第643話 街5



 パタパタッ!!

『マスター! そろそろ起きようよ! もう10時だよ!』


「んん~~、あと5時間………」


 フルフルッ!

『なんで5時間なの! 寝坊助にも程があるでしょ!』


「だってえぇぇ~~」


 ピコピコッ!

『もう何日引き籠っているのさ! 街の外に行くんでしょ! 早く秤屋に行って外出許可を取って来ようよ! あと、孤児院とガンマンさんにも顔を出して………」


「…………分かった分かった」



 白兎の剣幕に押されてベッドから起きる。

 正直まだまだ寝ていたいし、俺の気力を全回復させる為にも、まだまだ部屋の中に引き籠っていたいのだが、これ以上先延ばしする訳にもいかないのも事実。



「ふあああぁぁぁ~、…………あのお茶会からもう3日かあ。予定ではあの日の昼から街に出る予定だったのに………」



 過去の出来事をまざまざと思い出してしまい、気力を根こそぎ失ってしまった俺。

 

 何もする気が起きなくて、ずっと寝室に籠ってゴロゴロしていたのだ。


 しかし、3日間もダラダラと過ごしていれば、流石に失った気力もそれなりに戻ってくる。


 

「あれだけヒロイン、ヒロインって言ってた俺にはもう戻れないのか…………、ヒロインを選ぶのが怖いなんて情けない………」



 色々言い訳を口にして、わざとヒロインを選ばないようにしていた自分。

 言行不一致も甚だしい。

 これでは主人公にもなれるはずがない。



「いや、別に主人公になりたいとは思わないけど………」


 フリフリ

『マスターは【主人公】でしょ』


「え? そうなの?」


 パタパタ

『逆にマスターが【主人公】じゃなきゃ、一体誰が【主人公】になるのさ?』


「う~ん…………、アルスとか主人公っぽいと思うぞ。イケメンだし」


 フルフル

『白志癒には悪いけど、アルスさんにマスターと同じことができるとは思えないなあ』



 そりゃあそうだろ。

 俺のように『闘神』と『仙術』スキルを持っていなきゃ、空の守護者を倒せるわけがない。

 

 守護者もそうだが、最高位の緋王や朱妃は普通の人間が倒すのには無理がある。

 絶対に設定をミスって強くし過ぎた隠しキャラ達に違いない。

 まともな攻略法で倒せる相手ではないだろう。


 しかし、強敵を倒すことができるということだけが主人公の条件ではあるまい。

 王道のPRGならそうであろうが、世の中、様々なジャンルのゲームが存在する。



「例えば、この世界が実はゲームの中の世界で、恋愛シミュレーションだとすればどうだ?」


 パタパタ

『そうだったら絶対マスターは主人公じゃないね。恋愛に必要なパラメーターが基準に達していないから』


「お前、それは言い過ぎだろ、流石の俺も傷つくぞ………、まあ、恋愛シミュレーションゲームはともかく、他にはアイドル育成ゲームという可能性もあるな。白露の話では、中央のシティじゃあ日夜鐘守同士で歌や踊りを用いての戦いが繰り広げられているらしいぞ」



 ファン投票により、その順位が変動するそうだ。

 さらに狩人や猟兵ならその貢献度によって一票の重みが異なるという。


 推しの鐘守へマテリアルや晶石、発掘品を奉納していけば、いずれ自分だけの鐘守になってくれるという噂も………



「う~む…………、シティに行ったら俺が無双して、白露をトップに押し上げるというのも面白いかもしれん」



 赭娼や橙伯、紅姫や臙公を狩りまくって、晶石を白露に集中させれば、その夢もきっと遠くないはず。

 

 辺境に追放された幼い鐘守が最強の狩人の力を得て中央へ復帰。

 その後押しを全面に受け、鐘守の最上位へと駆け登っていく………


 う~ん、まるで乙女ゲー。

 俺がモブだということを除けば、実に王道。

 

 

