第593話 争い
「すまない! 奇襲を防げなかったのは私のミスだ」
戦闘終了後、皆が集まる中で、真っ先にレオンハルトが頭を下げた。
「見える敵だけに注力してしまった。指揮を預かっておきながら、役目を果たせず申し訳ない!」
「いや、それは無茶だろ」
沈痛な表情で謝るレオンハルトへ俺は異議を唱えた。
「今まで一度も現れなかったストロングタイプがいきなり出てきたんだ。しかも姿を消せる忍者系だなんて、想像もできないだろうさ」
「そうだよ。あれだけの強敵を前に、誰も大怪我しなかったことこそ奇跡じゃないか。それを成し遂げたのはレオンハルトの指揮のおかげだよ」
俺の言葉にアルスも追従。
また、アスリンもそれに乗っかり、
「アタシの見る限り、貴方の指揮に瑕疵は無かったと思う。活性化中のダンジョンだもの。不測の事態はどうしても起こりうるわ。多分、これからもね。だから今は、過去を悔やむより、未来の対策に頭を捻りましょう」
「………すまない。君達の言葉に甘えるとしよう。そして、誓おう! このような失態は二度と起こさないと!」
俺とアルスとアスリン。
それぞれチームのリーダーからフォローが入り、ようやくレオンハルトに覇気が戻る。
レオンハルトは随分と責任感が強い人間のようだ。
それだけの責任を負うことのできる能力が自分にあると、自信を持っているこそだろうが、あいにく人間は万能ではない。
そもそもダンジョン内は人智の及ぶ場所ではないのだ。
特に活性化中ともなれば、何が起こるか分からない魔境。
どれだけ万全の対策を取ろうと、100%の安全策には成り得ない。
だからこそ、過ぎたことに拘るよりも、これからのことについて考えるべき……
パタパタ
『自分ができないからって、指揮をブン投げたのはマスターだけどね』
「分かってるわい」
俺の足元の白兎から鋭いツッコミ。
白兎に言われるまでもなく、一番大変なタイミングで指揮をレオンハルトにブン投げたのは俺なのだ。
誰もそこを突いてこないが、俺自身も相当な無茶ぶりをした自覚はある。
「従属機械種ならともかく、俺に人を率いるのは無理だろうな………」
自分のことですら手一杯なのだ。
とても他人のことにまで気を回すのは俺には無理。
自分の能力の限界を思い知り、苦い表情を浮かべる。
『闘神』と『仙術』スキルというチートをもちながらも、やはり俺は万能とは程遠い人間でしかないのだなあと改めて自覚した。
その後、話題はアルスが手に入れた機械種カゲロウへと移り、
「僕が手に入れたこの機械種カゲロウについてなんだけど………、パーティの共有財産に移そうと思うんだ」
「はあ?」
唐突にアルスが申し出てきたのは、今回の戦闘でアルスが手に入れた機械種カゲロウの処遇。
アルス曰く、従属させたのは自分だが、それはあくまで戦闘中の行動内でのこと。
従属機械種にしてしまったとはいえ、これも立派な新人狩人連合パーティーでの戦果。
なら、パーティの共有財産に戻して、地上に戻った後、キチンと皆に配分するべきだ………と。
まあ、アルスが言いたいことも分からないでもない。
今のように複数の機械種使いが一緒に行動する連合チームだと、戦闘で得られた戦果は誰が手に入れたかは関係なく、全て共有財産にまとめ、その後にそれぞれの活躍に応じて配分を行うことが一般的。
なぜなら、先に手に入れた者勝ちにしてしまうと、絶対に我先にと取り合いが始まり、とても連携どころではなくなってしまうから。
特に希少なストロングタイプともなると、誰もがそのまま欲しいと望む為、マテリアルに変換して分けることが難しくなる。
故にパーティ内の規律を守る為、アルスは自ら、手に入れたばかりの機種を手放そうと申し出てきたのだ。
「おいおい! 折角従属させたストロングタイプだろう? しかも貴重な蒼石を使って………」
「まあ………、その蒼石も棚ぼたで手に入れたモノだから………」
アルスは俺の言葉に曖昧な表情を浮かべ、
「やっぱりこの辺はきちんとしておかないと…………、心残りが無いとは言わないけれどね」
チラリと背後に立つ女忍者系に少しだけ名残惜しそうな視線を送る。
口を挟もうとせず、ただ黙ってマスターであるアルスの背後に控えている女忍者系。
どこか所在無さげに立ち尽くし、表情には乏しいものの、蒼く光る目に悲痛な色を滲ませているように見える。
