第672話 朝4



「マスター、おはようございます………チュン!」


「んあ?」



 俺の耳に届く朝の挨拶。

 鳥の囀りに似た心地良い音程。


 潜水艇の中の寝室で目覚めた俺。

 ゆっくりと目を開け、頭を横に倒せば、遠慮がちにベッドの横で立ち尽くす13,4歳の和服少女の姿。


 紺色の髪を肩の辺りでバッサリと切ったおかっぱ頭。

 着物姿と合わせて座敷童に似た可愛らしい容姿。

 俺の前だといつも恥ずかし気に俯き加減。

 けれども、俺の役に立とうと一生懸命な頑張り屋さん。


 ストロングタイプのダブル。

 鳥型メイドな機械種ウイングメイドと斥候系である機械種ホークアイを重ね持つ3メイドの1機、玖雀。



「おはようございます! マスター。お時間ですので、ご起床をお願いします、チュン!」



 再び、玖雀からの朝の挨拶。

 どうやら本日の俺を起こす当番は玖雀であるらしい。


 だが、朝の挨拶にしては少々気合が入り気味。

 両手をグッと握り、機体を固く強張らせている様子。


 俺を時間通り起こすという大役を前に緊張している雰囲気が感じられる。

 昨日の晩、俺が『時間通りに起こしてくれよ』と言ったこともあり、その責任を果たそうとしているのだろう。


 真面目な玖雀だけに、俺が何気なくお願いした事を全力で取り組もうとしている模様。




「ああ、おはよう。今起きるよ」



 流石に朝に弱い俺でも、こんな健気な少女に起こされたのなら、二度寝するわけにもいかない。



「ふああ………」



 上半身を起こし、大あくびしながら大きく背伸び。

 それから、首をコキコキ、肩をグルンと回してからベッドから降りた。





 


 

「ふう………」


 

 その後、玖雀にコーヒーと朝食を頼み、用意してくれている間にササッとパジャマから着替える。


 そして、リビングルームで玖雀が用意してくれたコーヒーと朝食を大きめの椅子に腰かけながらゆっくりと味わう。



 コーヒーは俺の要望通り濃い目。

 朝食は現代物資召喚で取り出しておいたグラノーラに牛乳をかけたモノ。



 う~ん、テイスティ、デリシャス……



 その間、玖雀は寝室の片付け。

 ベッドのシーツを整え掛け布団を折り畳む。

 また、脱ぎ散らかした衣服や靴下を集めて籠の中へ。

 俺が夜食で抓んでいたスナック菓子の袋やゴミを拾い上げてゴミ袋へと。


 

 う~ん………

 昨日は遅くまで本を読んでいて半分寝落ちしてしまったから、散らかり放題のままになってしまった。


 最近、自分で掃除しなくても、誰かがやってくれるから、少々ズボラになってきたのかもしれない。

 これが楽を覚えた人間の末路であろうか?


 

「いかんねえ? せめて自分で食べたモノや散らかしたモノぐらいは自分で片づけないと………」


 

 などと、反省の弁を呟く俺であったが………



 ゴクッ!


「ごちそうさん」



 朝食を完食。

 最後にコーヒーを飲み終え、カップを皿へと置く。


 

「…………………」



 ふと、先ほど口にしたセリフを思い出しながら、テーブルの上に置かれたコーヒーカップやお皿、スプーンを眺めて、



 当然、使った食器は洗わなくてはならない。


 でも、俺って洗い物、嫌いなんだよなあ………


 未来視でレストラン経営していた時も、洗い物だけはやらなかったのだ。

 全てエンジュや森羅、白兎、廻斗に任せていた。



 だって、洗剤で手が荒れるし、

 滑って落として割っちゃうかもしれないし、

 割れた破片が刺さりでもしたら危ないし、



 何とかやらずに済む方法は無いだろうか?


