第616話 切り札2


 闇剣士が持ち掛けてきた5番勝負。


 先鋒戦はガイが辛勝。

 次鋒戦はハザンが勝ち抜き、そのまま中堅戦へ。


 相手は闇剣士の従機4機のうち、唯一情報が無かった『盾剣従機』。

 

 ハザンは愛用のハンマーにて打ちかかるが、『盾剣従機』が構えた大楯の爆発反応装甲によって、3本の鉄杭に貫かれて戦闘不能。


 今回の5番勝負で使用できる3つのギブアップ権の内、1つを消費してギブアップ。



 重傷を負ったハザンを先行隊の救護班と医学スキルを持つ毘燭に預け、次の試合へと向かうのは中堅のアルス。


 普段の温和な表情を捨て去り、自身の相棒の仇を取らんと意気込む彼を、リングサイドで見守るしかない俺とルガードさん。


 リング上で対峙するアルスと盾剣従機の体格差は明らか。

 どう贔屓目に見ても、まともな方法で真正面からやり合えるわけがない。

 ボクシングでのヘビー級とライトフライ級どころではないウエイト差。

 これが集団戦ならともかく、一騎打ちでは致命的であろう。



 

 だが、アルスの顔に怯えは見られない。

 

 知り合いの藍染屋から譲ってもらったらしい上物のフォートレススーツを身に纏い、右手を軽く発掘品の鞭『風蠍』の柄に置きながら、試合開始宣言を待っている。


 対戦相手である盾剣従機もアルスと同様、身動き一つせずに試合開始を待つ。

 半壊した大楯はそのままではあるが、それでも機体の重厚な装甲は健在。

 また、盾の方も表面のスパイクは無くなってしまったが、盾として使うだけなら十分。

 

 然して戦力が落ちたようには思えない。

 だとしたら相手はストロングタイプと同等、若しくはそれを上回るかもしれない強敵。

 

 

 果たして、この勝負、どのような行方になるのだろうか………




「どう見ます? ルガードさん」


「……………フォートレススーツの電磁バリアがあるうちは問題あるまい。だが、それが切れる前にアイツに決定的なダメージを与えられるか……………だな」


「やっぱりそうですよね。あの『風蠍』は捕獲用だからなあ………」



 アルスのポジションは遊撃だ。

 集団戦なら中距離から鞭と銃を使って敵の行動を制限するのが役割。

 単独なら『風蠍』で相手を拘束し、『出刃包丁』と呼ぶ短剣でトドメを刺すのが必勝パターン。


 だがその戦法が、あそこまでの重装甲にどれだけ通用するか分からない。

 『盾剣従機』は見た所、機動戦を仕掛けてくるタイプにも見えず、あの巨大な盾を扱う所から、かなりのパワーを持つ機種に違いない。

 多少手足を鞭で縛ったとしても、どこまで行動を縛れるのか不明。


 敵を拘束せずして、接近するのは無謀。

 万が一『盾剣従機』の手に掴まれてしまえば最悪。

 

 電磁バリアは瞬間的なダメージには強いが、継続的なダメージには弱いのだ。

 『盾剣従機』に捕まってしまえば勝機は無くなってしまう

 

 また、遠距離戦に持ち込もうとも、アルスの銃はスモールの下級。

 たとえ徹甲弾を使ったとしても、分厚い装甲を貫くことはできない。



 せめて、アルスのフォートレススーツが『軽装』ではなく、『中装』か『重装』であれば、取り得る戦法が幾つかあったのだろうが…………

 


 






「カカカカカッ! 良いカ、奇特な小僧! 死ぬ覚悟はできたかナ?」


「いつでもどうぞ」



 リング上で試合開始前の一幕として、闇剣士がアルスを煽る。

 