マスターが自分との契約解除を行うと申し出ているのだ。
従属機械種としては、これ以上悲しいことは無い。
だが、それに異を唱えようとする素振りも見せない。
忍びだけあって、自己主張をしない控え目な性格であるようだ。
う~ん………………
アルスの言う通りにするとなると、この女忍者系のストロングタイプは一旦パーティの共有財産となり、配分的にその半分を受け取る予定の俺が獲得する可能性が高くなる。
アルスがどうしても欲しいと主張し、マテリアルで補えるのであれば、精算時に引き取ることも可能であろうが、元々アルスの手持ちは少ない。
この先に現れるであろう獲物の配分や、今回の依頼の報酬を期待するにしても、足りるかどうかは微妙な所。
俺が貴重な女忍者系を手に入れる絶好の機会なのではあるが…………
俺、他人のモノを取るって嫌いなんだよね。
NTRはNGなのだ。
恋愛物は純愛に限る。
別にマスターと従属機械種の間に恋愛感情があるわけでは無いが、それでも、この女忍者系はアルスのモノであった。
一度、俺がそう認識してしまっているのだ。
それはもう覆しようもない事実。
アルスから取り上げてまで欲しいとは思えない。
この女忍者系はアルスが従属したままであるのが俺的にはベスト。
だから俺がここでかけるべき言葉は……………
「別にアルスが従属させていてもいいんじゃないか?」
パーティ内で一番発言力のある俺がそう言えば、それがこの場でのルールとなる。
「確かに狩人のルールとしてはソレが一般的かもしれないが、その辺は特に決めていなかったからな。だったら、今回はそのままで、これ以降で手に入れた機種は山分けすればいいだろう」
「でも、それじゃあ………」
尚も渋ろうとするアルス。
本当に生真面目にも程があるな。
「では、採決を取ろうか? どうだ、皆?」
集まっているメンバーを見渡して問いかけた。
主張を曲げないアルスに最終手段を取ったのだ。
すると、答えは、
「ヒロに賛成。ストロングタイプとタイマンでやり合って、手に入れたんだ。それでいいじゃねえか」
「アタシも同じ……………、どうせ中量級だから従属できないし」
「私のミスをカバーしてくれたのだ。反対など口が裂けても言えんよ」
「む………、俺は立場上、中立で居ざるを得んな。だが、結果は変わらないだろうが」
ガイ、アスリン、レオンハルト、ハザンが意見を表明。
「だってさ。どうする?」
「………………ありがとう。皆………」
ぐうの音も出ない結果にアルスは降参。
感極まった様子で笑顔を浮かべる。
背後に立つ女忍者系も表情には出さないがほっとした雰囲気を醸し出す。
「全く……………、よくもまあ、こんなに気のいい奴等が揃ったもんだ」
アルスを囲む皆を眺めながら、ふと、この活性化中のダンジョンに集うことになった偶然に思いを寄せる。
「狩人同士ってのは、もっと殺伐とした関係で、獲物の取り合いなんて珍しくないって聞いていたけど……………」
未来視内での猟兵同士での会話だから、狩人を悪く言っていただけなのかもしれない。
この街に来てから、俺が出会う狩人は皆良い人達ばかりだったから。
もし、俺がこの街に来ていなかったとしても、きっとこの4人はあまり変わらなかったであろう。
互いに切磋琢磨しながら、新人狩人トップを競い合う、ライバル関係であっただろうに…………
それはそれで、どんな風になっているのか気になる所だけど………
************************************
【未来視発動】
(条件:アルス、ハザン、アスリン、レオンハルト達と出会わなかった未来)
⇒バルトーラへの到着が1年近く遅れた。
試験期間がアルス達とズレた為、彼等と出会わない。
(場所:バルトーラ管轄の未踏破区域)
(時間軸:今よりも半年以上先の未来)
(設定:白露が白雲から『守護者討伐』の要請を受けていない)
未踏破区域の紅姫の巣の中。
それも紅姫がいる最奥への一つ前の大部屋。
「狩人ヒロ。どうやらここのようですね」
「へえ? そんなの分かるのですか………、流石は鐘守」
「エッヘン! ツユちゃんは凄いのです!」
無い胸を大きく張る白い少女。
銀髪ツインテールを揺らし、自信満々な様子で反り返っている。
「尊敬しても良いのですよ。そして、私の打ち手となること認めてあげましょう!」
「あ………、それは遠慮します」
