第623話 撤退1




「ヒロ、あんまり拗ねないでよ」


「拗ねてない!」


「それを拗ねてるって言うの」



 ムスッとした表情を崩さない俺に、一言物申して来るアルス。



 だが、折角の至福の時間を邪魔されたのだ。

 俺だって少しぐらい機嫌が悪くもなりもする。

 しかし、決して子供みたいに拗ねている訳ではないぞ。

 


 また、その横にいるガイは訝し気な顔で俺に問いかけてくる。



「なんでい? ヒロはアスリンに惚れているのか?」


「別に惚れてはいないが…………、でも、女の子の膝枕は気持ちが良かった」


「そりゃあ………、ちょっと悪いことしたかもしれないけどよ」



 ガイはややバツの悪そうな顔はしつつ、



「だいたい、ヒロが寝たふりをしてるのが悪いだろ。何でさっさと起きなかったんだよ! 心配させやがって!」


「心配してくれていたのか?」


「なっ! …………馬鹿野郎! べ、別にお前のことなんて、心配なんかしてねえよ!」


「さっき、心配させやがってって言ってたじゃん」


「違う! あれは言葉の綾だ!」


「どういう言葉の綾なんだよ? ……………まあ、心配かけて悪かった」



 確かに皆に心配をかけたのは間違いないのだ。

 それが皆からの質問攻めを避ける為でも。


 

 俺が殊勝な態度で謝罪したのを見て、アルスやハザン、ガイやレオンハルトはお互いで顔を見合わせ、



「ヒロ、ひょっとして、皆に色々と聞かれるのが嫌だった?」



 アルスがズバリと俺の核心を突いてきた。

 

 この中の面子では、一番俺の内面に触れているのがアルス。

 そういう意味では、当然の質問であったのかもしれない。



「……………まあな。こっちも答えられないことも多いから」


「だよね~。この中では付き合いの長い僕でも、分からないことが多過ぎたもん。ガミンさん達からすれば、絶対に色々と根掘り葉掘り聞いてきたかもね…………、たとえ狩人三殺条があったとしても」


「勘弁してくれ。俺は『謎』に満ちた『ミステリアス』な『美少年』でいたいんだ」


「『謎』なのは間違いないね。でも『ミステリアス』はちょっと無理があるんじゃない?」


「…………この野郎。『美少年』を始めから除外しやがったな」


「ハハハハッ! ごめんね」



 笑って誤魔化すアルス。

 それでも訂正しようとしないのは、根が正直だからであろう。



 分かってるわい! 俺が美少年じゃないことぐらい!

 クッソッ! 何で俺は一番最初に魅力系のスキルを取らなかったのか!



 生まれ持った顔面偏差値という、これ以上ない不公平感溢れたパラメーター。

 これを何とかできるかもしれなかったチャンスが、一番最初のスキル選択時。

 

 

 美しくなる魅力系スキルと言うと、『傾国』とか、『佳人』とか………


 いや、あれは女性限定か。


 男性だと、確か『潘安』とか、『宋玉』とか…………

 

 でも、美しくなるだけなら仙術の変化の術でどうにかなるな。 

 いっそ、この街を出てからもう少しカッコ良い顔に変化させて………


 俺が自分の顔について、色々考えていると、




「…………なんでい? ヒロは教えちゃくれねえのかよ………、あの『光の剣』のこととか?」



 やや不服そうな顔をしたガイが会話に割り込んできた。


 相変わらず空気の読めないこの男は、自分の中で一番気になっているキーワードをぶつけてきたのだ。



「『狩人三殺条』のことは分かっちゃいるが………、知りたい気持ちを抑えられねえ。あの『臙公』を一撃で倒す発掘品だ。しかもあの見栄えとくりゃあ、聖遺物に違いなんだろうけどよ」



 ガイから感じるのは俺のことを知りたいという好奇心、それと俺に少しでも近づきたいという強さへと渇望。


 もちろん知ってどうなるモノでもないが、目指すのであれば知っておきたいことでもある。


 おそらく他の4人も同様に知りたいと思っているだろうが………



「ふむ……………」



 未だ右手で握り締めたままの莫邪宝剣に視線を落とす。


 暴風でぶっ飛ばされた時でさえ、手放さなかったのだ。

 自分で自分を褒めてやりたい。



 さて、ガイの質問に対して何と答えてやるか………



 まあ、『技能付与』を除けば莫邪宝剣は単に切れ味の良い剣。

 その刃を長く伸ばして攻撃する以外特殊な能力は無い。


 そんなに知りたいのなら教えてやるのも吝かではないのだが………

  



