第640話 合成2
ボノフさんの出張作業での防冠処理は、お昼を挟んで作業が続き、夕方前に全機完了。
豪魔、輝煉、辰沙、虎芽、玖雀、刃兼、浮楽、ベリアルに防冠が備わり、赤の威令や感応士の干渉波、蒼石への抵抗力が軒並み向上。
これで俺の従属機械種達全て防冠処理が行き届いた。
強敵が待ち受けているであろう地に向かう為には、従属機械種達にこの防冠処理が必須なのだ。
ようやく中央へ出発できる準備が整ったとも言える。
俺の中央行が確定するのは3週間後だから、まだ少し先のことではあるのだけれど。
「ボノフさん、ありがとうございます!」
「アタシは依頼を果たしただけさ。それに…………」
テーブルの上に並んだ手の込んだブロック料理に目を落とすボノフさん。
「こんな美味しそうなモノを出してもらって、こちらが申し訳なくなるぐらいだよ」
「いつもお世話になっているボノフさんへのせめてものお礼です。召し上がってください」
少し早い夕飯を潜水艇のリビングルームで振る舞う。
今晩の献立は『舌平目ブロックのオレンジソースかけ』をメインにしたはフランス料理風。
『果樹園』で最高級オレンジブロック『ベニマドンナ』を磨り潰し、ビネガードロップ等で味付けしたソースが決め手。
前菜に葉野菜系ブロックを組み合わせたサラダ。
副菜に『カニクリームコロッケブロック』、フランスパンブロックも用意。
デザートは白兎に冷やしてもらったバニラアイスクリームブロックを提供。
「昼も豪勢だったけど、夕飯も凄いねえ………」
高級レストランもかくやという充実した献立に、ボノフさんも驚きを隠せない。
「ヒロは調味までできるんだ。この腕ならお店も開けるかもしれないね。狩人引退後の道楽として考えてみたらどうだい? 成功間違い無しだと思うよ」
「まあ…………、一応、考えておきます………、」
ボノフさんの言う通り、成功間違い無しであろう。
なにせ未来視ではそうだったのだ。
俺が調味に腕を振るい、エンジュが配膳や接客を行う、こじんまりとしたレストラン経営。
小さな街の中の話であったが、大繁盛していたと言えるレベル。
もし、俺が狩人稼業に飽きて、ずっと一つの街に在住することになったのなら、その選択肢もありかもしれない。
その時は、この仲間達とワイワイやりながらレストラン経営も悪くないであろう。
そして、もし、エンジュが、狩人で無くなった俺についてきてくれると言うなら、また一緒に…………
ふと、脳裏に描かれる、楽しかったエンジュとの生活の思い出。
レストランの中を忙しく動き回り、接客に勤しむエンジュの姿は、いつもキラキラと輝いているように見えた。
溌剌とした笑顔を振りまく愛想良い店員。
見る者を惹きつけてやまない可憐な顔立ち。
小柄ながらも女性らしいしなやかさと柔らかさを備えた快活な美少女。
オーナーでもある俺のパートナーだと公言していなければ、ひっきりなしに客から口説かれていたであろう。
そんな彼女と過ごした日々は、今でも色褪せずに俺の記憶に刻まれている。
昼間は、共にレストラン運営に汗を流し、
夜は、俺と一緒に事務処理や新しいメニューの開発に勤しんだ。
寝室にて2人きりで夜遅くまで仕事をしていた時もあり、
偶に、つい、仕事そっちのけでエンジュに手を伸ばしてしまって、
エンジュも嫌がらずに俺を受け入れてくれて、
そのままベッドに直行といったことも…………
「…………………」
「おや? 満更でも無いみたいじゃないか? ひょっとして、イイ人とそんな約束でもしているのかい?」
「あっ! いえ、その………」
思わず晒してしまったニヤケ顔を誤魔化すように、顔の前で手を振る俺。
イカン、イカン。
ご婦人と歓談中なのに、妄想に耽溺してどうする?
