第592話 忍者



「そいっ!」



 姿を現したストロングタイプの忍者系、機械種ジョウニンに対し即座に攻撃。

 右手一本での瀝泉槍の突きを繰り出す。


 また透明になられると厄介。

 何か行動を起こす前に片付けてしまうのが吉。


 それに、まだ本調子でないレオンハルトと非戦闘タイプの胡狛を庇いながらの戦闘。

 しかもこちらは廻斗達へと至急駆けつけないといけない身。


 いきなりストロングタイプが現れたのは驚いたが、今まで散々紅姫や臙公、果ては緋王ともやり合った俺だ。


 今更怖気づくような相手ではない。




 サクッ!




 あっさりと胸の中央を突かれる機械種ジョウニン。


 そればかりか何の抵抗も無く、完全に背後まで貫通。


 金属の装甲を貫いたにしてはあまりの手ごたえの無さ。


 それもそのはず。


 胸の中央を突かれた機械種ジョウニンの機体はあっという間に塵へと霧散。

 どうやら外見は見せかけだけの装甲、中身は伽藍堂である様子。

 


「おっと………」



 勢い余ってそのまま踏鞴を踏む俺。

 

 中量級の装甲を貫くつもりで放った突きが、ほとんどすり抜けてしまった為に、大きく体勢を崩してしまう。

  

 

 バッ!!



 すぐさまその塵へと帰った分身の背後から現れる忍者系の本体。


 弾けるように飛び上がったソレは、易々と俺の頭上を飛び越える。


 そして、俺の背後へと一瞬で回り込み、俺の首を狙ってくる。


 これこそ生成制御と幻光制御の合わせ技。

 忍者系が得意とする空蝉の術。

 己の分身を囮とした奇襲戦法。



「このっ!」


 ブンッ!



 槍を引き戻すことを諦め、半身で振り返りながら背後へ左手での裏拳を放つ。


 しかし、流石は抜群の運動性能を持つストロングタイプの忍者系。

 ストロングタイプ随一とも言える回避性能でもって、俺の左の裏拳を軽々と回避………

 


 

 スパンッ!!




 俺の裏拳を避けたはずの忍者系の首が飛んだ。


 一瞬、機械種ジョウニンの赤の瞳が驚愕と困惑に瞬いたのが見えた。


 完全に回避したはずなのに、『なぜ?』と。




 機械種ジョウニンは確かに余裕を以って俺の拳は回避していた。


 だが、俺の甲から伸びた見えない刃には気づかなかったのだ。

 


「不可視は忍者系だけの特権じゃないんだよ」



 左手のグローブ『幽玄爪』から生やした不可視の刃を引っ込めながら呟く俺。


 首を失った忍者系の機体はガクッと力を失い、そのまま床へと倒れ込んだ。




 ストロングタイプの忍者系、機械種ジョウニンとやり合ったのは2度目。


 1度目は彼の空蝉の術にまんまと引っ掛かり、右目を抉られかけたのは苦い思い出。


 同じ轍は2度も踏まない。


 最初に体勢を崩したのも相手の油断を誘うことが目的だった。

 相手に逃げ回られると厄介なので、短期に決着をつける為、わざと隙を作って誘い込んだのだ。

 



「さて、廻斗達の方に向かわないと………、レオンハルト! 構わないな?」


「ああ、頼む…………、奇襲を見抜けなくて申し訳ない」


「気にするな。いきなりこんな所でストロングタイプの忍者系が現れるなんて誰も思わんさ」



 人間は万能ではないのだ。

 レオンハルトは十分に役目を果たした。

 奇襲は見抜けなかったが、それをフォローするのは俺達の役目であろう。



「胡狛、後は任せたぞ」


「はい、お任せください」



 レオンハルトと胡狛に声をかけてから、廻斗達の方へ駆け出す。









 廻斗達が相手にするストロングタイプの忍者系の戦闘模様は、途中、戦闘を終わらせたらしいガイとハザンが参戦し、膠着状態に陥っていた。



 ハザン、ガイ、そして、ニルを背後にしたドローシア。

 それぞれを頂点とした三角形の真ん中に、忍者系を囲んでいるような陣形。


 さらに忍者系の機体には緑色の塗料がぶちまけられている。

 誰かしらが透明化を妨害する為に、スプレーのようなモノで噴射したのであろう。

 

 おそらく光学迷彩を邪魔する特殊な成分が含まれている塗料。

 誰が持ってきたのかは知らないが、随分と用意周到な人物もいたものだ。

 




