第644話 街6



 秤屋を訪れた後、町はずれの孤児院へと立ち寄り、バッツ君と会う。


 残念ながら割り屋としての依頼を出すことはできないが、代わりに街の噂を拾ってもらえるようにお願いしておいた。


 報酬は出来高制。

 1週間後までに面白い噂を拾ってくれたら、その度合いに応じてマテリアルを支払う予定。

 

 まあ、どんな噂であっても一つ100Mくらいは払ってあげよう。

 割り屋の報酬と比べたらかなり安いが、リスクも無しに噂を拾うだけで最低1万円貰えるのだ。

 子供であるなら割りの良い仕事と言える。


 

 また、ルークのこともあったので、マリーさんにも会っておきたかったのだが、残念ながら外出中。


 バッツ君曰く、マリーさんは最近外に出かけることが多いそうだ。

 まるで誰かを探しているような雰囲気であったという。


 

「ルークを探しているんだろうなあ………」


「ルーク? ………姉ちゃんも心配性だなあ。独り立ちしてるんだから、放っておけば良いのに………」



 バッツ君はマリーさんの行動を過保護すぎると思っている様子。

 

 確かにこの世界の成人はだいたい15歳くらいだから、ルークはすでに成人扱いだと言える。

 そのルークにマリーさんが構い過ぎると言われてもおかしくは無い。



「まあまあ、バッツ君。そう言うなよ。何歳になっても弟は弟。どうしても気になるもんさ」


「俺だったら、構われ過ぎるのは嫌だけどなあ………」



 唇をとんがらせて感想を述べるバッツ君。

 このお年頃ならそんな感想になるのも仕方ないね。


 

 そんな感じでバッツ君とお話ししていると、




「「「ぎゃあああああああああああああああ!!!」」」



 

 突然、孤児院の中から子供の叫び声が響いた。

 それも複数人の声。



「え? 何だ?」

「お館様、お下がりを!」



 すぐさま刃兼が俺とバッツ君を庇うように前へ。

 また森羅も銃を構えつつ警戒。


 だが、白兎は鼻をヒクヒクさせただけで特に警戒する素振りは無く………



「白兎? どうした………」


 フルフルフル


「んん? 大丈夫って?」



 本来なら悲鳴がした方向へと飛び込んでいっただろうが、白兎からは『心配無用』との言葉。

 その言葉を信じ、しばらくその場で待機していると、通路の奥から現れたのは、



 ピョンピョンピョン………



 こちらへと跳ねてくる1機の機械種ラビット。

 

 額に『千』と書かれた見覚えがあり過ぎる外観。



「白千世?」


 パタパタ

 


 俺が呼びかけると、耳を振って応えてくる機械種ラビット。

 白兎に匹敵する反応の良さ。

 どうやら白兎の直弟子の1機、トアちゃんの従属機械種である白千世に間違いなさそうだ。



 ピコピコ

 フルフル


 早速白兎と鼻をくっつけ合って挨拶。

 

 パタパタ

 フリフリ


 そして、始まるウサ耳を震わせての会話。


 ペコペコ

 フルフル


 なぜか、白兎が謝罪するように頭を下げていて、



「おい! 白兎、何があったんだよ!」


 

 堪らず白兎に詰め寄って事情を問いただしてみると、



 ピコピコ


「え? 女の子の生首が飛んでた?」


 フリフリ


「それで子供達が驚いて………、白千世が石を投げて追っ払ったのか………」


 パタパタ


「…………白千世が印をつけたって? どうやってだ? しかも、飛んでる生首なんだろ?」



 白千世が追い払ったのは良いが、何者か気になるなあ。

 だいたい、なんだよ。その怪奇現象は?

 女の子の生首が飛ぶなんて、そんなホラーな展開………




「んん? もしかして…………」




 孤児院での用事を終わらせてから、外に出てから近くの人気のない路地裏へと移動し、




「おい、浮楽。出て来い」



 俺の呼びかけに、光学迷彩を解いてサッと姿を現す1機の人型機械種。

 メルヘンチックな模様の道化師服を纏ったピエロ少女。


 余った袖をビュンと一振り、右手を前に、左足を下げ、腰から直角にペコリと頭を下げる。


 サーカスのクラウンが行うようなオーバーアクション過ぎる一礼。

 ともすれば滑稽とも言える場違いな作法。

 しかし、そんな振る舞いこそ今の彼女に相応しい。

 


 狂気振り撒く月光曲芸団ルナティックサーカス、団長 浮楽。

 

  


「ギギギギギッ!」



 

