第639話 防冠


「おはようございます、ボノフさん。本日は出張作業に来ていただき、ありがとうございます」


「おはよう、ヒロ……………、怪我は大丈夫みたいだね?」


「あはははは、実は怪我じゃなくて、精神的な疲れでして…………」



 次の日、早朝から俺のガレージを訪ねてくれたボノフさんに挨拶とお礼。


 前に会ったのはダンジョンに潜る前のことだから、随分久しぶりであるような気がする。



「ボノフ様、このお荷物はガレージの中に運び入れますが、よろしいですかな?」


「ああ、頼むよ、ビショク、それとケンフウ」


「あい! おばちゃん! テンルも運ぶ!」

「キィキィ!」


「ハハハ、じゃあ、お願いしようか。転ばないように気を付けるんだよ」


「あい!」

「キィ!」



 毘燭と剣風、天琉と廻斗がそれぞれに抱えた荷物をガレージ内に運んでいく。


 この4機にボノフさんを迎えに行ってもらっていた。

 何しろ、今回、依頼した防冠処理の為の材料は、今の俺にとっても恐ろしく高価なモノであるから。


 ちょうど朝にボノフさんのお店に納品されるという予定を聞き、予めこの4機……+姿を消した浮楽を派遣。

 俺のガレージまでボノフさんをエスコートしてくれたのだ。



「ありがとうね、ヒロ。テンル達を派遣してくれて。流石のアタシもここまで高価な部材を揃えたのは初めてだよ。納品された時は久しぶりに手が震えたね」



 ボノフさんは苦笑いしながらも、目には優しい光。

 『うんしょ!、うんしょ!』と箱に入った部材をガレージに運び入れようとする天琉と廻斗の姿を眺める姿は、孫の運動会を見に来た祖母のよう。



「特に緋王・朱妃クラス用はトンデモナイ。材料に最低でも臙公・紅姫の晶冠が必要になるからね。聞けば白翼協商が白の教会に交渉して手に入れたそうだよ。そこの鐘守も口添えしてくれたみたいだから、後でお礼を言っておいた方が良いかもしれないね………ひょっとして、すでに面識があるとか?」


「あ………、はい。白露………様とは何度かお会いさせていただいています………」



 昨日、ここでその鐘守相手にオヤツを振る舞ってました、とは言えないな。

 あんなお子様だが、人々の信仰を受ける鐘守には違いないのだから。



「そうかい。ヒロの実力ならすでに鐘守が目をかけていてもおかしくないからね。『打ち手』にでも誘われたんじゃないかい?」


「まあ、そんなところで…………」



 俺的にはあまり続いてほしくない話題。

 言葉を濁し、そんな雰囲気を醸し出すと、ボノフさんはそれ以上その話を続けることは無く、

 


「じゃあ、早速、ヒロが秘蔵していた従属機械種を見せて貰おうかな」



 興味津々とばかりの満面の笑みを浮かべてガレージへと視線を向けた。











「ほお~………、こりゃあ、また、凄い迫力だねえ」



 ガレージに入るなり一番に目に入った豪魔の偉容。

 ボノフさんは思わず立ち止まり、感嘆のため息と感想を口にする。



 胡坐をかいてなお、天井ギリギリの全高15mの巨躯。

 青白い鱗に覆われた重装甲に、竜のごとき巨大な翼と太い尾、山羊のように螺子くれた角、熊を上回る鋭い爪。

 正に破壊の権化。

 しかし、雄々しき巨人の顔に浮かぶ表情は理知的であり、蒼く輝く目の光には深い知性の色が瞬く。


 我が悠久の刃の守護神、心優しき大魔神。

 

 

「赤の死線のみに出現する大悪魔、機械種グレーターデーモン。その上位種たる機械種アークデーモンか………、交戦記録すら無い、ほとんど伝説の存在だね」


「我、ゴウマ………と申す。ご婦人。この度の処置、よろしく申し上げる」



 重低音を響かせながら、豪魔は胡坐の姿勢から器用に首から上だけで会釈。

 この巨体では、豪魔が少し動くだけで柱や屋根を壊しかねないのだ。

 


