第656話 特性

 

 ボノフさんのお店でしばらく歓談………と言うか相談に乗ってもらう。


 機械種達から少し離れて事務所の奥へ。

 向かい合って椅子に座り、じっくりと腰を据えての相談。


 街を出てしまえば、もうボノフさんからの助言を聞くことができなくなる。

 腕と信頼性を併せ持つ藍染屋なんてこの先出会えるかどうかも分からない。

 相談できるうちにしておいた方が良いに決まっている。 



「なるほどねえ………、発掘品を改造できる鍛冶師が必要………、う~ん………」



 早速、また一つ増えた課題である鍛冶師について尋ねてみると、返って来たのは渋い表情。



「全部が全部、自分のチーム内で済ませる必要はないと思うけどねえ?」


「この街ではボノフさんがいますけど………、中央に行けば信頼できる藍染屋に出会えるかどうか分かりませんから」


「まあ、ヒロの心配も分かるけどね。魔王型までいるんだ。生半可な藍染屋なんかじゃ手が出せないだろうし、下手をしたら色々騒ぐかもしれない。ヒロに強い後ろ盾があればともかく、身一つだと、どれだけ優秀だと見せつけても、悪いことを考える奴は出てくるだろうねえ………」


 

 俺の悩み所をある程度理解してくれているようだが、実は本質はそこではない。

 


 もし、俺が持ち込んだモノを良からぬ藍染屋が手を出そうものなら………



 間違いなく『俺の中の内なる咆哮』が黙っていないから。


 最悪その場で相手をブチ殺してしまうかもしれない。


 理由があるにせよ、街の重要人物であることが多い藍染屋を殺せば、いかに前人未到の成果を上げ続ける狩人でも容赦はされまい。


 所詮、後ろ盾を持たないぽっと出の風来坊。

 有無を言わさずお尋ね者になるか、とてつもない枷を嵌められその街に飼い殺しの目に遭うだろう。


 もちろん力尽くで突破できるだろうが、『悠久の刃』ヒロの勇名はそこで終わり。

 名や姿を変え、一からのやり直しは流石に嫌過ぎる。

 

 普通なら多少の揉め事で済みそうなトラブルが、『悠久の刃』ヒロにとっては致命傷なのだ。

 絶対に信頼できる藍染屋でなくては、とても俺の大事なモノを預けるなんてできやしない。

 

 打神鞭の占いをフルに使えば、そういった事態を避けられるだろうが、毎回依頼ごとに試すのも大変だ。

 この街に来てからボノフさんを色々試すような真似をしていたけれど………


 中央に行けば更なる激戦が予想され、手に入るお宝も今以上となる。

 状況によっては藍染屋を頼る回数も増えるだろうから、いずれ手が回らなくなるのは目に見えている。


 だからこそ、自分のチーム内で収まるモノは収めたい。

 その為には鍛冶師………『鍛冶スキル』と『鍛冶特性』を持つ機械種が必須。



「胡狛に鍛冶師系の職業を追加することも考えましたが、それだと3つの職業が全て非戦闘職。胡狛は罠対策要員として、一緒に巣に潜ることになりますから、安全を考えると、3つ目の職業はある程度戦闘力が無いと………」


「罠師に整備士に鍛冶師……か。巣に潜るとなると、ちょいと戦力に不安が残るね」


「もう1機増やすか、メイド型の誰かに鍛冶師を追加すると言う方法もあるのですが………」



 しかし、ストロングタイプとはいえ、ムサイおっさんの外見をした鍛冶師系を仲間にすると言うのも気が進まない。

 かといって、メイド型の誰かというのも、少々気が引ける。

 

 鍛冶師系を入れたそのメイドは、今後ドンドン強くなっていく俺のチームでは戦力外がほぼ確実となる。

 3つの職業のうち2つが非戦闘系になるから当たり前。

 もう巣の攻略にて前に出すことができなくなる。


 メイド型3機の1機だけを戦力外にするのは流石に可哀想。

 いっそ割り切って、3機とも補助職や技術職、生産職の職業を追加し、まとめて内政要員にしてしまうと言う手もあるが……

 


「『鍛冶特性』だけの話であれば、職業を追加しなくても手に入る術はあるんだけどねえ………」


「え? そんな方法あるんですか! お、教えてください!」



 ボノフさんが何気ない様子でポツリと呟いた情報。

 それが耳に入るや否や、即座に身を乗り出し、ボノフさんへと教えを乞う。

 


