第618話 強者


 闇剣士から持ち掛けられた5番勝負。


 第一戦 先鋒 ガイ  (勝利) VS 先鋒 大剣従機 

 第二戦 次鋒 ハザン (勝利) VS 次鋒 双剣従機

 第三戦 次鋒 ハザン (敗北) VS 中堅 盾剣従機  ギブアップ

 第四戦 中堅 アルス (敗北) VS 中堅 盾剣従機  ギブアップ

 第五戦 副将 ルガード(勝利) VS 中堅 盾剣従機

 第六戦 副将 ルガード(勝利) VS 副将 曲剣従機



 以上のような戦績で進み、ややこちらが有利な戦績で大将である闇剣士との勝負となった。


 使用したギブアップ権は2つ。

 残りはたった1つ。

 俺かルガードさんのどちらかしか使えないという状況。

 

 しかし、俺がギブアップするということは、この勝負が全面的にこちら側が敗北したことと同義。

 しかも、ギブアップ権を2つ使用した今となっては、人質となったレオンハルトやアスリン、ガミンさんが、闇剣士の手によって無残にも殺される態を見続けることとなる。


 当然、そんな未来など許せるはずも無く、俺がギブアップすることは在り得ない。


 ルガードさんが危なくなれば、躊躇なく使うことになるだろう。


 その場合は、俺が闇剣士と決着をつけなければならないことになるが。




「もし、どうしようもなくなったら…………、倚天の剣でこの世界を破壊してやるつもりだけど…………」



 

 例えばの話。

 この勝負、どうやっても勝てないとなったら、俺は多分、もう自重なんてしない。


 世界もルールもぶっ壊して、白兎や秘彗達に皆を守らせつつ、七宝袋に入れた全戦力をブッパして対抗しようとするだろう。


 当然、向こうもなりふり構わず襲いかかってくるだろうが、中央の賞金首とて、元緋王にして魔王であるベリアルに勝てるわけがない。


 さらに英雄を超え軍神となったヨシツネ、

 超重量級の大魔神、豪魔、

 天軍の指揮官たる主天使、天琉、

 闇剣士と同じ魔人型の浮楽。


 錚々たる高位機種が一堂に揃うであろう。

 すでに中央の『城』すら攻略できそうな面々だ。

 どのような敵も蹴散らして、俺達を生還させることぐらい朝飯前のはず。



「でも、それをしちゃったら、白ウサギの騎士ヒロは………、いや、違う! 悠久の刃ヒロはもうこの街にはいられなくなる………」



 この人数が見ている前で、そこまでしてしまったらもはや口止めは不可能。

 情報はすぐに広がり、あっという間に俺の真の実力が世間へと知れ渡る。

 おそらくは、すぐに鐘守がやって来て『打ち手』となれと言ってくるに違いない。

 

 断っても喰らいついてくるだろうし、断り続ければいずれ俺のことを念入りに探られて、未来視で起きたことの焼き回しとなるであろう。


 その時は白月さんの助力を得られるかどうかも分からない。

 もう一度、彼女との絆を結べと言われても、果たして今度も上手く行くかどうか………

 

 彼女から預かった『合言葉』がどこまで通用するかも不明。

 当てにするにはリスクが高すぎる。



「ベストはルガードさんが闇剣士を倒してくれることだけど…………」



 その場合は闇剣士の晶石を購入するマテリアルだけの消費で済む。

 

 逆にルガードさんが負けて、俺が闇剣士を倒せば、マテリアルを支払わずに俺のモノになるのであるが。


 しかし、それはそれで大変

 あの闇剣士がルガードさんよりも強いということなのだから。


 最強であるはずの俺だが、誰に対しても無敵と言う訳では無い。

 

 空間攻撃という明確な弱点があるし、搦め手にも弱い。


 あれだけの高位機種であれば、空間攻撃だって使ってくるかもしれないし………


 


 何より気になるのが、『闇剣士』は未だ倒されたことが無いということだ。


 中央の賞金首5機のうち4機がそうなのだが、『闇剣士』の場合、少し事情が違うような気がする。 



 『学者』は分かる。

 自分の『ラボ』に引き籠り、稀に罠を張って人間を引き込むだけ。

 発見することすら困難であろう。


 

