第603話 狩り3



「ハハハハッ! 汚い花火だ! ハハハハッ! やはり虫ケラは綺麗さっぱり焼却するに限る!」



 現れた機械種アークエンジェルを一瞬で殲滅したベリアル。

 自身が成した一瞬の蹂躙劇を狂的な表情で大笑い。


 ここだけを切り取ってみれば、とても味方キャラだとは思えない凄絶な美しさと禍々しい狂気が垣間見える魔王の姿。

 扱いを間違えれば、この力が味方に向くこともあるのだから、全く以って目を離せない難物。

 

 しかし、保有する戦力は高位機種揃いの俺のチームの中でもダントツ。

 しかもまだまだ限界を見せておらず、魔王型の底深さを思い知らされる。

 


「どう? 我が君。僕の手にかかればこんなもんさ。なんなら、他の奴等も僕が…………」


「いや、それには及ばんさ」



 ニンマリとした笑顔を向けてのベリアルの申し出をやんわり断る。

 もっと自分を頼ってほしいのだろうが、全部が全部ベリアルに任せる必要など無い。

 



 視界の端に、相手をしていた敵を片付けたらしいヨシツネと浮楽が新たな敵へと向かう姿が見えたのだ。


 また天琉も、敵が自分達の近くに出現したのを見て、動く様子を見せている。


 この場にはベリアル以外にも頼もしい仲間がいる。


 新たに現れた敵はアイツ等に任せれば良い。



「そういうわけで、俺は俺で役目を果たしてくるから」



 ただ1機残ったストロングタイプの残敵へと目を向け、



「え? 我が君!」


「ちょっと行ってくる」


「じゃ、じゃあ、僕も………」


「……………もうお前はもう立派に役目を果たしたんだ。後は大人しくしておいてくれ」



 ベリアルにストロングタイプを壊さないよう機体を確保させるのは不可能だろう。

 流石にこれ以上晶石ごと消滅させるのは勘弁してもらいたい。



 瀝泉槍を右手に持ち直し、不満そうなベリアルを尻目に、未だ動きを見せない呪術師系へと駆け出した。











 ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラッ!

 ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラッ!

 ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラッ!




 玄室内に轟く金属音。

 部屋中で金属同士が擦れる音が響く。


 その音の出元は浮楽。

 正確にはその浮楽の袖口。


 様々な武器を吐き出す道化服の袖口から鉄砲水のように吐き出される大量の鎖。

 その量は明らかに浮楽の体積を越え、すでに超重量級である機械種ティラノザウルスに絡みつき全身を包み込む程。

 

 それは無限に湧き出る鉄鎖の沼に溺れる恐竜の図。


 マテリアル生成器とマテリアル錬成器を組み合わせているのだろうが、それでもあまりに常識外れな光景。


 細身の道化師が地上最強と名高いティラノザウルスを拘束しているのだ。

 まるで出来の悪いB級洋画の一場面。

 ファンタジーを通り越して喜劇に近い。


 

 ドルルルルルルルルルルルルルルルッ!!!



 そして、その後に続くエンジン音。

 大型バイクを吹かすような爆音が鳴り響く。


 浮楽が手元に長さ1m強の長方形状の金属板を作り出し、その外片に並ぶ小さな刃が唸りを上げて高速回転。

 それは紛うこと無き、林業や材木店で使用される電動工具。


 その名も…………



 パタパタッ!

『天兎流鉄鎖絞殺術、奥義『血煙剃兎(チエンソウ)』」



 どこからともなく白兎の解説が差し込まれた。

 民明書○館っぽい名前だが、どうやら天兎流舞蹴術の1つらしい。


 

「ギギギギギギッ!!!」



 浮楽が喝采を上げながら、『血煙剃兎(チエンソウ)』」片手に、鉄鎖で拘束された機械種ティラノザウルスへと飛びかかる。

 嘶く電鋸を振り回して、分厚い装甲をブッタ切っての解体作業。


 超重量級ではあるが、機械種ティラノザウルス自体は浮楽よりも格下。

 あそこまで厳重に動きを封じていれば、浮楽の勝ちは揺るがない。









 機械種シュラ3機へは、機械種クドラクにトドメを刺したばかりのヨシツネが向かった。



 ザンッ!!