 しかし、アルスはぶっきらぼうに返すだけ。


 やはりハザンが手酷くやられたこともあり、いつもの愛想がどこかに行ってしまった様子。



 その期待外れも甚だしいアルスの渇いた反応に、闇剣士は不服そうに鼻を鳴らす。 



「……………フンッ! つまらんナ。もう少し良い反応を返したらどうダ?」


「良い反応?」


「カカカカカッ! そうだそうダ! 折角仲間が無様に負けたのだから、『よくも仲間をやってくれたな!』とか、『絶対に許さねえぞ!』とか、激しい感情が見せてみロ。そうした人間の生の感情こそが試合を彩る要素となるのだ!」



 絶好調とばかりに、闇剣士はノリノリで自説を語る。


 どうやら闇剣士は悪役ムーブと戦いを熱くする演出がお好みらしい。

 

 

「だからお前モ、試合を盛り上げる為ニ、もっと感情を剥き出しにしロ! カカカカカカッ!!!」 


「…………………試合を盛り上げたいなら、トライアを連れてこようか? きっと盛り上がる音楽を奏でてくれるよ」


「おイ、馬鹿、それだけは止めロ………、いや、止めてくレ!」



 アルスの思わぬ反撃に、いきなり口調を変えて懇願する闇剣士。


 

 さらに、後方から『ガタッ!』という音と、その後に『ビシッ!』という音が聞こえ、



 ピコッ!

『大人しく座ってろ!』


「アウチッ! ………でもハッシュ先生、アルス様がワタクシの名を呼びましたよ! これはワタクシの出番では?」


 フルフルッ!

『どうせ、世界のルールでリングには近づけないだろ!』


「いえ、ワタクシの『創界制御』なら少しルールを誤魔化すくらい簡単………、まあ、その後に何が起こるか分かりませんけどね。アハハハハ………、アウチッ!!」


 パタパタ

『余計なことをすんな!』




 う~ん……………、

 聞かなかったことにしよう。

 









「さテ、試合開始ダ!」



 色々あったが、ようやく始まる中堅戦。


 闇剣士の宣言により、両者とも弾けたように武器を構える。



 盾剣従機は半壊した盾を振りかざし、


 アルスは『風蠍』の柄を引き抜き、ビュンと一振り。

 銀条が蛇のようにグンッと伸びて長さ6m強の銀鞭となる。

 


 そして、さらに……………



「行くよ、『風蜂』!」



 アルスが『風蠍』を『風蜂』と呼んだ瞬間、



 鞭を構成する銀条が無数の粒に分解…………


 

 50………、100

 いや、もっと多い。

 300以上数の銀の粒へと………


 ………違う!

 あれは粒じゃなくて…………



「敵を刺し殺せ、『風蜂』!」



 ブンッ!!



 アルスは手に持った柄だけとなった『風蠍』を振るう。



 すると、何百の数に分裂した、僅か1cm未満の銀色の蜂の群れが反応。


 

 ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!!!!



 銀色の靄のような塊となって、一斉に盾剣従機へと襲いかかった。





 あっという間に機体のあちこちを銀蜂に集られる盾剣従機。


 大楯を振り回し、撃退しようとするも、相手が小さすぎでほとんど効果を現さない。


 1機1機が超軽量級、インセクトタイプ以下の小ささなのだ。


 しかもその外装のほとんどは可変金属製、ある程度の柔軟性を持つ仕様。

 

 いくら盾を振り回そうと、払いのけることは出来ても、叩き潰すのは難しい。


 


 ブンッ!

 ブンッ!

 ブンッ!



 柄だけとなった『風蠍』を指揮棒のように振るうアルス。


 その度に『風蜂』が向きを換え、縦横無尽の動きを見せて盾剣従機を翻弄。


 

