第642話 来客3


 次の日の朝、レオンハルトとアスリンチームが俺のガレージを訪ねて来てくれた。



「やあ、ヒロ。お邪魔するよ」

「おはよう、1週間ぶりね」


「レオンハルト、アスリン。歓迎するよ。俺のホームへようこそ」


「ぶう! ニルルンもいるからね!」

「ニル! …………すみません、ヒロさん」


「あははは、こちらこそ失礼。ニルもドローシアもどうぞ」



 早速皆をガレージの中に招き入れると、



「わあ~い、一番乗りぃ! あっ! ウサちゃんにカイトちゃん!」

 ピコッ!ピコッ!

「キィキィ!」



 目敏く白兎と廻斗を見つけ、嬉しそうに声をあげて駆け寄ってくニル。

 


「ヒスイさん、コハクさん! お久しぶりです。あの後大変だったそうですね」

「ドローシアさん! はい、なかなかに大変でした」

「マスターからお聞きしていましたが、そちらも色々あったんでしょう」

「そうなんですよ~、コハクさん。聞いてください~」



 ドローシアは秘彗と胡狛へと挨拶。

 井戸端会議のごとく始まるガールズトーク。



 また、レオンハルトやアスリンも森羅、剣風、剣雷、毘燭、輝煉に声をかけている様子。


 共にあの過酷なダンジョン探索を乗り切った仲だ。

 だからこそ当時一緒にいたメンバー達を揃えて待っていたのだ。


 あれから1週間が経過し、その間連絡も取れていないということもあり、皆、久しぶりの交流を楽しむ。


 にわかに騒がしくなった俺のガレージ内。

 元々、ダンジョンから脱出後に会う予定をしていた。


 そして、その日が今日。

 用件は朱妃イザナミを倒したお宝の分配について。







 朱妃イザナミを黄泉平坂にて打ち倒した俺は、輝煉、廻斗と共に異空間からの脱出を果たした。


 脱出した先は地下35階の大広間。

 朱妃イザナミの形代と戦闘を繰り広げていた戦場跡。


 すでに朱妃の従機であった機械種ヨモツシコメ達は全滅しており、それを成し遂げていたレオンハルト達と無事合流。


 当然のごとく『何があったのか?』を質問されたのだが……… 




 この質問に対し、俺は正直に答えた。


 『髑髏の朱妃イザナミは形代であり、倒されたことがキーとなって、本体が潜む異空間に引きずり込まれたのだ』と。

 また、『俺が持つ【奥の手】を使い、その本体を討ち取り、脱出することができた』とも。



 そして、そこで皆へと差し出してみせた朱妃イザナミの……『朱石』。

 朝日に似た輝きを持つ、赤より明るい『朱色』の晶石。


 空間拡張機能付きバッグから取り出した瞬間、辺りに朱色の光が瞬く程の光量。

 皆の目が一斉に大きく見開かれ、言葉も出ない程の驚愕状態。


 その価値は世界で最も高価と言われる紅石をも軽々と上回る。

 秤屋に持ち込めば数億M以上は確実。

 さらに鐘守が飛んでくると言うオマケ付き。


 

 

 もちろん、俺が『朱妃を倒した』ことと、『朱石』を手に入れたことを隠すことはできた。


 『異空間に引きずり込まれたけど、隙を見て逃げて来た』

 『本体と上手く交渉して逃がしてもらった』


 等々、嘘をつこうと思えばいくらでもつけただろうし、レオンハルト達はそれを確かめる術を持っていない。


 この『朱妃を倒した』事実を隠し、お宝を独り占めするなら、あの場で嘘をつくべきであっただろう。



 だが、レオンハルトやアスリン達は、朱妃イザナミ戦を一緒に戦った仲間なのだ。

 相手は本体では無く形代であったけれど、広い意味では同じこと。

 あの戦場にて共に死力を尽くし、俺が突撃する場を整えてくれたのは彼等のおかげ。


 そんな彼等に対し、倒していないと嘘をつき、お宝を独り占めするのはあまりに不誠実。

 

 故に、『朱妃を倒した』ことと、その証拠に『朱石』を入手したことを公開。

 