 

 などと、100%あり得ないリスクを持ち出して、恥も外聞も無く反省の弁を翻そうとしていると、


 

「マスター、こちらのご本はどうされますか? チュン」



 片づけを終えたらしい玖雀が単行本を5冊くらい抱えながら寝室から出て来て質問。



「もうお読みにならないのでしたら、私が後で図書室に返しておきますが? チュン」


「あ~……、まあ………、いいや。俺が返しに行くよ」


「ええ? それぐらい私がやっておきますが? チュン」


「いや、どの道、図書室で新しい本を探すつもりだし………、というわけで、俺は今から図書室に行くから、俺の代わりにこの食器を洗っといて」


「あ、はい。分かりました、チュン」



 玖雀の手から単行本を受け取り、苦手な洗い物から逃げるように潜水艇を出た。





 

 

 


「…………相変わらず、広いなあ」




 潜水艇を出た先は…………体育館並みの広さを持つ大リビング。


 ここは空中庭園のお城の最上階。通称、王の私室。


 見渡せば、目に入る高級調度品の数々。


 シャンデリア、厚手の絨毯、豪華な家具、洒落たインテリア……


 ハイソでお金持ちっぽいアイテムを集めた、ロイヤルスイートっぽい部屋。


 この空中庭園のお城の中の、俺だけのプライベートな空間。


  

 ただし、その部屋の真ん中にポツンと置かれた高さ4m程の卵型の物体。

 先ほどまで俺が寝起きしていた居住モードの潜水艇。

 インテリアにしてはあまりに不格好ではあるが、これも必要に駆られてのこと。



 空中庭園に泊まるのであれば、本来ならここにベッドを置いて寝るべきなのであろうが、あまりにもこの部屋は広すぎる。

 こんな一辺が25mもあるような広い部屋でポツンとベッドだけ置いて寝れるはずも無い。

 だから、夜はこの王の私室に潜水艇を置き、その中で寝るようにしているのだ。


 




「窓の外の眺めがいいなあ。やっぱり端が見えないのが良い」



 窓から外を見渡せば、数百メートル程度の標高の低い山と鬱蒼とした森といった景色が目に入る。


 つい2日前まではこの窓から外を見れば、空中庭園の端が見えた。


 空中庭園の直径は520m、そしてこのお城の位置はその中央。


 しかもお城は5階建てであり、その最上階から見下ろせば当然。 


 しかし、昨日ようやく空中庭園と浮遊島のドッキングが完了。



「結構大変だったな…………、いや、あんなデカいモノがたった1日で完全にくっつく方がおかしいんだけど………」



 城の遺跡で刃兼のダブル化と模擬戦の後、すぐに空中庭園と浮遊島の接続作業を開始。

 だが、2つの巨大な物体を空中に浮かせた状態でどの部分に接合させるのかが難航。


 輝煉に乗った胡狛と白兎が空中庭園と浮遊島を飛び回り、半日近くかけてようやく絶好の接続ポイントを発見。


 そこから先は宇宙要塞同士のドッキングを見るかのような迫力のあるシーンの連続。

 庭園と島が衝突するかと思いきや、接合部分が溶けあうように融合を果たして一体化。

 

 あとはメンバー全員をフル動員して接合部分を見回り、不具合が無いかどうかを確認。

 接合時のショックで破損した部分があれば修復作業に取り掛かり、結局丸一日もかかってしまった。


 だが、結果として、俺の領土が6倍以上に増えた。

 

 2km×1kmの楕円型である浮遊島を、直径500mの円形である空中庭園にくっつけたので、形としては歪となってしまったが、それでも広くなったのは間違いない。


 一方向だけではあるが、窓から見える景色一面を広々とした俺の領土で占めることができたのだ。








 パタパタ!

