第590話 罠



 詩人改め、トライアンフへの補給を済ませ、地下35階へ道程を進む俺達。


 隊列はそのままに、襲いかかる敵を蹴散らしながら進軍。



 接敵すると同時に秘彗の攻性マテリアル術が飛び、

 続けてトライアンフが奏でる『恐怖』を与える旋律が敵集団を恐慌状態に陥らせる。


 その上で機械種ジャバウォックのジャビーからブレスが放射され、残る敵は剣風、剣雷が切り伏せる。


 稀に飛んでくる攻撃は毘燭とロベリアが障壁でカバー。

 後方は森羅とシルバーソードが警戒し、万が一の時は輝煉が盾となる。

 

 一分の隙も無い陣形。

 

 ブラッドサッカータイプ、機械種マミーのミイラ集団も、


 ジャイアントタイプ、機械種タロスと機械種ファイアージャイアントの巨人混合チームも、


 キシンタイプ、機械種ヴェータラの人食い鬼の群れも、


 もはや俺達新人狩人連合チームの敵ではない。


 地下35階まで滞りなく進むことができる……………と思っていたのだが、




「皆さん、お待ちください! この先に罠があります!」



 何回かの戦闘をこなし、数時間進んだところで、俺達と一緒に隊列の真ん中を歩いていた胡狛から鋭い警告が飛ぶ。



「マスター、前に出て確認致します。それまで動かないようにしてください」


「ああ……」



 俺から了解を得るなり、タタッと駆けて、ジャビーや剣風、剣雷達の前に出る胡狛。


 一応、念のためにと白兎がジャビーの頭からピョンと降りて胡狛の後ろをついていく。



 胡狛がじっと前方の天井や壁、床などを見渡す。

 

 整備士系に罠師も兼ねる胡狛は、罠発見・解除にかけては最高峰の実力を秘める。

 

 今のところ胡狛に見破れなかった罠は無く、その絶技の前には全ての罠が無力化する。


 この1点については、流石の白兎も敵わない。

 

 機体性能やスキルもさることながら、経験に裏打ちされた知識が膨大なのだ。


 もし、胡狛を上回るような罠師がいるとすれば、それは罠に特化したレジェンドタイプか、罠関連の逸話を持つ神か悪魔の名を持つ色付きぐらいであろう。


 果たしてそんな存在がいるのかは知らないけれど。




「……………どうやら、この先に進むと巨石が転がってくるしかけのようです」


 

 俺の方へと振り返り、調べ上げた結果を報告してくる胡狛。

 

 告げられた罠の種類は所謂ローリングストーン。


 遺跡探索系のアクション映画で出てくるような、巨大な石がゴロゴロと転がって来る大がかりな即死罠。


 横道があるならともかく、この先の通路は奥が見通せない程の一本道。

 こんな場所でいきなり巨石が転がってくれば、普通のパーティーならそこで全滅。

 俺達であっても、不意を突かれたら危なかったかもしれない。

 


「別に傾斜は無いのに何で転がってくるんだろな」


「ダンジョンの罠に理屈は無いって聞くよ。数時間前まで普通に歩けていた床に突然落とし穴が追加されることも珍しくないし」



 ボソッと呟いた俺の疑問を聞き、隣のアルスが説明をつけ加えてくる。



「特殊部屋もそうじゃない? ある日突然、玄室が様変わりしていたなんて良く聞く話だよ」


「全く、誰が作り変えているんだか…………」


「噂では『ダンジョン精霊』様だけどね」


「はあ…………、頼むから次の玄室は『出会い系喫茶』になっていてくれ。お供え物を弾むから」



 とりあえず、手を合わせて南無南無。

 あとで、高級ブロックを供えておこう。

 これで女性型が手に入るなら安いモノ。



「それ、聞いたことがある! 口説き落とせば蒼石込みで女性型機械種をお持ち帰りできるんだったね」


「ああ、指名料を弾めば赭娼や紅姫クラスが来るらしい。もちろんお高い機種はその分口説くのが難しくなるようだけど………」



 赭娼、紅姫クラスということは元ネタは女神であろう。

 女神様を口説けとはなかなかに難易度が高そうだが、それでもチャレンジするだけの価値はある。



「………ほう? それは面白そうだ。俺もぜひお願いしたいところだな」



 俺とアルスの会話にハザンが入って来る。



「そろそろチーム内に華やかさが欲しい……」



 アルスのチームに女性型がいないせいだろうか。

 割と真剣な様子で呟くハザン。



 コイツ、普段は無口のくせに、女の子の話題となると、すぐに会話に入ってくるな。


 意外とムッツリな奴なのであろうか?


