第591話 号令
堕天使型と呼ばれる機械種フォールンエンジェル。
その形状は黒い翼を持ち、獣の頭をした天使。
手には槍や剣、身体には鎧を纏い、通常の天使型よりもがっしりとした体格を持つ。
AMFは持たない代わりに物理的な防御力は高い傾向にある。
また、粒子加速砲による砲撃よりも近接戦に秀でた飛行近接型であり、さらに空間制御での『跳躍』と呼ばれる超短距離空間転移を得意とする。
機械種としての分類で言えば、デーモンタイプ中位に属するのだが、悪魔型ではなく堕天使型と呼ばれることが多い。
なぜなら、機械種フォールンエンジェルと一括りにしているが、その仕様は多種多様だから。
近接戦と超短距離空間転移を使いこなすのは共通だが、個体によって他の攻性マテリアル術を扱うらしいのだ。
この辺は機械種レッサーデーモンと同じなのだが、さらにそのデザインまで大きく異なる。
その獣の頭部が犬や猫、ネズミやキツネ、鳥や蝙蝠等と色々なのだ。
おまけに従機を連れていたり、翼が生えていたり、手が何本もあったり、部位が獣型に成り代わっていたりもする。
その上で、最近になってその上位機種も存在することが分かり、悪魔型から区別してはどうかという意見が出て、堕天使型と呼ぶようになったという。
天使型と違い、中央では主に巣やダンジョンで出没。
ただし、その戦闘力は機械種エンジェルに毛が生えた程度。
格は高いものの、単騎でみるとそこまで戦闘力の高い機種では無い。
しかし、同種での集団となると話は別。
かなり高度な連携を図ることから、生半可な戦力では遭遇するだけで全滅の危機に陥ってしまう強敵となる。
さらに15機ともなると、すでに辺境の狩人チームではどうにもならないレベル。
おまけに恐竜型の最上位、機械種トリケラトプスに挟まれているとなれば、もう絶体絶命。
新人狩人であれば、いくら集まろうと、なすすべも無く全滅させられる以外に道は無いのであろうが…………
だが、俺達の戦力はとても新人狩人と呼べる範疇になく、すでに辺境のレベルに収まるモノでは無い。
超高位機種を手に入れた機械種使い、兼、発掘品使いのアルス。
人外のパワーと耐久力を誇る強化人間のハザン。
高性能な機械義肢を装着した改造人間のガイ。
亜空間倉庫に収納した鬼神の腕を操る重量級使いのアスリンとそのメンバーであるドローシアとニル。
彼等達に従属する辺境では破格の戦闘力を秘めた機械種達。
そして、そんな構成の俺達を指揮するのは、『指揮者(コンダクター)』の異名を持つレオンハルト………
「【セット18 銀剣の一振りを】!」
接敵まであと20m程までと迫ってきた堕天使型15機に対し、突然、レオンハルトが叫ぶ。
すると堕天使と向かい合う機械種ソードマスターのシルバーソードが、サッと剣を振り上げて上段の構え。
その動作は滑るように滑らか、且つ、その機種名通りの剣豪に相応しい堂に入ったモノ。
まるで弓を引き絞るがごとく、両手で大きく剣を振りかぶる。
「【断て! 銀光煌めく破重の刃】!」
続けてレオンハルトの口から号令のような言葉は発せられた。
ザンッ!!!
レオンハルトの言葉に合わせるように、シルバーソードは上段に構えた剣を斜め下へと振り下ろす。
大気どころか、空気を構成する分子すら断ちかねない鋭い剣閃。
そして、発生したのは機械種ソードマスターの十八番と言える重力斬。
ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
0,1ミリ以下まで収束された重力波は周りの空気を巻き込み、猛烈な気流と化して、こちらへと向かって来る堕天使型の集団のど真ん中を直撃。
ちょうど5分の1にあたる3機が重力斬によって機体を両断され大破。
その周りの堕天使型も少なくない手傷を負う。
完全に出鼻を挫かれる形となり、組織だった行動が難しくなる敵集団。
さらに追撃は続き、
「【セット39 妖瞳の眼差しを】!」
またも、暗号めいた命令を発するレオンハルト。
その対象と思われるのは機械種メデューサのロベリア。
彼女はシルバーソードのやや斜め後ろに立ち、その麗しい顔を敵陣営へと向けながら、妖しい瞳を煌めかせて一睨み。
「【呪縛せよ 玲瓏たる蛇光の瞬き】!」
「イエス、マイロード!」
レオンハルトから続けられた命令に、格式ばった言葉で返答するロベリア。
そして、その蒼く輝く目の光を一瞬、瞬かせたかと思うと、
ピカッ!
