第615話 盾


「ハザン! 無理をしないで!」


「大丈夫だ、アルス。この通り何の問題も無い」



 リングサイドから心配そうに見上げてくるアルスへ右腕を曲げて力瘤を作ってみせるハザン。



「次鋒戦と何も変わっていないさ。盾は無くなったが、俺自身は無傷だぞ。それにこの通り『万流衣』は新品同様。全く良い発掘品を手に入れた。これなら『おかわり』どころか残りを全部俺が食ってしまうかもしれんぞ」



 着こむ『万流衣』の感触を確かめるように肩辺りを擦りながら、ハザンは冗談めいた軽口を叩いてくる。



「ハザン、次の相手の情報は何も無いんだぞ」


「それは仕方あるまい。元々狩人の仕事とはそう言うモノだろう?」


「それはそうだけど…………」


「見た所、防御に特化した機種だろうな。逆に俺のハンマーなら好相性だ。盾ごとアイツを粉砕してやるさ」



 俺の言葉に自信あり気な返答。

 次の対戦相手である『盾剣従機』へと目線を移しながら言葉を続ける。



「俺はああいったデカブツの方が得意なんだ。反対にアルスは苦手だろうから、なるべく俺で片づけておきたい」


「まあ、そうだろうなあ…………」



 自分の機体をすっぽり隠せるような大楯を持ち、重量級かと思わせるくらいの重装甲の剣士なのだ。

 ハザンの言う通り、防御力に秀でた機種に違いない。


 その目立つ大楯の表面には鉄杭のごとき突起物が複数。

 所謂スパイクシールドと呼ばれるモノ。

 さらに盾の最下部に剣を取り付けており、盾表面で殴りつけることも、盾を振り回し切りつけることもできる。


 おそらくは盾を前面に出しながら突進してくるような戦い方を行う機種なのであろう。

 であれば、パワーでも機械種と正面から競り合えるハザンの方が有利に戦えそうだ。




「次鋒のハザンと中堅のアルスを入れ替えた方が良かったかな?」



 

 先の次鋒戦であれば、逆にアルスが有利に戦えたかもしれない。


 アルスには、短時間であれば相手の攻撃を完全にシャットアウトできる電磁バリア付きのフォートレススーツがあるのだ。

 電磁バリアを展開しながらなら、粒子加速砲の雨を掻い潜ることもできただろうし、どれだけ『双剣剣士』が逃げ回ろうと、アルスの『風蠍』は逃がさなかったに違いない。



 ガミンさんや団長、マダムロータス達と話し合って決まった順番。

 今から考えれば、もう少し俺も意見すべきであっただろうか?


 ただ、闇剣士からも出して来る従機の順番は事前に提示されなかったし、そもそもこの勝負は勝ち抜き戦。

 必ず先鋒対先鋒、次鋒対次鋒となるわけではなく、勝ち進むパターンによって対戦相手が異なるのだから、あまり深く考えてもどうしようもない。


 それに柔能く剛を制すこともあるし、剛能く柔を断つこともある。

 結局、戦ってみないと分からないことが多過ぎる。

 

 終わってからだからといくらでも言えるのだ。

 すでに事前情報が当てにならない今、どうしてもぶっつけ本番にならざるを得ない。

 



「では、アルス、ヒロ。行って来る」


「ハザン、頑張って!」


「俺達に遠慮せず、全部食ってくれていいからな」


「ありがたく頂くとしよう。ヒロ達は寝ててもいいぞ」



 またも冗談を口にしながらリング中央へと戻っていくハザン。




 そして、試合が始まるなり早々、




「うおおおおおおおおおおお!!!」




 ハザンが先手必勝とばかりにハンマーを構えながらの猛ダッシュ。

 轟く咆哮とともに、2m近い巨躯が弾丸のごとく突進。


 対する『盾剣従機』はその巨大な盾を前に出して防御態勢。

 体高はハザンより少し高い程度ではあるが、体積で言えば3倍以上。

 先の2機よりも明らかに重装甲。

 盾の重量と合わせれば生半可な攻撃ではビクともしないはず。



 だが、ブーステッドにより人間の枠を超えた能力を持つ強化人間のパワーは並ではない。


 素手で容易く金属の鎧を打ち砕く。

 その手に武器として使う重量物があるのなら、重量級の装甲すら破壊するのだ。


 しかもハザンが持つハンマーは『破重の鉄槌』。

 重力障壁を無効化する機能を秘めた発掘品の武具。

 そこまで高位の品ではないが、機械種の装甲を砕くのに十分な頑丈さと重さを併せ持つ。



 

