第619話 正体



 高笑いを続ける闇剣士。


 その姿は試合開始前とは異なり、背中から節くれだった長い腕が2本、わき腹から細い腕が2本生えてきた形状。


 まさに戦の神、阿修羅とも思しき戦闘形態。

 

 腕が6本になっただけなのに、感じる威圧感は超重量級以上。


 もはや『臙公』を通り越して、『緋王』に近いレベルにまで達しているのではないかと思えるほど。


 流石は人間の強者に挑み続けながら何百年も活動を続けている賞金首。


 赤の死線で活躍していたルガードさんを上回る戦闘力を持ち、独自で作り上げた一方的なルールを押し付けるその戦い方であれば、無敗を誇るのも当然か………






「それがお前の本来の姿か?」



 今まで以上に厳しい表情で目の前の闇剣士を睨みつけるルガードさん。


 その問いに対し、ようやく笑うのを止め、その赤く光る目をこちらに向けてくる闇剣士。



「そうだそうダ! これが俺本来の戦闘スタイル! 俺は『強者へと挑む闇剣士』! 強い奴と戦えば戦う程このように強くなル! カカカカカカッ!!」



 闇剣士は傍目構わず自身の強さの秘密を俺達へ暴露。

 

 おそらくもう隠す必要が無くなったからであろう。

 

 この段階に至っては、俺達を蹴散らすなど造作も無いこと……と思っているのかもしれない。



「先の試合での、女機人と年老いた大男も強かったが、お前の強さはそれを上回るナ! おかげで益々強く慣れタ! 礼を言うゾ!」


「……………なるほど、従機もお前の一部なのだから、それも適用されるのか」


「カカカカカッ!!! その通リ! 強い相手と戦えば戦うほド、相手が強ければ強いほド、制限された力が解放されル! さらにソレが積み重なることで俺の力が増していくのダ! おまけニ、この活性化の最中であれバ、さらに強化率が上がル! 未だかつてここまで強化できたことが無い程にナ!」


「……………道理で手を込んだ真似をする。お前にとって、俺達と戦うことだけが重要だったわけだな。簡単にギブアップ権を認めるわけだ」


「『戦う』だけではないゾ。人間達が苦しミ、もがく所を見るのも重要ダ! お前が言うように俺はレッドオーダーなんだからナ! カカカカカカカカカカカッ!!」




 ルガードさんと闇剣士の間で交わされるやり取り。


 ここに来て、ようやく闇剣士の意図が判明。


 つまり、その異名通り『強者へと挑む』ことが目的なのだ。


 最初は単に、空の守護者が暴れたことについて調べに来ただけであろう。


 だが、ダンジョンに潜航中、発生した活性化を前に、この階層で網を張るという作戦を選択。


 捕獲された領主の3男も、この闘技場も、ガミンさん達に持ち掛けた勝負も、再び挑むことを認めたのも、全ては出来るだけ多くの強者と戦う為。




 初めは力を制限されていて、それが徐々に解放される敵はこれが初めてではない。


 あの緋王クロノスもそうであったではないか?


 おそらく、この闇剣士の真の実力は、通常の『臙公』を遥かに上回る力を持っているのだ。


 だが、初めから全力を出せないという制限があり、その為に従機を前に出して戦わせ、その制限を取っぱらおうとした。



 そして、また、『強者』と戦い続けることで自身の力を増すというのも目的。



 レッドオーダーの色付きが何かの条件を達成することで強くなっていく……という噂話を聞いたことがある。



 人間を食えば食う程強くなるブラッドサッカータイプやキシンタイプの超高位機種の噂。

 

 自身の縄張りを広げると強くなる神獣型の噂。


 変わった所では財宝を貯めこむことで強化されるという竜種も存在するという噂。


 

 

 それからすると、この『闇剣士』の『強者と戦う』と強くなっていくいうのも、不思議な話では無い。

 