 右手の機械義肢で拳を握り込みながら、ジリジリと間合いを詰めるガイ。


 両手でハンマーを構えて、少しずつ圧力をかけているハザン。


 盾を前面に出して、防御態勢を継続しているドローシア。


 囲まれた状態の忍者系はいつでも迎撃できるような構えのまま、3方へと目線を配りながら待ち構えている様子。



 しかし、俺が駆け寄って来るのを見て、即座に方針を転換。

 身を翻して一方を食い破らんと突撃を開始する。



 向かう先は………、ドローシア。

 


「えっ! こっちですか!」



 ドローシアの狼狽えた声が響く。


 敵が最も戦闘力が低そうなドローシアを狙うのはある意味当然。



「コラッ! 何でそっちに行く!」

「ムッ、イカン!」



 慌ててガイとハザンが駆け寄ろうとするが、素早い忍者系の動きに間に合う訳も無い。



「わっ、わっ……」



 盾を構え、棍を前に出しつつも、腰が引けた様子のドローシア。


 相手がストロングタイプともなれば無理もあるまい。


 だが、相手はそんなことを考慮してくれるはずも無く………



「ドローシア! どいて!」


「ニル?」


 

 さっとドローシアの前に出てきたのはニル。


 150cmに満たない小柄な少女が前に立つ。

 

 銃は腰のホルダーに収納したまま、武器も持たずに迎え撃つ姿勢。


 手をなぜか右目に当てながら、迫り来る忍者系に向けて叫ぶ。



「『ニルルン・アイ』!」



 ビリッ!!



 ニルの右目から眩い電光が放たれた。

 文字通りニルの眼球から紫電が迸ったのだ。


 その目はおそらく義眼なのであろう。

 しかも戦闘用の隠し武器として利用できるタイプ。


 電流が火花を上げて、前方5mの範囲を駆け巡る。


 ちょうど襲いかかってきた忍者系を巻き込む形で。


 

 忍者系の動きが止まったのはほんの一瞬。


 ストロングタイプともなれば、多少の電撃ぐらいで傷つきもしない。

 

 だが、電流は機体の表面の僅かな隙間から内部へと通電。

 機械種の動きを司る信号パルスを一時的に混線させる。


 それは至近でやり合う戦場では致命傷とも言える隙となる。



 そんな一瞬の隙を着いたのは、いつの間にかニルの足元で腰を落とし、相撲で言う立ち会いのポーズで構えていた廻斗。



「キィ!」



 行司から『はっけよい!』とかけ声をかけられたように、弾ける勢いで忍者系に向かって床の上をダッシュ。


 その速度は正しく疾風。

 歴代の立ち合い速度に秀でた幕内力士達とも比肩しうるほどのスピード。


 動きを止めた忍者系の右足へと両手でしがみつき、



「キィィィ!!!」

『天兎流舞蹴術、合掌兎捻り』



 なんと右足を抱えたまま、捻るように持ち上げてブン投げた。



 バタンッ!!



 体長30cm程の小さな子猿にブン投げられ、床に転ばされたストロングタイプの忍者系。


 もちろん床の上にブン投げられたこと自体は大したダメージではない。


 だが、そこへ追い打ちとばかりにドローシアが電磁鉄棍を以って飛びかかり、



「たあ!」


 ドスッ!



 比較的装甲が薄い腹部へと棍先を突き立て、



 ビリビリビリビリビリビリビリッ!!!



 電磁鉄棍の機能の1つである高圧電流を流し込む。


 

 さらに、



「フンッ!」



 駆けつけてきたハザンが、抵抗しようとした忍者系の右腕をハンマーで砕き、



「オラァ!」


 

 続けてガイが、動力部に当たる胸の中央へと拳を叩きつけてトドメを刺した。












 あ………

 なんか、俺が駆けつける前に終わってしまったみたい。



 えっと…………

 では、アルスの方は………



「皆、大丈夫?」



 ちょうどタイミング良く、戦闘を終えたらしいアルスが俺達の方へと駆け寄って来る。


 どうやら見る限り大きな怪我は無いようだ。


 その後ろには少々ぎこちない動きのセインと、そんなセインを労わるように傍に付き添う白志癒の姿が見える。


 そして、なぜか、見知らぬもう1機の姿も…………



「え? 誰?」


「あ………、ヒロ。見て見て! 僕、やったよ!」



 キラキラと星でも舞いそうな眩い笑顔を向けてくるアルス。



「従属させたんだよ! ストロングタイプを!」


「何?」



 思わずアルスが連れてきた機種に視線を向ける。


 すると、寡黙な様子で軽く目礼で返してくるストロングタイプ。



 身長は先ほどのストロングタイプの忍者系よりも10cm程度低い。


 ギュッと引き締まった細身の機体。

 ピチピチの群青色をベースとしたスーツに身を纏った軽装。

 どこか和を感じさせる着物に似たデザイン。

 