 まあ、年頃の男が女性に興味が無い方がおかしいけれど。


 

 さらに、それを横で聞いていたガイも口を挟む。



「へっ! アルスはともかく、ヒロが女性型を口説けるとは思えねえな」


「なにおう! …………………確かに女の子を口説いたことは無いが………」



 ナンパなんてしたこと無いし、女の子に気の利いたセリフも言えない。

 そんな俺が『出会い系喫茶』で女性型機械種を口説けるなんて思わない。


 しかし、それをガイに指摘されると腹が立つ!



「それはお前だって同じだろうが!」


「なななな、何を言ってやがる! 俺がその気になれば、女の一人や二人………」

 

「目が泳いでるぞ! カッコつけんな!」



 その反応を見れば、俺と同レベル以下なのは一目瞭然。

 カマをかけてみたが、やはりドンピシャ。


 この世にはモテる不良とモテない不良がいるのだ。

 

 外見が厳つくても、女性の扱いを心得ているか、又は、要所要所で優しくできる気遣いがあれば、それはギャップとなりモテ要素の一つとなる。


 しかし、外見と中身が一致しているなら、それは単なる乱暴者。

 喧嘩っ早くて表裏の無いガイは世の女性を口説くに向いていない。

 

 ずっと行動をともにしていれば、コイツの野卑な部分を頼もしく感じる女性が出てくるかもしれない。

 だが、今のところ、そう思ってくれていそうなのはパルミルちゃんぐらいだろう。


 

「べべべ別に、今は女を口説く必要なんてありゃしねえ!」


「開き直りやがって………、なら最初から絡んでくるな!」



 散々今まで俺から揶揄わられているから、そのお返しをしたかったのであろうか?

 全く…………、子供みたいなやつだな。


 

 そんな俺とガイとのやり取りの最中、



「ははははっ、ヒロもガイも女性を口説いたことが無いのか………、私と同じだな!」



 なぜかレオンハルトが参入。

 


「残念ながら、このレオンハルト、生まれてからこの方、女性にアプローチしたことが無い。だから『出会い系喫茶』に入っても、女性型機種を手に入れることはできんだろうな」


 

 自信満々な態度で宣うレオンハルト。

 金持ちでイケメンであるはずの彼が、実は女性に縁が無い人間だったとは………



「……………へえ? 意外。息を吸うように女性に粉をかけようとするタイプに見えるけど?」



 まあ、僻み根性が入った100%俺の偏見だが。



「嘘くせえ。女を毎日とっかえひっかえしてそうな顔しやがってるのにかよ」



 ガイ………

 それは言い過ぎ。

 

 明らかに相性が悪そうなレオンハルト相手だとしても、喧嘩を売ってるとしか思えない感想。



 しかし、レオンハルトは気にした風も無く、



「ははははっ、そんな軟派に見えるなら心外だな」



 苦笑交じりに年上の余裕を見せつける。

 そして、軽く肩をすくめながら、言葉を続ける。

 


「これでも婚約者がいる身だ。他の女性に声をかけることなどできるはずもない」


「…………さぞかし美人な婚約者なんだろうな」



 レオンハルトの立場からすれば、婚約者がいてもおかしくない。


 なにせ、この世界でも有数の商会である『征海連合』の大幹部の御曹司だ。


 上流階級の人間として、幼い頃から将来を決められてしまっている。


 それは、衣食住に不自由なく暮らすことができる対価と言ったところであろう。

 

 本人がどのように捉えているのかは別にして。

 