 そもそも赭娼や紅姫とて、長い間放っておくと勝手に強くなっていくのだから、むしろ当然というべきか。



 いや、もしかして…………



 巣の奥にずっと待機していないといけない赭娼や紅姫と違い、『橙伯』や『臙公』は比較的自由に外を出歩ている。

 何かの目的があるのだろうが、その一つに自身の強化というのも………

 


 俺が色付き全般の仕様について頭を巡らせていると、



「しかし、それならば、なぜ、こんな辺境に来た? そもそもお前の活動域は中央のはず。そちらの方が絶対に強者は多いだろう?」



 ルガードさんが闇剣士へと腑に落ちない点を質問。


 それは当然、思い当たる疑問ではあるが、あいにく、その答えは俺でも知っている。



 それなんですけどね。

 実は半分、俺が原因で…………



 当たり前だが、そんなことを言うこともできず、

 ただ息を潜めて事の成り行きを見守るしかない。




「もっと言えば、お前が求める強者は赤の死線に行けばゴロゴロいるぞ。こんな辛気臭いダンジョンに潜っているより、よっぽど強者に出会う確率が高い」



 それは確かに。



 ルガードさんが突きつけた事実に思わず頷く。


 

 闇剣士が辺境に来たのは、俺が空の守護者を暴れさせたことが原因だろうが、元々コイツの活動域は中央。

 しかし、中央での出没記録はかなり残っているが、闇剣士が赤の死線に現れたという話は聞いたことが無い。


 ルガードさんが言うように、強者を求めるのであれば、赤の死線に行くのが一番だろうに………



 だが、闇剣士の回答は至って簡潔。



「赤の死線は我等の担当ではなイ」


「おいっ! 何だよ、その理由。お前は公務員か?」



 あまりに意外な回答。

 流石に黙っていられなくなって、リングサイドから問い返す俺。



「フンッ! 悪いカ。我等、レッドオーダーは赤の帝国に所属する組織人だゾ。列記とした序列があリ、与えられた任務があル」



 そんな俺をジロリと睨む闇剣士。

 3対に構えた剣の切っ先を下ろし、悠然と構えながら説明口調で言葉を続ける。



「我等『五将』は中央を担当する『四王』の配下に当たるからナ。赤の死線は『三帝』直轄。我等は干渉できぬのダ」



 え? 何それ?

 レッドオーダーの中に、そんな物語で出て来そうな勿体付けた称号があるのか?



 『五将』というのは………コイツを含めた中央の賞金首の魔人型5機のことだな。


 しかし、この闇剣士はともかく、浮楽とか、トライアンフとか、学者とか………

 『将』という単語が死ぬほど似合わない面子。

 あの3機の何処に将と呼べる要素があるのだろうか?

 


 あと、『四王』という言葉は聞いたことがないなあ…………


 闇剣士が『王』と言う以上、レッドオーダーなのだろうが、中央では割と『王』と呼ばれる奴も、そう名乗っている奴も多い。


 難敵を狩人達が『○○王』と仇名をつけたりすることもあるし、一定以上の縄張りを持つ者を『王』呼ばわりすることもある。


 また、人間でも『王』を名乗っている者もいて、中央で都市から追い出された人間達を集め、一大勢力を築いているアウトロー集団が複数存在している。


 さて、一体どれのことを言っているのやら…………

 



