第661話 相対2


 ハザンに率いられるように、街の中心部から町外れへと移動する俺達。

 

 辺りから街の喧騒が少なくなり、やがて完全に人気が無くなった所で、ハザンはようやく立ち止まった。



「この辺りで良いか…………」



 ざっと辺りを見回し辺りに人気が無いことを確認した後、俺の方へと向き直り、



「ヒロ、ここで構わないか?」


「んん? ああ………、誰も見ていないし………、いいよ、ここで」



 念のためにタキヤシャや刃兼に確認させると、俺達の後を付けているような輩も居らず、辺りに不審な人物も見当たらない様子。


 この場に廻斗と胡狛だけを残し、秘彗、刃兼、タキヤシャの3機を三方に派遣して誰かが入ってこないよう見張りをさせる。

 

 別に疚しい事をする訳では無いのだが、それでも無断で俺とハザンの勝負を見物されるのも気分が悪い。


 

「すまないな。俺の我儘で時間を取らせてしまって」


「俺とお前の仲だ。それぐらい全然構わないさ。それに元は俺のお願い事が切っ掛けだし………」



 俺からお願いした、プレゼントのオネダリ。

 宝貝の原材料を調達する為だ。

 この半年間、誼を結び、共に戦場を潜り抜けた戦友といっても良いハザンからの贈り物なら、宝貝の条件を満たすはず。

 

 そして、ハザンから代わりに持ち掛けられたのが俺と一勝負。


 俺があと1週間少しでこの街から発つと分かり、次に会えるのがいつになるのかさえ不明。

 となると、ハザンとしてはどうしても我慢できなくなったらしい。


 俺と言う『最強の狩人』相手に自分の力がどこまで通用するのかを確かめたいと。


 もちろん勝負と言っても練習試合の延長。

 殺し合いでも無ければ、武器を使うことも無い。


 素手と素手とのガチンコ勝負。

 不器用で男臭いハザンに相応しい勝負方法。



 武器を使わないのは当然であろう。

 機械種同士の模擬戦と違って、人間だとどうしても動きにブレが生まれてしまう。


 ほんの些細なミスが相手の命を奪いかねないのだ。

 鈍器でも当たり所が悪ければ死んでしまうのが人間。


 まあ、俺もハザンも少々当たり所が悪いぐらいでは死にそうにもないけれど。

 特に俺は一日中、ハンマーやこん棒で殴られ続けても傷一つつかないし。



「こんなお願いができるのも今の内だけだったからな。俺達が中央へ行く頃にはヒロがもう手の届かない所にまで到達しているだろう。だから、今しかチャンスがなかった」


「俺がどんな立場になろうとアルスやハザンは友達だよ。気にせずに話しかけに来てくれよな………マジで」



 ここまで仲良くなったアルスやハザンに、いきなり素っ気ない態度を取られたら、絶対に酷く落ち込むだろう。


 それにこのバルトーラの街のように、新天地でも上手く人間関係を築ける自信が無い。

 

 何となく、周りから浮いてしまって、周りから遠巻きに眺められているだけの自分が想像できてしまう。


 そんな中、友達と思っていたアルスやハザンにまで、知らない人のフリをされてしまったら………


 

 ひえっ! 怖い!


 

「むしろ俺の為に積極的に話しかけに来てくれ! 立場が変わったからと言って、絶対に無視するのは無しな! 白ウサギの騎士は寂しいと死んじゃうんだから! アルスにも言っておいてくれよ! 頼んだぞ!」

 

「…………本当にヒロはおかしな所でメンタル弱いな」



 俺の必死なお願いにハザンは少々呆れたような顔を見せてくるが……


 不意にナニカを思い出したかのようにプッと噴き出し、思い出し笑い。



「プッ………、ハハハハハハッ! ガイの言っていたのはコレか! 確かにヒロが英雄然としていたら、今のような関係は築けなかっただろうな。ヒロはヒロだからこそ、ああした馬鹿騒ぎもできるし、俺もこうして気軽にお願いもする。ハハハハハ、本当に人の縁というのは面白い」


