第588話 機人
『詩人』が作り出した『コンサートホール』。
最初に俺達が入り込んだ『楽屋』よりもかなり広いが、内装自体はほとんど変わらない。
剥き出しのコンクリートにしか見えない床と壁、それに天井。
歌唱や演奏、演劇の場とするにはあまりにも殺風景。
聞けば、壁紙等で飾り立てることもできるし、疑似的な空を映し出すことも可能なのだそうだが、それにはやはり追加でマテリアルが必要となる。
わざわざ見栄えだけの為に貴重なマテリアルを消費するのも馬鹿らしいから、結局そのままとした。
しかし、そんな殺風景な空間に響く、キャピキャピした女の子達の声。
ちょうどホールの隅で、俺と秘彗、アスリンチーム3人が、床に横たわる機械種ジャバウォックのジャビーを背に歓談中。
最初は秘彗を伴っての様子伺い。
俺1人で女の子3人と相対するのはしんどいので、同じ女性として秘彗に助力をお願いしたのだ。
すると、向こうも可愛らしい魔女っ娘である秘彗と会話したかったらしく、思いの外、話が盛り上がってしまった。
おしゃべり好きのニルが矢のように質問を飛ばし、
ストッパーのドローシアがニルを嗜めながら、会話を上手くつなげて、
偶にアスリンがこんがらがりそうになった話をまとめる。
初めは姦しい女子達の激しい攻勢にアタフタしていた秘彗。
だが、しばらくすると慣れてきたようで、落ち着いた様子で受け答えに終始するようになった。
そして、一通り秘彗へと質問が終わると、今度は蓮花会のボスである『マダム・ロータス』についての話題へと移行。
「やっぱりストロングタイプの機人なんですね。こんな辺境で珍しい……」
「そうだよ~、昔は中央でブイブイ言わせてたって。しかも赤の死線で!」
「それは凄い! 赤の死線帰りですか!」
「まあね~、でも、ニルルンが生まれても無い頃の話だけどね」
秘彗とニルがマダム・ロータスについて会話を交わす。
秘彗が興味深そうな反応を示すモノだから、ニルも機嫌良さげにドンドンと話を広げていく。
「当時は『炎蓮花(ブレイズフラワー)』って呼ばれてたんだって。カッコ良いよねえ!」
「炎蓮花ですか…………、と言うには、やはり火炎系のマテリアル術が得意なのでしょうか? でも、元となった機体は機械種アマゾネスクイーンでしたよね? 確かにシガーピースを吸われる時に炎を口から吹いてらっしゃいましたが………」
以前マダム・ロータスと会ったらしい秘彗が、その当時の記憶を思い出しながら呟く。
「機械種アマゾネスクイーンは純近接戦闘系で、マテリアル燃焼器は標準では備わっていないはず………、後で機体に追加されたのでしょうか?」
やや腑に落ちない表情で推測を口にする秘彗。
機械種アマゾネスクイーンは、ジョブシリーズ、女戦士系のストロングタイプ。
ノービスタイプは機械種アマゾネス、ベテランタイプは機械種アマゾネスリーダー。
秘彗の言う通り、純近接戦闘系であり、速度と技のキレを重視したスピード型の前衛機種。
外見はノービスタイプであっても人間の女性に近いデザイン。
強さと美しさを両立させた、逞しい女戦士のイメージ。
オーソドックスな騎士系、剣士系、闘士系と比べると、機体自体はかなり細身であり、機体重量も比べようも無く軽い。
人間に似せた分、リソースがそちらに削がれたことから戦闘力自体は多少劣る。
だが、女騎士系に次いで人気のある機種であり、特にメリハリのあるボディラインと、鎧と呼ぶにはあまりに軽装な装甲は男性からも大好評。
女騎士系とはまた違った魅力を持つ女性型機種と言える。
しかし、女戦士系はあくまで武器を持って戦うことを前提とした前衛機種。
たとえストロングタイプであっても、『炎』『冷気』『雷』に属する攻性マテリアル機器は持っておらず、唯一、マテリアル錬成器を用いた弓矢を模した銃が遠距離攻撃手段のはず。
なのに、マダム・ロータスはレッドオーダーとの激戦区である赤の死線にて、『炎蓮花』とも呼ばれていた。
大抵二つ名はその行動や戦い方をイメージされて名付けられることとが多い。
ガイの『ぶん殴る(ビートアップ)』や、アスリンの『押し潰す(スクワッシュ)』のように。
いつも白兎を連れ回していることから付けられた、俺の『白ウサギの騎士(ラビットナイト)』も同様。
つまり、マダム・ロータスは赤の死線で『炎蓮花』と呼ばれる程に炎を使いこなす………
少なくとも通常のストロングタイプの魔術師系以上に、炎の術に長けている可能性が高いということだ。
純近接戦闘型であるにもかかわらず。
後からマテリアル機器を追加したぐらいで、魔術師系以上の炎の術を行使できるはずもないのに。
秘彗が不思議がるのも無理は無く、そして、自身がそうである以上、同じ可能性に行きつくのも無理はない訳で………
「あっ! ひょっとして…………」
「ストップ。それ以上は推測を述べられても反応に困るわ」
秘彗が思いついた可能性を述べようとした時、アスリンからストップが入る。
「知っている人は知っていることだけど、流石にその辺は個人情報になるから、私達の口からはちょっと…………」