「ははは、そんなに焦らなくても教えてあげるさ………」



 やや食いつき気味の俺の反応に、少し苦笑いを浮かべながら詳しく説明してくれた。




 ボノフさんの話では、機械種の特徴でもある『特性』は『晶石』ではなく、その『機体』に宿るモノらしい。

 故に、機械種の残骸を利用しての改造を行った時、その残骸の機種が持つ『特性』も付与されることがあるという。



「もちろん、絶対に、というものじゃない。むしろ、『特性』を引き継ぐのは珍しいとなっているねえ………、世間的には」


「世間的には?」



 妙な言い方。

 まるで世間に流れる情報が間違っているような表現。

 だが、このような表現をする場合、一般に知られていない……、若しくは一般に知られるとマズイ情報であることがほとんど。



 俺が怪訝な顔で問い返すと、ボノフさんはニヤリとした笑みを見せて説明を続ける。



「そう。これが『特性』の厄介な所さ。なにせ機械種に備わる『特性』はMスキャナーでも確認することができないんだよ。『召喚特性』や『干渉特性』のように、できる、できない、で『特性』の有無がはっきりとするようなモノなら分かりやすいんだけどね。実は機械種自身でも把握できていないだけで、『特性』はもっとたくさんあると………学会では言われているね」


「『特性』がたくさんある? …………ええっと、俺が知っている特性は………」




 一番有名な『特性』は、自らの亜空間倉庫に稼働中の機械種を収納することができる『召喚特性』。

 また、『錬成制御』で他の機械種の機体に干渉できるようになる『干渉特性』が挙げられる。


 他にも『空間制御』で空間転移が可能となる『転移特性』が知られている。

 『空間制御』の等級が高くても、この特性がなければ空間転移を行うことができない、若しくは、著しく精度が下がり転移事故を引き起こすらしい。


 これらの『特性』の有無が分かりやすい。

 試してできなければその『特性』が備わっていないと分かるから。


 逆に『整備特性』や『鍛冶特性』のような、その『特性』があることで、効率良くスキルを扱えるようになる種類モノだと分かりにくくなる。

 それなりに技術を求められるような作業を行わないと、明確には判別できないからだ。


 

 俺が知っている『特性』を口にすると、ボノフさんは『良く知っているね』と褒めてくれた上で、より詳しい『特性』についての話を語ってくれた。



「まだ『整備特性』や『鍛冶特性』の方が分かりやすいくらいだよ………、『熱耐性』『冷気無効』『電撃反射』………なんかがあるそうだからね。実際に目で見ても、そういった装甲なんだと思い込んでしまう。でも、調べてみれば、装甲の性能とは関係が無いんだ。何度も実験を繰り返し、そこまでしてようやくその『耐性』が装甲ではなく機械種自身に備わった『特性』だと判明するのさ」


「な、なるほど………」


「もっと単純なモノで『足が速い』とか『力が強い』とかの特性もあるらしいよ。こういった効果が地味な特性はちょっとした改造でも宿りやすいみたいだね。地味過ぎて宿った方の機械種も気づかないことだって多いけどね。逆に希少な『召喚特性』や『干渉特性』は宿る可能性が低い。機体の半分近くを移植するような大改造でも宿らないことがあるようだからね」


「運次第なんでしょうか? 俺、運には自信ないんですけど?」


「その機種を象徴するような部位だと宿りやすいとも言うね。あと、移植してもすぐに効果を発揮しないことも多いよ。ある程度機体に馴染んでから特性が発現するようだね」




 ボノフさんから語られた機械種の『特性』についてのアレコレ。

 

 確かに改造を施してパワーが10%上がりましたと言われても、それが改造によるモノか、特性が宿ったことによるモノかなんて分からない。

 特に気にすることも無く、ああそんなものか、と受け入れるだけ。

 

 もしかしたら、俺が気づいていないだけで、改造によって新たな特性を得たメンバーがいてもおかしくない。

 

 例えば、闇剣士の『腕』を移植した剣風、剣雷、秘彗とか…………

 

 そう言えば、秘彗にはその前に『学者』の白衣……軟性装甲を移植していたな。

 