頬を両手でパンパンと叩いて思考をリセット。
すると、ボノフさんはそんな俺を優しい目で見つめながら、
「良かったよ。ヒロが狩人以外の道をきちんと考えてくれているようで。まだまだ若いのに、道を1つに絞る必要なんて無いんだからね」
「………そうですね。当面狩人を止めるつもりはありませんが、いずれはどこかで落ち着きたいとも思っています。だからそういった選択肢もあるでしょうね」
「うんうん。今はそんな感じで十分さ。その時になって改めて考えればいいんだよ」
「はい、ありがとうございます」
孫を見る祖母のような顔で人生の先輩としての助言をくれるボノフさん。
素直に礼を述べる俺。
間に流れる空気はすでに身内のソレであろう。
この街に来てからの付き合いで、時間にすれば半年間。
お店に訪れた回数は十数回程度。
しかし、築かれた絆は客である狩人と藍染屋以上。
この街で一番親しいと言える人なのかもしれない。
食事を終え、秘彗と胡狛に食後のコーヒーを出して貰って一服タイム。
コーヒーカップを傾けながら、ボノフさんとしばし雑談に興じる。
と言っても、内容は俺の従属機械種達について、だけど。
「あの機械種アークデーモン………、ゴウマは晶脳調整済みであるようだね」
「晶脳………調整ですか?」
「そう。聞けば、堕ちた街の特機戦力だそうじゃないか。超重量級のデーモンタイプそのままじゃ扱いにくいから、性格が穏やかになるように性格を弄られたんだろうね」
従属機械種の晶脳調整は良く聞く話。
白の契約に基づき、人間であるマスターに従うようになったとはいえ、機械種そのものの性格が急激に変わるわけではないからだ。
同じマスターに仕える仲間達と喧嘩ばかりしていたり、
戦力増強を期待して従属させたのに、戦闘を嫌がるような臆病な性格であったり、
周りの人間に迷惑をかける習性があったり、
そうした従属機械種は藍染屋の手によって性格を矯正される。
マスターが扱い易いように文字通り晶脳の中身を弄られるのだ。
だが、その施術にもデメリットがあり、機械種本来の性格を変更することから、機体と晶脳が噛み合わなくなり、スペックダウンが避けられない。
どこまでスペックが落ちるのかは、晶脳調整を行う藍染屋の腕次第であるようだが、それでも能力が低下するのは間違いない。
「なるほど。確かに豪魔はとても悪魔型とは思えない程落ち着いた性格ですが………」
その思慮深さはチーム随一。
誰にでも態度を変えることなく仲間達と交流、決して驕ることなく一歩引いた立ち位置で皆を見守ってくれているチームの大黒柱。
ベリアルですら豪魔には配慮した態度を見せるし、筆頭と次席である白兎・ヨシツネも豪魔の意見は必ず尊重する。
天琉や廻斗、浮楽といったお騒がし組とも仲良くしているし、真面目組の森羅や毘燭の相談事にも乗ってあげている様子。
秘彗や胡狛、メイド3機といった女性陣達からも頼りにされており、最近では剣風、剣雷、輝煉とも戦術談義を行っていると言う。
「ということは、豪魔は本来の機械種アークデーモンより幾分かスペックダウンしているんですね。とてもそんな感じには思えませんけど………」
その巨体から暴れる場面は少ないが、それでも、豪魔が全力を出した戦闘シーンは圧巻。
拳の一振りで超重量級を叩きのめし、口から吐く息吹は軍勢をも一蹴。
普段の穏やかな雰囲気からは想像もできない程の破壊神ぶり。
我が『悠久の刃』の唯一の超重量級に相応しい戦績の数々。
あの暴威を振り撒く姿を見て、実はスペックダウンしていたなどとはとても想像できない。
「スペックダウンと言っても、ほんの数パーセントぐらいだよ。あのゴウマの晶脳調整を行ったのは、かなりの腕を持つ藍染屋のようだからね。実際に備わっていた防冠の構成も見事なモノだったし、最新式の道具や情報が揃っていたなら、アタシが手を出す所が無かったほどにね」
「数パーセント………、それぐらいなら誤差………なのかなあ?」
それぐらいなら許容範囲と言えなくも無い。
元々、豪魔のパワーは他を圧倒している。
よほどギリギリの戦いでなければ、無視できる数字であろう。
豪魔についての話題はそこで終わり。