「作業しやすいよう如何なる姿勢でも取る所存。遠慮なく申してくだされ」


「ハハハハ、大きい図体に似合わない、細やかな気配りだね。大丈夫。アタシは高い所でも平気さ。超重量級の防冠処理は久しぶりだけど任せておきな」



 豪魔の申し出に気を良くしたらしいボノフさん。

 腕をまくって自信あり気な態度を見せつける。



 豪魔は堕ちた街の特機戦力としていた時代に、すでに防冠処理済みであるらしい。

 しかし、ユティアさんに調べてもらった所によると、随分と古い様式のようで、レッドスクリーム対策になっても、感応士や蒼石への耐性がかなり不足しているという。


 だから今回は最新式の防冠をボノフさんに施してもらう予定なのだ。

 中央に行けば、敵に感応士が出てくるかもしれないから、保険は必須。







「そっちは…………神獣型か。本当に聞いていた通りだね。まさか徳高き機械種キリン………の上位種をこの目で見ようとは………」



 次に目についたのは機械種オウキリンの輝煉。

 黄金色に輝くボディは嫌でも目立つ。

 

 カツンッ! と軽く蹄の音を鳴らし、ボノフさんへの一礼の代わりとする輝煉。



「神獣型を従属させるなんて………、ヒロはもう一国の主になってもおかしくないね。どうだい? このバルトーラの周辺で街を造って、そこの領主を目指してみるかい?」


「ええ? なんでそんな話が?」


「神獣型が1機あれば、この辺境ならレッドオーダーの脅威を気にしなくてもいいからさ。中央ですら神獣型を『特機戦力』に据えていれば大きな顔ができるからね」


「…………遠慮します。俺は狩人で居たいので」



 開拓村一つまともに修めることができなかったのだ。

 幾ら力があれど、俺に街の領主が務まるとは思えない。



「そうだねえ、ヒロはまだまだ若いから、一つの所に押し込まれるのは御免だろうねえ………でも、今からでも早くないから、歳を取った時のことを考えておきな。狩人稼業は過酷。いつまでも現役でやっていられる仕事じゃないからね」


「はあ………、考えておきます」



 ボノフさんの本気かどうか分からない助言。

 だけど、俺は不老の存在だから、年老いた時のことなんて考える必要はないのだ。

 どちらかというと必要なのは、どうやって不老を誤魔化し続けるかであろう。







「あの4機が新しく従属させた女性型ストロングタイプか。確かメイド3機がダブル、もう1機が女侍型だったね」



 立ち並ぶ見覚えの無い機種を見つめながら、ボノフさんが確認。



「はい、タッサです。よろしくお願いします、ドラ」

「トラメだガオ。お願いしますだガオ」

「クジャク……です。お願いします、チュン」

「ハガネと申します。よろしくお願いします」


「うん、皆可愛い子ばかりじゃないか。ヒロも隅には置けないね」


「いや、まあ……………」


「しかもメイド型ストロングタイプのダブルが3機なんて、中央の貴族でも持っていないさ。あんまり見せびらかしたら危ないからね。しっかりと中央で自分の地位を確立するまで気を付けなよ」


「あ、はい」



 メイド型は価値が高くて、自身の戦力が低いから、下手に無名の狩人が手を出すと、悪漢連中に狙われやすくなると聞く。

 辰沙達はそれなりの戦闘力を持っているのだが、この場合、そう見えるかどうかが重要なのだ。

 

 いかにもか弱そうなメイド服を着た女性型が強いなんて誰も思わない。

 迂闊に外に出せば、甘い蜜に釣られた虫に集られることになるだろう。







「そして…………、あのヒョロリとしたのが…………」



 先ほどとは打って変わり、ボノフさんの表情が引き締まる。

 それは奥に控える1機の道化師風の機械種を視界に捉えたからのこと。


 

「『死へと誘う道化師』。機械種デスクラウン。中央で8000万Mをかけられた賞金首。その血塗られた惨劇はこの辺境にまで届く、史上最悪のレッドオーダー………、」


「ギギギギギギギッ!」



 ボノフさんに突きつけられた過去の罪名を、『僕は無実です!』とばかりに首を横に振って否定する浮楽。

 また、その保護者である白兎も浮楽を庇うべく前に出てきて耳をピコピコ、廻斗と一緒に浮楽を弁護。



 ピコピコ!

