第641話 神化


「本当にヒロの従属機械種達は自由だねえ………」



 一しきり笑い終えたボノフさんからの感想。

 かなりカオスな光景であったが、どうやら『自由』の一言で流してくれた様子。



「きちんと一機一機構ってあげている証拠だね。ここまで和気あいあいとした雰囲気は珍しいよ」



 ボノフさんの表情から、きっとそれは俺に対する褒め言葉。

 どこか微笑ましいモノでも見るような目を向けてくる。



「そうなんですか? …………まあ、確かに俺が外から見た他の人の従属機械種達は、ワイワイと騒ぐ印象はありませんでしたが………、実際どうなんですかね?」



 ボノフさんの言葉に、少し疑問が湧いた部分を問い返す。



 俺がこの街に来るまでに見かけた機械種使い達の一団。

 だいたいが猟兵や狩人達だったからかもしれないが、規律正しく無駄口なんか叩かない固い雰囲気を醸し出していた。


 しかし、この街で出会ったアルスやレオンハルト、アスリンは、俺達程ではないにしろ、従属機械種達との間の空気は割と緩やかなモノであったように思う。

 

 果たして世間では、俺や俺の同期みたいな機械種使いは珍しいのか、そうでないのか………



 俺の問いにボノフさんは少し困ったように表情を歪めて、



「機械種使いも色々だからね。個体名を付けずに番号で呼ぶ者は多いよ…………、名前を付けると愛着が湧いてしまうからね。そうなると………、使い捨てしにくくなる」


「あ…………」



 それはそうか。


 俺は仲間である皆を1機たりとも失うつもりなんて無い。

 だから戦力配置は常に敵との2倍差をつけようとするし、犠牲が出るかもしれない作戦なんて初めから取らない。

 仲間を失う可能性があるなら俺自身が前に出て戦うことだってある。

 

 しかし、一般的な機械種使いはそうではない。

 従属機械種を囮にするなんて日常茶飯事。

 機械種使いは従属機械種を磨り潰して成り上がっていくのだ。

 それが最も安全で効率的なのだから。



「なるほど………、そのやり方が間違っているとは言いませんが………」



 でも、俺には取れない手段。


 最も新しい仲間である刃兼でさえ、すでに身内とも言えるぐらいの情が湧いてしまっている。

 誰であれ、たとえ1機でも失えば俺は半狂乱になるほど嘆き悲しむであろう。


 

 しかし、戦い続けていれば、どこかでそんな日が来るかもしれない。

 降りかかってくる全ての不幸を『謎の違和感』や『打神鞭の占い』で回避できるわけではないのだ。

 

 もし、どうしてもそうしなければならなくなった時、俺はその手段を選ぶことに耐えられるのであろうか…………



 ムウ……っと難しい顔を浮かべる俺。


 そんな俺の様子を見て、ボノフさんは暖かい笑みを浮かべながら口を開く。


  

「ヒロはヒロのやり方で進めば良いと思うよ。ヒロの実力からすれば、他人の言うことなんて気にする必要なんて無いからね。1機1機を大切に育てていくというのも大事だよ。想いを注ぎ込んだ分、従属機械種はマスターの為に強くなるとも言うしねえ………」


「そうですね………、ボノフさんの言う通り、俺は俺のやり方でやっていきます」


「そうかい。なら、またアタシのお店に新しい子を持ってきな。足りないスキルを揃えてあげるよ」


「アハハハハ、では、またお願いすると思います。どんなスキルを入れたら良いのか相談に乗ってくださいね…………、あ、そうだ!」



 ふと、思い出したダンジョンのスキル神殿で手に入れた特級スキル『神人化』の翠石のこと。

 

 結局、誰に使えば良いのかを決められず、ずっと手元に保管していたのだ。

 大変珍しい特級だけあって、その効果を詳しく知る者がおらず、投入するとどのような影響を機械種に与えるのかが不明。

 

 漠然とした情報で、一時的に『神人』の力を得ることができるということぐらい。

 超ベテランの藍染屋であるボノフさんならもう少し詳細な情報を持っているはず……

 


「ボノフさん! ちょっといいですか? これなんですけど………」



 胸ポケットから当の翠石を取り出し、神殿ガチャで手に入れたと説明。


 その効果について詳しく聞いてみると、

 

 

「『神人化』とはねえ………、一般では機体変化スキルと言われているけれど………、実際は属性追加スキルでもあるんだよねえ」


「属性追加スキル?」


「そう。一定以下のレベルの機種なら、一時的にしかその効果を発現しないんだよ。『神人』の力を十全に扱えず、僅かな時間だけの顕現に留まる。でも、一定以上のレベルの機種に投入すると、その属性に常時『神人』が追加されることになるのさ」


