第624話 撤退2



 俺達の前に現れたレッドオーダーの大軍。


 亡者の群れかと思う程の凄惨な姿の敵が列をなす。

  

 比較的若い『巣』の主として登場することの多い、赭娼 機械種ヨモツシコメ。


 元ネタは日本神話における黄泉の住人、『黄泉醜女』。


 イザナギの黄泉下りにおいて、怒れるイザナミの追っ手として登場。


 その容姿は『醜女』の名の通り、醜く爛れた姿とも言われている。


 もちろん、その名を冠す機械種ヨモツシコメも決して美しいとは言えない外観………というか、かなり醜悪なデザインとなっている。


 狩人が求める赭娼の中では大ハズレと言えるだろう。


 能力は並み居る赭娼の中では高いモノではなく、中量級に似合わぬ怪力と機械種を弱体化させる『虚数制御』を使用しての『呪詛針』を放つ。


 単体で見れば、そこまで強い機種では無い。

 戦闘型ストロングタイプが数体居れば倒せる程度の戦力しかない。



 だが、ここまで数が揃えば脅威の一言。

 

 到底立ち向かおうとは思えないほどの大戦力。


 しかし、この大戦力をどうにかしなければ、俺達に生きるすべはないのだ。


 日本神話によれば、黄泉醜女に追われたイザナギは、身に着けた装身具を山葡萄やタケノコに換えて投げつけ、それに気が取られているうちに逃げ出したという。


 しかし、残念ながらタケノコブロックなんて持っていないし、ヤマブドウブロックも同様。


 一応、シャインマスカットブロックならあるのだけれど………


 もしくは、俺の部屋から本物の葡萄を呼び出して、木行の術で変換を続けていけば山葡萄を作り出せるかもしれない。


 でも、周りの人の目を考えると、とても試す気にはなれないなあ。 








 機械種ヨモツシコメの群れは歩みを止めてこちらの様子を伺っている。


 その数はすでに50機を超え、完全に包囲されてしまっている形。


 ゾンビパニック映画でよく見るゾンビの群れに囲まれたに等しい光景。


 だが、知能の無いゾンビと違い、向こうは人間に近い思考能力を持つレッドオーダー。

 

 おそらくは、俺達を追い詰め、恐怖させたいという思惑があるはず。


 絶望的な状況の中、俺達が無様に泣き叫ぶ姿が見たいのだ。


 もし、こちらから攻撃を仕掛ければ、それを切っ掛けに全機がすぐに飛びかかって来るであろうし、逃げ出そうとすれば全力で追いかけようとするだろう。



 かといって、何もしなくてもいずれ攻撃してくるのは間違いない。


 レッドオーダーはすべからく人間を殺すのだ。

 女子供を見逃すことはあるようだが、それでも武装したこれだけの人間を見過ごすはずがない。


 赭娼、機械種ヨモツシコメがこちらに牙をむくのは時間の問題……… 








 地下35階にいる色付きは『闇剣士』と『闘鬼』だけじゃなかったっけ?




 囲む機械種ヨモツシコメに目をやりながら、得ていた情報の食い違いに疑問が漏れる。



 この上の階、地下34階の玄室内でベリアルが探り当てた色付きの気配。

 確か2機だけだったはずなのだ。


 そのうち1機の『吼え猛る闘鬼』はルガードさんが倒し、『強者へと挑む闇剣士』は俺が倒した。


 なのに、ここに来て現れた『色付き』……赭娼の大軍。

 50機以上の数ともなれば、もう中央の『城』以上の脅威と言える。


 あの1機1機がストロングタイプ以上の戦闘力を持つのだ。

 レッドオーダーの能力を低下させる白琵琶の効果範囲であっても、赭娼の能力は侮れない。


 おまけにこちら側の戦力は先の激戦で低下中。


 ガイは自慢の武器を失い、アルスとハザンは普段通りを装っているも、とても戦闘ができる体ではない。


 また、アルスの従属機械種もマスターが負傷中ともなれば、その全力を出し切れない。

 

 また、鬼神のごとき強さを見せてくれたルガードさんは、胡狛が施術中で動かせない。




 