 薄緑の髪を後ろでまとめた髪型。

 青く輝く目から下を首から巻いた長布で隠しているが、その涼やかな目元だけでも美人とはっきりわかる外観。 

 スレンダーな体形だが、どこか大人の色気が漂う女性型。




「ま、まさか………、ストロングタイプ、女忍者系……、機械種カゲロウか!」




 驚愕の表情を隠せない俺。

 それほど、ジョブシリーズ、女忍者系は大変珍しい機種だ。


 忍者系自体がかなり珍しいのに、さらにその女性型となると、ほとんど世に出回らない。

 元々、裏方で動く機種だからということもあるだろう。

 

 通常の忍者系に比べ、近接戦能力は多少劣るが、その分、マテリアル術に秀でる。


 幻光制御による光学迷彩はもちろん、火遁や土遁………、

 

 いやいや! 燃焼制御や錬成制御、または、毒物を作り出す生成制御等を得意とするバランス系。


 もちろん、斥候や開錠、罠関係も得意。

 ただし、それぞれの専門職程ではない。

 出来ることは多いが、スキル構成によっては器用貧乏になりやすい機種とも言える。


 ちなみにノービスタイプは機械種クノイチ、ベテランタイプは機械種シラヌイ。


 シラヌイは、格闘ゲームで有名な全然忍んでいない『日本一!』なくノ一が元ネタなのであろうが、カゲロウは一体何なのであろうか?


 そう言えば、水戸黄門で毎回風呂に入るお色気枠のくノ一が、そんな名前であったような………




 しかし、まさかアルス達が対峙していたレッドオーダーが女忍者系だったとは思わなかった。


 なんで俺の方に来なかったんだよ! ………と、つい妬んでしまいそうになる。

 俺の方に来ていれば、従属させていたのは俺であっただろうに……と。

 

 すでにアルスが従属させているのだから、今更の話ではあるが、運命に寄る偏りに少々理不尽なモノを感じざるを得ない。


 やはりこの辺も顔のせいなのであろうか?


 機械種ジョウニンよりも、女性型の機械種カゲロウの方が良かったのになあ……… 




 いや、少し待てよ。

 

 少なくともストロングタイプ、忍者系の晶石は手に入ったんだ。

 だから、晶石合成で俺のメンバーの女性型に忍者の職業を追加すれば同じことではないだろうか?


 例えば、秘彗か胡狛にトリプルになるまでの経験値が貯まれば、あともう一つ職業を追加できる。

 

 秘彗に追加すれば、念願の近接戦能力と斥候技能が身に付き、前衛でも戦えて、なお且つ、罠や索敵、警戒なども熟せるオールマイティな機種となる。


 また、胡狛であれば、非戦闘員から準戦闘員にまで戦闘力を高めることができるだろう。

 そうすれば護衛も必要なくなるし、罠関係のスキル向上も見込まれる。


 さらに、新しく仲間になったメイド型という線もある。


 辰沙なら、弱点である速度が上昇。

 虎芽なら、長所の近接戦能力がUP。

 玖雀なら、さらに斥候能力に磨きがかかる。


 

 う~ん…………

 悩ましい………… 




 ………まあ、それはともかく。




「どうやって捕まえたんだ?」



 これはどうしても聞いておきたい。

 アルスの実力からすれば、ストロングタイプはかなりの強敵。

 

 相当な実力差が無いと無傷で捕獲した上で、蒼石を叩きつけるのは相当難しい作業。


 一体どのような手段でそれを行ったのか………



「えっと、ハッシュが…………」


「アアアアアアアアアアア!! イイイイイイイイイイイイ!! ウウウウウウウウウ!!」



 それ以上アルスの言葉が聞こえないように、手で耳を塞いで大声あげる俺。



「もうそれはいいから」


「止めろ! 止めてくれ!」


「はいはい」



 結局聞かされる羽目になってしまった。


 

「また、透明化された時はどうしようかと思ったんだけど………、でも、ハッシュはなぜか見えていたんだよ」



 知ってる。

 だって、白兎がそうだもん。



 アルスの足元の白志癒に視線を飛ばすと、嬉しそうに耳をフルフル、どんなもんだい!とばかりにガッツポーズ。



 フルフル

『これぞ、『白兎眼』! 白志癒は木の葉にて最強!』



 あ~………

 一応、共通点があるのね。

 本当にどうでも良い話だけど。



 そして、透明化した女忍者系を白志癒が構わず追い詰めたそうだ。



 ピコッ!ピコッ!