『おはよう! マスター!』


「おう、おはよう、白兎」



 『王の私室』から出ると、俺が出てくるのをずっと待っていた感じの白兎の姿。

 通路にチョコンと座って耳をパタパタ、白兎らしい快活な朝の挨拶。


 俺と二人っきりだと甘えたがりになる白兎のことだから、一晩中、扉の前で待ち構えていたのかもしれない。

 本当は寝る時もずっと一緒に居たいのであろうが、それは孤独をこよなく愛する俺がしんどい。

 

 だから、構ってあげられる時には構ってあげよう。

 俺にとってお前は特別なのだから。 



 筆頭従属機械にして宝貝、霊獣を兼ねる、宝天月迦獣、白仙兎。

 通称、白兎。


 炎と氷、空間と時間を操る白ウサギ型機械種。

 俺の役に立ちたいという健気な思いと、『天兎流舞蹴術』を広めるという夢、そして、この世をウサギで埋め尽くすという野望を抱く混沌獣。


 俺の唯一無二の相棒。

 俺が最も信頼する仲間。



「白兎、これからこの本を図書室に返しに行くけど………、一緒に来るか?」


 フルッ!

『行く!』



 



 白兎とともに通路を進む。

 白兎は機嫌良さそうにお尻と丸い尻尾フリフリ、俺の横にピッタリとくっついてピョコピョコ歩く。

 まるで城内でウサギを散歩させているような気分になってくる。



 …………いや、そのまんまなのではあるが。

 誰がどう見ても兎さんぽの途中であろう。




 まあ、それはともかく、お城の中は広い。

 ざっと縦横80m×70m。

 敷地面積は5,600平方メートル。

 

 延べ床面積になると、5階建てだからその5倍弱ぐらいであろうか?

 あんまり詳しくないから適当だけど。


 部屋の数も多く、大小合わせて45部屋。

 パーテーションや壁で仕切れば、200以上の個室を作ることができるだろう。

 もうその規模は旅館並み。

 2~300人は住むことができそうな広さ。


 絶対にそんな人数を住ませることは無いのだろうが。


 

 それに、俺以外の人を住まわせるには、まだまだ足りないモノが多過ぎる。

 

 こうして白兎と進む廊下や壁もコンクリート打ちっぱなしの外観。

 いずれ壁紙やフローリングを施工しなければならないが、その範囲が広すぎるのが問題。

 

 相当に住居用の部材を買い込んだのだが、それでも城内全てを飾り立てるには足らなかった。

 白の遺跡で手に入れたインテリアや絨毯、高価な家具も、俺がメインに使う部屋を中心に備えられただけ。

 

 完璧なまでに俺のお城を完成させるまでには時間がかかりそう。

 施工の手もそうだが、上流階級が使う調度品は一般市場には出回らないのだ。

 

 お店が会員制であったり、特定の顧客しか相手にしなかったり………


 そもそも辺境でそのような品を手に入れるのは困難。

 やはり俺のお城の完成には、中央でそれなりの街に辿り着かねばならないようだ。

 





 

「おはようございます、マスター」

「おはようございます………、ドラ」

「………!! お、おはようございます、ガオ!」



 2階の図書室へ向かう途中で森羅、辰沙、虎芽と遭遇。


 流れるような動作で頭を垂れる森羅に、スカートを抓んで華麗なお辞儀を見せる辰沙。

 その後ろで慌てて辰沙の真似をする虎芽。

 

 三者三様な朝の挨拶。

 それぞれの個性が見えるようで、自然と顔に笑みが浮かぶ。



「おはよう。朝から仕事か?」


「はい、設備がきちんと稼働しているかと、汚れ等が残っていないのかの確認です」



 俺の問いに落ち着いた所作で答える森羅。

 

 しかし、その目に輝く青の色は少しばかり強い光を放っており、俺の言葉にやや高揚している様子が見て取れる。



 機械種エルフロードにして、3番目に古い仲間である森羅。

  