 やはり、ここは俺と俺のメンバーで赭娼の群れを食い止め、皆を逃がすしかないかなあ……………




 この状況下で負傷者や非戦闘員がいる味方を守りながら、敵を殲滅するのは不可能だ。

 七宝袋の中の全戦力をブッパすれば別だが、敵全てが赭娼の群れとなると、ストロングタイプが中心である表に出せる戦力だけでは、とても守り切る自信が無い。


 倒すだけなら俺がこの手の中の『瀝泉槍』を振り回せば終わり。

 囲まれている分、敵が散らばっているので殲滅には時間はかかるだろうが、それでも本気を出した俺ならば可能。


 だが、今いる50機以上の赭娼が敵の全てである保証が無い。


 増援や、もしかすると、さらなる強敵が…………、

 神話通りならその先はあまり考えたくないが。


 とにかく、ここはまず味方を逃がすことを最優先にするに一択。




 『黄泉醜女』なのがなあ…………

 女性型だけど、とても従属させる気にはなれないぞ。


 元が神話でも醜いとされた鬼女だ。

 ブルーオーダーしても美女になるとは思えない。

 


 相手が相手だけに、些かモチベーションが上がらない。

 しかし、腐っても赭娼なのだから、その赭石を全部集めればかなりのマテリアルになるだろうけど…………



 だが、アレは本当に赭娼なのだろうか?



 このように色付きと思わしき超高位機種が揃った光景を、つい2週間以上前に見たことがある。

 

 緋王クロノスの前に揃ったオリンポス12神のうちの5神。


 ヘラ、ハデス、デメテル、ポセイドン、ヘスティア。


 全て緋王、朱妃と思いきや、クロノスの従機であり、その実力も臙公、紅姫クラスでしかなかった。


 アレが赭娼ではなく、ただの従機だとすると、それを率いるのは…………

 


 

 脳裏に浮かぶのは黄泉の大神。

 人間を1日1000人殺すと呪いの言葉を吐いた主神クラスの女神。




 アカン。

 最終的にはどうしても、ソレを思い起こしてしまう。

 はっきり言って、アレ等が全て従機だとするよりも、全部赭娼という方がマシであろう。


 だが、今、その先を考えても仕方が無い。

 目の前の敵をどうにかしなければ、この場から皆を逃がさなければ始まらないのだ。




 頭を振って、一度思考をリセット。

 まず最初に片付けなければならない問題から取り掛かろう。




 即ち、どうやって俺が囮となることをガミンさん達に了承させるか………だ。



 ガミンさんの性格から考えて、これ幸いと俺1人を残して逃げるような人ではない。

 好ましい人物ではあるが、今回のケースだと、それがネックとなってしまう。



 絶対に反対されそうな気がする…………

 白翼協商からすれば、俺は金の卵だし…………

 でも、これ以外に皆が無事脱出できる方法は無いんだよなあ………

 


 

 俺がガミンさんの説得方法に頭を捻っていると、

 




「ガミン。ここはアタシが殿を受け持つよ」




 背後からガミンさんへと投げかけられた女性の声。

 

 やや低い声質に、逆らう気を起こさせない威厳を含ませた口調。


 絶望的な状況の中、皆が呆然と立ち尽くす間から姿を見せたのは、蓮花会のトップ、長きに渡り人類の戦線を支えてきた機人 マダム・ロータス。


 オレンジ色の髪を無造作に後ろへと流し、細長い金属片を煙草のように咥えながら毅然とした態度で宣言。



「アンタはとっとと先行隊を率いて撤退しな。ここから先はアタシの出番だ」



 ガリッ!


 フォオオオ………


 

 唐突に咥えていた金属片……シガーピースを前歯だけで噛み砕き、口から軽く火花と煙を拭き散らす。


 ほんの僅かに開いた口の間から、渦を巻く紫煙と猛々しい炎がチラついて見える。


 どうやら砕いたシガーピースの欠片を口の中に置き、喉の奥から炎を吹いて炙っている様子。

 機人であり、マテリアル燃焼器をその身に宿すマダム・ロータスならでは吸い方であろう。

 