 一匹一匹の『風蜂』の攻撃力は大したことは無い。

 精々、装甲の表面を傷つける程度。


 だが、3百の銀蜂が1ミリずつ傷つけていけば、それだけで300ミリ。

 瞬く間に装甲が剥がれ落ち、内部を晒すこととなる。

 それを繰り返せば、強風に削られていく古びた城壁のように朽ちていくだけ。


 まさに回避不能・防御困難な攻撃。

 敵が障壁を使えなければ、一目散に逃げるしかないハメ技に近い。



 まさか、アルスがこんな切り札を持っていたなんて…………




 盾剣剣士は防戦一方。

 四方八方から『風蜂』に襲いかかられ、為す術も無く装甲を削られていく。


 攻性マテリアル術を即発できる遠距離型ならともかく、近接型では何百もの蜂に対抗できない。

 純粋な近接型が攻性マテリアル術を発動しようとすると、どうしてもタメが必要となる場合が多いからだ。


 盾剣従機はどう見ても純近接型。

 アルスの『風蜂』は近接型殺しとも言える必殺技であろう………



「これならアルスの勝利も時間の問題か…………」


「いや、そう簡単ではないぞ」



 俺の独り言にルガードさんが物言い。



「見ろ、アルスの様子を。あれは相当に負担がかかっている」


「え?」



 ルガードさんに言われるまま、アルスへと視線を向けると、



「はあ、はあ、はあ…………」



 激しく呼吸を繰り返しながら、激痛に耐えているかのように顔を歪ませているアルスの姿。


 目は充血し、反対に顔色は真っ白。

 さらによく見れば、鼻血が出ており、ポタポタと床に血が流れ落ちている。


 今にもぶっ倒れそうな疲労困憊状態だ。


 それでもアルスはその手を緩めることなく、鞭の柄を振るい続ける。



 ブンッ!

 ブンッ!

 ブンッ!



 アルスが鞭の柄を振るごとに『風蜂』の勢いが増して、盾剣従機を苦しめる。


 しかし、その度にアルスは歯を食いしばり、何かの苦痛に耐えようとする。


 まるで己のナニカを削り、その対価を以って『風蜂』を使役しているかのよう。




「そう言えば、アルスの奴、『七頭風蛇』を使った時、頭が沸騰しそうになると言っていたな…………」



 かつてアルス達と組んで赭娼の巣に潜った時、『風蠍』のもう一形態、『七頭風蛇』を目にしたことがあった。


 銀条が七本に別れ、それぞれが独立して動く七つの蛇を模した拘束技。

 赭娼に扮した白兎が見事に捕まり、その動きを制限された。

 

 しかし、なかなかに難易度の高い技のようで、1本1本、自力で制御しなくてはならず、脳内処理が大変らしい。


 だが、今回の『風蜂』の数は少なく見ても300以上。

 単純に300÷7の約42.8倍の負担というわけではないだろうが、それでも、『七頭風蛇』以上に制御が難しいに違いない。

 


「盾剣従機を倒せるまで身体が持つのか?」



 俺の口から漏れる疑問。


 文字通りアルスが身を削って攻撃を続けているが、重装甲である盾剣従機は未だ健在。

 機体に群がる『風蜂』への抵抗を続けている。


 これが装甲の薄い双剣従機であれば、もっと容易く葬れたであろう。

 だが、あの分厚い装甲を削り切るにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ…………」


 


 アルスの顔から滝のような汗が流れ落ちる。


 俺の心配を他所に、アルスは延々と『銀蜂』で攻撃を続けているのだ。


 少しでも手を抜けば、盾剣従機は『銀蜂』の群れを無視してアルスへと突進してくるであろう。


 アルスの精密な操作は、盾剣従機の知覚を惑わし、積極的な行動を取れないよう敵を翻弄させるモノ。

 


 おそらく『銀蜂』の群れは、


 頭部のセンサーを攻撃して方向感覚を狂わせる部隊

 脚部の駆動系を削って移動力を喪失させようとする部隊

 右腕の関節部に針を突き立て、攻撃力を下げようとする部隊

 本命である首筋の晶脳と心臓部のコアを繋ぐケーブルを断とうとする部隊。

 そして、上記4つの部隊を悟られぬよう、不規則に動いて幻惑する部隊


 この5つのカテゴリーに分けて『銀蜂』を操作していると思われる。


 

 これら全てをアルス1人で制御しているなら、全く大した才能と言うしかない。

 所謂並行思考の天才なのだろう。


 

 ちなみにこれらの推測は全てルガードさんから聞いた話。







「ああ、これは無理かも…………」


「そうだな」



 やがて漏れ出した俺の諦めの言葉。

 それにルガードさんが短く同意。

 


