第658話 蓮花会2
「ヒロも知っての通り、ウタヒメは市場に出回ることはほとんど無い。出たとしても質の悪い中古品やほぼ廃棄品ってこともある。じゃあ、新品のウタヒメはどこで手に入るのかという話になる。つまり、答えは…………」
「その『リンゴの園』ということですか?」
「そうさ。狩人や猟兵が活躍して、その成果が白の教会に認められた時、そっとこの『リンゴの園』への紹介状が手渡されるそうだよ」
「…………白の教会が! …………なぜ?」
「さてね? でも、リンゴの園が白の教会の保護下にあるのは間違いないね。『打ち手』になる程じゃない者に対して、鐘守の代わりにウタヒメを紹介してあげているつもりなのかもね」
「………………」
マダム・ロータスからもたらされたウタヒメの情報。
まさか女性ばかりが所属する蓮花会でその情報が手に入るとは思わなかった。
でも、どうして白の教会がウタヒメを斡旋するような仕事を行っているんだ?
人々を導くべき清廉な教会が行うような事業では…………
「あ………」
その時、ふと頭に浮かんだ、ルガードさんの意に沿わぬ境遇。
ウタヒメを無理やり押し付けられ、強者を誘う囮となっていた過去。
確かあのウタヒメは鐘守である白雲が用意したモノではなかったか?
つまり、ウタヒメは白の教会が都合良く狩人や猟兵を動かす為の道具。
狩人や猟兵のほとんどが男性だと考えれば、これ以上のエサは無い。
白の教会の蜘蛛の糸のように張り巡らされた策謀。
どこまでアイツ等は狩人や猟兵を縛ろうと言うのか………
頭に浮かぶのは白雲に嵌められた未来視の光景。
自然と固い表情となる俺。
「おや? 若い男なら、大抵この情報に齧り付くもんだと思ったけどねえ」
そんな俺の態度を見て、マダム・ロータスから意外だとばかりの感想。
「言っておくけど、リンゴの園で手に入るのは、市場で偶に流れるような品じゃないよ。ヒロの実力からすれば、『金』………、若しくは『宝石』の位まで手が届くかもね」
「!!!!!」
マダム・ロータスからもたらされた驚くべき情報。
動揺を覚られないようにする為、即座に思考加速を行う。
そして、頭の中をフル回転させてもたらされた情報の整理。
俺が未来視でルガードさんから手に入れたウタヒメは『銀』。
身も心もドロドロに溶かされるかと思うような官能的な日々が送れたのだ。
『銅』『銀』『金』『宝石』のランクがあるという機械種ウタヒメ。
下から2番目でしかない『銀』のウタヒメでも俺にとっては天上の甘露。
さらにそれを上回る『金』や『宝石』が手に入るとしたら………
ウタヒメには白の教会の思惑が絡んでいるのは間違いない。
しかし、内情はどうであれ、ウタヒメは欲しい。
もちろんランクが高い方が良いに決まっている!
俺の実力であれば、いずれ自力でも『リンゴの園』に辿りつけるのかもしれない。
だが、それはいつだ?
単にマテリアルを稼げば良いというモノでもないだろう。
権力者の思惑や白の教会の意向が絡めば、どうなるか予想もつかない。
しかし、この場で『リンゴの園』への紹介状を手に入れたら、最短距離でウタヒメを手に入れることができる可能性が高い。
けれども………
もう一つ提示されたシティの市長『賢姫』のコネは、俺が狩人家業を続けようとすれば絶対に手に入れておきたいモノだ。
ラズリーさんにも言われたではないか?
早く後ろ盾となる権力者を見つけろと。
噂によれば、優秀であり、人格にも優れた傑物と聞く。
正しく俺が求めるのにピッタリな人物。
そんな人の全面的なバックアップがあれば、俺の狩人業も楽になるに違いない。
でも…………
ウタヒメも欲しい。
俺を心から慕ってくれて、エッチなことをさせてくれる可愛い女の子が喉から手が出るほど欲しい。
だって男の子だもん!