次に飛び出してきたのは、やはり、ボノフさんにとって最も印象的であった…………
「それよりも驚きなのは、あの魔王型………を晶脳調整無しで従属させていることだよ。本当にこの目で見ないと、とても信じられない懐き具合だったねえ」
「ここまでくるのに、色々と大変でしたけど………」
当初のベリアルは誰にでも噛みつく狂犬であった。
マスターの俺には従う素振りを見せるものの、あくまで表面だけ。
その実、俺を独占する為の策謀を巡らしていたはずだし、他の面子をこっそり排除しようとしていた節もある。
俺が実力行使で黙らせ、白兎が掣肘してくれなかったら、今頃どうなっていたことやら…………
「その『色々大変』だけで済むのがおかしいんだよ。魔王型に魅入られた人間はほぼ例外なく数ヶ月で自滅するっていう噂さ。周りに多大な被害をもたらした挙句ね」
「確かに危ない時は何度もあったなあ………」
特に危なかったのは、暴竜戦前にガレージでぶっ放された炎の戦車からの一発。
俺が握りつぶしてなかったら、街の何割かが消滅する程の大惨事を引き起こしていたであろう。
魔王はたとえブルーオーダーしても魔王であるに変わりない。
人間を苦しめるのが性であり、その行動原理自体が人に仇なさざるを得ないようになっているのだ。
到底、普通の人間が運用できるモノではない。
「…………その危ない時が何度もあって、どうして無事でいられるのか………、聞きたいけど、聞かない方が良さそうだね」
「どうして俺が無事でいられるのか………、ですか? それは俺が最強の狩人だからですよ!」
「アハハハハッ! そうだった。最強の狩人にとっては、たとえ魔王でも恐れるに足らずってことだね」
「ハハハハハハハ………」
もう笑って誤魔化すしかないレベル。
でも、俺は最強の狩人で間違いないのだ。
決して嘘をついている訳ではない。
一しきり笑った後、話題は次へ。
「そう言えば、もう1機、超高位機種の防冠が要りようだったね?」
「はい。今、材料になる晶冠を変換してもらっています」
「『強者へ挑む闇剣士』の晶冠が材料なんて………、全くトンデモナイ話だよ」
「防冠への変換が完了次第、またボノフさんにお願いしますね」
これは朱妃イザナミを倒して出てきた機械種用保管庫の中の新人さん用。
中量級で人型なのは分かっているので、闇剣士の晶冠の一部を防冠へと変換してもらっている最中。
2週間程かかる予定なので、作業自体は後日に行う。
次はボノフさんのお店に連れていくことになるだろう。
「…………その機種はこの場にはいないんだね。まだ従属させていないとか?」
「まだ機械種用保管庫の中なんです。まだ開けてもいませんが、ヨシツネに匹敵する超高位機種だと思います」
「………………やっぱりダンジョンで紅姫を倒して出てきたモノだね?」
「まあ、そんな所です。毘燭達をダブルにランクアップさせた後に従属契約するつもりです」
街では俺達が紅姫を倒したという噂が広まっている様子。
ダンジョンの活性化が収まりつつあるのだ。
たとえ俺達が公言しなくても前後の事情を鑑みれば、そう推測するのは容易い。
「そうだね………、じゃあ、そろそろ、残りの作業を終わらせるとしますかね」
「もう遅いですけど、大丈夫ですか? 俺は明日でも構いませんが?」
「作業自体にそう時間はかからないよ。すでに誰に何を合成するか決めているんだろ?」
「はい」
「では、今日中にやり切ってしまおうじゃないか」
こうして、ディナーは終了。
潜水艇を出る俺とボノフさん。
すると、そこにはガレージ内に整列する毘燭、剣風、剣雷、浮楽の姿。
「さて、この子達に新しい力を加えてあげよう」
「よろしくお願いします!」
ボノフさんは腕まくりをしながら、立ち並ぶ4機へと近づく。
俺の依頼である『晶石合成』へと取り掛かってくれる為に。
『晶石合成』は従属機械種をパワーアップさせる手段の一つ。
同系統、且つ、同格以上の晶石を投入することにより、数パーセント程度能力を向上させることができる。
さらに、最も人類で重用されているとも言えるジョブシリーズへの『職業追加』には必須。