 そうした事実を広めないよう口止めをお願いしつつ、手に入れたお宝の一部を彼等に分配することにしたのだ。










「ヒロ、見てくれ。この髪の美しさを!」



 レオンハルトが興奮気味に、連れてきている2機の女性型機種を前に出して来る。


 元赭娼である機械種メデューサのロベリア。

 ストロングタイプの魔女系、機械種ワルプルギスのラナンキュラス。


 共に大人の色気をムンムンと発している成熟した女性の外見。

 さらにレオンハルト好みの豊満な胸を備えたスタイル抜群の美女2人。


 レオンハルトが言うように、2機の長髪は輝かんばかりの色艶。

 動く度にサラサラと流れ、鏡のような光沢を放つ。

 まるで宝石を溶かして作られた糸束のごとく。

 

 

「ヒロから貰った『朱妃の髪』を編み込んだのだよ。おかげでロベリアの髪も元通り………いや、ラナンと共に、さらに美しくなったと言えよう」



 機械種メデューサのロベリアは、朱妃イザナミの形代との闘いにおいて、自身の髪を対価に大技を放ったのだ。


 しかし、レオンハルトの言う通り、すでにその髪の長さは元に戻っており、さらに美しく磨きがかかった輝きを見せる。



 異空間からの脱出後、ふと目に入ったロベリアの肩まで短くなった髪を見て、手に入れたばかりの『朱妃の髪』の提供を思いついたのだ。

 

 『そこまで勝利に貢献していない』と初めは受け取るのを渋っていたレオンハルト。

 しかし、そこは俺の気が済まないからとゴリ押しして無理やり押し付けた。



「さらに能力もかなり上昇した。相性が良かったのであろう。『死』と『闇』の属性を備えた『朱妃の髪』だけに、『妖女』と『魔女』に対して親和性があったのだろうね」


「ああ、それは確かに」



 朱妃イザナミは冥界神であり復讐神。

 その属性は間違いなく『陰』、所謂ネガティブな方面。

 女神アテナに呪われ怪物と化したメデューサや魔女とは相性が良いに違いない。


 逆に俺のチームで言うと秘彗ならどうだっただろうか?


 魔女に比べると、魔法少女はそこまで『陰』に寄っていない。

 『魔女の楔』や『魔女の森』という呪いっぽい技はあれど、秘彗の性質は間違いなく『陽』側であろう。

 何せ愛と勇気の象徴、女の子の憧れである魔法少女なのだから!

 

 また、胡狛や辰沙、虎芽、玖雀、刃兼とも似つかわしくない感じ。

 男性型の豪魔やベリアル、中性型になった浮楽ならそれなりに相性が良かったかもしれないが………


 でも、女の髪をアイツ等に使わせたいとは思えなかっただろうなあ。


 


「これは残りだ。幾分減ってしまったが、ヒロにお返ししよう」


「んん? 結構残ってるけど?」



 レオンハルトが渡してきた黒絹のように束ねられた黒髪。

 あの場で渡した分から半分程度しか使っていない様子。



「流石に朱妃と赭娼、ストロングタイプでは差が大き過ぎる。使い過ぎてしまえば逆に悪影響も出かねないのでな。少し編み込む程度で十分なのだよ」


「そんなモノなのか…………、まあ、余ったのならありがたくこっちで使わせてもらおう」



 と言ってもすぐに使い道は思いつかない。

 一度ボノフさんに相談してみても良いかもしれないな。



「それよりも、ヒロ。あの小さい朱石は私がもらっても構わないのかね?」


「もちろん。それはレオンハルトへの正当な報酬だよ」


「そうか。随分と買ってもらっていたようだな。白ウサギの騎士にそう評されるのは光栄だね」



 レオンハルトに分け前として渡したのは『朱妃の髪』に、塵と化した形代から出てきた一回り『小さい朱色の晶石』。


 所謂子機であろう。

 本体である朱妃イザナミは異空間内から、この子機へと指示を飛ばしていたのだ。

 