「ぐ、具体的には?」


「キシンタイプ上位の機械種ラセツに『神人化』スキルを投入すると、ランクアップしてミソロジータイプ、機械種ビシャモンテンになった……という事例があるね。『鬼』の面が強く出た重量級と『神人』の面が強く出た中量級のどちらにも機体変化できるようになった、とも言われているよ」


「毘沙門天ですか………」



 それはなかなかのビッグネーム。

 毘沙門天は仏教における天部の一神であり、日本では七福神としても有名。

 鬼神である羅刹や夜叉を従えていたという逸話もあることから、機械種ラセツに『神人化』スキルを入れると機械種ビシャモンテンになったというのも分からないでもない。


 しかし、スキルを投入するだけでランクアップするのはかなりお得。

 しかも、重量級以上に入れると、中量級にも機体変化できるというおまけ付き。



「………つまり、ある程度上位機種に入れないと意味が薄い。さらに入れるなら重量級以上の方が良い。というと、ウチでいうなら豪魔か輝煉………」


「別に機体変化に拘りがないんだったら、ヨシツネやテンル、ベリアルでも良いと思うけどね。入れるだけで間違いなく強くなれるんだから」


「むっ! ………何で僕なのさ??!!」


 

 そのボノフさんの発言に、今まで素っ気ない振りをしていたベリアルがキッと目を吊り上げて、



「誰が『神人化』スキルなんて入れるもんか! 『べーーー』っだああ!!」



 両手の指で口の横を引っ張り、思いっきり舌を出してアッカンベーをしてきた。

 

 どうやら俺を恐れて得意の毒舌を封印したらしいベリアル。

 子供っぽい態度で精一杯の不快感を表明した模様。



 お前は子供か!

 魔王のクセに『アッカンベー』なんて恥ずかしいと思わんのか?


 

 俺がギロっと睨みつけると、すぐに横を向いてプイッ。


 完全に拗ねた子供と化した魔王。

 これは当分機嫌が直らない様子。


 

 案の定、ボノフさんもベリアルの態度に苦笑い。

 もしかしたら、魔王の『アッカンベー』を喰らった最初の人間かもしれない。

 

 


「まあ………、入れるまでどんな機種に変化するか分からないし、変化したら元には戻せないから慎重に選ぶといいよ。あと、『神人化』スキルを入れるならある程度経験を積んだ機種の方が良いね。新しく従属させた機種だったり、ランクアップした直後だったりすると、『神人化』の効果が薄い…って言われているからね」


「なるほど………」



 だとすると、今回ランクアップしたばかりの浮楽と、新しく従属させるつもりの新人さんは除外だな。


 候補はヨシツネ、天琉、豪魔、輝煉………、あとは一応ベリアルも入れておこう。


 誰に入れるかは、後で打神鞭の占いで調べてからにするか。

 

 さて、一体どんな機種に変化するのだろうか?

 










「では、ボノフさん。遅くまでありがとうございました」


「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」



 一同(ベリアル、輝煉、豪魔を除く)揃って、ガレージの外に出てボノフさんをお見送り。

 どんなVIPかと思う程の丁重さ。

 しかし、ボノフさんから受けた恩に比べれば、これぐらいは当たり前。


 さらに、今までの恩に報いる為に………



「ボノフさんでしたらいつでも歓迎しますからね。あと、一つ、持って帰ってもらいたいモノがありまして………」



 そう言って、剣風、剣雷に持って来させた人型機種。


 ジョブシリーズ、ベテランタイプ、機械種ミコ。


 地下25階にて遭遇し、瀝泉槍にて首を刎ねて機体を確保。

 ボノフさんへの贈り物ということで、白兎と胡狛が協力して首を接合したので見た目だけは完品の状態。

 だが、残念ながら機械種である2機には活動停止時に破損する晶冠部分だけは修繕できない。

 そこはボノフさんの方で修理してもらうしかないのだ。

 