 ザンッ!!



 空間転移からの奇襲。

 3機が揃う真ん中へと飛び込み、刀を振るって三面六臂の鬼神へと攻撃。


 いきなりの首狩りは難しかったようだが、それでもほんの一瞬で切断された鬼神型の腕4本が宙を舞う。



 ガアアアアアアアアアアアアアアア

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオ

 ウオオオオオオオオオオオオオオオ



 怒り狂う戦場の鬼神、機械種シュラ。

 鬼神型の最上位である機械種アスラの下位機種でもあるのだ。


 その闘志と戦意は天井知らず。

 たとえ腕を何本失ったとしても、決して戦うことは止めないであろう。



 ビュンッ! ザシュッ! ドンッ! ヒュンッ! ギンッ!

 ゴオオッ! バンッ! バガンッ! ビシッ!! ガンッ!

 ブンッ!! ドガン! ガシンッ! ボンッ!!



 3機合わせて14本の腕から繰り出される必殺の攻撃。


 当たればストロングタイプとて一撃で破壊されるレベル。


 それが3機に囲まれた状態で降りかかるのだ。

 

 いかに近接型高位機種であったとしても、到底逃れぬ死地であったはず。




 しかし、ヨシツネは涼しい顔でその全てを回避。

 機体表面にうっすらとした霞を漂わせながら、時代劇の殺陣のごとく敵の攻撃を避けまくる。


 コンマミリ単位で3方からの斬撃を躱し、体勢的に避けられぬ攻撃は『髪切』で難なく弾く。

 

 鬼神型3機からの苛烈な攻撃。

 一刀で中量級を切り倒し、二打で重量級を粉砕、三閃で超重量級を仕留めると言われた三面六腕の戦鬼の猛攻。

 だが、その手に持つ武器はヨシツネの機体を掠ることすらできないでいる。


 剣術と回避スキルを特級で保有、さらに幻光制御(最上級)で機体に朧を纏わせたヨシツネだからこそできる回避術。

 

 そして、隙を見つけてはカウンターで切り返す。


 その度に鬼神型の武器や腕が飛び、敵の戦力をこれでもかと削いでいく。


 完全に役者が違うと言っても良い戦闘状況。

 鬼神型3機を無力化するのも時間の問題であろう。


 







「あい! ここは通さないぞ!」



 機械種ヤシャへと立ち向かったのは天琉。

 

 ちょうど出現した位置が近く、さらに玄室内に張り巡らされた結界の発生元が秘彗だと覚られた様子。


 一直線に秘彗へと向かって来る機械種ヤシャに対し、このままでは危険と天琉は判断。

 光の盾での防御陣を秘彗の周りに張り巡らしてから、迎え撃つべく敵の前へと飛び出して来たのだ。



「ヒスイはテンルが守るんだから!」



 いつもの白い貫頭衣から光子で構成された輝く鎧へとチェンジした天琉。

 両手を広げ、機械種ヤシャ2機を通せんぼするように立ち塞がる。


 そして、その頭上には眩い光を放つ『光の槍』を5本展開済み。

 天琉の命によって、それはいつでも敵を刺し貫く流星となる。



 グウウウ……

 ゴアアア……



 機械種ヤシャは目の前の小さな天琉の姿に戸惑う様子を見せる。


 全高7mの重量級からすれば、小人以下の大きさでしかないが、ランクで言えば、天琉の方が格上。

 