「なんでですか! こんなに可愛い可愛いツユちゃんが健気に誘っていますのに!」
「本当に健気な子は自分で自分のことを健気って言わないと思いますよ」
「ガーンッ!! ………………ラ、ラズリー! この人、取りつく島も無く、素で返してきます! ツユちゃんの魅力が全然通用しません!」
俺の遠慮の欠片も無い返事に、白露は慌てた様子で背後のメイド型機械種へと振り返る。
しかし、そのメイドは俺に輪をかけて遠慮のない返し方を披露。
「まあ、白露様の魅力が通じないのはいつものことですが」
「なんでラズリーもそんな返し方するんですか! 少しぐらいは愛情を足してください!」
「ああ! それは申し訳ありません、白露様……………、右ストレートでよろしいでしょうか?」
「びゃっ! ………何で愛情表現が右ストレートなのですか!」
「何でも巷では殴り合って友情を深め合うそうなので。『殴り愛』とでも言うのでしょうね。別に白露様が殴り返して来ても構いませんが」
「そんなの絶対にツユちゃんが負けるに決まっているじゃないですか! 一方的にボコボコにされるのが目に見えています!」
「白露様、ご安心を。ボコボコにはなりません。一撃で沈めますから、ボコッ! だけですよ」
「言い方を変えただけで殴られるのは一緒です! このメイド、愛情表現が過激すぎますせんか! ツユちゃん、こんなんじゃ身が持ちません!」
はあ、なんだかなあ…………
鐘守とメイドのやり取りを眺めながら、疲れたようなため息一つ
バルトーラの街で秤屋に登録し、それなりに活躍したところに今回の依頼が舞い込んできた。
依頼人は征海連合のお偉いさん………のご息女。
なんでも、半年以上前に消息を絶った婚約者の痕跡を探してほしいとの依頼。
その婚約者は、同じ征海連合の大幹部のご子息で、箔を付ける為にこの街で狩人業に勤しんでいた若者。
かなりイイ線まで行っていたらしく、同じ時期に秤屋へ登録した新人狩人の中でトップ争いをするまでだったとか。
しかし、あともう少しで卒業という所で、未踏破区域の巣に挑み、消息を絶ってしまった。
もちろん生存が絶望的なのは理解しているそうなのだが、どうしてもその最後を知りたいと、この俺に依頼してきた。
つい先日、同じ未踏破区域の紅姫の巣を攻略した俺へと。
過去を見ることのできる鐘守を連れていくという条件と共に。
「俺の鬼門である鐘守と同行なんて、普通なら絶対ゴメンなんだけど………」
莫大な報酬を積まれたのだ。
その上で、依頼者の女性に泣きつかれた。
それもめっちゃ胸のデカい美少女に。
もう俺に断る選択肢など無かったのだ……………
フルフル
『そうかなあ?』
「そうなんだよ!」
俺の足元で耳を振るう白兎。
相変わらず、自分の役目とばかりに俺へのツッコミを欠かさない。
「全く、あんな美少女を泣かすなんて、何て悪い男なんだ。金持ちなら大人しく危険の無い仕事をしていりゃあ良いのに」
会ったことも無い婚約者の男への非難が漏れる。
どんな背景があったのかは知らないが、死んでしまっては全てが無駄。
俺が来るまで何十年と攻略されていない未踏破区域の巣に挑むなんて、無謀もいい所。
「さっさと終わらせて帰ろう」
フルフル
『紅姫は倒さないの?」
「あの鐘守がいるからなあ…………」
俺の敵かもしれない白の教会の手先なのだ。
そんな連中の前で俺の実力を晒すのは危険。
ただの紅姫なら実力を隠したままで討伐できるかもしれないが、何十年経っても攻略できていない難易度の高い巣なのだ。
全力を出さざるを得ない状況に追い込まれる可能性を考えると、ここで無理をする必要はない。
「さて………、あの鐘守の『過去を見る』力ってのを拝見させてもらうことにしますか」
そして、白露が施した『過去視』の映像化による内容は………
「征海連合の狩人として、ここで引くことは出来ん。新人狩人トップの座は譲れんからな」
「アタシも引くつもりはないわ。ここで引けるなら、こんな所まで来ていない」
「僕もそうかな。目指す夢の為には、どうしてもトップだったという実績が必要だから」
「ああ、そうだ。俺も引くわけにはいかん。辿り着くまでにかかったコストを考えると、ここで引けば俺達は終わりだ」
「ハンッ! まどろっこしい! こう言えばいいんだよ! 『お前等、全員邪魔だ。紅姫討伐は自分だけで成し遂げる!』……てな!」
