第589話 詩人


 地下34階を進んでいく一行。


 鼻先に機械種ラビットの白兎を乗せた機械種ジャバウォックのジャビーが先頭。

 傍には機械種パラディンの剣風、剣雷の2機が続く前衛部隊。


 その後ろには機械種ビショップの毘燭と機械種ミスティックウィッチ/メイガスの秘彗、機械種ラプソディアの自称『詩人』。

 前衛を援護する為に砲撃型と支援型を中衛に配置した陣形。


 中央には人間8名。

 俺とガイ、アスリンとそのメンバーであるドローシアとニル。

 アルスとハザン、そして、レオンハルト。


 そこに随員する機械種が5機。

 機械種メデューサのロベリア。

 機械種トラップミストレス/マシンテクニカの胡狛。

 機械種バトラーのセイン

 機械種グレムリンの廻斗。

 機械種ラビットの白志癒


 うち、ロベリアは些か覚束ない足取りのレオンハルトに寄り添っている。

 また、修理されたばかりのセインはアルスの背後を守るかのようにピッタリとくっつき、白志癒はその足元をチョロチョロ。


 廻斗はニルとドローシアの間を行ったり来たり。

 胡狛は前方を警戒しつつ、俺の視界に収まる位置をキープ。


 隊列の背後を守る後衛は、機械種エルフロードの森羅に、機械種グランドホースの外見をした機械種オウキリンの輝煉と機械種ソードマスターのシルバーソード。



 中央でならともかく、この辺境のダンジョンでは稀に見る精鋭部隊。

 活性化前の普段の難易度なら深層さえ目指せたかもしれない戦力。

 数はともかく質で言えば滅多に無いレベルであろう。


 しかし、今、このダンジョンは活性化中の上に、さらに難易度の上昇が重なった異常事態中。

 いつ何時、同様の現象が起こらないとは限らない。

 たとえ現在の戦力であって、決して油断することはできない状況。


 

 目指す地下35階まであともう少し。

 誰1人欠けることなく、辿り着くのが今の俺の目標。


 迷宮の導神だかダンジョン精霊だか知らないが、これ以上予想外のイベントは御免だ。

 

 俺は波乱万丈のドラマなんて求めていない。

 ありきたりな日常モノがメインで時折、簡単なバトルを挟むくらいでちょうど良い。


 そして、目指すはハッピーエンド以外に在り得ない。


 ほろ苦いビターエンドなんて、今の読者は求めていないんだよ!

 地下35階にいるガミンさん達と合流し、無事に任務を果たして、ここにいる全員で地上へ戻るんだ!


 

 







 この地下34階を逃げ回っていたアルス達に聞くと、この階層に出てくる敵は主に混沌獣型や聖獣型の上位重量級。

 また、鬼神型や巨人型、堕天使型や吸血鬼型まで出現するらしい。


 1機ずつなら問題は無いが、徒党を組まれると大変危険。

 格下であっても集団で突撃されると万が一がありうる。

 

 さらに相手が重量級以上となると、こちらが格上でもパワーや出力で上回られることが多くなる。


 前衛であるジャビーや剣風、剣雷は後衛を守らないといけないという枷があるのだ。

 我が身を顧みず突っ込んで来られると、避けるわけにはいかない彼等が少なくないダメージを負う可能性だってある。


 ここまで無双してきた秘彗の砲撃も、どこまで通用するのかも不明。

 いままでのように快進撃を続けられるという保証も無い。

 

 

 そんな中で頼りになりそうなのは、アルスが従属させた元橙伯『歌い狂う詩人』。


 攻撃手ではないが、その演奏による援護は対集団戦においてこそ有用。

 地下35階までその実力を遺憾無く発揮してくれるだろう。



「それに…………、今回の二段階目の活性化の原因が、あの『詩人』であるなら…………」



 アルスによって、その原因がブルーオーダーされたのなら、いずれ活性化も落ち着きを取り戻すはず。

 

