第625話 撤退3



「という訳になった。よろしく」


「…………………」



 赭娼、機械種ヨモツシコメ50機に囲まれた現状。

 

 非戦闘員を含む先行隊を逃がす為、この場に残り囮を務めることに志願。



 同じ立場となった居残り組に挨拶をしたところ、なぜかアスリンからジト目で見られた。


 逆にドローシアとニルは歓喜の表情。

 自分達の生還率が急上昇したのだから当たり前。


 また、レオンハルトは興味深げな顔を俺に向けてくる。

 何やらまた俺への関心を深めたような態度。



 別に俺に英雄志願なんてないんだが?

 俺は自分の身の回りだけ平穏であればそれでいいんだ。



「なぜ貴方が参加するの? もう十分に戦果を稼いだと思うけど?」



 少し硬い口調でのアスリンからの俺への質問。


 だが、その問いかけは想定内。

 だからじっくり考えたセリフをここで公開。



「悪いけど、俺は欲張りなんだ。得られるモノは全部手に入れるし、手に入れたモノは逃がさない。それに……………」



 訝し気な視線を向けてくるアスリンに対し、少しばかり気合の入ったキメ顔を見せながら、



「アスリンは、この階層にいる間は俺の恋人なんだろ? なら自分の女を守りたいと思うのは当然さ(キラリン☆)」



 フ…………

 決まった。


 これで膝枕の件で下がってしまった俺の好感度は回復。

 もしかしたら、爆上がりして本当に惚れてくれるかもしれん。


 出来ればもう一度膝枕を………

 さらに欲張るなら下はスカート、生足で………



 とか何とか妄想していると、



「勝手にすれば!」



 アスリンはあっさりと俺の渾身のセリフをスルー。

 少し顔を赤らめながら怒ったような表情を見せ、プイっと俺に背を向ける。


 そして、俺を振り返ることも無く、さっさと自分の従属機械種達の方へと行ってしまった。

 

 また、ドローシアとニルも、しばし生温い目でこちらを眺めていたが、やがて俺に会釈してからアスリンの後を追う。



 あれ? 

 アスリンの機嫌を悪くさせちゃった?


 おかしいなあ。

 さっきからずっと推敲していたセリフだったのに………



 やはり俺に女心を理解するのは難しいようだ。



「なるほど、ヒロは貪欲なのだな。戦果にも女にも………」



 アスリンに去られてしまった俺に声をかけてくるレオンハルト。



「フッ、やはりヒロには敵わないな。このレオンハルトが脇役に追いやられようとは………」


「何のことだよ? フラれた俺を慰めようってか? それともガッつき過ぎたのを窘められているのかよ」



 好感度上昇の選択をまた間違えてしまった俺は少々不機嫌。

 折角のレオンハルトの慰めの言葉を嫌味に捕らえてしまい、思わず棘のある返事を返してしまう。


 しかし、レオンハルトは俺の態度を気にせず、そのまま言葉を続けてくる。 

 


「ふむ? ……………まあ、良い。それよりも気になることがあるんだが?」


「………何?」


「ヒロが参加してくれるのは有難いが、君が先行隊から抜けると、向こうの戦力が足りなくなるのではないかね?」


「…………ああ、なるほど」



 この地下35階こそ、白琵琶の効果でレッドオーダーの出現が抑えられているが、この上の地下34階は、ストロングタイプや巨人型が普通に徘徊している難易度。


 ガミンさん達には情報としては伝えているが、あまり実感していないかもしれない。

 今の先行隊の戦力だけでは被害を出さずに突破することは不可能に近い。


 マダム・ロータスやブルハーン団長が居ても足りない。

 あの2人は個人戦闘力は高くとも、集団戦となると自軍の防衛まで手が回らない。

 大軍相手にソロで暴れ回れても、一気に敵を殲滅できる程の大規模範囲攻撃を持たず、味方の盾となる障壁を展開できない。


 必要なのは、


 『一瞬で敵を殲滅できる攻性マテリアル術』と、

 『イザという時に即効で防御陣を展開できるマテリアル障壁』。


 即ち、機械種ミスティックウィッチと機械種メイガスのダブルである秘彗。

 防御障壁に長けた機械種ビショップの毘燭。



 つまり、地下34階を進む為には、俺の従属機械種達の戦力が必要なのだ。

 