 本来、口で咥えたままその先端をライターの火で炙り、発生した煙を吸うのがシガーピースの味わい方。


 野性味溢れるというか………、妙齢の美女が行うにはあまりに似合わない豪快さ。



 口の端から細長い紫煙を棚引かせながら、マダム・ロータスはチラリとこちらを囲む赭娼の群れへと視線を飛ばし、



「ん~~………、まあ、最低10分は持たせてやるさ。数機は後ろに通すかもしれないけど………、その時ははそっちで対処をお願いするよ」


「マダム・ロータス! 何を言っている?! 貴方は蓮花会のトップでしょう!」



 慌てた様子でガミンさんが言い返す。

 しかし、どこ吹く風とばかりにマダム・ロータスは動じない。



「別に死ぬつもりは無いさ。厳しい戦いだとは思うけどね。でも、これぐらいは赤の死線じゃあ、日常茶飯事…………はちょっと言い過ぎかねえ………」



 プファ……



 口からシガーピースの煙を輪っか状にして吹き出す。

 とてもこれから死地に向かう戦士の態度とは思えない余裕振り。



「でも、この若い子達を逃がすのは年寄りの役目だよ。老骨に鞭を打って久しぶりに大暴れしてやるさ」



 歴戦の風格を醸し出し、常時古老染みた言動に終始。

 だが、その容姿は20代後半の美女であり、見た目と中身が一致しない様子が、俺の認識を少しばかり混乱させる。


 

 まあ、それで言うと、胡狛なんて外見が14,5歳で中身が120歳オーバー。

 その差はマダム・ロータスの比ではない。

 機械種なのだから当たり前だけど。

 



「いくら貴方でもこの大軍相手には無理だ! わざわざ囮をやる必要なんて無いぞ! 陣形を組みつつ、撤退戦をすれば良い! それに俺達が連れて来た機械種達を囮に置くという手もある!」

 


 マダム・ロータスの宣言にガミンさんは大反対。

 慌てて引き留めようとするが…………



「何を言っているんだい! あの数が追撃して来たら、非戦闘員を抱えた今のアタシ達じゃ追いつかれるに決まっている。相応の実力者が足止めをしないと犠牲がたくさん出るよ。それに中位機種以下の機種を残したとしても、秒で飲まれて終わりさ」



 

 これはマダム・ロータスが正しい。

 

 当たり前だが、逃げる味方より追って来る敵の方が早いに決まってる。

 

 また、敵わない敵からの撤退戦時に従属機械種を残して逃げる場合も多いが、だいたい数分も持たない。

 

 ダンジョンや巣の中ではマスターから離れた際のレッドオーダー化の進行が早く、すぐに思考が乱れて実力の半分も発揮できなくなるからだ。


 僅か数分が生死を分ける場合もあるが、今回のケースだと誤差でしかあるまい。



 まあ、多分、ガミンさんもその辺は分かった上で言っているのだろうけど。




「しかし…………、マダムだけでは…………」



 

 マダム・ロータスの主張に押され気味のガミンさん。


 さらにそこへ野太い声が差し込まれる。




「なら、儂もマダムに付き合おう。ガミン、これなら文句あるまい」


「ブルハーン!!! お前まで無茶を言うな!」



 ガミンさんとマダム・ロータスの会話に入り込んできたのはブルハーン団長。


 ヌッと前に出て来て、マダム・ロータスの横に並び立つ。


 鉄兜を被り、全身を鉄装甲で固めた団長の姿は正しく鋼の要塞。

 至る所に武装を仕込んだ歩く武器庫。

 人工筋肉や機械義肢で強化された怪力で振るう大槌は、重量級をもなぎ倒すというパワーファイター。




「フンッ! お前には言われとうないわい! さっきは勝手に人質に立候補しおってからに………、お前に儂等を引き留める資格などないわ!」


「あれは…………、ヒロの実力からすれば、必ず勝つと信じていたからな…………」


「嘘つけ! あの小僧が闇剣士を一撃で倒すなんて、誰も想像できんじゃろうが!」


「…………うるせえ! もう終わったことだろうが! それに勝ったからいいんだよ!」


「逆ギレするな! ガミン!」


「やかましい! ………だいたい、マダム・ロータスもブルハーンも、万が一のことがあったらどうする? 蓮花会も鉄杭団も、下手をすれば潰れるぞ!」



 

 全くその通り。


 ガミンさんがいなくなっても、あの副支店長がいれば、白翼協商のバルトーラ支店はとりあえず回る。

 支店長であるガミンさんがほぼ名誉職に等しく、普段、支店長の仕事をしていないからだ。

 さらに言えば、大陸中に支店を構える巨大な秤屋『白翼協商』からすれば、ガミンさんはたかが『支店長』でしかない。



 しかし、蓮花会も鉄杭団も、それぞれマダム・ロータスとブルハーン団長が名実ともにトップ。

 そして、良くも悪くもワンマン秤屋。


 マダム・ロータスの雷名や、ブルハーン団長の威光がなければ、今まで通りの存続は厳しいと言わざるを得ない。

 少なくともかなりの縮小は避けられないだろうし、下手をすれば分裂することもあるだろう。

 