 もう試合が始まってから3分が経過。

 しかし未だ盾剣従機は倒れず。

 反対に、俺達の目に移るアルスの姿はもう限界。


 顔色は真っ白を通り越して青ざめ、額には血管がはっきりと浮き上がり、

 真っ赤に充血した目からは血の混じった涙が、

 鼻血に続いて、口の端からも血が滴り始め、ブクブクと泡を立てている様子が見て取れる。


 どう見ても末期症状。

 すぐに止めないと、後遺症が残るレベルではなかろうか。


 

 だが、アルスは止まらない。

 執拗に盾剣従機を『銀蜂』にて攻め立てる。


 ハザンの仇を取る為に。

 皆の期待に応える為に。

 ひたすら己の身体を削り、鞭の柄を振るい続ける。




「もういい! アルス! ギブアップしろ!」




 見ているのが辛くなって、思わず叫ぶ。


 流石にこれ以上はアルスの命に危険が及ぶ。


 そう判断して促した降参だったが……………




「いやだ! 僕はまだやれる!」




 返ってきたのは予想もしない拒否反応。

 

 今までのアルスを知る俺からすれば、とても信じられない言葉。




「あともう少し! あともう少しでハザンの仇が取れるんだ! だから、それまで………」


「コラッ! そんな死にかけで何を言ってやがる! さっさと降参しろ」


「僕はまだ大丈夫…………、だから………、ぐ、ぐ……、おええ……」



 俺に言葉を返している最中に嗚咽したかと思えば、突然、前屈みになり嘔吐。


 美少年にあるまじきシーンではあるが、とてもそんなことを言っていられない状況であるに違いない。



 鞭の柄を振るう動作が遅れたせいで『銀蜂』の猛攻が緩み、


 好機と見た盾剣従機が『銀蜂』の包囲網を抜け出そうとした瞬間、

  



「グオオッ!」




 アルスが獣のように一吼え。

 すぐさま身体を起こして鞭の柄を振るい、『銀蜂』を再び嗾ける。


 またも、『銀蜂』の群れに集られ、右往左往する盾剣従機。

 しかし、ダメージは受けているものの、活動停止に追い込まれるほどではない。

 やはり、重量級に近しい重装甲を持つ機種だけあって、耐久力も重量級並み。

 

 だが、アルスの方は限界を通り越して、今すぐにでも倒れそうな状態。



「あと、もう少し、あと、もう少し、あと、もう少し………」



 アルスはそんなことすら目に入らない様子。

 目が虚ろになりながらも、アルスは攻撃の手を緩めない。

 『あともう少し』を繰り返し呟きつつ、ロボットのように精密な動作で鞭の柄を振るう。



「アルス、もうやめろ! 後のことは俺とルガードさんに任せて……」


「嫌だ………………、嫌だ嫌だ嫌だああああ!! 僕はコイツを………」


「お前までガイみたいなこと言うな!」


「でも、ガイは倒した! ハザンも…………、だから僕も………」


「アルス………………」


「ここで負けたら、僕は僕じゃなくなってしまう………、ハザンがあそこまでやられたのに………、僕が何もできないなんて相棒失格。それだけは嫌………」




 涙と血で顔がグシャグシャになったアルスが宣う。

 普段のアルスとは思えない幼い子供のような駄々っ子ぶり。


 極度の疲労と激痛の中、且つ、『風蜂』への精密な制御に集中するあまり、その他の思考が単純化してしまっているせいだろう。

 

 だが、多分、それはアルスの本音のはず。

 

 心からの叫びに返す言葉を失ってしまう俺。




 ああ、アルスの気持ちは痛いほど分かる。


 この勝負は自分の相棒と言うべきハザンの敵討ちでもある。

 さらにガイやハザンの活躍が重なり、アルスは追い詰められているような状況なのであろう。


 絶対負けられない闘いなのに、勝ちきることができないでいる………


 いわば、自分の非力さを嘆いているのだ。

 この状況で自分だけ1機も倒せないというのは相当辛いに違いない。


 でも、元々、ガイやハザンは前衛。

 中衛のポジションであるアルスにとって、一騎打ちそのものが不利な戦場なのだ。

 

