第662話 宝貝3


 

 自身の予想通り30分経つとハザンの容態も回復。

 まだ完全ではない様子だが、それでも立って歩くぐらいは問題無さそう。



「ありがとう、ヒロ。これで俺の見聞が大きく広がった。特に目指す所が見えた所が大きい。辿り着けるかどうかは別だが、やはり目標があった方が良いからな」


「お役に立てて何より。あと、お願いしていた件だけど………」


「ああ、もちろん渡そう。これだ」



 そう言って、ハザンが右手の腕輪を触ると、



「え? 亜空間倉庫?」



 ハザンの手にポンと出て来た30cm程の棒状の物体。


 出て来たアイテムよりも、それが何もない空間から出てきたことに驚きを隠せない俺。



「ああ、これも万流衣の能力らしい。小さめの納屋くらいの収納力があるんだ」


「それは随分と当たりの品だったなあ………」



 ハザンの説明を聞いて、これまた驚く。

 

 上級防具でも破格の防御力を秘めた防具にして、収納力まで備えている。

 もうそれは最上級に匹敵する発掘品ではなかろうか?



「これがヒロに渡す俺からのプレゼントだ」


「お………ありがとうって、これは?」



 渡された棒状のモノは、よく見れば剣の柄みたいな形。

 というか、剣身が根元から無い柄そのもの。



「ハハハハ、そうだよな。いきなり渡されても驚くよな」



 俺の疑問にハザンは笑いながら、一度手渡した棒状のモノを自分の手へと戻して、



「これはな、こうするんだ」


 

 剣身が無くなった柄と思いきや、ハザンが何かを操作すると、



「…………おおっ!」

 


 その柄部分から透明なガラスのような刃が生えた。

 柄に仕込まれていたというより、刃が徐々に生成されていくような感じ。


 刃の長さは50cm程。

 刀身が反り返り湾曲した形状。

 剣の種別で言えば刀身の短い曲刀であろうか。

 

 透き通った氷で造られたような美しい刃。

 柄は武骨な造りだが、透明な刃はそれだけで神秘的な輝きを見せる。



「これはガラス?」


「いや、水だ」


「水?」



 聞けば、この剣の刃は水分子を多重結合させたモノであるらしい。

 柄にマテリアル生成器が埋め込まれ、水分子を生みだして刃を無限に発生させることができるそうだ。

 


「何か………ロマンだな」


「ああ、俺も最初は良く使っていたんだが………」



 ハザンはそう言って、剣の柄を握り、ぎゅっと下へと引っ張る。


 するとその柄がグンと伸びて、まるで槍のような形へと変化。



「おお! 槍になった………」


「槍と言うよりはグレイブだな。突くよりも切ることがメインだ」


「薙刀みたいなものか」


「ヒロは槍を主武器にしていたからな。これなら近い感じで振るえるだろう」


「いいのか、これを貰っても? 結構便利そうだけど………」



 グレイブの形状となった発掘品を受け取りながら、その性能に気後れを感じてしまい、思わずハザンへと再確認。



 まあ、これは形式上でしかない。

 そんなことはしないと思うが、今更ハザンに引っ込められても困る。

 なぜなら、この品からは宝貝の気配がするのだから。


 

 ハザンはそんな俺の意図を知ってか知らずか変わらない様子で事情を説明。



「便利なのは便利なのだが………、機械種相手には使いにくくてな。見ての通り刃は鋭いんだが、機械種の重装甲を切断できる程じゃない。固すぎる装甲には歯が立たないんだよ。刃は何度欠けても再生するが、それくらいなら打撃武器を使った方が早い」


「なるほど、中量級以下、それも、装甲の薄い後衛機にしか通用しないのか」


「技量のある奴なら重量級の装甲の隙間を狙う、ということもできるんだろうが………、俺には無理だな。力一杯ハンマーでぶん殴る方が向いている」


「そうだろうなあ…………」



 重量級の装甲を切断できる武器は少ない。

 発掘品の中でも剣身に重力刃か空間刃を纏わせないと一刀両断というわけにはいかない。

 

 そういった発掘品は超貴重。

 超高熱で焼き切る感じのヒートソードや、装甲を突き破って中へと電流を流し込むタイプならそこそこあるのだけれど。


 だから前衛を担う狩人や猟兵の武器は鈍器に偏る。

 ルガードさん並みの技量が無いと機械種相手に刃物で戦うのは難しい。


 もちろん、副武器として刃物を装備する狩人や猟兵は多い。

 何しろ敵は機械種だけでは無いのだから………

 