眩い光が堕天使型の群れへと降りかかる。
すると光を浴びた敵集団の動きが明らかに鈍くなり、その歩みが遅くなる。
それはおそらくロベリアが放った『虚数制御』を使用しての行動制限。
その元ネタであるギリシャ神話の怪物、蛇髪女ことメデューサの石化の視線の再現であろう。
人間相手には生成制御で作られた瞬間接着剤を噴霧してきたが、機械種相手だと多少表面を固めた所で意味は無い。
故に虚数制御で相手の行動プログラム自体に負荷を与える手段を取ったと思われる。
「エルフ君! 今だ!」
「はい!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!
レオンハルトの指示に従い、シルバーソードやロベリア、輝煉の後ろに控えていた森羅が銃撃。
威力は低いが弾の数を以って、動きが鈍った敵へのダメージを稼ぎ、
「シルバーソード、グランドホース君! 突撃!」
レオンハルトの指示が飛び、
シルバーソードが剣を構えながら、
輝煉がその巨体を唸らせながら、
度重なる攻撃に怯む堕天使型へと襲いかかる。
ザンッ!
ギンッ!
ドシンッ!
ドガンッ!
シルバーソードの剣が閃いて堕天使共の首を刎ね、
輝煉の蹄が頭ごとその機体を踏み潰す。
流れるような連携。
全く無駄のない攻撃順。
ロベリアやシルバーソードはともかく、森羅や輝煉はレオンハルトも初見のはず。
それでも、躊躇いも無く自分の指揮下に置き、的確な指示でその役割を果たせさせた。
「流石は『指揮者(コンダクター)』と名乗るだけあるな………」
思わず俺の口から感想が漏れる。
もちろん指揮能力だけではない。
先制攻撃を加えたシルバーソードの重力斬。
さらに追い打ちでデバフを与えたロベリアの呪縛。
ほぼこの2機の先制攻撃で勝負は決まったとも言える。
15機という多数の敵を一方的に叩いた2機の攻撃はあまりに強烈。
相手は堕天使型、機械種フォールンエンジェル。
ストロングタイプよりも格下だが、その差は精々1ランク。
機動力や集団戦に特化していることから、そこまで高い戦闘力を持っているわけでは無いが、それでも、高位機種として位置付けられているのだ。
だが、ストロングタイプ、機械種ソードマスターのたった一振りの攻撃が、瞬く間に3機を撃破。
さらに周りの敵にも大きな被害を与えた。
また、赭娼であるロベリアはストロングタイプよりも格上ではある。
しかし、格上であるとは言え、たったワンアクションで12機まとめて呪縛させた効果は通常ではなかなか考えられない。
同格の元橙伯である『歌い狂う詩人』のトライアンフでさえ、堕天使の集団へ影響を与えるマテリアル術は30秒程度の演奏が必要だと言っていたのに。
それをただ一睨みしただけで遅延効果を与えるその速射性は脅威的。
詠唱も溜めも無しに発動した魔法や必殺技みたいなモノ。
「あまりに破格の威力………、どういった仕掛けだ?」
すでに一方的な戦いとなっている戦場を見つめながら、口の中だけで疑問を呟く。
ロベリアは元『赭娼』と言っても、格的にはそこまで高いモノでは無いはず。
それはシルバーソードも同様。
改造を加えているようだが、剣風、剣雷との模擬戦を見るに、秘彗のようにダブルではなく、ただの剣士系でしかない。
しかし、繰り出されたシルバーソードの重力斬、ロベリアの呪縛は、想像以上の威力を弾き出した。
まるでレオンハルトの声に答えるように………………
「あのレオンハルトのかけ声………、あれは『戦機号令(バトルオーダー)』か!」
俺の記憶の中に眠る、機械種を一時的に強化することができる技術が思い出される。
それは機械種使いが会得する高度な機械種指揮方法の1つ。
『戦機号令(バトルオーダー)』
元々、従属機械種にとってマスターの命令は絶対。
