第595話 神殿1
ダンジョンの玄室で待ち受けているのは敵だけではない。
極稀に奇妙な施設が玄室内に現れることがあるという。
例えば、『鍛錬場』。
ここで従属機械種を鍛えれば、武術系のスキル等級UPが見込まれる。
例えば、『両替商』。
地上に戻り秤屋に持ち込まねば変換できない晶石を、その場でマテリアルに両替してくれる有難い施設。
例えば、『美食クラブ』。
ここでしか食べられない超貴重なブロックを提供してくれるという。
これ等の他にもまだまだ有益な施設が存在するが、その中でも探索者が最も追い求めているモノこそ、今俺達の目の前にある『ガチャ神殿』…………
あ、いや、正式名称はただの『神殿』なんだけど。
「はあ……………、一体このダンジョンはどうなっているんだろうね」
アルスは大きくため息をついたと思うと、力無く床にベタンと座り込む。
「もう一杯一杯。横になって寝たい気分………」
「おい、アルス。しっかりしろ」
目が虚ろになったアルスをハザンが励まし、肩を揺すって正気に返そうとする。
しかし、アルスは呆然としたままだ。
よほどここで神殿が現れたことがショックであったのだろう。
まあ、アルスの今の懐具合を考えると、そんな気持ちになるのも分からないでもない。
「ほへ~、凄いねえ………」
向こうではニルがポカンと口を開けて、神殿を見上げている………と思ったら、その場でピョンピョン跳ね出し、陽気な口調で騒ぎ出す。
「ねえねえ! これってガチャ神殿なんでしょ! やったじゃん! 確か、1人1回ずつガチャを引けるんだよね! 『機械種』か、『発掘品』か、『翠石』を!」
ニルは嬉しくて堪らない感じでドローシアにしがみつく。
「ニルルンは当然、発掘品ね! 凄いじゃん! これで憧れの発掘品使いに………」
「ニルのおバカ。アンタ、どれくらいマテリアルが残っているのよ!」
ニルの騒ぎっぷりを嗜めるようにドローシアが叱責。
「私もアスリンもマテリアルなんてすでに底を突いているの! ガチャ神殿は運次第だけど、確率的に大量のマテリアルをつぎ込まないと、ロクなモノが出ないのよ!」
「へ? そうなの?」
「そうなのよ! ………………だから、なんで、このタイミング? せめて、ダンジョンに潜ってすぐだったら………、もう! 何で今になって出てくるのおおおおお!!!」
ドローシアの魂の叫びが玄室内に木霊する。
そうなのだ。
このガチャ神殿は玄室に入った人間に1回限りのガチャを引く権利を与えてくれるが、期待通りのモノが出るかどうかは運次第………
いや、ドローシアの言う通り、大量のマテリアルを奉納すれば、より価値の高いモノが出るということが定説。
だから、現在時点でマテリアルに余裕のないアルスが落ち込み、すでに枯渇しているアスリンチームのドローシアが叫ぶのだ。
「あ~………、なるほどなるほど………、うーん、どうしようかな~」
ドローシアの絶叫を受け、ニルは少しの間、うーんと眉間に皺を寄せて考え込み、
なぜか俺の方へとチラチラ視線を走らせてきた。
「んん? ニル、何?」
「えへへ♡」
ニコニコ顔で俺の方に近づいて来るニル。
そして、なぜか俺の袖を指で抓んで下に引っ張りながら、
「ねえ、ヒロ。ちょっとだけ、あっちの物陰に行かない? 少しだけ相談があるんだけど…………」
背伸びして、俺の耳元で囁いてくるニル。
普段の能天気な口調では無く、つい先日俺を誘惑してきた艶のある声が熱い吐息と一緒に耳の穴へと流れ込む。
「とっても気持ち良いことをしてあげるから…………ニルに…………、『ゴチンッ!』アイタッ!!!」
突然、ニルは頭を抑えて蹲る。
その傍には仁王立ちのアスリン。
どうやらメンバーの不届きな行いに、容赦なく拳を振り下ろした模様。
「ニル、貴方………、一体何を考えているのよ」
「え~? 金策に決まってるじゃん。一番マテリアルを持っていそうなの、ヒロだもん。お金持ちから融通してもらうのが、手っ取り早いし………」
「……………前々から馬鹿だと思っていたけど、本当に馬鹿ね。神殿でのトラブル事例を聞いたことが無いの?」
「あ…………」