 ハザンがリングを駆けながらハンマーを大きく振りかぶる。

 

 俺の2倍以上の太さがある腕をしならせ、全体重を乗せた一撃を加えんと『盾剣従機』へ飛びかかり、


 その巨大な盾へと『破重の戦槌』を叩きつけた瞬間………………







 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

 





  

 突如、起こった大爆発。

 それはちょうどハザンと盾剣従機の衝突で発生。


 轟音が響き、爆風が巻き起こる。

 炎が吹き上がり、煙が立ち込める。

 

 あっという間に黒煙がリング上を覆い、ハザンと盾剣従機の姿を隠す。

 

 リングサイドからはハザンの様子が確認できない。



「「ハザンッ!!」」



 血相を変えたアルスが叫び、俺も身を乗り出してハザンの名を呼ぶ。

 

 だが、今は試合中。

 手助けすることも、駆けつけることもできず、ただ、黒煙が晴れるのを待つだけしかできない。



 


 一体あの爆発は何なんだ?


 ハザンはあんな爆発物等もっていない。

 また、携帯する銃も勝手に暴発などしない。


 では、やはり盾剣従機側の攻撃であろうか?

 先ほどの場面を思い返せば、ハザンのハンマーが盾剣従機の大楯に接触した瞬間、盾表面が反発するかのごとく爆破したように見えた。



 もしかすると、あれは………………

 

 


「爆発反応装甲の盾か……………」




 俺が思いついた想定を述べる前にルガードさんが推測を口にする。


 それは攻撃を受けると同時に表面が爆発して、衝撃を和らげる装甲のこと。

 さらにその爆発力を上げることで、攻撃に対する強烈なカウンターとなりうる攻防一体の仕様。


 


「初見殺しとすればなかなかに厄介だ」


「…………………クソッ!」


 

 想定の甘さに自分自身への罵倒が漏れる。


 唯一、盾剣従機だけは事前情報がなかったのだ。

 だからハザンにはもっと慎重な攻めをアドバイスするべきだったかもしれない。


 しかし、その事前情報もすでに当てにならないモノとなっている。

 ならば、何を元に対策を練れば良いのだろうか…………



 打神鞭の占いであれば、1試合だけなら確実。

 だが、複数に跨れば必ず答えは曖昧なものとなる。


 さらに1日1回の切り札でもあるのだ。

 流石に従機でしかない敵の仕様の確認の為だけに使うわけにはいかなかった。



 でも、ハザンの身にもしものことがあれば……………


 


「あ…………、煙が晴れる…………、ハザンは?」




 アルスは必至になってリング上のハザンを探し、




「あっ! ああ…………………」




 その姿を見つけた途端、アルスの顔は蒼白となり、


 


「ハザンッ!!!」




 喉が裂けんばかりの叫び声が響く。


 無理もあるまい。


 アルスの視線の先にはハザンが………


 3本の鉄杭に貫かれた状態で座り込んでいたのだから。








「…………抜けん」



 ハザンは座り込んだまま、己の肩に突き刺さった60cm強の鉄杭を引き抜こうとしている。

 だが、どうやら鉄杭全体にギザギザの返しが付いているようで四苦八苦。

 無理に引き抜けば骨や腱を引き千切ってしまう可能性があるからだ。

 

 さらにその腹と、腿にも1本ずつ完全に裏まで貫通した状態で突き刺さっている。

 いかに強化人間と言えど、骨や腱を損傷すればすぐに再生とはいかず、おまけに貫かれた状態では再生しようがない。


 また、内臓などの重要部位も同様。

 下手に臓器を失えば再生する前に死んでしまうことだってある。


 

 すでにハザンが腰かけた床は血塗れ。

 流れ出た血液が水たまりのように貯まっている。


 万流衣自体はすぐに修復しているが、傷から流れ出る血は止めようが無い。

 また、鉄杭に貫かれている部分はそのまま。

 

 流石の万流衣も至近で爆発とともに大盾から発射されたらしき鉄杭の貫通力は止められなかった模様。


 鉄杭による『点』の攻撃は、マテリアル攻撃による『面』や、刃による『線』よりも貫通力が勝る。

 爆発による衝撃や爆炎の熱は防げても、形状は布でしかない『万流衣』では、鉄杭の刺突を止められなかったのだ。

 