 最期に出てきた『三帝』………


 『帝』と名が付く以上、それは『赤の女帝』以外考えられない。

 ちょうど、『ものしり』『ものかたり』【ものかき】で3つ。


 もちろん、これを口に出して言う訳にはいかないのだが。

 少しだけ聞いてみたいとも思わなくも無いけど。





「しかシ! このような辺境の地デ、お前のような強者に出会えるとは思わなかっタ! 俺にとっては何十年ぶりの美味しい獲物だったという訳だナ。カカカカカカッ!」



 ルガードさんを獲物呼ばわりして、得意げに笑う闇剣士。


 そして、一しきり笑った後、なぜか俺の方へと視線を向けつつ、



「だガ、それよりモ、もっと興味深いのガ………、お前ダ、ヒロ」


「ええ? 俺?」



 突然の名指しに面食らう俺。


 闇剣士はそんな俺を見つめながら、興奮したように捲し立ててくる。



「そうダ! 俺も長い間活動してきたガ、お前のような人間は初めてみル。俺のこの様を見てモ、驚きはするものノ、相変わらず怯えの一つも見せなイ。いかに戦場を潜り抜けてきた猛者とテ、臙公相手にそんな平然と構えること等できんヨ。お前がレッドオーダーの怖さを知らぬ愚か者でないなラ、死を恐れぬ狂人カ、化け物染みた胆力を持つ勇者だろうナ」



 いや、それは過分な評価。

 俺が平然としてられるのは、瀝泉槍を持っているからであって…………


 まあ、この世界の生まれじゃないから、誰しもが持っているレッドオーダーへの根源的な恐怖が植え付けられていないせいかもしれないが。


 

「それニ……………、お前は俺よりも高位のレッドオーダーに会ったことがあるだろウ?」


「!!!」



 あ、マズイ。

 顔に出てしまった。



「…………やはりそうカ。お前ハ、俺を『たかが臙公』と目で語っていたゾ。そんな目を人間から向けられたのは流石に初めてダ」


「……………………」


「ほウ? 黙り込んダ。これ以上、情報を漏らさないために沈黙を選んだカ。それは普通なら賢い選択なんだろうガ……………もう遅イ!」



 闇剣士の赤い瞳がギラギラと輝く。


 炎が宿ったように熱く、

 血を求めるかのように激しく、


 俺の心の内を見透かすように、

 俺の隠しているモノを暴き立てるかのように………


 その目は俺を真っ直ぐに捉え、決して逃がすまいと睨みつけてくる。



 対して、俺はただ負けじと睨み返すことしかできない。

 不利な状況で余計な口を叩けば、こちらの分が悪くなるだけ。

 

 元々、俺とコイツの相性はあんまり良くない。

 最初の交渉事もそうだし、俺の行動一つ一つがコイツに関しては裏目に出ているような気がする。

 

 やはり何百年も強者と戦いながらも生き残ってきた古強者と言うべきか。

 俺が得意とする上辺ばっかりの小手先な交渉術では対抗できない。


 ならば、ここは黙ってやり過ごすしか…………………

 


「お前ハ……………」



 闇剣士は獲物に喰らいつく肉食獣のような雰囲気で、俺のナニカを告げようとした時、



「闇剣士よ。俺をあまり舐めるな」



 俺と闇剣士の間に割って入って来たのは、現在試合中であるルガードさん。



「お前の相手はヒロではない。この俺だ」



 低く、それでいて、良く通る声。

 ただし、そこに秘められた感情は、ひたすら強く、激しいモノ。


 俺を庇うような位置で両手の甲剣を構えたまま、目の前の闇剣士へ言い放つ。 



「大将であるヒロと話をしたいなら、まず副将の俺を倒せ。順番を間違えるな」


「……………フンッ! お前の実力はもう見切っタ。勝ち目など無いゾ」


「まだ俺はお前に全てを見せていない。その程度が分からないなら、ヒロの前に立つ資格は無いな」


「ハンッ! ……………良かろウ。すでに喰らい尽くした後の骨をゴミ箱に捨てるのは、味わった者の役目だナ」



 3対の剣を再び構え直す闇剣士。

 全高2.5mの闇色の剣士が6本の剣を構える姿は、どれほどの勇者であろうと恐怖を感じずにはいられまい。

 

 どのように攻めても、切り刻まれるイメージしか湧かない。

 2本でさえ追い詰められていたのに、その3倍相手にどうやって戦いを挑むのであろうか?



 対するルガードさんは甲剣を十字に交差させて、軽く膝を曲げた低い体勢。

 引き絞られた弓を思わせる構え。

 

 放たれる矢は、果たして敵を貫くことができるのか?