「え? 何? 俺、馬鹿にされてる?」


「いや、ヒロはヒロのままでいてくれという一狩人の願いだ。お前がお前である限り、俺は態度を変えないことを約束しよう。多分アルスも同じだろう」


「まあ………、俺を無視しないのなら良いけど………」


 

 俺の性格はそんな簡単に変わりそうにない。

 だからきっと中央に行ってもアルスとハザンは友達のままであろう。









 


 そして、対峙する俺とハザン。


 俺は黒のパーカーとジーパン姿。

 ハザンは普段着に近い恰好。


 互いに武器を持たず防具も着こまない状態なのだが………

 

 

「ハザン、万流衣を纏ったらどうだ?」


「んん? ………流石にそれはハンデの貰い過ぎだろう?」


「いや、俺もこのパーカー着ているし」



 パーカーの前部分を両手で掴んでパタパタ。

 

 弾丸や粒子加速砲が飛び交う戦場を何度潜り抜けてなお、傷一つつかない俺が着こむ黒のパーカー。

 どれだけ言い訳をしようが、このパーカーが普通の品でないことは誰の目にも明らか。



「…………なるほど、それもそうか」



 俺の言葉を聞き、納得したらしいハザンは腕輪を操作して『万流衣』を起動。

 瞬く間に灰色と深緑色がハザンの身体を覆い尽くし、アメコミヒーローのようなスーツが完成。

 

 あらゆる属性への耐性を備え、加えられた攻撃を学習してその属性への耐性を増す能力を持つ自動万能防具。

 さらに破損した部分をオートで再生する能力も完備した、ハザンの為に造られたような発掘品。

 


「う~~ん、カッコ良い。俺も変身グッズ欲しいなあ」


「変身することで自分の精神状態を切り替えられることがメリットだな。ただこの格好で女の子を助けても、自分だとアピールできないところがなあ………」



 俺が漏らした感想に仮面の下から本音をぶっちゃけるハザン。

 正にヒーローにあるまじき発言。



「おい! 恰好はヒーローっぽいのに、私欲に塗れたことを言うな!」


 

 相変わらずハザンは女の子関係に関しては俗っぽい。

 普段、生真面目で武骨な武人の雰囲気を漂わせているのに、女の子が絡むとすぐに中学生レベルの思考に戻る。


 こういった所がコイツがモテない原因だろうな。

 俺も人のこと言えないけど。









「キィッ!」


 

 俺とハザンの間に立つ廻斗が試合開始を告げる役目。


 そして、胡狛がこの勝負の勝利条件に付いて改めた確認。



「勝負は武器を使わない『何でもありバーリトゥード』。目潰しと金的のみ禁止です。勝敗条件はギブアップの他はダウンでテンカウントを取らせていただきます。ご両者とも、それでよろしいですか?」


「ああ」

「わかった」


「では、カイトさん……」


「キィ~~」



 胡狛が廻斗に声をかけてから後ろに下がる。

 

 廻斗はフワフワと空中に浮かびながら、片手を上に上げて……



「キィッ!!」



 その手を振り下ろしたと同時に試合開始。




「行くぞ、ヒロ!」



 試合開始と同時に殴り掛かって来るハザン。


 見た目ピッチリスーツに身を包んだ筋骨隆々の大男。

 

 瀝泉槍を持たない俺だと、その迫力に呑まれて身動き一つ取れないまま……

 

 

 


 だったので、とりあえず思考加速を行い、

 一時タイムを挟んで心を落ち着かせる。




 ふう…………


 試合だと分かっていてもやっぱり怖い。

 ハザンは友人だけと、殴り掛かられるとそれだけでビビってしまう。


 

 灰色の空間で緩慢に動き続けるハザンを見ながら、自らの精神力の貧弱さを改めて実感。


 