「ヒロ! 早く!」


「ああ………、ハザンッ! ギブアップするぞ、いいな!」



 アルスの促しを受け、すぐさまリングサイドからハザンへと呼びかける。


 するとハザンは、一瞬こちらを向いた後、すぐに敵の方向へと振り返り、



「……………………盾を半分壊せた程度か。大口を叩いてしまった割に情けない戦果だが……………、これが俺の限界だな」



 自嘲気味なセリフがハザンの口から漏れる。

 


 ハザンが振り返った先にいるのは、盾を半壊させた盾剣従機。


 どうやらハザンの一撃と爆発の反作用で後に吹き飛んでいた様子。


 爆発地点から少し離れた位置でゆっくりと立ち上がりつつある。

 その赤く輝く瞳は、ハザンを警戒しながら、その被害を確認しているような素振り。


 

 ハザンは明らかに重傷だが、対戦相手の盾剣従機の損害は軽微。

 とても試合を継続できるような状況では無い。



「俺の負けだ。ルガードさん、ヒロ、アルス。そして、ガミンさん、レオンハルト、アスリン…………すまない」



 素直に負けを認めたハザン。

 ここで3つのギブアップ権の1つが消費され、俺達が敗北した際にはガミンさんが惨たらしく殺されることが確定した。








「ハザンッ! しっかり!」


「ああ………」



 ハザンの敗北宣言を受けて試合は終了。


 俺とアルスはすぐにリング上へと駆けつけ、ハザンの容態を確認。

 

 人外の耐久力と再生能力を持つ強化人間だから、すぐさま死ぬようなことは無いだろうが、それでもこのまま放っておけば失血死もありうる。



「これは…………、この杭を抜かんとどうしようもないな」



 素人目ではあるが、それぐらいは俺にも分かる。


 肩の骨の隙間を通っている1本。

 胃か腸を貫いている1本。

 大腿骨を貫通しているらしい1本。


 普通ならこのまま緊急手術台に一直線案件だ。

 しかし、強化人間であるハザンなら、この杭さえ抜くことができれば、ある程度は再生してくれるはず。



「………………正直、自分で抜くのはかなりしんどいな。何しろ痛みが酷い。ちょっと動かすだけで恥も外聞も無く泣き叫びそうになる。できればヒロが一気に抜いてくれると助かるんだが」


「おいやめろ。俺にそんな繊細な作業、できるわけないだろ!」



 珍しいハザンの泣き事であるが、俺に振るのは明らかに不適当。

 

 応急手当程度ならともかく、医療行為なんて無理。

 力任せに変な所を壊してしまって、万が一ハザンにトドメを刺してしまったら大変だ。



「ヒロ。とにかくみんなの所に戻ろうよ。僕達だけじゃ無理だ」


「そうだな。先行隊の中にも救護班がいるはずだし………」



 とりあえずハザンを運ぼうとする俺とアルスではあるが、




「ぐおおっ!」


「ああ、ゴメン!」



 2人で抱え上げようとしたら、ハザンが痛みのあまり呻き声を発した。



 患者は身長190cm以上、体重は100kg近い巨漢。

 俺とアルスの2人でも、患者に負担が無いように運ぼうとするのは一苦労。


 パワー的には俺1人でも十分なのだが、何しろ重症患者なのだ。

 この体格の男性を揺らさないように運ぶのは大変難しい。

 しかも突き刺さった杭3本がとっても邪魔。



「突き出した杭が当たるのか………、どうしたもんかね?」


「こう………、僕達2人で両手で持ち上げて運ぶのは?」



 両手を挙げて万歳の恰好をしてみるアルス。

 美少年のアルスがするには少々シュールなポーズ。



「いや、丸太を運ぶんじゃないんだからな。上手くバランスを取らないと落としてしまうぞ」


「担架があればなあ…………」



 白兎がいれば、もう一度打神鞭と混天綾で即席の担架を作ってくれたかもしれないが…………



「おイ、お前等、邪魔だからさっさとソイツを早くどかせロ」


「ムッ!」



 俺とアルスが悩む中、邪険な言葉をかけてくる闇剣士。

 こちらを馬鹿にするような口調で揶揄って来る。



「何ならこっちで処分してやろうカ? カカカカカッ!」


「うるせえ! すぐに運ぶ!」


 