「こ、これは………」


「前にお約束していました『重力制御』と『空間制御』を持つ人型機種です。この機械種ミコならピッタリだと思いまして」


「…………いいのかい? 売れば数百万Mはするだろうに」


「ボノフさんから頂いたモノはそれ以上ですよ。本当はストロングタイプを用意したかったのですが、流石に目立ち過ぎますから、このベテランタイプにしました」


「十分………、いや期待以上さ。この1機があれば、アタシの店がかなり片付くよ」


「申し訳ありませんが、晶冠の修理と蒼石でのブルーオーダーはそちらでお願いします」


「ああ、ベテランタイプなら蒼石4級でイケるからね。ちょうど在庫にもあるし。帰ったら早速修理して従属させてみるよ」



 目尻を下げ、嬉しそうに話すボノフさんの表情。

 俺を完全に身内と見てくれる優しげな顔。


 最初は出会った時は少し偏屈そうかな? とも思ったが、結局、1回のトラブルも無く付き合いは続き、今では家族に近い親しみを感じるようになった。



 右も左も分からなかった俺を拾ってくれて、濃密な時を過ごしたチームトルネラの皆。


 街から街へと一緒に旅を続け、様々な危機を潜り抜けた仲であるエンジュとユティアさん。


 そして、この街で一番お世話になったと断言できる藍染屋のボノフさん。



 俺が中央へ辿り着き、目的を果たした後、必ずもう一度会いに行こうと思える人々。

 決して人づきあいが得意でない俺が築き上げた、信頼の『絆』達………




「次、お店に行くときは、可愛い看板娘を期待していますからね」


「あははは、それまでに仕上げておくさ。可愛く着飾らせるとするよ」




 そう言い残し、街の中心部へと帰っていくボノフさん。

 その背後に護衛として追従する剣雷と秘彗と刃兼。 


 夜も遅い為、この3機をお店まで送らせるのだ。

 当然、秘彗の亜空間倉庫に機械種ミコの機体を収納させて。



 結局、ボノフさんの姿が見えなくなるまで見送って、



「さて、この『神人化』スキルを入れたらどうなるかを占ってみるか」



 手の中で翠石を転がしながらそう呟いた。






 


 そして、占いの結果は、




「う~ん………」



 潜水艇の寝室にて1人、ベッドに転がりながら難しい顔で悩む俺。



「悩ましい………」



 打神鞭の指示通り、用意した画用紙を白兎の噴き出した火で炙った所、出てきたのは『神人化』スキルを投入した場合にランクアップした後の機種名の一覧。



『白兎』  + 『神人化』= 兎神 ゴッドラビット【おい、止めとけ】

『ヨシツネ』+ 『神人化』= 武神 ハチマン

『豪魔』  + 『神人化』= 邪神 パズズ 【中量級への変化あり】

『輝煉』  + 『神人化』= 神仙 コウテイ【中量級への変化あり】

『天琉』  + 『神人化』= 神霊 スラオシャ【中量級への変化あり】

『ベリアル』+ 『神人化』= 偽神 デミウルゴス【要注意!!】


 

 

「白兎は……………とりあえず見なかったことにしよう」


 

 『兎神ゴッドラビット』ってなんだよ!

 Gなガンダ○じゃねえんだぞ!

 『僕の肉球が真っ赤に燃えるッ! 勝利を掴めと轟き叫ぶッ! 爆熱……』とか言い出しそうだ。

 これ以上、訳の分からない進化を遂げてもらって困る!


 それに、わざわざ打神鞭が【おい、止めとけ】と書いているのだから、あえて選ぶことはない。

 

 

「えっと………ヨシツネが『武神ハチマン』か………、多分、八幡神のことだな」



 またの名を八幡大菩薩。

 清和源氏、桓武平氏を始めとする武家に広く信仰された武神。

 日本全国にある八幡宮に祭られた日本古来の神霊。


 相当な高位存在であり、ヨシツネの元ネタである源義経とも縁のある『神』。

 ヨシツネに『神』属性が追加され、ランクアップするとなれば、これ以上に相応しい神霊が無い程。

 何せ、源平合戦の逸話内で、頼朝と義経が対面し平家追討を誓い合ったとされる場所が八幡宮なのだ。

 平安時代の末期を駆け抜けた武将である義経にとっても信仰する守り神であったに違いない。



「ただ………、八幡神は『武神』だけど、自身の戦闘力が高いというよりも、『武運』の神という印象なんだよなあ」



 おそらく、ヨシツネの技や武力が上がるのではなく、『味方への強化・守護』『内政関連』『広範囲マテリアル術』といった方面の力を得るのではなかろうか?