 ピコピコ

『そう言ってても、他の可愛い鐘守に目移りしてそう………』


「うっ!」



 いや、まあ、俺も男だから、その可能性が無い訳では………


 鐘守を身近に置きたいとは思わないが、離れた所から見ているだけなら、やはり好みの女の子を応援したくなるというもので………

 


「コホンッ! …………とにかく、今は中央へ行くための準備を整えることが優先事項だな」



 戦況の不利を悟り、無理やり話題を方向転換。

 白兎にこれ以上突っ込まれないうちに身支度を整え、外に出る用意を済ませる。




「じゃあ、行ってくる」


「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」



 皆から送り出されてガレージ外を出発。

 随行者は白兎、森羅、刃兼。

 そして、姿を消した浮楽を連れて街の中心部へと向かう。






「いつもとあまり変わらないな。少し落ち着いたのかな?」


「そうですね…………、8日前、ボノフ様のお店に買い出しに行った時と比べて、かなり落ち着きを取り戻したようですね。あの時はお祭り騒ぎでしたから」



 街中を見渡しながらの俺の呟きに森羅が応える。

 

 ボノフさんへの出張作業依頼と、刃兼の為の『護衛』スキルと『家事』スキルを買いに行ってもらった時のことだ。

 


「街中でダンジョン活性化の沈静化とそれを成した者達………とりわけ『白ウサギの騎士』の名があちこちで話題になっておりました」


「…………やはり引き籠っていて正解だったな。知らない連中に群がられるのは御免だ」


「最近は機械種ラビットを連れた人間が増えているそうですよ。これもマスターの影響かと思われます」


 ピョンッ! ピョンッ!


 

 森羅からの情報に白兎が嬉しそうにその場でジャンプ。

 ウサギで世界を埋め尽くすという野望を持つ白兎からすれば、今の状況は願ったり叶ったり。



 「クソッ! こんな所にまで魔王キングラビットの魔の手が伸びていたとは………」



 このままでは世界がウサギという名の混沌に飲まれてしまう。

 早く魔王キングラビットを退治することのできる勇者を見つけなくてはなるまい。

 

 

「どこかに50ゴールドとひのきの棒で、魔王キングラビット退治を引き受けてくれる勇者はおらんかね?」


「せめて銅の剣ぐらいは用意してあげてください」



 俺のボケに森羅がツッコむ。

 森羅にしては珍しくノリの良いツッコミだ。


 さらに、その端正な顔に苦笑を浮かべて、



「まあ、私なら『伝説の武器』を貰っても、魔王キングラビット退治は御免ですが」


「だから他人にやらせるんだよ! アルスとか嗾けたりとかして………」


「どちらかというとガイ様の方がお似合いかもしれませんね、そういったことは。『ガンガン行こうぜ』タイプでしょうから」


「アイツは馬鹿だから駄目だ。魔王キングラビットの口車に乗せられて、世界の半分を貰いかねん」


「どちらかというと、パルミル様を人質に取られて『ぬわーっっ!!』と、途中でやられてしまう役割かもしれませんね」



 俺と森羅の下らない会話。

 付き合いが長い分、こういった馬鹿話もできる貴重な人材………


 あれ? コイツ、何でこんなにDQネタに付いて来られるんだ?

 白兎や廻斗に教わったのか?




 ふと、目の前を歩く、その当事者たる白兎に視線を向ければ、



 パタパタ

『なぜか勝手に僕が諸悪の根源にされてる………、訴訟』



 若干拗ねるように耳をパタパタと振るっており、



「…………どうしましょう。お館様とシンラ様との会話、半分も理解できません(泣き)」



 その横を歩く刃兼が眉間に皺を寄せ、悩まし気に泣き言を漏らしていた。

 