『この子は悪くないんです! 信じてあげてください!』


「キィキィ!」

『異議あり! 過去の機械種デスクラウンと今の浮楽に記憶の連続性は無く、よって同一存在とは認められないはずですよ、裁判長!』



 誰が裁判長だ。


 廻斗は胸のネクタイを締め締め、手作りの『弁』マークのバッチをつけつつ、ビシッと弁護士のような論調で弁護を展開。

 

 だが、残念ながら白兎と廻斗の言葉はボノフさんに伝わるわけもなく………



「ハクトとカイトがこんなに懸命に………、仲良くやっているんだねえ………」



 なぜか白兎と廻斗の必死の弁護に感銘を受けた様子のボノフさん。



 あれ? 何か通じてますか?

 まさか、ボノフさんが白兎に汚染されたとか………

 

 まあ、白兎と廻斗の様子を見て、何となく雰囲気を察してくれたのだと思うのだが。 




「ヒロ、少しいいかい?」


「あ、はい」



 ボノフさんは少しばかり表情を和らげ、俺の方を向き直って質問。



「噂通りならあの道化師には禁忌の加害スキルが入っているはずだね?」


「はい…………」

 

「本来なら秤屋への報告が必須だし、加害スキルは正式な手続きを経て抹消しないといけない。それは分かっているね」


「はい」


「それでも、ヒロは隠し通そうとしている。そのリスクは分かった上でなのかい?」


「はい! ……………決して、この加害スキルを用いて無辜の民を傷つけるようなことはしません。お約束します!」


 

 加害スキルを保有させたままにしていることのリスクは承知している。

 だが、今後、白の教会とドンパチするかもしれない可能性を考えると、加害スキルは非常に有用。

 

 白の教会は最も白鐘の影響が強くなるエリア。

 ブルーオーダーだと、敵が人間ならほとんど役に立たなくなる。


 未来視の白月さんルートのように、まだ敵が機械種なら何とかなる。

 しかし、もし、敵が人間となると『人間を傷つけるな』と強く訴えかけてくる白の恩寵に逆らえず、たとえマスターが襲われていたとしてもその実力を発揮できない。


 その白の恩寵を無視できる手段は主に2つ。

 

 『マスターが感応士の場合』と『加害スキル』。


 故に、感応士を配置する白の教会の防御は完璧。


 故に、俺は加害スキルを保有する機種を保持しておきたい。


 

 …………ここで、『無辜の民』を対象を絞っているのがミソ。

 俺と敵対する白の教会は決して『無辜』ではあり得ないから。 



「…………………」


「…………………」



 じっと俺の顔を見つめてくるボノフさん。


 対して俺はその視線を真っ向から受け止める。



 後ろ暗いことが無い訳ではないけれど、それでも、浮楽の力を全くの悪事に利用しようとは思わない。

 どちらかというと『悪』を討つための『悪』であろう。

 俺の欠けている部分を補う為には絶対に必要なモノ。


 ボノフさんに何と言われようとも、加害スキルを抹消するつもりは無い。

 

 でも、ここまで仲良くしてくれたボノフさんとの決別は避けたい所。


 だから、ボノフさんには何とか了承して貰いたいのだけれど………




 そして、ボノフさんの答えは、




「はあ…………、そこまで覚悟してのことなら、アタシはこれ以上言わないよ。どのみち、藍染屋には守秘義務があるからね。それに、中央の超一流所なら2,3機加害スキル持ちを保有しているらしいよ。街の中でのイザコザ対策なんかで。ならヒロだって構わないだろうさ。いずれ超一流になるんだし」


「ありがとうございます。俺を信じていただいて」


「この半年間、ヒロは常に誠実で居てくれたからね。いくら頭の固いアタシでも、ヒロのことは信頼できる人間だと認めるしかないくらいにね」


 

 ようやく笑顔を見せてくれるボノフさん。

 


「今時、本当に珍しいくらいのお人よし、甘すぎるくらいに甘い、警戒心が無さすぎてこっちが心配になるくらい。それでいて実力は最上級………、こんな狩人、今まで見たことも聞いたことも無いよ」