 だが、重量級と軽量級の差を考慮すると、その機体の出力差はかなり狭まり、さらにこちらが2機いると考えれば、決して勝てない相手ではない。


 おそらく、そう考えた機械種ヤシャは、互いに少し距離を離しながら、立ち塞がる天琉へと襲いかかる。



 1機は正面から。

 もう1機は後ろに回り込むような動きを見せる。


 それは時間差をつけた交差進撃。

 天琉を挟み込むように前と後ろから攻め立てる戦術。



 機械種ドミニオンの『光の槍』とて、重量級の高位機種を一撃で葬る程ではない。

 特に機械種ヤシャはこうした攻性マテリアル攻撃への耐性が高く、彼等は光の槍を2,3本投げつけられたぐらいではやられないと判断した模様。



 互いに距離を離せば一度に破壊されることは無い。

 どちらかが接近できれば、相手は超高位機種とはいえ、然して頑丈そうには見えない軽量級。

 

 接近戦であれば、確実に自分達が有利と考えたのであろう。


 さらに、こうやって二手に別れれば、必ずどちらを狙うか逡巡する。


 その隙に挟み撃ちの形に持って行けば、勝率はかなり高くなる。


 戦術に長けた機械種ヤシャはそう作戦を立てたようなのだが……… 


 

 

 

「あい!」





 当の天琉は、何も考えず、一番近い方、正面から向かい来る機械種ヤシャを殴りに行った。


 宙に浮かべた『光の槍』5本をそのままの位置で待機させた状態で。




 フッ………




 床を滑るような歩法。

 挙動さえも捉えられぬ疾風のごとき速度。


 その瞬間、天琉の姿は残像としか捉えられず、気づけばもう機械種ヤシャの右足に向かい、小さな拳をビュンっと撃ち出していた。


 まさか正面から向かって来ると思わなかった機械種ヤシャの1機は、手の中の曲刀を振るうこともできずに、天琉の一撃を足に貰ってしまう。



 タンッ

 


 軽量級が成したとすれば大した速度の拳撃であるが、重量級の装甲の前には無力。

 天琉の小柄な体から予想通り威力でしかない。

 重量級である機械種ヤシャの足部表面を叩いただけ。


 機械種同士の近接戦闘において『重さ』は『力』なのだ。

 どれほど速度があっても、拳に乗る重さが無ければ威力にはつながらない。



 光子制御を使わない天使型など、所詮この程度…………



 機械種ヤシャはニヤリと侮蔑の表情を浮かべた時、




「あい! 兎発勁!」




 ブルンッ!!



 

 機械種ヤシャの足の装甲表面に置いた天琉の拳が僅かに震えた。


 その瞬間、




 ボンッ!!!




 天琉が拳を当てた箇所の裏側が爆発。

 まるで内部から崩壊したように足部分が破裂した。

 

 これぞ『天兎流舞蹴術 七極拳』の奥義。

 『寸勁』『ワンインチパンチ』とも言われる超至近から繰り出される必殺の一撃。

 装甲を突き通し、衝撃を流し込む絶技。

 

 

 右足を破壊された機械種ヤシャは体勢を崩し、そのまま倒れ込もうとした所へ、



「あい、『兎斧刃脚』!」



 ピョンと飛び上がった天琉が倒れ込んできた機械種ヤシャの首に鋭い蹴りをお見舞い。  


 

 ビュンッ!!



 10歳程度のお子様の足が機械種ヤシャの首をあっさり切断。

 膝から下だけを使ったコンパクトな蹴りが、技名通りの斧の一撃と化して鬼神の首を刎ね飛ばした。



「あ~い~、もう1機は~」



 瞬く間に機械種ヤシャを打ち倒した天琉は、残りの1機の方へと振り返り、



「あい、いた。やっちゃえ~」



 気の抜けた声を発したかと思うと、天琉が残してきた『光の槍』5本がピクッと反応。




 ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ!




 リモートで残りの機械種ヤシャへと飛んでいき、その機体へと次々と刺さり込む。



 

 ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!!