 一礼を終え、こちらへと顔をクイッと上げてみせると、俺の視界に入る人形のような整った顔立ち。

 顔面に白粉が塗りたくられてはいても、星やハートマークといったペイントがされていても、その美しさに陰りは見られない。


 しかし、その顔に浮かぶのは狂気が張り付いたような笑顔。

 あまりに美少女には似つかわしくない表情。


 玲瓏たる月光の煌めきと、狂おしいまでの喜悦がその顔を彩っているかのよう。



 『危険と分かっても手を出さずにはいられない……』

 『一目見れば魂が吸い寄せられそうな……』



 そんなフレーズが思い浮かぶほどの危うい美貌。

 

 大きな瞳も、柔らかそうな頬も、小ぶりな鼻も、笑顔を形作る口も、

 全てが完成された造形。

 月神の芸術を以って仕上げられた至高の美術品。

 


 しかし、ただ一つ、美を損なう点があるとすれば、



 その額にはナニカをぶつけられたような傷跡。



 しかも、その傷跡はなぜか、丸に2つの突起が付いた兎模様に見え………




「お前かい!」


 ゴツンッ!!


「ギギギ?!」



 とりあえず騒がした罰ということで一発頭を小突いておいた。





 

 




 その後は、さらに街の中心部から離れた外縁部へと向かう。

 

 目指すは機械種ガンマンが運営する射撃訓練所。



「さて、随分久しぶりなような気がするな」



 多分、最後に会ったのはダンジョンに潜る前。

 3週間近く前のこと。



「色々と相談に乗ってもらいこともあるし………、中央行が決まったも同然であることも伝えたいし………」



 ボノフさんの次にお世話になった方とも言える。

 きちんと報告はすべきだろう。

  


「刃兼は初めてだったな」


「はい、お館様がお世話になっている方ですね」


「ああ、乱暴な物言いする方だけど、悪い人じゃない。失礼の無いようにしてくれ」


「承知致しました」


「あと、浮楽は……………」



 辺りを見渡しても、俺と白兎、森羅、刃兼以外の人影は無い。 

 しかし、浮楽は姿を消しながら俺達の後をついて来ているのは間違いない。


 前回のヨシツネの二の舞は御免なので、教官に会ったらすぐ光学迷彩を解除させる必要があるだろう。


 ……………少しだけ浮楽の隠形を見抜くことができるか、気になる所ではあるけれど。








「んん? ヒロ………カ」


「はい、お久しぶりです。教官」


「負傷したと聞いたガ…………傷は癒えたのカ?」


「あははは、実は怪我じゃなくて、精神的な疲れの方で………」



 射撃場に近づくと、途中で待ち構えていた様子の教官と遭遇。


 向こうではパンパンという射撃の音がすることから、生徒が今も練習中であるのようだ。

 

 もし、敵ならばここで迎撃するつもりであったのだろう。

 

 一見、テンガロンハットに古びたコート、ポンチョを羽織った包帯男。

 強そうには見えないが、その実、何十年もこの街の治安を担ってきた猛者。

 

 ストロングタイプの集団すら追い返したそうだから、その実力はレジェンドタイプ並み。

 もう辺境に居て良いレベルではない。

 

 マスターを失いながらもブルーオーダーのまま活動しつづけるファントムでなければ、きっと誰かに従属して中央で活躍していたはず。



「ハクトにシンラ…………、ふム? 知らない顔がいるナ?」


「あ、すみません。こっちは新しく従属させたストロングタイプ女侍系の刃兼です」


「紹介に預かりましたハガネと申します。いつもマスターがお世話になっております」


「んン………、あア………」



 刃兼の洗練された挨拶に、教官はどことなく気も漫ろな返事。

 刃兼が目に入っていないというよりは、他のナニカに気を取られているような………

 

 

「あっ! すみません。もう1機連れてきています。今は姿を消しておりまして………、浮楽!」


「ギギギギッ!」



 シュタッと、現れる道化師少女。

 空中から出現して、地面へと華麗に着地。 


 イチイチ動作が大げさで、まるでアクション映画のスタントでもやっているような登場の仕方。

 だが、浮楽の本質はサーカス団長であり、こうした動作を取るのは晶石に刻まれた本能に近い。



「ギギギギギギッ!!」



 相変わらず余った袖をフリフリ、仰々しい挨拶を行い、普段俺がお世話になっている教官へとその感謝を示す。


 一連の流れが実に見事。

 本人の美麗な容姿と華麗な立ち振る舞いに、一つのエンターテイメントを見ているような気分にさせられる。


 ただし、その額には、傷を隠すための白兎印のワッペンがペタリ。

 放っておいても直るような傷だけど、ウサギ型の傷はあまりに不格好。

 故に絆創膏代わりの処置だそうなのだが、その位置のワッペンも似合わないことこの上ない…………



「浮楽と言います。ちょっとお茶目でファンキーな奴ですが、結構有能でして………」


「ギギギギギギッ!」



 俺に褒められて、ムンッ! と無い胸を張る浮楽。


 ランクアップしてから少し調子に乗りやすくなったのかもしれない。

  


