使い魔程度でしかない小物もいれば、本機と寸分変わらない戦闘力を持つ分身、または、本機よりも強い従機も存在するようです。

また、その晶脳内に子機を備えていれば、本機が直接操作できる義体(形代・分霊)のような扱いをすることができます。


一粒で2度も3度も美味しいように見える従機ですが、当然、その運用にはマテリアルが消費されるため、数多く従機を展開しようとするとコストが激増します。

特に軍団規模の従機を持つ高位機種の運用は注意しましょう。

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