 といっても、1,2日ですぐさま難易度が下がるわけでは無い。

 何日もかけてゆっくりと静まっていくはずなのだ。


 おそらく地下35階で捜索に数日かけるとすれば、帰る頃には少しはマシになってくれているであろう。



 厳しい戦況なのは、あともう少し。

 それまでは現戦力を最大限に活用して、切り抜けていかなくては………


 




 と、色々考えていたのではあるが、




 

 

 通路を塞ぐように現れた重量級の集団。

 

 5本の頭を持つ大蛇の怪物、機械種レッサーヒュドラ。

 超重量級に近い巨体を持つ象、機械種アイラーヴァタ。


 それぞれ3体ずつ、計6機。

 その圧力たるや、小ぶりな丘が迫って来るに等しい。

 

 一般の狩人なら、とても跳ね除けようとは思えまい。

 ただ後ろに逃げるしかない絶望的な状況。

 

 

 

 ポロロン………


 

 

 そこへ奏でられる弦楽器のつま弾き。

 黒の絶壁が迫る中、突然響いた小川のせせらぎのような麗音。




 ポロロロロン………

 ポロン、ポロロン……

 ポロロロロロロン………




 続けて流れる美しいメロディ。

 戦場の気配が蔓延したこの場にそぐわぬ流麗な音程。


 それは機械種ラプソディア、自称『詩人』が奏でる楽曲。

 軽やかに、優雅に、指先が跳ねる。

 指に弾かれた弦が、思わず聞きほれてしまう程の美しい旋律を生み出す。 




「狂え」




 そんな序曲が流れる中、『詩人』の口から紡がれた力を持った『言葉』。

 味方には影響を与えず、レッドオーダーのみを狙い撃つ呪言。

 それは的確に敵の晶脳へと入り込み、晶石の中のプログラムを改変。




 ゴオオオオオオオオオオオオオ!!!


 バオオオオオオオオオオオオオ!!!




 いきなり俺達の目の前で、現れた重量級の集団は同士討ちを始めた。







 

 

 

「もうこの辺りで良いでしょう」



 詩人は自身が引き起こした惨状を満足そうに眺めながら、前へと足を進める。



 俺達の前に現れた重量級の集団は、詩人が奏でた『混乱』により思考を狂わされ、一番近くにいる味方へと攻撃を始めたのだ。


 機械種レッサーヒュドラは5本の蛇の口から溶解液を噴き出しながら暴れ回り、

 機械種アイラーヴァタは長い鼻を振り回し、巨大な脚で踏み潰そうとする。


 互いが互いを食い合い、噛みつき、殴りつけ………


 結果、5分程で動く者はいなくなった。


 

「ふむふむ……、私の曲に酔いしれ、素敵なダンスを踊ってくれたようですが………」



 詩人は何気ない歩みで、敵であるレッドオーダーの集団へと近づいていく。


 敵として現れた6機全てがほぼ大破状態。

 

 手足が欠け、装甲が剥げた無残な姿を晒しているが、それでも、窮鼠となりうる危険性はゼロではない。

 

 尾や脚の一振りで中量級を破壊しうるのが重量級。

 

 しかし、詩人はそんなことは万に一つもあり得ないとばかりの無警戒。


 庭に咲いた花壇でも見物するかのように、気軽な様子で横たわるレッドオーダー達を見回して、




「やはり最後は私がフィナーレを奏でないといけませんね」




 おもむろに脇に携えた竪琴を構え、弦に指を添えながら、




 ポロロン………

 ポロロロロン………



 静かで、どことなく影を感じるネガティブな旋律。

 あえて印象を口にするのならば、おそらくそれはレクイエム。


 まるで死に向かうモノを悼むような調べ。

 戦場であるはずなのに、心の中に思わずしんみりとした感情が沸き起こってしまう。


 そして、その奏は30秒程、詩人が掲げ持つ竪琴から流れ続け、




「ボンバー」




 ただ、詩人は一言を紡いた。


 その瞬間、




 バンッ! バンッ! バンッ! 

 バンッ! バンッ! バンッ! 