『【柔兎拳法、六卦 三十二掌】が炸裂したんだ!』


「強かったよ、白志癒は。もの凄い連続攻撃でさ!」



 誇らしげに自分の戦果を語る白志癒。

 それに何の違和感も感じず、ニコニコ顔で己の従属機械種を称賛するアルス。


 ただの機械種ラビットがストロングタイプを追い詰めること自体、在り得ない事なのに。



 ああ、ここに混沌に汚染されてしまった人間がもう一人………

 

 

 アルスの将来に不安を覚えなくもないが、もう俺にはどうしようもないこと。

 

 多分、きっと悪い事にはならないから、気にせず自分の道を進んでくれ。




 話の続きを聞くと、そのままハッシュが女忍者系を叩いて透明化を解除。


 その瞬間を狙ってアルスが発掘品である『風蠍』を使用。


 以前、白兎扮する『赭兎』を捕まえた鞭を七本に分裂させる『七頭風蛇』を繰り出したらしい。


 これが見事、女忍者系を縛り上げることに成功し、このダンジョンで手に入れた蒼石準2級を使ってブルーオーダー。

 

 すぐさま従属契約を行い、頼もしい援軍を手に入れて、この場へと駆けつけてきたとのこと。


 

「結局、ガイとハザンでやっつけちゃったみたいだね」


「ニルやドローシア、廻斗も活躍したようだけどな」



 ガイやハザン、そして、ドローシアにニルは、自分達だけの力でストロングタイプを倒したことに大喜びの最中。


 ガイとハザンはすでに何年も戦友であるかのようにお互いに肩を叩き合って健闘を称え、

 ドローシアとニル、それに廻斗は輪になって喜びのダンスを踊っている。


 


 ストロングタイプを倒すということはそう言うことだ。


 一流への壁を乗り越えたに等しい行為。

  

 色々と運が絡む要素も多かったであろうが、それでも彼等が成した成果は誰にもケチをつけられないモノ。

 きっと今回の戦闘は、これから彼等が狩人業に精を出していく中で、必ず大きな糧となるであろう。






「終わったようね」



 俺とアルスがガイ達を眺めていると、『イバラ』を頭上に漂わせたアスリンが近づいてくる。

 

 栗色のポニーテールをさっとかき上げながら、激しい戦闘の後であるとは思えない程颯爽とした佇まいで俺の前に立つ。


 

「前衛の方も片付いたわ」


「ご苦労さん」


「………………色々聞きたいことがあるんだけど?」


「ゴメン。インタビューは広報課を通してくれない?」


「……………そうね。話は地上に戻ってからにしましょうか。もう一度、貴方のホームでお茶でも頂きながら」



 アスリンの目が猫のように細められる。


 瞳には俺を少しばかり揶揄うような光が灯り、

 

 口元に薄っすらと穏やかな微笑が浮かぶ。

 


 どこか女友達と話しているような雰囲気。


 おそらくは冗談が半分、好奇心が半分といったところであろうか。




 しかし、何かしらの追及は避けられない模様。


 多分、白兎が悪ノリしたことだと思うけど。


 何を聞かれても、『俺には分かりません!』としか答えようが無いんだけどなあ。

 








『こぼれ話』


忍者系があまり市場に出回らない理由の一つに、白の教会が積極的に忍者系を集めていることが挙げられます。


集められた忍者系は、ある鐘守が従属させて各地に諜報部隊として派遣しています。


ただし、それ等が集めた情報は白の教会全てに行き渡るわけではなく、特定の部署が独占して管理。

そこはたとえ鐘守のトップであっても干渉できない聖域。

その部署の主は、この大陸で最も長い手を持ち、且つ、最も長く生きている人間……機人であると言われています。







※ご連絡

 3日程お休みを頂きます。

 次の更新は6月24日(土)となります。



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