 姿を消した浮楽を外で待機させて白翼協商の秤屋に入ると、そこはいつもの人だかり。

 思い思いの装備を身に着けた狩人と、それに従う従属機械種達が集う場所。


 俺が姿を見せると、驚いた目で見てくる人達が2~3割。

 遠巻きに眺めてくるだけだが、やはり俺が連れた新しいストロングタイプが気になる様子。



「お館様。私が目立ってしまっておりますが………よろしいのでしょうか?」



 刃兼が控え目な様子で尋ねてくるも、軽く手を振りながら『気にするな』と小声で答える。



 刃兼を連れてきたのはカモフラージュの為。

 これだけ目立てば、俺がこのダンジョン攻略で手に入れたメインのお宝はこのストロングタイプ女侍系であると認識される。


 本当に隠したいモノを隠す為、隠さなくて良いモノをあえて晒すのだ。


 


「『悠久の刃』ヒロです。ミエリさんをお願いします」



 受付でミエリさんを呼び出してもらうが………



「『悠久の刃』? …………失礼ですが、お約束はございますでしょうか?」


「……………………」



 最初、俺を俺だと認識してもらえなかった。


 確かに3週間近く秤屋へ顔を見せなかったこともあるけれど、まさか顔を忘れられていたなんて…………


 そんなに記憶に残らない平凡な顔つきなのであろうか?

 5ヶ月もこの事務所に出入りして顔を覚えていてもらったと思っていたのに。

 さらに『悠久の刃』というチーム名も忘れ去られていたとは………

 


 仕方なく自分が『白ウサギの騎士』だと伝え、登録票を提示した上、森羅と刃兼を後ろに立たせ、さらに足元の白兎を持ち上げて見せつけると、



「!!! 少々お待ちください!」



 受付の人は弾けたように動き、すぐさま奥へと引っ込んでいく。


 そして、ほとんど待つことも無く、ミエリさんが現れ、俺を個室へと案内。







「『悠久の刃』ヒロです! 『悠久の刃』ヒロです! 『悠久の刃』ヒロです!」


「ど、どうしました? ヒロさん?」


「…………いえ、ちょっと思う所がありまして」


「は、はあ………」



 俺の奇行にミエリさんは困り顔。

 背後に控える護衛の人型機種も困惑したような様子を見せる。



 とりあえずミエリさんが席に着くと同時に『悠久の刃』を連呼してみたのだ。

 これでこの場では俺を『白ウサギの騎士』ヒロではなく『悠久の刃』ヒロと認識してくれるだろう。



「………ヒロさん。お怪我はもう大丈夫なのですか?」



 俺の突飛な行動にも慣れてくれたようで、すぐにいつもの柔らかい笑顔を浮かべて、俺の調子を尋ねてくれる。



「はい、おかげさまで」


「この度の依頼におきまして、ヒロさんが大変なご活躍であったと聞いております。白翼協商を代表致しまして、心よりの感謝を申し上げます」


「白翼協商所属の狩人として当然のことをしただけです。お気遣い無く」


「つきましては、つい先日、鐘守の白露様から、報酬を受け取っていただいたと思いますが………」


「そちらの方も問題ありません。ご配慮いただいたようでありがとうございます」



 軽くお互いの確認を済ませた後、



「そちらの方はヒロさんが新しく手に入れられた機種ですか?」


「はい、ストロングタイプ女侍系、機械種サムライナデシコの刃兼です」


 ペコリ……



 俺の紹介にミエリさんへと軽く頭を下げて会釈する刃兼。


 和装に部分的なプロテクターを装備したような外観。

 一見、着物を着ているように見えなくも無い。


 部屋の隅に咲く白百合を思わせる佇まい。

 微かな笑みを浮かべ、控え目な立ち振る舞いを見せる彼女は正しく大和撫子そのもの。

 

 しかし、お淑やかに佇んでいるように見えて、その右手は軽く腰の刀の柄頭に置かれており、油断なく俺の周囲を警戒してくれている様子が分かる。

 美しさの中に鋭い刃を持ち、こと戦闘となれば一瞬のうちに辺り一面を血煙で染める戦機なのだ。

 