 こればっかりはアルスの従属機械種達では代わりは難しい。



 元橙伯にして『歌い狂う詩人』のトライアンフでは敵の殲滅に時間がかかる。


 ストロングタイプの女忍者系、機械種カゲロウのパラセレネは速射性能の高い万能型ではあるが、攻性マテリアル術では到底秘彗程の威力は見込めない。 


 また、守りでも、機械種ガーディアンナイトのストラグルでは、その守護範囲が狭い。

 その分、強固なのだが、必要なのは広い範囲で展開できる防御障壁。

 アルスのパーティーだけなら十分であろうが、先行隊全てを守り切るのは不可能。




 となると、あまり取りたくない方法だけど、これしかないか。


 ちょうどアルスと交差契約を行っているから問題無いはず。




「では、秘彗を含めたストロングタイプ5機を先行隊に付けよう」


「ええっ!!」



 俺の言葉に、後ろの方で秘彗がビックリして声を上げる。



「マスター! それは………」


「大丈夫。こっちは俺が何とかする。だからお前達は先行隊を無事地上まで送り届けることに集中してくれ」



 慌てて前に出て来た秘彗に対し、胸ポケットに軽く触れながら説得。

 

 俺には、ヨシツネやベリアル、豪魔や天琉、浮楽等といった、50機の赭娼など物ともしない切り札がいるのだ。


 

「それに、ルガードさんの施術の件もある。胡狛はそっちに付いていかなきゃならないだろうから、どの道だ」


「…………承知致しました。全力でお守りします」



 秘彗は不承不承といった顔で俺の命令を受領。


 マスターである俺を危険な地に残すことになるのだ。

 従属機械種としては、どうしても不安を覚えずには居られない。


 

 そして、俺の従属機械種を2つに割り振り。



 俺と共に残るのは、白兎と輝煉のみ。

 万能の白兎は俺のフォローに必要だし、輝煉は万が一撤退しなければならない時の足として利用する可能性がある。


 一方先行隊に付くのは、森羅、廻斗、秘彗、毘燭、剣風、剣雷、胡狛。


 このダンジョンにおいて猛威を振るったメンバーだ。

 必ずや先行隊を地上へと連れて帰ってくれるだろう。



「それじゃあ………」



 俺の頭の中で考えた布陣を皆に伝えようとした時、





 ザザッ……………





 そこに訪れた謎の違和感。

 それは俺の選んだ選択肢が間違っていることを意味する。





「そうくるか…………」




 

 脳裏で描いていた予想図が崩れたことを悟る。



「一体何が原因だ?」



 自問を口にするも、当然ながら答える者はいない。


 いや、打神鞭を使うか、未来視を見れば分かるのだろうが………


 

 こんな人前で『占い』を行使なんてできるわけがない。

 妙な条件を出されたら、悠久の刃ヒロの奇行としてあっという間に街中に広まってしまう。


 また、未来視も最悪の未来を見てしまった場合、この場で『俺の中の内なる咆哮』が暴れ出す可能性がある。

 どちらもおいそれと使う訳にはいかないのだ。



 考えられるのは2つ。

 

 敵を足止めする俺と白兎と輝煉。


 先行隊に付いていく秘彗達。


 どちらかの戦力が足りず、危機が訪れるという未来なのだが………


 

 ピコピコ



 俺の足元にチョコンと座る白兎を見下ろす。



 外観はただの機械種ラビットであるが、中身は宝貝+霊獣+混沌。

 この世界の常識をひっくり返しかねないカオスの化身。

 軽量級の小さな機体に、緋王に匹敵するパワーを秘めた仙獣機。



 そして、自分の手を見る。



 とても鍛えているようには見えない柔な手の平。

 間違いなくアスリンやニルよりもひ弱な感じ。

 だが、保有する『闘神』スキルが俺を世界最強へと押し上げている。

 ほとんどの攻撃が俺には通用せず、あらゆる敵を一撃のもとに粉砕。

 これに『仙術』が加わり、大概の逆境を平然と跳ね返す力を持つこの世界最大のイレギュラー。


 

