第609話 再会2



「チーム戦ですか? それもこっちが参加できるのは人間だけ………」



 ガミンさんから告げられた内容をアルスが反芻。

 


「それも5人というと…………」



 アルスが見つめる先は、俺達では無く先行隊。


 その中の一際目立つオレンジの色の髪の機人の女性と、鉄兜を被った2m近い巨躯の男性。



 蓮花会のトップ、マダム・ロータス。

 鉄杭団団長、ブルハーン。

 


 それはアルスとしても当然の判断。

 いくら俺達が新人の中ではトップ層だとしても、何十年とレッドオーダー達と戦ってきた先人に比べればヒヨッコ。

 しかも、従属機械種に力を借りられない戦闘ともなれば、目の前の2人に敵う者等いない…………



 しかし、アルスの目線を見て、ガミンさんが苦々しい顔で首を振る。

 


「それが駄目なんだ。もうマダム・ロータスとブルハーンは参加できねえ。闇剣士の奴は、このチーム戦に幾つかの条件を提示してきてな……………、挑戦できるのは1人1回だけだそうだ」


「ええ? それじゃあ……………」


「ああ、すでに俺達先行隊は、闇剣士が持ち掛けたチーム戦を受けて立ち、勝つことができなかった…………」






 ガミンさんに過去の経緯を聞くと、先行隊は地下35階に到達してから3日後にこの異空間を発見………というより、仲間が何人か中に入り込んでしまったらしい。

 当然、そのままにしておけず、先行隊で特に戦闘に優れた人員を揃えて救助に向かい、この異空間の中へと侵入。


 そして、この異空間内に構築された闘技場で待ち構えていた闇剣士と遭遇。


 彼は出会うなり、自分は先行隊のメンバーだけでなく、10日以上も前にこの異空間に入り込んだ人間達も捕らえてあると宣言。

 解放してほしくば、自分と自分の従機4機とのチーム戦に勝利せよ、と条件を出して来たそうだ。


 

 もちろん、そんな勝負を受けずに全員で闇剣士へと攻撃を仕掛けるという案も出た。

 相手が中央の賞金首とは言え、ここに集められたのはバルトーラの街の狩人の中でも実力者揃い。

 紅姫に匹敵する臙公であったとしても、討ち取ることは不可能ではないはずだった。


 

 しかし、ここで勝負を受けないということは、人質である仲間や救出対象である領主の3男の命が危うくなる。

 

 結局、仲間も見捨てられず、領主の意向も無下には出来ずに、勝負を受けた。




 勝負に挑んだのは以下の面子。


 鉄杭団団長 ブルハーン

 蓮花会のトップ マダム・ロータス


 白翼協商の若手エースと、

 鉄杭団のナンバー3、

 征海連合の実力派狩人。


 以上の5名での対戦方式。

 結果は2勝、2敗、1分け。



「え? 引き分けじゃないですか?」


「ああ………………、だが、向こうの出した条件はチーム戦に勝つことだ。引き分けじゃねえ」



 俺が思わず口に出た疑問に、ガミンさんが苦い顔で答え、



「そもそもこちら側の勝利条件は3勝するか………、たとえ4敗してても、大将戦で闇剣士に勝てば終わりだったんだ……………、それをジグの奴が…………、何が『切り札がある』だ! ブルハーンかマダム・ロータスに任せとけば良いものを………、クソッ! だから征海連合は嫌いなんだよ!」



 吐き捨てるように締めくくる。

 

 一応、この場にも征海連合の人達がいるようだが、一様に気まずそうな雰囲気を見せている。

 また、事情を聞いているらしいレオンハルトも申し訳なさそうな表情。

 


 その勝負の話をもう少し詳しく聞くと以下の通り。



 団長とマダム・ロータスは闇剣士が出してきた従機を難なく倒した。


 だが、白翼協商の若手エースは引き分け。

 相打ちとなって従機を大破させたものの、若手エースも反撃をくらい意識不明の重体に。

 互いに動けなくなって試合はドロー。

 その若手エースは何とか一命を取り留めたそうだ。


 鉄杭団のナンバー3は、敵を後一歩まで追いつめるも、起死回生の一手をまともに喰らって即死。

 

