第657話 蓮花会
翌朝、森羅を蓮花会まで走らせ、本日昼過ぎにマダム・ロータス宛に訪問したい旨を伝える。
招待状では、いつでもアポ無しで来てくれたらいいよ、的な書き方であったが、流石にそれを馬鹿正直に行う程浅慮では無い。
相手は完全に目上の人なのだ。
向こうがお礼をしたいと言う話でも、それなりに気を遣う必要がある。
「連れていくのは…………、やっぱり男性型は避けた方が良さそうだな」
白兎はまだ本調子では無いみたいなので、廻斗は連絡役として必須。
また、マダム・ロータスと縁のあった秘彗と胡狛も連れていく。
となると、護衛として、刃兼とタキヤシャという面子が自動的に決定。
「…………なんか女性型機種を侍らしているような感じだけど」
だが、向こうはほぼ女性だけという陣容。
そんな中、明らかな男性型を連れていくのも気が引けてしまう。
「まあ、秘彗や胡狛はアスリンチーム達とも仲が良いし、刃兼も一度顔を合わせているし………」
タキヤシャは新顔だが、元々自己主張が少なくて控え目。
恰好は派手だけど、女性にも受け入れてもらいやすい性格。
「あ~い~……… テンルはまたお留守番?」
「我が君、そろそろ僕を連れ出してくれてもいいんじゃない? 偶には七宝袋の中じゃなくて、我が君と一緒に表を歩きたいね」
俺がメンバーを選定していると、今回も外れると分かったらしい天琉が不満を述べ、また、ベリアルも似たような感想を口にする。
珍しく天琉とベリアルが口を合わせたような発言。
今までなら絶対に無かった組み合わせ。
これもベリアルが丸くなってきた証なのであろうか?
だが、天琉はともかくベリアルを表だって外に連れ出すことはあり得ない。
「天琉、今度外に連れてってやるから我慢してくれ。あと、ベリアル。別にカチコミに行くんじゃないんだぞ。交渉事なんだ。お前、絶対に大人しくしている性格じゃないだろ」
「交渉ごとだからこそ、だよ。こう見えても僕は交渉事のエキスパートなんだけど?」
胸に手を当て、自分自身の能力をアピールする仕草。
その部分だけを切り取れば、主人に忠実な少年執事のような立ち振る舞いと言える。
外見だけなら超絶美少年。
一挙一動に華があり、タダ者でない雰囲気を醸し出す。
たった数瞬の仕草だけで周りの人間を魅了する存在感。
目には深い知性の輝き、自信溢れる口調から己の能力に絶対の自信があることが覗える。
少女漫画にでも出て来そうな完璧超人。
だが、その中身は、傲慢を絵にかいたような性格、
且つ、気にいらない奴にはすぐに暴力で訴えようとする無頼漢。
「決裂すれば、即、核爆弾を打ち込みそうな交渉人はノーサンキューだ」
砲艦外交どころじゃない。
某合衆国だって、そこまで威圧的な外交は行わないぞ……多分。
確かにベリアルは、スキルだけを見れば非常に優秀な交渉人。
『交渉(最上級)』『弁論(最上級)』『心理学(最上級)』『詐欺(最上級)』
『欺瞞(最上級)』『演技(上級)』『外交(上級)』等々。
しかし、どれだけ交渉系スキルを保有していたとしても、そもそもコイツに初めから交渉をまとめる気なんて無いのだ。
交渉を決裂させて、揉め事になる方へと持って行こうとするタイプ。
そんな奴、目上の人との交渉事に連れていけるはずが無い。
俺がズバリと切り捨てると、ベリアルは諦めた様子を見せたものの、
「仕方ないか。我が君が世界を手に入れるまでは、大人しくしているしかないね」
「はあ? 俺は別に世界征服なんて企んでないぞ」
突然、俺が世界を手に入れる、とか言い出したベリアル。
もちろん俺にそんな気なんてないから即座に否定。
しかし、ベリアルは気にすることなく言葉を続け、
「望む望まないは関係ないさ。我が君の持つ『力』はどうやったって、世界を揺るがすだろうし、そうなれば有象無象に巻き込まれるのは必然。上に立つつもりが無いなら、愚民どもから排斥されるだけだよ」
蒼氷の瞳を輝かせ、薄く微笑を浮かべながら俺の未来予想図を語る。