皆欲しがるに決まっているじゃん!
だけど……………
悩む。
すごく悩む。
できれば2つとも欲しい! と言いたくなる。
しかし、マダム・ロータスの条件は2つから選べ、だ。
紹介先の事情を汲めば、そうせざるを得ないのは理解できる。
無論、ゴリ押しすることもできなくはないのだろうけど………
けれども、向こうは俺を値踏みしている状況。
下手に欲張れば、幻滅されて紹介状すら貰えないという可能性もなくはない。
ああ………
どうしよう…………
決められない。
俺はこういった選び直すことのできない2択は苦手なんだ。
大抵、このような状況になれば、決めきれずに結局『保留』することとなる………
……………………
……………『保留』かあ。
もしかしたら、それがベストなのかもしれない。
少なくともそれを選べば俺は今、悩む必要が無くなる。
そもそも、中央に行ったからといってすぐにシティには辿りつけないのだ。
何せ、世界最大の都市であり、中に入る為の審査は世界一厳しいと言われている。
いかに紹介状を手に入れようと、役に立つのはシティに着いてから。
すぐにシティに入れないことも考えると、結局、今、紹介状があっても役に立たない。
さらに、もし、俺が今ここで『リンゴの園』への紹介状を選んだ場合、その選択をアスリン達に知られることになるだろう。
そうなれば、アスリン達からどんな目で見られるのか分かったもんじゃない。
下劣な豚を見るような目、
あるいは下水で泳ぐドブネズミを見るような目を向けられる…………
あそこまで仲良くなった女性にそんな目で見られたら、俺の脆弱な心が崩壊しかねない。
だからこそ、ここは保留を選ぶ。
そして、アスリンがこの街から旅立った後に紹介状を頼めばよいのだ。
それならば、アスリンに知られること無くウタヒメを手に入れることができるはず。
なにせ俺には輝煉がいる。
輝煉に乗って空を行けば、たとえシティからだってバルトーラの街まで帰って来れるはず。
数日間休息無しの強行軍になるだろうし、スカイフローターどもとバチバチやりながらの飛行は大変だが、ウタヒメの為なら乗り越えられる!
それに、『賢姫』か『リンゴの園』かも、実際に中央に行ってからの方が選びやすい。
もしかしたら、どちらかの紹介状がなくても何とかなるかもしれないのだ。
そうなれば、この選択を1つに絞ることができる…………
「決めました」
「早い決断だね。流石は白ウサギの騎士。『狩人は瞳の色を見ずして銃を撃つ』ってかい?」
「はい、拙速は巧遅に勝る、とも言いますし」
「良い言葉だ。全ての局面で頷けるわけじゃないが、少なくとも『もう遅かった』という失敗をしなくて済むからね」
機嫌が良さそうに声を弾ませるマダム・ロータス。
どうやら俺の返しを甚く気に入ってくれた模様。
マダム・ロータスの言った『狩人は瞳の色を見ずして銃を撃つ』は狩人の格言の一つ。
敵の強さ、『赤』『赭』『紅』『橙』『臙脂』の色を確認してから攻撃していたのではもう遅い。
出会ったら戦うしかないのだから、迷うことなく銃を撃て、ということ。
ちなみに、これはたとえ『青』………人間に従うブルーオーダーであっても躊躇うなという意味も含まれている。
なぜなら、同じ巣内で出会った人間・従属機械種は同じ獲物を取り合う敵でしかないのだから。
「こういうことはどちらに決めても結局、大なり小なり後悔するものさ。だったら直感で決めるのが一番なんだよ」
俺が素早く選んだことがマダム・ロータスに好感触を与えた様子。
多分、マダム・ロータスは理論派ではなく直感派なのであろう。
即断即決即実行と、ワンマン経営者には良くある特徴。
いやいや。
すでに俺の実時間じゃあ10分以上悩みましたけどね。
おかげで俺にもう迷いなんて無い。
