第659話 蓮花会3


 え? 源種のドワーフ!



 その聞き覚えのあるワードを耳にした瞬間、反射的に思考加速に入る俺。


 辺りの景色が白黒と化し、時間が止まったような空間へと早変わり。


 動揺を悟られないようにする為の俺の半ば反射的な行動。

 この思考加速状態であれば、時間をかけて記憶の底を掬い、焦ることなくじっくりと考えをまとめることができる。




 マダム・ロータスが探し求めているトーラさんは『【源種】の機械種ドワーフ』を連れていたと言う。



 源種は白色文明時代に造られた機械種の原型。

 巣やダンジョンの宝箱、白の遺跡くらいからしか手に入ることが無い希少種。


 もちろん人間が従属させているケースもあるがその数はごく少数。

 まだ高位機種なら白色文明時代から生き続けていてもおかしくないが、下位機種でしかない機械種ドワーフの源種なんて超希少。


 だけど、俺はその非常に珍しい源種の機械種ドワーフを知っている。


 当時は知識が無いことからさほど驚きもしなかったが………

 


 『チームトルネラ』のボス。

 初代トルネラの名と使命を受け継いだ源種のドワーフ。


 そして、今、その『トルネラ』の名を思い出し、

 マダム・ロータスから語られた『トーラ』さんの話を聞くと、

 両者に奇妙な共通点があることも思い当たる。



 まず『トルネラ』と『トーラ』。

 名前が似ているといえなくも無い。

 『ト』と『ラ』しかあっていないが、どちらかが仇名や愛称とすればおかしな話では無い。



 そして『チームトルネラ』が掲げる『主に女性を対象とした弱者救済』。

 それはマダム・ロータスが『トーラ』さんの意思を受け継いだという『蓮花会』と非常に似通ったモノ。


 

 そこに来て、『源種の機械種ドワーフ』というワード。

 流石にここまで揃えば、逆に無関係という方があり得ない。



 以上のことをまとめると、答えは容易に導き出される、。


 チームトルネラのボスは『トーラ』さんの従属機械種であった。

 そして、チームトルネラの創設者の名を受け継いだ。

 

 つまり、チームトルネラの創設者は世界一の緑学者であり、マダム・ロータスの親友でもある『トーラ』さんということ。

 それは、同時に『トーラ』さんがすでに亡くなってしまっていることを意味する。

 




 そうだよなあ………

 死んじゃっているよなあ………



 時間が極めてゆっくり流れる空間内。

 周りの誰もが静止した状態の中、俺は心の中だけで大きくため息。



 俺も初代トルネラのことは詳しく知らないけれど。

 しかし、すでに亡くなっているのは確か。


 チーム創設が40年も前の話で、ボスがその名前を受け継いだというのだから当たり前。

 それに、サラヤやジュード、トールから、初代トルネラが生きていた当時、チームトルネラはバーナー商会と対等な関係にあったと聞いている。

 そして、初代トルネラが亡くなってからチームトルネラの凋落が始まったと。


 もちろん、2、30年以上前の話だから正確な情報ではないのかもしれない。

 色んな勢力に追われている身だろうから、自分の死を偽装する可能性もゼロではない。 


 だが、『トーラ』さんがもし生きていたとしたら、自分の従属機械種と自分で作ったチームをあのままの状態で放置していたとは考えにくい。

 俺が偶然チームトルネラに所属しなければ、間違いなく近いうちに崩壊していたのだ。


 マダム・ロータスの話では情の厚い人である様子。

 生きているなら、あの困窮状態にあったチームトルネラに何かしらの援助を行っていたはず。

 

 そもそも、『トーラ』さんの従属機械種であるボスがあの場に留まっていることが『トーラ』さんがすでに亡くなっている証拠かもしれない。

 マスターを一番とする源種の従属機械種が何十年もマスターと離れるのを良しとするわけがないからだ。



 やはり、『トーラ』さんはお亡くなりになられたのであろう。

 でも、その遺志は行き止まりの街の『チームトルネラ』で息づいている。

 そのことは喜ばしい事なのかもしれないけれど………



 だけど、そのことをマダム・ロータスに伝えるべきかどうか………


 正直に告げれば、マダム・ロータスは酷く落胆…………いや、あの入れ込み具合だと、一気に老け込んでしまうことだって考えられる。

 外見は変わらずとも心が老衰してしまえば、残るのは伽藍洞になった機人の機体だけ。

 そのままポックリと逝ってしまうということも………




 さて、どうするかね?