『ダブル』『トリプル』への昇格には、合成したジョブシリーズの職業が候補として現れるのだ。
剣風、剣雷、毘燭へ合成する職業は以下の通り。
剣風には竜騎士系『機械種ドラグーンナイト』の晶石を。
剣雷には破騎士系『機械種バスターナイト』の晶石を。
毘燭には風水師系『機械種レイラインルーラー』の晶石を。
いずれも元と近い系統を選び、能力を特化させることを決めた。
次なる戦場は更なる激戦が予想される中央。
たとえ手数が増えたとしても、基礎能力が中途半端では役に立たない。
元々、剣風達はチームでの運用を考えて仲間にした機種。
得意な部分を特化させ、足りない箇所は他の仲間が補えば良い。
「ほい、投入」
ボノフさんが晶冠を開封した状態の3機へと晶石を投入。
合成する晶石は予め手に入れていた『翠膜液』に浸し済み。
元々、ボノフさんが持っていたモノ2つに、『鉄杭団』のパルティアさんから報酬として受け取った2つ。
うち、3つを使用して、剣風、剣雷、毘燭の晶石合成を行った。
一瞬、機体がピカッと輝き、後に現れるのは能力値全般が微増したと思われる3機の姿。
「少し威圧感が増したかな?」
「そうですな、拙僧のポテンシャルが2.8%程、上昇したのを感じますな。おそらくはケンフウ殿、ケンライ殿も同様でしょう」
コク
コクコク
毘燭に水を向けられて頷く騎士系2機。
心持ち装甲が厚くなり、機体がより頑丈になったような気がする。
しかし、1個300万M、3億円相当の晶石を消費して、上昇するパラメーターが3%前後というのも微妙な………
いや、全ての能力値が対象だとするならば妥当なのか………
「まあ、本命は白式晶脳器で行う『転職』だからな。これはあくまで前段階の準備に過ぎないし………」
『ダブル』になれば、投入した晶石の職業が追加されることになる。
剣風は竜騎士の職を得て、飛行能力を手に入れることとなり、
剣雷は破騎士の職を得て、攻撃力が爆増。
毘燭は風水師の職を得て、得意であった防御陣の効果範囲を広げることができるであろう。
「さあて………、次はこの道化師さんだね」
表情固く、声も幾分か低め。
かなり緊張している様子のボノフさん。
「長年、藍染屋をやって来たアタシも臙石を晶石合成するのは初めてだよ。それも中央で名を轟かせた闇剣士のモノだなんてね」
その手に持つのは臙脂色に染まる晶石。
暗く沈んだ赤。
見る者を惹きつける存在感を秘めたこの世の秘宝。
浮楽に投入するのは、同じ魔人型である『強者へと挑む闇剣士』、機械種ブレイダーロードの晶石………、いや臙石だ。
臙石というだけで3000万Mは固い。
さらに『闇剣士』のモノというプレミアがつけば一体どれほどの値が付くことだろうか?
しかし、これは、今ここで浮楽の強化に使うと決定済み。
確かに売れば大量のマテリアルが手に入るであろう。
だが、浮楽の強化にはこの魔人型の晶石が必要なのだ。
元々、魔人型の機械種は少ない。
さらに浮楽の同格以上の魔人型機械種はもっと少ない。
また、浮楽が纏う道化師衣装の軟性装甲は強化が難しく、他の人型機種とも規格が異なる為、改造による能力向上も難しい。
当面、浮楽を強化できるアイテムはこの闇剣士の晶石しかないのだ。
同格であった『学者』は晶石ごと滅び、『詩人』はアルスが従属中。
『闘鬼』の晶石はすでに中央へ移送済みである為、とても手に入れることのできる状況ではない。
故に、この『闇剣士』の晶石………、臙石を以って浮楽を強化する。
空間転移と空中歩行を得意とし、錬成制御、生成制御を駆使しての多彩な攻撃を持つ魔人型、機械種デスクラウンの浮楽。
幻光制御での光学迷彩で姿を隠し、その身に宿した加害スキルで白鐘の恩寵すら無視することのできる暗殺適正。
他に換えの利かない能力を秘める浮楽の強化は必ず俺の役に立つ。
さらに浮楽は今まで陰日向で俺を支えてきてくれた大事な仲間。
それに報いる為にも、ここで強化しないという選択肢は初めから無いのだ。
「では、お願いします、ボノフさん」
「あいよ…………、ホレ、投入」
正座しての晶冠開封状態の浮楽へと、ボノフさんによって『臙石』が投入されると、
ピカッ!!