 先日、森羅は俺からこの城の侍従長として任命されたのだ。

 役目は辰沙、虎芽、玖雀のメイド3機を率いて、この城の管理と俺の生活環境を整えること。


 仲間内での機械種のレベルでは森羅は最下層。

 妙な技を覚えたり、いつの間にか外見が生身っぽくなっている森羅ではあるが、機体の性能だけを見ればメンバー内では最弱。


 戦闘面では役に立てないことを悩んでいた森羅であったが、こうして俺から役目を与えられて大奮起。

 昨日から城の中の見回りを続けており、細かい部分を色々とチェックし回っている模様。


 また、辰沙と虎芽の表情も、いつもよりも朗らかで柔らかい。

 やはり本質がメイドということもあり、ようやく自分達の役目であるメイド業に専念できると喜んでいる様子。



「そうか………、それは大変だろうな。この城、かなり広いから………」


「ご心配なく。現在の所、使用中の部屋はまだ1割程度。稼働中の設備も2割に届きません。これぐらいでしたら、私と辰沙さん達で十分に回せます」


「……………と、言うと、この城がフル稼働するようになると、人数的に厳しくなるか?」


「そうですね…………、その場合は何かしら方法を考えなくてはならないでしょう。ですが、このお城にお住まいになる人間はマスターお一人ですから、全ての設備を稼働させる必要はございませんし………」


「う~ん………」



 まあ、昨日、今日で、お城の全ての部屋を開放するわけではない。

 でも、地下の大浴場にも入ってみたいし、室内プールも使用してみたい。

 屋上の展望台も登ってみたいし、こっそりと秘密基地も作りたい………


 

 悩む素振りを見せる俺に、足元の白兎が耳をフルフルと振るって、



 フルフル?

『マスターは将来的にこの城に他の人間を住まわせたりするの?』


「ん~~? そうだな~~………」



 白兎からの質問に少しばかり考え込み、



「……………ずっと住んでもらうかは別として、エンジュは一度連れてきてあげたい。完璧になったお城を案内して、庭園を散歩して……、一緒にロマンチックな夜を過ごしたいなあ………、それが済んだら、ユティアさんも呼んであげよう。また眼鏡をずり落とすくらいに驚くだろうな。あとは、ミランカさんにミレニケかな? う~ん………、ルトレックの街の時のように、5人でワイワイするのはなんか楽しそう。それから、チームトルネラの皆は…………どうだろ? でも、少し刺激が強過ぎるか………、他は………、白露ぐらい? 白の教会に黙っていてくれるなら………、ああ、駄目だ。白の遺跡じゃあ、見てしまうと誤魔化せないからと、入るのを断っていたぐらいだし…………」



 思いついた先から口に出して行く俺。

 半分、妄想に近い未来予想図。

 俺の勝手な思いでしかないのだが、この先、誰にも憚ることの無い『力』を手に入れることができたのなら、可能になる未来かもしれない。



 ピコピコ

『もし、マスターがいずれこの城に人を呼ぶつもりなら、もう少し家事ができる機種を増やした方が良いかもね。森羅達だけじゃ手が回らなくなるから』


「なるほど。白兎殿のおっしゃる通り、将来のことを考えると、我等だけでは難しいですね」


 パタパタ

『お城や庭園の広さを考えると、あと10機ぐらい欲しいね。能力はそこまで高くなくてもいいから』


「ああ、確かに。お城の中だけでは無く、外の庭園の管理を考えると………」



 そんな俺の呟きを聞いて、白兎と森羅が意見交換。

 何機ぐらい用意すれば良いのかを検討し合う。



 だが、そんな最中、



「はいはーい! マスター! 僕も部下が欲しいガオ!」



 突然、虎芽が元気良く挙手。

 テンション高めに自分の意見を述べてくる。


 機械種タイガーメイドと機械種チャンピンのダブル。

 15,6歳の外見である虎耳メイド少女。

 3メイドの1機である虎芽。



「できたら僕達より格下のメイド型のベテランタイプを希望だガオ。それなら名実ともに僕達の方が上になるガオ。ようやく先輩風をビュビュッと吹かせてやれるんだガオ!」



 フンスッ! と胸を張って鼻息を鳴らし、自信満々に宣言する虎芽。

 

