第622話 ご褒美



 『強者へと挑む闇剣士』から持ち掛けられた5番勝負。


 最後の大将戦にて、俺と闇剣士はぶつかり合った。


 敵は強い者と戦えば戦う程強くなっていくフザケタ仕様。

 

 さらに空間攻撃も使うとあっては、最強である俺であっても油断はできない。



 故に速攻。

 全速全力。

 一撃必殺を以って倒すことに決めた。



 使用した武器は『莫邪宝剣』

 仙力を光の刃に換える宝貝。


 使用したアイテムは『定風珠』

 風や大気を操る宝貝。


 

 そして、『真空状態を作り出しての超高速戦闘』を以って挑んだ。



 『定風珠』にて、リング上に存在する大気を一瞬にして消滅させ、

 完全な真空状態を作り出しての『縮地』の連続発動。


 相手が迎撃態勢を整える前に、莫邪宝剣の一閃にて闇剣士を両断することに成功。


 しかし、敵も超高位機械種。

 肩口から斜めに機体を両断されたぐらいでは、即座に活動を停止せず、何十本の腕を動かして俺に一矢報いんと攻撃を加えて来た。



 降りかかる敵の斬撃。

 そのどれかに空間攻撃が混じっているとなると、俺も出来うる限り回避せざるを得ない。


 ギリギリで躱し、弾き、回避を続けるも、幾つかの攻撃が命中。

 幸い、空間攻撃ではなかったらしく、俺の身体が傷つくことは無かったが………… 



 だが、詰将棋のように綿密に攻められた敵の手筋。

 今までの攻撃は俺を追い詰める為の牽制でしかなかったのだ。


 背中からの偽腕でもなく、わき腹から生えた細腕でも無い、本来の左腕から繰り出される最後の一撃を命中させる為に。


 空間攻撃を思わせるような雰囲気を纏った長剣の刃。

 それはまるで俺の回避を先回りするように逃げ道を塞ぎ、

 真っ直ぐ俺の首へと振り下ろされた………………が。




 結局、その刃も俺の身体に傷一つつけることができなかった。


 闇剣士の悪あがきもそれで終了。

 

 最期の一撃が空間攻撃であったのか、そうでなかったのかも不明のまま。



 

 しかし、これで俺の勝利は確定。


 数百年、誰も倒すことができなかった闇剣士はここに滅びた。



 遭難した領主の三男を救出する為のダンジョン探索。 


 俺と同じ新人狩人である同僚達と出会い、協力し合いながら幾多の苦難を乗り越えてきた。


 そうして辿り着いた地下35階、そこで待ち受けていた闇剣士とその従機達との決闘。


 突きつけられた課題を軒並み平らげ、並み居る敵を全て蹴散らした。

 

 これでようやく地上に戻ることができる…………



 俺がほっと一息ついた所へ…………



 そこへ俺が襲いかかってくる渦を巻く暴風。

 俺がリング上を真空状態としたことで、辺りの空気が一斉にリング中央へと集まり出す。


 想定外の展開に、俺は適切な防御行動を取ることができず、


 小竜巻に巻き上げられ、紙屑のように上空に舞い、そのままリングへと落下。


 

 伝説を書き換えるような活躍をしたというのに、ラストはコントのような『落下オチ』。


 最後までカッコ良く締めることもできず、見るも無残な醜態を晒してしまった。

 

 


 そんな俺の安否を気遣い、駆けつけてくる仲間達。


 だが、自分への落胆と気恥ずかしさが前に出て、とても顔を合わせる気が起きない。

 

 また、この度の戦いで見せた、尋常ではない程の理不尽な現象の数々。


 周りの観戦者達も疑問を抱かずにはいられないことばかり。

  

 これから行われるであろう質問攻め等のことも考えると、このまま寝込んでいる方が良いような気がして来て…………


 俺は気絶したフリをして、当面をやり過ごすことを決めたのだ。



 







 ピコッ! ピコッ!