 ハザンから勝負を持ち掛けられた時、俺にとっても対人戦の経験を得る良い機会と思ったのも事実。

 特に瀝泉槍や莫邪宝剣を持たない戦闘経験は無きに等しいのだ。


 さらに言えば『俺の中の内なる咆哮』の力も借りず、素手で人間と戦ったのは、エンジュとの旅の途中で『夜駆けの雷』のカイネルとの勝負が最後。


 これから向かう中央では、武器を持つことを禁止される場所に訪れることがあるかもしれない。

 その際に頼れるのは溢れんばかりに存在する『最強』のパワーのみ。


 戦闘技術を持たない素人のパンチやキックでどれだけの戦闘力を発揮できるか不明………というか相手次第。

 また、周りに見物人がいるならあまりに不自然な力技を見せるわけにはいかない。


 その時に役に立つのがこの『思考加速』。

 この街に来てから使いこなすことができるようになったチート技。


 今のように思考加速を行うことで相対的に相手の行動を遅くさせることができるのだ。


 疑似的な時間停止にも近い大技。

 ただし、大気中では身体の動きが制限されるので注意が必要。

 

 思考加速したからといって、身体まで加速する訳では無いのだ。


 それに『駆ける』『剣を振る』等の一行動だけならともかく、継続的に思考加速状態のまま戦闘を行おうとすると、些か問題も発生してくる。


 俺の思考加速の速度は一定ではないから。

 意識的に操作している訳では無く、勝手に速くなったり遅くなったりを繰り返す。


 すると、俺の行動速度と合わなくなってくるのだ。

 下手をするとその場で躓いたり、転んだり………

 

 この思考加速を戦闘で使いこなすには、教官にも言われた通り、長い訓練が必要である模様。

 だから今回の勝負では、この思考加速を使っての実験を行わせてもらう。








「だあ!」



 鋭い発声と共にハザンの拳が振るわれようとして、



 ブンッ!



 正面からのパンチを囮としたローキックが俺の足元へと迫る。



 もちろん今の俺には悠々と回避できる速度。

 ヒョイッと一歩後退してローキックを交わす。



 すると、ハザンは躱されたキックをすぐさま軌道修正。

 そのまま前にドンっと踏み込み、今度は振り上げた拳をそのまま叩きつけてくる。



 ブンッ!

 ブンッ!



 ボクサーのように軽くスウェイで躱す俺。

 ワン・ツーとハザンの振るわれた拳が俺の目の前で空を切る。


 

「ぬっ!」



 業を煮やしたハザンは巨体を活かして覆いかぶさるようなタックルをしかけてくる。

 確かに俺とハザンの体格差であれば、有効な手段であろうが………



 男に押し倒されるのは嫌なので全力回避。

 身を屈めながらハザンの脇をすり抜けるようにして脱出。



「なぜ当たらん!」



 幾度も攻撃をスカされ、苦渋の声を漏らすハザン。 


 

「なんであんな避け方ができる? 格闘技の『か』の字も無いようなお粗末な構えだというのに………」



 悪かったな。

 格闘技の『か』の字も無くて。



 少し距離を置いた所でソレらしい構えを取っている俺。

 お粗末な構えと言われてちょっとだけ落ち込みそう。



 まあ、ハザンの言いたいことも良く分かる。

 今まで学んで来たセオリーが通用しないからこそ困惑してしまうのだ。


 しかし、いかにハザンが格闘戦に秀でていたとしても、速度がここまで違えば、攻撃が当たるはずもない。

 俺自身、格闘戦には不慣れだが、向かい来るスローモーションのパンチやキック、タックルを避けるぐらいは余裕。

 

 つまり防御や回避の技術をすっ飛ばして、速度だけで躱しているのだ。

 これは対人戦ではなかなか無い現象であろう。


 俺みたいな躱し方をする奴の方が異常なのだ。

 決してハザンが未熟な訳ではない。




「当たらぬなら…………、当たるまで攻める!」


「お、そう来たか?」



 ハザンは覚悟を決めたように、勢いを付けて突っ込んでくる。


 まるで猛牛の突進。

 双角を振り回すかのごとく、両の拳を振るい、連続した蹴りを放つハザン。

 