 

 身動きの取れない重量級達の頭部がいきなり内側から破裂。

 当然、機械種の根幹である晶脳も晶石も粉々だろう。

 稼働停止ギリギリまで追い込まれていたレッドオーター達は、これで完全にトドメを刺された形。



 まだマスターより名づけが行われていない自称詩人。

 赤子の手を捻るよりも容易く葬った敵達に前に、




「ご清聴、誠に感謝…………」



 

 気取った仕草で羽根帽子を脱ぎ去り、大げさな身振りで慇懃無礼とも言える一礼を行った。











「凄まじいな…………」



 目の前で起きた蹂躙劇に、思わず感想が漏れる。


 詩人のたった一曲で、重量級の群れが全滅。

 

 もし、詩人が敵であったなら、こちらが全滅しかねない脅威であろう。


 いくら俺が最強の面子を揃えていたとしても、同士討ちさせられたら意味は無いから。

 

 ベリアルやヨシツネ、豪魔や天琉が互いに殺し合う所なんて見たくないぞ。



「おそらくは音響制御に虚数制御を加え、晶石内の認識を騙す術のようですね」



 俺の表情を見て、そっと胡狛が近づいて来てコッソリ耳打ち。



「明らかな格上に効くほど、万能なモノではありませんから、ご安心を」


「むむむ………」



 胡狛からもたらされた情報に、眉をひそめた難しい表情を浮かべてしまう。

 

 最悪は回避できるのだろうが、それでも、俺のメンバー全員が抵抗できるわけでは無さそうだ。

 少なくとも、詩人より格下のストロングタイプ達は耐えられない可能性が高い。

 

 だとすれば、今のこのメンバーで、詩人と同じ能力、同じ力量を持つ敵が出て来れば、大打撃は免れない。


 そんな可能性は極小なのだろうけど。



「アイツが俺達の前に現れず、アルス達と遭遇したのは幸運だったな………」



 アルス達の従属機械種はセインと白志癒のみ。


 執事型でしかないセインが襲ってきても、アルス達なら無力化するのはそう難しくは無いし、白兎から混沌の種を植え付けられた白志癒に効くとも思えない。


 逆に俺の方に現れていたら大変だった。


 暴れ回る剣風、剣雷を抑えるには、俺自身が槍を振るって四肢を破壊せねばならず、毘燭や秘彗がこちらを攻撃してきたら、もうどう対処したら良いかも分からない。


 さらに敵に回すと一番恐ろしいのは胡狛であろう。

 どんな悪辣な『即席罠(インスタントトラップ)』を仕掛けられるかわかったもんじゃないから。

 


「今は敵じゃなかったことを喜ぶべきか………」



 口の中だけで心情を吐露しながら、複雑な視線を詩人へと向ける。


 俺の周りの皆もこちらへと戻って来る詩人へと注目している様子。




「おや? 注目の的ですね。いやあ、照れますなあ」



 おどけた調子で皆の視線に答える詩人。


 そして、ツカツカと自分のマスターであるアルスの元へ歩み寄り、



「アルス様、体内のマテリアルを使い果たしましたので、補給をお願いします」



 演奏したギャラをせびるように、両手を差し出してマテリアルを要求。


 そんな詩人の態度に、アルスは思う所があるのか、珍しく不機嫌そうな渋い顔で対応。



「……………あのさ、なんで、わざわざ消費の多い大技を使ったの?」



 マテリアル補給を強請る詩人に対し、アルスは感情を抑えた低い声で問いかける。

 

 見る限り、かなり怒りを抑えているような態度。

 普段のアルスには見ない反応。


 詩人が使用したのは、時には自身の機体をも犠牲にしないと使えない凶悪な性能を誇る虚数制御での大技。

 威力は見ての通りだが、その分莫大なコストを消費する模様。


 現れた敵は、現有戦力からすれば十分に対応が可能であったのではないか?

 超燃費の悪い大技を、本当に使う必要があったのか?