まるで未来を見通す予言者であるかのように。
「隠者を気取るには我が君は人と関わり過ぎている。どうせ我慢できなくなって慕う者達を守るために牙城を打ち建てるだろうね。そうなったら既存勢力との全面戦争。僕がいる以上、負けは無いから、我が君が世界に君臨するのは既定路線だね」
「………………」
あり得そうな展開に黙り込むしかない俺。
目立つことを避けていることもあり、今はまだそこまで注目されていない。
しかし、いずれどこかでバレてしまえば、俺は世間から様々なことを求められるだろう。
俺の力に見合った成果を。
だが、それに見合った報酬が提示されるとは限らない。
人間社会のリソースが有限である以上当然のこと。
その代わり、押し付けられるのが身分や権力。
この場合、責務や責任と言っても良いかもしれない。
そうなれば俺は逃げられなくなり、手に入れてしまった身分や権力を守るために奮闘せざるを得なくなる。
そして、奮闘すればするほど、俺の庇護を求める人間達が列をなして集まって来る。
そうなれば、俺は『王』になるしかない。
全ての敵を打ち倒し、俺を慕う者達だけを救う『王』に。
…………『王』という名の、自由を失った『奴隷』に。
「どこまで俺は『俺』でいられるんだろうな?」
ベリアルに突きつけられた俺が抱える業。
それは高確率で起こりうる紛うこと無き未来。
思わず呟いた、誰宛でも無い質問。
その問いに答えるモノは、このガレージ内にはいなかった。
今はまだ……………
「やあやあ、白ウサギの騎士、ヒロ。よく来てくれた! 怪我はもう治ったのかい?」
廻斗、秘彗、胡狛、刃兼、タキヤシャを連れて蓮花会を訪れると、真っ先に迎え入れてくれたのは、招待主であるマダム・ロータス。
オレンジの髪に目鼻立ちが整った端正な美貌。
革ジャンにジーパンを履いたスタイル抜群の女性。
どう見ても20代の野性味溢れる美女なのだが、中身は70代の老婆だという。
人脳を機械種の晶脳に焼き付けた機人。
かつて赤の死線で雷名を轟かせた現代に生きる英雄の一人。
所属するのがほぼ女性という蓮花会のトップ。
バルトーラの街でも最重要人物とされる有名人。
「はい。おかげさまで…………マダムの方こそ、お身体はもう大丈夫なのですか?」
先の領主の3男の救出作戦では先行隊を率いた1人。
脱出の際、遭遇した緋王と戦い、少なくないダメージを負ったという。
療養中と聞いていたが、見た所、特に具合が悪そうには見えない。
機人なのだから、俺の目にはそう映らないだけなのかもしれないが。
「ハハハハ、この通りピンピンしてる………と言いたいが、少々無理をし過ぎたよ。今まで何とか全盛期の6割を維持していたけど、今回の件で3割を切ってしまった感じだね」
「そ、それは………大変ですね」
何でもない様子で返すマダム・ロータスであったが、語られた内容はそれどころではない。
実質、自身の戦闘力が半減してしまったことと同義。
しかも、
二度と取り戻すことができ無い損失。
「もうストロングタイプともやり合うのは難しいね。できれば、ヒロと手合わせしてみたかったけど………、いや、1分間ならイケるかな? どうだい、メルラン。それくらいなら構わないだろう?」
そう言うと、チラリと横に視線を向けるマダム・ロータス。
そこには眼鏡をかけた30代半ばの女性が1人。
黒髪を短くしてパリッとしたスーツを着こんだ、有能そうな秘書っぽい人。
整った顔立ちだが、学校のお固い女先生を思わせる厳格そうな表情。
こちらを値踏みするような感情の乗らない冷たい目線。
間違いなく、人に厳しく融通の利かない類の人物であろう。
「…………駄目ですよ、マダム・ロータス。1分間でも10秒間でもこの私が許しません。貴方はもう戦場の人ではないのですから」
マダム・ロータスから視線を向けられた女性は、取り付く島もなく却下。
検討する余地も無いとはっきり宣言。
一応部下であるはずなのに、マダム・ロータスの話を何の躊躇も無しに切り捨てた。