一瞬、目の前が白い光に染まった。
先ほどの剣風達の晶石合成には無かった現象。
「な、何?」
「こ、これは………」
俺とボノフさんの狼狽する声が響く中、
ガレージ内を埋め尽くした白の光は徐々に収まっていくと、
浮楽の長身細身、一見禍々しくも見えるピエロ姿が消えており、
代わりにその場に佇む、身長160cm程の道化師姿の少女が1人………
二つの房が付いたカラフルなピエロ帽。
フリルや星、玉で飾り付けられたメルヘンチックな道化師衣装。
キラキラと輝く長く波打つ金髪に、お人形のように整った顔立ち。
すっぴんでも相当な美少女のはずであろうが、なぜか顔中にベッタリと白粉が塗りたくられ、ハートマークや星型のペイントが書き込まれている。
まさに道化師少女。
ピエロレディとでも言うのだろうか………
「え? …………もしかして、浮楽?」
「ギギギギギギギ!」
「うわあ………」
思わず俺の口から怯えたような声が漏れた。
俺が呼びかけるとニヤリと大きく笑顔を見せた浮楽。
三日月の形に裂けた口に並ぶのは、サメのごときギザギザの歯。
さらにその両目の瞳孔に当たる青の光が眼球全体に広がっており、
所謂、こちらが引いてしまいそうになるくらいの『逝っちゃってる目』。
パッと見、非常に可愛らしい道化師少女のはずなのに、じっと見ているとだんだんと不安になってきそうな異常性が垣間見える。
壮絶な美少女なのに、絶対にお近づきになりたくないタイプ。
間違いなく『闇』とか『狂』とかの属性を備えていそう。
「ギギギギッ! ギギギギギッ!」
両手をブンブン振り回し、なんか興奮している様子の浮楽。
狂気に染まったような笑顔を張りつけたままで。
着ている道化師服がブカブカなのか、完全に袖が余っており、まるで旗振りのようにバタバタと袖がはためく。
まるで生まれ変わった喜びを表すかのような踊り。
振り付けは無茶苦茶なのになぜか妙に目を惹きつけられる魅力を放つ。
狂気を振り撒く月光曲芸。
何となくそんなフレーズが頭に浮かんできた。
「ボノフさん…………、これは?」
「う~ん………、多分、ランクアップしたんだろうねえ」
俺の質問にボノフさんは浮かない顔ながらも答えてくれる。
「ランクアップ? ………そう言えば、晶石合成で極稀にランクアップするんでしたっけ?」
「経験値が一定以上貯まった機種に、特定の組み合わせで晶石合成を行うとランクアップするという事例が残っているよ。その組み合わせは極秘事項なんだけどね」
「つまり、魔人型は同じ魔人型の晶石を合成するとランクアップすると?」
「そうとは限らないね。道化師と闇剣士の組み合わせだから、という可能性もあるよ。まあ、もう確かめようがないけど」
そりゃあ、魔人型、しかも色付きの晶石なんて、そう簡単に手に入るモノじゃない。
大抵は秤屋でマテリアルに変換するだろうし、そもそも扱いずらい魔人型を従属させている機械種使いはごく少数。
ひょっとして、この浮楽に起きた現象は非常にレアなケースであったのかもしれない。
Mスキャナーで浮楽を確認してみると、その機種名が『機械種ルナティックサーカス』へと変化していた。
スキル欄では『空間制御』『生成制御』『幻光制御』『冷却制御』『錬成制御』が最上級へランクアップ。
また、新たに追加されたスキルとして、『燃焼制御(上級)』『放電制御(上級)』『虚数制御(中級)』『現象制御(下級)』『創界制御(下級)』が生まれていた。
「げっ! 『現象制御』と『創界制御』まで…………」
俺のチームでは『虚数制御』を持つ機種は多いが、『現象制御』と『創界制御』は初めてであったはず。
一体どのようなスキル効果なのであろうか?