 当時の武士たちから武運を祈られていた軍神でもあるのだ。

 そもそもその存在を同一視される応神天皇は優れた為政者ではあれど、自身に戦闘力が高いという逸話が無い。

 そう言った場合、おそらくランクアップして上昇するメインのパラメーターは『統率力』や『政治力』。

 若しくは、自軍の戦力を向上させるバフ(強化術・増強術)や戦場をコントロールする『地形変化』の類、大規模な天災を引き起こす範囲術の可能性が高い。


 ヨシツネの引き出しが増えるのだから、有用ではあるのだろうけど………



「ヨシツネは自分で刀を振るって戦いたい派だからなあ………」



 軍隊を率いる将軍としては最優の能力を持ちながら、自身の戦闘スタイルが一騎打ち・暗殺・奇襲特化という、配置に困るビルド仕様。

 一個小隊規模なら遊撃がベストポジションだろうが、本人が割と戦意旺盛だから気づくと最前線で先陣を切っていることが多い。



「強くなるのは間違いないだろうけど、ちょっと似合わないような気が………」

 


 決め手に薄いので、一応の保留。


 そのまま目線を下に下げて、次の候補者。

 


「豪魔が邪神パズズ。これも順当と言えば順当か」



 パズズは古代メソポタミアに伝わっていた風と熱砂を司る邪神。

 旱魃をもたらし疫病を振り撒く悪霊の王。

 映画やゲームでも取り上げられ、ラスボスやそれに近い扱いをされる悪の化身。

 特に有名な迷宮探索ゲームでは、最高位の敵『マイルフィ○ク』のモデルとされた程。

 そのゲームではグレーターデーモンが強敵として登場している為、そういった由縁も感じなくはない。


 また、その恐ろしい逸話から、他の魔を寄せ付けないという『魔除け』『守護神』といった面も持つ。


 故に邪神。

 暴風神ともされる異教の神。



「中量級に変化できるのは大きいな。特に豪魔は身体が大き過ぎて、メンバーの集まりに参加するのも一苦労だし」



 アイツだけ『空中庭園』の城内に入れないのだ。

 輝煉は門を通れるのだが、豪魔は無理。



「普段は中量級、戦闘時は巨大化する…………、う~ん、なかなかに良い感じ」



 さらに機械種パズズにランクアップするとなれば、強い豪魔が益々強くなる。

 もうベリアル並みになると言っても過言ではないだろう。

 チームの安定力が格段に増すのは間違いない。



「とにかく第一候補………だな。そして、次は………輝煉か」



 輝煉が『神人化』によって進化する先は『神仙コウテイ』。



「皇帝? …………いや、これは黄帝のことか」



 古代中国の伝説上の存在。

 悪神蚩尤を討ち、中国を統治した最初の帝。

 中国医学の始祖でもあり、道教においても天界を治める天帝ともされる。

 また雷神でもあり、竜神としての一面も持つほぼ最高位の神霊。

 


「古代中国の神獣である黄麒麟の進化先としては、これまた順当だな」



 なんとなくキンキラしたプライドが高そうなイケメンになりそうな気がする。

 能力的にはバランス型になるであろう。

 黄帝が保有していたと言われる剣『軒轅剣』と弓『烏号』を手に、遠近両方の距離で戦えるフレキシブル仕様。 

 さらに雷神としての権能を持ち、竜としての力を奮い、治癒能力まで持つ万能タイプ。


 豪魔とは違った意味でチームを安定させることができる。

 どこにおいても困らない、何でもできる白兎に近い存在がもう1機増えるであろう。



「白兎に近い………は言い過ぎだな。アイツはオンリーワンだから。でも、単独で複数の役割をこなせるマルチプルな機種は貴重だ。これは第2候補かな?」




 その次に名前が載るのは天琉。

 進化先に表示されている名前は『神霊 スラオシャ』。



「スラオシャ………、確かゾロアスター教の神の一柱………だったっけ?」



 女神な転生ゲームに出て来ていたような気がする。

 イスラム教の天使の名前でもあるんだよな。


 これも相当な高位存在であろう。

 どのような能力になるのかまでは分からないが、これまた天琉の力が倍増するのは間違いない。


 