「流石はヒロさん。活性化の中、見事当たりの機種を獲得なさられたのですね」


「はははは、少し運に助けられた所もありますが…………、所で他の狩人達はどうだったんですか?」


「活性化を受けて、すぐに街の外に出て、紅姫の巣に向かわれた方々ですね? 成果はなかなかのようですよ。見事紅石入手に成功された方もいらっしゃったそうですが」


「へえ?」



 活性化では、巣の中に新たな色付き、赭娼や紅姫が出現しているケースが多い。

 生まれたての赭娼や紅姫はそこまで戦闘力が高く無く、巣の最奥から出てフラフラと出歩いていることがある為、普段と比べれば非常に狩り易い獲物となっている。

 

 これだから、巣の攻略に挑戦できる程のベテラン勢は活性化を受けてすぐにバルトーラの街周辺へと散らばっていたのだ。

 彼等がこの街に残っていれば、もう少しダンジョン攻略が楽になっていたかもしれない。




「そう言えば、ガミンさんが支店長だと本人の口から聞きましたが、本当なんですか?」


「はい………、ヒロさんに黙っていて申し訳ないのですが………、その通りなんです。あの通り、ほとんど支店長の仕事をしておらず、ダンジョンに籠りっぱなしで半分名誉職みたいなモノなんですけどね」


「やっぱり…………、えっと、ガミンさんは今日はいらっしゃいますか?」


「申し訳ありませんが、不在なんです。今回の件を受けて、その報告に中央の白翼協商本部に呼び出されています。ヒロさんがここをお発ちになる時までには帰ってくると思いますが………」


「そうですか………」



 残念。

 色々と話を聞いてみたかったのに。


 特に、ダンジョンから戻って来る途中で襲ってきた赤能者の情報とか………


 絶対にタウール商会の躯蛇の連中だと思うんだけど、その場にいた秘彗達の話では、残された遺体から確固たる証拠が発見できなかったらしいんだよな。


 でも、ガミンさんもマダム・ロータス達もそのままで済ますとは思えない。

 何かしら手を打つと思うんだけど………… 


 でも、俺が中央へと旅立つ前には会うことが出来そうだ。

 その時にまとめて聞きたいことを聞くとしよう。



「他の面子はどんな感じです? アルスとかハザンとか………」


「アルスさんは従属された『詩人』の『加害スキル』除去証明を発行する時にハザンさんと一緒に来られましたね。彼の『詩人』を連れてきた時は、かなり注目されたようですよ。ひょっとしたらストロングタイプを連れてきた時のヒロさんよりも………」


「まあ、そりゃあそうでしょうね」



 何百年、誰も従属どころか討伐さえできなかった伝説の機種だ。

 今回のダンジョン探索に置いて、公開された情報だけの注目度で言えば一番手であろう。

 

 『闇剣士』が倒されたことも衝撃的なニュースであろうが、中央の賞金首の中では賞金額2番手の『詩人』が従属されたのだ。

 狩人内では『倒した』ことよりも『捕まえて従属させた』方が評価は高くなる。


 それに俺の『闇剣士』討伐は、俺だけの成果ではなく、先に戦ったルガードさんも含まれる。

 ルガードさんが敵の情報を暴き、消耗させて、俺がそれを受けてトドメを刺した形。


 どうしても貢献度は2つに分けられてしまう。

 実際その通りなのだし、ルガードさんは『闇剣士』の残骸の権利を全て譲ってくれたのだから、俺としては不満は無いけれど。



「あっ! その…………、ルガードさんは…………どうされましたか?」



 ルガードさんにはウタヒメのことがあるから、少しミエリさんには聞きづらかったのだけど、これはどうしても聞いておきたい。


 色々お世話になった大先輩だ。

 結局、地下35階で別れたきり。


 ダンジョンから脱出するまでは胡狛が一緒だったけど、それ以降、どうしているかまでは不明。

 出来ればお礼やお見舞いに行きたい所なんだけど………


 