 朱妃イザナミを仲間にするなら、必要なアイテムであったかもしれない。

 しかし、機体はベリアルが焼き尽くした為、復活は不可能。

 手に入れた本体の『朱石』はどこかで売却するか、素材として使用するしかない。



「一応、もう一度念押ししておくけど、入手先だけは漏らさないでくれよ」


「ああ、分かっているさ。幸い、我が征海連合では、こういった品を処分するのに事欠かない。決してヒロのことは漏らさないことを誓おう」



 そう語るレオンハルトの表情は自信に満ち溢れている。

 この男がこう言う以上、必ず約束は守ってくれるはず。

 短い付き合いではあるが、そう信じられるくらいには気心が知れた仲なのだ。



「少なく見ても2000万Mは下るまい。吹っ掛ければその倍はイケそうだ」


「子機なのに紅石並みだな」


「本体ではないにせよ『朱』に関連する品は希少だからな。それが晶石に関するモノなら尚更。これを取引材料にシルバーソードの剣を1本用立ててやることができる」


「そういや、メインウェポンが破壊されていたっけ?」



 今もレオンハルトの護衛として侍る機械種ソードマスターのシルバーソード。

 俺のホームではあるけれど、油断無く周りへと気を配りながら警戒中。 

 彼は朱妃イザナミの形代との闘いで愛用の剣を失い、今は予備を佩いている状態。


 レオンハルトが小さい頃から従えてきた機種らしい。

 できるだけ良い武器を持たしてやりたいという気持ちも良く分かる。

 おそらくは彼の為に相当な額の剣を求めるつもりだろう。







 レオンハルトへの報酬はダンジョン内で渡し済。

 今回ここに来てもらったのは、渡した報酬が過不足ないかどうかの確認だけ。

 

 しかし、アスリン達への報酬は未だ分配しておらず、このガレージにて渡す予定となっている。

 


 いつものようにニルとドローシアを連れた『押し潰すスクワッシュ』のアスリン。

 さらに今回はガチャ神殿で手に入れた機械種デュラハンのデュランを伴っている。


 全高3mもある金属鎧を纏った首の無い騎士。

 その胸板から背中にかけて『蓮花会認可』の文字が印刷されたステッカーを張られた状態。

 

 デュランは重量級に位置する従属機械種の為、本来街の中には入れない。

 だが、こうして秤屋が許可を出すことで、街へ入ることを許されることがある。


 もちろん何かあった場合は許可を出した秤屋が責任を取ることとなる。

 重量級としては首の無い騎士単体では人型に近く、馬車付きでも車に似た一般的な形状だからこそ認められたのであろう。


 ちなみにガレージ内にいるのは首の無い騎士単体だけ、

 馬車の方は従機である首無し馬ヘッドレスホース2機と共にガレージの前に横付けして駐車中。

 首無し馬ヘッドレスホースの内、1機は朱妃イザナミの形代戦で対価として消費され失われたのだが、この1週間のうちに機械種ホースを手に入れ、首を落として従機化させたらしい。

 

 


「さて、アスリン。君に約束していた報酬だけど………」


「いいの? 結局、朱妃を倒したのはヒロだし、指揮を執ったのはレオンハルトよ。私達はあんまり大したことはできなかったけど?」


「いやいや! アスリンのジャビーやデュランには助けられたし、ニルもドローシアも活躍したでしょ!」


「………………そう。では、お願いするわ」



 俺の言葉にふわっとした笑顔を見せてくれるアスリン。

 

 少しだけ吊り上がり気味の目が僅かに細められ、

 いつもの固い表情がホロッと崩れ去るように柔らかい微笑へと変化。


 それだけで華やいだ雰囲気を醸し出すのは美少女だけに許された特権だろう。


 思わずドキンッと胸の高鳴りを感じてしまう俺。

 ダンジョン内では色々あったせいで、ちょっとした仕草に反応してしまうのだ。

 


「……………こっちの隅に置いているから」



 動揺を悟られないよう気を遣いながら、アスリン達をガレージの隅へと誘導。

 


 そこに並ばせているのは、



「凄い迫力ね………」

「うわあ…………」

「本当に………そうですね」



 ガレージの壁に立てかけるように立ち並ぶ重量級4機。


 アスリンもニルもドローシアも、ただ茫然と見上げて驚嘆のため息を漏らす。


 