「中量級に変化………ということは、天琉が大人になるんだよな………」



 一度、未来視の中で白月さんの『グロウアップ』によって大人の姿になった天琉。


 恐ろしいまでの美形、かつ、クールな印象であった。

 あれこそ皆が頭に思い描く、魔を滅ぼす天使の姿であろう。



「俺の勝手ではあるけど、アイツにはまだ子供で居てもらいたいような………」



 『子供モード』と『大人モード』を使い分けるのかもしれないが、無邪気な天琉はあのままな感じでいてほしいという俺の我儘もある。


 それに天琉は経験を積んでいけば自動でランクアップしていく『素種』だ。

 わざわざ貴重な『神人化』スキルを使わずとも、順当に強くなっていく仕様。


 その為に必要とする経験値は莫大だが、今の俺の実績を鑑みれば、そう遠い未来ではあるまい。

 もちろん、これは天琉と同じ『素種』である輝煉にも当てはまることだが…………



「最後は…………、ベリアルか。本人が嫌がっていたし、俺も無理やりスキルを投入するつもりは無いけど………」



 進化先は『偽神デミウルゴス』。

 グノーシス主義の創造神話において造物主。

 物質世界の創造神を意味する言葉。


 偶にゲームや漫画で目にするビックネーム。

 神の名ではあれど、その扱いは完全な悪役。

 それも完全なラスボスに近い立ち位置で主人公の敵に回ることが多い。


 どちらかというと邪神・魔王に類する者であろう。

 だが、絶大な力を持つ超高位存在に違いない。



「強くなるのは間違いない。『神』属性を得て、『創造』なんかの権能を手に入れそうだ。でも………」



 画用紙のリストに記載された【要注意!!】の文字。

 今のベリアルがさらに強くなったら、皆に対してどのような態度を取るのか、火を見るより明らか。


 『神』寄りになったことで性格が丸くなれば良いのだが、そうでなかったら最悪。

 あの傲慢な性格のままなら、さらに制御が難しくなってくる。



「ベリアル自身も嫌だと言っているし、これは止めておいた方が良いか………」



 昔に比べれば皆と打ち解けて来た感があるし、あえてここで余計なことをしない方が良いだろう。

 博打的な打ち筋より俺は安全・安定を一番に望む。



 となると、候補は自ずと絞られてきて、


 

「今までの検討結果から…………、豪魔で決まりだな」



 白兎は論外。

 ヨシツネはピンと来ない。

 輝煉と天琉は素種であり、経験値が貯まればいずれランクアップする仕様。

 ベリアルはリスクが大き過ぎて選べない。


 その点、豪魔に『神人化』スキルを投入するメリットは大変大きい。


 豪魔はその巨大さから藍染屋に持ち込むのが難しく、改造で強化していくのが困難。

 俺のチームで豪魔だけが超重量級であり、どうしてもその扱いが難しくなってしまっている。 


 超重量級の戦闘力は破格。

 しかし、その機体の大きさは利点にもなるけれど、反面、普段の運用を考えると多大なデメリットとなる。

 だが、『神人化』スキルで『中量級』への変化ができるようになれば、そのデメリットを打ち消した上、超重量級の運用をさとられないというメリットも享受できる。


 つい、3カ月ほど前に『銀晶石』を使用してランクアップさせた所だが、その後に暴竜討伐や朱妃戦などの死線を潜り抜けているのだ。

 経験値的には十分であろう。



「決めたのならさっさとやってしまうか」



 寝室から出て、皆へと街の外に出ると伝える。


 今の豪魔でガレージの天井ギリギリなのだ。

 もし、さらにデカくなったら、天井を突き抜けてしまう。



 『銀晶石』を投入した時のように、『神人化』スキルの投入は街の外で行うことにした。




 





 バルトーラの街から離れること5km以上。

 人気のない夜の荒野へと足を延ばした俺達全メンバー。

 

 隠蔽陣で周囲をグルリと囲い、万が一にも他の人の目に入らないように用心。


 その中心には全高15mの豪魔がデンッと胡坐をかいて座り込む姿。


 雲間から覗く星空の元、豪魔を強化する為に『神人化』スキルの投入を行う。




 前回の『銀晶石』と同様、天琉に持ち上げてもらい、晶冠開封中の豪魔の頭部へと辿り着き、



「よし、あとはこの『神人化』スキルを投入して………」



 車のボンネットを覗き込むように、パカッと開いた豪魔の頭部へと潜り込み、格子状に晶冠が張り巡らされた中へと手を伸ばす。


 その指先には5cm程の緑色の翠石。

 一抱えはありそうな大きさの豪魔の晶石へと接触させると、スルリを中へ消えていく。

 豪魔の巨大な晶石が『神人化』の翠石を飲み込み、投入完了。



「脱出!」

「あい!」

 


 すぐさま外へと身を躍らせ、高所で待機中の天琉へとしがみついて離脱。



 すると、その直後に豪魔の機体が眩く発光。

 その場に太陽が降臨したような強烈な光が辺りを照らす。


 これも前回と同様の現象。

 とても直視していられない閃光が迸り、巨大な豪魔の機体を完全に覆い尽くす。


 それは豪魔の機体が光に置き換わったような光景。

 夜の闇を駆逐するごとき光の巨人の降臨。


 やがて、光は少しずつ膨れ上がるように大きさを増していき、



 豪魔の背丈が伸び全高20m超に。

 豪魔の背中の竜翼が4枚に。

 豪魔の竜のごとき尾が蠍のように。

 

 

 光に包まれた状態の為、輪郭だけしか確認できないが、それでも、その姿が大きく変容したのが分かる。




「デカい!」


 


 全高が5m伸びて、背中の翼が1対増えただけだが、全体的に装甲が分厚くなり、体積でいえば1.8倍近くになったのではないだろうか?