 『詩人』も分かる。

 街の中に突然現れて、一般市民相手にゲリラライブをやらかすだけだ。

 街の兵士が駆けつけてくる頃には、自分の世界に逃げ込んでしまう。



 『道化師』も分かる。

 街の外縁や開拓村など、比較的警備の薄い所を狙って虐殺を繰り返す。

 危なくなれば、姿を消して空を飛んで逃げていく。

 もう常人には捕まえようがない。



 しかし、この『闇剣士』は強者を狙って挑むのだ。

 それなりに腕に自信のある狩人や猟兵を。

 なのに、その全てに勝ち抜き、悪名だけを轟かせている。


 自分が勝てる範囲内の強者に狙いを絞っているだけかもしれないが、それでも、こんな勝負を続けていれば、どこかで番狂わせが起きてもおかしくはない。

 

 強者と呼ばれる者は皆、それなりに格上相手の戦闘経験が豊富なはず。

 命懸けの勝負であれば、強い者が必ず勝つという訳では無いのだから。


 これを何百年も続けるなら、絶対にどこかで数回は負けているはず。

 それなのに、闇剣士が倒されたという話は聞いたことが無い。 


 一体、この闇剣士にどんな秘密があるのだろうか?










「カカカカカカッ!! よくここまで辿り着いたナ、強者ヨ。今まで幾人もの人間が…………」


「御託は良い、さっさと始めろ」


「…………………俺に挑ミ、散って来タ。その数は百を超エ、千にも届こうとするほどダ! さテ、お前は先人と同じ道を辿るのカ? それとモ………」


「それ以上、話を続けるつもりなら、試合開始と見做す」


「……………………無粋な奴メ。こういう場合は大人しく人の話を聞くべきだゾ」


「お前は人であるまい。人間に仇成すレッドオーダーだろう」


「フンッ! ああ言えバ、こう言ウ。全くこの頃の人間ハ、年寄りを労わろうと言う気持ちは無いものカ…………」



 世情の世知辛さを嘆く闇剣士。

 

 だが、目の前の相手であるルガードさんは完全無視を貫き、今すぐにでも打ちかからんばかりの戦闘態勢。


 流石の闇剣士もこれ以上、口上を続けるのを止め、6本のうち、腰に刺した2本の長剣を両手で引き抜く。



「さア、無粋でせっかちな男ヨ。試合を始めようカ」


「ああ、そうするとしよう」



 10m程距離を空けて睨み合う両者。



 ルガードさんは両手の甲から生える甲剣を構え、


 闇剣士は1m半はあろうかという長剣を2本、目の前で交差させるように掲げて見せ、




 ボフォオオオオオオオオオッ!!!




 両者の姿が掻き消えたかと思った瞬間、リング中央で小爆発が発生。

 

 1人と1機が超高速でぶつかり合ったことで、爆風にも似た衝撃波がリング全体へと撒き散らされ、




 ギンギンギンギンギンギンギンギンッ!!!




 いきなり激しい剣劇が始まった。


 互いに示し合わせたかのように打ち合わされる刃と刃。

 どちらとも図らずも両手に武器を持っていることから、まるで鏡の前で演武を踊っているかのよう。 


 それは鋼と火花、炸裂音と金属音が舞い踊る、狂おしいまでの情熱的なダンス。


 リングサイドから見ている俺の目には、ビデオを何十倍にも早回ししたような光景が広がる。

 もう一般人からすれば残像しか見えないような凄まじい速度での応酬。


 

 闇剣士は長剣を上から叩きつけるように振るい、


 ルガードさんは甲剣を斜めに立てて受け流し、返す刀で下から切りつければ、


 闇剣士がもう一方の長剣の柄で払いのけ、その勢いを以って刃を突きつけようとして、


 ルガードさんは身体を傾けて回避………、と思ったらそのまま一回転して裏拳染みた一閃で反撃。


 


 ほんの僅かに切り取ってみただけでも、常人では捉えられない神速の空間。


 

 達人同士の足を止めての正面からの殴り合いみたいなモノ。


 一閃一閃が致死に至る刃であり、コンマ零ミリ目測を誤っただけで即座に勝負が決まってしまいそうなギリギリでの打ち合い。


 見た所、ルガードさんと闇剣士の近接戦での実力は互角。


 スピードも反応速度も同程度。


 しかし、上背では闇剣士が上回り、パワーにおいてもそうだろう。


 だが、ルガードさんには改造人間として体に備わったギミックの数々がある。



 ボフンッ!!



 ルガードさんは要所要所で肘や腰、靴裏のスラスターを噴射し、剣撃に速度を与えながら切りつけ、


 

 ビュンッ!!