 ひょっとして、何か特性を引き継いでいたかもしれない。


 あのダンジョンでの秘彗の予想以上の活躍はそれが原因だったのかも。

 ある程度機体に馴染まないと発現しないというなら、連戦を続けたことで秘彗に宿った特性が効果を発揮し始めた………と考えられる。


 何回か威力調整をミスって、敵を黒焦げにしていたし。


 『電撃倍増』とか、『砲撃強化』とか………


 自分ですら自らに宿った『特性』を認識できないなら、十分にありうる話だ。




「思っていたよりずっと特性の種類は多いんですね。色んな機種のパーツをくっつけまくったらたくさん『特性』が手に入ったりするのかな?」


「あはははは、そんなにうまい話は無いよ。格下の機種のパーツを移植しても弱くなるだけだし、あまりに両者のレベルに差があると上手く接合せず、不具合を起こすことだってあるんだよ。『鍛冶特性』を持つ機種として、機械種ドワーフが有名だけど、ストロングタイプの胡狛とじゃあ、レベル差があり過ぎる。上手く『鍛冶特性』を宿すことができても、機体が貧弱になったら意味が無いじゃないか。あと、『特性』には偶にデメリットの面が強く出るタイプもあるから気を付けなよ」


「デメリットの特性もあるんですか…………」


「まあ、その辺は熟練の藍染屋に任せれば大丈夫だと思うけど……、腕の良い藍染なら何となくわかるもんさ。でも、絶対じゃないのが『特性』の怖い所だよ」


「う~ん…………、そうなると、やたらめったらにくっつけていくわけにはいきませんね。どうやったらピンポイントで『鍛冶特性』を承継させられるのでしょうか?」


「『鍛冶特性』を持つ高位機種を探すしかないね。有名どころでは、ジャイアントタイプの最上位、機械種サイクロプスが持っているという噂だね。ヒロなら倒せるんじゃないかい? その両腕をコハクに取り付けたら『鍛冶特性』が宿るかもしれないよ」


「いや、大きさ的に絶対無理ですよね!」


「アハハ、そうだねえ」



 ボノフさんの冗談にツッコミを入れる俺。


 と、同時に、思わず、虎芽が巨人の腕を取り付けたいと言っていたことを思い出してしまった。

 

 七宝袋に収納してあるストームジャイアントであれば、機種レベル的に近いのだろうけど…………


 いやいや、取り付けないからね!

 そもそも『虎』芽に『巨人』の腕なんて許されるわけがない!

 タイガ○スファンやジャイアン○ファンからクレームの嵐が来てしまう!




「『特性』………、色々と奥が深い感じですね。俺もまだまだ知識不足だったようです。もっと勉強しないとなあ………」


「しょうがないよ。そもそも、この『特性』の引継ぎ関連の情報は藍染屋だってお得意様にすら秘密にしているからね。知っている人間の方がずっと少ないさ。なぜだか分かるかい?」


「え………、う~ん……」



 自分の知識不足を嘆くと、ボノフさんが説明を付け加えてくれる。

 まるで頑張っている生徒を慰める先生のように。



「『特性』を引き継がせることが目的で改造を依頼されても困るからだよ。なにせ、なんで特性が引き継がれるのか、こっちも分からないんだから。どれだけ丁寧に仕事をしても引き継がれるかどうかは運次第かもしれないんだ。こんなことが世間に公になったらトラブルが増えるだけだね」


「あ~~~………」



 この世知辛いアポカリプス世界でなくても、容易に想像できるシチュエーション。

 自分の都合の良いことしか見えない者など、どこにだっている。


 藍染屋としては秘密にしたい情報であろう。

 仕組み・原理が不明ではっきりと分かっていないことなのだ。

 中途半端に知られたら、ボノフさんの言う通りトラブルが増えるだけ。



「そんな貴重な情報を俺に………、良かったのですか?」


「まあ、今まで見て来たヒロなら問題は無いと思ってね。中央に行ってもその謙虚な態度を忘れないように」


「はい、肝に銘じておきます」


「あと、ついでにもう一個教えておこうか。ちょうど調べものが一段落ついたからね」


「はい?」


 

 え? なんだろ?

 調べもの?

 何かお願いしていたっけ?

 

 ボノフさんの発言に思い当たるモノがなく、頭にハテナマークを浮かべる俺。

 

 ボノフさんはそんな俺の反応を気にすることなく言葉を続ける。



「ヨシツネのことさ。緋王の腕を取り付けた際の突然のランクアップ。アタシもあの後少し調べてみてね………、どうやらレジェンドタイプはジョブシリーズのように職業を追加できない代わりに、『覚醒』という手段でランクアップするようなんだよ」


「『覚醒』………、その、それはヨシツネみたいに人間の容姿になるのですか?」


「う~ん………、そこまではっきりと分かっているわけじゃないけど、そうなる機種もいるだろうね。レジェンドタイプにも色々あるだろうし………、一つ分かっているのは、その『覚醒』は単に経験値を貯めるだけじゃなくて、ナニカの条件も達成する必要があるということ。その条件が何かは、機種によって違うみたいだけど」