 その猛攻の前には中量級の機械種ですら一方的に粉砕できそう。

 肉弾戦車とも言うべき破壊力の権化。

 ブーステッドによって人間を超えた肉体を持つ強化人間ならではの戦法。

 

 対して俺は、攻撃が当たりそうな箇所を確認してから落ち着いた行動を以って回避を試みる。


 当然ながらここまでして攻撃が当たるはずが無い。

 

 身体の動きだけでスイスイと攻撃を躱す。

 ハザンの拳や蹴りをギリギリまで引きつけて紙一重で回避する余裕が生まれるほど…………



 クイッ


「あっ!」



 やられた。

 ギリギリで回避したと思ったハザンの拳。

 その小指が俺のパーカーの裾を引っ掛けた。



「取った!」



 その指の動きだけで俺の行動を制限………

 というか、予想外なことが起きて俺が一瞬戸惑ってしまったのだ。



 もしかしたら、先ほどまでの猛攻はこの動作を行う為の欺瞞だったのか………



 ハザンはその隙を見逃さず、グッと身を屈めて俺の懐に入ると、



 『背負い投げ』



 俺のパーカーを掴み、そのまま自分の全体重で以って俺をブン投げようとして、




「な! …………動かん!」




 俺を投げようとした体勢のまま、ピクリとも動かない俺に愕然とするハザン。


 

 強化人間のハザンの膂力を以ってしても、闘神である俺を動かすことはできない。

 この両足が地面に付いている限り、どのような『力』であれ、俺を小動もさせることはできないのだ。


 ここにトラックが全速力でぶつかって来ても、俺は1ミリも動かない。

 たとえあの全長1km以上の空の守護者であっても不可能。

 


 まあ、俺がジャンプしたりして地面から足が離れていると、普通に飛ばされるんだけどね。

 危ない! となると、つい、後ろや横に飛んで逃げる癖があるんだよなあ……

 



 おっと、今はハザンとの勝負中だ。

 さて、この状況、どうしようか?



 咄嗟に入った思考加速状態。

 俺を背負おうとして固まった状態のハザンを見下ろしながら、どうしてやろうかと思案。


 

 先ほどから攻撃を仕掛けられる一方であったが、そろそろ反撃が必要なタイミング。


 しかし、俺が直接殴ったりするのは出来るだけ避けたい所。

 万が一威力調整をミスったら、あっという間にハザンだった肉塊が辺りに散らばってしまう。


 あの『血染めの姫』のように、散らばった肉片が集まって再構成するほど、ハザンが人間を止めているようには思えない。



 ああ、思い出しちゃった。 

 未来視のことだけど、アレは俺のトラウマの一つなんだよなあ……


 

 脳裏に描いてしまった記憶の中だけの凄惨な光景。

 うんざりとしながら頭の隅へと追いやって………




 あれ?

 ハザンのこの体勢。

 もし、ここに力を入れたら………



 ふと、自分を投げようとするハザンの身体に視線を落とすと、


 その身体に纏わりつく『力』の流れのようなモノが見えた。


 何となくその『力』の流れを変えられそうな気がしてきて………



 あ、これは前にも感じたことがあるような………いつだっけ?

 でも、この技の名前だけは憶えている。



 『化勁』



 中国拳法において、攻撃力を吸収する身法。

 所謂ベクトルのコントロール。

 気の流れを操作して、敵の力の動きを封じたり、減じたりする太極拳にも取り入れられている技の一つ。



 『闘神』である俺はこれを使うことで、このようなことも………

 

 

 俺のパーカーを掴むハザンの手にそっと触れて引き剥がす。


 そして、ハザンの手を掴んだまま力の流れを誘導。

 そのままクルンと力の流れを反転させてやれば、




 ブンッ!!