 ここでお前だけが負けても、誰も文句を言う奴なんていない。


 ハザンだって、笑って『気にするな』と言ってくれるはず。


 だが、そんなことは関係ないのだろう。


 責任感が強いアルスだから。


 内に秘めた思いは誰よりも強い。


 受けた以上は全力を尽くす。


 文字通り命を賭けて。


 

 


 しかし、だからといって、お前をこのまま死なせたくはない。


 けれども、今、この場でアルスを説得する力は俺には無い。


 友人で戦友ではあれど、知り合ってまだ半年未満。


 そんな短い期間の付き合いで、アルスの決意を曲げられるような言葉を持っていないのだ。

 

 もし、そんなことができる者がいるとすれば、それは……………


 



「あと、もう少し! もう少しでえええ!!!」




 血の涙を流しながらアルスが吼え、その手の中の鞭の柄を振るい、


 


「倒れろ! 倒れろ! 倒れろ! 倒れろ! 死ね! 死ね! 死ね!」




 憎しみを叩きつけるかのように、叫び、喚き、呪詛を吐く。




「カカカカカカッ! 良い叫び声ダ! こうでなくてはナ!」



 リングサイドで楽し気に笑う闇剣士。

 彼にとっては非常に盛り上がる展開と言っても良い。


 しかも、そろそろクライマックス。

 

 アルスが盾剣従機を削り殺すことができるか?

 それとも力尽きる方が先か?


 ひょっとしたら闇剣士はどちらでも良いと思っているかもしれない。


 人間が苦しむ姿を至上とするレッドオーダー。

 

 アルスがこのまま勝てたとしても、もう二度と立ち上がることができない状態になるかもしれないのだ。

 

 闇剣士にとって、それはそれで喜ばしいことと思うはず。



「カカカカカッ! そうダ! もっと敵を憎ミ、己の力を振り絞レ! カカカカカッ!! さすれば勝利は其方の手ニ落ちるかもしれんゾ!」


「アルス! もう、もうこれ以上は無理だ。あの盾剣は倒せない…………」


「後はこちらに任せておけ!」



 闇剣士が挑発、俺とルガードさんから制止の言葉が飛ぶ。



「あと、あと……もう少しで………」



 しかし、もうアルスの耳にはどちらも届いていないのかもしれない。


 譫言のように呟くだけ。

 すでに手の動きも緩慢になりつつある中で………

 



「ガアアアアアアアアアアアアア!! 僕は!! お前を! 倒す!!!!」




 最後の力を振り絞るように、大声を上げて叫ぶアルス。


 鞭の柄を大きく振り上げ、それを振り降ろそうとした瞬間、














 フルフルッ!!!

『8時だヨ! 全○集合!!!』



 チャン、チャン、チャチャン、チャンチャンチャンチャーン、

 チャン、チャン、チャチャン、チャンチャンチャンチャーン、

 チャン、チャン、チャチャン、チャンチャンチャンチャーン、

 チャー、チャー、チャチャチャーーーーーーーーーーチャ!!




 なぜか、大音量で流れた懐かしの曲。

 もう何十年も前にテレビで放映されていたバラエティ番組のOPテーマ。




「………………………………」




 突然、差し込まれたあまりにも場違いな陽気でポップなBGMに、


 一同、何が起こったか分からず、沈黙がその場を覆い尽くした。


 