まるで清々しい朝を迎えたような気分で、マダム・ロータスへと返事ができる。
「じゃあ、ヒロの答えを聞かせて貰おうか?」
「では……………『保留』で!」
「…………………」
俺の言葉に面食らったように目を大きく見開くマダム・ロータス。
また、背後のメルランさんも、ポカンと口を開けて呆気にとられた様子を見せる。
「…………すまないがもう一度答えを聞かせてもらってもいいかい?」
「いいですよ。『保留』で」
「『保留』というのは、この場で答えず、後日に決めたいということだね?」
「はい。後日、といっても明日、明後日のことじゃなくて、数ヶ月、もしかしたら数年先かもしれませんが………」
「数ヶ月先くらいならともかく、数年先となると、私が生きているかどうかも怪しいよ? 折角の紹介状も、私が死んでたんじゃ、流石に効力も薄れてしまうね」
「まあ、その時はその時です。とっかかりにさえなってくれたら、後は俺の力で頑張ります」
もちろんそれも想定内。
口に出しては言わないが、マダム・ロータスが亡くなって蓮花会のトップが変わり、最悪、保留としていた『紹介状』さえ貰えなくなる可能性も考えなかったわけじゃない。
しかし、それは俺とって『まあ、しょうがないか』で済む話。
この話を出された時は、『何が何でも手に入れる!』という欲望が渦を巻き、俺を衝動的に突き動かそうとしていた。
けれども、少し頭を冷やせば、貴重なアイテムではあるが、絶対に代わりが無いものではない。
常人であれば、マダム・ロータスからのシティの市長への紹介状は貴重なモノであろう。
狩人として躍進するステップを何段も飛ばすような劇的な効果を発揮するに違いない。
『リンゴの園』への紹介状も同様。
だが、俺は『闘神』と『仙術』スキルを兼ね備えた『最強』なのだ。
仲間達はすでに全狩人を見渡しても最高レベル。
もしかしたら前人未到の部類であるのかもしれない。
そんな俺が中央へと入り、シティへと辿り着く数ヶ月から数年間。
今以上に名を上げることになるだろうし、シティに到着する頃には、向こうから俺へと接触してくるほどに成り上がっている可能性が高い。
よく考えれば、『あれば便利』くらいのアイテムなのだ。
取り逃がした所で、十分に諦めが付く程度。
しかも、数年のうちにマダム・ロータスが亡くなった場合のことだ。
目の前に座る彼女を見る限り、とても数年先に死期が訪れるとは思えないけれど…………
未だ若々しい外見のマダム・ロータスを見つめながらの感想。
老いや病とは無縁であり、怪我ですら修繕や部品交換で済ませてしまう機人。
だが、その内に占める心や魂の劣化は避けられず、決して不老不死ではあり得ない。
むしろ、人の感覚を失ったことで、一般人より短くなってしまった寿命。
超人的な力を得た代わりに、太く短い人生を送らざるをえないのだ。
たとえ、マダム・ロータスが機人じゃなかったとしても、噂によれば御年70歳過ぎだ。
本人の言う通り、あと数年でお迎えが来るというのも決して考えられないことじゃない。
まあ、マダム・ロータスの死期を調べたかったら、これまた打神鞭で占うという手段もある。
『知人の死期を占う』ってなかなかにヘビー。
できうるならやりたくないけれど。
当の本人であるマダム・ロータスは自分で自身の死期に触れてもあっけらかんとした様子。
どうやらその辺は気にしない人みたい。
だが、その周りはそうではなく、そんなマダム・ロータスの言葉に背後のメルランさんが柳眉を逆立て、
「マダム! 何をおっしゃいますか! そんな弱気な発言をしないでいただきたい!」
「メルラン。そう言うが私も良い歳だ。いつポックリ逝ってしまったも不思議じゃないんだよ」
「それは……………そうですが………、しかし!」