 しかし、ミエリさんは気にする様子を見せず、



「ルガードさんは身体の修理のために中央へ戻られました」


「ええ!? …………ああ、それはそうか」



 闇剣士との勝負で上半身だけ………というか、頭と胸部だけになってしまったのだ。

 その後、胡狛がストロングタイプ機械種ティーチャーの機体を仮ボディとして接合してくれたようだけど、それはあくまで一時的な処置。


 あそこまで全身を改造した人間は稀だ。

 そこに継ぎ込まれたマテリアルや技術・設備は、辺境では決して得られないモノ。

 ルガードさんの身体を万全に修理しようとすれば、必ず中央へ戻らないといけなくなる。



「…………でも、ルガードさんって、確か、中央への立ち入りは禁じられていたはずでは?」



 ミエリさんの情報に疑問が一つ。


 白雲の謀略により、ルガードさんはこの辺境の地に縛られているのだ。

 嫌がらせとばかりにウタヒメを傍に押し付けられて。


 だからいくら修理のためとはいえ、中央に戻る許可が出るとは………



「許しが出たそうですよ。今回の単独『吼え猛る闘鬼』討伐、そして、『闇剣士討伐』に功があったということで」


「ええ!! ………………そうなんですか」


「はい。それとルガードさんからヒロさんへのご伝言があります。『中央で待っている』………と」


「ルガードさん……………」



 たったそれだけの短い言葉。

 でも、それだけに武骨な武人であるルガードさんらしいと思ってしまう。


 その不幸な境遇に、何とかしてあげたいと思っていたけど、俺なんかが手を出すまでも無く、自分で自分の立場を勝ち得たのか………


 流石は大先輩。

 今までも、きっとこれからも、自分の力で道を切り開いていく、英雄の一人なのだろう。




「あともう一つ。えっと、明日から一週間程遠出します。巣攻略とかではないです」


「……………1週間で街に戻るのは間違いありませんか?」



 俺が外出を申し出ると、なぜ一瞬考え込み、帰還する日程を念押しで確認してくるミエリさん。



「え? …………何か予定ってあります? ひょっとして、例の延期になった面接ですか?」


「いえ、あれはもう無くなりました。中央からの元々押しつけでしたから………、それよりもヒロさんがこうして復帰していただいたので、そろそろ式典の日程を組みたいと思いまして」


「式典?」


「はい、今回の依頼達成のお祝いを兼ねて、ご領主様が皆様の労を労いたいと」



 

 聞けば、バルトーラの街の領主の主催で大掛かりな式典を行う予定があるそうだ。

 

 自分の息子を助け出してくれたこと。

 活性化の原因を排除してくれたこと。

 悪名高い中央の賞金首、2機を討ち、1機を捕らえることに成功したこと。


 これ等を自分の名で祝い、勲章や名誉職を授けるつもりらしい。

 


「勲章? 名誉職? そんなの要りませんが?」


「そうですね………、ヒロさんの場合すぐに必要になることは無いと思いますが、いずれ狩人を引退なさる時、この街に戻ってくるつもりなら大変便利になりますよ」


「…………ああ、なるほど。街で永住権を獲得する時に有利になるんですね?」


「まあ、そんな所です」


「ふむ…………」



 頭の中で算盤を弾く。

 メリットとデメリットを比較。


 メリットはこの街で永住できる権利が獲得しやすくなる。

 さらに勲章や名誉職には年金がつきもの。

 世のサラリーマンの憧れ、不労所得を手に入れることができるのだ。


 ただし、デメリットとして俺の名前がこの街の公式記録に載ることになる。

 情報管理が行き届いた秤屋と違い、不特定多数の人間が俺の名前を見るようになるだろう。

 また、俺の名をどのように使われるのかも不明。

 俺が中央で名を上げた際、この街の領主が『超有名な狩人ヒロはこの街の名誉市民』『何かあればヒロがすぐに駆けつけてくる』『ヒロは俺が育てた』等と周りに言いふらすことだって考えられる。