 ブオンッ………



「これは『莫邪宝剣』だ。見ての通り、発掘品の剣………」




 ガイ達の目の前で、莫邪宝剣の刃を見せてやる。


 柄から光が噴き出し、星の光を集めたような刃が生成。

 

 剣身全体から放たれる眩い光が、ガイ達4人の驚いた表情を照らす。



「ほお……………、スゲエ!!!」

「光で構成された刃………、これは噂の『光子制御』を使っているのだろうか?」

「カッコ良いなあ!」

「うむっ!」



 四者四様の反応。

 共通しているのは、男子特有のカッコ良さに惹かれるキラキラした目。

 

 なんか超人気アイテムを手に入れて、教室でクラスメイトに見せびらかしているような気分になってくる。


 だが、悪い気はしない。

 彼等の目はあくまで『力』に憧れる純粋なモノであろうからだろう。



「さっきの試合を見て分かる通り、ある程度剣身を伸ばせる。あとは………とにかく、軽くて切れる。あまりにも切れすぎて自分を切ってしまいそうになるくらいだ」



 実際は自分の足を切り落としたんだけど…………



「それは危ないね。僕も『風蠍」で何度か自爆したことがあるけど………、その刃なら軽く触れただけでスッパリ行きそう」



 アルスは少しばかり顔を強張らせて感想を口にする。


 武器のカテゴリーで言えば鞭に分類される『風蠍』の習得難易度は高い。

 使いこなすのが難しく、失敗すれば自分の身体を打ち据えてしまうことだってある。

 だが、そこまで攻撃力が高くない『風蠍』であれば、当たり所が良ければもの凄く痛いで済みそうだ。

 


「なるほど…………、確かに刃全体どこに当てても切れるなら、注意が必要だな。しかも剣身を伸ばせば伸ばす程精度が落ちる。これは使うにも慣れがいるだろうな」



 武器に精通しているハザンは一目で莫邪宝剣の特性を見抜いた様子。

 食い入るように光の刃を見つめながら私見を述べる。

 


「そんなもん、ブンブン振り回したら周りが危ないだろ。普段、ヒロが使わないのも分かる気がするぜ」



 ガイの感想は至ってシンプル、且つ、真っ当。

 自分も取り回しの悪い巨大な機械義肢を使用しているからであろう。


 味方と連携しての近接戦はとにかく同士討ちに気を付けなくてはならない。

 さらに武器が大きくて取り回しが悪いとなると、さらにその危険性が増すのだ。


 太刀はパーティ戦に向いていない!

 特に初心者は『集団戦で太刀を使うな』と言いたい!


 莫邪宝剣は『剣』であって『太刀』じゃなけど…………

 

 

 これが普段『瀝泉槍』の方を多用している理由の一つ。

 

 莫邪宝剣の俺を好戦的にさせるという特性と合わせて、皆との連携が重要になるパーティ戦では使いづらくなっている原因でもある。


 しかし、それを考慮しても、その攻撃力と速度は魅力。

 瀝泉槍と違い、刃のどこを当てても一撃なのだから、1対多戦、若しくは巨大な敵相手であれば、その攻撃力を余すことなく発揮してくれる。



「あの闇剣士は速攻で倒さなくてはならなかったからな。だから俺ができる限りの最速の一撃を叩き込んだんだ」


「確かに速かったな…………、ヒロが切った後で気づいたぐらいだぜ」


「ハハハハッ、僕もそうかな。ピカッと光ったら、シャバシュバシュバって、あの闇剣士が腕を動かしてて………、バタンって倒れたって感じ」



 試合を観戦していたガイとアルスで見えていた範囲が違う。

 これも動体視力の差であろうか?

 ガイは捉えられず、アルスは辛うじてって所かな?



「ヒロのスピードはルガードさんを超えていたように思えるな。すでにこの段階で赤の死線級とはな。本当にヒロはどこまで行くのやら…………」



 多少の苦笑を交えながらのハザンの感想。

 

 聞くに、ハザンにはルガードさんと俺との差を察することができる程に見えていたようだ。

 これはやはり『ブーステッド』の強化のおかげだろうか。



「……………良いか? ヒロ」


「なんだ、レオンハルト」



 開示は終わりと、莫邪宝剣を腰のバッグへと収納すると、今度はレオンハルトが話しかけてくる。



「あの光の剣…………、もしかして、ヒロがいつも携えている槍よりも早くに手に入れたのではないか?」


「えっ?」



 レオンハルトからの質問に思わず絶句。

 

 確かに『莫邪宝剣』は俺が一番最初に手に入れた宝貝だが…………


 一体なぜそれが分かったのか?