 指を折りながら俺の評価を口にしつつ、



「ヒロが中央へ向かったら、アタシは当分半隠居生活に入るつもりさ。ヒロが中央で巻き起こす偉業を楽しみに老後を過ごすことにするよ」


「それは保証します。きっとボノフさんの耳にも届くような成果を上げてみせます!」


「はははは、ソイツは頼もしいね。でも、最初は少しくらいは手加減しておくれよ。アタシがポックリいかないように」


「ああ………、そうでした………、どうしようかな?」



 突きつけられた難問にう~んと悩む。

 

 だが、ボノフさんはそんな俺の素振りを見て、



「あはははははははははっ!! 冗談に決まっているじゃないか! この半年間でアタシの心臓も鍛えられたから大丈夫だよ。ヒロは気にせず全力で頑張りな! はははははははっ!」 



 ガレージ内にボノフさんの笑い声が木霊する。


 俺もそれに釣られて照れ笑い。

 白兎や廻斗、天琉や浮楽がその笑い声に合わせるようにピョンピョン騒ぐ。


 また、ボノフさんにお世話になっているヨシツネ、森羅、秘彗、毘燭、剣風、剣雷もホッとした表情を見せる。


 これがいつもの俺達とボノフさんの関係。

 どうやら最後まで破綻せずに済んだ様子。



 良かった………

 ボノフさんが受け入れてくれて。



 心配事が片付いたことで胸を撫で下ろす俺。


 

 やはり、ここで豪魔や浮楽達の防冠処理をお願いして良かった。 

 この先、ボノフさん程、信頼できる藍染屋に出会えるかどうか分かったもんじゃないから。


 だから、ここで俺がずっと隠していた秘密の幾つかを開示することにしたのだ。

 そして、今まで築き上げてきた信頼によって、ボノフさんとの絆を維持しつつ、最良の結果を導き出すことができた………

 


 まあ、事前に打神鞭の占いで調べていたから、大丈夫と分かっていたけどね。






 




「で、そろそろ本命と行こうかねえ」



 一しきり騒いだ後、ボノフさんが緊張した面持ちでポツリと呟く。



「さて、ヒロ。例の従属機械種を紹介してくれるかい?」


「はい…………、出て来い、ベリアル。いつまで奥に引っ込んでいるつもりだ」



 ガレージの奥へ向かって呼びかけると、



「…………騒がしいのは嫌いなんだ。いっそ全部焼き尽くしてやろうかと思うくらいにね」



 グラスに浮かべた氷が弾けたような声が返って来た。

 小さいながら、はっきりと耳に届く不思議な音程。



「フンッ! 全く、こんなせまっ苦しい所でワイワイ騒ぐ虫どもめ!」


 

 奥から姿を現した中学生くらいの少年。

 貴公子然とした豪奢な衣服に身を包んだ貴人。


 ただし、人間ではあり得ない。

 

 黄金の髪に牡牛の角が2本。

 人ではあり得ない程に完成された美貌。

 蒼い光を放つ両目は人間に従属された機械種の証。

 


「調子に乗っているようなら手足を全部引っこ抜いて、天井から吊り下げてやろうか?」

 


 出てきた途端、仲間に対する不満をぶち撒ける『傲慢』さ。


 年端もいかない少年の声ながら、その中に含まれる『威』は極大。

 たかが声なのに、思わずひれ伏したくなるような威厳を感じる王者の響き。


 それもそのはず。

 従機以外の配下はおらずともコイツは『王』なのだ。

 ただし、その冠に禍々しいまでの意味を持つ『魔』の『王』。



「…………知らない顔の人間がいるね」



 ベリアルの蒼氷の瞳がボノフさんを射抜く様に見る。


 たったそれだけでボノフさんの身体がビクッと震える。


 特にナニカしたわけではないだろうが、魔王型のベリアルと人間ではその存在の在り方が違い過ぎる。

 