 それが巡り巡って俺に不利益をもたらす可能性だってあるし、勝手に名を使われては俺も不愉快。


 ラズリーさんには『中央へ行ったら早く身分ある方の庇護を得た方が良い』とアドバイスしてもらったが、それはあくまで『中央へ行ってから』だ。

 これから中央へ向かうのに、辺境の街の領主の庇護を得た所で効果は薄い。


 中央へ行ってからでも権力者に接点を持つこともあるだろうし、バルトーラの街の領主に特別好感があるとも言えない。


 だとすると、ここで変な縁を持つのは俺にとってデメリットが大きいように思う。

 


「やめときます。ここで縛られるのはちょっと………、それに式典とか面倒臭いですし………」


「そうですか………、アルスさんやハザンさん。それに他の秤屋の若手の方もご出席予定なんですけど………」


「そりゃあアルスはこういった機会は逃さないでしょうが………」



 少し未練がましそうに俺を見てくるミエリさん。

 その目は出来れば俺に出席してほしいと訴えているかのよう。



「先ほど言いましたように、ガミン支店長が留守なので、私と副支店長が出席しないといけないんです。それに、鉄杭団のブルハーン団長やマダム・ロータスも療養中なので…………」



 ああ、なるほど。

 面子が全然そろわない訳ね。

 だからせめて有力な若手狩人に出席してもらいたいと。

 特に街で最も有名な若手狩人である俺を。



「どうです? もし、出席していただければ、式典後のパーティで綺麗所を紹介いたしますが? 皆、ヒロさんとお近づきになりたい可愛らしい女の子ばかりですよ」


「…………遠慮します」



 このタイミングで女の子を紹介されても困るだけ。

 何の責任も負わなくていいなら手を出しても良いけど、ミエリさんつながりなら絶対に変なことはできない。

 

 ゆえに、ここは式典出席を断固拒否。

 だから俺のことは諦めてください、ミエリさん。

 そんなウルウルした目で見られても困ります!

  







 何とかミエリさんの哀願に耐えきって、面談は終わり。


 再びロビーへと戻ると、キャイキャイと騒がしい女の子達の黄色い声が聞こえてきた。


 何事かと声の方へ視線を移すと、そこには少女達に囲まれたアルスの姿。



 

「『白ウサギの騎士』様ですよね! サインください!」


「いや、僕は違う………」


「ラビットちゃん可愛い! ねえ、この子の名前、何て言うのですか?」


「えっと、ハッシュって名前で………」


「うわあ、あの有名な『白ウサギの騎士』がこんなカッコ良い人だなんて……」


「だから僕は『白ウサギの騎士』じゃなくて、ただのアルスって名前の……」


「アルス様………、何て素敵なお名前。『白ウサギの騎士』に相応しいですわね」


「違うんだって!!」


「あら、『白ウサギの騎士』は騎士系ストロングタイプを従属させていて、機械種ラビットを連れているって言うじゃありませんか? そのままですよね?」


「だからこれは………」




 何やら女の子達に持て囃されている様子のアルス。

 聞こえてくる内容から、だいたいの想像は付くけれど。



 どうやら、ストラグルや白志癒を連れていることで、少女達に『白ウサギの騎士』と誤解されたのであろう。

 

 蓮花会程ではないが、白翼協商の秤屋にも女性の狩人がいる。

 だが、あまり見覚えのない少女達だから、おそらくこの街に来たばかりの新人女性チームなのかもしれない。


 ならば、俺の顔を知らなくて当たり前だし、俺とアルスのどちらが『白ウサギの騎士』に相応しい容姿をしているかと問えば答えは明らか。


 ここしばらく秤屋に顔を出していなかったことも原因だろう。

 おかげでアルスがとばっちりを喰らっているのであるが。

 