マスターの命令に従うことを至上とするのが従属機械種。
その特性を利用するのが『戦機号令』。
まず、従属機械種の晶脳に予め行動様式を仕込んで置く。
その行動様式は『剣を振るう』『攻性マテリアル術を使用する』『全力移動』『渾身防御』等々の一行動単位に限られる。
そして、その行動様式と合言葉をリンクさせ、タイミングよくマスターが合言葉を口にして発動する。
『剣を振るう』のであれば、その剣閃は普段よりも鋭く、
『攻性マテリアル術を使用する』のであれば、通常よりも威力を増して行使できる。
ただし、命令するタイミングはかなりシビア。
マスターがその合言葉を発すれば、対象の従属機械種はどのような状況であれ、強制的にその行動を取ろうとする。
下手に合言葉を口にすれば、単なる無駄打ちになるばかりか、体勢を崩して窮地を招きかねない危険性があるのだ。
さらに、ただ『剣を振え!』『攻性マテリアル術を使用しろ!』という曖昧な命令では、期待する程の威力の上昇は見込めない。
実戦で使用する為に、もっと細分化して行動様式を限定している場合がほとんど。
『上段に構えてから、右足を一歩踏み出すと同時に思いっきり斜め下に振り下ろせ!』
『燃焼制御を使い炎弾を生成、弾丸状に収束させてから回転。前方に確認できる敵1体の機体中央に狙いを付けて射出せよ!』
これ等の長い命令を短くまとめたモノが『号令』。
レオンハルトが発した2つの号令もこれに類するモノであろう。
『剣を構えて重力制御を起動。剣身に重力波を纏わせ、前方敵集団の中央を分断する形で重力斬を全力で放て!』
『虚数制御を起動。敵の行動を抑制する干渉波を、両目からの光に乗せて発せよ!』
おそらくはこういった命令を、あの中二病臭い『断て! 銀光煌めく破重の刃』や『呪縛せよ 玲瓏たる蛇光の瞬き』という号令に変換しているのだ。
噂では『号令』の文面は割とこのような形になっている多いらしい。
これも『戦機号令』のルールなのかは知らないが。
人によっては大勢の前で叫ぶには少々気恥ずかしい『セリフ』。
だが、バッチリと決まれば、その威力は1.2倍から2倍近くまで跳ね上がるという。
その効果は申し分が無いほどに劇的なモノ。
しかし、この戦機号令を使いこなすのはかなり難易度が高い。
当たり前のことだが、行動を細分化すればするほど、ピッタリの状況に合わせて使用するのが難しくなる。
タイミングが合わなければ外れてしまう。
『前方の敵を狙え』と命令すれば、もし、その瞬間、敵が左右に逃げると当てられないのだ。
さらに、あらゆる場面を想定して、その分だけ事前に行動様式を決めておかないと、戦況が目まぐるしく変わる戦場では役に立たない。
故に、『戦機号令』の使い手は膨大なパターンを想定し、事前に用意する。
その上で戦闘状況に応じた的確な行動様式とリンクする合言葉……『号令』を発するのだ。
当然、戦闘中でも咄嗟に使えるように記憶して。
この段階でこの技能の習得の難易度が分かろうというモノ。
到底脳筋の機械種使いには習得できない。
おまけに、従属機械種への行動様式の仕込みは、『号令』を発するマスターの声を認証させる必要がある為、ある程度の緑学の知識が使用する本人に必須。
また、『号令』を発する声のトーンや抑揚も合致していなくてはならない。
どんな状況でも登録した時と同一、少なくとも近い声調を発しなければ、『号令』とは見做されないのだ。
緑学を修める知識と多数の号令を扱う応用力、あらゆる状況で冷静な判断を下せる判断力がなければ、とても使いこなせない高度な技能。
これを習得した機械種使いは間違いなく一流の指揮官と言える存在となるであろう。
「なるほど、だから『指揮者(コンダクター)』なのか………」
多方面に才能を発揮していそうなレオンハルトだ。