 でも、なんだろね? 少しばかりイラッとする感は。

 『同じだな!』と言っていたクセに裏切られたような気分。


 だが、婚約者に一途であるというのは好感触。

 そんなの関係無いとばかりに遊びふける奴より、ずっと好感が持てる。



 だが、レオンハルトはそんな俺の心中など知らず、



「ああ、もちろんだとも! 容姿、人格とも素晴らしい女性だよ」



 良い笑顔と共にそう答え、



「そして、何よりも胸がデカい!」



 と余計な一言をつけ加えてきた。



「オイコラッ! 何でその情報をつけ加える?」


「んん? おかしいかね? 自分の婚約者の美点を語っただけだが?」



 俺の質問に対し、レオンハルトはキョトンとした顔。

 


「巨乳は人類の宝であり、人間が生きている意味でもある。谷間ができてグッド、手の平から零れてベリーグッド、両手で支えられてエクセレント! そんな素晴らしいモノを持った我が婚約者を誇りに思うからこそ、語りたいだけだ」



 力いっぱい、力説するレオンハルト。

 コイツの巨乳好きは知っているが、ダンジョン攻略中、さらに女性がいる中で大声で語る内容ではない。

 


「だから、何でお前は自分の性癖をそう簡単にひけらかすんだよ!」



 開けっ広げなレオンハルトの言動に、言わずにはいられず即座にツッコむ。



「ほら見ろ! 女性陣が引いているだろ!」



 見ればアスリンチームの面々のレオンハルトを見る目が極低温。

 ある程度男の嗜好に理解がある女性でも、ここまで言い切られると軽蔑したくもなるというもの。


 しかし、レオンハルトは気にしない様子で朗らかに笑う。


「ははははははっ! それはそれで仕方がない。他者から疎まれることに臆して私自身の心情を偽るつもりはないからな」


「それで女性から嫌われたらどうする?」


「そのぐらいで嫌われるのなら、そこまでの関係なのだろう。自分を偽ってまで好いてもらおうとは思わんね」


「うわあ、突き抜けてんな………」



 俺とは真逆の発想。

 自分に自信が無いと絶対に言えないセリフ。

 


「ここまで良い笑顔で言われると逆に尊敬するしかねえな」



 ガイから漏れる、珍しい他者への褒め言葉?

 レオンハルトのある意味男らしい意見は、ガイの琴線に触れたらしい。

 