この対応にマダム・ロータスは怒る様子も見せずに苦笑。
少しだけ片眉を上げて、不服そうに言い返すに留まる。
「メルラン。私が戦場の人じゃなければ何なんだい?」
「蓮花会のトップに決まっているじゃないですか。ここにドシンと腰を落ち着けて、皆を安心させるのが貴方の役目です」
「フンッ! そんなの、私と同じ女戦士系のストロングタイプを置いておけば良いさ。顔をそっくりにして目の色を緑に変えておけばしばらくは分からないだろう」
「機人を機械種に見せかけるのはそう難しくないですが、逆は無理ですね。眼球レンズごと緑のモノと交換してもすぐに青に戻ります。機械種を機人に見せかけたいなら、世に聞く現象制御を使わないと無理でしょう」
「………誰も本気で検討しろとは言っていないさ。本当に冗談も通じないね、メルランは」
「そういう役割ですので。母からもマダム・ロータスを相手にするなら、堅すぎるくらいでちょうど良いと伺っております」
「チィ、アイツめ。引退したと言うのに、娘を通じてまで私に小言を言うなんてねえ………」
げんなりした顔で嘆息するマダム・ロータス。
そんな様子にも、メルランと呼ばれた女性は眉一つ動かさず、直立不動を崩さない。
やはりお堅い女性を絵にかいたような人物。
優秀な人なのであろうが、融通の利かない規律に厳しい人っぽい。
おそらく立ち位置的にマダム・ロータスの副官なのであろう。
こんな厳しい人が上司なんて、アスリン達も大変だな。
特に緩いニルとは相性が悪そうな感じ。
……………そう言えばアスリン達は?
ふと、彼女達がこの場にいないことに気づき、キョロキョロと辺りを見渡す。
蓮花会の事務所はこじんまりとしつつも、綺麗にまとまっていてお洒落な感じ。
何人かいる狩人っぽい女性等がチラチラと興味深げにこちらを窺っているようだ。
何やらヒソヒソ話している様子も見受けられる。
きっと俺のことを噂しているのだろうなあ………
『思ったより恰好良くない』とか、『女性型ばかり侍らして……』とか、
「アスリンチームは街の外だよ。ヒロが譲渡してくれた鬼達との連携を試すそうだ…………、やっぱり気になるかい?」
「まあ、そんなところで………」
「アハハハハ、悪いねえ、折角来てくれたのに、相手にするのがこんな婆さんで。まあ、その分、報酬を張るから勘弁しておくれ」
そのまま事務所の奥に通されて、応接間へと移動。
俺だけ座り心地の良いソファに座り、秘彗達はその後ろに立ち並ぶ。
また、マダム・ロータスも俺と向かい合うように座り、メルランさんはその背後に立つ。
マダム・ロータスと1対1の対談のような形。
相手が相手だけに少しばかり緊張。
形式的にはただお礼を渡すだけと言う話だが、当然ながら俺を値踏みするという意味もあるはず。
俺の反応や対応によって、この人が下す俺の評価が上がったり下がったり………
俺と全く縁のない人なら気にすることも無いが、俺が親しくしているボノフさんとも付き合いがあるし、何よりアスリン達が所属する秤屋のトップでもある。
最低評価を受ければ、アスリン達が俺に向けてくるであろう目が怖い。
ボノフさんはきっと変わらないだろうけど………
「また女性型を増やしたんだね? それもストロングタイプを」
「あ、はい。色々縁がありまして………」
マダム・ロータスは俺の背後に立つ刃兼やタキヤシャへと意味ありげな視線を向けながら発言。
どうやらタキヤシャをレジェンドタイプとは見抜けなかった様子。
いかにマダム・ロータスが慧眼でも、タキヤシャの偽装スキルは見破れない。
機体内の出力すら偽るのだから、外見から判別するのはほぼ不可能。
「うんうん………、綺麗な子ばかりだねえ………、こりゃあ良い目の保養になる」
満足そうに頷きながら彼女達の美しさを湛えてくれるマダム・ロータス。
そして、俺へと向き直り、なぜか意味ありげな笑みを浮かべて、
「英雄色を好むというけど、ヒロも隅に置けないね。これじゃあ、ヒスイが焦るのも無理はないか」
「え? 秘彗が………」