「つまり、ヨシツネはあの『緋王』の腕を取り付けたことが『覚醒』する条件だった?」


「おそらくはそうだろうね。というか、それ以外には考えられないよ。ちなみに有名なレジェンドタイプである機械種ジークフリートは、強大な竜種を倒して『覚醒』したらしいよ。つまり、ヨシツネの『覚醒条件』が緋王の身体の一部を取り付けることで、ジークフリートは竜種を倒すことだった………、ほら、そう考えるとあの理不尽な現象も納得がいくだろう?」


「むむむ………」



 ボノフさんが導き出した答えに、やや渋い顔の俺。


 ボノフさんは自身あり気に断言するが、俺としては少々違和感が拭えない。

 

 機械種ジークフリートの『覚醒条件』は分かる。

 

 元ネタはゲルマン神話で語られる竜殺しの英雄、ジークフリート。

 殺した竜の血を浴び不死身になったとか、竜の心臓を食べたことで鳥の言葉がわかるようになったとか………


 とにかく、その英雄性は竜を殺すことで得たモノなのだ。

 それもおそらくは、最上級の竜種を………

 故に『覚醒条件』が竜殺しであるのは理解できる。



 しかし、ヨシツネの覚醒条件が『緋王の腕を取り付けた』というのは理解できない。

 現にランクアップしているのだけれども、元ネタである源義経の伝承にそんな逸話は見当たらないから。

 『橋の上で強敵を倒した』とか、『戦場で敵将の首を取った』とか、なら分かるのだけど………



 そういや、ヨシツネの奴、ランクアップしたのは『刀』が………とか何とか言っていたな。

 緋王の腕云々よりは、まだ『刀』の方が義経の伝承との関わりが近いのだろうが。



 まあ、ヨシツネの戯言は置いておくことにして………



 色々調べてくれたボノフさんには悪いが、多分、あの原因は白兎のやらかしであろう。


 全ての混沌の種はアイツが振り撒いているのだ。

 きっとヨシツネがおかしなことを言い始めたのも白兎に影響を受けてのことに違いない。


 全く、俺のチームはどこまで混沌に侵されていくのか?

 それを食い止められるのは白兎のマスターである俺だけ。

 世界の秩序を守るためにも俺が頑張らないと!

 



「ありがとうございます。色々と調べて頂いて」


「いいよいいよ。アタシも興味本位に調べただけだからね。それよりも、あのタキヤシャの覚醒条件を探してあげな。きっと、ヒロの役に立つだろうから」



 そう言いながら、機械種達だけで集まる輪の方へと視線を向けるボノフさん。


 俺も釣られて目を向けると、ハルルと楽し気に会話を交わす廻斗とタキヤシャの姿が見える。

 主に会話しているのは廻斗とハルルのようだが、時折水を向けられたタキヤシャがポツリポツリと返している様子。


 その光景はタイプの違う女学生同士の会話にも見えなくも無い。

 間の廻斗はマスコットということで。

 


「はい、そうします」


「うんうん。きっと従属機械種達を大事にするヒロなら見つけられるよ」



 素直に頷く俺に優しい目を向けてくるボノフさん。



 任せてください、ボノフさん。

 実際にその通りになりますよ。

 『覚醒条件』を調べるだけなら打神鞭の占いで一発ですし!



 ちなみに、男性型連中は男性型だけで集まって歓談中。


 豪魔、毘燭がメインで語り、剣風、剣雷が身振り手振り。

 どうやら俺達の武勇伝をぼやかしながら語っているようで、ボノフさんの従属機械種である機械種オークやエスクワイアが興味津々で聞き入っていた。


 




「あ………そうだ! 俺からもう1個、依頼があります」


「うん? 何だい?」


「えっと…………これでして………」



 そう言って空間拡張機能付きバッグ(七宝袋経由)から取り出すのは、濡れた様に滑らかに輝く一束の髪の毛。

 ヨシツネが切り取った朱妃イザナミの黒髪。

 

 一度はレオンハルトへ譲渡したが、余った分ということで半分が返って来たのだ。

 

 先ほどのボノフさんの説明では、移植する機械種の部材はできるだけレベル差が少ない方が良いという。

 ならば、これを最も活かすことのできる機種は、俺のチームの中ではタキヤシャであろう。



「この髪をタキヤシャに組み込みたいのですが………」



 髪束を手に捧げ持ちボノフさんへと見せる。


 全く人間のモノと見分けのつかない精緻なモノ。

 しかし、その中身はただの毛髪ではありえない。


 なにせ、刃兼の刀でも切れなかったのだ。

 剣風の剣でも同様。

 多分、剣雷の『雷双大剣』であれば切れるだろうけど。

 