「へえ? それは凄いね。流石は『死へと誘う道化師』だね」
ボノフさんが感想を口にすると、
「ギギギギギッ!」
「んん? なんだい? フラク」
「ギギギギギッ! ギギギギギッ! ギギギギ!」
笑顔のまま袖をフリフリ、浮楽がボノフさんの発言に抗議。
多分、自分は『死へと誘う道化師』と無関係だと訴えているのだろう。
前の姿ならボノフさんが怯えかねなかったが、今の姿だとただ可愛いだけ。
「そうかい、そうかい、ごめんね、フラク。お前はもう賞金首じゃなかったね」
ポンポンと浮楽の頭を撫でるボノフさん。
駄々をこねる孫を祖母があやしているかのような光景。
「ギギギギギ!」
ボノフさんの言葉に『その通り!』とばかりに胸を張る浮楽。
残念ながらそのお胸はまっ平ら。
もしかしたら少女型ではなく、天琉や森羅と同じく中性型なのかもしれない。
どちらにせよ、可愛いキャラが揃ったお騒がせ組にお似合いになったと言えよう。
今までの浮楽の姿はかなり浮いていたから、これで混ざっても違和感は無い……
「あれ? ひょっとして、浮楽が可愛くなったのはソレが原因か?」
今まで散々、浮楽に対して酷いことを言ってきた俺にも原因があるかもしれない。
でもまあ、それが元で浮楽が可愛くなったのなら、結果的に良かったことになるのだけれど。
「おっと、外見やスキルだけじゃなくて、他にも変化した所を調べないと………、おい、浮楽。増えたのはスキルだけか?」
「ギギギギ………」
俺の質問にしばし悩むような素振りを見せたかと思うと、
「ギギッ!!」
短く声を上げたと思ったら、浮楽の背後に5つの人影がいきなり出現。
それは浮楽と同じ少女型5機。
背は浮楽よりも10cm程低く、恰好はそれぞれに異なるデザイン。
1機はピッチリとした青の体操服姿。
1機は同じような体操服だが色は緑。
1機は両手にナイフを何本も持ったカウボーイ姿。
1機は燕尾服に鞭を構えた調教師姿。
1機は……なぜかライオンの着ぐるみ姿。
皆、浮楽に似た造形の美少女顔。
全員姉妹にしか見えない並び。
「誰?」
「ギギギギ!」
ピコピコ
袖をブンブン振るって答える浮楽の言葉を白兎が翻訳。
「え? お前の従機なの? …………サーカス団員だって?」
「ギギギギギギギギギッ!」
クルッとトンボを切って一回転。
ピタッと着地すると同時に、仰々しい一礼で紹介を締める浮楽。
また背後の従機達も揃って一礼。
一挙一動、全くズレの無い見事な連携。
ふと、その背後に、煌びやかに光るサーカス劇場を思わせる芝居がかった動作。
この場でいきなり曲芸が始まりそうなドキドキを感じてしまう程に。
「あい! フラク、凄い!」
そんな華麗な一幕に、今まで我慢していた天琉がいきなり乱入。
「キィキィ!」
また、同じく仲の良かった廻斗も一緒。
2機まとめて少女の姿に変化した浮楽へと駆け寄っていく。
まるで、勝利を勝ち取った友達を祝うように。
「ギギギギギッ」
飛び込んで来た2機を両手を広げて優しく受け入れる浮楽。
「あいあいあい!」
「キィキィキィ!」
「ギギギギギギ!」
しばし、交わされる天琉、廻斗と浮楽との抱擁。
2機を抱きかかえたままクルクル回転する浮楽に、楽し気に大笑いする天琉と廻斗。
それはいつも見かけていた風景であり、うち、浮楽が大きく姿を変えたことで、全く異なる印象を受けてしまう光景でもある。
前の姿の浮楽なら思わず通報したくなるような不審な光景であろうが、今の美少女姿の浮楽なら微笑ましいの一言。
少しの間、ガレージに響く騒がしい声。
眺めていると自然に笑みが零れて来そうな、俺達にとってはありふれた日常の一幕。
しかし、そんな日常の一幕でも、現在はボノフさんという来客がいる中では、少々不作法。
天琉達のお目付け役である森羅が制止の声を上げようとした時、
「!!! マスター? ……………よろしいので?」
「ああ、このぐらいは構わんさ」
軽く手を上げて森羅を止める。
3機は白兎の直弟子であり、我が『悠久の刃』のムードメイカー、お騒がし組でもある。
そんな仲の良い浮楽が大きく姿を変えたのだ。
天琉達がはしゃぎたくなる気持ちも分かる。
天琉達の気が済むまで見守ってやろうと優しい気持ちで、3機の抱擁を眺めていると、
「あい~………、フラク、おっぱい、全然無い~」
浮楽の胸に顔を埋めていた天琉がボヤク。
その顔は少しばかり残念そう。
「ギギギギッ!」
すると、浮楽は『任せて!』と一声。
落ち込んだ天琉を慰めべく、抱擁を一旦解いて、ポンと両手に一つずつ拳大のゴムボールを召喚。
そして、そのゴムボールをいそいそと自分の道化服の中に入れ、
「ギギギギギッ!」
どうだ! とばかりに胸を張る浮楽。
そのお胸は見事にこんもりと盛り上がっていた。
「あい! おっぱいだあああ!!」
「ギギギギギ!」
盛り上がった疑似おっぱいに再び顔から突っ込む天琉。
これまた先ほどと同じように優しく天琉を迎え入れる浮楽。
天琉は顔を浮楽の盛り上がった胸に埋めて幸せそうな表情で………
ええ?