 アルスは終始困り顔。

 だが、自分と近い年齢の少女達を無下にもできず、アタフタと誤解を解こうと必死。

 しかし、集まった少女達の勢いは止まらず、到底誤解も解けそうもない模様。


 アルスの足元には白志癒もいるし、近くにはハザンもいるようだが、アルスのイケメン顔に熱狂した少女達には全くの無力。

 

 守護騎士のストラグルも武器を持たない少女達相手には護衛の任を果たせず、元『歌い狂う詩人』トライアンフに至っては、面白がるように軽快なメロディを奏でて熱狂を煽るような真似。


 哀れアルスは孤軍奮闘………



「あっ! ヒロ!」



 アルスの目が俺を捕らえた。

 まるで地獄にて天から垂らされた糸を見つけたかのような、安堵した表情。

 


「皆! ヒロだよ! あの人が本当の『白ウサギの騎士』で………」



 アルスが俺の方を指差し、皆の誤解を解こうと声を張り上げた瞬間、



「逃げるぞ、白兎、森羅、刃兼!」



 俺は一目散にその場を逃げ出した。



「ええ? ヒロ! なんで逃げるのさあああ!!!」



 背中にアルスの絶叫を聞きながら。









 俺達は秤屋の事務所を飛び出てそのまま街中を走り抜ける。


 次に向かうのは孤児院だから町外れに向かって走る1人と3機。

 あと、透明になっている浮楽も多分付いて来てくれているはず。



「マスター? なぜお逃げになるのですか?」


「そりゃあ、あのままあの場にいたら、女の子達が絶対にガッカリするだろ」


 

 俺と並走しながらの森羅の問いかけに答える。


 あの場に残っていたら、少女達がどのような反応を見せるか火を見るよりも明らか。




『ええ!? この人が【白ウサギの騎士】なんですか? ガッカリですぅ』

『全然カッコ良くない! 貴方の顔のどこが騎士だというのですか?』

『絶対アルス様の方が【白ウサギの騎士】に相応しいと思います!!』

『貴方、アルス様に『白ウサギの騎士』の2つ名を譲渡しなさい!』




 やめろ! 

 もはやタダの悪口だろ!

 アルスにまで怒りを向けたくなるじゃないか!



 ………俺の想像ではあるが、だいたい以上のような感じになるに決まっている。

 あの場はアルスを囮にして逃げ出すしかなかったのだ。


 

「しかし、よろしいので? あのままではあの少女達の中ではアルス様が『白ウサギの騎士』ということになってしまいますが?」


「え? ………それはそれでいいんじゃね?」


「…………………そ、そうですか」



 俺の答えに愕然とした様子の森羅。

 まあ、確かに2つ名を他人に騙られるのは狩人にとって許されざることではあるが、別にアルスが悪い訳じゃないし。


 むしろ、このままアルスに『白ウサギの騎士』の2つ名を押し付けて………



 そうなれば、中央に行った時、もっとカッコ良い2つ名を付けてもらえるかもしれない。

 ならばここで『白ウサギの騎士』を渡してしまうのも悪くない選択のように思えてくる。


 そして、『悠久の刃』をもっと前面に出して活躍していけば…………




「ふむ? これは良いアイデアかもしれんな。一考の価値がある」


 フルフル

『絶対ロクでも無いことを考えてる顔だ………』



 

 ポツリと呟いた俺の独り言に、俺の足元を走る白兎が不満げに耳を揺らした。


 

 

 


『こぼれ話』

狩人はモテます。特に機械種使いの狩人は男女ともにモテモテです。

稼ぎが多いと言うこともありますが、機械種使いの子供は機械種使いになる確率が高いと言われているからです。

特に従属限界の高さや重量級以上を従属させることのできる能力は子供へと遺伝する可能性が高く、そうした機械種使いは、ぜひ婿に嫁にと権力者から誘いを受けることが多くなります。

ただこの情報は辺境ではあまり一般的では無く、中央に近づけば近づくほど知られているようです。


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