 だが、その宣言はとても自信満々な態度で宣う内容ではない。



「トラメ! 貴方、なんてことを………」


「んん? タッサは扱き使える部下は要らないのか、ガオ? 僕もフラクの従機みたいに好き勝手命令できる手下が欲しいガオ」


「この子は……………、はあ………」



 辰沙の窘めにも虎芽は平然。

 その反応に辰沙は諦め顔で大きくため息。


 機械種ドラゴンメイドと機械種バーサーカーのダブル。

 竜の角、翼、尾を持つ、チャイナ風メイド服を着た竜人美女メイド。

 3メイドの1機であり、その中ではお姉さん格でもある辰沙。

 

 言わずにはおれなかったようだが、虎芽の耳には馬に念仏。



「虎芽さん………、部下は扱き使う為にいるのではありません。全てはマスターのお役に立つかどうか、です!」



 これは見過ごせないとばかりに上司である森羅が虎芽を叱責。



「トラメ、貴方はまず、思ったことをすぐに口に出すクセを止めなさい。マスターに対して失礼を通り越して無礼ですよ!」



 また、辰沙も同様に虎芽に対して苦言を呈す。

 普段のお澄まし顔に、ギュッと眉を吊り上げた厳しめの表情が浮かぶ。


 そんな仕草は出来の悪い生徒を叱る女先生のよう。

 こんなセクシーな女先生なら俺も叱られてみたい………



「ううう………僕が悪かった、ガオ」



 2機から責められ、流石の虎芽も涙目で虎耳をペタンと伏せ、



「…………すみませんでした、ガオ」



 ペコリと自分の失言を謝罪。

 なんか可哀想になるくらいの悄気返った姿。



「ああ………、まあ………、以後、気をつけてくれ」


「ぐすぅぐすぅ………」


「泣くな泣くな。可愛い顔が台無しだぞ」


「ますたあ~、ガオ………」



 涙で顔がグシャグシャな虎芽の頭をナデナデ。

 すると猫のように目を細めて嬉しそうな顔になる虎芽。



「はあ………、困りものですね」

「全く………、この子は………、もう………」



 そんな調子の良い虎芽に、森羅も辰沙も呆れ顔。

 どうやら、2機とも問題児らしい虎芽の扱いに苦労している様子。



 う~ん…………、

 これはこれで可愛いけど、接客も必要となるメイドとしては少々困りモノ。

 森羅と辰沙には、これから虎芽の教育に頑張ってもらうとしよう。










 森羅達と別れて、俺と白兎は図書室のある2階へと赴く。


 そして、一番端に2教室分の間取りを確保した区画へと辿り着く。


 そこは俺が現代物資召喚で取り出した本や漫画を納めた一室。

 

 また、この街で買い集めたこの世界の書籍も一緒に並べてある。


 ちょっとした書店ぐらいの冊数はあるだろう。


 図書室と名付けても何の過不足もあるまい。




 バタンッ



「おや? 我が君。こんなに朝早くから僕の顔が見たかったの?」



 図書室のドアを開けると、飛んできたのは澄んだ響きを持つ少年の声。

 最上級の楽器で奏でられたような上品な音程。

 その響きだけで人々を引き込む魅力を持つ魔性の声。


 声の主は、本を片手に、アンティークデザインのゆったりとしたロッキングチェアに腰かけた絶世の美少年。


 輝くような巻き毛の金髪。

 頭の両側に突き出た2本の牛角。

 そのまま夜会に出れそうな貴族服。

 蒼氷の瞳からは見た者を陶然とさせる美しさを秘める怪しい光。

  

 元緋王にして、魔王型の機械種ベリアル。

 我が悠久の刃の最高戦力であり最大の問題児。



「言ってくれたら、添い寝してあげたのにね。そうしたら一晩中僕の顔を見ていられるよ」


「要らん。次、こっそり俺の寝所に忍び込もうとしたら、簀巻きにして七宝袋に放り込むだけじゃあ済ませんからな」


「フフフフ、照屋さんだね、我が君は。いいよ、我が君がその気になってくれるまで気長に待つから」


「そんな気になるなんて永遠に無いぞ。だから俺を誘惑するのは諦めろ」



 相変わらず戯けたセリフの宣うベリアルに対し、スッパリと切り捨てる俺。


 どのような誘惑をされようとも、男に靡く俺ではないのだ。


 