 極めて頑丈な材質で構成された極細ナノチューブみたいなモノであるらしい。

 さらに髪質の中に『死』と『闇』が込められた、正しく黄泉神の一部。


 これ以上、タキヤシャに相応しい改造の材料も無いであろう。



 あと、これとは別に、先行隊がダンジョンから脱出する際に遭遇し、白兎と白志癒が撃破した緋王タケミナカタの残骸も七宝袋の中に保管してある。

 白志癒と分け分けしたそうで、ボロボロになった衣服が少しと上半身の半分、脚が1本だけ。


 これについては白兎と胡狛が自分達で扱いたいと申し出て来たので、この場では出さない。

 最上級の朱妃である機械種イザナミと違い、緋王でも末席でしかない機械種タケミナカタの残骸であればギリギリ扱えるらしい。

 

 何でもかんでもボノフさんに頼りきりなのも悪いので、今回は朱妃イザナミの髪だけをお願いする。

 ボノフさんならこれ以上無い形でタキヤシャを強化してくれるだろう。


 


「ふむ? …………ちなみに聞くけど、この髪の主は?」



 俺の手の中の髪をじっと見つめてから、俺に問いかけてくるボノフさん。

 その目は真剣そのもの。

 

 すでに技術者の顔だ。

 一目見ただけでこの髪のヤバさを認識してくれた模様。



「えっと…………、驚かないでくださいね」


「はあ…………、もうその言葉だけで、その先を聞きたくなくなったよ…………」


「いや、聞いてくださいよ!」


「しょうがないねえ………、だいたい想像つくけど…………」



 ボノフさんは疲れたようなため息を漏らし、もう泣き笑いのような顔。


 質問してきたのに、聞きたくなくなったとは如何に?

 

 まあ、今まで散々驚かせてきた実績が俺にはあるからなあ………



「ご想像の通り、この街のダンジョンの主であった朱妃の髪です」


「…………………」


「ボノフさん?」


「………いや、何で何百年も討伐されていない朱妃が、たった半年しかいないヒロに倒されるのだろう?………と思ってね」


「今回の活性化で35階まで昇って来たからですよ。あと、迷宮主は新たに生まれた紅姫に譲ったそうなので、ダンジョンは大丈夫です」


「何でヒロはそこまでトラブルに見舞われるのかねえ? 白の教会に厄除けに行ったらどうだい?」


「それはそれで、白の教会でトラブルに巻き込まれそうなんですが?」



 今は厄介な鐘守が訪問中だそうだし。

 

 だいたい俺と白の教会は相性が悪すぎるのだ。

 行くと、何かしらの揉め事に遭遇するか、俺が引き起こしてしまうに違いない。



「やっぱりヒロはそういう星の元に生まれたんだね。アタシのできることは少しでもその負担を和らげてあげるくらいか…………、ちなみに聞くけど、やっぱりあの魔王型、ベリアルが倒したのかい?」


「はい、ベリアルとヨシツネの2機がかりで倒しました。創界制御で異空間を造り、その中で軍団を率いて戦いを挑むタイプでして、対抗する為にこちらも手持ちの全戦力をぶちまけました。天琉も豪魔も輝煉も、メイド型達も………、ボノフさんが整備してくれた巨大戦車も活躍してくれましたよ」


「大決戦だったんだねえ…………、そう言えば、晶石は?」


「それは確保しました。でも機体は完全に消し炭です………あ、晶石、見ます?」



 ボノフさんの返事も聞かず、空間拡張機能付バッグ(七宝袋経由)から朱妃イザナミの朱石を取り出す。


 外に出した途端、朱の光がキラリと瞬き、一瞬だけ事務所内を朱色で満たす。


 まるでここだけ朝日に包まれたような明るさ。

 いきなり幻想空間に塗り替えられてしまったような非現実感。


 本体が滅びてなお、益々輝き増し続ける永久機関。

 それ以外のモノが目に入らなくなるような存在感。

 人を狂わせかねない妖しい光を纏うこの世の至宝。



「…………確かに『朱石』だね。一度だけ学会で見たことがある」



 朱の光に照らされ、朱に染まったボノフさんの顔。


 固く強張った表情。

 抑揚のない声の口調からかなり緊張している様子。


 