半年前、この部屋で行われたやり取りが、白露の力で映像化されている。
まるで立体映像のように映し出されるその時の場面。
映像だけではない。
過去の音声も再現され、この場だけ過去にタイムスリップしたかのような光景が繰り広げられている。
5人の若者、そして彼等が率いる従属機械種達がこの部屋に集い、今にも戦闘を始めようかと言うような雰囲気。
どうやら巣の攻略中にライバル同士がかち合ってしまったのであろう。
目指す目的地が同じなのであれば、当然、辿り着く道も交差し合う。
事前に集めた情報によると、彼等が挑んだ紅姫の巣は、その直前にバルトーラの街、最強と言われる狩人が挑んだらしい。
だが、紅姫の間まで辿りつきはしたものの、激しい戦闘の末、敗退。
しかし、その狩人は生きて帰り、それまでの情報を秤屋へと流した。
敗れはしたが、紅姫をギリギリまで追いつめた。
今なら未踏破区域の紅姫の首を取れるかもしれないと。
だが、その情報は秤屋内部にいた内通者から瞬く間に街中の秤屋へと漏れてしまった。
そして、その情報に新人狩人の中でも、トップ争いをする5チームが食いつき…………
それが今の状況を作り出す原因となったのだ。
ここは、ちょうど紅姫がいる最奥まであともう少しという大部屋。
ここで彼等が出会ってしまったのは必然なのかもしれない。
「勝てるつもりかね? こちらにはストロングタイプ剣士系がいるのだが?」
「フンッ! こっちには竜種がいるわ。そんな鈍らで竜麟を削れるのかしら?」
「へえ? 機械種マカラか。ドラゴンタイプ下位の………、まさか竜種と正面から戦う日が来るとはね。おまけにストロングタイプも。紅姫戦の前にはキツイなあ」
「倒せない敵ではあるまい。その為の武器も揃っている。それに従属機械種も」
「ハハハッ! そんなお人形に頼らないと戦えないのかよ! お前等、それでも狩人か?」
威圧と挑発が繰り返される。
だが、いずれのチームも引こうとはしない。
俺からすれば、ここまで戦力が整っているなら、一緒に紅姫に挑めばよいのにと思ってしまうが…………
おそらく、そこまで信頼できる関係ではないのだろう。
強敵相手に信頼できない相手と組んで戦闘などできるわけがないから。
同じ秤屋の狩人同士でも争うことがあるのだ。
見る限り、あの面々たちはそれぞれ別の秤屋に所属していると思われる。
ならば、最初から一緒に挑むと言う選択肢は無いのだ。
「どうやら争いは避けられんか…………、仕方がないな。こちらとしても、トップを取れという本部からの命令には逆らえん」
「こっちも同じよ。マダム・ロータスの期待には応えないと!」
「やっと見えてきたトップの座なんだ。そう簡単には諦めきれない!」
「手を伸ばせば掴める所にある。ここまで来たら掴む以外にあるまい!」
「俺だって、パティさんやお嬢に誓ったんだよ! 絶対に天辺取ってやるってな!」
もう彼等の争いは止められない。
本来、紅姫を前にして、人間同士で争うなど愚の骨頂。
しかし、彼等にはそれぞれ引くことのできぬ事情がある様子。
もしくは、それほどに重いのかもしれない………
新人狩人トップの座というモノが………
「全く、野蛮な連中たちだ。自分の実力も分からんとは………、酒など注いでやるのではなかったな」
「あら? それはこっちのセリフ。貴方達、野蛮な男どもはいい加減、見飽きているの。さっさと磨り潰して、見苦しくないようにしてあげる」
「やっぱり僕達は狩人同士。獲物を取り合うのが宿命なんだね。仲良くなんてできるわけないか」
「そうだな。実力がこうも近いと、どうしてもお互い獲物が食い合ってしまう。これはもう必然だな」
「うるせえ!うるせえ! 小難しい事、ピーチクパーチク囀るんじゃねえよ! 前から、お前達のことは気に喰わなかったんだ!」
そして、彼等は開始した。
人類に何の益ももたらさない人間同士の戦いを。
そして、何も残らなかった。
未踏破区域の巣は結局、未踏破区域の巣のままで俺達を迎え入れることとなった。
白露が露わにした過去映像が終わり、俺達の間にしばらく沈黙が続く。
何とも言えない感情が心の中を渦巻いているのだ。
『何でそうなった?』
『どうにかならなかったのか?』
『どこかで止めようとは思わなかったのか?』
ここで起きた惨状は粗方理解できた。
そして、依頼である対象の最後も。
発掘品使いと思われる狩人が瀕死の状態で繰り出した鞭の一撃。