 しかし、俺がつれない素振りを見せても、ベリアルは然してショックを受けた様子も無く微笑を浮かべた余裕の表情。

 魔王の名のごとく悠然と構え、いずれ俺が自分のモノになるのは決定事項とでも思っていそうな自信あり気な態度を崩さない。


 だが、そんなベリアルの態度も天敵たる白兎かかると、



 フルフル

『諦めたら? 試合なんて最初から始まってないし』


「はあ? …………クソウサギ、お前をバスケットボールの代わりにダンクでゴールに叩き込んでやろうか?」


 パタパタッ!

『なんだと! こっちこそラビットドリブルでタックルしてぶっとばすぞ!』



 白兎、ソレは反則だ。



 白兎が耳をフルフル、いつものごとくベリアルを揶揄う。

 すると、すぐに火が付いて言い返すベリアル。


 ベリアルの反応は年相応の………いや、それ以下の子供そのもの。

 さらに白兎もソレに乗せられるように罵り声をあげる。


 2機の言い争いは小学生レベルの口喧嘩へと発展。

 それがエスカレートしていって、取っ組み合いへと移行するのがいつものパターン。


 だが、図書室で暴れるのを俺が許すはずもなく、

 

 

「白兎! ベリアル! 図書室で暴れるな!」


 フリフリ

『は~い! 本は大事にしなきゃね』


「クソッ! お前から振ってきたクセに………」



 俺が叱ると、大人しく引き下がる白兎とベリアル。

 

 最近この2機は、口調から俺の本気度を計り、ヤバいと見るとすぐに大人しくなるようになった。


 本を大切にしない奴は俺が鉄拳制裁を下すから間違いではない。

 



「ハハハハハッ、左様左様。図書室では静かにしないといけませんな」

 


 白兎とベリアルの仲裁を終えた所で、豪快な笑い声が響く。

 


 腹の底にズンッと来る低い音程。

 オペラ歌手でもやれそうな心地良いバリトンボイス。


 それは図書室の奥からこちらへと歩いてくる2m超の筋肉質な巨漢から。

 高級そうなスーツを着こなし、獅子の鬣のような髭を生やしたナイスミドルの男性。

 気の弱い人間ならひれ伏したくなる程の威厳と威圧感。

 見た目、闇社会を支配する悪のカリスマ以外の何者でもない。

 

  


「んん? なんだ、豪魔もいたのか?」


「はい。この義体があるおかげで、ようやくこの部屋に入ることができました故」



 機械種パズズの豪魔。

 我がチーム唯一の超重量級。

 全高20m超の大邪神なのだが、今は中量級の義体で活動中。

 

 

「そちらにタキヤシャ殿もおられますぞ」


「へえ? タキヤシャもか………」



 豪魔の背後を覗き込めば、手に本を持ったまま立ち上がり、こちらへとペコリと会釈する17,8歳の着物を着た少女の姿が目に入る。


 そのまま女歌舞伎でもやれそうな装飾品の数々に豪華な衣装。

 生命力豊かな枝葉を思わせる色鮮やかな緑の髪には、その美しさを際立たせる簪が何本も刺さっている。

 そこに立っているだけなのに、自然と目が引き寄せられる存在感。


 ただし、漂う雰囲気は間違いなく『陰』。

 『夜』と『死』の匂いが漂うがごとき闇に生きる妖少女。


 レジェンドタイプ、機械種タキヤシャヒメ。

 平将門の娘にして復讐鬼となった妖術師、滝夜叉姫をモチーフとした機種。


 