 しかし、機械種ヤシャも鬼神型上位の重量級。


 5本の『光の槍』に貫かれながらも、このままでは終わらぬと雄叫びをあげ、一矢報いるべく、手の中の曲刀を投げつけようと…………


 


「あい? 足りない。じゃあ、もっと!」




 天琉がバッと片手を上げると、その頭上に瞬時に作り出される『光の槍』15本。


 先ほどの数の3倍。

 たった1本でさえ、並みの機種なら一撃。

 重量級であっても、大破させるのに数本で事足りる。


 それが15本ともなれば、相手が超重量級の高位機種であってもオーバーキルに違いない。



 あまりの力の差に目の赤い光をチカチカと点灯させる機械種ヤシャ。

 今になってようやく主天使である天琉の実力に気づき、その強大な力に慄いた様子。 


 そして、僅か数秒後には全身を光の槍でハリネズミのようにされて撃沈した。








 以上、八方眼にて同時に観測した戦況。


 俺自身も戦闘中であったが、思考加速を使いながら要所要所でヨシツネ達の戦いぶりを観戦。


 そして、天琉が敵を片付けたのを見届けることその数秒後、



「よっと、トドメ!」



 俺の振るった瀝泉槍の穂先が、生き残っていたストロングタイプの呪術師系、機械種ジュジュツマスターの首を刎ね飛ばす。


 攻性マテリアル術に当てはまらない幻光制御での幻術を行使してきた為、少しだけ時間を取られてしまった。


 定風珠で突風を噴出。

 幾機もいる幻影の中からよろめいた本体を発見。

 縮地で駆け寄り、一閃炸裂。


 これで出現したストロングタイプは全て仕留めることができた。



「天琉は終わり。あとはヨシツネと浮楽だが、まあ、あの様子ならすぐ終わるだろう……………」



 全く危なげない戦闘状況。

 俺の指示を守りながら、機体の確保に努めてくれている。


 ならば、俺が手を出す必要も無い…………

 というか、俺自身、アイツ等の戦闘に混じっての連携なんてできるわけがないから、見守るしかないのだ。



 そうして、やや気を緩めて観戦モードに入ろうとした時、



「チィッ! アイツ等め………」


「うおっ! …………ベリアルか」



 耳元で響いたベリアルの舌打ち。

 いつの間にか近づいて来て、俺の傍でヨシツネ達への愚痴をブチブチ零し始める。



「我が君にはもっと僕の活躍を見てもらいたかったのに………、全く気が利かない奴等だ。アイツ等はもっと格というものを自覚させるべきだね。端役は端役らしく、もっと隅っこの方でチマチマやってればいいんだよ!」



 完全に言いがかりでしかないベリアルの言い分。


 拗ねたような表情でそんなセリフの宣うベリアルの様子は、自分勝手な駄々っ子そのまま。 

 さっきは自分の出番じゃないとか言っていたクセに。

 

 

「だいたい、お前がやるとさっきみたいに晶石も残らんだろ」


「僕の攻撃に耐えられない敵が悪い。むしろ、そんな軟弱者、役に立たないから仲間にする意味も無いよ」


「お前の攻撃に耐えられる敵って、どれほどのレベルだよ…………、それに俺が仲間にする基準は強さだけじゃなくて………」



 そこまで言いかけた時、



 フルフルッ!

『また出てくるよ!』


「何!?」



 またも差し込まれた、白兎からの連絡。


 慌ててベリアルとの会話を中断し、玄室内へと視線を向けると、



「あれか!」



 玄室内の隅に現れた2機の人影。


 それは今まで現れた機種よりも幾分小柄で細身。

 

 どちらも流れるような長髪を後ろに流した人型………、いや、女性型!