在り得ない角度で襲いかかった鞭の先端が、依頼人の婚約者と思われる若者の額を割ったのだ。
直後にその発掘品使いは剣士系と思われるストロングタイプに切り殺されたので、ほぼ相打ちと言えるだろう。
その相棒らしい強化人間は竜種に頭を踏み潰され、その竜種を従えた少女は右腕を機械義肢に換えた改造人間の少年によって殴り殺された。
その改造人間の少年は、おそらくマスターロスト時の設定に基づいたと思われる竜種の反撃で死亡。
残ったのはマスターを失った従属機械種達だけ。
彼等はマスターを失った感情を爆発させ、怒り狂いながら互いに殺し合いを続けて、
結局、何一つ残すことなく、空しく残骸を晒しただけとなった。
「えっと………、白露様、どうします?」
沈黙に耐えられずに、黙ったままの鐘守に尋ねる。
「見たままを話しますか?」
今回の依頼の内容で言えば、『貴方の婚約者は紅姫に辿り着くことなく、功を焦って人間同士で争い、互いに相打ちになって死亡しました』だ。
しかし、それを聞けば、随分とその婚約者に入れ込んでいる様子の依頼人がどのような反応を見せるか火を見るよりも明らか。
故人の名誉を傷つけるつもりはないが、さりとて、依頼を受けておきながら正直に話さないのもどうかと思う。
自分だけでは結論を出せず、つい、隣の同行者へと質問を投げかける。
だが、投げかけてはみたものの、相手は白の教会の要職にある鐘守であるとはいえ、今の俺の年齢よりもずっと下の幼い少女。
こんなどうしようも無い過去を曝け出してしまい、さぞかし、ショックを受けているかもしれないなと思っていたが、
すると、白露から返ってきたのは、驚くほど冷静な口調での答え。
「私が曝け出した過去は、ただの『過去』です。今のあの子に必要なモノとは思えません」
「え?」
意外な答えに思わず顔を覗き込むと、そこには驚くほど大人びた表情を浮かべた、鐘守の姿が目に入る。
薄暗いダンジョンの中でさえ、美しく映える銀色の髪。
幼いながら雪の妖精を思わせる可憐な相貌。
海の色を思わせる慈愛を含ませた青い瞳。
凛と立つその姿は、間違いなく人々の敬愛を集める鐘守の姿。
少し前までメイドとガヤガヤしていた雰囲気はどこにもない。
「あの子に本当に必要なのは、この場で見たモノとは違う答えでしょう。美しい過去はそのままにしておくべきだと思います」
「…………………偽りを述べると? 貴方の婚約者はレッドオーダーと勇敢に戦い、散りました………とか言って」
「はい」
小動もしそうにない返事。
幼い少女の声ながら、もっと年上なのでは、感じてしまうほどの落ち着きぶり。
「報告は私から行います。貴方は嘘をつく必要はありません。私が暴いた過去は私だけが見たと。だから全ての咎は私が背負います」
「……………むむ」
つまり、この少女は自分だけの責任で、あの依頼人を傷つけないような報告を仕上げるつもりらしい。
俺はその過去を見ていなかったことにしておけば、万が一、偽りがバレようとも俺に責任が降りかからないと。
しかし、それはそれで、こんな幼い少女に責任を押し付けるような形になってしまい、俺の良心が咎めてしまうんだが………
「狩人ヒロ。悩む必要はありません。貴方は良く勤めを果たしてくれました。それで十分です」
「いえ、その………」
「貴方は狩人。人々の生活を守るのが貴方のお仕事ですよ。人々の心を救うのは私達鐘守の仕事です。だから任せてください」
「…………………」
まるで先生から諭されているような感じ。
自分よりずっと年上と話しているような気分になる。
「では、すみません。お願いします」
「はい、任されました」
ニッコリと微笑む鐘守の少女。
それだけで眩く感じてしまう程に、その笑顔は魅力的に見え、
こんな人の良い鐘守もいるんだな………
その笑みにほんの少しだけ救われた気持ちになった。
こうして、幼い?鐘守との仕事は終了。
紅姫の間の直前まで来て引き返すのも妙な気分になってくるが、ここで変に欲をかいても仕方がない。
バルトーラでの試験はまだまだ残っているのだ。
また次の機会に挑むこともあるだろう。
その時は必ず紅姫の首級をあげてやるさ。
ここで散ったあの若者達の無念を晴らす為にも。
*************************************
【未来視終了】
ピコッ!