 人間が歩いただけでアリの巣を踏み潰してしまうように。

 魔王に見つめられただけで人間は恐怖を抱いてしまう。


 しかも、これで抑えている方なのだ。

 本気なら気の弱い人間なら心臓も止まる程の『威』であっただろう。



「ああ、そうか。確か僕の晶脳を弄りに来たんだっけ? ………たかが人間が? それは僕を誰だか知ってのことなの?」



 ヒュッと辺りの気温が下がったかのように思える。


 ベリアルの不機嫌な気配が人間の体感温度を低下させた………、いや、実際に下がっているのだろう。

 熱量をコントロールするベリアルなら朝飯前。

 自分の不機嫌さを表現したつもりであろうか。



 そして、ベリアルは足を進める。


 やや不機嫌な様子をそのままに、ボノフさんへと近づき、その輝くような美貌をほんの少し歪めて笑みの形を作る。


 それは人間を貶める悪魔の笑み。

 矮小な存在をネズミをいたぶる猫のような残忍さを以って処そうする悪意の顕現。

 甘い毒を吐く様に、口をゆっくりと開いて言葉を紡ぎ……



「ああ、知らないようなら教えてあげよう。僕は………」


「ボノフさん。コイツが魔王型のベリアルです。ちょっと生意気な奴ですが、きちんと躾けていますので」



 ベリアルの言葉を遮る俺。

 その頭を手でグイっと抑えて、



「ホラッ! ベリアル。頭を下げて『よろしくお願いします』って言え」


「ちょ、ちょっと待って! 我が君! 僕が話している途中だからね!」



 先ほどまでの魔王の気配はあっという間に霧散。

 ドロドロと人間の尊厳を溶かすようなベリアルの雰囲気は遥か彼方へ。


 残ったのは遊んでいる所を邪魔された子供のような拗ねた様子の魔王の姿。

 唇を尖がらせて、幾分か声を荒げながら抗議するベリアル。


 しかし、そんな抗議、俺が取り合うはずも無く、



「うるさい。余計な事、つべこべ言わんでいい。昨日、言った通り、めっちゃお世話になっている人なんだ。無礼は許さんぞ」


「むう~!」



 ベリアルはムスッとふくれっ面。

 納得いかないとばかりに俺へと向き直り、



「そんな死にかけのババアがなんだというのさ! 何ならこの僕が今ここで火葬して………」



 ボノフさんへの暴言を吐いた途端、



「!!! …………なんなんだよ?」



 突然、場の様子が一変したことに驚くベリアル。


 ガレージ内にいた、ボノフさんにお世話になっている皆が一斉にベリアルへ非難の目を向けたのだ。



 白兎も、ヨシツネも、森羅も、天琉も、廻斗も、秘彗も、毘燭も、剣風も、剣雷も、胡狛も…………

 


 ベリアルが魔王型でも格上でも関係ない。

 ボノフさんへの無礼は許さないとばかりの厳しい目がベリアルへと注がれる。



 白兎からは静かな怒りが、

 ヨシツネからは冷たい殺気が、

 森羅からは責めるような視線が、

 天琉からは今にも殴りかかりそうな激高が、

 廻斗からは強い糾弾が、

 秘彗からは冷静な抗議の目が、

 毘燭からはやり切れぬ義憤が、

 剣風からは荒れ狂う怒気が、

 剣雷からは激しい憤慨が、

 胡狛からは問い詰めるような睨みが、

 

 

 それぞれがそれぞれの感情をベリアルへとぶつける。

 それはこの半年間で築かれたボノフさんとの確かな絆から湧き上がるモノ。


 また、豪魔、浮楽、輝煉、辰沙、虎芽、玖雀、刃兼からも咎めるような目線。

 マスターがお世話になっている方であり、これから自分達の施術を行ってくれる人だというのに、どうして無礼を働くのか? と。




「お、お前等………」



 これには流石のベリアルもタジタジ。


 たった一言でここまで四面楚歌になるのも珍しい。


 元々白兎以外絡む者もおらず、孤立していたベリアル。

 強者であるがゆえに孤高を保ち、一切周りの反応を気にすることなく過ごしてきた。

 しかし、これほどまでに敵意に近い感情を一斉に周りからぶつけられると魔王といえど怯まずにはいられない。


 そして、ベリアルの暴言に怒りを覚えたのは、白兎達だけではなく、



 

 グワシッ!