当然のように緑学を習得していても不思議ではない。
さらにその眼力や胆力も確か。
おそらくは本人が戦ってもそこそこに強いだろうし、その上で指揮もできるとなれば鬼に金棒。
機械種トリケラトプスと堕天使型15機に挟まれた窮地に、急ごしらえの部隊にも拘わらず、すでに勝ち筋が見えてしまう所まで持ってきた。
やはり、レオンハルトも新人狩人に留まらない実力を持つ英傑であるようだ。
「あっちも大丈夫そうだし………、俺の出番は無かったな」
チラリと前衛の戦いへと視線を向ければ、すでにあちらも圧倒的な優位で戦闘を続けている様子。
トライアンフが竪琴をかき鳴らし、機械種トリケラトプスのマテリアル攻撃を妨害。
秘彗が氷結攻撃にて敵の足元を凍てつかせ、そこへジャビーが圧し掛かるように抑えつけている。
その横っ腹を剣風、剣雷が剣撃にて抉り、向こうはもう手も足も出ない状況。
防御力と耐久力に特化した恐竜型だから、倒すまでに時間がかかりそうだが、この状況下ではすでに勝ちは決まったようなモノ。
その証拠に、いつの間にか白兎も敵である機械種トリケラトプスの頭の上に乗りながら、テンションアゲアゲで耳をフリフリ、前脚で持った『必勝!』と書かれた旗をパタパタ。
フリフリッ!
『ヒャッハー! ボコっちまえ! タコ殴りじゃあ!!』
アイツ、またキャラが変わっている。
本当にその場のノリで生きているなあ………
一応、宝貝『梱仙縄』で機械種トリケラトプスの口の周りをグルグルに縛っている様子が見受けられる。
遊んでいるように見えても、きちんと仲間のことを考え、安全策を講じてくれているのだ。
まあ、楽しんでいるのは間違いないだろうけど。
あ………、前衛を指揮しているアスリンが白兎の天衣無縫さに呆気に取られているみたい。
後で言い訳を考えておかねばなるまい。
いつも通りの白兎の様子に戦場の緊張感が薄れてしまい、思わず苦笑を浮かべそうになった所へ、
「まだだ! 油断するな!」
レオンハルトから飛ぶ鋭い警告。
「かの堕天使系は超短距離空間転移を得意とする! ここまで追いつめれば必ず………」
そこまで言いかけた瞬間、
あっ! 堕天使型の姿が………
レオンハルトの警告を受け、すぐさま堕天使型達へと視線を戻したその時、集団の一部の姿が突然蜃気楼のように揺らめき出す。
それは空間転移を行う事前準備。
そして、俺達が見ている中、空間に溶け込むように消え………
「ビショップ殿!」
「承知! 『空震』!」
レオンハルトの指示を受けた毘燭が即座に錫杖を掲げながら、マテリアル空間器を使用。
キィィン……
辺りにほんの僅かに軋むような音が響く。
それは空間転移を妨害する為に毘燭が引き起こした空間への振動音。
ちょうどど真ん中で陣取る俺達を包むように展開され、
グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
俺達の元、部隊の中央にいきなり現れた堕天使型7機。
不意に背中を蹴り飛ばされたような出現の仕方。
獣型の顔が苦痛に歪み、獣のような悲鳴を上げながら転げまわる。
機体全身から白い煙を上げ、その堅牢な装甲も所々に破損が見られる。
毘燭の空間震動によって、空間転移を緊急停止させられたのだ。
その影響を受けて、すでに中破に近いボロボロの状態。
「トドメを!」
「おう!」
「わかった!」
レオンハルトの言葉に、ガイとハザンが弾けるように行動。
「とりゃあ!」
「ふんっ!」
それぞれ、機械義肢とハンマーを振りかざし、転げまわる堕天使型へ攻撃を加えていく。
「えいっ!」
アルスはいつもの『風蠍』ではなく、短い鉈を以って攻撃。
流石に混戦模様のこの状況では鞭を振り回すのは現実的ではないから。
また、ドローシアも棍と盾を構えながら、ニルに近づけさせないように棍で牽制。