『どうしたの? ぼーっとして』
「んあ? ……………あれ? 何か見ていたような………」
白兎の声かけによって、ハッと我に返る。
少々微睡んでしまっていたらしい。
そろそろ夕方に差し掛かっているから、疲れているのであろうか?
かなりショッキングな夢を見ていたような気分。
だが、思い出そうにもその内容はすでに忘却の彼方。
とても気になる内容であったはずなのだが…………
「ヒロッ! ちょっといい?」
しばらく思い出そうとしていると、ワイワイガヤガヤやっていた面々の中からアルスの声が飛んでくる。
「この女忍者系に名前を付けてあげようと思うんだ。一緒に考えてくれない?」
「おいっ! 折角、俺が『シャドウクロウ』って、良い名前の候補を挙げてやったのによ!」
「ごめんね、ガイ。少しゴロが悪いから」
ガイが拗ねたような声を上げると、アルスは苦笑いで返す。
「折角の女性型なんだ。もう少し女性的な響きがほしいな」
また、ハザンからも否定的な意見。
さらに………
「アハハッ! ガイって、センスな~い!」
「本当ね。女性型に付ける名前じゃないわ」
「ガイさん。もう少しセンス磨いた方が良いですよ」
「お………おい、そこまでかよ………」
女性3人からも案の定ボロクソ。
流石に凹んだ様子を見せるガイ。
「多分、センスが悪いんじゃなくて、頭が悪いんだと思う」
「なんだと! ヒロ! 俺を馬鹿呼ばわりするな!」
「機械種カゲロウをシャドウクロウって何なんだよ! もう少し頭を捻れ!」
「まあまあ、ガイ、ヒロ。喧嘩は止めたまえ」
いつもの俺とガイとの言い争いに割って入って来るレオンハルト。
「ネーミングは人それぞれ。きっとガイのセンスを分かってくれる人もいるはずだ」
「おお! レオンハルト、話が分かるじゃねえか!」
「まあ、私の機械種に名付けてもらおうとは思わんがね」
「おい!コラ!」
アハハハハハハハッ!!
綺麗にオチが決まって、皆が大笑い。
少し前まで、あまり接点の無かった者達も、ダンジョンを進む中で仲良くなっている。
それぞれに抱えている夢があり、その為には競い合うライバルでしかないのが俺達の関係。
だが、そんなことに誰も彼も欠片も拘らず、一つの目標に向かって邁進しようとしている。
本当に俺には勿体ないくらいの良い仲間達だ。
「………………この街で、お前達に出会えたことが一番の成果だったのかもな」
誰にも聞かれぬよう、小声で感想が漏れる。
そして、ふと、俺が今見ている光景が、本来あり得るモノでは無く、
奇跡的な確率によって生まれた、本当に貴重なモノであるような気がして、
「守らないと。せっかく生まれたこの縁を…………」
心に新たな使命を胸に、俺はこの光景を守り抜くと誓った。
※
主人公がいないとアルスチーム、アスリンチーム、レオンハルト、ガイは熾烈なトップ争いを繰り広げます。
最初はそこまで関係が悪くなかったのですが、獲物がカチ合ったり、周りから煽られたりしてうちに、だんだんと余裕がなくなって、最後の方はかなり険悪な状態となっていました。
主人公がいると、その圧倒的な独走状態に、トップを狙うなどどこかに吹っ飛んでいってしまい、そこまで追いつめられることはなくなります。
本来、新人狩人達にプレッシャーをかける上層部も、『アレは仕方がない。運が悪かったな』と逆に同情めいた声をかける始末。
ある意味、主人公の存在が彼等を救った形になります。
【こぼれ話】
通常、狩人達が巣を攻略する際、必ず秤屋が間に入って調整を行います。
これは獲物がカチ合って狩人同士が争わないようにする為です。
ただし、身内ならかなり細かい部分まで調整できるのですが、他店が絡むとそう上手くはいきません。
秤屋間で巣への攻略状況の情報共有は行っているものの、必ずしも正確な情報ではない時もあり、やはり所属が異なる秤屋の狩人同士はぶつかり合うことがままあります。
今回の未来視のケースは、時間に余裕が無く、トップ争いが絡む案件であった為、秤屋間で上手く調整できなかったことが原因です。
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