 『機械種フウキ』『機械種スイキ』『機械種キンキ』『機械種オンギョウキ』



 俺が紅姫の巣で捕まえた四鬼。

 『太平記』の中で藤原千方が従えたという鬼神。

 その名を冠されたキシンタイプ中位。


 全高5mの重装甲を誇る偉容だ。

 それが4機も立ち並べば、たとえ稼働していなくてもその迫力は半端ない。




「約束通り、これを君に引き渡そう。4機全て」



 呆然とした様子で四鬼を見上げるアスリン達に話しかける。

 すると、アスリンだけがこちらを振り返り、少し困ったような表情で、



「これ………1機1機の戦闘力はストロングタイプを上回るんじゃないの?」


「まあ、そうだろうね」



 格としてはストロングタイプが1段上だろうが、1対1で戦うなら重量級である四鬼の方が明らかに強い。

 でも、ストロングタイプは中量級で運用しやすく、四鬼はその逆。

 どっちが優れているかはその時の状況次第と言った所だろう。



「価値が高すぎない? 1機や2機ならともかく4機全部って………、それも重量級よ。4機合わせたら紅姫よりも高いでしょう?」


「多分、そうだろうなあ………」



 おそらく『機械種フウキ』『機械種スイキ』『機械種キンキ』の価値は1機1000万M、日本円にして10億円程度。

 そして、光学迷彩を使用できる『機械種オンギョウキ』はその数倍。

 中量級の紅姫の、晶石と比較的損傷の少ない残骸を合わせた価値を上回っているであろう。

 


「でも、それだけ強敵相手に戦ったということじゃないかな? 少なくとも俺は君達の戦果に釣り合う報酬だと思うよ」


「あの髑髏の朱妃も、異空間内にいた本体もヒロが倒したのでしょう? 私達は精々露払い………」


「役割の違いだね。斥候がいて攻撃手がいて盾役がいる。たまたま俺がラストアタックを引き受ける役目だっただけさ」


「…………………本当にヒロは奇特な人ね。それを本心で言っているなら、貴方の将来を心配したくなるくらい。そんなに人に優しくしていては、いつか悪い人に食い物にされてしまうわ」


「大丈夫。俺の親切心は可愛くて良い子限定でね。悪人相手なら俺のスマッシュブローが火を吹くだけ。心配ご無用!」



 ワザと明るく振る舞い、その場で軽くボクシングポーズからのジャブ、ジャブ、ストレートを披露。


 技はともかくスピードとパワーだけは超級。

 ジャブの速度は音速ギリギリ手前。

 最後のストレートに至っては、ガレージ内に一瞬突風が巻き起こったほど。



 アスリンの栗色ポニーテールが風で揺らめき、

 ニルがビクっと身体を震わせ、

 ドローシアがビックリしたように目をまん丸に、



「あ………、ごめん。ちょっと驚かせ過ぎたかな?」



 少々フザケ過ぎたことを謝罪。


 するとアスリンは呆れたようなため息をついた後、少々苦笑いを浮かべながら、



「本当ね。ヒロのことを心配するのは無用のようね」



 そう自分の中で結論づけて、



「この子達、ありがたく頂戴するわ」



 そう言うと、またもフワリとした笑顔を見せてくれる。

 

 それは過去、俺が出会った、俺が恋心を抱いた女性達、サラヤ、雪姫、エンジュと比べても何の遜色も無い美しい笑顔。



「大事に使うから。きっとこの子達と………中央の、貴方のいる場所まで辿り着くから」


「ああ、そうだね…………、楽しみに待っているよ」



 アスリンの宣言に、月並みな言葉しか返せない俺。


 少し前のアスリンからは信じられない変貌ぶり。

 俺が救助して以降、いつも感じられた刺々しい反発心はすっかり消え去り、歳不相応な落ち着き具合が彼女をお淑やかで大人びた女性に見せてくる。


 もし、最初に出会ったのがこのアスリンなら、きっと俺は君に惚れていたかもしれない…………


 



 

 黄泉平坂から脱出して現実世界に帰還した際、俺は疲労困憊状態であった。

 精神力が尽き、車酔いによる吐き気と体調不良のトリプルパンチ。

 

 現実世界に辿り着くなり床へと倒れ込み、人目も憚らずその場で嗚咽交じりの泣き事をグズグズ漏らすという醜態を晒した。


 しかし、アスリンはそんな俺に駆け寄って来て優しく介抱。

 闇剣士戦の後のように、俺の頭をその膝に乗せ、俺が落ち着くまで慰めてくれたのだ。


 思い返せば、あの時の俺は、その場で情けない男と切って捨てられそうな無様な姿であった。

 いかに無双の戦歴を持つ勇者であろうと幻滅されてもおかしくない光景。


 だが、アスリンはそんな態度を微塵にも出さず、ひたすら俺の頭を撫でながら慰撫。

 レオンハルトやニル、ドローシアが遠巻きに見守る中、ずっと心傷ついた俺のケアに終始してくれた。


 