 アルスとてこのような疑念を抱かずにはいられないのであろう。

 


「『眠り』や『恐慌』、『威圧』でも良かったよね? これまではそれで片付けてきたんだし」


「いえいえ。この度の戦いはアルス様のご友人の前で披露する初戦闘。やはり最初は派手にやって、インパクトを与えませんと」


「……………しかも、ご丁寧に晶石まで破壊して…………、君がいつも言っているように僕はそれほどマテリアルに余裕があるわけじゃない。さらに言えば、皆だってマテリアルを得る為にレッドオーダーを狩っているんだ。僕達狩人が晶石をマテリアルに換えているのは知っているだろう」


「まあ、そうですね。しかし、世の中、マテリアルが全てでは在りません。ここぞと言うタイミングでパッと使ってしまうのも道理」


「なんで晶石を爆破させたのかを聞いているんだよ!」



 はぐらかすような詩人の返答についに怒りが頂点に達したアルス。


 ここまで感情を露わにするアルスは本当に珍しいなあ。

 

 まあ、今回は自分のことだけじゃなくて、俺達全員の稼ぎにも影響を与えたのだから、流石に黙ってはいられないというところか。



 しかし、対する詩人は激高するマスターに焦る様子も見せず、



「ふむ………、アルス様にも分かりやすくまとめますと…………」



 竪琴を持ち変え、改めて颯爽としたポーズを決めながら、



「つまり………」



 表面的な柔らかさの中に、鋭い刃物を隠し持っていそうな相貌。

 薄く滑らかな曲線を描く唇がゆっくりと開き、マスターから問われた質問への回答を紡ぐ………



「芸術は爆発!………、と、私が派手にやりたかっただけですな………、ハハハハハッ!」



 誰も全く共感できそうもない内容が飛び出てきた。

 しかも言っている本人は、全く悪気の無い爽やかな笑顔。



「うわあ………、コイツ、ぶっ壊した~い…………」



 壊れた人形のように無表情になって呟くアルス。

 右手がフラフラと腰に携えた『風蠍』に向かっている。



 イカンッ!

 アルスの目がマジだ。


 完全にハイライトが入ってしまった。

 このままでは闇堕ちアルスになってしまう。



「おい! アルス、落ち着け!」


「…………落ち着いてるよ。これ以上も無く僕は冷静さだよ! その上でコイツをどうしてやるかを考えているんだよ!」


「全然冷静じゃない!?」



 アカン!

 どうやら今まで貯まっていた不満が爆発した模様。


 いやあ、アルスの気持ちは分かるけど………

 そもそも色付きの奴等はだいたい癖の強い連中が多いから………



 ベリアルも言わずもがなだし、浮楽だって白兎が最初から躾けてくれていなければ、割と問題児だった可能性がある。


 しかし、それを使いこなしてこその機械種使い。

 色付きは他の機種に比べて高い性能を誇るのだ。

 こんな所で音を上げてしまっていては、この先を望めないだろう。



「アルス。言っておくが、コイツはまだまだマシな方だぞ。酷いのになると、味方を間引こうしたり、拉致監禁してこようとする奴だっているんだからな」


「…………………」


「お前が強くなるためにはそういった奴等を仲間にしていかなきゃならないんだ。その為の練習だと思っておけよ」


「……………練習か」



 俺の説得に、徐々に気を落ち着かせていくアルス。

 頭の良い奴だから、理屈さえ通っていれば、納得もさせやすい。



「なるほどね、僕への試練と考えると、まだ耐えられるかな」



 アルスが冷静さを取り戻し、いつもの穏やかな笑顔を浮かべると………



 ポロロン………


「そうですよ、これもアルス様が英雄になる為の試練。この私も微力ながら今まで通り、アルス様へ七難八苦の試練をお与えいたしますので、頑張って乗り越えてくださいね」



 竪琴をかき鳴らしながらフザケタことを宣う詩人。



 ポロン、ポロロン………


 