 


「ルガードさん…………、もし危なくなったら…………」



 本来、大先輩であるはずのルガードさんに大変失礼な物言いは承知の上。

 だが、言わずにはいられなかった。


 しかし、ルガードさんはこちらに振り返らぬまま、俺の言葉を最後まで言わせず、



「ヒロ。狩人がとても敵わない格上の敵と遭遇した時、どのように行動する?」



 いきなり設問染みた質問をぶつけてくる。


 

 顔は闇剣士へ向けた状態。

 俺にはその背中しか見えないが、それでも、俺の回答を待っているのは分かる。




 うーん…………


 敵わない格上の敵と遭遇したのなら、一目散に逃げるのが普通では?

 

 と、まあ、まず最初にそのような答えが浮かんでくるのだが、多分、ルガードさんが求めている答えとは違うはず。



 だとすると、ここで考えられる答えは………

 

 


「出来るだけ敵の情報を集めて撤退。秤屋に報告………ですかね?」


「そうだ。敵わぬ敵を必ずしも自分で倒す必要はない。そもそも狩人の仕事はレッドオーダーを倒すだけではないのだ。その情報を集め、秤屋の元へと持ち帰り、次の討伐に挑む為に貢献するのも役割の内…………」



 ルガードさんからの教科書通りの格式ばった答え。


 しかし、実情で言うと、そんな利他的な行動を行う狩人は少ないと言っても良い。


 美味しい情報は自分だけで丸抱え。

 たとえ自分で有効的に活用できなくても、他の狩人の益としないだけでも良しとするのだ。


 他人の不幸が蜜の味なら、他人の幸福は泥粥以下。

 

 街の為、世間の為、人類の為………


 そんなお題目では大多数の人は動かない。

 この世界はそれがまかり通っているアポカリプス世界なのだから。



 でも、ルガードさんは本気でそう思っているのだろう。

 この一本気な武人は、自分をも歯車の一つとして見て、何が一番大事なのかを念頭に置き、その為には自ら犠牲になることも厭わない。


 何となくだけど、そんな気がする……………

 

 

 

「死ぬ気ですか? ルガードさん」


「いや、勝つ気ではいるさ。そうでなければ、勝てる闘いも勝てなくなる。だが、今の俺からすれば、保険もかけておきたくなる立場だ。だからこれから起こることを一挙一動見逃さないでくれ。万が一の時…………、お前の勝率が少しでも上がるよう、敵の情報を引き出してやるからな」


「…………承りました。万が一の時はお任せを。心置きなく戦ってください」


「そう言ってくれると気が楽になる……………、本当に俺も年を取ったもんだ。こんな若い少年に『お任せを』と言われて、ほっとしてしまっているんだからな」



 背中越しながら、ルガードさんがほんの少しだけ気を緩め、苦笑したのがなぜか分かった。








「さて、そろそろ準備を始めるか…………」



 そう言うと、自分の首筋に触れながら、指で何かを操作するルガードさん。



 すると、



 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!

 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!

 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!

 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!

 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!



 ルガードさんが着込むコンバットスーツの背中部分がパカッと開き、薄い板状のモノがビュンビュンと中から飛び出して来る。



 その数、ざっと30以上。

 大きさは40cm×10cm、厚さは1cm未満。


 まるで自動浮遊兵器のように一斉に飛び立ち、ある程度距離を空けつつ、闇剣士の周りをぐるりと囲むように展開。


 剣の届く範囲ではないせいか、闇剣士はうっとおしそうに周囲を見渡すだけ。


 傍から見れば、自動浮遊兵器で敵を包囲した形ではあるが、一体どのような能力を持つ武器なのであろうか?