 30分くらい後、ようやく自分を取り戻した俺は、レオンハルトの勧めにより、潜水艇の中で風呂に入ることにしたのだが………

 

 

 その時、自分の身体が汚物塗れで大変悪臭を放っていることを思い出した。


 自分の鼻が馬鹿になっていて気づかなかったのだ。

 道理でレオンハルトやニル、ドローシアが近づかなかったはず。



 でも、そんな中、アスリンは全くそれを表に出すことなく………

 


 風呂に入り終えた後も、ずっとアスリンのことが頭を離れなかった。









 


 その後、アスリンが四鬼達と従属契約を結び、その性能を確認。

 

 その間、ニルやドローシアは秘彗や胡狛とガールズトーク。

 

 俺はレオンハルトと機械種について語り合い………




「良かったら、リビングルームでお茶でもどう?」




 アスリンが四鬼をデュランの馬車へと積み込み終わったのを確認してから、潜水艇のリビングルームでのお茶会を提案。


 ダンジョンからの脱出中、二日もこの中で寝泊まりした仲だ。

 

 アスリン達は寝室。

 俺とレオンハルトはリビングルームのソファ。


 寝る時は男女別部だが、それまではリビングルームで談笑しながら時間を潰し、割と距離を詰めることができた2日間。

 今更、俺の提案を断る理由も無い。


 テーブルの上には秘彗や胡狛に用意してもらったドリンクとグラス。

 現代物資召喚にて、飲んだことが無いであろうとっておきの飲み物を振る舞ってあげた。



「これは………炭酸かね?」


「流石はレオンハルト、博識だな」


「ふむ? 偶に酒に入れる場合もあるが……………、ゴクッ…………、甘い!! 甘過ぎる!! 何を入れたらこんなに甘くなるのだ!」


「はははは、コーラの甘さはそんなもんだ」



 レオンハルトのイケメン顔が面白いように歪んだのが面白かった。



「うおおおお!! これ美味しい! オレンジブロックを溶かしたみたい!」


「オレンジブロックを溶かしてもこの味にはならないけどな」


「ニルルン、これ好き! おかわり!」


「あんまり飲み過ぎると腹壊すぞ」



 水のようにオレンジジュースをパカパカの飲み干すニルへと忠告したものの、おそらく彼女は事務所に帰ってからトイレに籠ることとなるであろう。



「こっちはかなり酸っぱいですね………、今まで味わったことの無い味です。さっぱりして美味しいんですけどね」


「グレープフルーツジュースだな…………、ああ、そうか。グレープフルーツブロックを食べたことが無いのか。あんまり出回ってないフルーツ系だし」


「フルーツ系って、高いんですよねえ。なかなか手に入りません」


「ちょっとぐらいなら融通してあげるぞ。お土産に持って帰ると良い」


「本当ですか!」



 俺の提案に喜色満面のドローシア。

 そういった所は年相応の少女らしい反応。

 