 生死を賭けた勝負。

 命を削って戦う少年。

 その様を嘲笑う悪役。



 それら全てがひっくり返されたかのよう。




 ああ、音楽と言うのは何と偉大なモノなのか。


 たったワンセクションにも及ばない曲がここまで皆を引きつけたのだ。


 あれほど激しく争っていた両者、

 人類の敵対種たる『臙公』まで、

 その魅力には逆らえなかった。



 アルスも、

 盾剣従機も、

 俺も、ルガードさんも、

 闇剣士さえも、


 ピタリと動きを止め、ただ呆然と、音楽が流れてきた方向へと視線を向ける。



 もちろん、その先にいるのは、『歌い狂う詩人』こと、トライアンフ。

 いつも騒ぎしか起こさないトラブルメーカー。


 ただし、今回は白志癒も一枚噛んでいるようで…………




 パタパタ

『マスター、出番は終わりだよ』


「そうですね。アルス様はもう十分に戦われました。あとはこちらでゆっくりと休んでいただきたい」



 白いウサギと、羽根帽子を被った吟遊詩人姿。


 ともにアルスの従属機械種であり、音楽という絆で結ばれた師弟コンビ。


 両者揃って、アルスへと降参を勧めてくる。



「な、なんで……………」



 アルスの顔が絶望に染まる。

 ひょっとしたら自分の従属機械種に裏切られたと思ったのかもしれない。


 だが、その誤解と解く為、アルスに最も近しい機械種が白志癒とトライアンフの前に立つ。



「坊っちゃん」


「……………セイン」



 それはアルスにずっと付き従ってきた執事系機械種バトラーのセイン。

 アルスの教育係をしていたという彼は、そのまま教師のような口ぶりで諭す。



「いい加減になさいませ。坊っちゃんの夢は何でしたかな?」


「……………テルモシアの街の領主になること。そして、アイツに復讐すること」


「そうです。全てはその為に坊っちゃんが苦労を重ねてまいりました。ここで、力尽きてしまえば、その夢も敵わなくなりますぞ」


「それは嫌…………でも、ハザンの仇が取れないのも嫌………」


「ハザン殿は坊っちゃんがそんなになってまで、自分の仇を取ってほしいと頼む方でしたかな?」


「……………………多分、ハザンは、そんなこと言わない」


「だったら、坊っちゃんがすることは1つでしょう…………、敗北を受け入れるのはお辛いでしょうが、これまでのことを思い起こしてください。ご自分の弱さに嘆くしかできなかった日々を。それに比べたら、一時の敗北を受け入れることぐらい大したことはありませんぞ」


「でも、僕がここでギブアップしてしまったら………………」


「『仲間を信じろ』 …………そちらのヒロ様はそうおっしゃっておられませんでしたか?」


「……………………」



 セインの言葉に黙り込むアルス。


 かつては先生と呼んでいた機種であり、今は従者としてアルスに仕える執事。

 

 その言葉は何よりもアルスの心に届き、彼の拘っていたプライドを優しく解きほぐす。


 アルスが悩む素振りを見せていたのはほんの数秒。


 自分の中で頑なになっていた理由を見つけ出し、結論を導き出す。

 



「うん。そうだね。僕は仲間を………、ヒロを信じている」




 そう言葉を発した時は、もういつものアルスの顔に戻っていた。



 そして、



「僕の負けだ。降参する」



 素直に降参宣言。

 その後にガミンさん達の方を振り向き、



「申し訳ありません。敵を1機も倒せずに、ここでギブアップ権を使ってしまって。この償いは必ず…………」


「不要だ。お前は十分に役目を果たした。あの人達も同じ気持ちだろう」



 アルスの謝罪にルガードさんが即座にフォロー。


 また、俺も続いて、言葉を付け加える。



「安心しろ。最終的には俺達が勝つに決まっているんだから」


「…………ありがとう。きっとヒロなら……………」



 それだけを口にすると、アルスはフッ……と気が抜けたように膝から床へと崩れ落ちる。



「アルス!」



 すぐさまリングへと駆け上がり、横たわるアルスを抱き上げて、皆が待つ後方へと連れていく。


 

「白志癒!」


 パタパタッ!