「今回の件じゃあ、正直、いつ死んでもおかしくなかったんだ。また、同じことがこの数年のうちに起こらないという保証も無いよ」
「その時はわざわざマダムがご出陣なさらなくても………」
「この秤屋はまだまだ私の名前で持っている所があるね。そんな時に前に出られない機人に価値は無いさ」
「ですが…………」
まだも食い下がるメルランさん。
よほどマダム・ロータスのことが大切なのであろう。
しかし、そんなメルランさんにマダム・ロータスは生徒を諭すような表情を向けて話しかける。
「お前の気持ちはありがたいけど、事実に目を逸してどうするんだい? 蓮花会の副会頭に必要なのは、夢物語を夢想することじゃなくて、現状をどうやって現実に落とし込めるか、だろ?」
「…………………承知しました。しかしながら、そのような日が訪れないよう、心から願います」
「人はいつかいなくなるモノだよ。そうなっても困らないような仕組みを作るのがお前の役目じゃないか」
「分かってはおります。でも、これが私の………いえ、蓮花会に所属する全ての者の偽らざる心情です。このことをお忘れなきよう………」
言いたい事だけを言って、矛を収めるメルランさん。
マダム・ロータスを、一代で会社を立ち上げ、一部上場にまで持ってきたカリスマ経営者と考えれば、その気持ちは分からないでもない。
「ふう………、やっぱり権力の座に年寄りが長くいる者じゃないね。いつまで経っても下の意識が変わらない………これは私が撒いてしまった種だけど。色々手を出し過ぎた結果がこれだ。シアやトーラからは欲張り過ぎだって言われていたのに………」
マダム・ロータスは自らを戒めるような独白
そして、どこか遠い目をしながら呟きを続け、
「早く後継者を育てて、楽隠居したいものだ………、きっとその頃に私の名前も忘れ去られているだろう。そうなれば誰の目にも憚ることなく辺境中を探しに行けるのにねえ………」
「トーラさんをですか?」
ふと、マダム・ロータスの呟きが気になり、思わず質問。
すると、マダム・ロータスは俺に対し、ほんの少しだけ期待の色を滲ませながら、
「そう言えば、ヒロは辺境の奥の方の出身だったね? 一応、聞くけど、『トーラ』って名前に心当たりは無いかい?」
「すみません。その話はアスリンからも聞きましたが、俺に心当たりはありません」
「…………そうだよねえ。そんな偶然あるわけないよねえ。私が何十年も情報を集めたのに、一欠けらの手掛かりさえ発見できなかったんだ。そう簡単に見つかるわけ無いか………」
俺の答えに残念そうな表情を見せるマダム・ロータス。
しかし、すぐに表情を切り替え、
「もし、辺境で『トーラ』の手掛かりを見つけたら教えておくれ。礼は弾むよ」
「分かりました。多分、何年かしたら俺も一度は辺境に戻るつもりなので、その時でよければ」
雪姫の遺体を中央へと返し、狩人として名を上げたら、必ず一度はチームトルネラの皆に顔を見せに帰るつもりなのだ。
その際に今まで通過してきた辺境の街々を回るのも悪くは無い。
多少の聞き込み・調査ぐらいはしてあげようと思う…………
いや、まあ、打神鞭で調べてたら一発なのだけど。
でも、バッドニュースと分かっているのに、確定させるのもなあ……
「よろしく頼むよ。その時までは石にかじりついてでも生き延びてやるさ」
「俺も調査はそこまで得意でないので、あまり期待しないでくださいね。あと、できれば『トーラ』さんの情報などを詳しく………」
「ああ、そうだね。トーラは…………」
そこから語られた『トーラ』さんの個人情報。
元々辺境出身であり、学術で身を立てて中央までやって来た俊才。
3色の学科全てに飛び抜けた才を見せ、『青』『緑』『黄』でいずれも『肩』の段位まで到達。
当時の最年少、且つ、女性では初となる『三肩主』を獲得。