 どこからか繰り出した鋼線を発射して、闇剣士の行動を阻害。



 ビリビリビリビリビリッ!!



 さらにそこへ電流を流して、敵の制御系へとダメージを与え、


 

 ダダダダダダダッ! 

 


 おまけに隙を見つけては、前腕部に仕掛けられたバルカン砲で砲撃。


 

 闇剣士が気の毒になるくらいにやりたい放題。


 

 一体どれだけの兵器をその身に備えているのか質問したくなる程のルガードさんの手数の多さ。


 しかも、一つ一つが連携技として繋がっており、全く無駄の見られない攻撃の組み立てとして成立している。

 

 おそらく何度も高位機種へと挑み、討伐してきた経験から生み出された戦闘術。


 その上で、超高位で揃えられた機械義肢等のサイボーグ機器、身体増強剤『アンプ』等よって、ルガードさんの身体能力は超人に限りなく近づいている。


 たとえ相手が何百年と討ち取られたことの無い『臙公』であろうと、決して手の届かない存在ではないはず…………










「あれ? ……………おかしい」



 

 試合開始からそろそろ3分が経過。

 両者とも未だ一歩も譲らぬ戦闘を続けていたのだが………


 


「ルガードさんが押されてきてる?」




 ここに来て、闇剣士の攻撃がルガードさんに掠るようになってきた。

 逆にルガードさんの攻撃は余裕をもって躱されるように。



 

「ぐうっ!」


「カカカカカッ!! その程度カ! もっと、もっとお前の実力を見せてみロ!」



 ルガードさんが手傷を受けて、呻き声を漏らす。


 それを闇剣士がテンション高めに嘲弄。




 闇剣士の刃がルガードさんの身体を削っていく。

 鋭い剣閃は無数に分裂するかのように次々と襲いかかってくる。

 

 すでにルガードさんは防戦一方。

 何とか直撃は避けているようだが、それでも、少しずつダメージが積み重なっていくのは避けられない。


 甲剣で防御しようにも、闇剣士が振るう、たった2,3回の斬撃で砕け散る。

 すぐさま新しい甲剣を生やすも、それだけでマテリアルが消費される。

  

 甲剣の数は無限ではないのだ。

 特にマテリアル錬成器で数々の武器を錬成しながら戦うルガードさんにとって、マテリアルの枯渇は戦闘力の激減を意味する。


 このままではいずれジリ貧。

 最初の方は打ち合いできていたはずなのに、闇剣士の刃は容易くルガードさんの武器を破壊していく。



 完全にこちらが不利な状況になったと思わざるを得ない。

 試合開始からどちらかというとこちらが有利なはずであったのに………


 


 これまではルガードさんが手数で翻弄、闇剣士がパワーで押し返すという流れであった。


 しかし、今はルガードさんの技の数々が徐々に通用しなくなってきている。



 スラスターでの急加速、急転回。

 甲剣での切りつけ、さらに発射。

 鋼線と電流による妨害。

 超至近距離での砲撃。


 

 その全てに対応。

 事前に出かかりを潰されているような有様。



「技が読まれてきた? それともアンプの連続使用で体力が落ちてきたのか?」



 しかし、多少試合が続いただけでルガードさんの手の内全てが読まれるなんて考えづらい。

 それに俺が見ている限り、ルガードさんの動きに変化があったようには思えない。


 ただ、単純に、闇剣士のパワーと速度が増したように見えるだけ………




「まさか……………」




 自分の推測を『まさか』と思いつつ、試合の推移を見守っていると、





 ブフォオオオオオオオオッ!!




 

 リング上が突然煙幕に包まれた。

 ちょうどルガードさんと闇剣士がぶつかり合っていた所から濛々と煙が立ち込める。


 どうやらルガードさんが一旦距離を空けるために煙幕弾を使用した模様。




 ダッ!!




「ルガードさん!」



 煙幕から飛び出し、リングサイド近くまで避難してきたルガードさん。

 肩や腕、足などに軽傷を負っているものの、まだまだその動きに陰りは見られない。


 俺が声をかけると、チラリとだけこちらを振り返り、



「ヒロ。すまん………」


「え?」


「しくじったかもしれん。もっと速攻を仕掛けるべきだったか………」



 ルガードさんから飛び出したいきなりの謝罪。



「一体何のこと…………」



 俺が聞き返そうとした時、





 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!