 思考加速状態の為、首を捻られない代わりに頭を捻る。



 俺にとってはマダム・ロータスは長生きしてくれないと困る。

 でも、トーラさんの従属機械種であったボスに会わせて、トーラさんの話を聞かせてあげたいとも思う。


 だけど、俺が勝手にボスの話をマダム・ロータスにするわけにはいかない。

 先ほどの話にも合ったように、マダム・ロータスが行き止まりの街に行くのは影響が大き過ぎる。


 それにボス自身の事情も分からないし、チームトルネラに迷惑をかけるわけにもいかない。


 俺にできることは、次に行き止まりの街に訪れた際、ボスにさり気なくマダム・ロータスのことを聞いてみるしかないだろう。

 

 もし、ボスがマダム・ロータスとの対談を望むなら場をセットしてあげても良いし………

 

 


 そうと決まれば、この場はすっとぼけるしかない。

 何を言われてもとりあえずは知らないふり。

 

 動揺していた気持ちを落ち着けてから、思考加速を解くと……

 



「………んだよ。軽量級だけと、ノービスタイプに匹敵する戦闘力を持つのさ」


「?!?!……………、なるほど………、それは凄いですね」



 マダム・ロータスの話の途中で思考加速を差し込んでしまった為、話の文脈が掴めなくなり一瞬混乱。

 とにかく話を合わせようと無理やりな相槌。



「なにせ世界一の緑学者だからね。今も昔もそれは変わらない。少なくとも私にとってはね」



 俺の返しに嬉しそうに笑みを浮かべるマダム・ロータス。



 ほっ…………

 どうやら不審に思われなかった様子。



 …………でも、メルランさんが少しばかり俺を訝し気な目で見つめてきている。

 眼鏡の奥からこちらを見る瞳は、まるで俺の底を見透かそうとするような……… 



 う~ん………

 これは真面目に話を聞いていなかったと思われたのかもしれん。



 突っ込まれないうちに、この話をまとめて…………



「トーラさんについてはだいたい分かりました。どこまでお役に立てるか分かりませんが、俺なりに情報を集めてみます」


「ああ、頼むよ。数々の奇跡を起こしてきた白ウサギの騎士のご利益に是非あやかりたいものだね」



 これでマダム・ロータスとの会談は終わりだろう。

 報酬は『保留』としたので、現物としてナニカを手に入れたわけではないが、それでも色々と貴重な話を聞けたと思う。


 世界一有名な機人、シティの市長ナタシア。

 その人が抱える過去事情。


 また、ウタヒメの供給源たる『リンゴの園』。

 

 どちらも普通に生きていれば決して知ることがない裏情報。


 さらに、複雑怪奇な中央のアレコレ。

 思った以上に中央は魔窟である様子。

 そんな人類社会の闇の部分を俺が泳ぎ切ろうとするなら、取り得る方法はたった2つ。


 権力者の庇護を得るか、徹底して距離を置くか。


 前者は益も多いが制約も増える。

 後者はある程度自由にできるのの、イザという時頼れるのは自分の力のみ。

 

 果たして、どちらが正解なのか………




「そうだ、ヒロ。このまま手ぶらで返すのは申し訳ないから、コレを持って帰りな」


「はい………、これは?」



 頭の中で得られた情報を整理していると、

 唐突にマダム・ロータスがナニカを差し出してきた。


 思わず受け取ってしまい、目線を落とすと目に入るのは2通の封筒。

 どうやらこれも紹介状である様子。



「1通は中央に点在する蓮花会の支店向け。大したことはできないが、困っている女子供がいるなら親身になって協力してくれるよ。私の名でヒロが信用できる狩人だと書いてある」


「はあ………」



 必要になるかどうか分からないが、一応貰っておいて損は無いモノ。

 

 蓮花会は秤屋としては中小。

 支店はそれなりにあるようだが、俺が所属するのは大陸有数の秤屋、白翼協商。

 しかし、蓮花会の設立理念が弱者救済なのであれば、困っている女性を助けた際に協力を得られるかもしれない。

 その時にこの紹介状が余計なステップを省略してくれるはず。



「もう1通は、藍染屋向けだね。中央で有名な『デザイナーズ』のさ。聞いたことがあるだろ?」


「それは確か…………、機械種の外装変更を専門とする………」


「そうだよ。ここの藍染は伝手の無いご新規を門前払いするからね。でも、これがあれば、すぐに新規オーダーも受け付けてくれるよ…………、例えば、そのヒスイやコハク、そっちの侍系や着物のお嬢ちゃんの外装を水着仕様にだってできるはずさ」