 そして、さらに演奏を続けながら、



「さて、そんなアルス様の為に応援歌を歌いましょう」



 奏でる音楽は軽快なポップ調。

 顔を上げて高らかに歌い上げるのは、どこかで聞いたことがあるような青春ソング。

 ノリノリな感じで竪琴を爪弾きながら歌い上げる。



「君の努力は無駄じゃな~い♪ 君の涙は無意味にはならな~い♪ 流した血と汗と涙は~ きっと君の糧になるから~♪ だから軽~いジョークに怒らないで~~ね♡」


「うるせえよ!!!」



 その歌を遮るようにアルスは再び柳眉を逆立てて激高。

 完全にキャラを逸脱して怒り心頭。



「コイツ、ぶっ壊してやる!」


「ア、アルス………、コラッ! 詩人、お前ちょっと歌うの止めろ!」


「おや? ヒロ様。詩人に歌うのを止めろとは惨いことを………、狩人に獲物を狩るなと言っているようなモノでは?」


「お前………、屁理屈ばっかり言いやがって………」



 俺が険しい目で詩人を見つめると、演奏を取りやめ、ヒョイと肩をすくめて、



「この程度でお怒りとは………お二人とも、少し気が短いのでは。いけませんね、英雄たるもの、少々のことには動じず、デンと構えておくべきです」


「「お前が言うな!!」」



 俺とアルスに責められてもなお、詩人は自分のペースを崩さない。


 これは完全に機械種ラプソディアという機種の業なのであろう。

 

 魔王ベリアルが『傲慢』であるように。

 浮楽が『拷問好き』であるように。

 詩人はどうやらこういった、人を揶揄うような『戯言』が好きであるようだ。


 機械種の晶石に刻まれた存在意義。

 これを矯正するのはかなり難しい。

 

 スキル傾向を偏らせて望む方向に性格を誘導していくか、藍染にて晶脳自体を弄ってもらう………

 

 若しくは、長い目で少しずつ教育していくしかない。

 いずれにせよ、今この場で何とかできる問題では無く………


 

 結局、どうすることもできないと、半ば諦めの心境で、未だ平然とした様子の詩人を見つめていると、




 ピョンッ!!!




 その時、俺の視界を横切った白い影。

 

 それは、実に俺の周りで日常的に出没する、白くて丸くて面白い………


 いや、白兎ではなく、ソイツの名は………… 




 ゲシッ!!!


「アウチッ!」



 突然、飛びかかった白い影が詩人の頭を蹴っ飛ばす。


 優男に見えても超高位機種であるはずなのに、何の抵抗も無く後ろにひっくり返る詩人。



「ハッシュ?」



 呆然とその名を呟くアルス。


 そう。

 いきなり詩人の頭を蹴り飛ばしたのは、アルスの従属機械種である白志癒。



 ピコピコ


 アルスの声に、『僕に任せて』とばかりに耳をピコピコ。



 そして、白志癒は再びひっくり返っている詩人に向き直り、どこからともなく漫才で使うような巨大なハリセンを引っ張り出して、



 ビシッ! バシッ! ビシッ! バシッ!

 ビシッ! バシッ! ビシッ! バシッ!



 そのまま詩人を滅多打ち。

 機体がブレて見えるほどの高速移動、さながら分裂するがごとく動き回り、四方八方から詩人へと打擲をかましていく。



「イタッ! 痛い! ちょ、ちょっと! 何の真似でしょうか、先生!」


 フルッ! フルッ!

『やかましい! このヨゴレ芸人めが! 僕が教えてやった歌でマスターを嬲るな!』


「汚れ………、それは幾ら何でも………」


 パタッ! パタッ!

『五月蠅い! 仕えるべきマスターを困らせてどうする!」


「イタッ! 本当に痛いんですけど、ソレ! ・・・……ギャアッ!!」


 フリッ!

『黙れ、修正してやる!!』



 機械種ラビットに無抵抗でボコられる、元『歌い狂う詩人』と呼ばれた中央の賞金首。


 俺達の怒りを涼しい顔で聞き流していた詩人が、ここまで白志癒相手にボコボコにされるのは、はっきり言ってもの凄く痛快。



 しかし、事情を知らぬ周りの皆は、この光景に一同呆然。

 