特に『緑学』に至ってはすでに最高段位たる『首』にまで達していたと言われるほど。
幾つもの『晶脳』『スキル』に関する新発見の論文を発表。
その全てが現在の緑学にまで影響を与える程の発見であったらしい。
そして、当時、成功率が2割を切っていた機人化施術を5割以上まで引き上げる方法を構築。
いずれは三色の学会を背負って立つ人物だったのだが………
「シアが質の悪い悪党どもに狙われてね…………」
政治家を目指していた親友でもあるナタシアさんが暗殺者に襲われ重傷。
その五体に無事な所は1つも無く、生命維持装置に繋がれた頭部と上半身だけという有様。
もう助かる見込みは無い状況。
しかも、万が一、助かったとしても、生きている間中、凄腕の暗殺者に狙われ続けるという絶望的な未来。
そこで、最高峰の緑学者であり、機人化施術の最高権威でもあるトーラさんは賭けに出た。
ナタシアさんに機人化施術を行うという方法で。
しかも、その素体に学会で保管されていた『紅姫』を使うという暴挙。
それは白の教会から禁じられていた、決して許されぬ禁忌。
だが、その施術が成功したおかげで、ナタシアさんは助かった。
機人となったおかげで手に入れたレジェンドタイプをも超える戦闘力で、暗殺者を恐れる必要もなくなった。
しかし、禁忌を侵したことに変わりは無い。
通常であれば、施術主のトーラさんはもちろん、ナタシアさんもその責任を追及されることは避けられなかったであろうが………
「トーラはね、事情聴取で親友であるナタシアを助ける為に機人化施術を行った…………、とは言わなかったんだよ。彼女に責任を負わせないように、全ては自分の『才』を確かめる為の実験と言い切った…………」
おまけにトーラさんはご丁寧に、自分が犯した悪行をシティのマスコミ各社へと自分で流した。
どれだけ自分が身勝手で悪逆非道な実験を行ったのかを。
そして、ナタシアは抵抗空しく実験台となった哀れな犠牲者なのだと。
さらに、彼女は自分を良く思っていない教授連中に対しても手を打った。
過去、トーラさんが功績を上げた成果を差し出したのだ。
『実は自分の手柄では無く、他者の研究成果を盗んだモノだと』
そう自ら発表するから、その代わり、ナタシアの弁護を行え、と。
そうして、教授たちはトーラさんの成果を自分のモノとすることができた。
あまりに才能に恵まれすぎた天才。
まだまだ学会では数少ない女性の身でありながら、長く研究に身を置いていた自分達を軽く追い抜いていく新人。
どれだけその活動を妨害しても、圧倒的な成果を打ち建てて軽々とその上を行く怪物。
ただ、嫉妬することしかできなかった彼女を、教授達はここぞとばかりに学会を通して攻撃。
代わりに実験台となったナタシアさんを弁護。
ナタシアさんに同情が集まれば集まる程、トーラへの追及が激しくなるから。
当然ながら、この一連の流れもトーラさんの仕込み。
全てを投げ打ち、ナタシアさんを救うことに全力を注ぎ………
結果、ナタシアさんは無罪放免。
しかも知名度が爆発的に増え、その上で同情票も集まり、政治家として躍進する切っ掛けとなった。
だけど、その引き換えにトーラさんは学会と中央から永久追放。
その罪状を鑑みれば、極刑もあり得たであろう。
しかし、今まで彼女に命を救われた者達が働きかけたこともあり、何とか辺境への追放でことが済んだ………ように見えた。
「辺境への護送中に…………爆発事故、だそうだ。護送車両は木っ端みじん。全く、使い古された手だよ………」
沈痛な表情で悲劇の結末を語るマダム・ロータス。
一瞬、内面通りの老婆に見えたほどに、疲れ切った姿を見せる。
「当時の私は赤の死線へと挑戦中でね。トーラのおかげで手に入れたこの『機人』の力ではしゃいでいるだけだった。あの子達の苦難も気づかないまま。そして、気づいた時にはもう終わっていた…………」