 

「あれは?」


「大したモノでは無い、ただの足場だ」


「足場?」



 意外な答えに少々の驚き。

 ルガードさんの切り札かと思いきや、ただの足場とは………



「あとは、これで………」



 ブゥゥゥゥン………



 さらにもう一度、自分の首筋を弄ると、今度はルガードさんの身体全体から小さな異音が発生。

 見た目には何も変わらないが、それでもルガードさんの周囲にナニカが生じたのは分かる。 



「何を?」


「減圧フィールドを張った。これで空気抵抗を減らし、超高速戦闘へと持ち込む」


「減圧…………、そんな便利なモノが?」


「呼吸器系を弄っている改造人間でないと、数秒で昏倒するがな。こういった準備は超高位機種との戦闘には必須だ」


「むう………」


「シティや赤の死線にはもう少し使い易いモノが売っているぞ。それなりの高価だが、お前なら買えるだろう」




 そう言うと、ルガードさんは腰を落としてぐっと沈み込んだ体勢を取る。

 まるで短距離走選手のようなクラウチングスタート。

 

 もちろん、ゴールは闇剣士が立つリング中央。

  


「闇剣士。確かにお前の方が強い。何百年にも渡り蓄えてきた力の前には、俺の30年など塵芥に等しいのだろうな」



 ルガードさんは顔を真っ直ぐに向け、飛びかかる前に猛獣染みた構えから、闇剣士へと語りかける。



「だがな、俺が培ってきた30年を3分に凝縮したとすればどうだ?」



 そう問いかけた瞬間、




 シュンッ!




 ルガードさんの姿は、一閃の光と化した。



 そして、向かう先は、闇剣士では無く、


 

 その周囲に展開する無数の『足場』。





 カンッ!                   カンッ!

           カンッ!

 カンッ!              カンッ!

       カンッ



 

 リング上では『足場』を蹴る音だけが響き、


 ルガードさんの姿が幾人も分身したかのように残像を残す。




 カンッ!     カンッ!           カンッ!

      カンッ!        カンッ!


    カンッ!      カンッ!




 闇剣士の周囲に飛び交う『足場』を利用し、縦横無尽に飛び回るルガードさん。



 ブシュッ!



 さらに、手首から鋼線を発射。

 それを周りの『足場』に突き立て、


 

 ギュルギュルギュルギュルッ!!!


 

 急スピードで巻き上げることで、重力や慣性を無視した軌道を描き、



 ボフォンッ!!!



 体中に備えたスラスターを噴射して、急角度で強襲を繰り返す。



 

 ガキンッ!!



「クッ! …………煩い蝿メ!」



 目にも止まらぬスピードで飛び回り、一瞬の隙を突いて切りつけてくるルガードさんの変則攻撃。


 ついに闇剣士の機体を捕らえ、その肩装甲を深く傷つけることに成功。



「叩き落してやるゾ!」



 ブンッ!

 ブンッ!

 ブンッ!



 6本の腕を振り回し、周りを旋回するルガードさんを切りつけようとするも、全て空振り。


 先ほどまではパワーだけでなく、スピード、反応速度でもルガードさんを上回っていたようだが、それはいつの間にか逆転。


 『足場』『鋼線』『スラスター』を利用して飛び回るルガードさんには届かない。



 

 ザンッ!!


 

 闇剣士の背中から生える節くれだった長い腕が肘の先から切断。



 ドカンッ!!



 ルガードさんの蹴りが闇剣士の頭部に炸裂。

 だが、流石に一発で破壊される程、柔では無い模様。



 ギュルルルルルッ!

 カキンッ!!


 

 闇剣士の大剣が根元から折られた。

 鋼線を巻き付け、その上で足の裏で踏み折ったのだ。



 ザクッ!!



 今度は脇腹の短剣を持つ細腕が切り落とされた。

 床スレスレを低空飛行するかのように接近。

 そこから急上昇すると同時に膝から生やした刃で一閃。

 

 


「舐めるナ!」




 だが、近づき過ぎた代償も得てしまった。



 闇剣士の脇腹から生えたもう一方の細腕が持つ短剣が、ルガードさんの足を撫で切り。




「ああっ!」




 リングサイドから思わず叫ぶ。


 

 ルガードさんの左足が足首から切り落とされてしまったのだ。




 しかし…………





 ビュンッ! 