 まあ、これは俺が外から見た印象だから、実際そうなるのかは不明。

 だが、この2人の影響が大きいのは間違いないし、もし、両名ともここで戦死でもすれば、バルトーラの街に与えるダメージは相応のモノとなる。



「今回、先行隊の指揮を預かったのはこの俺だ。立場上、認めるわけにはいかん!」


「チィッ! 頭の固い男だね。アタシが下手を打つと思っているのかい?」


「ガミンッ! 融通を利かせろ!」


「アホか! できるわけないだろうが!」



 先行隊のトップスリーが言い争う姿勢。

 

 責任者であるガミンさんからすれば、到底了承なんてできようはずがない。

 また、その性格から言っても、誰かを犠牲にして確実に一定の人員を逃がすより、確率は低くても、全員での撤退を選ぶはずだ。


 それに加え、先行隊の指揮権はガミンさんが持つ。


 今回の探索行は複数の秤屋が連合するという滅多に無い異常事態だ。

 指揮権については白の教会の立ち会いの元、きちんと契約されているのだろう。


 マダム・ロータスもブルハーン団長も勝手な判断が出来ない程に。

 だからああやってガミンさんに対して自分の主張を述べることしかできないでいる。

 どちらも長年秤屋に所属している組織人であるから当たり前なのかもしれないが。



 しかし、このままでは意見が纏まらず平行線。

 時間は無限ではないのだから、何かしら結論を出さなくてはならない。



 う~ん…………

 この様子だと俺が残ると言っても許してくれないだろうなあ。

 

 でも、勝手な行動をするとポイントにも影響があるかもしれないし、今後の俺の扱いも変わりそう。

 上の指示に従わない強者なんて、要警戒対象でしかないからな。

 

 自由に振る舞えないことが悩ましい。

 組織に所属しているのだから仕方が無いことなのだが………


 社会に属するなら一定の規範に縛られるのは当たり前。

 それでも、自分の意思を貫きたいのであれば、そういった立場を手に入れるか、ルールの抜け道を探すような賢さが求められるであろう…………

 




「お三方! この私がこの場に残り、皆を逃がす役目を承ろう!!」





 俺が思考している最中、背後から勇ましい声が響く。


 振り返ることも無く分かる、その声の主はレオンハルト。 


 己の従属機械種3機を伴い、颯爽と皆の前に出て来て良く通る声で告げる。




「ガミン支店長、このレオンハルトが殿を務めよう。だから、どこか一方を食い破り、この場から脱出する為の準備をしてもらいたい」


「お…………、おい! お前は…………そんなの、駄目に決まってる!!」



 レオンハルトの突然の宣言に、ガミンさんは即座にNO。

 

 当たり前と言えば当たり前。

 この中では最も社会的地位が高い人間なのだ。

 もし、コイツがこの場に取り残され戦死でもすれば、そのバックにいる征海連合が黙ってはいまい。



 だが、レオンハルトは極めて気軽な態度で笑い飛ばす。



「ハハハハッ! 駄目と言われてもこちらとて引くつもりはない。なぜなら、これは私の我儘だからな。同期達があれ程の活躍をしたというのに、私はただ人質として隔離され、指を咥えて観戦していただけ。これでは征海連合の幹部連に合わせる顔が無い。故に、私は武勲が欲しい!」


「何言ってやがる! お前は十分に役目を果たしたぞ!」


「ふむ? 同じ立場にいた支店長がおっしゃるなら、役目は果たせたのかもしれんが、先ほども言ったように私が欲しいのは武勲だ。自らが先頭に立って闘い、レッドオーダーを蹴散らして手に入れる称号だよ」


 

 指を軽く振りながら、わざとらしい気障なポーズで『我儘』を宣う御曹司。



「多数の敵に囲まれた窮地に、味方を逃がす為自ら囮となる。それも相手が赭娼の群れとあればたとえこの場で朽ち果てようと、武人の誉れとして称えられるであろう。正に『太陽の騎士』を思わせる武勲………」