 でも、あんまり見習わない方が良いと思うぞ。




「あの………、マスター………」



 そんな男同士の馬鹿馬鹿しいやり取りの最中、控えめな調子で話しかけてきたのが胡狛。


 罠についての話を放り投げて、つい話し込み過ぎてしまった様子。



「あっ! すまん、胡狛。罠のことだったな」


「いえ、それよりもどうするかを決めて頂けませんと………」


「解除は無理なのか?」


「ここまで大掛かりな罠になりますと、ちょっと…………、発動源がここにありませんので…………」



 そりゃあ、転がって来る岩はずっと向こうにあるのだからな。

 いくら胡狛が罠師でもそこまで手が届くはずがない。



「そうだな。今から引き返すにしても…………」



 軽く『墨子』に触れ、頭の中にマップを展開。

 引き返す場合のルートを確認してみると、



「結構な迂回ルートになってしまうな。時間ロスが大きすぎる」



 現在進んでいる一本道を使わないとすると、目的地までかなり大回りする必要がある。

 それにたとえ迂回したとしても、その先絶対に似たような罠が無いとは言い切れない。



「何とかするしかないが………」


「では、何とか致しましょう」


「何とかなるのか?」


「はい。罠を発動させてから対処致します。具体的には転がって来る岩を『即席罠(インスタントトラップ)』で受け止めようと思います」



 そう答える胡狛の表情は自信に満ち溢れたモノ。

 黄色いセミロングの髪にゴーグルを乗せた整備士姿の少女型。

 年端もいかない少女が浮かべるには不釣り合いとも言える。


 しかし、間違いなくその腕は確か。

 こと罠に関しては、この街で右に出る者などいないはず。


 だが、ここは活性化中のダンジョン。

 何が起こるか分からないのだから慎重に越したことはない。



「危ないのか?」


「そうですね…………、転がってくるはずの物体の構成によっては、少し危険があるかもしれません…………」



 胡狛は一瞬、チラリと視線をジャビーや剣風、剣雷達の方に向けてから、



「でも、最悪、皆に手伝って貰えれば、何とかなります。消費が激しくなりますので、あまり取りたくない手段ですが」


「どうしようも無い時は俺が何とかするけどな」



 胡狛にしか聞こえないように小声で告げる。



 全長1km超の暴竜の一撃さえ防いだ俺だ。

 どのような巨石が転がって来ようと片手一本で防いで見せる。


 それをしてしまえば、ガイ達への言い訳が大変だけど。


 今の関係ならお願いすれば黙っていてくれる可能性が高いだろう。

 しかし、人間の心は移ろいやすく、その関係は永続的なモノではない。

 状況によっては友情が裏返ることだってあるのだから油断はできない。


 最悪、全てを放り出して、街から脱出しなければならないかもしれないことを考えると、なかなか取れない選択肢だ。



「とにかく、その罠の対策は胡狛に任せる。好きにやってくれ」


「承知しました!」











 胡狛と白兎を先頭にしばらく進む。


 胡狛はローリングストーンの罠への対処の為で、白兎はその護衛。


 道幅一杯を塞ぐように巨石が転がって来るなら、その大きさは直径10m以上は確実。

 

 材質にもよるのだろうが、その重さたるや何百トンにもなるであろう。


 さらにそこに速度が加われば、まともな方法で受け止めるのは不可能に近い。


 物理に無敵な空間障壁であれば、展開している部分だけは守れるだろうが、あいにく秘彗や毘燭が展開可能な範囲は縦横1mに満たない程度。


 さらに自分の至近距離にしか展開できないから、どうやっても被害は免れない。

 展開の仕方によっては食い止められるかもしれないが、わざわざ危険を冒す必要なんて無い。

 


 一応、重力制御を持つ全機が力を振り絞れば、何とか速度を緩めさせることも可能であるそうだ。

 その上で重量級2機を前に置いてフルガードすればギリギリ耐えられるだろう。

 もちろん、かなりの被害は出るだろうし、マテリアルの消費も激しいモノとなるはず。


 だから、ここは胡狛が何事も無かったかのように罠を処理してくれるのを願うばかり。






「来ます!」



 5分程進んだところで胡狛が立ち止まり警告。


 その数秒後、どこまでも続く長い通路の奥から地響きが聞こえて来る。


 それはだんだんと大きく、強く、まるで地震でも起こっているかのように床が細かく振動を続け、





 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!





「なっ! デカい!」



 

 見えたのは通路を完全にふさぐ形で転がって来る黒いローラー。

 しかも、どう見ても岩では無く、滑らかな表面の金属製。

 直径10m以上の横倒しとなった巨大な円柱。


 

「ああ……………」



 その迫力に一瞬身体が硬直。

 一陣の恐怖が俺の心を通り抜ける。

 あえて言うなら初めて超重量級と相対した時の、見ているだけで押し潰されそうになる絶望感………


 すぐさま瀝泉槍の柄を握り込んで恐怖心を脱ぎ払うも、物理的に存在する重量物の脅威が消えたわけでない。



 周りのアルス達も似たような反応。

 流石に機械種達はそれぞれ自分のマスターを守ろうとしているが。


 しかし、取り得る手段はさほど多くない。

 

 相手は俺達全員を合わせても何倍も上回る質量を持つ鉄の塊。

 さらに逃げ場所などどこにもなく、たとえ端に伏せても無駄。

 

 もう時間はあと5秒も無い。

 そんな短い時間で対処できるはずもない……… 



 ただ一人、前もって準備していた胡狛を除いて。




「『即席罠(インスタントトラップ)』………」



 

 此方に向かって転がる巨大な円柱を前に、床に手を突きながら準備していた罠を発動させようとする胡狛。

 