 闇剣士へ怒鳴り返す俺。



 だが、そうは言ったものの、そんなにすぐに解決策は思いつかない。


 秘彗や毘燭がリングに近づいても良いなら重力制御で運んでもらうのだが。



 再度、考え込む俺とアルス。

 そこへなぜか口調を変えた闇剣士がまたも話しかけてきた。 



「……………………その突き出した部分を切ってしまえばどうダ? そうすれば邪魔にはなるまイ」


「え? …………ああっ!」



 それは思いつかなかった。

 なぜか闇剣士から出てきた助言に思わず納得。



「じゃあ、コイツで…………」



 七宝袋から『火竜鏢』を取り出し、ハザンの身体から突き出した棘部分の一方を切断。


 火竜鏢の元となったのは、チームトルネラのザイードから貰った『ヒートエッジ』。

 これは元々こういう時の為に使う工具なのだ。


 本来の『ヒートエッジ』なら、高位機種の部品を切断しようとすればそれなりに時間がかかったかもしれない。

 だが、仙界のパワーが込められた宝貝の熱量を以ってすればあっという間。



「これで良し!」


「不思議だな。ここまで鮮やかに切れるなら、相当な熱量を放つヒートエッジであるはず。こんな至近だ、少々の火傷は免れないと思っていたが………」



 俺の持つ火竜鏢を見て、不思議そうな顔のハザン。



 俺が手に持っている限り、火竜鏢の熱量範囲の制御は完璧なのだ。

 だが、当然、そんな説明ができるはずも無く、



「世の中、不思議なことはままあるもんだぞ」


「………………」



 ハザンの疑問を適当にはぐらかす。


 工具とか詳しくないから、説明すればするほどドツボに嵌まる。

 しかもハザンは機械種と車両の整備知識を持つ青指・黄指なのだ。

 玄人相手に素人が余計なことを言わない方が良いに決まっている。

 



「これで全部だな」



 残り2本も同様の処理。

 裏に突き出た部分をカット。


 どちらもペンチで抓めるだけのある程度の長さを残す。

 少々中途半端な処置かもしれないが、今の俺にはこれが精一杯。

 しかし、これで運ぶのはかなり容易になった。



「助言、助かったよ。闇剣士」


「…………フンッ! いつまでも敗残者におられては困るからナ」



 俺にお礼を言われてバツが悪そうにソッポを向く闇剣士。


 そして、向こうを向いたまま、さらに言葉を続けてくる。



「あと、その不愛想な男にも手伝って貰エ…………、試合でも無いのニ、お前達に危害を加えようとは思わんヨ」


「へ? ………………あ、ルガードさん」



 闇剣士の言葉に振り返ってみれば、いつの間にかルガードさんが俺達の近くに来ていた。


 じっとその鷹のような目を、闇剣士とその従機に向けて。

 

 まるで戦闘中でもあるかのような緊迫した態度。

 いつでも戦闘に移ることのできる臨戦状態。



「ひょっとして………」


「……………気を抜くな。世界のルールでは試合外では危害を加えられないとなっているようだが、所詮、レッドオーダーの言うことだぞ。躊躇いも無く前言を翻すのがコイツ等だ」


 

 感情の籠らない低い声でルガードさんが語る。


 どうやらハザンの移送の隙を突かれないよう警戒してくれていた様子。


 まあ、確かに俺も気を抜き過ぎていたのは間違いない。



 ルガードさんのこの警戒ぶりは、かつて赤の死線で色付き相手に色々あったせいなのかもしれない。

 ベリアルみたいな奴が相手なら、息を吐く様に嘘をついてくるだろうし、人間以上に頭の良い奴等が多いから、騙そうとしてくる敵も多いのだろう。



 でも、何となくなのだが、闇剣士はそういう奴等とは違うような気がする。

 決して人間に甘いわけではないが、一度口にした約束事は反故にはしないだろうと。


 ブルーオーダーのクセにマスターに対してすら約束を簡単に破ってくる、どこかの魔王に見習わせたいものだ。


 








「よっと………」


「ふう…………」



 抱えていたハザンを慎重に床へと降ろすと、すぐさま先行隊の救護班がハザンの容態を確認。


 また、俺のメンバーからは毘燭が参加。

 投入したばかりの『医学』と『生理学』のスキルが早速役に立った模様。


 あくまで現場での応急手当が中心の救護班とは違い、毘燭の『医学』『生理学』スキルは上級。

 医療関係の技能では一流病院の医者クラスの腕前を持つ。



「ふむ? これは切開手術が必要ですな。拙僧が施術を行いましょうぞ」


 