 無理も無い。

 辺境であれば、これ一つで国が複数生まれて複数滅びるという劇物。

 中央ですら、これを出せば、あっという間に王侯貴族に成り上がれるであろう。


 換算されるマテリアル以上に、朱妃を倒したという事実が大き過ぎるのだ。

 つまり、それは人類の急務である『砦』や『城』を攻略できるということだから。

 

 

「やっぱりこの『朱石』は秤屋にも白の教会にも渡さないんだね?」


「はい。渡してしまえば、もう後に引けなくなりますので。俺は自由でいたいんです」


「絶対に鐘守が放っておかないだろうね…………、それで、その髪をタキヤシャに組み込むんだね…………そして、朱石をどうしようか?……ってとこかい?」


「そうなんです。折角のお宝なのに使い道が無くて………」



 俺の七宝袋の中には、緋王バルドルの緋石が一つ、朱妃イザナミの朱石が一つ、残っていることとなる。

 表に出せば大騒動になるのは必至。

 だから初期に手に入れた緋石はずっと死蔵するしかなかったのだが………



「紅石や臙石までなら、黄式晶脳器に変換して発掘品に組み込むっていう手もあるけど………、緋や朱を染め直す設備はこの街には無いねえ………」



 ボノフさんは腕組みしながら思案してくれているも、解決策までは出てこない。


 

「ヒロの仲間に神人型がいるなら晶石合成も選択肢の一つだけど………」


「いませんねえ。豪魔は純粋な神人型じゃありませんし」


「だとすると、この辺境ではどうしようもないね。中央に行けば、もっと取り得る手段があると思うよ」


「やっぱりそうですか………」



 ここは俺の信条でもある『保留』を選ぶしかなさそうだ。

 今はこの辺境にて出来る限りの強化をすることで満足することにしよう。



「では、ボノフさん。タキヤシャへの防冠処理と髪の組み込みをお願いします」


「あいよ、任せておきな。今日の夜には完成させるから、またおいで。その時、ハガネを連れてくるのを忘れないようにね」



 施術をしてもらうタキヤシャと、連絡役としての廻斗、護衛としての豪魔を残して店を発つ。


 知識欲旺盛な豪魔が、いろいろ勉強したいから残りたいと申し出たのだ。

 ボノフさんも豪魔の落ち着いた立ち振る舞いを気に入ってくれているようで、二つ返事で承諾。


 豪魔が護衛にいるなら、どんな敵も蹴散らしてくれるだろう。

 俺も安心して任せられる。







 その日の夜。

 刃兼と胡狛、秘彗を連れてボノフさんのお店に訪問。


 今度はハルルも普通に俺達を受け入れてくれて中まで案内。


 すると、中で待ち構えてくれたのは、若葉色の髪がほんの少し色濃く変色したタキヤシャの姿。

 

 部材や工具が散らばる藍染屋の事務所であるはずなのに。

 タキヤシャがいるだけで、そこがまるで演劇の舞台であるかのような雰囲気が満ち溢れている。


 舞台に立つのは幽玄美麗な少女。

 絢爛豪華な衣装を纏ったお姫様。 


 牡丹の花模様が彩られた豪奢な着物。

 花魁髪に差された簪は蛍のような薄ぼんやりとした光が灯る。


 しかし、その周囲だけ闇が濃いような印象。

 それだけに玲瓏とした美を備える少女の華が映えて見える。



 闇夜に灯る、灯篭のように…………

 地獄に咲く、一輪の彼岸花のように………

 

  

「タキヤシャ………」


「はい、貴方さまの忠実なる僕、タキヤシャでございます」


「そ、そうか………」


「この度の改造、誠に感謝いたします。このタキヤシャ、髪の毛の一本に至るまで、貴方様の為に尽くすことを誓います」



 フワリと優雅に頭を下げるタキヤシャ。

 綴られた感謝の言葉はスルリと俺の心に入り込む。


 ゾクッと背筋が凍りそうになるほど、艶っぽい響き。

 少女の面が強く出ていた前より、大人っぽさが増したような気がする。


 纏う雰囲気に更なる『闇』が足された感じ。

 黄泉神としての朱妃イザナミの力が宿ったと思わせるほど。




「綺麗になられましたね、タキヤシャさん………、素敵です」



 秘彗が少々ぽーっとなりながらタキヤシャの美しさを褒める。



「圧力が増したように感じます。益々お強くなられたようですね」



 刃兼はタキヤシャの機体に宿った新たな力に着目。



「ほとんど原型が見当たらないまでに同化させましたね、流石はボノフさん」



 胡狛は技術者としてボノフさんの腕を高く称賛。

 