 最後の勝負、闇剣士本体と戦ったのは、先行隊における征海連合側の代表者。

 元々、闇剣士本体は団長かマダム・ロータスが相手をするつもりであったが、征海連合側が大将戦を強く主張し、押し切ったのだ。


 随分と野心家な人物であったらしい。

 だから今回も自分の名を挙げる為にこの先行隊へ参加したのであろう。

 そんな彼にとって、中央でも名高い賞金首を討ち取ったという成果は見逃せないモノであったに違いない。


 先ほどガミンさんが言っていたように、彼には『切り札』があったようなのだ。

 だからこそ、臙公へと単身挑み…………、『切り札』を発動する前に、その腕を切り落とされ、そのまま何もできずに命を落とすことになった。

 


「勝負に勝つことができなかった俺達に、闇剣士はこう言った。『強者を集めてもう一度挑んで来い』………と。『それまで人質としてこの場に留まれ』とも、な」



 話を終えたガミンさんは些か疲れた表情。


 実質、先行隊の救出作戦は失敗に終わったのだ。

 死者も出ているとすれば、この先行隊のまとめ役でもあるガミンさんの苦労は相当なモノであろう。



「従機の実力はストロングタイプには及ばないものの強敵だ。しかし、ブルハーンやマダム・ロータスはもう参加できん。そして、ここにいる残りのメンバーでは荷が重い。だから、後から来るであろう援軍を待つしかなかったんだ」


「う~ん………、つまり、俺達が来たから、もう一度再戦できるってことですか?」



 ガミンさんの話をまとめれば、そういうことだろう。

 先行隊にはもうストロングタイプレベルの敵と1対1の戦闘を行える人員はいない。

 だから、俺達の中から5人を選び、闇剣士のチームへと挑む。

 それしか、捕らえられた人達を救う手段が無いから。



「………………そうだ。できれば、挑んでほしいと思っている。もちろん無理強いはできないが」


「俺は構いません。今更ストロングタイプに負けるとは思いませんし、闇剣士相手にだって勝つ自信はあります。ですが…………」



 俺達の面子で、高位機種相手に単独で戦闘をできるのは、俺とハザン、ガイ………、あとは、アルスぐらいではないだろうか?

 

 アスリンの扱う鉄腕『イバラ』の攻撃力は大したものだが、あれは壁役が必要となる遠隔兵器。

 アスリン1人でストロングタイプレベルの敵と戦うのはあまりに無謀。


 また、レオンハルトは指揮タイプであり、自ら先頭に立って戦う前線タイプじゃない。

 それなりの腕は持っているだろうが、あくまで自衛手段でしかないのだろうし、まだ体が本調子とは言えず、とても参戦できるような状態ではない。


 また、アスリンの護衛であるドローシアは力不足。

 出せば死ぬのは分かり切っている。



 必要な戦士の数は5人。

 対して、投げかけられた条件に合う戦力として数えられるのは俺を合わせて4人。

 どうしても1人足りないのは明白。


 その一人をどうやって埋めるのか…………………


 

「ストロングタイプレベルの敵5機とやり合うとなると、こちらも人が………」


「あっ! 違うぞ、ヒロ。5人全員任せようなんて思っていない。お前達以外にも頼もしい援軍が1人来てくれていてな………」



 そこまでガミンさんが言いかけた時、




「戻りました」




 簡潔で短い言葉が届いた。


 低く響く男性の声。

 決して大きくは無いが、しっかりと耳に届く通りの良い声質。




「……………援軍が来たのか?」




 声の主に視線を向けると、そこには30代半ばぐらいの長身の男性。

 鈍い色の金髪を無造作に後ろに流した髪型。

 錆色のジャケットの上からも鍛え上げられた肉体が見て取れる。


 鋭い鷹のような目。

 険しい狼のような相貌。

 逞しい虎のような体躯。

 

 一目見て歴戦の戦士と分かる姿。

 一度見れば、二度と忘れられないぐらいの存在感。

 

 その人物はバルトーラの街最強の狩人………

 



「「ルガードさん!」」




 アルス、ハザンの声が重なった。


 