「え? み、水着?」



 激しく動揺する俺。

 思わず後ろを振り返り、立ち並ぶ秘彗達へと視線を送る。



 秘彗はビックリ顔で目を大きく見開き、自らの機体を覆い隠すように両手で自分をギュッと抱きしめる。

 乙女チックに見える恥ずかし気な態度が実にキュート。



 胡狛は満更でもない様子で俺の目を真っ直ぐ見返してきた。

 『水着ですか? マスターの如何ようにも………」といった具合に嫣然とも言える笑みを浮かべて。



 刃兼は頬を少しだけ赤く染めて恥ずかしそうに俯く。

 この中では一番スタイルが良いだけに水着姿も一番映えそうだ。



 タキヤシャは何も変わらず。

 ただぼーっと無表情に俺の目を見返すのみ。

 普段、身体の線が出にくい豪奢な着物に包まれているだけに、そのスタイルが気になる所。



 廻斗はキィっと一鳴き。

 空中に浮かびながら腰をツンと突き出しての魅惑のポーズ。

 水着なら任せて! と自信満々な態度。 



 いや、お前に着せるつもりは無いから!

 第一、お前は普段全裸だろ。

 今更水着なんて………


 まあ、海パンくらいは用意してやろう。




 廻斗はともかく、立ち並ぶ美少女・美女を前に俺は想像の大きく翼をはためかせる。

 すると、自然と頭の中に浮かぶ。水着姿となった秘彗達の姿。

 

 それは正しく俺が求めていた楽園の光景。

 俺の領土となった空中庭園の湖や、浮遊島の河原にて、水着姿で水遊びする女性型達を幻視。


 皆、外見は美女・美少女ばかりであるが、機械種であるが故にその服装は毎回同じモノ。

 秘彗が服の表面模様が変わるくらいで、服自体のデザインが大きく変わるわけではない。


 服ではなく装甲なのだから当たり前なのだが、中央の藍染屋である『デザイナーズ』は可変金属を使用することで、一時的に機械種の外装を大きく変更することに成功した。


 以降、『デザイナーズ』は機械種の外装だけを変更する専門の藍染屋へと軌道変更。

 中央ではこれを利用した機械種のデザイン変更がブームらしい。



 これは俺も乗るしかない。

 従属機械種に水着姿を追加するというビッグウェーブに!

 

 

「ありがとうございます! 『デザイナーズ』がある街に行ったら絶対に利用します!」


「あははは、喜んでくれて何より。あと、コレを以って、蓮花会が抑えていた『ヒロへの接触制限』を解除するけどいいかい?」


「へ? ………接触制限?」


「今回のダンジョン攻略でヒロが助けたのはアスリンチームだけじゃないだろう? 当然、他の秤屋もヒロへのお礼をしたいと思う訳さ。もちろん色んな思惑が入ったね。まあ、『鉄杭団』と『征海連合』のことなんだけど………」


 

 マダム・ロータスの言葉に、思い出すのはダンジョン内での出来事。

 

 地下35階で先行隊と合流した際、俺がブルハーン団長の孫娘であるパルミルちゃんを助けたことを知り、ブルハーン団長は必ず俺にお礼を行うと宣言していた。


 また、征海連合についても、瀕死状態であったレオンハルトを助けたのは俺。


 俺に対し何かしらの報酬を渡したいと思うのは自然。

 ただし、マダム・ロータスの言う通り、それ以外の思惑が含まれるのも自然。



「つまり、『鉄杭団』と『征海連合』が俺に接触しようとするのを抑えてくれていたと?」


「ヒロは療養中と聞いていたからね。多少強引に、一番ヒロに恩がある『蓮花会』がまずヒロにお礼を渡すまで動くな、と釘を刺しておいたのさ。あのまま放っておくと、ヒロのガレージまで押しかけかねない、と思ってね。ブルハーンはともかく、征海連合のペネンはクセの強い奴だから余計なことを仕出かすのは目に見えていたし………、この件についてはあのレオンハルトも手が出せない。何せ、自分が助けられたことに対しての報酬だからねえ」


「う~ん………、確かに」


「こういうのは本来、ガミンがするようなことだけど、アイツがいないからしょうがない。だから私が音頭を取ったのさ」


「ありがとうございます」


 