 まさか宝貝の作成時期など見抜けるはずもないのに………



 だが、俺の驚愕を他所に、レオンハルトは得心が言ったとばかりに笑顔で続ける。



「やはりそうか! ずっとヒロのチーム名が気になっていたのだよ。『悠久の刃』のね」


「はい? チーム名?」


「ハハハハハ、ヒロ、恍けなくても良い。君がチーム名に付けた『悠久の刃』とは、あのバクヤホウケン……『光の剣』を意味しているのだろう? 実態を持たない光の刃ゆえに、永遠にその輝きも鋭さも失わない………」



 そこでニヤリと深い笑みを浮かべるレオンハルト。

 その仕草はまるで犯人へ絶対的な証拠を突きつける探偵のよう。




「即ち、『悠久の刃』……だ!」


 デデーーーーーーーン!!!



 まるで後ろで効果音が鳴ったかのようなレオンハルトの宣言………


 ………いや、後ろでトライアンフが竪琴を鳴らした様子。

 

 全く、芸が細かい奴…………

 



 ちなみに俺達の従属機械種達は会話を邪魔しないよう少し離れた所で待機中。

 俺の足元にいる白兎を除くと大小合わせて、計16機。


 その中には、アスリンの従属機械種たる機械種ジャバウォックのジャビーと、機械種デュラハンのデュランも居る。

 救護活動には役立てないことから置いていかれたのだ。

 

 その姿は少々哀愁が漂う感じの寂しげなモノ。

 まあ、重量級というのは、戦闘以外では輸送ぐらいにしか役に立てないことが多いのだけれど。

  

 また、胡狛は現在、ルガードさんへ仮の義体を取付作業の真っ最中。

 毘燭は、先行隊の救護班に請われて向こうの救護活動に参加しており、どちらもこの場にはいない。





 

「ああっ! なるほど! 」

「そうだったのか!!」

「おおっ! スゲエ! そんな意味があったのかよ!」



 アルス達はレオンハルトが導き出した推理結果を聞いて大いに納得。


 アルスは目をまん丸に、

 ハザンは大きく頷きながら、

 ガイは珍しく感心したような顔で、



 3人とも、レオンハルトを尊敬の目で見やる。

 正しく見事な推理で難事件を解決した名探偵を見るような目で。


 

「どうだね? 私の推理は?」



 レオンハルトは髪をかき上げならが気障なポーズを決めてくる。

 

 本人は絶対の確信を以って告げた推理結果なのだろうが…………




 『悠久の刃』って、チーム名。

 特に深い理由も無く決めたんだよなあ………



 ドヤ顔を見せてくるレオンハルトに何と言ったら良いかで悩む。



 確かチーム名を決めたのは、行き止まりの街の荒野でのこと。

 白兎とヨシツネを前に俺がそう宣言したのが切っ掛け。


 その時は、なんとなく『悠久』という響きが仙人っぽいからと。

 そして、『刃』はそれこそ適当な語呂合わせでしかない。



 でも、ここまで自信満々にいるレオンハルトに『実は何も考えていなくて適当なんです』なんて言うのも可哀想だし………



 いや、待てよ。

 そもそもコイツには『白ウサギの騎士』という不本意な二つ名を広められた恨みが………


 確かあの時は、俺が揉め事を解決した直後。

 ちょうど、今と似たような状況…………



 むむっ!

 もしかして、同じように、これを切っ掛けに『悠久の刃』の知名度を…………

 


 前から『悠久の刃』の知名度の低さは気になっていたのだ。

 『白ウサギの騎士』のことがなければ、気にしなかったのだが、もう今更あの2つ名は引っ込めようが無い。


 しかし、上手くやれば『白ウサギの騎士』ヒロの名を『悠久の刃』ヒロに上書きできる可能性が残っている。

 

 ずっとこのまま中央に行っても『白ウサギの騎士』呼ばわりは勘弁してほしいと思っていた。


 やってみる価値はあるかもしれん。

 皆に強烈な『光りの刃』の印象が焼き付いている今なら………




「…………どうしたね? ヒロ」


「………………うむ! 認めよう。この『莫邪宝剣』こそが俺の原点! 『悠久の刃』の名の切っ掛けだ!」


「やはりそうか! 私の目も捨てたもんじゃないな」



 俺が認めたことで喜びを露わにするレオンハルト。

 自画自賛しながら、嬉しそうに笑顔を見せる。

 

 

 よし!