 女性らしい優美なフォルムを備えたストロングタイプ。




「機械種プリンセスナイトに………、機械種ハイプリーステス…………」




 剣を持ち、黒い鎧に身を包んだ女騎士系。

 そのストロングタイプは『姫騎士』とも異名を持つ。

 騎士系よりも近接戦闘力は劣るが、その分、指揮能力と仲間を強化するバフに優れるタイプ。

 一流の近接戦闘能力を持ちながら、周りの機種を微強化できるパッシブ能力を備える前衛系支援機。



 手に錫杖を構え、黒い僧服を着た女僧侶系。

 その最上位ともなれば、別名『聖女』と呼ばれ、回復と支援に特化した機種とされる。

 僧侶系よりも回復能力が高いことが利点。

 ただし、攻撃手段に乏しく、護衛が必要となる完全後衛機。



 どちらも女性型機械種人気トップ5に入るレア機種。

 こんな所で超人気機種に出会えるとは………

 

 俺の普段の運の悪さからかけ離れた遭遇。

 まさか夢幻じゃないよね?



 うーん……っと目を凝らしてみる。



 しかし、どう見ても、俺の記憶にある女騎士系の姫騎士と女僧侶系の聖女。

 

 もちろん、今はレッドオーダーなのだから、機械種辞典で見た写真とは姿形は多少異なる。


 邪悪に染まった赤い目を爛々と輝かせており、まるで吸血鬼のような印象。

 美しくはあるものの、凄惨さが先に来て、とても見惚れる雰囲気ではない。


 だが、細部は違えど、間違いなくその原型は見て取れる。

 ブルーオーダーすれば、それぞれ人間そっくりな素晴らしい美女へと早変わりするはず。


 ぜひ従属させて、俺の傍で侍らせたいものだ。

 


「とにかく、最優先で捕まえて………」



 逸る気持ちを抑えつつ、どうやって傷つけずに捕獲するかを考えていると、




「おおっと、手が滑ったあああ!!!」




 突然、ベリアルが大声で叫び、その手から超高熱エネルギー弾を抜き撃ちで発射。

 



 ボオオオオオオオオオオオオオオッ!!!




 青白い光球は女性型2機に向かって一直線。

 ちょうど2機の中央に炸裂して半径5m以内に灼熱フィールドを作り出す。


 当然、ただのストロングタイプでしかない2機が耐えられるはずもない熱量。


 俺の見ている前で、哀れ女性型2機は瞬く間に融解。

 溶鉱炉にプラモデルを放り込んだかのように一瞬で溶け落ちてしまう。




「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」




 突然起きた惨状に、ただ叫ぶことしかできない俺。

 




「あああああ……………、俺の姫騎士が………、聖女が…………」

 



 

 あまりの衝撃に膝から崩れ落ちる。


 手に入れたと思った念願の女性型2機が目の前で消えてしまったのだ。

 ショックの大きさにそれ以上声も出ず、ただ茫然と前を見つめるだけ。



「アハハ、ごめんね、我が君。手が滑っちゃった♡」



 自分で自分の頭をコツンとやりながら、猫なで声で謝罪の言葉を口にするベリアル。



「………………てめえ」



 本人は可愛らしさをアピールしつつ謝っているようだが、そこに反省の色は欠片も感じられない。


 流石の俺も、この暴挙には怒り心頭。

 ベリアルの独善的な行動にはある程度目を瞑ってきたが、これは完全にアウトであろう。

 

 しかも、俺の中の内なる咆哮が腹の底からムズムズと身じろぎしているのを感じる。


 姫騎士や聖女を一瞬でも俺のモノと思ってしまったことが原因だろう。

 

 ただし、それを成した者が俺の所有物であるベリアルなので、いつもより反応が鈍い。


 俺のモノが俺のモノを…………という図式が、俺の中の内なる咆哮の吼えるべき基準に当てはまらず、さりとて、黙っている訳にもいかないという微妙な部分。



 まあ、これくらいの衝動なら、瀝泉槍で抑え込むこと自体は簡単なのだが……… 


 だが、当然、このままなあなあで済ますつもりはないわけで。 

 


 