「ワイン? っと思ったけど、お酒の匂いがしないのね、コレ」


「アスリンのはグレープジュースだよ。まあ、ワインの元だな」


「??? 元って何? ワインは『ワインセラー』から出てくるモノでしょう」


「……………そうなんだけどね」



 この世界のお酒は穀物や果物を醸造して作るのではなく、マテリアル錬成器によって造られる。

 呼び方は大きさや出てくる酒の種類によって様々。

 『酒瓶』『酒樽』『盃』『酒壺』『ワインセラー』『蒸留所』等々……


 当然、ワインの元は葡萄という答えにはなるわけがない。

 まさかこんな所で異世界ギャップを感じるとは………



「あ、美味しい………」



 一口飲んで、その美味しさに驚きを隠せないアスリン。

 グレープジュースを気にいってくれた模様。


 すぐにクピクピとジュースを飲み干すと、



「………………」



 空のコップを見つめながらのムウ……と難しい顔。

 そして、意を決したような決断を下した様子を経由した後、少し恥ずかし気な表情からの小声で



「ヒロ………、おかわり、良い?」


「はい、どうぞ」



 ちょっと可愛らしいアスリンの仕草を見ることができて満足。




 そして、瞬く間に楽しい時間は過ぎてしまい、




「じゃあね、ヒロ。私達はこれからボノフさんのお店に向かうから」


「また、美味しいの、ご馳走してね!」


「コラ、ニル! 図々しいでしょ! ………すみません、ヒロさん」




 姦しくしながら女性陣達が先に退出。

 デュランの馬車に乗って、街へと消えていくアスリン達。


 ガレージで彼女達を見送る俺とレオンハルト。


 

 しばらく無言でアスリン達が去っていく方向を眺めていると、




「触れたら落ちると思うのだがね?」




 レオンハルトが意味深なセリフを投げかけて来た。


 振り返ってみれば、こちらを興味深そうな目で見てくる征海連合の御曹司の姿。

 

 投げかけられたセリフを頭の中で反芻。

 10秒程かけてレオンハルトの言いたいことを理解してから、



「触れて………、落として………、それからどうしろっていうんだよ?」



 真面目な話題であろうから、俺も本心で問い返す。


 するとレオンハルトは意外そうな顔で、



「それはヒロの自由だろう。連れていくなり、待っていてもらうなり、大事に保管して隠しておくなり………、好きにすれば良い」


「そう簡単にはいかないだろ。あの性格だぞ!」


「そうかね? 彼女は何か理由があって、今の境遇にいるような気がするのだがね。その理由をヒロが解決してあげれば、容易く君の手の中に入ってくるだろう」


「………………」


「彼女ではご不満かね?」


「………………」


「きっと彼女ならヒロの支えになってくれると思う。君もそう感じているはず」


「………………」


「………………」




 ガレージ前にて、しばらく沈黙の中、立ち尽くす俺とレオンハルト。


 

 突きつけられた問いかけに、俺は答えを返すことができないでいる。


 ずっと今まで保留してきた俺の問題。


 まさかここでコイツに突きつけられるとは思わなかった。




 征海連合所属の狩人。

 指揮者コンダクターのレオンハルト。


 気障で、演技がかった仰々しい素振りが鼻につく、プライドの高い完璧主義者の美青年。


 しかし、ある程度、この男と付き合ってみれば、決してそれだけの人間でないことが分かる。


 ある意味、俺と似ている所があるのだ。

 ずっと、周りに対して演技をしているという部分が。


 見せたいモノを見せ、見せたくないモノは決して表に出さない。

 それがすでに自然なものになるまで昇華されている。


 きっと彼の本質はもっと熱く、ドロドロとしたモノであろう。

 そして、ナニカ大きな目的を抱えているはず。


 その目的のためには手段を択ばない苛烈さも備える英傑の雛。


 この場で言い出した以上、必要があってのことだと思うのだが………


 彼は一体俺に何を求めているのだろうか?

 今までの言動から、人類の『赤の帝国』への戦略に拘りがあるように思うのだけど。


 

 結局、何も答えを返せないまま、時間が過ぎて、





「………………ヒロ。今、白の教会に、少々厄介な鐘守が訪れているようだ。気をつけたまえ」


「え?」


「では、私もこの辺で失礼させていただこう」



 そう言うと、レオンハルトは俺に向き直り、



「大変珍しいモノをご馳走になった。しかし、できうるなら次はあまり甘くないモノをお願いしたい」


「ああ………、分かった」


「次、会う時は君が中央に向けて出発する時であろうな。この私もそう時間をかけずに辿り着く。近いうちにまた会うことになるだろう。その時は私のリクエストに応じた飲み物を用意してくれることを期待する」



 そう一方的に伝えると、レオンハルトは従属機械種3機を連れて街へと去る。


 残ったのは、俺と俺の従属機械種達だけ。


 レオンハルトの姿が見えなくなっても、ずっと同じ方向を眺め続けて、 




「……………アスリンを選ばない理由か」




 俺は先ほど突きつけられた問いかけに対する答えを…………知らない訳じゃない。

 自分の性格と記憶を洗い直せば、自ずとその原因は判明する。


 この異世界に来た時、あれ程ヒロインヒロインと言っていたクセに、ある時を経てから、わざと特定の特別な女性を作らないように振る舞っていた。

 都合の良い言い訳を口にしながら。




 その理由は、この世界に来てからの記憶を手繰れば明らか。




 雪姫を殺したから? 