 このまま畳み掛けるように!



「光の刃を携えた新進気鋭の狩人『悠久の刃』ヒロ! 闇剣士を討ち取った神速の剣士『悠久の刃』ヒロ! ストロングタイプ小隊を率いる『悠久の刃』ヒロ!」


「え? どうしたの、ヒロ」



 突然、自分の名前を連呼し始めた俺に、アルスが驚き、心配そうに声をかけてくるが無視。



「『悠久の刃』ヒロ! 『悠久の刃』ヒロ! 『悠久の刃』ヒロ! をよろしくお願いします!!」


 

 選挙のごとく、『悠久の刃』ヒロを唱え続ける俺。



「ちょ、ちょっと! どこか頭を打っちゃったの?」

「これはイカンな、重傷かもしれん」

「おい、ヒロ! しっかりしろ!」



 俺のこうした奇行に、アルス達が戸惑う。

 


 だが、『白ウサギの騎士』の二つ名を塗り替えるチャンスは今しかないのだ。


 地上に戻り、闇剣士討伐者の名が『白ウサギの騎士』ヒロと出るか、『悠久の刃』ヒロと出るかで大違い。

 

 何としても、皆の脳裏に嫌という程『悠久の刃』の名を刻みつける!!



「こうしてはおれん。先行隊や救出した人達にも『悠久の刃』をアピールしなければ…………」



 人数で言えば、向こうの方が多いのだ。

 さらに今回救出した人達からすれば、自分達を救った人間の名前なのだから、しっかりと覚えてくれるはず。


 

 早速、ガミンさん達の方へと向かおうとした時、




「んん? 白兎、何をやっている…………」


 フルフル

『横断幕を作ってるの』


「横断幕? ………………おい! それをちょっと見せろ!」



 白兎が床の上で何やら白い布を広げてカキカキしていた。

 不審に思い、それを覗き込んでみると…………




『祝! 闇剣士討伐  白ウサギの騎士ヒロ』




 わざわざデッカイ文字で書かれた『白ウサギの騎士』。

 どう見ても『白ウサギの騎士』を塗り替えさせぬという強い意思を感じる横断幕。



「コラッ! 余計な事すんな!」


 フルフル

『完成! じゃあ、早速マスターの2つ名をアピールして来なきゃ!』


「やめんか!」


 ピコピコ

『いやぷ~、止めないもんね!』



 横断幕を取り上げようとする俺に、何とか死守しようとする白兎。


 床の上で組んず解れつ。

 両者一歩も引かぬ取っ組み合いに。


 力では俺の方が上だが、技では白兎の方が勝る。

 さらに体格差とその形状が、白兎の小回りの良さと噛み合い、ちょうど良い感じでの拮抗状態に。


 掴もうとしても払いのけられ、

 抑え込もうとすればスルリと回避。

 俺はパワー差を活かせず、さりとて白兎も俺への対抗手段を持たない。


 まさに一進一退の攻防が続き………




「また、ハクト君と遊んでる………」

「仲が良い証拠だな」

「何か叫び出したと思ったら、今度は従属機械種と取っ組み合いか。本当に子供みたいな奴だぜ」

「ハハハハッ、良いではないか。死闘を演じた後だ、癒しも必要であろう」



 そんな俺達の様子を温かい目で見守る俺の同僚達。

 少し前の彼等からすれば奇妙に見える光景も、俺と一緒に潜り抜けて来た異常とも言える経験が何でもない日常へと変えてしまっている。


 

 そして、俺と白兎のじゃれ合いがしばらく続いた後………





 フルッ!!




 突然、白兎の動きが止まり、耳をビッと真っ直ぐに立てた警戒状態に。

 まるで耳をアンテナのようにあちこちへと向けながら、ナニカを探るような仕草を見せる。


 

「む? どうした、白兎………」



 白兎が見せた異常事態に、俺も取っ組み合いを取り止め一時休戦。

 改めて向かい合い、白兎を問いただしてみると、



 フリフリッ!!

『マスター! 大変! 囲まれてる!』


「へ? …………何を言っている? この場には『白琵琶』が設置されているんだぞ!」


 

 白兎からもたらされた危険情報。

 だが、それは本来在り得ない状況。


 白琵琶はレッドオーダーとの遭遇率を極限まで下げる白楽器。

 これを発動させている場にはレッドオーダーは近づけないはず。



 ピコピコッ!