突然、マダム・ロータスの口から出て来た秘彗の名。
確か、街中でマダム・ロータスに助けられたという話を聞いていたから、知り合いなのは知っているが………
思わず背後を振り返ると、目を大きく見開いて吃驚している秘彗の姿。
「マ、マダム・ロータス! その話は………」
「アハハハハ、構わないじゃないか? 女の子が慕う男の好みに合わせようなんて、可愛いモノだよ」
「そ、それは………」
何やら俺の知らない話でやり取りするマダム・ロータスと秘彗。
秘彗は困惑顔でアタフタ。
だが、そんな秘彗を愛でるように、マダム・ロータスは悪戯っぽい笑顔を浮かべて、
「でもね、ヒスイ。流石に1m超は無いと思うよ………」
「わああああああ!! わあああああああ!! わああああああああ!!!」
なんか秘彗が壊れた。
顔を真っ赤にして、両手をブンブン振り回し、マダムロータスの言葉を俺に聞かせまいとするように大声で喚く。
「どうしたんだ、秘彗?」
「なんでもありません! なんでもありません! なんでもありません!」
首をブンブン横に振って、思いっきり否定。
何でもないことをそこまで大否定するのもおかしくないか?
「いや、何でもない………って?」
気になって再度問いかけようとするも、
「うう………、本当に何でもないんですぅ………、本当なんですぅ………、だからこれ以上私に聞かないでください………」
今度は消え入りそうな声で懇願。
しかも目に涙を溜めて、小動物のようにプルプル震えながら今にも泣き出しそうな感じ。
だけど、どう考えても秘彗には隠したいことがある素振り。
マスターである俺が、強引に真実を話せと強要すれば、従属機械種たる秘彗は正直に話さざるを得なくなるだろうが…………
う~ん………
気になると言えば気になるが、強引に聞き出すのも悪い気がするし……
「このような場で話す内容ではないと思いますが、如何に?」
俺が悩んでいる間に、隣の胡狛はマダム・ロータスに対して苦言。
少し怒ってますよと不満を滲ませて、ムッとした顔で軽く睨みつける。
だが、マダム・ロータスは気にした様子を見せず『アハハハハ』と笑い、
「そいつはすまなかったね。でも、そんないじらしい姿も男にとっては可愛いと思うものさ。なあ、ヒロ。そうだろう?」
「秘彗が可愛いのは知ってますが………」
「ふえっ! マ、マスター?」
俺の発言に目を白黒させる秘彗。
ビクッと小柄な機体が震え、その拍子に頭の上の三角帽子がずれ落ちかける。
「そ、そんな………、可愛いだなんて………」
慌てて帽子を押さえて元の位置に戻すと、人差し指同士をくっつけながら、何やら小声でモゴモゴ。
ほほを赤く染めて照れる秘彗であったが、
「秘彗が可愛いのは事実だよ」
「ふえ!?」
もう一度念押ししてやると、またも素っ頓狂な声が上がる。
ポカンと口を開けて、俺を見つめてくる秘彗。
ちょっとお間抜けさんな表情ではあるが、そんな顔も可愛いのは間違いない。
しばし秘彗と見つめ合っていると、そんな様子を眺めていたマダム・ロータスがニヤリと笑い、
「アハハハハッ! 良かったじゃないか、秘彗。ホラ? 私の言う通り、1m超に頼らなくても良かっただろう?」
「わああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「アハハハハハハハッ!!」
またも秘彗が壊れた。
真っ赤な顔で胸の前に抱えた三角帽子をクシャッと握りしめての大絶叫。
そんな様子にマダム・ロータスも大笑いして………
しばし、蓮花会の応接間は騒がしい声が響き渡ることとなり、
一連の流れをずっと黙って聞いていたメルランさんが我慢できなくなった様子で、マダム・ロータスに対して声を荒げ、
「マダム・ロータス! そろそろおフザケは仕舞いにしてください! ………そちらのヒスイさんも、マダムは私が黙らせますから、もう少しお静かにお願いします」
二の句を告げさせぬ物言いでピシっと締めて騒ぎは終了。
でも、1m超えって何なんだろうね?