 同じ女性型3機なのに、見ている視点がそれぞれ違う。

 これもやはり個性なのであろうか………



「フフンッ! 凄いでしょう凄いでしょう! 我がマスター、ボノフ様の技術力は世界一なのですよ!」



 ボノフさんの従属機械種であるハルルは、我が事のように自信満々な態度。

 薄い胸をこれでもかと反らして、ふんぞり返る。

 皆にボノフさんの腕や成果を褒められご満悦の様子。



 そんな最中、事務所の奥から聞き慣れた声が響き、




「キィ!」

「おお、マスター。この度は我の我儘をお聞きいただき、感謝いたします」



 俺達がタキヤシャに目を取られていると、事務所の倉庫側の扉から廻斗と豪魔が登場


 2機とも変わらぬ様子で俺達の方へと近づいてくる。

 そして、昨日の出来事を楽し気に報告。



「キィキィ!」


「へえ? 廻斗も整備を手伝ったのか?」


「なかなかの腕でございましたな。残念ながら我は不器用な身なので、お役には立てませんでしたが………」


「キィ~キィ!」


「なるほど、豪魔は倉庫の片づけをやってくれたんだな。お前なら重量級でも余裕だろうし。俺の代わりにボノフさんへの恩に報いてくれたか。ありがとう」


「はははは、滅相も無い。ボノフ様から義体の使い心地を確かめた方が良いとアドバイスを受けまして、運動がてら荷運びをしただけです」



 豪魔が荷運びって………

 体格的にも能力的にもピッタリなのだが、今の義体の外見からは死ぬほど似合わない。

 どちらかというと何千人の荷運び人を従えた巨大運送業社の総帥というイメージ。



「おや? ヒロ! もう来たんだね」



 廻斗と豪魔に続き、ボノフさんが奥から出てくる。

 作業続きだと言うのに、些かの疲れも見せず、いつもの調子で成果を語る。



「どうだい! この子の美しさが倍増しただろう? 自分でも良い仕事をしたと思うよ!」


「はい! 見事な出来栄えですね。流石はボノフさん!」


「いやいや、部材と相性が良かったのもあるよ。でも、前も言ったけど『特性』が承継したかどうかは分からない。だからその辺はおいおい調べておくとよいね」


「そうですね。この後、また、外に行く予定なので、その時に色々試してみるようにします…………、あと、刃兼の方も………」


「任しておきな。この通り、翠膜液の用意もしてあるよ…………で、ハガネには何の晶石を合成するんだい?」


「それはこちらを…………」



 俺が取り出したのは、機械種サムライマスターの晶石。

 これが刃兼へと追加する職業。


 侍に侍を重ねるのだ。

 剣技に磨きがかかり、必殺の空間斬もさらに冴え渡るに違いない。


 ビルド的にはヨシツネに近いのであろう。

 ヨシツネの下位互換だと言えなくも無い

 しかし、刃兼をこのまま剣術1本で伸ばしていけば、剣の腕に限れば、空間転移や軍団指揮にリソースを割くヨシツネを超えられるかもしれない。

 

 それに同じストロングタイプ前衛である剣風が高機動強襲型、及び移動装甲砲台。

 剣雷が高火力重装甲型なのだ。

 故に刃兼は一撃必殺を旨とする前衛遊撃型として育てたいと思っている。

 



「ボノフさん、お願いします! これがストロングタイプ、侍系の晶石です」


「なるほど、まずはピュアダブルで固める方針だね」


「中途半端だと扱いに困りますので…………」



 元々俺のチームは陣容が厚いのだ。

 1機に色々やらせるのではなく、それぞれに役割を割り振り、特化させた方がチーム戦力としては上がる。


 悠久の刃では2軍であるストロングタイプチーム。

 その前衛は剣風、剣雷、刃兼の3機。

 そして、後衛が毘燭、秘彗、胡狛の3機。


 ちょうど6機の1小隊。

 地下迷宮探索RPG、WIZで言うなら、


 ロード、ロード、サムライ

 ビショップ、メイジ、シーフ


 このまま地下10階を目指せる感じ。

 何と美しい部隊編成であろうか。

 

 あとは胡狛を忍者にすれば完璧………


 いや、まだ忍者系を入れるかどうかは決めてないけど。


 