『でも、囲まれているのは間違いないよ! それもただのレッドオーダーじゃない。かなりの高位機種だ』


「何?!」



 高位機種?

 白兎が言うのであれば、最低でもストロングタイプレベル。


 確かにこの階層であれば出てきてもおかしくないが…………



「白兎がここまで言う以上、俺達が包囲されたのは間違いないか」



 白兎に対する俺の信頼度はMAX。

 特にこういった状況では、決して白兎は俺を裏切らない。



「とにかく、皆へと知らせて対策を取らねば…………」










 まず、アルス達に伝えると、その情報は驚きを以って迎えられた。

 今更俺や白兎のことを疑うことなんて彼等はしない。 


 その後にガミンさんの元へと皆で向かう。


 

 救出対象である領主の三男を含めた一行は10人。

 また、先行隊で捕まっていた人達が4人。


 合わせて14人の傷病者へ応急手当てを施し、連れて来た輸送用の機械種へと運び入れる準備を行っている。


 怪我や消耗具合により、手当の措置や運び入れる部屋や席を選定していくとなるとかなり面倒臭い作業であろう。


 もちろん、それらの指揮を執るのは、先行隊のまとめ役であるガミンさん。


 かなり忙しそうにしていたガミンさんだが、今回の功労者である俺達が揃って話があると言えば、会うこと自体問題は無い。


 だが、俺の話を信じてもらえるかはまた別。


 アルス達はすでに白兎がただの機械種ラビットでないことを知っているが、ガミンさんからすれば、なかなかに信じにくい話となる。



「お前がそう言うからには、何か根拠があるのだろうが………」



 俺達の話を聞いて、難しそうな表情のガミンさん。


 

「レッドオーダーに囲まれた………とはな。白琵琶を発動させているから、少なくともこの階層は安全のはずなのだが………」


「でも、白兎の言うことは間違いありません」


「しかし…………、なあ…………」



 ガミンさんは頭をガシガシ掻き毟りながら、俺が断言した言葉に悩む様子を見せる。



「色付き相手には白琵琶の効き目が薄い。だから新たに発生した赭娼や紅姫がこの階層まで上がってきているという可能性もゼロじゃない。だが、囲まれているとなると………………」



 そこで言葉を切って、俺の足元にいる白兎を見つめる。


 白兎は耳をピンと立ててガミンさんの顔を真っ直ぐに見つめ返す。


 ガミンさんも白兎の言うことを信じたいようなのだが、それでも今まで培ってきた知識と経験、常識がそれを許さない。



「囲まれた、と言う以上、1機じゃないんだろう? 俺達の人数を囲むとなると、少なくとも20機以上だ。まさか赭娼や紅姫が20機もいるなんて、幾ら何でも在り得ない」


「まあ、そうでしょうが……………」



 一瞬打神鞭で調べようかとも思ったが、その結果を信じてもらうのにも無理がある。

 さらに、この場で占いと称する奇妙な行動を行えば、それだけで色んな信用を失いそうだ。



 弱ったなあ。

 さて、何と言って信じて貰おう…………



 敵に囲まれてしまっている今、一分一秒が貴重な時間。

 ここでノロノロとしていたら助けられる命も助けられなくなる。


 しかし、要領を得ない避難指示なんて誰も聞いてくれない。


 だいたい、ここにいるのは白翼協商だけではなく、他の秤屋の人員達もいるのだ。

 たとえガミンさんが大目にみてくれたとしても、迫る危機を上手く説明できなければ、動いてくれないであろう。



 何か上手い説得材料は無いモノか…………



 皆の説得に頭を悩ませる俺だったが……………







 どうやら時間切れ。


 そして、ソレは俺達の前に現れた。








「ガミンさん! レッドオーダーが近づいてきます!」


 

 周りを警戒していた先行隊の1人が発見。



 慌てて、ガミンさんが声がした方向へと飛び出し、俺達も後を追うと、


 通路の奥からこちらへとフラフラとした足取りで向かって来る1機の人型機種が目に入った。




 その外見は、薄汚れた服装を着た女性。

 太古の日本をイメージしたような衣服であるが、墓場から出て来たばかりのようにボロボロ。

 顔の部分も焼き爛れたように崩れており、まるでゾンビのような有様。


 ただし、目だけは赤く輝き、こちらへの憎悪が見て取れる。

 