『マスター! 大丈夫? 大丈夫?』



 人質から解放されたガミンさんより一足早く駆け寄って来た白兎。


 俺の身体を鼻先でフンフン、耳をブンブン振り回しながら俺の身体を心配してくれる。


 だが、しばらくすると、俺が不貞寝?していることを見抜き、



 フリフリ

『しょ~がないマスターだなあ………』



 げんなりとした様子で耳をフリフリ。



 その後、ガミンさんやレオンハルト、アスリンが俺の元に到着。


 また、怪我を押して駆けつけてきたアルスやハザン、ガイ。


 そして、ニルやドローシア、マダム・ロータスやブルハーン団長等も。



「ヒロ! しっかり!」

「大丈夫か! 頭を打ったのか………」

「誰か、救護班を!」




 倒れ伏した俺の周りに集結。

 皆、心配げな様子で、未だ倒れたまま俺の身を案じてくる。



「失礼! ここは拙僧が…………」


 

 そんな中、医術の心得がある毘燭が慌てながら皆を掻き分け、前に出て来て俺を診察。


 倒れ伏す俺の身体をひっくり返し、手を当てて脈や心音を確認しながら、



「ふむ………、これは………」


 ピコピコ


「そ、そうですか。ふむ………」


 フルフル


「はあ………、承知しました」



 なにやら白兎と情報交換。

 粗方俺の思惑を察したらしい毘燭は、皆に向かってそれらしい診断結果を発表。 



「ただの脳震盪のようですな。しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう」


 

 ほっと皆が毘燭から告げられた俺の容態に安堵。

 

 薄っすら薄目を開けながら八方眼で周りを見渡せば、皆が一斉に胸を撫で降ろし、中には涙ぐむ仲間達の姿が目に入る。


 皆を心配させてしまったことに少々罪悪感を感じるも、今更、『実は、全然大丈夫で~す!』とも言えず…………

 



 このまま気を失ったフリを継続するしかない。

 申し訳ないけど、こんなに集まられた上、皆から注目されるのは御免だ。



 集まった皆の様子を見るに、かなり気分が高揚している面々も多い。


 ギリギリまで追い込まれた上での逆転劇。

 それを成し遂げたのが俺という規格外の新人狩人。

 

 勝利の興奮が冷めやらぬ一大痛快劇であったのだ。

 こんな状況で皆に囲まれ、勝利を称えられても俺が困惑するだけ。


 

 少し時間を置けば、皆も落ち着くはずだ。

 俺が起きるのはそれからでも良いだろう。

 



 

 床に横たわりながらそんなことを考えていると、







 パラパラパラパラ…………






 突如、周りの風景に異常が発生。

 まるで映りの悪いテレビ画面のように白と黒とが明滅を繰り返し、赤黒かった空が薄くなり始める。

 視界に入る景色が全てぼんやりと歪んで見え、ゆっくりとボヤケながら霞み出し………


 それは誰しもが見たことのある、夢から覚める瞬間ような光景。

 空も、床も、壁も、何もかもが存在していなかったように消えていく。



 急激な環境の変化に皆が動揺。

 狼狽え、騒ぎ出す人達が出始めた頃、



「皆さん、ご安心を。これは決して凶兆ではございません」



 慌てる皆を前に、『創界制御』に詳しいトライアンフが説明。


 トライアンフ曰く、解放条件が整ったので、この『創界制御』で創造された異空間が解除されている、とのこと。

 真っ当に設定された課題を解決したので、このまま何もしなくても穏当に現実世界へと帰還が叶うと。



 トライアンフの言う通り、数分も経たないうちに、異空間は解除され、俺達全員、現実世界………

 バルトーラの街のダンジョン、地下35階へと帰還した。


 周りを囲んでいた異空間がハリボテであったかのように、あっという間に崩れ去って、辺りの景色がダンジョン内へと早変わり。


 そこは幾つもの通路が繋がる『大広間』。

 パッと見、運動場ぐらいであろうか。

 大人数且つ、重量級機械種もいる俺達全員が集まっても余裕に収まる広さ。


 『大広間』は『玄室』では無く、あくまでダンジョンの通路という位置づけ。

 こういった場所はダンジョン内の階層ごとに幾つか存在するのだが、普段はあまり長居する場所ではない。


 複数の通路が繋がっていることから、ここに留まっているとレッドオーダーの奇襲を受けやすいからだ。

 だが、この階層全体に白琵琶の効力が行き渡っている今なら、レッドオーダーが近づいてくる心配は無く、ただの広くて安全な区域だと言えよう…………

 