「お前達は……………、アルス、ハザンか」



「あ、はい! お、覚えていてくれて光栄です………」

「まさか、こんな所でお会いするとは…………」



 アルスもハザンもピンッと背筋を伸ばして返事。

 その目は畏敬の念に溢れ、キラキラと輝く。

 まるで憧れのスポーツ選手に出会えた少年のよう………


 彼等にとっては同じ秤屋の大先輩に当たる存在。

 そんな反応になるのもむべるかな。



 また、所属する秤屋は違えど、ガイやレオンハルト、アスリンチームの皆も緊張した素振りを見せる。

 

 実績で言えば、団長やマダム・ロータスも同等レベルなのかもしれないが、この2人と違い、ルガードさんは現役。

 しかも、少し前まで赤の死線に居たという人類を守る英雄の一人。


 メジャーリーグで活躍する現役日本人選手みたいなもの。

 たまたま日本に帰省中に出会ったのだ。

 そりゃあ、緊張の一つもする。

 



「遅かったね、どうだった?」


「特に変化はありません、マダム」


「見回り、ご苦労じゃったな」


「いえ、このくらいは………」



 マダム・ロータス、ブルハーン団長に声をかけられ、応対しているルガードさん。

 見るに、白翼協商の所属であれど、それなりに他の秤屋とも交流がありそうだ。



 そして、ルガードさんはそのまま俺やガミンさんの方へと足取りを進めて来て、



「ガミンさん、頼もしい援軍が来たようで」


「ああ、とっておきのな」


「貴方が目をかけていた新人達ですか………、本当にどうやって才能を見抜いているのやら………」


「ガハハハハハ、伊達に何十年も若者を見続けていないからな」



 気軽い感じのやり取り。

 同じ白翼協商所属なのだから、知り合いなのは当たり前か。

 

 そういえば、一番最初にガミンさんと会った時、偶然にルガードさんが秤屋に入ってきて、その名前を教えてもらったんだよな。


 ウタヒメと一緒であったルガードさんに対し、ガミンさんは全く偏見を持っていないような様子だった。

 ひょっとして、ルガードさんが今の状況に陥っている原因を知っていたりするのだろうか?

  

 

 グイッ

 

 うえ?



 2人の関係について考えていると、いきなりガミンさんにグイッと俺の腕を掴まれ、前へと引っ張り出された。

 


 え?

 なんすか?



 戸惑う俺に構わず、肩をバンッと叩き、自慢げな様子でルガードさんに語り掛けるガミンさん。



「ルガード、紹介するぜ、コイツがあの有名な……………」


「ヒロか」


「あ、はい。お久しぶりです」


「……………何だよ、ルガード。お前、知ってんのかよ」


「少し話をした程度ですが」


「けっ! お前も目が早いじゃないか。だがよ、一番最初に目を付けたのは俺だからな」



 何の張り合いなんだよ……………

 ガミンさん………、偶に大人げなくなるなあ。


 

 まあ、それはともかく、




「ガミンさん。ルガードさんが参加してくれるんですね?」


「ああ! 驚いたか?」


「そりゃあ、驚きましたけど…………」


「ガハハハハハッ! では、もっと驚かせてやろう。実は、コイツな、来る途中に『吼え猛る闘鬼』を討伐したそうだ」


「はあ?」


 

 流石にビックリ仰天。

 大きく目を見開きながら、ルガードさんへと振り返る。



「ああ、たまたま徘徊している所を奇襲できた」


「え? いや、でも……………」



 何でもないように答えるルガードさんだが、相手は中央で猛威を振るった賞金首。

 まさか詩人同様、画面外で第三者に倒されてしまうとは………



「それは……………、凄いですね…………」



 俺的にはそう言うことしかできない。

 

 ベリアルから色付き2機がいると告げられ、さてどうしたものかと悩んでいたのに、まさかそのうち1機が知らぬ間に退場となった。


 これがゲームなら主人公が動かなければ、中ボスが勝手に倒されることは無いが、現実であれば十分にあり得る話。

 

 俺の他にも強い人間はいるのだ。

 俺1人が頑張らなくても、どこかの誰かが中ボスを倒すことだってある。



「機体は確保されたのですか?」


「ああ、連れているポーターの亜空間倉庫に収納済みだ」



 チラッと視線を後ろへと飛ばすルガードさん。

 