気になるなあ…………
こうして一度仕切り直し。
再度向かい合って臨むマダム・ロータスとの対談。
内容は今回のダンジョンでのアスリンチーム救出のお礼について。
「狩人ヒロ。改めてお礼を言おう。蓮花会所属のアスリン、ドローシア、ニルを助けていただき、誠に感謝する」
姿勢を正し、深々と頭を下げるマダム・ロータス。
先ほどまでは軽い感じの、些か軽薄な空気を漂わせていたが、流石に正式なお礼を言う場となれば、態度を一変させた固い雰囲気。
感謝を示しつつ、威厳を崩さない堂々とした姿。
秤屋のトップに相応しい貫禄。
マダム・ロータスという英雄でなくても、秤屋のトップという役職はこの世界ではかなり重い。
白の教会から『マテリアル変換器』である『秤』を授かり扱うことを許されたのが秤屋。
さらにマテリアルと多岐にわたる商材の流通を司る商会も兼ねる。
言わば総合商社の社長と銀行の頭取を合わせたような存在。
支店長であるガミンさんよりもはっきりと上。
もちろんこの世界有数の秤屋である白翼協商と、秤屋としては中小の規模でしかない蓮花会という差はあるけれど。
そんな人間が一狩人に頭を下げるなんてよほどのことが無ければあり得ない。
それだけ今回のことに感謝してくれているということだろう。
「さて、私からヒロに提示する『報酬』は2つ。そのうち1つを選んでもらいたいと思っている」
儀礼的なイベントが終われば、あとは実利的な話となる。
早速、俺に対し報酬の内容を口にするマダム・ロータス。
美女でありながら、野獣のような眼光をキラリと瞬かせて、自らが差し出す『お礼』について説明。
「どちらも形のあるものじゃなく、紹介状という体をとったコネだ。ヒロが中央に行くならぜひとも欲しいと思う重要人物とのつながりだね」
「つまり、中央の要人への紹介状が2通。どちらかを選べ、ということですね?」
「そう。これがあれば無下にはされないはずだよ。少なくとも向こうのトップと直接会って話ができるのは間違いないし、ある程度は融通してくれるはずさ………、後、2通のうち1つを選んでもらいたいのは、両方並行して紹介することができないからだ。それはどちらに対しても不誠実になってしまう」
「なるほど………、ひょっとして、その紹介先………2人ともお互い近い場所にいて、互いの利害が反する要人………ですか?」
「かしこいね。今の説明だけでそこまで理解するとは………、やっぱりタダ者じゃないね、ヒロは」
「いえ、そこまで大したことでは…………」
マダム・ロータスの称賛に、少しばかりの照れ笑いで返す。
本当に大したことでは無い。
現代日本で社会派ドラマや映画、歴史に興味があれば、すぐにピンと来るような話。
しかし、この世界は世知辛いこともあり娯楽が少ない。
毎日専門家の解説付きで流れるニュースもなければ、様々な人が意見を交換するネット掲示版も無い。
そういった意味では俺はそれなりに諸事に精通している。
少なくともこの世界の大多数の人達よりはある意味、鍛えられていると言っても良いだろう。
「どちらもきっとヒロが中央に行った時に役に立つよ。それだけは断言できる」
マダム・ロータスは自信あり気に断言。