「狩人の基本ルールでも、神殿が現れた場合、その場でのマテリアルの貸し借りは厳禁! 歴史上、どれだけの余計な揉め事が発生したか…………」
アスリンは苦い顔で言い放つ。
「ガチャが爆死してそれを理由に借り手がマテリアルを返そうとしないケース、逆に良いモノが出過ぎて貸し手が没収しようとしたケース。どれもその場で殺し合いよ。神殿が伊達に『流血神殿』、『生贄祭壇』って揶揄されているわけじゃないわ」
「うう………、でもヒロならそんなこと…………」
「だから、これ以上ヒロに借りを作ってどうするのよ。相手の優しさに付け込もうとする自分が、周りからどういう風に見られるかを想像してみなさい」
アスリンから諭され、ハッと周りをキョロキョロと見渡すニル。
別に周りの皆が冷たい目しているわけではないが、ニルはその内心を推し量ったようで、
「ごめんなさい」
シュンとなって素直にペコリと頭を下げるニル。
「ヒロ、ウチの者が迷惑かけてごめんなさいね。この子も我を失ったみたいで」
「ああ、うん………」
まあ、あの場で………、というか、皆の見ている前で、ニルと2人で物陰に入る勇気は無いかな。
『とっても気持ちが良いこと』に興味が無い訳では無いが、終わった後の時の気まずい雰囲気に耐えられそうにない。
「ヒロは気にしないで。自分達の手持ち分だけで回すつもりだから」
「分かった」
「じゃあ、お互いガチャ運を天に祈りましょう。白き鐘に伝わるように」
そう言って、ニルを伴いながら神殿前へと移動するアスリン。
そして、ドローシアを加え、何やら会議を始める。
その内容はおそらく、『誰が』、『どの』神殿に、『どれだけ』のマテリアルを突っ込むか。
それを見て、他の者達も慌てて打ち合わせを開始する。
ようやく復活したアルスは、ハザンやセイン、白志癒、トライアンフ、パラセレネ、を交えて話し合い。
ガイも自分の荷物を秘彗から受け取り、荷袋の中を漁り出す。
レオンハルトもソードマスターやロベリアと真剣な様子で話し込む。
にわかに騒がしくなってきた玄室内。
現れた神殿は3つ。
『機械種』『発掘品』『翠石』
どれか一つしか回すことができず、出てきた結果はそのまま受け入れるしかない。
『機械種』神殿であれば、マテリアルを投入すればするほど高位機種が出てくる確率が上がるという仕様。
だいたい突っ込んだ額の3~10倍の価値がある機種が出てくることが多いという。
しかし、その確率にはかなりの幅があり、どれほどマテリアルを投入したとしても、運が悪ければ、とても見合うとは思えない低位機種が出てくることもあるのだ。
『機械種』神殿にまつわる悲劇で、1000万M、約10億円を突っ込み、出てきた機種が機械種ゴブリンだったというケースがあったという。
これは『1000万Mのゴブリン』という題名で狩人界隈では割と有名になっている訓辞。
しかし、高位機種を求める狩人からすれば、安全に機械種が手に入る貴重な機会。
高位機種になればなるほど、マテリアルだけでは手に入れることができないから、機会があれば注ぎ込みたくなる気持ちも良く分かる。
『発掘品』神殿は、そこに来ると割と良心的。
『武器』『防具』『便利アイテム』『生活用品』の4つの中から選択。
さらに『最上』500万M、『上』100万M、『中』10万M、『下』1万M、『最下』1000Mの5つに区分けされていて、自分の懐具合で決めることができる。
もちろん『最上』が一番良いモノが出てくる可能性が高いのは言うまでもない。
だが、『中』や『下』を選んで『上』級の発掘品が出ることもあるし、その逆もあるらしいので、やはりどうしても運が絡むシステムのようだ。
そして、『翠石』神殿は、最も安パイの神殿と言われている。
マテリアルを投入して出てくるアイテムは、機械種にスキルを覚えさせることができる『翠石』。
こちらは『特』1000万M、『最上』100万M、『上』10万M、『中』1万M、『下』1000M、『最下』100Mの6つに分かれていて、ほぼ選んだ等級の翠石が手に入るという。
ただし、無数にあるスキルの中から何が当たるのかは全くの未知数。