 そこには先行隊の従属機械種達が集まっており、その中にベテランタイプの運び屋系、機械種ポーターの姿が見える。


 おそらく、それがルガードさんが連れている運搬用の機械種なのであろう。

 ルガードさんは機械種使いでは無いだろうから、その運用に『白鍵』を利用しているはず。



 『白鍵』は常時マテリアルを消費して、従属機械種のレッドオーダー化を防ぐ白楽器。

 機械種使いではない人間が、白の恩寵外で従属機械種を運用する数少ない手段の一つ。


 同じように機械種使いではないガミンさんが連れているベテランタイプの盗賊系、機械種キャプテンシーフも同様であろう。

 マテリアルの消費はかなり痛いが、それでも1機従属させているだけで、巣やダンジョンの攻略がぐっと楽になる。


 

 ガミンさんがここまで断言し、また、紅姫も狩ったことがあるというルガードさんの実力からしてもおかしな話じゃない。

 少なくとも先行隊の面々はその残骸を確認しているはずだ。


 ならば俺の懸念事項は一つ減った。

 あとは色付きの残り1機、闇剣士を倒すだけ。



「秤屋に提出すれば凄い金額………、マテリアル量になりそう。賞金もでるのでしょうし………大騒ぎになるかもしれませんね」


「まあな。だが、中央の賞金首で有名な魔人型5機の中で、唯一、何度も討伐されているのが『吼え猛る闘鬼』こと、機械種ウールヴヘジンだ。その攻略法はすでに確立されていて、そこまで珍しいモノでは無い。だからそう騒がれることはあるまい」


「……………闇剣士に勝てますか?」


「やってみないことには分からん。何せ、今まで討伐されたという話を聞かない機種。それだけの理由があるはずだからな」



 ルガードさんはそう言いながらも、その口元は薄っすらと笑みが浮かべている。

 それは見知らぬ強敵と戦うことに喜びを見出している顔。



 敵は中央で名が通っている『強者へと挑む闇剣士』。

 その異名通り、間違いなく強者を用意できそうだ。



 …………もちろん、俺を含めて。 

 



「こちらから出るのは、俺と…………」


「もちろん、僕も出るよ」

「ああ、ここまで来てじっとなんかしてられない」



 アルスとハザンが自分達から申し出てくる。



 そして、



「俺も出るぜ。うちの団の先輩がやられてんだ。仇をとってやりてえ!」



 ギラギラとした闘志を剥き出しにガイが吼える。


 ガイの性格からすれば当然の答えだろう。



「すまないな、私では到底役に立てそうにない」


「こっちも無理ね。1対1の戦闘なんてほとんどやったことがないから」



 レオンハルトとアスリンが申し訳なさそうに辞退。

 これは仕方が無い。

 狩人のスタイルが異なれば、こういうことだってある。



「気にするな。人数は足りているから」


「ありがとう。その分、応援させてもらおう」


「そうね、黄色い声援なら任せておいて」


「うふぁい! ニルルンもがんばるぞお! 応援ダンス踊っちゃおうかな?」


「ニル、止めなさい! ここには偉い人がいっぱいいるんだから!」

 


 

 俺のフォローに、にわかに騒がしくなる面々。

 敵のホームにありながら、いつもの様子に少しばかりほっとしてしまう自分がいる。



 そうだ、俺達なら勝てるさ。


 ルガードさんもいる。

 ガイだって強くなったし、ハザンも発掘品の防護服を手に入れた。

 アルスも『風蠍』でストロングタイプの忍者系を捕まえたんだ。

 相手が従機なら少なくとも負けはしないはず。



 俺、ルガードさん、アルス、ハザン、ガイ。

 

 この5人に決定。

 後は『闇剣士』に挑むだけ………


 


 ああ、そうだ。

 『躯蛇』の暗殺者についての情報をガミンさんに伝えないといけないな。

 あまり大っぴらにして良い話じゃないから、どこかでタイミングを見計らわないと………


 




『こぼれ話』

赭娼、橙伯、紅姫、臙公等の色付きは、時に非常に不合理な戦い方をしてくる場合があります。


自分の弱点を自分から教えたり、自分で自分の武器を制限したり、明らかに不利な戦場を選んだり、人間側の弱点をあえて見逃したり…………


彼、彼女等の晶脳に刻まれたナニカがそうさせていると言われています。

人間側はそういった部分を調べ上げ、狙い撃ちすることで、少しでも勝率を上げていきます。

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