全く危なげない戦況。
一方的に叩かれていく堕天使型の奇襲組。
1機1機がベテランタイプ以上の実力を持つ機種だが、すでにその戦闘力は激減。
シルバーソードの重力斬で傷を負い、ロベリアにデバフをかけられ、森羅から銃撃を受けた上に、今回の空間転移の強制中断。
もうすでに半分以上死に体。
ガイ達でも十分に対処できるレベル。
だが、俺とてレオンハルトから遊撃を任されているのだ。
ほとんど片付きかけているとはいえ、1機ぐらいはトドメを刺しておかないと恰好が付かない。
折角、『薙ぎ払ってやるぞ!』と気勢を上げたというのに、このまま俺だけボウズは頂けない。
対機械種トリケラトプス戦の方は無問題。
もう勝負は見えている。
白兎が向こうにいる以上、俺の出る幕なんて無い。
また、シルバーソードや輝煉の方もすでに掃討戦。
ロベリアが睨みを利かせているからこれ以上の堕天使型の奇襲はあるまい。
ならば俺は俺の役目を果たすとしよう。
せめて1機の首級は挙げておくとするか。
「よし! 俺も行って来る」
「ああ、任せたぞ、ヒロ」
「ご武運を!」
近くにいるレオンハルトと胡狛に声をかけると、両者とも激励を返してくれる。
どうやらレオンハルト自身は動くつもりはないようだ。
一応1人で立っているものの、依然、本調子ではないから当たり前。
当面、彼には俺達の指揮官として、後ろでデンと構えてもらうのが良いだろう。
「さて、残っている奴は………」
だいたいがガイ達に葬られ、残り数機となった堕天使型。
その内、少し離れた所で床をのたうち回っている堕天使型に目をつけ、駆け出そうとした瞬間、
ザザッ…………
それはいつもの謎の違和感。
俺の選択肢が間違っていることを伝えるシグナル。
「え?」
走り出そうとした足が止まる。
一体なぜ、謎の違和感が起こったのか、理解できなかったから。
「ここから俺が離れるとマズイのか?」
白志癒やセインはアルスの傍だから、俺の近くにはレオンハルトと胡狛がいるだけ。
状況的に俺が離れるとレオンハルトや胡狛が危機に陥るということであろうか?
しかし、こちらに向かって来そうな敵は見当たらない。
だが、間違いなく、今の俺は不幸へと進む分かれ道の真ん中に立っているはず………
「どうした、ヒロ?」
「マスター?」
動きを止めた俺に訝し気な声をかけてくるレオンハルト。
胡狛も不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
「え、えっと………」
だが、上手く説明することができずに俺がまごまごしていると、
ピコッ!!!
『敵、接近! 上から!!』
アルスの足元にいる白志癒が突然、叫ぶ…………耳を振るう。
それは白兎がいつもやるような危機が迫った時の緊急連絡。
「え? 上?」
その内容に、すぐさま反応して天井を見上げる。
しかし、俺の目には怪しい影一つ見つけることは出来ず、
カッ
俺の耳のほんの僅かに聞こえた、天井を蹴ったような音。
そして、瀝泉槍から流れ込む武人の経験が感じ取った僅かな違和感………
白志癒の警告がなければ、もしくは、瀝泉槍を持っていなければ気づかなかっただろう微かなモノ。
さらに視界の端を横切る、周りの光景との極小の差異。
普段であれば気のせいとして無視したであろうズレ。
過去の経験から、類推される現象はただ一つ。
『光学迷彩』による透明化。
幻光制御を持つ機種が姿を消して、天井から奇襲をかけてきたのだ。
「イカンッ!」
それはレオンハルトと胡狛の方へと向かっていた。
戦闘力を持たない1人と1機の所へと。
「危ない!」
反射的にレオンハルト達の方へと飛び出し、向かい来るナニカから身を挺して庇う。
瀝泉槍で迎撃したいのだが、相手の姿が見えないので、確実に守ろうとすればこうするしかない。
バチッ!!