「どんな本を読んでいたんだ?」


「はい………、こちらを………」



 何となく持っていた本について尋ねてみた。

 まだ従属させてから日が浅く、未だ性格を掴み切れていないこともあったから。


 あまり口数が多くない彼女。

 会話のきっかけにでもなればと思ったのだが………


 タキヤシャが見せてくる本の題名を読み上げてみると、



「え~と…………『実はSSSランク、剣聖で大賢者で聖者で大盗賊な俺。でも実力を隠していたから追放された。後悔してももう遅い。復讐するから覚えていろよ』…………、え? 何? このタイトル…………って! 俺が古本屋でまとめ買いしたライトノベルじゃないか!」



 とにかく現実を忘れたくて色々と異世界モノを読みまくっていた時期に買った小説の一つ。

 現代物資で過去、部屋に置いたことのある本を片っ端から取り出し、森羅達に渡してこの図書室に並べてもらった中の1冊であろう。



「う~~ん………、読んでいた当時は気にならなかったけど………」


 

 しかし、あまりにあまりなタイトルではなかろうか?


 というか、実力を隠していた方が悪いのでは? とは思えないでもない。


 チームに所属したなら、自分の実力を正しく伝えないと、そのリーダーは正しい判断ができない。

 逆にチームを率いるリーダーにとっては、特に意味も無く実力を隠している奴なんて不穏分子以外の何者でもないだろう。


 何のために実力を隠す? 

 何か邪な理由でもあるのか? 

 実はスパイだったりする?

 

 そりゃあ、チームから排斥されるに決まってる。

 そんな奴がいたら俺だって、追い出してやろうと思うだろう。

 皆が精一杯頑張っているのに、1人だけ実力を隠して楽をしているなんて、決して許されるモノでは……………



「………………」


「??? どうされました?」


「いや、なんでもない………」



 突然、表情を変えた俺に、タキヤシャが心配げに問うてくる。


 俺はぎこちない笑みを浮かべて、ただ気の無い返事を返す。



 何のことは無い。

 少しだけ自分の過去の行いを反省しただけ。


 ふと、思い出してしまったのは、行き止まりの街でのチームトルネラでの俺の行動。

 

 あの当時のチームトルネラはいつ崩壊してもおかしくない程にギリギリだったのだ。

 さらに『溺れた犬は叩け』とばかりに他のチームから狙われまくっていた。


 そこに入り込んだ俺と言う怪しい異分子。

 そんな怪しい人間が次々と信じられない成果をあげまくる。

 そして、受け取るべき報酬も受け取らない、一見、無欲に見える少年……

 

 何の報酬も求めず、何を考えているのかも不明な、スラムには不相応な実力者。


 あの時俺は、自分のことしか考えず、回りの皆がどう思うのかも考えようともしなかった………


 アイツがサラヤ、ひいてはチームを守るために、俺を排除しようと策謀を巡らすのも当然か………





「コホンッ! すまん………、で、その小説が気に入ったのか?」



 少しばかり苦い思い出に浸ってしまった俺。

 気を取り直して、会話の続きを促す。



「はい。大変気に入りました」


「へえ? そうか、そうか! どの辺が気に入ったんだ?」



 一時期、そういった小説に嵌まっていた俺としては、同じ趣味を語り合えるのかと思い、尋ねてみた所、返って来たのは、



「フフフフ………、やはり『復讐』ですね。特に元居たパーティーへと念入りに復讐していく様子が………、ヒヒヒヒヒッ! 1人、1人、じっくりと追い詰めて………、自らの行いを後悔させた上で………、ヒャヒャヒャヒャ! 助かると思わせた所で、さらに絶望に落とすという………ウィヒィヒィヒィヒィヒィ!」



 タキヤシャの顔に浮かぶ美少女度を半減させるような不気味な笑み。

 そして、陶酔するように紡ぐ言葉と、時折挟み込む少女とは思えない奇声……



「ええ? え…………」



 何? この豹変。

 美少女が幽鬼に突然乗っ取られたような………


 今、俺はホラー映画を見ているのであろうか?