  


「!!! 皆さんは…………、ああっ! ガミン支店長!!」




 現実世界へと帰還したばかりの俺達へと投げかけられた声。


 声がした方向へと視線を向ければ、そこには5人の人間と3機の人型機械種。


 さらにその人達の背後には、ダンジョンに設置された『台座の上に飾られた白い琵琶』が………


 

 どうやらこの現実世界に取り残されていた先行隊の一部である様子。

 

 奥の方には設営された簡易コテージ等が立ち並び、長期で滞在することを前提とした基地であることが分かる。


 まさか、異空間から脱出した先が、先行隊の捜索ベースだったとは………



 これは偶然なのか?

 それとも恣意的なもの?

 まあ、早くに合流できたことは喜ぶべきことなのだろうが。



  

 そして、不意の再会がもう一つ。




「あれは………、ディグナー様とその護衛の方々です! ああっ! それに闇剣士に捕まっていた隊員達も………」



 

 先行隊の1人が少し離れた所にいた面々を発見。

 救出対象である領主の三男の一行と、捕まっていた先行隊の偵察部隊の人達。


 彼等も無事に、俺達と同様に現実世界へと帰還できた様子。

 

 

「おい、アルス、ハザン。ヒロのことは頼んだぞ」


「あ、はい。任せてください」



 アルスとハザンに俺のことを任せると、ガミンさんは慌てた様子で走り去っていき、



「アスリンもここにいてやりな。何せ、この子の『恋人』何だろう?」


「マダム・ロータス………、それは『今』だけですよ。多分、この人は私の手に収まるような人じゃありません」


「ハハハハッ!! 別に全部を手の中に収める必要はないさ。男なんて、ちょいと体の一部を掴むだけでいいんだよ。それで向こうの方から振り向いてくれるさ。アンタの器量ならね」



 マダム・ロータスが何やらアスリンへとアドバイス。

 なぜか聞いていると、下の方がヒュンとしてくるような気分になってくる。



 そんな期待の籠ったアドバイスに対して、アスリンの態度はやや煮え切らない様子。



「まあ、なるべく善処しますけど………」


「そこは全力で、と言って欲しいね。ドローシア、ニル、きっちりサポートしなさい。私はあっちに行かなきゃならないからね」


「はいっ!」

「はい!」



 自分達のボスであるマダム・ロータスに直接命じられたら、ドローシアもニルもそう答えざるを得ない。


 社長からの直命令を受けた平社員みたいなモノ。

 ニルなんか特に、いつもの緩い感じをおくびにも出さず直立不動。

 

 女性ばかりの秤屋だから、もっとアットホームかと思いきや、意外に厳しい所もある一面を見たような気がする。




 また、鉄杭団の団長ブルハーンも、ガイへと似たような指示を下す。



「ガイ、お前もここにいるんじゃ」


「オッス!」


「お前が来ても救護の役に立たん。万が一、領主の三男を殴り飛ばしたら大変だからの」


「………そこまで考え無しじゃありませんよ、団長」


「なら、そう儂から思われんように普段の態度を改め直すことじゃな」



 ブルハーン団長はそう言い残すとガミンさんやマダム・ロータスの後を追った。

 また、他の先行隊の皆も一斉に、囚われていた人達への救助に動く。



 この場に残ったのは、計らずも俺の同僚達である新人狩人の面々。

 俺のことは、俺と近しいメンバーで固め、先行隊は本来の業務に専念することにしたようだ。



 どう見ても、状態が悪いのは向こうの方。

 囚われの身だっただけあって、その恰好は幽鬼の群れかと思うように疲れ切っていた。


 特に領主の三男の一行は、囚われてから半月近く。

 いつ殺されるかも分からない期間をずっと過ごしたのだから、その間の精神的苦痛は相当なモノであろう。

 おそらくは、死に怯える恐怖で食事もロクに喉を通らなかったのかもしれない。

 



「皆、かなりやつれているね」


「少なくとも2週間以上は捕まっていた計算だからな。だが、あの様子だと死ぬようなことはあるまい」



 アルスが心配そうに呟くと、ハザンが意見を述べる。

 