 色々俺の為に動いてくれたのであろう。

 マダム・ロータスのおかげで俺はゆっくり休暇を取れたわけだし。

 

 

 あと、『鉄杭団』と『征海連合』からの報酬かあ………

 

 気にならない訳じゃないけれど。 

 でも、『鉄杭団』はともかく『征海連合』はなあ…………



 マダム・ロータスから伝えられた情報に渋い顔を示す俺。

 そんな顔の俺を見て、マダム・ロータスも少しばかり苦笑を浮かべながら次なる情報を伝えてくる。


 

「だから今までヒロに助けられた云々の情報は公開していなかったんだ。アスリン達にも口止めしておいたからね。ボノフもこの件については触れなかっただろう?」


「あ、そう言えば………」



 アスリンはボノフさんの親戚。

 俺にも仲良くしてやってくれと頼む程、いろいろ気にかけている様子。


 そのボノフさんが今回のアスリン救出について、何も言って来なかったのは不自然と言えば不自然。

 俺がわざわざボノフさんに『アスリン達を助けました!』とは言わないが、アスリン達がボノフさんにその旨を報告していない訳が無い……と思ったけど。


 でも、蓮花会から口止めされているならアスリン達もボノフさんには言わないだろうし、ボノフさんも知らなくて当然。



「もう口止めも解くから、ボノフにはすぐに伝わるだろうね。お礼に飛んでくるかもしれないよ。今のうちに頼みたいことがあるなら頼んでおきな」


「いえ、もう、色々助けて頂いているんで、これ以上は………」



 今までのお世話になった分を考えれば、これ以上流石に何かしてもらうのは申し訳なくなるぐらい。

 後でボノフさんには『お礼は結構ですので!』と伝言を送っておこう。



 それと『鉄杭団』と『征海連合』のことについては………



 今更、他の秤屋に接触されてアレコレ言われるのも面倒臭いな。

 

 マダム・ロータスはまだ理性的でその人格には一定の信頼がおけるけど、

 ブルハーン団長は割と感情的になる人だし、何より暑苦しい事この上ない。


 また、征海連合なんて以ての外だろう。

 どんな謀略を仕掛けられるか分かったもんじゃない。

 レオンハルト個人は信用できても、組織としての征海連合は俺にとっては鬼門。



 だから、これ以上の押しつけがましいお礼はノーサンキューで!


 そうと決まれば………



 マダム・ロータスに向き直り、胸を張って、ちょっとしたお願いとこれからの俺の予定を告げた。



「明後日の朝には街を出て、軽く遠征に行くつもりです。だから情報の公開は明後日まで待ってもらえませんか? ちなみに帰ってくるのは領主開催のパーティが終わった2日後くらい。ちょうど試験が終了する前日です」


「トコトン避けるつもりだね。まあ、面白いからいいけど」



 俺のあからさまな行動予定に、含み笑いしながら答えるマダム・ロータス。

 

 少々やり過ぎ、とも言える俺の選択を『面白い』で済ませるマダム・ロータスの破天荒さもなかなかだ。


 割と俺との相性も悪くないのかもしれない。

 多分、もし、俺が蓮花会に入っていたとしても、上手くやって行けたような気がする………






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【マダム・ロータス視点】






 蓮花会の事務所から出ていくヒロを見送り、再び応接間に戻って来た私とメルラン。


 我慢していたシガーピースを口に咥え、ボウっと火を灯して軽く一服。

 

 数回、煙を喉の奥に流し込んだ後………

 

 チラリと目線を飛ばし、いつものごとく仏頂面を保つメルランへと話しかける。



「で、どう見た? メルラン」


「どうも何も…………、ただの優柔不断な若輩者じゃないですか?」


「へえ? 蓮花会の副会頭はそう見るかい? じゃあ、感応士のメルランとしてはどうだい?」


「マダム・ロータスとの会談中、彼の感情の動きを見ていましたが、やはり落ち着きの無さが気になります。まるで鍛えた様子が見えない、学生のような緩さですよ………急に感情が変化したり、動揺が一瞬で収まったりしたタイミングがありましたが…………、切り替えの早い性格……なのでしょうね………、それだけです」