 その姿は、巨大な魔獣に立ち向かおうとする女勇者のごとき雄姿。




「『妨害する芝生ディスターバンス・ローン』!」


 

 

 通路に響く胡狛の声。

 罠師系のストロングタイプが持つ、事象を改ざんし、無かったモノを作り上げる超常の技。

 

 その瞬間、胡狛が置いた手の辺りから、灰色のモサモサした草叢が発生。

 爆発的に広がり、みるみるうちにダンジョンの通路全体を覆っていく。


 その速度はペンキをぶちまけたよりも早く、床から壁、天井までを塗り替え、辺り一面を灰色の芝生へと変換。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!




 そこへ突っ込んでくる巨大なローラー。

 

 高さ20cmもない芝生など何の障害にもならないとばかりに、灰色が占める空間へと突入した時、




 ギイイイイイイイイイイイイイィィィィィ!!!!!




 いきなり響いた金属を引っ掻くような甲高い音。

 

 まるで電車が急停車する時のブレーキ音にも似た響き。


 それに連動するかのように急制動がかかる円柱。


 みるみるうちに勢いを落とし、あっという間に人が歩く程度まで減速。



 

「摩擦係数を極限まで上げた芝生です。円柱なのはビックリしましたが、球体よりも接地面が大きいので、逆に助かりました」




 胡狛は己が成した成果を何でもないように話しながら、未だゆっくりと前に進もうとする円柱に近づく。


 そして、すでに亀の歩みと化した円柱の一部に軽く触れて、




「『罠破壊(バスタートラップ)』」




 ただ一言、短くそう言葉を放っただけで、




 ファサ…………


 

 

 見上げるような巨大な円柱は瞬く間に鉄粉と化して霧散。


 砂糖菓子が水の中で溶けるかのように俺達の目の前で消失。


 あれだけの質量が初めから存在していないように消え去ってしまった。




「え? もう終わった?」




 しばしの間、たった今起きた出来事が理解できず、ポカンと口を開けたまま間抜け面を晒してしまう俺に………




「マスター、任務完了です!」




 胡狛は俺の方へと振り返り、とっておきの笑顔を向けてきた。







 



 その直後…………

 




 ピコッ! ピコッ!


 

 胡狛の足元をウロチョロしていた白兎が後ろ脚で立ち上がり、耳をブンブン振るって俺へと警告。


 警告内容は極めて短く、『敵、接近』と………



「皆、敵だ! 戦闘準備!」


「何? どこだ!」

「え? 敵?」

「むっ!」



 俺の声にガイ、アルス、ハザンがまず反応。

 すぐさま武器を抜き、辺りを警戒し始める。


 また、アスリンチームも少し遅れて動き、レオンハルトは邪魔にならぬようロベリアと共に後ろに下がる。



「前方から敵、接近中! 胡狛、戻れ! それと………、剣風、剣雷、前へ!」


「はい!」


 コク

 コクコク



 胡狛を隊列に戻し、前衛である剣風剣雷を元の位置へと移動させる。


 すでに胡狛が仕掛けた『妨害する芝生ディスターバンス・ローン』の効果は切れてしまっている。


 発動しなければ残り続けるが、発動してしまえば使い切りなのが『即席罠』。


 もう一度仕掛ける時間も無く、前衛に胡狛を置いている必要はない。



 10秒とかからず、こちらの戦闘態勢が整った頃、





 ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!





 先ほどの巨大な円柱が転がってきた時と同様の地響きが、通路の奥から響き始める。


 そして、巨大なナニカが床を踏みしめて走り抜ける、重々しい足音も。




 やがて、俺達の視界に入ってきたのは、これまた先ほどの円柱に匹敵する大きさの物体。


 しかも転がって、ではなく、四肢を無尽に動かしての爆走。


 向かってくるのは、黒い装甲に包まれた四足獣型………


 

 目算だが全高7m以上。

 全長に至っては20m以上。

 