 ギュルルルルルルルルッ!!




 ルガードさんは鋼線を頭上の『足場』へと発射。

 すぐに巻き上げ、その場から離脱………




 したかと思いきや、





カンッ!     カンッ!        カンッ!

      カンッ!          カンッ!


    カンッ!    カンッ!




 またも、『足場』を蹴りつけて移動する変則包囲移動を開始。


 闇剣士を挑発するかのような動きを見せ、




 ザンッ!!!


 

 

 お返しとばかりに、闇剣士の背後へと回って、背中に残るもう一本の長い手を攻撃。


 さらに、すぐにその場を離れ、再び敵を惑わす超高速移動を継続。


 

 

カンッ!                カンッ!

     カンッ!    カンッ!

      カンッ!

 カンッ!              カンッ!

       カンッ





「え? なんで、あの人、足首落とされたのに、あんなに動き回れるの?」




 俺の見るかぎり、ルガードさんの動きは変わらず。

 

 むしろなぜか速度が上がっているように思えるほど。


 足は機械義肢で生身ではないのだろうが、それでも切り落とされたのなら、動きが鈍るのは当たり前。


 だが、当たり前が当たり前では無いように、ルガードさんは風よりも速く空中を舞う。




「足の先が無くなった分、軽くなったとか? ………そんな馬鹿な話があるか!」



 

 1人でボケて、1人でツッコミたくなる理不尽が展開。


 まさかこの俺が白兎以外にここまで理不尽と思うような光景に出会うとは………




 しかし、いかに俺が理不尽と思えど、ルガードさんの攻撃の鋭さは増す一方。


 更なる速度の上昇により、攻撃密度が上がって威力も向上。



 もう闇剣士は翻弄されるしかない状況。

 完全に狩る側から狩られる側へと移行。



 6本あった腕もみるみるうちに落とされていき、魔王ごとき威光を放っていた姿は見る影もない。








「凄い………………、あれがルガードさんの本気…………」



 リングサイドにて、感嘆を漏らす俺。

 一秒たりとも見逃すまいと観戦に徹し、敵の挙動を具に観察。 


 しかし、どうしてもルガードさんの動きに見入ってしまう。

 

 あれこそ狩人の狩りの真骨頂。

 強大な力を持つレッドオーダーを狩る人類が築き上げた集大成。

 技と道具、経験を活用した狩人のお手本のような戦術。



 おそらくアンプを大量に注入して、身体能力を急激に上昇させたのだろう。

 

 超人を突破した能力をフルに活用し、さらに足場を使って敵を包囲攻撃。


 鋼線やスラスターも使って、敵に挙動を悟らせぬ攻め方。



「何人もの狩人が巨大な敵を攻撃しているみたいだ…………」



 思考加速をしなければとてもついていけない速度。

 少しでも緩めれば、ルガードさんの本体を見つけられず、その無数に散らばる残像しか捉えられない。


 この戦いを見守るガミンさん達や先行隊の皆もそうであろう。

 まるでヨシツネの『八艘飛び』を見るかのような絶技。



 また、敵の仕様も見据えた攻めに終始していることも、こちらが有利に傾いている点。


 敵である闇剣士は人間型。

 さらに武器を手に持ったタイプという実にオーソドックスな仕様。


 腕が6本あっても剣を持つ以上、攻撃には振るか突くしかない。

 さらに人間の造形に近いその腕は、当たり前だがその関節部しか曲げたり捻ったりすることができず、その動きを読みやすい。


 ルガードさんはそういった仕様を読み切った上で包囲攻撃を行っているのだ。

 


 『観察』『準備』『戦術』



 その全てが揃った、ただの力任せでない狩人の狩り。

 これが赤の死線で活躍していた現役の狩人。


 正しく値千金に匹敵する試合内容。

 この場を録画でもしていれば、後世に伝わる教本として利用されていたかもしれない……………

 






「これなら、勝てる………」




 そう思わずにはいられなかった。


 誰しもそう思っているに違いない。


 後ろにいるマダム・ロータスやブルハーン団長、


 俺達が率いる従属機械種達、


 離れた所に隔離されているガミンさん達も………


 きっとそう願っているに違いないのだ。



 そうして、俺達が見守る中、






 ザンッ!!!