 また、なぜかここに残ったレオンハルトもアルスとハザンの会話に口を挟む。

 


「しかし、政治的には死んだも同じだな。ここまで迷惑をかけた以上、もう公の場に出てくることはないだろう」



 そう語るレオンハルトの顔からは些か冷徹な雰囲気が滲み出ている。

 同じ特権階級の一員として、与えられた責務を全うできず、さらに周りに被害を与えた者への嫌悪が混じっているせいかもしれない。

 

 

「元々、箔を付けたかっただけの行動であろう。世間を騒がす『白ウサギの騎士』の真似事をしたかったのかもしれんが、それで当の本人に迷惑をかけてどうする! ……と言いたい所だな」

 


 チラリと倒れ伏したままの俺へと視線を投げかけてくるレオンハルト。

 

 死闘を演じ、敵の最後っ屁らしき反撃を受けて倒れ伏した俺の状態を鑑みたのであろう。

 次第に口調が強くなり、舌鋒が鋭くなっていく。


 

「幸い、ヒロが私達の想像を遥かに上回る実力を持っていたから、何とか勝つことができた。しかし、そのヒロでさえ、薄氷を踏むかのような戦いであったのだ。攻防は一瞬であったが、今はこうして倒れ伏しているのがその証拠。もし、ヒロが再起不能にでもなっていたら、この街どころの話では無いぞ! ヒロは必ずや人類が縋る希望の灯火となってくれる人物なのだから!」



 レオンハルトが語る俺の人物像に熱が籠る。

 どうやら俺の代わりに怒ってくれているようだが、少しばかり見当違いのような気もする。



 だいたい今回の活性化は俺が原因だからなあ………


 むしろ巻き込まれたのは領主の三男の方。

 しかも、臙公でしかない闇剣士との試合くらいなら、俺にとっては死闘とは呼べない程度のモノ。


 何せ、ひっくり返そうと思えばいつでもできたのだ。

 七宝袋に入れた最強メンバー達を出陣させれば、それで解決。

 

 一騎打ち自体も、スペック差を考慮に入れるなら俺の圧倒的有利な立場は揺るがない。

 ちょっとヒヤッとしたものの、そこまで追い込まれたわけじゃないのだ。

 

 まあ、それを口に出して言う訳にはいかないが…………


 領主の三男君、俺は庇えないけど、強く生きてくれ!




「人類の希望…………ね。こうして見てると、普通に道を歩いていそうな男の子だけど………」


「普段のヒロさんを見てると、とてもそんな英雄には思えませんが………、今まで挙げてきた戦果の上に、あの超常の戦いぶりを観戦した後では………頷かざるを得ませんね」


「ふみゅう…………、ニルルン的には、あんまり偉くなられても困っちゃうなあ。できれば手が届く範囲に居てほしいというか………」



 マダム・ロータスに言い含められ、この場に残ったアスリンチーム。

 俺が横たわっている近くで、俺の話題を口にする。


 やはり、普段の俺と戦闘時の俺とに埋まらないギャップを感じている様子。

 

 これは俺の仕様なのだから、どうしようもないことだけど。


 


 う~む…………

 でも、ちょっと妙な気分


 女の子達が俺のことを俺の近くで噂している。

 まさか、俺が起きているとは思っていないのだろうが…………




 あれ? 

 アスリンが俺の傍に…………


 


 気が付けば、なぜかアスリンが何も言わずに俺の横に正座で座り込んで、




「アスリン?!」

「あ、狡い!」



 ドローシアとニルの驚いた声が重なった。


 2人が驚くのも無理はない。


 アスリンが傷ついた戦士を労わるように、俺の頭を自分の腿の上に置いたのだ。


 まるで、そうすることが当然であるかのように、


 それは、男の子の夢の一つである『女の子の膝枕』。




 うわあ…………

 女の子の太腿って柔らかい…………


 後頭部に感じる太腿の感触。

 それは枕では決して得られない安らぎと癒し。

 

 俺は生まれて初めて、肉親以外からの膝枕に感動していると、

 