 額から突き出た巨大な角が2本。

 さらに鼻から突き出た角が1本。


 計3本の角を持ち、首の後ろから飛び出たエリを備えた恐竜型。



「機械種トリケラトプス!」



 元ネタはもちろん最も有名な恐竜の1つ、草食恐竜トリケラトプス。

 ダイナソアタイプの最上級の超重量級。

 その突進力と防御力、耐久力は竜種を超え、軍勢を蹴散らし、城壁をぶち抜く破壊力を秘める。


 たとえ、ストロングタイプの小隊と言えど油断できぬ強敵。

 しかも逃げ場がない一本道であるなら尚更。



「剣風、剣雷、秘彗、毘燭! 何としてでも止めろ!」



 大声を発し、前衛のメンバーへと命令。



「ジャビー、重力波ブレス用意!」



 アスリンからも最前衛のジャビーへの指示が飛ぶ。



 前衛5機の力を合わせても、受け止められるかどうか分からない超重量級の突撃。


 何せ相手は助走をつけて力一杯勢いを乗せて突進してくるのだ。

 さらに恐竜型特有の重厚な装甲を身に纏い、全身に力場障壁を展開した恐竜型の機体は、多少の攻撃など意にも介さない。




 ここは俺が前に出るべきか…………

 多少の人外ぶりを見せても、誰かが犠牲になるよりはマシ………




 そんな考えが俺の脳裏を過った時、




 ガッ!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!





 突然、こちらへ突進してきた機械種トリケラトプスがナニカに躓いたように転倒。


 凄まじい轟音が鳴り響き、足元まで揺れを感じるほどの衝撃を撒き散らす。





「え? …………あ!」





 何事かと目を凝らして見れば、機械種トリケラトプスの足に絡みつく青い紐。


 どうやら白兎が『梱仙縄』を使って転ばせた様子。



 ナイス! 白兎!

 どこにいるのか分からないが、その辺に隠れてコッソリ援護してくれるつもりなのだろう。



「よし! 今がチャンス! 総員、総攻………」





 俺が総攻撃の命を発しようとした瞬間、





「マスター! 背後から敵襲!」




 最後衛の森羅から報告が飛んでくる。

 それは好転した状況がまたしても悪化した知らせ。

 

 


「敵、機械種フォールンエンジェルと思われます! 数、多数!」


「堕天使型! ………クソッ!! 挟み撃ちかよ!」




 ここへ来てようやくこの一本道での罠がまだ終わっていないことが分かった。


 おそらくは本来、ローリングストーンの罠で損害を与えた所を狙い撃つつもりであったのだろう。


 胡狛のおかげで被害無く済ませたが、その後に続く追い打ちがまだ残っていたのだ。




 前方では、白兎が転ばせた機械種トリケラトプスが起き上がった所。


 後方では、15機程の堕天使型がこちらへとスクラムを組んで向かってきている。


 状況的には最悪ではないが、それでも追い込まれていることに違いは無い。


 

 アカン!

 もう容量オーバー!

 

 たとえ思考加速で時間を引き延ばしても、とても対応策なんて考えつかない。

 力技でいいなら、俺が1人で一方へと突撃してやるが、それをしてしまえば今まで実力を隠してきた意味が無くなってしまう。


 しかし、これだけ増えた今の人員の運用なんて俺にできるはずもない。

 元々指揮・戦術は俺の苦手分野。

 しかも急ごしらえのメンバーとくれば、完全に俺の能力範囲を超えてしまっている。



 であるなら、こういう場合はすることは1つ!



「レオンハルト! どうすれば良い?」



 隊列から見て横を向き、前後に目配せしながらレオンハルトに問う。



 出来る奴に任せればよいのだ!