 正直、俺と白兎が揃っている上、神獣型である輝煉までにいるのに、こちら側が危機に陥る状況が想定できない。

 最悪、七宝袋に収納したヨシツネ達を出せば全てが解決するのだ。

 

 

「俺の方じゃなくて、先行隊の方か?」



 確かに向こうの面子は質で言えばかなり劣る。


 なにせ元橙伯のトライアンフが最も高く、次いでストロングタイプのダブルである秘彗が続く。


 それに対し、こちらは白兎以外にも、元緋王であるベリアルを筆頭に、ランクアップしたヨシツネ、豪魔、天琉、浮楽。

 それにメイド型3機を加えた布陣。

 とても戦力が足りていないなんてかんがえられない。



 俺のメンバーのだいたいの戦力値をランク分けすれば以下の通り。


 SS  ベリアル(炎の戦車本体召喚無し)

 S++ 白兎

 S+  ヨシツネ、豪魔 

 S   

 A++ 輝煉、天琉

 A+  浮楽

 A   秘彗

 B++ 辰沙、虎芽

 B+  剣風(改造+竜鎧砲)、剣雷(改造+電磁投射剣)、玖雀

 B   毘燭

 ~~~~~~~~~~~~~~

 D   森羅

 E   胡狛

 番外  廻斗



 相性もあるし、一概には言えないのだが、おそらくこのような感じであろう。


 ただし、S以上は不確定要素が大き過ぎて、あまり当てにならないかもしれない。


 ベリアルも俺にさえ公開していない秘密がまだまだあるみたいだし、白兎だってその時に応じて何を出してくるか分からない。


 ヨシツネは特化型で数値以上の実力を発揮するタイプだし、超重量級である豪魔のフルパワーは嵌まれば格上を食いかねない。




「これで言うと、先行隊に戦力値S以上がいない………」



 戦力値S以上。

 つまり紅姫を単独で一蹴できる戦力。

 若しくは、緋王クラスが出てきたとしても競り合える実力。



「これが原因だとすると………………」



 地上へ戻ろうとする先行隊が途中で思わぬ強敵と遭遇する可能性。

 秘彗を含めたストロングタイプ達がいても対抗できない敵との戦闘。


 だとすれば、先行隊にはそれ以上の戦力をつけるしかなく………… 




 足元でユーモラスに耳を揺らす白兎を見つめながら口を開く。



「白兎、お前は先行隊の方に行ってくれ」


 ピコッ!!??


「アレが来た。このままではマズいらしい」


 フルフル………



 戦力値S以上で先行隊に追従させられるのは白兎しかいない。

 俺も白兎を傍から離すのは出来るだけ避けたいのだが、背に腹は代えられない。


 姿を消したヨシツネを付けるという選択も考えたが、いかに光学迷彩でもトライアンフ辺りなら見破られる可能性もある。


 また、先行隊に降りかかるイベントが強敵との遭遇でなくても、万能の白兎であれば、大抵のことは何とかしてくれるはず。



「どうせお前のことは普通の機械種ラビットじゃないことぐらい、バレてしまっているからな。ある程度不思議なことが起こっても誤魔化せるだろう」


 パタパタ

『分かったよ、了解! 任せといて!』


「頼んだぞ。あと………………、廻斗はこっちだ!」


「キィ!」



 秘彗達の傍にいた廻斗がこちらへと飛んでくる。

 代わりに白兎が向こうへと移動。


 白兎と廻斗の間に結ばれる絆『人馬一体』によって随時情報交換ができるのだ。

 これでいつでも先行隊の様子を確認できる。

 





「ヒロ。ヒスイさん達の指揮を預けてくれるのは光栄だけど、そっちは大丈夫なの?」


 

 俺の判断に対し、アルスは心配げな顔で確認してくる。

 


「おまけにずっと一緒にいるハクト君もだなんて………」


「偶にはそういうこともあるさ。それにこっちにも幾つか切り札があるから心配無用」