 思いの外、評価が低い。

 メルランの人間の感情を読み取る目を使えば、もう少しヒロの本質を見抜けるかと思ったのだけど………



「じゃあ、ヒロが『保留』を選んだのはどう見る?」


「先ほど申しました通り、自身の躍進を取るか、欲望を取るか………、この場では決めきらなかっただけでしょう」



 普段以上に不機嫌そうな様子のメルラン。

 よほど気にいらなかったのか、次々と彼についての駄目出しを口にする。



「向上心があれば『賢姫』への紹介状を選んだ。己の欲望に忠実ならもう片方を。でも、彼が選んだのは『保留』。このバルトーラの街まで来て、まだ自分が目指す所を決めきれていないんですよ! 全く、性根がブレブレですね。これほど芯が通っていない若者を見たのは久しぶりです。挙句にその『保留』をこちらにお願いするなんて………、世間を舐めているとしか思えません」



 メルランがヒロに下した評価は大変厳しいモノ。


 受け答えはしっかりしていたし、頭の回転も悪くは無い。

 しかし、狩人としてはあまりに必死さに欠ける態度は頂けない。


 狩人には貪欲さが必須。

 目の前に現れた獲物に執着せず、挙句に取り逃がす狩人になんて価値は無い。

 手が届く所にあるというのに、手を伸ばさない狩人なんてありえないのだ。

 

 それを考えれば、ヒロの選んだ『保留』は狩人としては最悪の選択肢。

 普通なら『狩人を止めてしまえ!』と怒鳴りつけるような答え。 



 だけれども、彼が積み上げた偉業はかつて無い程。

 未踏破区域の紅姫を2機仕留め、中央で猛威を振るった闇剣士を一騎打ちで討伐。


 

 彼に狩人を止めろと言うなら、今までヒロの上げた成果に及ばなかった過去の狩人達全員に対しても同じことを言わねばならなくなるだろう。


 狩人としての資質は最低なのに、成し得た成果は最上。

 果たして、彼のような存在を何と呼べばよいのだろうか?

 


「それでも、ヒロが歴代最高の成績を残したことに変わりはないよ。新人どころか、この街全ての狩人の成果を上回ったんだ。少なくともヒロ以上の成果を上げた人間じゃないと彼に対して苦言を呈すことすらできないね」


「………………彼、本当に白ウサギの騎士なのですか? 私には運良く高位機種を手に入れて調子に乗っているだけの少年にしか見えませんでしたが?」


「アハハハハハッ! 確かに傍からはそうとしか見えないね。アレは酷い! 本当に酷い! 百眼のメルランにして、そんな評価を下すんだから、今までどれだけヒロの実力を見誤り、返り討ちにされた奴等がいるんだろうね。正に悪党を誘い出す誘蛾灯だね。護衛を連れず1人でちょいと治安の悪い裏通りを歩くだけで、辺り一面を血の海にしそうだ」



 吸い込んだ煙が逆流しそうになるくらいに笑ってしまった。

 


 見た目、喧嘩などしたことも無さそうな貧弱少年。

 その実、臙公ですら一刀で切り倒す化け物。


 強者は自然と強く見えるし、弱い者も食い物にされない為に実力以上に強く見せようとする。

 だが彼は規格外に強いはずなのに、その覇気の無さから弱そうに見えるのだ。

 

 これは一種の外見詐欺と言っても良いだろう。

 その外見に騙されてヒロを襲った奴等が気の毒で仕方が無い。

 私が弁護してやっても良いくらい………無論、生きていればの話だが。

 


「噂ではあの『槍』が特別性とか? やはり技能付与型の発掘品なのでしょうか」



 私の言ったことが腑に落ちないのか、メルランは不満げな様子で意見を述べてくる。

 否が応でもヒロの素の実力を認めたくないとでも言いた気に。



「『発掘品』に頼っているだけじゃないですか? 偶に中央で見ますよ。親から与えられた発掘品で調子に乗るボンボンは………」


「それで進めるのは二流までだね。発掘品の真の力を引き出せないならそれ以上先は無い。あと、メルランはピンと来ないと思うけど、強い武器を振るうなら、それなりに鍛えておかないと反動が凄いんだよ。たとえ技能付与型だったとしても、素人が扱えば数分で身体がボロボロさ。達人の動きに肉体がついて来れないから………」



 メルランは感応士としては一流。

 さらに命操術で身体強化や治癒力向上を行えるから、近接戦もなかなかだ。

 それゆえに、素の人間の脆弱さを知らない。

 弱い人間は強い武器を持ったとしても、そこまで強くはなれないのだ。

 


「あと、ヒロが闇剣士を倒したのは光の剣だよ。目にも止まらぬ速度で瞬殺。私がもっと若ければ惚れてしまいそうな圧倒的な勝利だったよ。それにアスリン達から聞いているだろう? 竜種に飛びかかって捕まえた話を」