 ゴツイ豪魔が益々ゴツくなったような変化。

 視覚的な威圧感が何倍にも増幅されているように感じる。




 そして、機体の発光現象が収まると、そこに現れたのは、





 今まで蒼白い機体色から一変、枯葉に似た黄褐色に染まった巨躯。

 翼竜のごとき背後の翼が4枚となった魔神の姿。

 頭部のネジくれた角、厳めしくも整った顔立ちはそのままに、まるで獅子のような鬣が生えそろう。

 

 獅子の頭、4枚の翼、蠍の尾。

 これこそ古代メソポタミア伝承そのままの姿。


 正に異形。

 凶悪さが増し、暴力の化身ともいうべき破壊神が形となって現れた。


 これぞ古代メソポタミアの『風の魔王』。

 いや…………、最高位の悪霊、暴風神とも呼ばれる邪神パズズ。


 


「マスター………、新たな力を授けていただいたことに感謝を………」




 夜の荒野に響く重低音。

 これだけは今までの豪魔と同じ声。

 

 ただし、降って来る位置はかなり高くなったような気がする。

 まあ、実際背が高くなったのだから当たり前なのだけど。



「この機体の一欠けらまで、マスターの為に使用することを誓いましょう」


「いや、そんなに仰々しくしなくていいぞ、豪魔。それよりどんな感じにパワーアップした?」



 俺の問いに、豪魔は数秒だけ考え込んだような態度を見せると、



「『重力制御』と『冷却制御』が特級に。『虚数制御』『生成制御』『錬成制御』が最上級に。また、『量子制御(上級)』『現象制御(上級)』が新たに生まれました」


「ほう? 『量子制御』と『現象制御』が? それは凄いな」



 『量子制御』は原子を操るスキル。

 『現象制御』は世界の設定を操作するスキル。


 『量子制御』はベリアルが保有しているし、『現象制御』はさっき浮楽が覚えた所。

 どちらも超希少なスキルに違いない。

 『神』だけあって、天罰とも言える超広範囲攻撃を身に着けた模様。




「チィッ!!」




 突然、甲高い舌打ちの音が鳴り響く。


 音のした方へと視線を向ければ、珍しく豪魔へと剣呑な目を向けているベリアルの姿。


 俺が少し窘めるような目で睨みつけると、



「フンッ! 僕の『量子制御』は特級だからね! 炎や核撃は僕の方が絶対に強いから!」



 豪魔に対抗心を燃やしながら声を張り上げる魔王。

 どうやら自分の専売特許であった『量子制御』が豪魔に備わり不機嫌になっている様子。


 さらに言えば、豪魔がランクアップしたことにより、かなり自分との差が詰まってきたことも原因だろう。

 邪神パズズとなった超重量級の豪魔の戦闘力は、強化外装たる炎の戦車を呼び出したベリアルに迫るものかもしれないのだ。

 ベリアルが焦ってイラつくのも無理はない。



「はいはい、分かった分かった…………、でも、意外だな。冷却制御も上がったのか。しかも特級で?」



 ベリアルを軽くあしらいながら豪魔へと質問を続ける。


 パズズは熱砂と暴風の化身なのだ。

 砂漠に吹き付ける乾いた熱風の顕現であるはずなのに、その反属性である『冷却』がUPしたのはかなりの違和感。


 しかし、俺の質問に豪魔は落ち着いて自分の推測を述べてくる、



「はい………、おそらく、我は純粋な機械種パズズというわけではなく、機械種アークデーモンに『神』属性が追加された亜種というべき存在かもしれません」


「なるほど。だから元々、得意だった冷却制御が上がったのか」



 もしかしたら、熱砂と暴風を司る邪神ではなく、氷雪と熱風という相反する2つの属性を司る魔神なのかもしれない。

 今のスキルビルドを見るに、どちらかというと氷雪系の方が得意なのだろうけど。



「炎と氷を扱う所は白兎と同じだな」


 ピョンッ!ピョンッ!

 


 俺が白兎を例えに出すと、白兎は嬉しそうにピョンピョンと跳ねまくる。


 こっちはベリアルと違い、自分のお株を取られたとは思わない様子。

 これが器の違いというものか。


 流石は筆頭。

 ベリアルに白兎の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


 …………飲ませたら飲ませたで、ベリアルの頭にウサ耳が生えかねないからやらないけど。




「まだまだ筆頭殿には及びません……」


 フルフルッ!