「…………あの光の剣以上の?」


「まあ………、方向性は違うけど、それに匹敵する頼もしいモノさ」


「分かったよ………………、ヒロやアスリン達を残していくことに、何も思わない訳じゃないけど、今の僕が残っても足手まといになるし………」


「どうせ案内する奴はいるからな。先行隊だって、難易度がもう一段上がった地下34階を経験していないんだから。お前か、ハザンか、ガイが………………、あれ? ハザンとガイは?」


「…………ガイが『俺も残る!』って言い出して…………、今はハザンが移送用倉庫に無理やり押し込んでる」



 何やってんだか…………、アイツ。

 

 右腕の無いガイに残られてもこっちが困るだけだ。

 大人しく荷物と一緒に運ばれてしまえ。



「じゃあな、アルス。白兎や秘彗達を頼む…………、それとガミンさん達も」


「任せてよ! 絶対に皆を守って見せるから!」


「おい、お前はまだ病床の身の上だってことを忘れるなよ。ほどほどにな」



 意気込むアルスを抑えながら、秘彗達の指揮権を移譲。

 サブマスター登録を行っているアルスなら、彼等の実力を十分に発揮させることができるであろう。

 自分の従属機械種達に身を守らせ、秘彗達が攻撃手を務めれば、アルスの体調が悪くても何とかなるはず。






「さて、レオンハルト、アスリン。準備はオッケー?」


「ああ、こちらは問題無い。ソードマスターも、ロベリアも、ラナンも万全の態勢だよ」


「こっちもオールグリーン。先制攻撃は合わせましょう。ジャビーとデュランに砲撃させるから」




「ガミンさん。後はお任せしますよ」


「ああ、ヒロ達の献身。必ず後で報いるからな。絶対に死ぬなよ!」



 ガミンさん達先行隊も準備万端。


 こちらに合わせて、向こうも一斉攻撃。

 その後、すぐに撤退へと移る予定。


 最初にぶちかます一撃で、どれだけ敵を減らすことができるか?

 それで今後の難易度が大きく変化するであろう。

 


「さあ、律儀にお待ちいただいている赭娼の皆さまへ、盛大な感謝の一撃をお見舞いしてあげますか」



 瀝泉槍を構えて最前列へ。

 横に並ぶはアスリンの重量級2機。

 また、レオンハルトの従属機械種達も一斉砲撃の構え。

 さらにその後方でも、秘彗を始めとした砲撃型が狙いを定めている。


 

 

「では、カウント開始! 5  4  3  2  1…………」




 敵は総勢50機以上の赭娼の軍勢。

 完全に包囲された状況からの脱出劇。


 味方を逃がし、追撃を食い止めるのが俺達の役目。

 難易度は暴竜戦以来のルナティック。




「ゼロッ!!!!」




 俺がカウントを唱え終えた時、


 ダンジョン探索行の最後に相応しい激戦の火蓋が切って落とされた。






※2023年10月12日0:15

戦力値の記載を修正しました。

豪魔S⇒S+へ



『こぼれ話』


今回掲載した主人公の従属機械種達の戦力値ですが、ベリアルが炎の戦車を出せば、SSSランクとなります。

真正面から戦えば、未だ白兎やヨシツネでも太刀打ちできません。

白兎にヨシツネ、豪魔、天琉、輝煉の5機が揃ってようやく互角といったところでしょう。


ただし、炎の戦車には明確な弱点(魔王型の強化外装にはだいたい個別の弱点があります)が存在するため、戦い方によっては白兎やヨシツネでも良い勝負まで持ち込める可能性があります。


それを悟られるのを嫌い、ベリアルは仲間達さえ滅多なことでは炎の戦車の全容を見せません。精々部分的な部位を召喚する程度です。



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