「んん? これってひょっとして、対人武器でもあるのか?」


「ああ、そう言われるとそうだな。人間を切った後に付着した血や脂を気にしなくても良いし」



 水の刃なら洗い流すか、もう一度生成しなおせば一瞬で新品。

 続けざまに何人もの人間を切り殺すことができるだろう。



 俺もハザンも割と物騒なことを言っているが、この商売、人に恨みを買うは不可避なのだ。

 誰かが儲けるということは、誰かが儲けられなくなったと同義なのだから。



「うん、ありがとう。色々使い道がありそうな武器だ。大事にするよ」


「そうしてくれると助かる。何しろ親の遺産の一つなんだ。ヒロが上手く使ってくれるなら、その方が良い…………、会えた時の自慢話に使えるからな」


「………………」



 ふとハザンが漏らした言葉。

 以前、聞いた話ではハザンの両親は『砦』の攻略中に行方不明になっているらしい。

 流石にもう生きてはいないようだから、ハザンの『会えた時』というのは、『砦』を攻略してその跡地に墓を建てた時であろう。


 

 『砦』の攻略は困難だ。

 まずは辺りに展開するレッドオーダーの群れを駆逐しなければならない。


 まずは砦から次々と供給されるレッドオーダーを殲滅。

 地上に打ち建てられた『砦』部分を攻城兵器で破壊。

 ここまでは猟兵団の仕事となる。

 

 後は通常の巣と同じように地下へと潜り攻略。

 当然、最奥に控えるのは紅姫。

 それを討伐するのは狩人の仕事。

 

 猟兵と狩人が力を合わせて行わなければならない作業。

 当然、狩人であるハザン1人でできるはずもないから、必ず猟兵団に頼る必要がある。


 若しくは、猟兵団に勝る従属機械種の軍を編成するか…………

 



「ハザンは機械種使いになりたいか?」


「ん? 何だ、藪から棒に………」


「いや、ちょっと気になって………」



 つい、口に出してしまったが、思えば少々無神経な質問だったかもしれない。


 先ほどの勝負で大怪我を負ったハザン。

 あの時、俺が何も聞かずに仙丹を使用していたらハザンは機械種使いになれただろう。

 


 ふと、そんなことが頭を過り、思わずしてしまった質問なのだが………



 俺は機械種使いで、ハザンはそうではない。

 これは努力でどうにかなるモノではなく、生まれつきでどうしようもないことなのだ。


 持つモノが持たざるモノへと質問する内容では無いだろう。

 『機械種使いになりたいか?』と問われたら、『なりたい!』と答えるのが当たり前。



 しかし、ハザンの答えは俺の予想から少し外れており、



「なりたいとは思うが、アルスとの関係を考えると、そうでない方が良いのだろうな」


「……………ああ、そうか。それがあったな」



 ハザンの答えに少し考えてから納得する俺。


 即ち、一つのチームに2人の機械種使いがいると高確率でチームが崩壊するというジンクス。


 いや、ジンクスというより、傾向というべきだろうか?


 従属機械種はマスターを第一に優先する。

 だから機械種使いが1人のチームは、その機械種使いをリーダーと仰ぎ、そうすることで人間と従属機械種とが意思統一を図ることができる。


 しかし、同じチームに機械種使いが2人で、それぞれに従属機械種がいるとなると、機械種使い同士の意見が分かれた時に分裂しやすい。

 マスターを絶対とする従属機械種達が自分達のマスターの意見を支持する為だ。


 これはチームに3人以上の機械種使いが集まっても同じことなのだが、多数の意見が混じることで1対1のぶつかり合いになることが少なくなり、機械種使いが2人の時よりはマシなのだそうだ。

 

 だから1つのチームに2人の機械種使いというケースは少なく、もし、そうなのであれば、よほどの力量差がある場合だけ。


 もし、ハザンが機械種使いになって従属機械種を率いるようになると、アルスとの関係がどうなるかは分からなくなる。


 すぐに険悪な雰囲気になるわけではないだろう。

 アルスもハザンも良い奴だし、揉める要素なんて…………トライアンフぐらいだろうか?