 

 ………違う。

 鐘守を傍に置きたくない理由にはなっているが、

 ヒロインを選ばない理由にはならない。

 彼女を殺した罪悪感は俺の心に刻まれているが、

 それに一生囚われるほど、俺は善人ではない。



 エンジュを待たせているから?


 ………違う。

 確かに必ずエンジュの元に戻るつもりだが、

 それまで他の女の子に手を出さないと断言できる程、

 俺はそこまで誠実でも純粋でも無い。


 そもそも俺はハーレムを夢見ていた。

 複数ヒロインなんて今時珍しくも無いし、

 街々に恋人を作るとかいう戯けた夢を再構築したはず。



 なら、何で、俺はアスリンを…………、ヒロインを選ばないのか?




 そう考えた時、脳裏に浮かぶ、かつて地獄を見た2つの場面。





 未来視にて、俺が雪姫をヒロインに選んだ瞬間………


 

 『ヒロ、早く私に追いつく!』


 行き止まりの街から旅立つシーン。

 朝日に照らされる雪姫の笑顔を見て、

『俺は一生この笑顔を守っていこう』と心に決めた。



 ………その直後に訪れた現実にて、



 血だまりに沈む雪姫の遺体。

 殺したのは俺。






 俺がエンジュをヒロインに選んだ時、



『もちろん、一緒に行くよ。約束しただろう。君が安全に暮らせる街まで送っていくって』

『ヒロ!!』


 俺の胸に飛び込んでくるエンジュ。

 優しく受け止める俺。

 路地裏で抱き合う男女。

 それは紛れもない恋人同士にしか見えない光景。

 俺はこの瞬間、『エンジュを守る』と心に決めた



 ………その直後の未来視で、



『ひひひひひっ、報いだよ。エンジュ。俺を裏切ったから……』


 ガレージ内で行われた呪いの儀式。

 反吐と血で塗れながら、狂乱する一人の男の醜い姿。


 その呪いによって地獄に落ちたのはエンジュ。

 呪ったのは俺。


 

 



 僅かな期間で出会った、俺が守ると心に決めた女性2人。

 

 どちらもその前後に、俺自身が手を下している。


 1人は現実で。

 もう1人は未来視の中で。 



 2人も続くなら、もし、3人目が出てきたとしたら………





「はあ……………」



 肩を落として大きくため息。

 グッと活力がため息と共に流れ出てしまったような脱力感。

 

 もうすでに午後から街に出ようとする気力さえ失ってしまった。

 おそらく数日はベッドで転がっていないと回復しないような気がするほど。



 フルフルッ?

『マスター、どうしたの?』


「お疲れですか?」


 

 俺の生気の抜けたような様子に白兎と森羅が尋ねてくる。



 だが、彼等に今の俺の心の内を吐露する気にもなれず………



「いや、何でもない。ガレージに戻ろう」



 そう言って、ガレージの方へと向き直ろうとした所で、



「……………」



 少し立ち止まって、レオンハルトが去っていた方へと視線を飛ばす。


 すでにその姿は見えなくなっていたが、問われていた質問に対し、言葉は出さずに『答え』を口にした。





『俺はヒロインを選ぶのが怖いんだよ』





 己に突き刺さった過去の刃の、凍てつくような冷たさを感じながら、俺はガレージの中へ戻った。






『こぼれ話』

仲間内で最も争いが発生しやすいのは獲得したお宝の報酬の分配です。

最初にある程度決めておくモノですが、人数が変動したり、途中の活躍やミス等によって、どうしても最初に決めていた割合では納得しない者が出たりします。

また、獲得したお宝もマテリアルに変換できれば分配もしやすいのですが、マテリアルに変換できないお宝だったりすると、その分配先で揉めたりします。


チームリーダーにはこういった分配を取り仕切る腕が要求されます。

時には自分が損をしても仲間の満足度を上げることが重要であったりします。


ちなみに中央のシティ付近の狩人チームは、どの推しの鐘守に奉納するかで大喧嘩して解散してしまうケースが問題となっているようです。











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