第594話 契約
結局、アルスが従属させた機械種カゲロウの名前は、『パラセレネ』に決定。
愛称は『セレネ』。
考案者は意外にもハザン。
機械種名である『陽炎(かげろう)』の名として、相応しいとも、正反対とも感じる、『幻月』を意味する言葉。
武骨一辺倒そうに見える彼から出てきた名前だとは思えないスタイリッシュ加減。
「お前のその筋肉の何処を叩いたら、そんな洒落た名前が出てくるんだよ」
「筋肉は関係あるまい。培った教養のおかげだろう」
自分の名前が採用されず、拗ねた様子でハザンに絡むガイ。
対して生真面目に返すハザン。
「今はこんなナリでも、小さい頃は学士を目指していたこともある。それに一応、『青指』『黄指』だ」
「へえ? それは凄いな」
素直にハザンへの褒め言葉が漏れる。
この世界で学問を目指そうというだけでもかなりのインテリ。
さらに戦闘もできて、最低限の機械種整備や車両整備が出来る人間は非常に稀。
これまた意外にもハザンは随分と多才な人物であるようだ。
しかし、ガイはそんなハザンの言葉に対抗するような態度で口を開き、
「なんでい………、俺だって新聞を読んでいるぞ」
「うわあ………、やっぱりお前馬鹿だろ」
何でさっきのハザンの学識を聞いて、『新聞を読んでる』で対抗できると思うんだろうね?
ガイが新聞を読んでいるのは知っているけど。
「コラッ! ヒロ! また俺を馬鹿にしやがったな!」
「お前が馬鹿っぽい事を言うからだ!」
どうにもガイの会話を聞いていると、つい本音を漏らしてしまう。
コイツにはかなり気を許しているせいなのかもしれないなあ。
こんな感じで機械種カゲロウの名付けは終了…………
したと思っていたが、もうひと悶着あり、
「アルス様………、彼女への名付け。もう少し後にしましょうよ! だって、私の時は従属契約して頂いてから4日後なんですよ! せめて、私より長く、1週間ぐらい後にしてください!」
「トライア。本当に君は性格悪いね。そんなことするわけがないだろう」
俺達の横で、トライアンフが機械種カゲロウへの名付けを延期するようアルスへ要請していた。
しかもその理由は至って自分勝手なモノ。
当然ながらアルスから駄目出しが飛ぶ。
しかし、トライアンフは血相を変えて反論。
「いやいやいや! ことは従属機械種の序列にも影響するんですよ! これだと名付けまで4日も待たされた私がアルス様から疎まれているみたいじゃないですか!」
「……………………」
「そこで黙らないでくださいよ! アルス様!」
真面目な顔で急に黙り込んだアルスに、慌てた様子で縋りつくトライアンフ。
しかし、残念ながらトライアンフの懇願は無意味なモノに違いない。
すでにアルス陣営の序列では最下層行きは決定事項だろうから。
本気で、コイツ、どうしようもない奴だな。
これはかなりアルスは苦労するだろう。
戦闘後の休憩時間も終わり、そろそろ出発しようかと思い始めていた矢先、
「あっ、そうだ! 忘れてた!」
アルスが素っ頓狂な声をあげて、皆から注目を集めたと思うと、
「えっと…………、ヒロ、アスリン、レオンハルト…………、あのね、提案があるんだけど………」
少し表情を固めに変えて、アルスが呼びかけた名前はこのパーティの機械種使い。
幾分口籠りながら発した内容は、
「『交差契約(クロスコントラクト)』?」
「うん。さっきの罠や奇襲を見るに、そろそろ準備しておいた方が良いかなって………」
「なるほど………」
アルスが言い出した『交差契約(クロスコントラクト)』とは、複数の機械種使いがいるチームが事前に行う予防策のこと。
従属機械種のマスターとして登録できるのは一人だけ。
しかし、サブマスターは3人まで登録可能なのだ。
サブマスター登録をする利点は主に2つ。
何かの理由でマスターがいない時でも、サブマスターが居ればその従属機械種へと直接的な命令を行うことができること。
そして、白鐘の恩寵外でも、機械種使いのサブマスターが近くにいればレッドオーダー化しないこと。
もちろん、サブマスターでは従属契約の解除や移譲はできないし、命令が矛盾すればマスターの方が優先されるのだが、それでも、上記2つのメリットは多大。
エンジュと旅をしていた時もサブマスター登録を活用していた。
エンジュにサブマスター登録させることで、従属機械種を護衛として残しつつ、マスターである俺が離れて行動することができたのだ。
今回アルスが言い出したのは、ダンジョン内でマスターと従属機械種が離れ離れになってしまうようなケースを想定してのこと。
さっきみたいな大掛かりな罠で隊列が分断されることもありうるし、奇襲を受けてバラバラに逃げ出さざるを得ないことだってあるのだ。
そして、万が一、マスターである機械種使いが倒れた時も………
マスターが目の前で死んでしまった従属機械種は、すぐさまマスターロスト状態となる。
その後はマスターロスト時の設定に従い行動するが、しばらくした後、スリープへと移行し活動を停止。
その場所が白鐘の恩寵外であれば、一日と経たずにレッドオーダー化してしまう。
すぐさま、他の機械種使いが従属契約を結べば問題は無いのだが、如何せん、マスターが死ぬという状況は戦闘の最中であることがほとんど。
とても再契約を行っている時間など無いケースが大部分。
しかし、サブマスターが近く居ると、その者にマスター権が移ることがあり、そうなれば、そのまま戦闘を続行させることができる。