 頂点に近い力量を持つ元橙伯が、最下位機種でしかない機械種ラビットにボコられる。

 俺の仲間内の話なら日常風景なのだが、なまじ機械種に詳しい人間ほど、目の前のシーンが信じられないモノとなる。




「…………まあ、アイツに任せていればよいか」



 しばらく白志癒のお叱りを眺め、俺が出した結論がコレ。



 ピコピコ



 いつの間にか俺の足元に来ていた白兎が『同意!』と意見を述べてくる。



 事はアルスチーム内のことなのだ。

 俺や白兎が詩人に対して口出すべきではないだろう。

 俺ができるのはせいぜいアルスにアドバイスしてやるぐらい………



「………………どうした、アルス?」



 あれだけ揶揄われていた詩人がボコられているのだから、さぞかしスッとした表情をしているかと思えば、



「ん? ヒロ…………、ちょっとね」



 アルスはどこか気落ちした表情。

 白志癒に叱られている詩人を無言で見つめたまま、少し悩むような様子を見せる。


 そして、ポソッと漏れる本音。



「前々から思っていたのだけど、僕に使いこなせるのかなって…………」


「ああ、なるほど」


「ヒロならどう?」


「んん? あ~…………」



 アルスから水を向けられ、ちょっと想像してみると、



 ……………………



 駄目だな。

 あのタイプは間違いなくアライメントが『陽/混沌』。

 白兎と相性が良過ぎて、相乗効果がヤバそう。


 歌や音楽を媒介にして混沌が拡散していく可能性がある。

 俺的にこれ以上騒がしいキャラを増やしたいとは思わない。



「無理!」


「ヒロでも無理なんだ………」


「いや、そういう無理じゃなくて………、う~ん、そうだな~………」



 白の契約にて従属させた機械種はマスターに忠実だ。

 しかし、その忠誠心の示し方にはそれぞれ機種ごとの個性がある。

 それも高位機種になればなるほど。


 マスターの言うことなら無条件に従う機種もいれば、マスターの為にならないと判断し、命令に逆らうケースだってある。

 極々稀にこれがマスターの為とばかりに死に追いやってくる機種もいるというから、従属機械種であっても油断ならない。


 では、どうすれば良いかについては諸説色々。


 基本的にはマスターとして威厳を持ち続け、この人の命令を聞いて居れば大丈夫と思わせることが一番。

 さらに自らの心身を鍛え、マスターの命を第一に考える従属機械種を安心させれば完璧。

 

 なぜならマスター本人が弱いと、従属機械種達が危険な戦場に行かせないようにするから。

 故に機械種使いとはいえ、本人の戦闘力も重要になってくるのだ。



「まあ、俺のことはともかく、折角手に入れた高位機種だぞ。そんなこと言うなよ。お前の先輩達が逆立ちしたって手に入らないモノだ。お前の夢に近づく為のチャンスだろ、アレは」


「…………そうだね。そう思うよね」


「つーか、お前、アレを仲間にして、まだ数日しか経っていないんだろ。そりゃあ、まだ制御できていなくて当然だ…………、それにあんまりアイツと馴染んでいないんじゃないか?」


「何で分かったの?」


「道中、ほとんど会話していなかったから。それに避けるような素振りを見せていたし」


「……………………」



 急に黙り込むアルス。

 どうやら俺に痛い所を突かれたようだ。



「あんなんじゃアイツも変な絡み方したくなるぞ。特に色付きはマスターへの執着が強いんだ。普段からもう少し相手してやれ」


「敵わないなあ………、ヒロには」



 アルスは苦笑を浮かべて、俺の言を認める。



「元々さ。レッドオーダーの時のアイツに殺されかけたこともあって、ちょっと苦手意識があったんだよね。だから従属させてから数日、ほとんど話ができてない」


「ああ、そういうことか」



 それは少々トラウマになっても仕方がない。

 俺にはあまり縁のないシチュエーションだけど…………


 いや、俺を散々嬲ってくれた『学者』を従属させていたら、そんな感じだったかも。



 でも、もし、そうしていたら、白兎が間に入ってくれただろう。

 メンバー同士、そして、俺とメンバー達との潤滑油として、橋渡しをしてくれたはずだ。


 ならば、俺がここで出来るアドバイスは…………




「それだったら、メンバーを頼れ。お前には白志癒やセインさん、ハザンもいるだろう?」


「メンバー? ハッシュ達?」


「そうだ。別に1対1で会話するだけがコミュニケーションじゃないからな。最初はそれで慣れて行けよ」


「う~ん…………」



 悩まし気な表情で小さく唸る。

 詩人と上手くやるのに、仲間を頼るというイメージが湧いてこないせいか。


 