「証言したのがニルだけなら、『嘘をつくな』と彼女を窓から逆さ吊りしてやろうと思いましたが………」


「アスリンやドローシアからも同じ話が出ただろう?」


「それでもなかなかに信じがたい話です。3人とも窓から逆さ吊りにしようかと思ったくらい」


「ハハハハ、止めてあげなよ。ヒロの実力からすれば嘘じゃないだろうから」



 思わず、アスリン達3人が窓から逆さまにぶら下がっている光景が脳裏に浮かんだ。

 ニル1人なら偶に見る光景だが、3人まとめては………1回くらいしか見たこと無い。


 流石は蓮花会の鬼軍曹。

 これでもう少し思考が柔軟なら、私も引退を早めることができるのだけど。



「頭が固いね、メルラン。一度赤の死線に行くといい。半日で自分の常識がひっくり返るよ」


「遠慮します。私は母ではありませんから………、もちろん、マダム・ロータスがもう一度赤の死線に赴かれるのでしたら、お付き合いしましょう」


「はあ………、もう無理だね。最初の関門すら通れない。行っても追い返されるだけさ」



 プカ………


 口の中に溜まった煙を天井へと吐き出す。


 空中に滞留していた煙は雲のように部屋を漂い、

 しばらくするとセンサーが煙を感知。

 換気扇が稼働し、天井の吸気口へと吸い込まれて消えていく。




 思い出すのはもう何十年も前になる、己が一番輝いていた時期。

 

 中央から『赤の死線』を目指し、ただ自分とトーラの力量を信じて、腕を磨いていたあの頃。


 赤の死線まで辿り着くのも大変だったし、辿り着いた後も大変だった。


 何と言っても、あの関門を通過できるかどうかが鍵になる。

 毎年強者が挑戦し、ほんの一握りの真の強者のみが通り抜けられる……



「多分、ヒロなら通過できるね。今の時点で赤の死線級とは恐れ入る。さて、どれだけ強くなるのやら………」


「それほどまでですか? ………やはりとても信じられません。覇気もなく、決断力も無く、貪欲さも無く、向上心も無い。そんな人間が強者たり得るのでしょうか?」


「ん~~…………、メルラン。逆にヒロが何で覇気も決断力も貪欲さも向上心も無いのだと思う?」


「え? …………分かりません」


「ハハハハ、分からないか…………、簡単だよ。それ等が必要ないからだ。覇気が無くても敵を跳ねのけられる。その場で決断しなくても後からで十分に間に合う。貪欲さが無くても欲しいモノが手に入る。向上心が無くても最初から強い。どうだい? メルランの言う強者に必要な条件って、必ずしも絶対じゃないだろう?」


「それは…………」



 何か言いた気に口をモゴモゴするメルランだが、結局私の答えに異論を挟むことができず、



「多分だけど………、ヒロが『保留』を選んだのは、私が選んだ2つの報酬………、どちらも彼には必要性の薄い……若しくは必要無いモノだったかもしれないね。だから体良く断る為に『保留』を選んだ。私の面子を潰さない為に」


「そんなはずありません! 彼はマダムが出された報酬に激しく動揺しておりました! 『ウタヒメ』の名が出た時は特に!」


「まあ、それは私も感じたけどねえ………、別に感応士の力を使わなくたって、あの顔を見たら誰だって分かるよ」


「そうでしょう! そうでしょう! きっと彼は女を見たらエッチなことしか頭に浮かばない下劣な人間ですよ!」



 

 憤懣やるかたない様子でヒロを罵倒するメルラン。


 いやいや、それは言い過ぎだろうに。

 十代の少年が見せる青臭い欲望と言っておやり………


 というには、おっさん臭いようなねちっこい部分も見え隠れするけど。



 アスリン達と話している時もそうだが、本当に彼の顔は分かりやすい。

 可愛い女の子が大好き! と身体全体で叫んでいるようなモノ。 

 水着の話を出した時の反応を見たら一目瞭然。



 しかし、そうなると、これまたおかしな点が出て来てしまう。




「でもね、メルラン。ヒロがこの街で女の子に手を出したと言う話は無いよ。それに今回のダンジョン騒動の件でも………」


「う………」


 

 私が持ち出したヒロについて集めた情報。

 そして、今回のダンジョンでのアスリン達が救い出された話を持ち出すと、メルランは図星を突かれたように黙り込む。

 