その確率は100%ではなく、そのサブマスターとの関係性にも寄るのだが、それでもパーティの安全を考えるのであれば、これを利用しない手は無い。
だから、長期遠征を行う場合やダンジョンの奥深くまで潜ろうとする場合、複数の機械種使いがお互いの従属機械種のサブマスター登録を行うことがある。
これを『交差契約(クロスコントラクト)』と呼ぶ。
もちろんながら、互いに信頼関係が無ければとても成立しない契約ではあるし、これを元としたトラブルや事件は山のように存在するのだけど。
交差契約を持ち掛けて、長期間共に過ごして信頼関係を築く。
ある程度目途がついたところで、探索中にマスターを敵に殺されたように見せかけてこっそり暗殺。
サブマスターとしてマスター権の移譲を狙うという回りくどり陰謀も無い訳では無い。
故にアルスも言い淀んでいたのだ。
最も価値の高い従属機械種を揃えているのは俺なのだから。
…………まあ、今更アルスを疑うのも馬鹿馬鹿しい。
この状況下で俺の従属機械種を狙うと言うのも在り得ないし、白兎の弟子である白志癒が許すわけがない。
だいたい、アルスがどうやって俺を害することができるというのだ。
この場の全員が一斉にかかって来ても俺単体の方が強いのに。
打神鞭の占いや真実の目で確認するまでも無く、本当にこれからのことを考えての提案に違いないだろう。
なら、俺が返すべき答えは1つ。
「そうだな、『交差契約(クロスコントラクト)』はしておくべきか」
俺がそう言えば、アルスの案は通ったも同然。
アスリンもレオンハルトも嫌とは言わない。
この先何が起こるか分からない未知の領域なのだ。
折角手に入れた高位機種。
万が一の備えがあるに越したことはない。
それは俺にとっても同様。
何かの拍子に俺だけどこかに飛ばされるという可能性もあるのだから。
とりあえず、俺の従属機械種である白兎、森羅、廻斗、秘彗、毘燭、剣風、剣雷、胡狛にそれぞれアルスとレオンハルトがサブマスター登録。
輝煉は重量級なので、アスリンにサブマスターとなってもらう。
代わりにアスリンのジャビー、
アルスのセイン、白志癒、トライアンフ、パラセレネ、
レオンハルトのシルバーソードとロベリア。
以上、7機のサブマスター登録を行う。
また、アルスとレオンハルトもお互いの従属機械種達へのサブマスター登録を済ませる。
中量級以下の機械種は、俺かアルス、レオンハルトの誰か一人居れば良いこととなり、
重量級である輝煉とジャビーは俺かアスリンのどちらかでカバーできる。
これでたとえバラバラにはぐれたとしても、従属機械種がレッドオーダー化してしまう可能性がグッと低くなる。
この先に何が待ち受けているか分からない以上、安全策は多い方が良い。
「さて、この辺で今日は終わりだな」
特に強敵との遭遇も無く、順調な行程でダンジョンを進み、あともう少しで地下35階への階段に辿り着くところ。
しかし、すでに夜の7時を回った辺り。
明日のことも考えれば、そろそろ寝床の確保が必要だ。
「ちょうど玄室があそこにあるし………」
俺達が休むには玄室内の敵を倒して、セーフエリアを構築しなければならない。
通常、玄室内の敵は通路に出没するモノよりもレベルが高い傾向にある。
故に今日を締める戦闘として、それなりの激戦が予想されるはず。
「行くぞ! 皆!」
皆を率いて玄室に向かう。
そして、扉の前に辿り着くと、すぐさま胡狛に罠を調べてもらい、危険が無いかどうかをチェック。
「特に罠はありません」
「よし、では突入する!」
巨大な扉の取っ手に手をかけ、ドンっと押し入る剣風と剣雷。
また、その足元から滑り込むように白兎が潜り込み、続けて秘彗、毘燭が突入。
その後に俺やアルス達が足を踏み入れ、すぐさま敵の姿を探して辺りを見回すと、
「なんじゃあ!!」
玄室内の光景を見て思わず絶叫。
「え? これは………」
「まさか………」
「嘘?」
一緒に入ってきたアルス達からも驚きの声。
誰が見ても同様の反応を示すに違いない。
玄室の中には敵がおらず、
壁一面を占める巨大な建造物が3つ並んでいたのだ。
それは紛うこと無き神を祭っているような神殿。
西洋風とも和風とも取れる不思議なデザイン。
しかし、その厳かな雰囲気だけは神を祭る場に相応しいモノ。
「…………………」
一同食い入るように、立ち並ぶ神殿を見つめる。
その目に映る色は様々。
我目を疑う、信じられないという色。
奇跡とも言える出会いに打ち震える歓喜の色。
なぜ『マテリアル』が尽きかけたこのタイミングなのだと深い絶望に苛まれる色。
どうにかしてこの幸運を掴み取ろうという期待の色。
「『ガチャ神殿』…………だ」
その言葉を誰が呟いたのか分からない程に、俺の目は玄室内に現れた施設に釘付けとなっていた。
※次回『ヒロ、爆死す!』
デュエルスタンバイ!
『こぼれ話』
権力者達はこのマスター登録とサブマスター登録を上手く使って機械種を運用しています。
領主や将軍等の権力者が従属させている高位機種を戦場へ派遣する際は、機械種使いの部下にサブマスター登録をさせてから一緒に派遣します。
こうすること従属機械種の所有権は権力者が持ったままで、危険な戦場に出なくても良いからです。
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