 凄まじい爆音が鳴り響き、リング上に立ち込めていた煙幕が一掃。


 見れば、闇剣士がその長剣を床へと突き立て、そこから発生した衝撃波を以って煙幕を吹き飛ばした様子。




「カカカカカカッ!! 姑息な真似ヲ! だが、勝負は見えタ! お前に逃げ場など無いゾ!」




 哄笑とともに現れる闇剣士。


 右手を床に突き立てた長剣の柄頭に、

 左手で持った長剣の切っ先をこちらへと突きつけながらの通告。



「俺に切り殺されるカ、それとも最後のギブアップを使用するカ………だナ! カカカカカカッ!!」



 威風堂々。

 魔人型の頂点次ぐ実力を持つ高位機種だけあって、その迫力はそこいらの超重量級をも上回る。

 重量級に近い体高だが、それ以上に大きく見えるのは、機体から発する威圧感のせいであろう。

 


「…………一ついいか? 闇剣士」


「んン? 何ダ? 命乞いカ?」



 今まで闇剣士の芝居がかった口上にも完全無視を貫いていたはずのルガードさん。

 なぜか、今になって機嫌良く笑う闇剣士へと質問を飛ばす。



「お前は………、一定条件下で強くなっていくタイプのレッドオーダーか? …………若しくは、初めは力を制限されていて、ある条件の元、少しずつ解放していくタイプか?」


「…………………」


「その異名を鑑みれば、その条件と言うのは楽に推測できる。つまり、『強者と戦うこと』………だな?」


「ホウ? ようやく見抜いたカ」



 ニタリ………………



 フルフェイスの兜を被っているはずの闇剣士。

 当然ながらその顔なんて見えるはずがない。

 しかし、その瞬間、口が横に裂けるかと思う程の深い笑みを浮かべたように思えた。



 ザクッ!



 そして、闇剣士はもう一本の長剣も床に突き立て、



「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!!」



 両腕を天へと仰ぐように伸ばしながら大笑い。




 そして、さらに…………




「うええっ!!!」




 俺の口から悲鳴染みた声が漏れる。



 

 リング上に立ち、両手を天に掲げていた闇剣士から………幾本もの腕が生え出したのだ。

 

 背中から節足生物のような長い腕が2本。

 脇腹横から幾分細めの手が2本。


 長さも太さも違う3対の腕が揃い、



 ズボッ ズボッ



 本来の腕が床へと刺さった2本の長剣を引き抜き、


 背中から生えた長い腕が、背負っていた大剣を携え、


 脇腹横から生えた腕が腿に差してある短剣に手を伸ばして抜剣。


 

 計6本の剣を構えたその姿は、まさに阿修羅。


 つい先日、ストロングタイプ狩りで倒した三面六臂のキシンタイプ、機械種シュラの姿を思い出す。

 

 機械種シュラは重量級、目の前の闇剣士は中量級なのだが………


 大きさは間違いなく闇剣士の方が小さいはずなのに、機械種シュラとは比べ物にならない程の迫力を感じてしまう。



 アレが、中央の賞金首にして、魔人型の臙公。

 何百年も生き抜いた古老の剣豪。

 強者を喰らい、己を高めてきた暗き赤の求道者。




「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!!」




 狂ったように笑い続ける闇剣士。

 

 すでにそこにはあの、少しばかり人の良い部分も見せてきた、どこか憎めない雰囲気であった面影は無い。


 まるで降臨した魔王のような偉容。


 人外へと変貌したその姿は、殺戮と暴力の顕現。


 叩きつけるような邪悪な波動を撒き散らし、新たな形態となって俺達の前に立ち塞がった………


 




『こぼれ話』


ずっと巣の奥で待ち構えている赭娼や紅姫より、外を自由に出歩いている橙伯や臙公の方が討伐難易度は高いと言われています。

赭娼や紅姫は、何度も挑戦して情報を集め、時間をかけて準備することができるからです。


橙伯や臙公の討伐は、まず遭遇するにも運の要素が絡み、稀に発見情報が出たとしても、いつの間にかその場から去っていることも珍しくありません。

当然ながら、偶然での遭遇戦では、敵の武装や仕様に沿った準備をすることができず、討伐するのが難しい原因となっています。


ですが、運良く装備を整えていた所へ橙伯や臙公が現れ、たった1回の遭遇、僅かな時間で討伐できたという事例もあります。

 

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