 

 この街で成果を上げ続ける新人ナンバーワン狩人のヒロ。

 ご面相は普通だが、その稼ぎはすでに人生を何回も大金持ちで過ごせる程。

 

 普通なら女の子など選り取り見取り、それこそ入れ食い状態で好き勝手できるはず。


 しかし、ヒロには浮ついた噂がとんと出てこない。

 彼がこの街で一番親しい異性が60才近い藍染屋のボノフと言うのだから全く以って笑えない。


 

 もしかしたらウタヒメを保有しているのかとも思ったが、先の反応を見るに、それも違う。

 

 また、機械種使いの中にはウタヒメでは無い女性型機種に劣情を催す変態もいるそうだが、ヒロの後ろに立ち並ぶ女性型達にそんな様子は微塵も見られなかった。


 アレは従属機械種を完全に身内として扱っている反応だ。

 でなければあれほど人間臭く反応することなど無い。


 

 あと、今回のダンジョン騒動にて、アスリン達の窮地を救ったこともそうだ。

 

 アスリンの話では、最初は自分の身を彼に預けるつもりであったようだが、けんもほろろに断られたと言う。

 また、ニルも少々露骨に誘いをかけたが、これもスルリと躱されたらしい。



 女の子が好きなのに、女の子を傍に置かず、

 女の子の身体に興味があるのに、手を出して良い状況で手を出さない。

 

 それなのに、美しい女性型機械種を揃えて、

 でも、女として見ずに、身内として大事に扱っている。



 全くの謎だ。

 彼のことが全く分からない。


 しかし、分からなくても状況を積み重ねていけば、不確かではあるものの、その思考や性格を推測することはできる。

 

 

「状況を見るに、彼は表面上は女の子好きを装っているだけで、実はそんなに興味が無いのかもしれないね。ウタヒメのこともそう。でなければ保留なんてするわけがない」


「じゃ、じゃあ! ナタシア市長の方はどうなんですか? 賢姫とのコネなんて、どれだけ超一流の狩人が求めても手に入りませんよ!」


「そっちは………ひょっとして私の意図に感づいたのかもね。シアに強力な助っ人を紹介してあげるっていう………」


「マダム? 強力な助っ人? それは…………」


「もちろんヒロのことだよ。多分、2人の相性は良いと思ってね。ヒロは最高の後ろ盾を得られるし、シアは超一流に登りつめる狩人を身近における。どっちもWINWIN。最強のタッグパートナーになれる…………、でも、ヒロにとっては余計なお世話だったのかも。彼がここまで登り詰めるのに、後ろ盾を必要として来なかったんだ。今更権力者の庇護なんて不要と考えていてもおかしくない」


 

 一見お淑やかな令嬢。

 その実、政界の古狸共と喧々諤々やり合う猛者。

 智謀と人望に優れた為政者にして、未だ純真さを失わず夢に邁進するシア。


 外見は凡庸だが、途方もつかない戦力を持ち、

 野卑でもなく乱暴者でも無い、穏やかな性格のヒロ。


 どちらもこの世界では珍しいくらいの善良な人間。

 それでいて他者を圧倒する規格外の強さを持つ狩人。 


 この2人ならきっと最高の未来を作り出せると思ったのだけど………



 私達が成し得なかった未来。

 そんな光景を瞼の裏に映していると、



「…………マダム、その………」



 メルランが腑に落ちない様子で問いかけてくる。



「ヒロの思惑は分かったのですが………だったら、なぜ………『リンゴの園』の紹介状を提示したのですか?」


 

 どうやらメルランは私の意図が読めず、困惑した表情。

 確かに、シアと決して良い関係では無い『リンゴの園』へヒロを紹介することは、彼女に対する裏切りのように見えるのかもしれないけれど………


 

「ヒロがソレを求めるなら、遅かれ早かれ辿り着いてしまうからだよ。だったら、先にヒロは蓮花会と縁があると示した上で、『リンゴの園』に貸しを作る形で紹介した方がマシさ。そうすれば、あの女主人もヒロの扱い方を考えざるを得ない。少なくともあからさまなシアへの妨害には使えなくなる」