「ヒロは私達の命の恩人よ。その彼がずっと固い床の上では可哀想でしょ」


「えっと………、わざわざアスリンがしなくても…………」


「そうだよ! こういう男の子が好きそうなプレイはニルルンが得意なんだから! リンリンの代わりにニルがやる!」



 ドローシアやニルから物言いがつくと、アスリンは涼しい顔で反論。



「駄目よ。今はまだ私とヒロは恋人関係なんだから」


「それはあの闇剣士を騙す為の嘘でしょ!」


「そうね…………、嘘よ。でも、この階層にいる間だけは、『恋人関係』を継続するつもり。だって、唇も許して命も賭けたのよ。それぐらいは当然の権利だと思わない?」


「……………みゅみゅみゅみゅ」



 アスリンのそれっぽい言い訳に、ニルは口をモゴモゴさせて、



「ニルルンも頑張っていたんだけどなあ…………、でも、まあ、今回は仕方ないかあ………」



 肩を落としてシュンとなる。

 どうやら今はアスリンに譲ることに決めたようだ。



「ニル、仕方ありませんよ。アスリンは言葉通り身体を張ってくれたのですから。私達も色々と準備していましたが、結局、役に立ちませんでしたし………」



 ニルの頭を撫でながら慰めの言葉を口にするドローシア。



 そう言えば、試合中、ニルとドローシアの姿は見なかったな。

 俺が何度か先行隊がいる観戦席に戻った時も、その場にはいなかったし。


 マダム・ロータスは負けた場合のことを考えてくれていたようだから、ニルとドローシアに何か準備をさせていたのだろう。

 おそらくは、アスリン達が隔離されていたコーナーに何か仕掛けをしていたのかもしれない。


 結局、俺達が勝ったから、使う機会はなかったみたいだけど。




「ごめんなさいね、ニル。この埋め合わせは用意しておくから」


「………絶対だからね! 約束だからね! 忘れちゃだめだからね! 知らんぷりさせないからね!」


「はいはい」



 ニルのしつこい念押しに、少しばかりの苦笑を浮かべ、おざなりな返事を返すアスリン。

 

 そして、ゆっくりと自分の膝の上にある俺の頭に手を置いて、




 サラ…………




 なぜか髪を梳く様に、俺の頭を撫でてくる。


 それは戦いで傷ついた俺を癒すかのように、

 まるで幼い子供にするかのように…………

 



 ふわあ………

 なんか心地良い………


 アカン、

 マジで好きになってしまいそう…………  

 



 あの気が強いアスリンから想像もできないくらいの母性溢れる仕草。


 髪を梳く指の感触、頬に感じる太ももの柔らかさと暖かさが、激しい戦い(+最後の落下オチ)に傷ついた俺の心を癒していく。


 もしかして、これが闇剣士を打ち倒し、皆を救った英雄である俺に与えられたご褒美なのではなかろうか?

 

 だとすれば、今まで成し遂げて来た成果の割りにあまり報われているとは言えない俺の境遇にも、ようやく運が向いてきたのであろう。



 髪を撫でつけられる手の感触に、どこか懐かしさを感じながら、心地良いひと時を堪能することにした。









 うむうむ…………

 余は満足じゃ…………



 俺はアスリンに頭を撫でられながらの膝枕プレイを堪能中。

 まさに世の春といった感じ。



 しかし、これが本来、俺が当然のように受け取るべき環境なのではなかろうか?


 成果を成した主人公に対しては、それに報いるだけのイベントが発生しなくてはモチベーションが上がらない。


 金や武器、アイテムなんかも良いが、偶にはこういった心安らげるイベントも必須。

 特に女の子とイチャイチャするシーンは外せない!

 



 女の子の太ももって、こんなに柔らかいんだなあ…………

 もう少し、この感触を味わいたい………




 ちょっとだけ後頭部をグイグイと太腿に押し付けるように動かす。


 返ってくるのは弾むような若さと張り。


 もちろんアスリンは分厚い生地のズボンを穿いているから直ではないが、それでも、その感触は今までに味わったことの無い心地良さ。


 これだけでご飯を何杯でもイケそうな気がする。




 さらにさらに、薄目を開けた状態で八方眼にて上方を確認すれば、目に入るのは2つの膨らみ。


 厚手のコンバットスーツを押し上げるように存在する丘陵。

 男ならぜひ登頂してみたいと思わせる大きさ。



 でも、対象が近過ぎるせいか、八方眼だとややブレて見えてしまう。

 

 できればきちんと自分の目で見上げたいのだけれど…………


 アスリンにバレ無い程度に薄目を開け、上を見上げながら視姦………いやいや、観察を…………



 おおっ! これはいいもんですなあ。

 こんなに間近で女の子の胸を下から見上げることができるなんて、なかなかありませんよ!