「坊っちゃん………」


「ん? ………セイン?」



 そこへ話しかけてきたのはアルスの執事である機械種バトラーのセイン。



「何を悩んでおられるのですか? 今もああやってハッシュ殿が力を尽くしておりますのに………」



 機械種ファーマシストの四肢を取り付け、ようやく歩けるようになったのだが、まだ上手く調整ができていない為か、幾分足取りが鈍い。

 それでも普段通りにビシッとした執事らしい佇まいを崩さない。

 

 アルスにとって、ずっと長く自分を支えてくれて来た重臣。

 そんな彼が口にするのは、悩める主への忠告。



「もう結論は決まっていますでしょう。アルス様は立ち止まらない。そうではありませんか?」


「そう………だね」


「微力ながら私もお手伝い致します。共に力を合わせ、中央への凱旋を目指しましょう」


「できるかな? 僕に………」


「私が長年見てきた坊っちゃんなら必ず………」



 執事服を自然体で着こなした外見のセイン。

 顔は年嵩の男性を模した仮面だが、その蒼く輝く目からは慈しみの光が見て取れる。



「これまでそうしてきたでしょう? 絶対に無理だと思っていた街からの脱出。そして、このバルトーラの街に辿り着き、あともう一歩の所まで来た………、全部坊っちゃんがやり遂げたことですぞ」


「………ありがとう、セイン」



 ようやくアルスの顔に笑顔が戻る。


 太い絆で結ばれた主従関係とでも言うのだろうか?


 俺の言葉ではなく、自身の執事の言葉で立ち直ることができた。


 やはり長い間アルスに付き添ってきただけあって、その信頼度も絶大なのであろう。




 ピコピコ

『オラッ! 来いっ!』


「ううう…………」


 パタッ!

『さっさと歩け!』


「は、はい………」



 そこへ白志癒に引きずられるように詩人が連れて来られる。

 まるで憲兵に引っ立てられる罪人のよう。



 フルフルッ!

『ほらっ! マスターに言うことがあるだろう!』


「も、申し訳ありませんでした、アルス様。もう二度とこのようなことは致しませんので、どうかお許しを…………」



 ただ哀れっぽく謝罪を行う詩人。

 散々白志癒に打ちのめされ、以前の気取った様子はどこにもない。

 


「……………………」



 そんな詩人を無言でじっと見つめるアルス。


 

 フリフリ

『マスター、僕がしっかり躾けるから、許してあげてくれないかな? 本人もこうして反省しているから』

 

「はい。世界最大のダンジョン、ターナート迷宮の最下層よりも深く反省しております。そして、私のアルス様への忠誠心は、赤の帝都にそびえ立つという赤螺の塔よりも高く………」


 ゲシッ!


「アウチッ!!」


 フルッ!

『余計なことは言わんでいい!』


「は、はいっ!」



 白志癒に尻と蹴っ飛ばされる詩人。

 もう元橙伯の威厳はどこにもない。


 

 しかし……………



「こちらこそゴメン。謝らないといけないのは僕の方だよ。従属させたのに、君には全然構ってあげられなくて………」



 アルスも詩人に向かって謝罪の言葉を口にする。

 わだかまりが消え失せ、どこかスッキリしたような表情で。

 


「経緯は色々複雑だけど………、でも、君を従属させたのは僕の意思だ。だからきちんと向かい合うことにするよ」



 アルスは詩人を真っ直ぐに見つめ、自分の心情を隠すことなく吐露。



「正直言うと、少し君が怖かった。ブルーオーダー前とはいえ、君の前身に殺されかけたこともあるし、君のような超高位機種をどう扱ったらよいか、分からなくて戸惑っていたこともある。僕のような若造が扱い切れるのか不安だったんだ」


「…………………」


「でも、それではいけないとヒロやセインが諭してくれた。それにハッシュが後押しもしてくれたし………、だから僕も覚悟を決める。僕の夢の為には、君の力が必要だ。敵は強大で、勝てる算段も少ない。それでも、これから仲間として僕と一緒に苦難の道を進んでくれるかい?」