 晶石をボノフさんへ手渡すと、早速作業を開始してくれる。


 翠膜液の入ったフラスコに晶石を沈め、馴染ませてから晶冠開封した刃兼へと投入。


 一瞬輝きに包まれる刃兼の機体。

 次の瞬間には、薄青色の着物の絵柄が少し変化した刃兼の姿が現れる。


 撫子の花柄模様がより鮮明に。

 裾部分に唐草模様が追加。


 よりお洒落になった感じの機械種サムライナデシコ。

 おそらく2~3%程パラメーターが上昇しているはず。


 あとは経験値さえ足りてれば白の遺跡でダブル化できる。

 まだ従属したばかりだから、もう少し時間がかかると思うが。



「どうだ? 刃兼」


「………力が………増したのを……感じます」


 

 陶酔するような色っぽい表情で答える刃兼。

 俺の問いに対して、少々つっかえながら返事。


 それでも数秒経つと元のキリッとした顔へと戻り、改めて俺に頭を下げながら感謝の言葉を述べてくる。



「ありがとうございます。新参の身に、これほどまでにご配慮いただいて恐縮です」


「これから活躍してくれるという期待込みさ。あとは経験値を貯めるだけだな」


「はい! 精進致します!」



 刃兼は相変わらず溌剌とした剣術少女。

 ピンと伸ばした背筋が凛々しくも美しい。


 俺のチームでも女性型で前衛に立てる機種は希少。

 どうしても男性型では入りづらい場所もあるから、女性型の前衛職は絶対に必要。


 タキヤシャと2機、秘彗や胡狛の護衛を任せることが増えるだろう。

 今後の刃兼の活躍に期待しよう。

 




 刃兼まで強化が完了、俺への報告を済ませた後、

 秘彗、胡狛、タキヤシャの3機が寄って来て刃兼へと話しかける。


 まあ、タキヤシャは胡狛にズルズルと引きづられて来た形だが。


 そこへハルルも加わり、いつの間にか女性型5機が集まる姦しい空間に早変わり。

 たちまち始まるガールズトーク。


 主に話すのは会話が得意な胡狛と、意見を率直に述べる刃兼、そして、騒がしい性格のハルル。

 偶に秘彗が控え目な意見を述べ、周りから話しを振られる形でタキヤシャも参加。


 

 う~ん………

 いいねえ………

 可愛い子がたくさんで目に優しく、心が安らぐ。

 

 

 美少女達がキャイキャイ騒ぐ様を眺めながら、疲れた心が癒されるのを感じていると、

 



「ふう………、少々疲れたから、アタシは奥で休むことにするよ」


「キィ!」

「では、我らが代わりに片づけを行いましょう」



 ボノフさんは事務所の奥へと引っ込み、豪魔と廻斗が片づけに入る。


 残されたのは女性陣の輪から外れた俺1人。


 いや、別に寂しい訳じゃないけど…………




「これで仲間の強化も一段落ついた。あとは注文した部材が届けば外に出れるな」



 1人になった所で、今の状況と今後の課題を口に出して整理。

 


 森羅や胡狛が注文してくれた『空中庭園』と『浮遊島』をドッキングさせる為の部材。

 あと数日で入荷するはずなので、それが入り次第、また人気の少ない暴竜の狩り場付近に赴く予定。



「領主主催のパーティーの日が過ぎるまでは外にいた方が良いな。狩りに出ていましたと言い訳もできるし………」

 


 一応、正式に断っているが、領主から誘われたパーティーを断っておいて、その日丸一日ガレージでゴロゴロするのは向こうの神経を逆撫でするだけ。

 きちんと断った理由を用意しておかないと余計な恨みを買ってしまう。


 なら、出席しとけよ! と思うかもしれないが、陰謀渦巻く上流階級の交流に参加する方が俺にとってのリスクが高いのだ。



「あ、そうだ。マダム・ロータスのお誘いもあったな………」



 今日は部材手配と補給品の納入でバタバタしていた。

 できれば早い目に伺う必要があるだろう。


 今日はもう遅いから、行くなら明日。

 

 はてさて、一体俺に何をプレゼントしてくれるのだろうか?

 

 



『こぼれ話』

【特性】にも等級があり、最上級~最下級にランク分けされているのではないか

言われています。もちろんランクが高いほど効力が強くなります。

しかし、当の機械種自身でも把握していないことも多い為、どの【特性】を何【級】でもっているかを調べるのは大変困難です。

【特性】はこうした存在すらあやふなモノなので、一般にはあまり知られていない知識となります。

しかし、中央では、どの機種のどの部分を使えば【特性】が宿りやすいかの研究が進められているようです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る