ここまで言う以上、そのコネは確かなモノであろう。
今の所後ろ盾と呼べるモノが白翼協商しかないのが、我が『悠久の刃』のネック。
その白翼協商も所属しているだけであり、辛うじてこのバルトーラの街の支店長であるガミンさんと親交があるくらい。
これから知り合いが全くいなくなる中央に行くとなれば、ぜひとも手に入れておきたいモノ。
この世界は通信環境が脆弱で、さらに元の世界と比べても人心の荒み具合が激しい。
そんな中、立場ある人が『この人間は信用できる』とお墨付きを与えてくれる『紹介』の存在はかなり重要。
何しろ、俺がこの街で躍進できた大きな要因の一つであるボノフさんとのコネ。
このつながりは、偶然手に入れた開拓村でのブルソー村長の紹介がなければ、とても成立しなかったであろう。
なにせ、ボノフさんは現在、ほぼ隠居の身同然。
常時出入りしている機械種使いや狩人は、俺とアスリンチームだけなのだ。
言うなれば、ボノフさんという超腕利きの藍染屋をほぼ独占しているに等しい環境。
今の俺の立場は、この特殊な環境下だからこそ勝ち得た、幸運故のモノであるとも言える。
問題は、中央の、どの程度の人物のコネなのか? ということ。
俺が巻き起こすであろうトラブルを考えると、生半可な人物だと逆に足を引っ張られることも考えられるからだ。
ここまでマダム・ロータスが言い切る以上、それなりの人物だと思うのだけど………
期待と不安が入り混じる視線を向ける俺に対し、マダム・ロータスは真正面から受け止めた上で、自信あり気な笑みを浮かべ……………、ある人物の名を挙げた。
「まずは1つ目。中央の中心に位置するシティ。そこで市長をやっているシア………、ナタシアへのコネだ」
「ええ? シティの市長って………、そ、それって、賢姫ですか? 機人の………」
「ああ、そうだよ。どうだい? ヒロのお眼鏡に叶うかい?」
「それは…………、もちろん………、まさか………、賢姫の………」
マダム・ロータスから提示された超重要人物のコネに、驚きを隠せない俺。
『シティの市長、最も賢き姫、【賢姫】』
未来視での魔弾の射手ルートにおいて、引き籠っていた俺の耳にも自然と入ってくるような超有名人。
世界最大の都市であるシティの運営にもう何十年も携わる伝説的敏腕市長。
最も名の知れた機人であり、噂によるとその素体はレジェンドタイプを超える超高位機種。
前線にこそ出ることは無いが、鐘割りによるテロを何度も潜り抜け、自身の手で不埒者を叩き潰したという最強レベルの戦闘力を持つ。
マダム・ロータスも伝説的な英雄ではあるが、賢姫のネームバリューはさらにその上を行く。
まさか、ここまでの超重要人物とのコネを提示してくるとは………
「彼女とは古い付き合いでね………、私と同じ世界一の緑学者から機人化施術を受けた、姉妹と言える仲さ」
そう言うマダム・ロータスの顔には、郷愁めいた感情が見え隠れ。
懐かしいような、それでいて少しばかり痛みも伴う思い出もありそうな表情。
「姉妹………、賢姫と………ですか。それは凄い身内がいたものですね………」
地方の有力者と話していたら、実は俺の弟、アメリカの大統領なんだよ、って言われたようなものであろうか?