狙って必要なスキルを手に入れるのは不可能に等しい。
しかし、ほとんどのスキルは何かしらの使い道があるものだし、市場に流せばそれなりに値が付くモノが大半。
ある程度マテリアルに余裕があり、失敗したくないなら『翠石』神殿を選ぶのが最良。
ロマンは欠けるが、売り払えば突っ込んだ額の倍以上のマテリアルが返ってくるのだから。
「さて、どうしようかね?」
皆の様子を眺めながら、誰宛と言う訳でもない問いを口にする。
すると、足元の白兎が耳をフルフル。
フルフル
『【機械種】じゃないの? それともいくらマテリアルを注ぎ込むかってこと?』
「う~ん…………そうだな~」
白兎に問われて、じっと考え込む。
もちろん、即戦力に繋がる従属機械種を増やすのは手っ取り早い。
今の俺の手持ちが2400万M程だ。
街で物資の買い出しを済ませ、ダンジョンで何回かメンバー達に補給をしたからそれぐらい。
だが、この先何があるか分からないことを考えると全部注ぎ込むわけにはいかない。
最大使うとしても、その上限は2000万M。
それはおそらくレジェンドタイプが出てくる可能性が十分にある額だ。
機械種神殿からは超重量級は出ないと聞いているので、尚更、その確率は高くなる。
超高位機種だと超重量級の割合が増えるから、主に中量級であるレジェンドタイプが出てきやすくなっているはず。
「しかし、『1000万Mのゴブリン』の二の舞は御免だぞ………、俺の全財産の大部分を注ぎ込んで、機械種ゴブリンが出てきたら、その場で憤死するかもしれん」
他人事なら笑い話だが、自分事だとすれば、とても笑い話で済ませる気がしない。
しかし、特にランダム性の高い機械種神殿には、そういったことも十分ありうるのだから油断はできない。
「かといって、発掘品もなあ…………」
俺の武具は『宝貝』がほとんど。
例外は『高潔なる獣』と『幽玄爪』ぐらい。
今のところ、遠近ともに賄えているのだから必要性は薄い。
『防具』は全く必要が無い。
俺が着ている仙衣以上の防具は無い。
カモフラージュ用も自動浮遊盾と携帯バリアで十分。
空間攻撃を防げるような防具があれば、手に入れたいと思うが、そんなピンポイントで狙えるはずもない。
『便利アイテム』や『生活用品』の発掘品にも興味はあるが、流石に希少な機会を興味本位で使用するのは勿体なさすぎる。
「あとは翠石かあ…………」
ある程度の価値が保証されている翠石なら少なくとも爆死することは無い。
1000万Mを注ぎ込めば特級のスキルが手に入るのだ。
制御系スキルなら、秘彗や毘燭に入れても良いし、武術系なら剣風、剣雷にも使用できる。
特級スキルは入れるだけでその機種の一分野を大陸有数のレベルまで跳ね上げる。
少数精鋭を目指す俺のチームになら、揃えておいて損は無いモノだ。
「まあ、芸術系や家事系スキルの特級が出てきても困るけど…………、その場合は売れば良いか」
とにかく翠石神殿を選べば、大きな失敗は無い。
安パイを選ぶのであれば、翠石神殿一択なのだが…………
「さりとて、やっぱり超高位機種が欲しい!」
本音としては俺に尽くしてくれる強くて美しい機種が欲しいのだ。
秘彗や胡狛、辰沙や虎芽、玖雀がいるけど、やはり、紅姫クラスの女性型超高位機種を手に入れたい。
「どうすっかなあ……………」
ウダウダ言いながら、酔っ払いのように玄室の中をウロウロ。
何度も同じ独り言を繰り返し、決めかけては思い直すの連続。
いつもながら『現状維持』と『保留』が信条の俺だ。
結局、決断することもできず、ガチャを回す順番を一番最後に回してもらうことにした。
『こぼれ話』
中央には玄室に現れる神殿を探して、延々とダンジョンを彷徨い歩く者達もいます。
1人1回ガチャを回せる為、人をたくさん集めて玄室を総当たりしていくのです。
この者達は通称『巡礼者』と呼ばれます。
彼等の大部分は、過去、神殿で大爆死し、注ぎ込んだ分を取り返してやる!と暗い情熱を燃やす人々になります。
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