 ぜひこの絶景を目に焼き付けておかなくては…………

 




「あっ! ヒロ、起きているみたい!」


「………おい、アスリン。ヒロの奴、薄目を開けてお前の胸をガン見してるぞ。コイツ、絶対に寝たふりだ」



 

 ここで差し込まれた余計なセリフ。

 俺へのご褒美を無にするような悪逆非道の振る舞い。

 

 普段は気を回すクセに、偶に鈍感になるアルス。

 空気の読めないクセに、余計な気ばかりを回して来るガイ。



 ヒロは激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐の輩を除かなければならぬと決意した。


 ヒロに女心は分からぬ。

 故に、ほとんど女性と縁が無い生活を暮らしてきた。

 だから、こうしたイチャイチャラブイベントには、人一倍執着しているのだ。



 この野郎ども!

 俺が羨ましいからって、余計なことを言うな!!!



 だが、当然ながら俺の怒りは不当なモノでしかなく、



「……………………ねえ、ヒロ。起きているの?」


「………………はい」



 口調は静かだが有無を言わせぬアスリンのトーンに、正直に答えるしかない俺。



「そう…………、ひょっとして、さっきから起きてた?」


「…………………はい」


「…………………………」


「…………………………」



 アスリンはうつむき加減で俺の横顔を覗き込んでくる。

 その表情は少し影になっていて良く見えない。

 

 対して、俺は気まずい表情で視線を逸らすように少し下に向く。

 

 何か理由をつけて弁解しようかとも思ったが…………

 結局何も言い出せずに無言のまま。



 そして、しばらく時間が経過して、



「じゃあ、もう膝枕は要らないわね。頭を降ろしても構わないかしら?」


「はい、すみません」



 スッ………



 そっと、固い床へと降ろされる俺の頭。



 ああ…………、

 さっきの柔らかい感触とは違い、何と床は冷たくて硬いのだろう?


 後頭部に床の固さと冷たさを感じながら、余りの落差に涙する俺。



「じゃあ、私は向こうの手伝いをしてくるから………」



 それだけ言うと、アスリンはさっさと立ち上がって



「ニル、ドローシア、行きましょう」


「は~い、じゃあねえ、ヒロ。膝枕ならニルルンが今度してあげるからね!」

「では、皆さん、失礼します」



 ニルとドローシアを連れて、救護活動を行っているガミンさん達の方へと行ってしまう。



 どうやら恋人関係の偽装によるご褒美はここまでの様子。

 この階層まではと言っていたが、もうそれも打ち切られてしまったかもしれない。

 

 おまけに折角貯まって来た好感度まで下がってしまったであろう。

 ああ、何で俺はいつもいつも肝心なところで欲望に流されてしまうのか………


 

 だが、後悔してももう遅い。

 

 すでにアスリンは俺へと背を向け、ポニーテールを揺らしながら向こう側へと去ってしまった。

 逃がした魚は大きく、それを逃したのは自分の堪え性の無さが原因。



 偽装でも良いからもう少し恋人関係を続けていたかったかも…………



 別にアスリンに惚れてしまった訳でもないが、やっぱりどこか物寂しく感じてしまう俺だった。

 





『こぼれ話』


狩人の女性の装備について。

元々体力差の関係から、女性はあまり重い防具を装備できません。

しかし、それを別として、身体の線がでるような薄手の防具が狩人の女性に好まれています。

また、本来邪魔になるはずの髪を長くしたり、稀にスカートを履く者もいたりします。


これはレッドオーダーに対し、自分が女性であることをはっきりと認識させる為に行われている慣習です。

こちらが女性だと分かれば、敵の攻撃が緩み、攻撃対象となりづらくなるという特性を利用する為と言われています。


それがどこまで役に立っているのかは、検証が進んでいませんが……

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