「うおっ!!」




 ハザンの身体だけが前へと吹っ飛んだ。

 まるで自分自身の力が返って来たような勢いで。


 ゴロゴロと地面を10m以上も転がった様子。 

 だが、ダメージは大したことが無さそう。


 理由もわからずに吹っ飛び、多少の混乱状態であろうが、すぐに立ち上がって再び構えるハザン。

 

 その顔に不可解という表情を刻みながら。

 

 

「なあ、ヒロ。聞いてもいいか?」


「何?」


「何で俺はヒロを投げようとして………、なぜ自分が吹っ飛んだのだ?」


「う~ん…………」



 ハザンからの真面目な顔での質問。

 かなり真剣な様子だからできれば嘘をつきたくない。



「ハザンは自分の力で吹っ飛んだんだよ。俺がそうしたんだけど?」


「自分の力で?」


「そう。これは『化勁』と言う技で、相手の力の流れをコントロールして返すんだよ。だからハザンは吹っ飛んだ」


「………………理解できないという事が分かった。あともう一つ。何でヒロの反応速度はバラバラなんだ? 攻撃する度に異なるからやりにくくて仕方がない」


「あ~~、それはなあ~~」



 俺の思考加速が一定でないことが原因なんだけど、流石にそれは話せないから………



「…………そういうスタイルなんだよ。『無拍子』という。わざとリズムを作らず、バラバラに反応することで相手の拍子を崩すんだ」


「…………………なるほど。よく分かった」



 俺の説明に5秒程考え込んでいたハザン。

 やがてどこか達観したかのような表情を見せてポツリ。



「ヒロの武術の腕はあの『槍』から付与されたモノだと思っていたんだが………、単にスタイルが違っていただけなのか。『槍』の時は古豪のような隙の無い構え。逆に『武器を持たない無手』の時はまるで素人のような自然体。本当に酷い落差だ。分かれと言う方が無茶だぞ」


「え? 何のこと?」


「もうヒロの中ではそれが当たり前になっているんだな…………、『化勁』に『無拍子』か? 他にどんなビックリ技があるか聞いてもいいか?」


「ん~~? ビックリ技と言われると………」




 記憶を探り、小説や漫画の設定から素手武術のトンデモ技を検索。


 すると、ポンと出てきたのは、未だ使ったことも無い素手武術における有名な遠距離攻撃手段。


 かつて単体遠距離攻撃手段を求めていた俺が、なぜそれに気づかなかったのかと自問してしまいそうになる程のメジャーな技名。

 

 同じような技である『気賛』よりも使いやすいだろう。

 もっと早く身に着けていれば、と少しだけ後悔。



 

「いいぞ。見せてやる。でも、かなり痛いと思うぞ」


「ああ、構わない。武の頂点を俺に見せてくれ」



 そういうと、両腕をクロスさせた構えを見せるハザン。

 

 どうやら俺の技を受けきるつもりのようだけど…………



 あの万流衣とハザンの再生力があれば大丈夫か。

 万が一は仙丹を使って治してやろう。


 

 グッと足を広げて腰を落とす。

 左を前に翳して、右腕を腰の横に引く。


 真っ当な正拳突きのスタイル。

 これ以上ないほどの正当な構え。



 狙うはハザンの腹辺り。

 最悪、頭と心臓さえあれば何とかなるから。


 でも、込める力は最小限。

 精々、衝撃を走らせるくらいでちょうど良い。




「行くぞ、ハザン!」


「ああ、来い!」


「…………破っ!」 



 裂帛の気合と共に足を踏み込み、右拳を前へと突き出す。


 そして、生まれるのは目に見えない衝撃波。

 いや、『気』や『オーラ』と呼ばれるモノかもしれない。

 だが、空を飛び、離れた敵を倒す技には違いない。


 何のことはない。

 これぞ、中国拳法でも幻とされた『百歩神拳』。

 百歩離れた敵を倒す所からそう名付けられたらしい。


 日本の武術では『遠当て』とも言われる奥義。

 ならば俺はこの技を『遠鳴拳とおなるこぶし』と名付けよう。




「…………ぐはっ!」




 ハザンが呻き声と共にうつ伏せに倒れ込む。

 