「どういうつもりだ?」



 答えによっては、強めにぶん殴るつもりで詰問。

 自分でも思っていた以上の強い口調。


 すると、ベリアルは口元に薄っすらとした笑みを浮かべて俺を見やる。


 いつもと変わらぬ悠然とした雰囲気。

 自分が決して悪いと思わない傲慢な態度。


 けれども、その目だけは少しだけ不安定に揺れているような気がする。

 そして、ゆっくりと口を開き、出てきたのは、何でも無いような軽い口ぶり。



「だから手が滑っちゃったんだって…………、だって、アイツ等、一目見て、僕と相性が悪いんだもん」


「…………………」



 何の悪気も感じさせないベリアルの言い訳に、ほんの少し引っ掛かりを覚えて、振り上げようとした拳を留める。


 

 ふと、思い当たったのは、機械種同士の相性の話。


 魔王型と姫騎士、そして、聖女。


 どう考えても相性が良いはずがない組み合わせであることに気が付く。




 ああ、確かに、相性は悪いだろうな。

 

 姫騎士と聖女。

 その属性は間違いなく『善と秩序』。

 ベリアルとは真反対の属性だ。

 

 さらに姫騎士は『姫』だけあって自己主張が激しくリーダーになるたがる性質だという。

 また、聖女は人当たりが良く誠実ではあるものの、決して自分を曲げない強固な信念を持つ。


 もし、ベリアルとぶつかれば、大揉めになるのは必至。

 力量的には圧倒的にベリアルが上だし、先任でもあるのだが、姫騎士や女僧侶はそれに遠慮するような性格ではあるまい。


 お互いに引かなければ、同じ陣営で戦うことは出来ず、離して運用することが必須となる。

 顔を合わせないように配慮する必要もあるだろう。


 

 これは従属容量の多い機械種使いでは良くある話なのだ。

 

 従属機械種同士の相性が悪すぎて、一緒に行動させることができない現象を『コンフリクト』と呼ぶ。

 互いが近づくだけで、晶石内の思考が乱れ、能力のパフォーマンスが著しく落ちてしまう。


 例えば、魔法少女系である秘彗とレオンハルトが従属させた魔女系のラナンキュラス。

 彼女達は大きな括りでいうと共に魔術師系にあたる。

 異なる系統の魔術師系同士は相性が悪いことで有名。


 玄室内での宴の前に、新しく従属させた機種達と挨拶をさせたのだが、その中で秘彗とラナンキュラスは、こちらが見ていて分かる程に、互いにぎこちない挨拶を交わしていた。

 絶対に一緒に行動することが不可というほど深刻なモノではないが、隊列での配置をある程度離しておいておかないと非常に効率が悪くなるのは間違いない。

 

 こうやって機械種使いは従属機械種の相性も考えて仲間とするメンバーを選ばなくてはならない。

 

 ある程度なら交渉や折衝に長けた白兎が相性の悪いメンバー同士の間を取り持ち、何とかしてくれるだろうが、それだって限界がある。


 白兎には色々頼り過ぎている部分が多いのだ。

 これ以上白兎の負担を増やしたくはない。


 故に、こちらに魔王型のベリアルがいる以上、姫騎士や聖女を仲間にすることは難しかったに違いない。

 ここであの2機を手に入れることができなかったのは、俺に定められた運命であったのだ……………

 


「はあ…………、過ぎてしまったことは、どうしようもないか」



 ため息一つついて、ベリアルへの怒りを抑え込む。


 

「だけど……………、もうこれっきりだぞ。次は絶対に許さんからな」


「もちろんさ、我が君。もう勝手に攻撃することなんてしないよ。約束する!」



 そう言って、自分から誓いの言葉を口にするべリアル。

 そして、今まで浮かべていた微笑を引っ込め、珍しく申し訳なさそうな表情をしたかと思うと、



「……………我が君、ごめんね。いつもいつも我儘言っちゃって」



 今まで聞いたこともない真剣な謝罪の言葉が飛び出してきた。



「我が君の役に立ちたいのに、邪魔してばっかりで………、僕だって、本当はもっと我が君の忠実な機械種でありたいと思ってる。でも、僕は魔王だから…………」



 いつも傲慢で自信に満ち溢れた笑みを浮かべているベリアルが、今にも泣き出しそうな程に悲し気な表情を浮かべている。

 