友達を5人介せば、アメリカの大統領にも会える……という話があるけど、人のつながりというのは、本当に油断できない。
もう魂が口から抜けそうなくらいの驚き。
驚き過ぎて、口調が平坦になってしまうくらい。
そんな俺の驚き具合に、マダム・ロータスの顔にほんの少し笑顔が戻り、
「フフフ、流石に驚いているようだね。白ウサギの騎士に一本取ったって自慢できそうだ」
「…………はい。完敗です。そんな凄い人が身内だったのですね。流石はマダム・ロータス」
「アハハハハ、昔は良く一緒に馬鹿をやった仲なんだけどね。私と、シアと、トーラで…………」
「…………………」
「私が狩人のトップになって、シアがシティの市長を目指し、トーラが学会の総学長を狙って、3人でこの世界を変えてやろうとしてたんだ。あまりに世界が女性に優しくないからね。でも、私は途中で脱落。トーラは行方不明。夢を叶えたのはシアだけ」
マダム・ロータスの緑の瞳が微かに揺らぐ。
涙が出ている訳じゃないが、それでも感情が揺れ動いているのは俺でもわかる。
「あの子はたった1人で世界に立ち向かっている。でも、私はこうして中央から遠く離れた辺境で椅子に座っているだけ。今の私の実力では彼女の邪魔にしかならない…………、歯がゆいね。力が無ければ友を助けることだってできないんだ…………、シアもトーラも私の力ではもう及ばない所にいる。英雄だと呼ばれても、結局、私は友達1人助けられなかった………」
そこでマダム・ロータスは沈痛な表情を浮かべて黙り込む。
俺もそれ以上声をかけることができず、しばらく時間だけが過ぎていく。
『トーラ』
アスリン達の話では、マダム・ロータスに機人化施術を行った、世界一の緑学者………だったっけ?
禁忌を犯して中央を追放され、マダム・ロータスがその行方をずっと探しているんだったな。
探そうと思えば、俺が打神鞭で占えばすぐ分かるのだが…………
でも、どう考えてもお亡くなりになってるんだよな。
そんな超有能な人が、辺境で名も上げずにいるわけがないから。
だけど、万が一の可能性に賭けてマダム・ロータスは探し続けている。
それについては可哀想だと思うけど………
「すまないね、少ししんみりしてしまって……」
「いえ、事情はアスリンから少し聞いていますので」
「………じゃあ、2つ目のお礼について話そうか………」
少しだけ目を瞑り、気持ちをリセットしたような素振りを見せた後、
マダム・ロータスは残る2つ目のお礼を掲示してくる。
「同じくシティにある『リンゴの園』の女主人への紹介状………だよ」
「!!!」
『リンゴの園』とマダム・ロータスが口にした途端、背後にいたメルランさんがギュっと不快そうに眉を寄せた。
まるで汚らわしいモノに触れてしまったかのように。
なんだ?
『リンゴの園』って………
メルランさんがめっちゃ顔を顰めたけど………
しかし、俺の記憶には無い言葉だ。
『リンゴ』というのはアップルブロックのことだろうか?
アップルブロックを生産できる工場のこと?
そんなの俺と何の関係が?
だが、マダム・ロータスが示してきた以上、シティの市長に匹敵する人物のコネだと思うのだが………
俺が戸惑う様子を見て、マダム・ロータスはニヤリとした笑みを見せてくる。
そして、やや勿体をつけるかのように時間を置いてから………爆弾発言。
「『リンゴの園』っていうのはね、機械種ウタヒメの供給元なんだよ」
『こぼれ話』
シティは中央の中心に在り、この世界で最も発展した都市になります。
地下を這う有線が街中の通信網を構築し、このシティ内だけですが、現代以上の文明を築いています。
白の総本教会もあり、まさに人間社会の中心とも言える大都市です。
それだけに外部の人間はぐるりと周囲を覆った壁の中に入ることが難しく、入れたとしても街の中を仕切る内壁を越える度に厳しい審査を受けなくてはなりません。
それぞれの壁は身分差を作り出しており、街中の人間はより内側に行こうと足掻きます。
人類社会の光と闇の部分が最も色濃くでた都市とも言えます。
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