 救護班の人員達を押し退け、毘燭がメインとなって診察。



「申し訳ありませんが、清潔な布を水を用意してもらえますかな」


 

 テキパキと周りの人間達に指示を出しながら手術の段取りを行ってくれている。


 後は毘燭に任せておけば大丈夫であろう。



「これで一安心だね」

「ああ、そうだな」



 結局、俺とアルスでハザンを運んだ。

 前のめりになった俺の背にハザンの上半身を乗せ、アルスが下半身を抱えて、ルガードさんが要所要所でバランス調整。


 運んでいる間もルガードさんは警戒を怠らず、闇剣士達へと注意を払ってくれていた。

 


「ありがとうございます、ルガードさん」


「別に大したことはしていない…………、それよりも………」



 俺の感謝の言葉を軽く流し、アルスの方へと向き直るルガードさん。



「次はお前の番だが……………、行けるのか?」


「はい、もちろん……………、ハザンの仇を取ってやりますよ」



 ルガードさんからの問いに、静かな口調で応えるアルス。


 その様子はいつもと変わらないように見えるが、内心はどうだろうか?


 人当たりが良く温和な性格に思われているが、こと身内に関してはかなり感情的になるタイプのような気がする。


 ずっと相棒として苦楽を共にしてきたハザンがあのような姿になったのだ。

 内に秘める感情が穏やかであるはずがない。




 フルフル


「んん? ハッシュ………」



 白志癒がピョンピョンと近づいて来て、アルスの足元で耳を振るう。



「ガイは? 治療は終わったの?」


 パタパタ

『一通り完了。でも、本調子には程遠いけど』


「そっか………、あれだけ手酷くやられたんだからしょうがないね。彼にはゆっくり休んでおいてもらおうか」


 フリフリ

『でも、安静にしてって言ってるのに、すぐに動こうとするんだ。困った患者さんだよ』


「それは…………、ガイらしいね。で、彼は今どうしてる?」


 フルフル

『あんまり煩いから眠らせた…………、物理的に』


「…………お手柔らかにね」



 白志癒の意外にも厳しいガイへの対応に、少し困ったような顔で苦笑するアルス。

 

 そんな主従のやり取りを見るに、普段とあまり変わらないような気がするんだけど…………





 ピコピコ

『…………それよりも、マスター。次の試合は大丈夫?』



 白志癒はやや遠慮がちに本題を切り出す。

 

 わざわざこうして近くに寄ってきたのも、おそらくこれを確認したかったのであろう。


 自分のマスターの生死がかかっているのだ。

 それを気にしない従属機械種はいない。


 また、アルスの従属機械種であるセイン、パラセレネ、ストラグルも、いつの間にか近くに来て心配そうな視線を飛ばして来る。



「大丈夫だよ。僕には『コレ』があるからね」



 皆に心配をかけないよう、努めて明るく振る舞うアルス。

 自身の最大の武器である『風蠍』を見せつけながら朗らかに笑う。



「アルス様! ご健闘を期待しておりますぞ!」


「ああ、君の期待に応えられるような活躍をしてみせるさ」



 ただ一人雰囲気の変わらないトライアンフがアルスを激励。


 アルスは軽く手を振って応え、



「さて、そろそろ行かなくちゃね。じゃあ、皆、応援よろしく!」



 皆に別れを告げ、アルスはリングへと振り返る。


 次の瞬間、その顔に浮かんでいた春の日差しのような柔らかい笑顔は消え失せ、



「………………」



 現れたのはこれから死闘へと向かう戦士の顔…………、いや、復讐者の顔と言うべきか。


 

 此方を待ち受けているような姿勢を保ち続ける盾剣従機へと目線を移し、




「アイツは…………、必ず僕が倒す」




 不退転の決意が籠った言葉を口にした。






『こぼれ話』


この世界の怪我の治療と言えば、自然治癒力が向上する『回復剤』を飲ませて安静にさせるが一番です。

あとは、弾丸の摘出や傷口を縫う為の外科手術。


これが中央へ行くと、飲むことでほとんどの傷を再生できる『再生剤』と、ソレを何十倍も希釈させたジェルを塗り込むという治療方法が出てきます。


ジェルは『再生ジェル』という名前で市場に出回っており、再生剤程ではないですが、かなりお高めの治療薬となっています。含まれる再生剤の量によって多少は上下するのですが。


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