 触れたら壊れそうな儚さと、そのまま消えてしまいそうな空虚さがベリアルの姿をいつもよりも小さく見せる。

 今のベリアルは魔王では無く、外見相応な傷つきやすい少年であるかのように………


 

「魔王のごとく傲慢に振る舞わないといけないんだ。そうでなきゃ魔王でいられないから。それは晶脳に刻まれた僕の宿命…………」



 淡々と自身の事情を語るベリアル。

 ただ自分のことを聞いてほしい子供のように。

 


「我が君も魔王の僕が必要だよね。だから僕はたとえ我が君からどう思われようと、魔王としての振る舞いは止められない。でも、これだけは覚えていてほしい。僕は我が君のことを……………」



 ベリアルはその蒼氷の瞳でじっと俺の目を見つめてくる。

 純粋に、今の自分が伝えられる想いを全て注ぎ込むように…………



「心から……………いや、晶脳、晶石の欠片でさえ………」



 

 パタパタッ!!

『緊急連絡! また敵が出現するよ』



 

 ベリアルの言葉を遮るように、白兎からの連絡が飛び込む。



 思わず敵の姿を探して玄室内を見渡すと、




「!!! あれは………」



 

 先ほどと同じような中量級の人影が8機。

 

 今回も出現したのはストロングタイプの団体。


 そして、その中に見える女性型機種が2機。


 

 着物姿に刀を一本持った女性型、女侍系ストロングタイプ、機械種サムライナデシコ。

 ちなみにノービスタイプは機械種ケンドウガール、ベテランタイプは機械種ケンジュツコマチ。

 鎧姿の侍系より小柄・軽装であり、物理的な剣撃の威力は低め。

 しかし、カウンターの技に優れ、機動力・回避力が高く、刀を振るうことで発生させる攻性マテリアル術が得意な遊撃型機種。


 

 やや薄着の巫女装束を着た女性型、巫女系、機械種カグラ・ミコ。

 多種にわたる巫女系ストロングタイプの中でも素手での格闘戦に秀でた機種。

 『召喚特性』を持ってはいるが、その亜空間倉庫は標準機種よりも小さめ。

 中量級を2機までしか収納できないが、それでも、その機動力と格闘能力は後衛機種とは思えない程高い。


 踊るように戦う巫女。

 マテリアル術と近接格闘戦を両方使いこなす魔法拳士タイプと言えよう。


 


「うっし! 今度こそ…………」



 

 またも出てきたストロングタイプの女性型。


 しかし、絶対に機体を確保すると意気込む俺の隣で、




「おおっと! またまた手が滑ったあああぁぁ!!!」




 先ほどまでの約束や謝罪、悲し気な雰囲気の一切合切を吹き飛ばして、ベリアルは先ほどの場面の焼き回しを再現。


 その手に生まれる青白いエネルギー弾。

 現れた女性型2機へと向けて放とうとしたところで………



「止めんか!!!」


 ゴチンッ!!!


「ふぎゃ!」



 俺にぶん殴られ、ベリアルは潰れた蛙のような声をあげて床へ倒れこんだ。



 



『こぼれ話』

主人公のチームでは、本来、最も相性が悪い組み合わせは天使型の天琉と魔王型のベリアルになります。


目を合わせた瞬間、お互いが殺し合いをしかねない程の中の悪さ。


しかし、白兎の影響で天琉のアライメントが混沌に傾いている為、多少仲が良くない程度に落ち着いています。


また、豪魔は街の特機戦力として晶脳を弄られており、アライメントが悪・混沌から秩序・中庸へと変更されている為、天琉とも仲良くできています。

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