「ぎゃん!」


 

 もう一度ベリアルの頭を思いっきり掴み上げると、ベリアルからは尾を踏まれた犬のような鳴き声。

 最高位の機種とて、俺の手が届く範囲では子犬とさほど変わらない。



「ああっ? お前、俺が昨日言ったし、さっきも言ったよな! ボノフさんに失礼な態度を取るなって?」


「いいいいいい痛いって、我が君!」


「黙れ。今すぐボノフさんに謝るか、俺の手でボコボコにされるか選べ」


「………………」


「本気だぞ、俺は」


「…………………ごめんなさい」



 消え入るような声でポソッと謝罪の言葉を吐くベリアル。

 ボノフさんに向けたかどうか怪しいのだが、コイツにしては珍しく素直な反応。



 これ以上、コイツを責めても仕方が無い。

 これを手打ちとして矛を収めてやるか………



 チラリと白兎達に目線を飛ばせば、俺のお仕置きに満足そうな様子を見せている者が大半。


 一応、けじめはつけたと言えるであろう。

 こういったことはキッチリやっておかないと、後々引きづる可能性がある。

 チーム統制には分かりやすい信賞必罰が必須なのだ。

 


「ボノフさんはお前達への防冠処理に来てくれたんだ。今日くらい大人しくしておけ」


「我が君………、分かったよ」



 シュンとした態度でめげた感じのベリアル。

 上目遣いで俺を見てくるその目は、雨の日の濡れた子犬のよう。



「これでお前達の身の安全が増すんだ。それは何より重要なことだからな」



 掴み上げていた手を緩め、ベリアルの頭をグシャグシャと撫でまわす。


 すると、ベリアルは『僕、あの天使型じゃないんだけど………』と不服そうに呟きやきながらも、目を細めてほんの僅かに喜ぶ様子を見せてくる。



 人間とは決して相容れぬ価値観を持つ魔王型。

 たとえ蒼石にてブルーオーダーし、従属させたとしても油断できない。


 彼等は人間より遥か高みにいる存在。

 マスターであっても、その圧倒的な存在感に呑まれて自滅してしまう者がほとんどであるという。


 

 しかし、今の俺とベリアルとのやり取りは、そんな噂など一笑に付す程の主従関係。

 俺は魔王型を実力で制し、魔王型は色々と問題を起こしつつも、最終的にはマスターである俺に素直に従う。

 

 世に流れる魔王型を従えてのまともな運用は不可能、との説など、どこ吹く風。

 俺は魔王型を含めた皆とともに、中央を目指して進むのだ。



 そんな様子を見たボノフさんは、目の前で行われた信じられない光景を呆然と見つめながら、


 

「あれが伝説の…………魔王型。それを子供のように……………、一体ヒロは何者なんだろうねえ?」

 


 何度も俺が問いかけられてきたであろう疑問を口にした。





『こぼれ話』

魔王型がここまで危ないとされているのは、魔王型は従属させたマスターを唆し、周りを巻き込んだ大災害を起こすケースが多いからです。

魔王型はブルーオーダーになろうと、その存在意義である『人間を苦しめる』方向に進もうとしますし、その為にマスターを懐柔し、徐々にその方向性に進むよう仕向けて来ます。

宝を得る為により被害が大きくなる方へ誘導したり、権力を得る為に人々が苦しむ方法を取らせようとします。


こういった仕様を何とかする為の手段は2つ。

①晶脳を弄って属性を変更する。

ただし、本来の属性を強制的に弄られた機械種は力を落とします。

特に魔王型であれば、少しでも善や秩序側に動かすと、かなり能力が低下することになります。

その施術主が緑学に精通している程、能力低下は抑えられるのですが、限界があります。

②マスターの強烈な個性で徐々に染めていく。

機械種はマスターの影響を強く受ける為、その意向を少しずつ汲んでいき、その性格・属性を変化させていきます。

そうして自然に善・秩序側へと変化させていけば力を落とすことはありません。

ですが、人間であるマスターが魔王型の個性を上回るのは並大抵のことでなく、大抵が逆に塗り替えられて洗脳されてしまうことの方が大部分のようです。




※すみません。ストックが切れました。

書き溜め期間に入ってしまいますが、2週間後の12月31日には更新を再開します。

中途半端な所で申し訳ありません。

何とか次の更新時には新しい仲間の加入まで進ませようと思います。

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