 

 半歩だけ後ろに下がり、引き気味になりながらも、何とか会話をしようと試みる俺。



「そ、そうか。気に入ってもらって何より………」


「はい………、『復讐』と書かれたので、手に取りましたが………、読んでみると、他人が行う復讐の話がこんなにも面白いとは………、はあ………、素晴らしいです………」



 今度は頬を赤く染め、熱く大きなため息をつくタキヤシャ。

 不気味に笑ったかと思えば、恋に焦がれるような甘い表情を見せてくる。


 そのまま大河ドラマや日本映画のワンシーンにも使えそうな絵になる仕草。

 その表情を見るだけでファンが何万人も付きそうな艶っぽい姿。


 だが、『復讐』という内容に、そんな表情を見せているのだと知れば、これまた誰しもがドン引きするに違いない。



 かくいう俺もその様子に壮絶にドン引き状態。

 3歩程後ろに下がりつつ、ふと、タキヤシャが座っていた椅子の横のテーブルに目をやると、



「え? …………もしかして、その横に積み上がってるの、全部、似たようなジャンル?」


「はい………、フフフフ………」



 題名を見ると、どれも復讐物、所謂『ざまあ系』。

 主人公が虐げられ、それを成した悪人達が『ざまあみろ!』と言わんばかりの報いを受け、地獄の底まで転落していく様がメインに据えられた物語。

 

 さらに婚約破棄からの復讐へとつながる悪役令嬢モノもたくさん。

 一時期ネット小説で流行った一大ジャンル。

 

 これ等も俺が古本屋でまとめ買いしたライトノベル。

 当時、狂ったように本を買い漁っていた頃の遺産。

 結局読まずに積みっ放しになっていたのも多数。



 ああ、そうだ。

 現代物資召喚でバサバサと本を取り出していたけど、半分以上はタイトルも見ずに森羅に預けた。

 そして、そのまま図書室に並べられていたのか。

 

  

「あ~~、まさか、これ等がタキヤシャの好みにドンピシャだったとは………」


「このような素晴らしい物語に出会えたのも貴方様のおかげ………」


「まあ、喜んでもらえたなら良いか…………」



 う~ん。

 何か知らんが忠誠度が上がったようだ。


 しかし、このタキヤシャも、どこかおかしい所がある機械種だな。



 さっきの虎芽といい、無邪気な天琉といい、問題児のベリアルといい……、



 指を折りながら、頼もしいながらも、どこかおかしい所がある仲間達を数え、



 昇格してからより言動がおかしくなった浮楽といい、

 お騒がせ組に転落して混沌に染まりつつある秘彗といい、

 最近、刀がしゃべるという妄想に取りつかれたヨシツネといい、

 機械種エルフロードなのに表情が変わるようになった森羅といい、

 機械種グレムリンなのに、すでに機械種グレムリン(笑)な廻斗といい、


 どうにも妙な性質を持つ機種が俺のチームに固まっているような気がする。


 まあ、それを言うと、従属機械種筆頭の白兎からしてそうなのだ。


 何でこんな連中ばかり俺のチームに集まるのであろうか?

 



 ピコピコ?

『類は友を呼んでいるんじゃない?』


「コラ、白兎! どういう意味だ!」



 白兎の指摘に、思わず怒鳴り返す俺だった。

 決して図星を突かれたからではない。

 


 

 

『こぼれ話』

空中庭園や浮遊島のような発掘品は『建造物系』と呼ばれます。

破格な大きさのモノが大半を占める為、普通の狩人が手に入れても、まず持ち帰ることができません。

しかし、数百年の歴史の中、『創界制御』を持つ超高位機種を従属させた狩人が幾つか持ち帰ったという話が残っています。


その中で一番有名なモノは中央のある場所にそびえ立つ『塔』。

手に入れた狩人はあまりの住み心地の良さに、その最上階にずっと住み続けたと言われていますが………


今でもその『塔』は存在します。

ただし、中に入ると持ち主の狩人の従属機械種達が襲ってくるようになっています。

ブルーオーダーであるのに、なぜ人間に襲いかかるのかは不明。


彼等は壊しても壊してもいつの間にか復活してくるといいます。

そして、ずっとその塔を守り続けているようです。

まるで主人の墓を守る墓守のように……


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