 

 だいたい俺のメンバーだけならともかく、アルス達全ての指揮など不可能。


 今いる人間達の中で最も指揮能力が高そうなのはコイツ。


 早速だが『指揮者(コンダクター)』としての能力を見せてもらうしかない。



「ふむ? …………ここで私か?」


「悪いが俺はこういった戦況での指揮に慣れていない! 頼む!」


「うむ。了解した」



 俺の依頼に即座に頷き、



「では、前衛! 機械種ビショップのみ此方へ戻り、残りは機械種トリケラトプスの足止めに留意せよ! ………アスリン! 前衛の指揮を頼めるか?」


「ええ、分かったわ」



 収納具から『イバラ』を引っ張り出したアスリンが前衛へと移動しようとする。


 目下、前衛の物理的最大戦力たる機械種ジャバウォックのジャビーは、そこまで戦術スキルが高くないので、指揮無しで戦わせると効率が悪くなる。


 故にマスターであるアスリンを張りつかせるのは道理。

 


「え? ニルルン達は?」


「貴方達はここで待機しなさい。この『イバラ』で守れるのは一人だけだから」



 向こうは、超重量級と重量級のぶつかり合いだ。

 下手に破片でも飛んで来たらそれだけで致命傷。

 だからアスリンはメンバー達に自分1人で行くと宣言。



「後ろの敵はシルバーソードとロベリアを中心に迎え撃つ! エルフ君とワイルドホースはその後方に待機。こちらの攻撃指示を待て!」


「はい」

 カツンッ



 俺から指揮権を譲り受けたレオンハルトの指示に素直に従う森羅と輝煉。

 


 そうしてレオンハルトは敵と自軍を比較し、前後に戦力を振り分けていく。


 さらにやるべきことを明確に指示。

 流れるようにそれぞれに役割を割り振っていく。



「トライアンフ………殿だったな、あの堕天使型をまとめてやれるか?」


「うーん………、あの機種系統、抵抗力が高いんですよね。30秒程時間をいただければ何とか」


「それは遅いな………、では、前衛の援護に回ってもらおうか」


「良いでしょう。さっさと片づけて、アルス様のご活躍を拝見したいですし」

 


 目下最大の戦力である元橙伯『歌い狂う詩人』………トライアンフは前衛へ。


 万が一、超重量級に前衛を抜かれたら、こっちは全滅だから、その配置は納得。



「我等は中央で待機! 前は気にする必要はない。それよりも背後の堕天使共の跳躍に注意! おそらくは我等を狙ってくるぞ! 故に機械種ビショップはその妨害に徹せ! ハザン、ガイはレディ達の護衛、ヒロとアルスは遊撃として待機!」

 


「分かった」

「おう! 任せろ!」



 短く答えるハザン。

 勇ましく返事するガイ。



「ふえええええ、大ピンチじゃん!」

「ニルは私から離れないように!」



 ニルは怯えた表情で廻斗を抱きしめている。

 ドローシアはそんなニルを庇うように立ち、武器を抜いた。



「まあ、機械種トリケラトプスは無理だけど、堕天使型ならギリギリ何とかなるかな」



 アルスは風蠍を抜き放ち、後ろから迫る堕天使型に鋭い目を向けた。

 白志癒はそんなアルスを応援するように耳をフリフリ。

 また、セインもアルスの背中を守るような位置へと移動。



 そして、俺は…………



「誰一人として、やらせはしない!」



 皆を守る覚悟を口にしながら、瀝泉槍を構える。


 やることが分かれば、あとはそれを実行するだけ。


 やはり命令に従うのが楽でいい。



「まとめて薙ぎ払ってやるぞ!」



 すでに俺の手の延長とも言える古代の英雄が携えた神槍。


 その穂先は焔が宿ったごとく、ギラギラとしたオーラを漂わせた。






『こぼれ話』


 複数の機械種使いが一つのチームで行動する際、指揮権を誰か一人に固めておくことが常道。

 それぞれが好き勝手に従属機械種に命令を行うと、大抵の場合、戦場が混乱するので。


 また、複数の機械種使いが一つのチームを組み、巣やダンジョン内を探索する時は、お互い従属機械種のサブマスター登録を交わし合うことが多いです。


 これは万が一、罠などでマスターと従属機械種と離れ離れになった際、従属機械種のレッドオーダー化を防ぐ為。

 マスターが近くにいなくても、サブマスターが近くにいれば、レッドオーダー化がある程度防ぐことができるからです。


 これを『交差契約(クロスコントラクト)』と言います。

 

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