 やや陶酔気味の表情でそう語るレオンハルトだが、その目は至って冷静であるように見える。

 冷徹に、今、自分がすべきこととを判別し、この場における最適解を導き出したのだ。



 アルス、ハザン、ガイ、ルガードさんはすでに戦闘が出来る状態ではない。

 アルスの従属機械種は健在だが、肝心の機械種使いが不調なら従属機械種はその実力は十分に発揮できない。


 マダム・ロータス、ブルハーン団長がいなくなれば後が大変。

 少なくとも秤屋の解散は免れないであろう。

 そうなれば街の運営にも支障をきたす。

 与える影響は街の人間、何千、何万だ。


 また、最大戦力である俺は闇剣士と戦い負傷?したばかり。

 さらにこの陣営で最も成果を上げた人物でもある。

 流石にこの死地に残れと言えまい。


 

 だから自分が囮にと、レオンハルトは私情を挟まずに判断。


 前衛、中衛、後衛が揃ったバランスの良い部隊に戦機号令使い。

 白琵琶の効力を最大限に生かしつつ、守りに徹すれば、10分以上は持たすことができると。


 おそらく普段のレオンハルトの大げさな仕草は、彼の本心を隠すためのブラフ。

 アルス以上の誠実さと正義感と持ち合わせた人物なのかもしれない。



「それに、今回の探索では、状況により、征海連合は独自の判断で動くという確約もあったはずだ。違うかね?」


「それは…………、そうだが…………」



 レオンハルトの言葉に苦い表情を浮かべるガミンさん。



 征海連合は白翼協商に匹敵する大商会だ。

 強かな彼等は、先行隊の指揮権を白翼協商に預けつつ、イザという時は自分達の判断で動けるような契約にしていた様子。

 先の闇剣士との戦いでは、征海連合側の人間が強引に大将戦を主張し、その通りにせざるを得なかったのもその辺りの力関係に寄るものなのだろう。

 

 そのおかげでレオンハルトは自分の意見を押し通すことができる。


 さらにレオンハルトはガミンさんが反対する理由を1つずつ潰していく。



「あと、問題があるとすれば、私をこの場に残すという判断を後で本部に責められることだろうが…………、これは秤屋のトップお三方が証言したらどうかね? レオンハルトは自分から志願したと………、嘘を疑われるなら、白の教会で審問を受ければ良い。それで問題の大半は片付くはずだ」


「この野郎………、これだから口が上手くて頭が回る奴は手に負えねえ………」



 レオンハルトの攻勢にガミンさんは苦渋の表情。

 すでに軍配はレオンハルトに上がりそうな状況。


 誰かが囮にならなくては、大量の非戦闘員を抱えた今の陣営での撤退はかなり厳しい。


 それを分かってはいるものの、自分よりも遥かに若いレオンハルトを死地に取り残すことにガミンさんは抵抗感を感じているのだ。

 適任だと理性で分かろうとも感情では受付にくい。

 

 

「ガミン支店長。先ほども言いましたが、私は何を言われようと勝手に残ります。だからここはもう私を残す方針で撤退を進めた方がよろしいのではないですか?」



 レオンハルトが口調を換え、やや慇懃無礼気味に先ほどの弁の念押し。

 言っている内容は、『これ以上は無駄だからさっさと話を進めろ』だ。



 コイツ、本当に良い性格をしてやがるな。

 


「……………勝手にしろ!」



 ここまで言われてはガミンさんも諦めるしかない。


 レオンハルトは先行隊から少々独立した立場を築いていた模様。

 ならば、彼の勝手を止める手段など無いのだ。




 そして、さらに…………




「その任、私もやります!」




 手を上げたのは、蓮花会の重量級使い、『磨り潰す(スクワッシュ)』のアスリン。


 栗色のポニーテールをフワリと揺らし、決して退かないという強い意思を秘めた表情で力強く宣言。


 

「ええっ! ア、アスリン!」

「ちょ、ちょ、ちょっとおお!! なんでえええええ!!! 」



 隣のドローシアが驚き、ニルが絶叫。

 アスリンが言い出した突然の暴挙に吃驚仰天。


 だが、アスリンは2人には構わず言葉を続ける。



「レオンハルトが残るのは決定事項なのでしょう? だったら少しでも戦力を増やした方が良いはずです。私が従属する重量級が加われば、彼が生還できる可能性がグッと上がりますよ。それに踏破力に長けた機械種デュラハンがいますので、離脱時にも役に立ちます」