『はいは~い! お任せ!』



 気絶したアルスをゆっくりと床へと降ろし、白志癒を呼ぶ。

 すると、文字通りすぐに飛んで来て、ピコピコと耳を振るいながらアルスを診察。



「治療できそうか?」



 アルスが後遺症を負うような状態であれば仙丹を使うことも躊躇わないつもり。


 だが、すでにアルスの体調管理においては、誰よりも勝るようになった白志癒。


 俺の問いに、主治医よろしく落ち着いた口調で診断結果を伝えてくる。


 

 フルフル

『かなり危ない所だったけど、これなら大丈夫。マスターは僕が責任を持って癒すから』


「はあ…………、そうか…………」



 白志癒からの診断結果に安どのため息。

 白兎の弟子がここまで言うなら間違いない………





「おイ! クソ詩人!」




 俺がほっと一息ついたところへ、闇剣士が剣呑な口ぶりでトライアンフを名指し。


 わざわざこちら側のリングサイド側に出向いて来て、仁王立ちになりながら圧をかけるように畳み掛けてくる。




「貴様、『奏でて』、『届かせた』ナ?」




 有無を言わせぬ強い語声。

 まるでトライアンフの罪を突きつけているような厳しい態度。

 



「その意味を分かってのことカ?」


「はい…………、故に咎はワタクシにだけ」


「ほウ? 対価に何を差し出ス?」


「お望みなら、ワタクシの竪琴でも、利き腕でも、差し出しますが?」




 不穏な雰囲気が漂う会話。

 

 かなり離れている両者だが、なぜかどちらの声も良く聞こえている。


 そう言えば、リング上のアルスと後方のセイン達との会話も、問題無く聞こえていた。


 闇剣士が『届かせた』と言うのは、そのことなのだろうか?

 それとも、『奏でて』と言っているから、最初の音楽のこと?

 一体何の話のことなんだ?

 



 だが、俺の当惑を他所に、苛ついたような闇剣士と神妙な態度のトライアンフがしばしお互いを見つめ合い……………




「まあいイ。元々、この世界はお前が作ったのだからナ。今回だけは不問にしてやろウ。二度とは許さんガ」




 結局、闇剣士が矛を収めた様子。


 それに対し、トライアンフは黙って、羽根帽子を脱ぎ、右手を前に差し出して、優雅な所作で敬礼。

 おそらく最大限の感謝の意を伝えた模様。


  

「フンッ! その奇特な小僧は活かしておく方が面白そうダ。仲間が無残に殺される様を見せつけてやることにしよウ。精々、生き残ったことを後悔させてやル」




 闇剣士はわざとらしい捨て台詞を吐いてからリングへと振り返り、




「いつまで呆けていル! さっさと次の試合の準備をしロ!」




 リング上で身じろぎ一つせず、ぼーっと立ち尽くしていた盾剣従機を叱り飛ばした。





 こうして、このやり取りは終了。


 はてさて、この2機の間で何の話が執り行われて、何が無事に済んだのやら………



 あと、やっぱりこの世界を創ったのは『歌い狂う詩人』時代のトライアンフか。


 本当にマッチポンプが甚だしい…………






『こぼれ話』


 アルスの持つ発掘品の鞭『風蠍』の技一覧。


『風蠍』  :通常攻撃

『風毒蠍』 :神経毒を与える。対人間用

『風蛇』  :敵に巻き付いて動きを封じる

『七頭風蛇』:七本に別れて敵を完全に拘束

『風蟷螂』 :近接武器に変化。鎌の形に固定

       ただし使いづらいので、ほとんど使用していない

『風大蟷螂』:近接武器に変化。両手持ちの大鎌の形に固定(未収得)

『風隼』  :超音速で敵を追尾する一撃

『風早鷹』 :超音速で敵を追尾する強烈な一撃(未収得)

『風蜂』  :無数の蜂に分裂して敵を弱攻撃

『風女王蜂』:無数の蜂に分裂して敵を強攻撃(未収得)

『風鼬』  :重力斬を放つ遠距離攻撃(未収得)

『風黒鼬』 :敵を重力で縛り付け押し潰す(未収得)

『風一角』 :槍のように伸びて(10m)敵を突き刺す(未収得)

『風遠一角』:槍のように伸びて(30m)敵を突き刺す(未収得)

『○○○』 :不明

『○○○○』:不明


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る