 俺の『遠鳴拳とおなるこぶし』を受け、腹部分の万流衣が消し飛んだ。

 さらにその身体を貫き、背中部分までも。


 


「ハザン! 大丈夫か?」




 すぐにハザンへと駆け寄っていく俺。


 試合はあの倒れ方でもう決着であろう。

 テンカウントを待つまでも無く、完全なノックアウト。



 しかし、今はそんな勝負の勝ち負けよりハザンの無事が心配。


 ハザンを抱き起しながら容態を確認。


 すると、ハザンの剥き出しとなった腹部分が赤黒く変色していた。

 おそらく俺が放った衝撃が内臓をグチャグチャにしてしまったのかもしれない。



「今すぐ薬を………」


「いや、いい。大丈夫だ。これぐらいなら30分もあれば再生する」



 仙丹を作りだそうとした俺。

 しかし、ハザンは口調だけは何でも無い様子で返事。


 

「ハハハハ、凄いなあ。確かにビックリ技だ。防御したつもりなのに、腹の下がズンと来た」


「あんまりしゃべるな。血が喉に詰まるぞ」


「……………ヒロは東方の生まれなのか? 東方にはそういった不思議な技を使う達人がいるという噂だが………」


「さあな。それより少し休め。頭を置くぞ………、悪いが膝枕はしてやらんからな」


「俺もヒロの膝枕は御免だなあ………」



 減らず口を叩くハザンをゆっくりと地面へと仰向けに寝かせてやる。


 

 すると、今まで遠巻きに試合を眺めていた廻斗と胡狛が近づいて来て、



「キィ?」

「ビショクさんを呼びましょうか?」



「いや、30分くらいで再生するそうだ。しばらくこのままでいさせてやろう」



 俺の言葉に廻斗と胡狛は納得。


 あとは30分程ここに待機。


 廻斗には周りを警戒中の秘彗達を呼びに行かせる。


 そして、胡狛は亜空間倉庫からクッションを取り出してハザンの頭の下に敷き、口元から溢れた血を拭うなどして看護。


 そうした甲斐甲斐しい胡狛の動きを、仰向けに寝たままのハザンが目で追いながら、ポツリと一言。



「いいなあ、俺も女性型、欲しい」


「言っとくが、胡狛は俺のだぞ」


「俺の好みはボインボインだ。もっと育ったのが良い」


「………………ハザンさん。再生中の内臓に接着剤を混ぜるとどうなるか試したくありませんか?」


 

 ハザンの図々しい発言に、胡狛がニッコリと笑って、恐ろしい提案を口にした。



「申し訳ございません。怪我人の譫言とご容赦ください」



 仰向けながら蒼い顔をして胡狛への謝罪を口にするハザン。

 聞いたことも無いぐらいの格式ばった口調。

 


「ハザン、お前、馬鹿だろ」


「男は皆、女に関することは馬鹿になるんだ」



 俺とハザンの一勝負。

 

 最後はこんなバカ話で終了した。





『こぼれ話』

改造人間の強さは飲んだブーステッドの等級によって決まります。

最高位のブーステッドを飲めば最弱の人間から最強の人間になることも可能。

最初に服用したブーステッドが身体を作り変えてしまう為、後日、手に入ったより高位のブーステッドを服用しても効果はありません。

しかし、世の中には『アド』と呼ばれるブーステッドの追加オプション的な薬品も存在します。

これを飲めば多少なりと数値を変化させることができます。

また、身体を一部を異形化させる『アド』もあり、こちらは強化人間でなくても、コレ単体で効果が発現(腕だけ・足だけ)し、生殖能力が無くなるというデメリットが無い為、中央では利用者がそこそこいます。これは発現させたい部位に注射するモノです。

この『アド』は『ディフォーミティ・アド』と呼ばれます。



※サポーター様向けに近況ノートへ閑話を投稿しております。


『閑話 浮楽の散歩1(威力偵察)』

『閑話 浮楽の散歩2(機械種ハーリティ「鬼子母神」戦)』


 ご興味があればぜひご覧ください。

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