「それは…………、そうだが…………」



 ガミンさんは顔を険しく歪めながら助けを求めるように、マダム・ロータスへと視線を向ける。


 だが、マダム・ロータスは慌てることなく、まるで世間話でもするように気軽い口調でアスリンへと問う。



「ふ~ん………、アスリン。その役目は、下手をしなくても死ぬかもしれないことは分かって言っているのかい?」


「はい。私は今回の依頼で活躍できていません。これでは私が求める所に到達できない。だからここは踏み止まって戦果を稼ぐべきだと判断しました」


「踏み止まって、死んじゃったらどうする?」


「それは私がそこまでだったということでしょう。そうでなくても、期限はあと数年のことです。結局、私自身が強くならなければ、そこで終わりですから」


「……………別の手段もあると思うけどねえ」



 そこで言葉を切って、なぜか俺の方に目をやるマダム・ロータス。



 え?

 なんすか?

 突然、こっちを見られても…………


 

 しかし、アスリンはマダム・ロータスの言葉に首を横に振り、



「いいえ、私はその道を選びません。私は『女』である前に『狩人』でありたいと思っています」


「そうかい…………、貴方がそこまで言うなら、アタシも止めようとは思わない。しっかりと役目を果たしな」



 どうやらマダム・ロータスはアスリンがここに残ることを認めたようだ。

 


「はい。蓮花会の名を汚さぬよう、この大任、果たしてみせます!」


 

 アスリンはしっかりと前を向き、一片の揺らぎも見せぬ姿勢で宣言。

 その決意は固く、覆りそうにもない。


 

 前から思っていたが、アスリンには何やら事情がある様子。


 その勝気で男勝りな性格も、自分を奮い立たせる為の仮面であるのかもしれない。


 全ては自分が強くなるために。

 その為には命の危険すら厭わない覚悟があるようだ。

 


 しかし、それはあくまでアスリンだけのようで………



 アスリンチームのメンバーであるドローシアやニルは顔を引き攣らせた状態。

 明らかに『勘弁してくれ』といった感じで、今にも泣き出しそうな顔。

 

 大の大人の狩人でさえ、尻尾を巻いて逃げ出すような状況だ。

 いかに戦場を潜り抜けた兵士でも、10倍以上の戦力相手に踏み止まれと言われたら怯えもする。

 



「ドローシア、ニル。貴方達まで付き合わせようとは思わないわ」



 そんな2人の様子を見て、努めて優し気に声をかけるアスリン。



「万が一、私が帰らなかった時は、蓮花会をお願いね」



「アスリン…………」

「ふみゅう………」



 ドローシアは少し下を向いたまま返事。

 ニルは顔を顰め、口をへの字にして、目を逸らす。


 罪悪感に苛まれ、ここで『参加する』と言い出せない自分の勇気の無さを嘆いているかのように。


 また、今回はマダム・ロータスも2人に対し、アスリンと一緒に留まれとは命令しない。


 ここに至っては、命令では無く、自らの意思で動かない奴でないと役に立たない。

 

 今回の役目はそういう類のモノ………………

 


  

「気にしないで。貴方達2人にはたくさん助けられた。だから私はここまで来れたのよ。もう十分…………、じゃあね」



 最後に労わりの言葉と花のような微笑を残し、アスリンは2人に背を向ける。

 共に戦う自身の従属機械種の元へ向かう為に。




 ここに一つのチームが終わりを迎えた。


 たとえアスリンが無事に帰還したとしても、元と同じ関係には戻れない。


 これはドローシアとニルが悪いのではない。

 ただの方向性の違いにしか過ぎないのだ。

 それを責めるのは酷というモノ。

 どちらかというと、仲間に話を通さず決めてしまったアスリンが悪いであろう。


 だから、周りのドローシアとニルを見る目は同情が大半。

 むしろこの場に残ろうと言い出すアスリンの方が無茶なのだ。


 しかし、ここでその無茶を言い出さなければ、掴めないモノがあるのも事実。

 

 アスリンには命を賭けても掴みたいモノがあり、

 彼女達2人にはそれがなかった…………

 ただそれだけなのだ。


 

 少々寂しい気持ちを抱きながらも、一つのチームの終焉を見届ける。



 あの3人の姦しい会話がもう聞けないのか…………


 

 遠ざかるアスリンの背にそんな感想を抱いていると、




「待ってください! アスリン!」




 突然、去っていくアスリンの後ろ姿へ向かってドローシアが叫んだ。




「私も一緒に残ります!」


「ぎょえっ!!! なんでえええ!! ドローシアもおおおおお!!!」



 いきなりのドローシアの宣言に、隣のニルはひっくり返りそうになる程に驚く。



「すみません、ニル。やはり私はアスリンを1人にはできません。だから…………」


「……………これでニルルンだけが残らなかったら、蓮花会で針の筵じゃん」


 