ドンッ!
電磁バリアの弾ける音が響き、その直後に背中にモノが当たったような感触が続く。
すなわち、俺の纏う携帯バリアが破られて貫通、
敵の攻撃が俺に届いたということ。
「このっ!!」
反撃とばかりに、即、見えない敵へと瀝泉槍を振るう俺。
だが、振るった穂先に手ごたえは無く、空しく空を切っただけ。
流石に敵がいる場所の見当もつかなければ当たるわけもない………
いや、違う。
俺は敵の攻撃が当たった直後に反撃したのだ。
瀝泉槍から流れ込む無双の武窮は、攻撃してきた相手を逃すような真似はしない。
たとえ相手が透明であろうと当てるぐらいはできたはず………
しかし、躱されてしまった。
無理な体勢からの反撃であった為、全力では無いが、それでも闘神であり、古代の英雄の武を備える俺の攻撃を完全に回避してのけた。
これは相手が思いの外、強敵であることを意味する。
光学迷彩による透明化と、俺の一撃を躱す回避性能。
かなり高級品である俺の携帯バリアを一撃で破る攻撃力。
果たして敵の正体は…………
「光学迷彩を使う強敵だ! 気をつけろ!」
レオンハルトと胡狛を背に、槍を構えながら、見えない敵と対峙。
さらに皆へと知らせる為に敵の存在を大声で叫ぶ。
、
「キィィィィ!!」
するとニルと一緒にいるはずの廻斗からも叫び声が響く。
内容は『こっちにも現れた!』と短い連絡。
慌てて広い視界を確保できる『八方眼』で確認すれば、廻斗がネクタイ……宝貝『八卦紫綬衣』を大きく広げて、まるで闘牛士のように透明なナニカと戦っている様子が目に入る。
呆然と立ち尽くすニルや状況を掴めないドローシアを後ろに庇い、『自動浮遊盾』や『自動浮遊射手』を展開して相手を牽制。
廻斗はどのような手段なのか分からないが、ある程度敵の居場所を掴んでいる様子。
だが、相手は俺の攻撃を躱した強敵と同一機種かもしれないのだ。
どう頑張ったって廻斗には荷が重い。
しかし、廻斗は怯まない。
後ろにいる女性を守るために、自分の身さえ顧みず立ち向かう。
「キィィ!!」
見えない強敵に対し、威嚇するように声を上げる廻斗。
自分の武装をフルに使用し、明らかな格上と向かい合う。
「ふえええええええ!!!」
泣きそうな顔で守られている状況のニル。
「ど、どうすれば…………」
ニルの横でドローシアが盾を構えているが、見えない敵にどうして良いか分からず右往左往。
廻斗の動きである程度敵の存在が分かるも、不可視の敵だと彼女の腕だと攻撃の仕様も無い。
「クソッ!! …………待ってろ! すぐ助けに行く!」
とはいえ、こちらもレオンハルトと胡狛を庇っている身だ。
目の前にいると思われる敵を片付けねば駆けつけられない……………
と考えていたら、さらに…………
フルフルッ!