「筆頭殿にそう言っていただけると…………」


 パタパタ


「ハハハハ、全く以ってその通りで………」



 ランクアップした豪魔に祝辞を述べているらしい白兎。


 また、他のメンバー達も豪魔の周りに集まり、それぞれに声をかけていく。


 


 ヨシツネは珍しく冗談めかした口調で豪魔に話しかけ、



「これは、また抜かれてしまいましたかな?」


「さあ? 機体が大きくなったことで小回りが悪くなったかもしれませんぞ」


「フフフ、それはいけません。新しい機体に馴染む為にもまた模擬戦と参りましょうか?」


「では、再度ヨシツネ殿の胸を借りるとしましょう」




 天琉、廻斗は相変わらずジャングルジムよろしく豪魔の機体にへばりつき



「あいあいあいあい! 前より高い!」

「キィキィキィ!」



 それを秘彗が窘め、浮楽がまあまあと間に入り、



「コラッ! テンルさん! ゴウマさんに失礼ですよ!」

「ギギギギギッ! ギギギギギ!」


「ハハハハハ、我なら構いませんよ」



 豪魔が笑って許すいつものパターン。



 また、他の面々も親し気に豪魔へと声をかけていく。


 皆と均等に関係性を築いていた豪魔だからこそなのかもしれない。


 あのベリアルですら、仏頂面ではあるが、一応、お祝いらしき言葉を投げかけているのだ。



「僕には及ばないけど、強くなったじゃないか。でも、デカく成り過ぎたことで足をすくわれないよう気をつけるんだね」


「ふむ? ご助言、ありがたく頂戴しますぞ。ベリアル殿」


「ハンッ! 助言でも何でも無い! 躓いて転ばれるとこっちが迷惑するからだ!」




 そんな感じでメンバー達が一通り声をかけ終わった後、




「豪魔! 肝心の中量級への変化はできそうか?」


 


 豪魔へと質問を投げかける俺。


 『神人化』スキルを豪魔へと投入した大きな理由の一つ。

 これができなければ、全高20mを超えた豪魔はガレージ内に入ることすら難しくなる。



「少々お待ちを…………」



 すると豪魔は蒼く輝く目を閉じて、精神を集中させるような素振りを見せ、





 ピカッ!




 一瞬、光ったと思うと、次の瞬間には………





「おお!」





 豪魔の巨体が消え失せ、そこに残るのは1機の中量級人型機種………




 全高2m超えのプロレスラーのような長身偉躯。

 ビシッとタキシード風の衣服を纏った極めて人間の容姿に近い男性型。

 蒼く光る目と、頭に生えたネジれた2本の角がなければ機械種とは分からない程に。


 年の頃は30歳代程度。

 獅子の鬣を思わせる頬髭と顎鬚を蓄えた野性味溢れるイケオジ顔。

 おじさん好きの女性なら一発で惚れそうになる男ぶり。

  

 だが、ただのダンディなおじさんで無いのは一目で明らか。

 立っているだけでその機体から滲み出す半端ない威圧感。

 一見紳士風ではあれど、ゴッドファーザーかと思う程の威厳に満ちた迫力ある姿。

 たとえどのような治安の悪い街であっても、絶対に喧嘩を売られることが無いであろう外見。

 もう完全にマフィアの帝王といった有様。




「どうですかな? 我の中量級化は?」



 両手を広げ、俺へとその機体を見せつけてくる………豪魔。


 一見、はち切れんばかりの筋肉に、暴力の匂いを纏った大男。

 その目は優し気な光を湛えているが、熊かライオンが立ち上がって襲いかかろうとしているようにしか見えない。

 全く見知らぬ者だったなら、即後ろを向いて逃げ出したくなる偉容ぶり。

 

 だが、マスターとしての威厳を保つべく、気圧されそうになるのをぐっとこらえて先ほどから浮かぶ疑問をぶつけてみる。

 


「……………あのデカい機体はどこにいったんだ?」


「我の亜空間倉庫の中ですな。我の晶石も一緒に」


「??? ということは、その機体は………」


「従機………というより義体というべきですな。亜空間倉庫の中の本体からこの義体を操作しております」


「……………ああ、そう言うことね。あの朱妃イザナミと同じか」


「この義体でもそれなりに戦うことができますが………、やはり元の機体の方でないと本領が発揮できません」


「そこも一緒な訳ね。まあ、超高位機種ならそうか」



 朱妃イザナミの髑髏仕様の形代も本体と比べて能力はかなり落ちていたように思う。



 戦闘シーンだけ見れば、黄泉平坂での本体は大した力も見せずに倒されたような印象しか受けない。

 何度も蘇る不死性や八雷神やヨモツイクサの軍勢、大社でのギミックには苦労したものの、むしろ形代との闘いの方が苦戦しているように見えたかもしれない。


 しかし、あれはベリアルとヨシツネの2機を当てていたからこそだ。

 しかも朱妃イザナミは炎が弱点であり、そこをベリアルが突くことができたことも大きい。

 