 ニルは恨みがましそうにポツリと呟く。



 まあ、そりゃあそうだろうな。

 3人のうち2人と、3人のうち1人だけとでは、受け取る側の印象が大違い。

 

 いきなり追放とはならないだろうが、狩人は元々臆病者を嫌う。

 アスリン達が生きて帰ろうが、随分と肩身が狭くなるには違いない。


 だからドローシアはニルに謝るのだ。

 決して勇敢ではないニルの逃げ道を塞いでしまったことに。

 

 

「はあ…………」


 パンパンッ!!



 ため息一つついてから、ニルは両手で自分の頬をパンパンと叩く。


 そして、まるで気分を一新するかのように大きく息を吸い込んで、



「ニルルンも参加するよ! 乙女の度胸、見せてやるんだから!!」



 仁王立ちしながら態度を一変。

 切り替えの早い所がニルの良い所であろう。



「ニル、無理しなくていいんだよ」



 そんなニルの変遷に、マダム・ロータスが一声かける。



「もし、蓮花会に居づらくなるなら、アタシが白翼協商か鉄杭団に口を聞いてやるからね」


 

 ニヤニヤ笑いながら持ち掛けたのは移籍の話。

 人を試すような少々意地の悪い提案。

 

 案の定、ニルはそんな誘惑にも負けず、



「ぶうっ! ここでやっぱ辞めたって、めっちゃカッコ悪いじゃないですか!」


「アンタがカッコ良さを気にするのかい? さっきはあんなに怯えていたのに?」


「…………女の子が怖いモノを怖がるのは可愛いじゃないですか? でも、一度決めたことを簡単に翻す女の子は、絶対男の子からウケが悪くなります!」


「アハハハハハッ、アンタの基準はイマイチ分からないね。でも、まあ、そういうなら頑張りな」



 どうやらアスリンチームは全員残る様子。


 ドローシアもニルも、アスリンの方へと駆け出して合流。

 機械種ジャバウォックのジャビーと機械種デュラハンのデュランを背に、3人は和やかな感じで会話中。


 もうこれで大丈夫。

 きっとアスリンチームはこのまま中央まで辿り着くだろう。





 さて、後は俺だけだな。


 レオンハルトにアスリンチーム。

 彼と彼女等が残ると言っている以上、俺が申し出ても却下されることはあるまい。





「と、言う訳で、ガミンさん、俺も残ります」


「…………………お前もかよ」



 ガミンさんの目がどんよりしている。

 度重なる若人の暴走に心身が疲労している模様。



「ヒロのことだ。そう言い出すと思ってたぜ」


「まあ、そうでしょうね。この状況で放っておける俺じゃありませんので」


「…………まだ若い連中だ。生きて帰してやってくれ」


「了解………………、って俺も若いんですけど?」


「なんか…………、お前のこと、俺と同年代に思えてくる時があるんだよな」


「失敬な。そんなおっさんじゃありませんよ! ナウでヤングなピチピチした15歳の少年です!」


「その言い方がすでにおっさん臭いぞ」



 申し出たタイミングが良かったせいか、あっさり認められた俺の参陣。


 これでこの場に残り、赭娼の群れを食い止める役目を持つ居残り組の生存確率がグッと上昇。


 さらに、味方を逃がすために囮を務めるという、物語的に美味しい役割?もゲットした…………




「ふむ…………、これは暴竜戦で言えなかった『時間を稼ぐのはいいが………、別に、あれらを倒してしまっても構わんのだろう?』のセリフを言うチャンスかもしれん」


 パタパタ

『それ、死亡フラグじゃない?』




 俺の独り言に、足元の白兎が耳をパタパタ、ツッコミを入れて来た。







『こぼれ話』


退却時に従属機械種を囮にする方法は、機械種使いの狩人の間では、割とありふれた戦法の一つです。

従属機械種はマスターの為になら死を厭いませんので、何の躊躇いも無く犠牲となります。



ですが……………



その次、そのマスターが、その場所を訪れた時、

なぜか高確率で囮にしたはずの従属機械種がレッドオーダーとなって現れ、

かつてのマスターを執拗なまでに狙いに来る………… 


そんな噂話があります。

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