それでいいの?
天琉の節操の無さに驚く俺。
アイツ、柔らかかったら何でも良いのか?
幾ら何でもアレをおっぱいとは俺は認めないぞ!
とまあ、俺の心の中の叫びは他所に、天琉が浮楽のお胸に埋まり顔をスリスリさせていると、
「コラ! テンルさん! いい加減にしなさい!」
今度は天琉の自称お姉さんがブチ切れた。
「何、ボノフさんの前で恥ずかしい事しているんですか! 離れなさい!」
秘彗がプンスカと柳眉を逆立てながら、未だ浮楽にひっつく天琉を引きはがそうと掴む。
だが、天琉は浮楽にひっついて離れず、
「あ~い~! いや~!」
「離れなさい!」
「いや!」
「手を離しなさい!」
「やだ!」
「離れろっていってんの!」
「やだやだやだ!!」
「キィキィ!」
ピコピコ!
引っ張る秘彗に、離すまいと踏ん張る天琉。
なぜか廻斗は空中で『キィキィ』と鳴きながら2機を応援。
また、いつの間にか白兎も近くにいて、まるで綱引きの応援のごとくパタパタと耳を旗のように振るう。
場はすでにカオス。
お騒がし組の独壇場と化し………
「たあ!」
「あい~」
バタンッ!
結局、秘彗に引きはがされた天琉。
ムスッとした不満顔で秘彗を見上げながら唇を尖がらせて抗議。
「あ~い~! 折角、おっぱい柔らかかったのに~」
「それを止めなさいって言っているんです! それにあれはおっぱいじゃありません!」
「あい? あれはおっぱいだよ。だって大きくて柔らかいんだもん。ヒスイも入れたら?」
「な!」
天琉のあまりの暴言に、一瞬言葉を失う秘彗。
ワナワナ……と青筋を立て、天琉を怒鳴りつけようとした時、
「ギギギギ?」
浮楽が近づいて来て、そっとゴムボールを秘彗へと差し出した。
その意味は実に分かりやすい。
即ち、『使いますか?』と。
きっとソレは浮楽の気遣いと優しさであったのだろうが………
「使いません!!!(激怒)」
「ギギギギ!!??」
「あい! ヒスイ、怖い!」
激怒した秘彗に怯える浮楽と天琉。
2機はそのまま秘彗に連行され、ガレージ隅で説教を受けることとなった。
また、なぜか浮楽が呼び出した従機達も、2機の後ろに並んで正座。
まるでヤンチャした生徒一団を秘彗先生がまとめてお説教するの図。
「成長しても変わらんなあ………」
そんな光景を眺めながら感想をポツリと呟く。
スキルが増えても、ランクアップしても、
従機が増えても、姿形が変わっても………
多分、俺の仲間達の関係はずっと変わらない。
ただありふれた日常の繰り返し。
それが悩みの種であり………、多分、俺の心の安らぎでもあるのだろう。
ちなみに、ボノフさんはそんな俺達の日常と言える光景を見ながらずっと笑っていた。
『こぼれ話』
旧:浮楽である機械種デスクラウンは本来大変危険な機種でした。
その本質はホラー映画やスプラッター映画に出てくる悪性存在そのもの。
たとえブルーオーダーしても、『人間を恐怖に陥れたい』『苦痛に満ちた悲鳴を聞きたい』『拷問で肉を千切り血を啜りたい』『女子供を追い詰めて殺したい』という本能は消えません。
白兎が浄化して本能を薄くしていなければ、主人公の周りは地獄絵図と化していました。
勝手に理由をこじつけてその辺で歩いている人間を拉致、拷問を加えて殺害。
獲物を咥えて主人に見せびらかしにくる猫のように、その凄惨な死体を主人公へと自慢げに捧げてきたでしょう。
機械種ルナティックサーカスにランクアップしたことで、その本質が変化しました。
『人間を驚かせたい』『子供を笑わせたい』という方向へ。
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