 でも、ハザンが従属機械種を揃えていくと、どこかで歪みが出てくるかもしれない。

 それを鑑みて、ハザンはそのように答えたのであろう。


 もちろん、『機械種使いになることなんてできない』とわかっているからこその答えなのだろうが……… 

 


「まあ、機械種使いでなくても、街中でなら従属したままにできるからな。いずれマテリアルを貯めて、ムッチリボインボインの女性型を手に入れてやるさ。帰ってきたら優しく膝枕してくれるような…………」


「お前なあ………、もうちょいデリカシーを学ぼうぜ」



 少し微妙になった雰囲気を吹き飛ばすようなハザンの軽口。

 それが分かっていても、俺は突っ込まずには居られなかった。

 



 






 その日の夜。

 見渡す限り人っ子一人見えない無人の荒野。

 バルトーラの街から数十kmは離れた地点。


 白鈴を照らして機械種インセクトを退けた後、ハザンから貰った発掘品のグレイブを七宝袋から取り出す。


 隠蔽陣を広く展開して、防諜対策を行い、準備は万端。

 周りで見守るのはいつもの面子。

 悠久の刃、全員が揃って参加する新しい宝貝のお披露目の場。



「多分、攻撃的な宝貝になると思うんだけど…………」



 水の刃を生やしたグレイブをしげしげと眺めながら、思いつく限りの予想を口にする。



「形状は長柄武器なんだよな。有名な長柄武器で宝貝と言えば『火尖槍』だな。那咤が使っていた。でも、あれは槍だし………、しかも属性が正反対。あとは楊戩が持っていた『三尖刀』………ちょっと遠いな。あとは………」



 色々考えてはみたものの、結局、宝貝化してみるまで何になるのか分からない。

 でも、どんなモノが手に入るんだろうと想像している時が一番楽しい。



「何にせよ、間違いなく宝貝の気配があるんだから、新しい宝貝が手に入るのは間違いない」



 あまり皆を待たせても悪い。

 そろそろ宝貝化を行うとしよう。

 


「さあ、新たな力を宿して、俺の力となってくれ」



 グレイブを片手に持ち、腹の底から仙力を引き上げて注ぎ込む。


 この世界では発掘品と呼ばれる一本の武具。

 しかし、仙界の力を注ぐことにより、現実から幻想へと所属する世界を強制的に塗り替えられる。

 

 構成する金属。

 内蔵されたマテリアル機器。

 柄に巻かれた皮に至るまで、その全てがこの世非ざるモノへと変化するのだ。



 そして、生まれるのは神秘。

 

 仙人のみが使用する秘宝、宝貝へと。




「宝貝『冷艶鋸れいえんきょ』」





 その瞬間、グレイブであった武具の形が変化。


 透明なガラスのように見えた水の刃が冷たく輝く氷の刃のように。

 また、その刃の大きさも一回り大きく広く。


 柄の部分が鉄色から凄烈な青へ変色。

 また龍の鱗模様がビッシリと刻まれた。


 まるで竜そのものかと思う程の存在感。

 手に握っているだけで竜の息遣いが聞こえてきそうな迫力。


 響いてくるのは重々しくも猛々しい神将の声。



『汝、勇は無し、志も無し、狡知にして姑息。されど、誼を通じた者を守ろうとする気概あり。それは義という。後生大事に守り続けよ』




 なんかいきなり盛大にディスられたんだけど………

 



「キィキィキィッ!!!」




 お!

 何か背後で廻斗が大興奮してる。


 それもそのはず。

 廻斗は関羽フリークなのだ。

 

 俺の手の中の宝貝『冷艶鋸れいえんきょ』は三国志で活躍した蜀の武将、五虎大将軍筆頭、関羽が持っていたとされる『青龍偃月刀』の別名。


 

「まさか、『冷艶鋸れいえんきょ』になるとはなあ…………」



 厳密に言うと『冷艶鋸れいえんきょ』は宝貝では無い。

 しかし、そのネームバリューで言うと、『倚天の剣』よりもずっと上。

 しかも、その持ち主である関羽は中国では神様になっているのだから、そこに宿る神秘は宝貝になるに相応しいモノであろう。



「さて、能力は………」



 さっと、右手で『冷艶鋸』を構えてみると………

 

 

 辺りの気温が一気に低下。

 

 俺の足元が一瞬で凍り付き、水面に白インクを垂らしたかのように何十メートル先まで円状に氷気が広まっていく。


 風が巻き起こり、猛烈な吹雪に。

 気温はすでに氷点下を軽々下回り極寒の地へ。


 あっという間に、辺りは氷原と化した。

 草木が凍り、生き物が活動できぬ死の荒野へと早変わり。

 



 そして、『冷艶鋸』に秘められた力を解放すると、




「吼えろ! 『冷艶鋸』!」




 その瞬間、俺の頭上に長さ何十メートルもの氷竜が出現。

 

 その息は冷たく輝き、

 その目は蒼く光り、

 その鱗は煌煌と青白い光を放って………



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!