ただ後悔しきれない心情を吐露。
しかし、すぐさまその結論を翻して、
「いや、終わっていない。なぜなら、彼女はまだ生きているかもしれないんだ! 必ず私が見つけてみせる!」
自責の念からか、強い口調で自らの決意を宣言。
ただ、トーラさんが生きているかもしれないという情報は、希望的憶測からではなく、色々と事情を調査してでの結論らしい。
聞くところによると、その事故現場でトーラさんの遺骸は見つからなかったそうなのだ。
故にまだ生きていて、辺境に隠れ住んでいるのではないかと、マダム・ロータスは信じている様子。
「連れ去られた可能性は低いんだよ。トーラは1機だけ従属機械種を連れていたからね。すぐに駆けつけた巡回班が現場検証を行ったそうだけど、その子の残骸は現場には無かったそうなんだ。連れ去られようとするなら絶対に抵抗するだろうし、そうなれば相手は当然破壊するだろう。だからその子がトーラを連れて逃げたのではないかってね」
現場は辺境内。
街に出入りの制限はなく、逃げ込むことができたのなら、生存率はぐっと高まる。
元々藍染としても隔絶した腕を持っていた人物。
その腕を活かせば十分生活していくのは可能。
さらに従属機械種が1機でもいるなら、その状況は決して悪くはない。
街の片隅で簡易的な藍染屋を開くことだってできただろう。
「私もそう思い、トーラを探すために辺境に入り、色々探し回ったんだけどね………たった1年で戻らざるを得なかった。辺境内じゃあ、私が得た『力』と『名』は大き過ぎたんだ………」
当時のマダム・ロータスは赤の死線で活躍する英雄。
その強大な力はあまりに辺境には不釣り合い。
たった1機で街を破壊する実力者なのだ。
辺境の一都市に訪れるだけで毎回、一大騒動を巻き起こしたという。
各街々の有力者や裏組織がマダム・ロータスへと接触を試み、
『トーラ』という名の女性を探しているということを聞きつけ、不確実な情報や欺瞞情報を高値で売りつけようとしたり、
姿形が似たような婦女子をそうだと似せて罠に嵌めようとしたり………
わずか1年で辺境から離れなければならなくなった。
周りに迷惑をかけすぎてしまうから。
トーラが守ろうとしていた弱者にも被害が出てしまうから。
「だから色々縁のあったこの街で秤屋を設立して、人を使って辺境の情報を集めることにした。だけど、結局、今まで何の成果も無いままさ………、トーラどころか、トーラが従属させていた機械種の情報すら入ってこない」
「…………ちなみに、その従属機械種は何の機種なんでしょうか?」
気になったので聞いてみた。
マダム・ロータスの口ぶりだと頼りになる機種のように聞こえる。
しかし、辺境に追放される身がストロングタイプのような高位機種と一緒に護送されるとは思えない。
精々、身の回りの世話をする軽量級が精々であろうと。
「ああ、それはね…………」
俺の質問に、マダム・ロータスは軽く目をしばたたき、親友の実力を自慢するような響きを持たせた口調で答え…………
続いた言葉は俺を大いに動揺させた。
「頼りになる子だよ。なにせその子は『源種の機械種ドワーフ』。さらに特別な改造がされてトーラがずっと助手にしていた………」
『こぼれ話』
当時、トーラを攻撃した教授の中の1人がこの街にいる藍染屋のブランディです。
トーラの成果を自分のモノとしたのですが、欲深い彼は更なる成果を求めて……失敗。トーラと同じように中央を追放されてしまいました。
今は中央に戻るべく様々な手段を探っているようです。
もちろんマダム・ロータスとは犬猿の仲。
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