 ついに、闇剣士の本来の腕である左腕が飛んだ。


 ルガードさんが両手の甲剣を十字に挟むように噛み合わせて切断。

 

 すでに、闇剣士の腕はあと1本を残すのみ。




 カンッ!     カンッ!         カンッ!

   カンッ!      カンッ!  カンッ!

 カンッ!     カンッ!

       カンッ!  カンッ!   カンッ!

    カンッ!   カンッ!   カンッ!

 

 


 ルガードさんが『足場』の間を舞う速度をグングン上げ、


 もう俎板の鯉と化した闇剣士へとトドメを刺すべく最終局面へと移ろうとした、その時、






「カカカカカカカカカカカカッ!!!!!」






 突然の哄笑。

 闇剣士が一本だけ残った右腕を振り上げながら、ただ笑い声を放ち、





「なかなかに楽しかったゾ! この俺がここまで追いつめられたのは久しぶりダ! …………だが、お遊びはここまでだナ」





 そう負け惜しみかと思うような言葉を吐いた、その直後、




 ズボッ!!

 ズボッ!!

 ズボッ!!

 ズボッ!!

 ズボッ!!




 闇剣士の機体に再び5本の腕が復活。


 殻を破るように背中と脇腹からそれぞれ剣を携えた腕が生えそろう。


 

 そして、さらに、





「何………あれ?」





 自分の目を疑うかのような現象。



 悠然と立つ闇剣士の機体から突如、何十本もの腕が出現。


 背中から生えたのは蜘蛛のような長い腕が20本以上。


 脇腹からも細い腕が10本以上。

 

 肩からも太い巨腕が2本。


 その様子はまるで千手観音。


 全身から発せられる『威』は、緋王であるベリアルやクロノスには届かなくても、俺が倒した未踏破区域の紅姫達を明らかに上回る。





「ああ、やっぱり、コイツ…………、並みの臙公で収まるレベルじゃない」





 『鉤剣』『流剣』『葉剣』『柳剣』『細剣』『懐剣』『重剣』『旋剣』……

 『鍵剣』『包剣』『槍剣』『槌剣』『厚剣』『殴剣』『刺剣』『突剣』……

 『回剣』『投剣』『射剣』『螺剣』『捻剣』『門剣』『角剣』『打剣』……


 それぞれに異なる仕様の剣を持ち、ありとあらゆる剣が勢ぞろい。


 剣を司る神か仏といったような有様。




「ひょっとして、あれ等が従機の元か?」



 

 呆然と呟く俺の目の前で…………

 



「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 己の心を湧き立てんと、ルガードさんが吼える。


 


 カンッ!   カンッ!      カンッ!

    カンッ!   カンッ!  カンッ!

 カンッ!    カンッ!  

     カンッ!  カンッ!   カンッ!

  カンッ!   カンッ!   カンッ!




 その姿を一変させ、絶望の根源と化した闇剣士相手にも、ルガードさんは一歩も引かぬ姿勢。


 変則包囲移動を加速させ、更なる勢いを以って闇剣士へと打ちかかり、

 


 


「カカカカカカカカッ!!!」





ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!





嘲弄と共に振り下ろされた無数の刃によって、ルガードさんは無残にも切り刻まれた………………………

 






『こぼれ話』


赤の帝国の組織形態は一枚岩では無く、色々な派閥があるとされています。

時には互いに足を引っ張ることもあり、それが人間側がギリギリ戦線を保てている原因だとも言われています。


また、人間側に味方しているレッドオーダーがいるという話もあります。

彼等がなぜ人間側にいるのかその理由は不明ですが、都市の上層部、猟兵団の幹部、白の教会にさえ、彼等がひっそりとその居場所を作り上げているという噂話が存在します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る