 それに対し、形代は、こう言っては悪い気もするが、レオンハルトやアスリンでもそれなりに戦うことができたのだ。

 やはり本体と子機を通じての義体では、出せる力に制限があるのだろう。



 おそらく豪魔の義体の頭部には子機たる晶石が入っているはず。

 それを亜空間倉庫から操作しているのであろう。

 



「ふう…………、これでお前も空中庭園の『王の間』会議に参加できるようになるな」


「そうですな。城の外から参加するのも乙なモノでしたが………」


「まあ、ずっと寂しい思いをさせてきたからな。どっか行きたい所とかあるか?」


「それでは…………、城の中の『図書室』を見てみたいと思っております」


「ああ、そう言えば、お前は読書好きだったな」



 皆に空中庭園に必要な設備を挙げてもらった際、秘彗が『図書室』を作りたいと言ってきたのだ。

 俺の部屋に置いてある書籍を現代物資召喚で取り寄せて納めてあり、本好きのメンバー達が本を読みふけり、偶に借りていったりする。


 とにかく俺の部屋には様々な種類の本があり、真面目な小説から漫画までかなりの冊数を用意することができた。

 いつもは秘彗や廻斗に本を届けてもらっているようだが、やはり自分の目で読みたい本を本棚から探してみたいのだろう。



「そうだな…………、明日は午前中にレオンハルトやアスリンが訪ねてくる予定だから………、昼から街に出て孤児院や教官に顔を見せて、秤屋へ外出届を出しにいこう」



 ずっと療養中にしていたのだ。

 いい加減、そろそろ秤屋に『もう大丈夫』と報告を入れておくべきだろう。

 出ないと外出届も出せやしない。


 秤屋所属の狩人は街を長期に留守にする場合は必ず届け出しなくてはならないのだから。



「まずは白の遺跡で剣風達をダブルにするぞ。空中庭園を出すのはそれからになるが構わないか?」


「もちろん。我の為にご足労をおかけします」


「いやいや、朱妃を倒して出てきた宝箱の中の確認もしたいからな。特にあの超デカい宝箱。アレは絶対『空中庭園』と同じような施設が入っているに違いない!」



 何せ宝箱の大きさが2km以上もあったのだ。

 『空中庭園』と同種の発掘品しか考えられない。


 また、朱妃イザナミを倒して手に入れた宝箱はあと2つ。

 

 1つはノーマル仕様の宝箱。

 もう1つは中量級機械種が納められたと思われる機械種用保管庫。




「浮楽、豪魔がランクアップ。そして、剣風、剣雷、毘燭がダブルに。さらに宝箱3つ。そして、新たな仲間がもう1機………。本当に今回のことで手に入れることができたモノは多い」




 色々と大変なダンジョン探索ではあったが、苦労した分、報われたと言えよう。


 さて、剣風達がダブルになって手に入れる力はどれほどか?

 3つの宝箱の中身は何なのであろうか?


 

 宝くじは当選結果が出る前、『もし、当たったら』と想像している時が一番楽しいという。

 なら宝箱も、開ける前に何が入っているのかを想像している時が一番ワクワクしてしまっていてもおかしくは無い。



 ふと、雲間に垣間見える星空を見上げながら、楽しい未来を想像。

 思わずニンマリとした笑顔を浮かべる俺だった。

 

 




『こぼれ話』

機械種がランクアップするケースは5つ。

①素種が経験値を貯める。

②経験値を貯めた上、特定の組み合わせで晶石合成を行う。

③銀晶石、金晶石を入れる。

④経験値を貯めた上、機体変化スキルを入れる。

⑤????

⑥同系統同格以上の晶石を合成し続ける【追加】。


素種以外だと②~⑥でしかランクアップしませんが、そもそも機械種がランクアップするという情報はあまり公になっていません。

従属機械種が一度もランクアップしないままでいる機械種使いも珍しくないのです。


また、①⑥はその系統の最上位まで行くとランクアップしなくなります。

ジョブシリーズでいうとノービス⇒ベテラン、ベテラン⇒ストロングにはなれても、ストロングタイプはそこで終わりになります。

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