「もちろんですとも!」



 詩人は間髪を入れずアルスに従う旨を宣言。


 その様子にアルスは深く頷きを返すと、



「じゃあ、これから君に名前を付けよう。流石に悪評を背負っているラプソディア呼びは出来ないから………」



 そして、しばらく与える名前を捻り出そう考え抜き、


 

「よし! 君の名前は『トライアンフ』。略して『トライア』って呼ぶかもしれないけど………」


「『トライアンフ』………、良い名です! 与えて頂いた名の通り、アルス様に大勝利を捧げましょう!」



 個体名を授けられて歓喜に震える詩人………『トライアンフ』。

 

 名前を与えられたことというより、ようやくマスターに認められたと感じた為だろう。


 

「良かったですね」


「はい! ありがとうございます、セインさん」


 フルフル

『精進せいよ』


「もちろんです、先生!」



 暖かく仲間へと迎え入れてもらうトライアンフ。

 これで彼は真にアルスの従属機械種となったのだ。



 少し離れた所では、同じチームを組むハザンが感慨深げにウムウムと頷いている。


 チームは同じだが、やはりマスターと従属機械種の間には他の人間は入りにくい。

 彼も分かってはいたのだろうが、ここ数日放置するしかなかったのであろう。


 しかし、これでアルスのチームの戦力は格段に向上したに違いない。


 超高位機種である機械種ラプソディアを制御できるようになれば百人力。


 おそらくはチーム単独で赭娼を撃破できるだろう。

 もしかしたら紅姫にすら手が届くかもしれない。



 

「多分、これでもうアルスのチームは大丈夫だな」




 ワイワイと騒ぐアルスチームを眺めながら、ほっと安堵のため息を漏らした。

 






【こぼれ話】

機械種使いのチームで一番気をつけなければならないのは、従属機械種達の不和。


従属機械種達はすべからくマスターからの寵愛を得たいと考えている為、独占欲や嫉妬から仲違いをすることがあります。

また、機種系統によってはどうしても相性の悪い機種同士があり、一緒に戦場に並ぶことすら難しい場合も存在します。


その場合の対処法として良く取られる手段がチーム内に調整能力に長けた従属機械種を配置すること。

仲の悪い機種同士の間を取り持ってくれてチーム内の雰囲気を良くしてくれます。



また、絶対的な権威を持つ従属機械種筆頭がいると、ある程度揉め事を減らすことができます。

 

ただし、これは難易度が高く、狩人が躍進していけば行く程難しくなります。


従属機械種の権威とは、マスターへの貢献度とその実力。

早くからマスターに従属し、役に立っている機種ほど発言力が強くなりますが、早くに従属した機種は、そのマスターが実力をつけていくと次第に戦力外になりがちです。


例えば、新人狩人がジョブシリーズのノービスタイプの格闘系、機械種ファイターを運良く一番最初に従属させた場合。

最初、その機械種ファイターは最先任という立ち位置と実力で筆頭の権威を守れますが、やがてもっと強い機種を従属させていくと、徐々にその権威を失っていきます。


最先任という立ち位置だけは不変ですが、戦闘ではマスターの役に立てなくなってくるので、発言力がドンドンと無くなっていくのです。

特に純戦闘系は戦闘でしか役に立てないので、その落ち振りは顕著。


いずれは留守番役になり、完全にその地位を失ってしまいます。


すると新たに仲間となった強い機種達が、その地位を巡って争うようになります。


あからさまに喧嘩する訳ではありませんが、こんな状況が長く続くと、雰囲気も悪くなり、上手く連携が取れなくなっていくという悪循環に陥るのです。



主人公のチームの場合、最先任でありトップクラスの戦闘力とあらゆる分野に精通した白兎が筆頭なので、チーム内の統制がこれ以上ないほど取れています。


また、次席のヨシツネも筆頭を目指す意思は無く、性格的に2番手で十分に満足しており、問題児のベリアルも口では色々言いますが、内心白兎を筆頭と認めています。


まさに盤石の陣営だと言えるでしょう。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る