 私が恐れたのはソレだ。

 私達と何の関係も無く『リンゴの園』に辿り着き、その女主人に良いようにされてしまう未来。


 それこそ最悪。

 普段、表に出てこない女主人も、数年経ち今よりも実力を上げたヒロなら会おうとする可能性がある。




 『リンゴの園』の女主人。


 今思い出しても、背筋が凍るような思い出しかない。



 そこは白の教会が囲う一角。

 シティにおいて白の本教会よりも厳重な警備態勢を敷かれた場所。

 外に対する警戒と、中からに対しての警備。


 白の恩寵が最も強いエリアにして………

 最も頑丈に作られた牢獄。


 

 そこを支配するのはただ1人。

 『リンゴの園』の女主人。



 誰が見ても理想の女性と断言する絶佳の美貌。

 常人が何の対策もせず一嗅ぎすれば、その場で卒倒しかねない甘い香り。

 見たモノを魂から蕩けさせる濃密な色気。


 

 人間じゃない。

 この美しさは人間ではあり得ない。



 それもそのはず。

 この者は人間ではなく機械種。

 それもレッドオーダー。


 赤の帝国の裏切者。

 遥か昔、白の教会成立期に訪れた………『朱妃』。



 シティの建設にも多大な支援を行い、その献身を以って、教会の中に確固たる地位を確立。

 ウタヒメの製造所として『リンゴの園』を作り上げ、そこの女主人として収まった。



 そこは唯一、白の教会が非公式に認めるレッドオーダーの住まい。

 決して表に出ることの無い白の教会の闇。



 もう二度と会いたくない。

 当然、ヒロにも会わせたくない。

 だが、ヒロがもし、ウタヒメを求めるなら彼女との邂逅は避けられない。


 だから先手を打つしかなかったのだ。

 だからあの場でヒロが行う選択を知りたかったのだ。




「……………と言う訳だよ。だからどっちでも良かったのさ。分かったかい? メルラン」


「………………そうでしたか。流石はマダム・ロータス。御慧眼で」


「百眼のメルランに言われると背中が痒くなるね」


炎蓮花ブレイズフラワーにそう返されるとは、誠に光栄です」



 メルランの二つ名を揶揄するように言ってやると、真顔で反撃された。


 しばらくの間対峙する、私の憮然とした顔とメルランのお澄まし顔。

 


 う~ん………

 なかなかに手強くなってきた。

 これなら少々引退を早めても大丈夫かな?



「あ………、そうだ。もう一つ、ヒロについての予想の話をしておこう」


「はい? まだあるのですか?」


「ああ………ヒロがこちらの報酬を受け取らず、女の子にも手を出さず、ウタヒメも求めない理由さ」



 これは単なる私の思いつき。

 でも、何となくだが近いような気がするのだ。



 じっとこちらを急かすように見つめてくるメルランに向けて、私の推測を披露。



「これは私の勝手な想像なんだけど…………、ヒロはすでに『打ち手』となっている、というのはどうだい? 鐘守がいるなら、後ろ盾もいらないだろうし、女の子もウタヒメも不要だ」


「…………しかし、この街の鐘守、白露様は未だに『打ち手』を得られたとは聞いていませんよ。確かにヒロと交流がおありのようですが…………」


「別にこの街にいるとは限らないけどね。従属機械種じゃないんだから数ヶ月くらい離れていても問題無いだろうし………」


 

 バルトーラの街の試験を受ける新人狩人が、すでに『打ち手』で鐘守も一緒にいるなんて聞いたことが無い。

 だから試験の間、鐘守が傍を離れているということだって考えられる。


 もちろん、私の推測でしかないのだけれど。


 でも、ヒロの実力なら『打ち手』に選ばれても不思議じゃない。

 

 さて、もし、ヒロが『打ち手』なら、どんな鐘守を手に入れたのかねえ……


 


 そこでふと、先ほどヒロが話していた内容が頭を過った。




 ………そう言えば、ヒロは確か辺境の奥の出身と言っていたね。


 そして、2年ほど前、中央から一人の鐘守が辺境の果てに追放されたという噂が流れたことがあった。




 確か、その鐘守の名は…………『白雪』だったかな?






『こぼれ話』

ウタヒメには『銅』『銀』『金』『宝石』という種類があります。

その美貌も身体も手腕も上に行く程グレードが上がると言われています。

ウタヒメは基本非戦闘型ですが、『宝石』のウタヒメになりますと、赭娼や紅姫並みの戦闘力を持つようです。

そして、その『宝石』のウタヒメよりも美しく、強大な力を持つ『夜』のウタヒメがいるという噂があります。




※3日程お休みを頂きます。

次の更新は2月23日(金)を予定しています。

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