『こっちにも見えない敵が一体来た!』
「わっ! ハッシュ! 何!」
白志癒からまたも連絡が飛ぶ。
どうやらアルスの方にも1機現れた様子。
白志癒がアルスを押し退けて、敵へと対峙。
短い前脚をブンブン振るって、見えないナニカを攻撃している光景が目に入る。
その堂に入った連続攻撃から、白志癒は白兎から『天兎流舞蹴術』を習得している模様。
ならば、あっちはある程度白志癒に任せていても大丈夫であろう。
だが、一刻の時間も無いのは、廻斗の方だ。
いくら宝貝や不思議な力持っていても、地力の差は歴然。
早く助けに行かなくては、廻斗やニル、ドローシアの身に危険が迫る。
だが、敵の正体が見抜けなければ、こっちの攻め手が狭くなる。
せめて、相手の姿が見えるようになれば………
「マスター! 奥の手、行きます!」
葛藤する最中、背後から胡狛の声が届く。
それは予め決めていた胡狛の『固有技』を使用するという合図。
そうか!
それがあった!
すぐさま八方眼にて、前と後ろの戦況を確認。
前衛の機械種トリケラトプスはあともう少しでトドメが刺せる所。
後衛の掃討戦はほぼ終わりかけ。
ここで胡狛がアレを使用しても大丈夫であろう。
「よし、やれ!」
俺が許可した直後、
『
胡狛が『固有技』の名を告げると同時に、ポンッと小気味良い音が響き、
ポオオオオオオオオオン!
ビヨーーーーーーーーん
ポンポンポンポンポン!!
バサバサバサバサバサッ!
ドンドンドンドンドンドンッ!
色とりどりに染められた人形やお花が背後から舞い散る。
また、勘尺玉や爆竹が弾けるような音が鳴り、花火が飛び乱れ、七色の閃光が煌めいて辺りを照らす。
紙吹雪がヒラヒラ、蝶々や鳩の玩具がパタパタ。
これぞ、胡狛の奥の手の1つ。
敵の行動を緊急停止させるキャンセル技。
ビクッ!!!
その場にいた全機械種達が一瞬、機体を硬直させる。
辺りに放射された機械種にしか聞こえない音が、一瞬彼等の行動をとり止めさせるのだ。
それは味方でも例外ではない。
ただし、敵も同じようになっているから、味方への悪影響はほとんどない。
八方眼で確認すれば、前衛の剣風、剣雷達も、後衛のシルバーソード達も目を剥いた感じでこちらを振り向き、驚いた様子で機体を硬直させている。
だが、対する敵はもう死にかけだから特に問題は無い。
そして、肝心の見えない敵の正体が…………
「!!! て、てめえらは…………」
胡狛の固有技により、光学迷彩が解かれた機体。
ブルーオーダーとレッドオーダーの違いはあれど、はっきりと見覚えのある風体に俺は激しく動揺。
俺の目の前に対峙していた機種、廻斗とやり合っている機種は同一。
また、アルスの方もやや小柄だが近しい機種だと分かる外観。
中量級の人型機種。
黒い忍び装束に頭巾を被ったような装甲。
武器を持たず、徒手空拳で構えるその機械種は…………
「機械種ジョウニン…………」
かつての雪姫との戦闘時に、俺をギリギリまで追いつめたストロングタイプの忍者系であった。
『こぼれ話』
『戦機号令(バトルオーダー)』は機械種を後方で指揮しながら戦う機械種使いが習得している技能です。
辺境ではその使い手は珍しいのですが、中央だと2~3の号令を登録だけしている者も多いようです。
ただし、実際に使いこなせるかどうかは別問題。
ちなみに従属機械種達と一緒に戦うタイプがこの『戦機号令』を使いこなすのはかなりの難易度。
自分が戦いながら、従属機械種に指示を出すのは相当に難しく、まず、戦闘中に登録した声と同じ声調で号令を発することができません。
声を録音してソレを戦闘中に再生する、というようなことを試した者もいますが、成功したと言う話は聞きません。
また、『戦機号令(バトルオーダー)』には表派と裏派があり、表派は誰が聞いても分かりやすい号令。
裏派は号令を暗号化して、何を命じているのか分からないようになっています。
表派の方が号令による増幅率が高く、裏派は相手に次の行動を察知されないというメリットがあります。
レオンハルトは表派で、行き止まりの街『青銅の盾』のバルークが裏派になります。
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