 氷竜が吼えた。

 

 その息吹は猛烈な超冷気を噴き出し、遥か先へと流星のように突き進む。



 その後に出来上がるのは氷で造られた万里の長城。

 数キロ先まで届いてしまった氷晶の飛沫。

 



「いや、デカすぎるだろ」



 

 造られてしまった氷の建造物もそうだが、

 突然、現れた氷竜もそう。


 一体、これだけの氷を作るのに、どれだけの水が必要なのやら………


 ここまでの大量の氷が造られるほど、大気中に水分が存在するわけがない。

 おそらくは超冷気と氷を出現させることに特化した氷属性の宝貝なのであろう。

 



「後で溶かすのが大変だな。ここは火竜鏢を使って…………………なるほど、これは『火竜鏢』と対になる宝貝か」



 

 『冷艶鋸』に俺の武術の腕を上げてくれるような能力は無い模様。

 そんなに優しい宝貝では絶対に無い。

 『火竜鏢』と同じく、遠距離攻撃手段として利用しよう。


 ただ、攻撃しかできない『火竜鏢』と異なり、『冷艶鋸』は物理的な壁となる氷を出現させることができる。

 『宝蓮灯』でも氷を出すことはできるが、数秒時間を取られる口訣が必要。

 さらに効果も範囲も氷属性に特化した『冷艶鋸』の方が上。


 そりゃあ、ソレに特化しているのだから当たり前なのだが。



「属性が氷なのは『冷艶鋸』という名前からか? それとも………」



 『冷艶鋸』が鍛冶師によって造られた際、青い竜がその刃に宿ったという逸話がある。

 あの出現した氷竜はその青い竜を現しているのであろう。


 だが、青竜は属性で言えば『木行』に属していたような………

 やっぱり『冷艶鋸』という名前からであろうか?

 

 


「まあ、いいか。これで宝貝での攻撃属性として『氷』が手に入ったし」




 『火竜鏢』の『火』

 『金鞭』の『雷』

 『降魔杵』の『重力』

 『定風珠』の『風』


 そして、『冷艶鋸』の『氷』


 

「あと足りないのは…………『大地』? 『木』? 『金』? いや、『空間』か」



 何でも斬る『倚天の剣』がソレっぽいが、アレはどちらかというと『概念』であろう。

 しかも、近接武器。技量サポートが無いから当てるのが大変。



 さて、俺の手に『空間攻撃』系の宝貝が入るのはいつの日か………


 

 

「さあ、これで宝貝のお披露目は終わり。明日は購入した資材の搬入、それから………」



 

 アルス達に宝貝の材料をお願いするのはお別れ会の時でいいだろう。

 あと、バッツ君やマリーさん、ミエリさんやガミンさんにも頼んでおきたいな。


 ああ、あと………



「あ、やべ。白の遺跡に早くいかなきゃ………」



 刃兼のダブルになるまでの経験値を打神鞭の占いで調べた所、もうダブルになることができると出たのだ。


 白の遺跡まで半日近くかかることだし、空中庭園と浮遊島のドッキング作業もある。

 予想外のトラブルを考えれば、早めに出立した方が良いに決まっている。

 

 少なくとも試験の終了日前日までには帰ってこなければならないのだから。

 


「資材の搬入が終わったらさっさと出かけるか。変なトラブルに巻き込まれないうちに………」





『こぼれ話』

辺境では狩人チームでは機械種使いが1人だけ、そして、その者がリーダーをしているケースがほとんどです。手に入れた機械種を誰が従属させるかで揉めることもありませんし、指揮系統がはっきりしていて統制が取りやすいという利点もあります。

機械種使いの才能は20人に1人なので、チームに複数入れるということが難しいという理由もありますが。

また、中央に行けば事情も少し変わってきます。

厳選された人材が入ってきますので機械種使いの割合も多くなるようです。



※書き溜め期間に入ります。

次の更新は4月6日(土)を予定しております。



※サポーター様向けに近況ノートへ閑話を投稿しております。


『閑話 浮楽の散歩3(全員集合! 月光曲芸団)』


ご興味があればぜひご覧ください。

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