「……………なるほド、魔人型カ」


「!!! ……………分かります?」


「あア………、コイツ等は人型機種のように見えて根本から違う者だからナ」



 やや緊張した素振りを見せる教官。

 その超高位機種である浮楽の実力を計っているのかもしれない。



「ジョブシリーズにモ、芸人系はいるガ、そのどれとも姿形・外見が全く異なル。彼等は種類が多いからその全てを知っている訳ではないガ………」


「確かノービスタイプの機械種タレント、ベテランタイプの機械種コメディアン、ストロングタイプのエンターテイナー………でしたっけ?」


 

 教官の言うように亜種が多く、ベテランタイプから様々なタイプに派生する。


 男俳優系は、ベテランタイプの機械種アクター、ストロングタイプの機械種ムービースター。

 女俳優系は、ベテランタイプの機械種アクトレス、ストロングタイプの機械種アカデミーアクトレス。

 司会者系は、ベテランタイプの機械種パーソナリティ、ストロングタイプの機械種トークショーホスト。

 大道芸人系は、ベテランタイプの機械種ジョングルール、ストロングタイプの機械種パフォーマー

 道化師系は、ベテランタイプの機械種ジェスター、ストロングタイプの機械種ハーレクイン。



 浮楽の外見としては、ジョブシリーズの道化師系が一番近いが、それでも同一とするには無理があり過ぎる。

 ここまで形状が違えば、たとえ改造したとも言い張れない程に。




 じっと浮楽の顔を見つめる教官。

 顔に巻いた包帯の間から見える青の光が浮楽の正体を見ぬかんと射抜く。



「………………」

「ギギギギギ?」



 教官に少しばかりピリピリとした緊張感が漂い始める。


 当の浮楽はコクンと小首を傾げる。

 なぜ睨まれているのか理解できないように。

  

 

 う~ん………

 これはどうかな~~?



 少々思惑が外れる可能性が頭を過る。



 浮楽をここに連れてきたのは、確かめたかったからだ。

 今の浮楽の外見を見て『死へと誘う道化師』と見抜かれるかどうか。

 

 教官の眼力は非常に高い。

 一目でヨシツネや天琉の実力を見抜いたのだ。

 

 もし、教官が浮楽の正体を見抜けなければ、大抵の人間・機械種に見抜かれることは無いだろうと。


 

 一応、事前に打神鞭の占いにて、教官に浮楽を見せても大きなトラブルにならないことは確認済み。

 ちなみに、今の浮楽が『死へと誘う道化師』とバレないか? という内容の占いを行った所、『絶対にバレないと言う訳ではない』という微妙な答えだった。




「…………元、紅姫………カ? ひょっとして、今回の活性化で生まれた者カ?」



 教官から返って来たのはやや見当違いの答え。


 やはり浮楽を見て『死へと誘う道化師』とはなかなか結び付かない模様。

 これで一安心。



「え~~、まあ~~」


「……………なんダ、違うのカ」


「俺の反応から答えを探るのは止めてください!」


「ハハハハ、なラ、その分かりやすい表情を止めることダ。これ以上は詮索せんガ、あまり人を試すような真似は止めておケ」


「あ………、すみません」



 教官に軽く窘められてしまった。

 俺の薄っぺらい謀など、軽く見抜かれた様子。



「まア、折角来たんだから訓練場まで寄って行ケ。茶は出せんガ、何か相談事があるのだろウ?」


「はい」


「でハ、付いて来イ」



 お言葉に甘えて教官の後についていく一同。

 

 しかし、歩き始めた途端、教官は振り返らずに忠告を1つ。



「俺が歩いた所以外は踏まないようニ」


「ええ? …………これって普段、どうしているんですカ?」


「一度発動させると、途中で解除できン。まあ、3分はそのままだナ。ちなみに引っかかるとストロングタイプでも無事では済まんゾ」


「ふえええ……」


 

 毎回思うんだけど、なんて物騒な通り道なのか!

 今までの襲撃者達も大部分がこの道で倒れていったのであろうか?



 おっかなびっくり、教官が歩いた後を辿りながら射撃場へと向かった。





※次回 模擬戦 教官VS浮楽・刃兼




『こぼれ話』

レッドオーダーの中で、『魔人型』だけがやや特殊な位置にあると言われています。

『神』『魔王』『竜』といった超高位機種達がなぜか『魔人型』には配慮した行動を見せるからです。

それは『魔人型』達が『赤の女帝』から直接命令を受けて動いているからだという噂があります。


なぜ『魔人型』だけなのか?

もしかしたら『赤の女帝』は魔人型の最上位なのではないか?

という学説が残っています。

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