 生者を憎み死へと誘う亡鬼の類か、それとも…………





「あれは…………機械種ヨモツシコメ! 赭娼としてよく出てくる機種……」



 ガミンさんが現れたレッドオーダーを目にして一言。

 

 

「まさか本当に色付きがいようとは………、すまないな、ヒロ。信じてやれず」



 ゆっくりと近づいてくる機械種ヨモツシコメを睨みながら、俺へと謝罪の言葉を口にするガミンさん。



「いえ………、こちらも上手く説明できませんでしたので」



 瀝泉槍を取り出しながらガミンさんに応え、現れた敵へと穂先を向ける。


 

「先ほども言いましたが、白兎の話では囲まれているそうです。だからあの1機だけとは思えません」


「おい! それは幾ら何でも…………」



 俺の不吉な予想にガミンさんは勘弁してくれとばかりに顔を歪ませる。



 しかし、希望的観測は滅多に当たらず、不幸な予想は外さないのが俺のクオリティ。




「た、大変です! 先ほどと同種のレッドオーダーがこちらに!!」



 

 半ば叫び声となった警戒役からの次なる報告。

 


 その報告を裏付けるかのように、覚束ない足取りで向かって来る機械種ヨモツシコメが………………




「え? ………………何? この数?」




 俺の隣にいたアルスが呆然と呟いた。



 

 俺の予想………いや、白兎の報告通り、俺達は囲まれていたのだ。




 基地ベースの中心に固まる俺達を包囲しながら進んでくる、

 赭娼、機械種ヨモツシコメが…………40機以上。



 さらに後方からどんどんと溢れるかのように現れてくる。


 正しく大軍。

 まるで黄泉の門が開かれたような光景。



 どうやら俺達が撤退するには、コイツ等をどうにかしないといけない様子。 

 

 魔獣や悪魔、巨人を倒しながら進み、闘技場にて闇剣士達とぶつかり合い、

 最後の戦いには亡鬼の群れとの戦場が用意されていた模様。


 


「これが美女の大軍なら、大歓迎だったのに……………」




 あまりの急展開に頭が回り切らず、少々場違いなセリフを口にしてしまう俺。


 

 だが、幾ら女性型でもゾンビは頂けないのは事実。


 ヒロインには縁が無く、美女型機種にも出会えない。

 全く俺の女運の無さはどこまでも付いて回るのか…………




「赭娼の群れ? こんなの、一体、どうすれば………」

「おい? ここは『城』の中じゃないよなあ……、何であんな数が出てくるんだ?」

「アレ、1機1機がストロングタイプの倍以上に強いんだろ? どうやって倒すんだよ……」

「ああ、もう駄目だ…………、助かったと思ったのに………」



 先行隊の皆に広がる動揺。

 いかに先行隊に選ばれた猛者でも心が折れても無理はない状況。



 また、俺の傍にいるアルス達も一様に厳しい表情。

 幾多の苦難を乗り越えてきた俺達一行でも、赭娼の群れとの遭遇は流石に未経験。

 

 怯えの色は見えないが、それでも、これから行われるであろう強大な敵軍との戦闘に身体を固く強張らせている。

 

 それも致し方あるまい。

 たった1機でさえアルスやハザン、ガイが相手にした闇剣士の従機達を上回るのだ。


 まさに絶望的な戦力差。

 辺境では在り得ないレッドオーダーの大戦力。



 しかし、俺達が地上へ戻る為には、コイツ等をどうにかして振り切る必要がある。

 包囲網を突破し、地下34階への階段まで駆け抜ければ、生還する可能性はグッと高くなるであろう。


 問題は、追いかけてくるであろう赭娼の群れを、どうやって押しとどめるか………




 地下35階。



 闇剣士が滅んだ場所にて、



 地獄の撤退戦が始まろうとしていた。








『こぼれ話』


当たり前の話ですが、カッコ悪い機種よりカッコ良い機種の方が人気があり、醜い機種より美しい機種の方が人気があります。

これは巣の主である赭娼や紅姫にも当てはまり、特に扱い易い中量級の美しい赭娼や紅姫は大人気。

当然、そういった巣には狩人達が詰めかけるので、倍率が高くなり入手が難しくなるのです。


ですが、世の中、醜い機種を美しい機種に改造する美容整形染みたことを行う藍染屋も存在します。

また、より美しくするため、自分の好みに近づけるためにそういった施術を行う場合も………



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