アスリンが申し訳なさそうに理由を説明。
まあ、世間に流布されている2つ名ならともかく、機人の機体仕様までは話題にするのは行き過ぎであろう。
「す、すみません! 勝手に探るようなことを言ってしまい………」
「ううん、これはこっちもしゃべり過ぎたのが悪いんだし………、主にニルが」
「うえっ! ニルルンのせい? リンリン、それはちょっと異議あるよ~」
秘彗も不作法を気づいたようで、慌てて帽子を脱いで謝罪すると、アスリンも自分達にも非があると返し………、なぜかニルの方へと弾が飛んでいった。
さらに追い打ちをかけるようにドローシアが参戦し、ニルに対して抗議の声を上げてくる。
「ニルがヒスイさんにいい所を見せようとして、考え無しにバンバン喋るからです! 逆に迷惑をかけてどうしますか!」
「別に迷惑なんてかけてないも~ん。ねえ、ヒスイ!」
ニルからはすでに呼び捨て。
しかもやたら距離が近い。
相変わらず距離の詰め方が半端ないな、ニルは。
「ええ、まあ………」
秘彗もグイグイと来るニルに少々戸惑っている様子を見せている。
対外的にニルのようなタイプと接したことが無いから、どのように対応したらよいのか分からないのであろう。
これが身内の天琉ならお姉さんぶって説教している所だろうが。
「コラッ! ニル! ヒスイさんを困らせるんじゃありません!」
「別に困ってないじゃん。ドローシアの言いがかりだよ」
「むっ!」
ニルの反論にドローシアはムッとした表情を浮かべ、
「だいたいニルは調子に乗り過ぎです。ニルばっかり話すから私がヒスイさんとお話できないじゃないですか!」
「へへ~ン! もうヒスイとは仲良しだもんね。だからほ~ら……、こんなことも~」
「きゃっ!」
何を思ったか、ニルは秘彗にギュッと抱き着いた。
「うふぁ! なんか抱き心地良いねえ! ニルルンより背が低い子は久しぶり!」
まるで甘える猫のように身体をグニャグニャさせながら纏わりつくニル。
対して、秘彗は吃驚仰天な様子で目を白黒。
機体を硬直させて口をパクパク。
「わっ、わっ……」
「う~ん…………、ラビットちゃんも良いけど、女の子タイプもいいなあ~」
秘彗の機体を抱きしめ、そのローブに鼻を埋めたまま感想を述べる。
「流石はストロングタイプ。抱きつき具合は人間とあんまり変わらないねえ……」
「ちょ、ちょっと、ニルさん!」
ようやく我を取り戻し、自身の機体に抱きつくニルに声を上げる秘彗。
「その………、急に抱き着かれても困るんですけど?」
「ええっ! 別に女の子同士だったらいいじゃん」
「そう言われましても…………」
「ニルルン、最近、男にフラれて落ち込んでいるから、癒されたいの。もう少しこのままでいさせてよお」
「う~ん…………………」
ニルに抱きつかれたまま、眉毛を中央に寄せてちょっとだけ悩む様子を見せていた秘彗だが…………
「しょうがないですね。少しだけですよ」
頼まれると嫌と言えない少女型機種、秘彗。
我儘を言う子供に言い聞かせるような返事。
「わーい。たっぷり癒されちゃおっと!」
本人の了解を得て、小さな秘彗の機体に身体を擦りつけていくようにしがみつくニル。
そんなニルの奇行動に苦笑を浮かべながら、されるがままになっている秘彗。
おお………
何か百合百合してる。
新たなジャンルの開拓か?
突然沸き起こった目の保養案件に、俺の視線は釘づけ。
相手が男なら、秘彗に抱きつこうとした瞬間に殴り飛ばしてやるところだけど。
相手が女の子なら、目くじら立てるほどのことでもない。
「何やっているのよ、ニル! 止めなさい! 迷惑でしょ!」
ここでドローシアが参戦。
「ヒスイさんから離れなさい!」
「い~や! ニルルンとヒスイはもう愛し合っているんだから離れませ~ん!」
「ふざけたこと言うな!」
秘彗に抱きついたニルを引きはがそうとするドローシア。
それに抵抗するニル。
困った顔で立ち尽くす秘彗。
可愛らしい女の子3人が組んず解れつ。
まあ、そんな色っぽいモノではなく、生暖かい目で見守ってあげたくなるような、日常感溢れる心癒される光景。
俺的には、秘彗は普段同じ年頃?の少女達と絡むことが少ないのだから、こういったやり取りで女子同士のコミュニケーション能力を磨いてもらう良い機会かな……っと言った感想。
しかし、チームリーダーたるアスリンは、自分のメンバーのこんな見苦しい姿なんて許すはずも無く、
「ニル、ドローシア。アタシに恥をかかせないで」
大きくは無いが、はっきりとした声でピシャリ。
有無を言わさぬ威厳が込められた窘言。
普段とは明らかに違う声のトーン。
軍隊で上官が下す命令に近い口調。
「わっ! はい!」
「す、すみません!」
このアスリンの剣幕に、流石のニルも素直に返事をして秘彗から離れ、
ドローシアもピシッと直立し、引き攣った顔で謝罪の言葉を口にする。
「女の子同士でも守らないといけない礼儀があるでしょ。分かったら、ニルはヒスイさんに謝りなさい」
「は~い………、ごめんなさい、ヒスイ…………」
アスリンから水を向けられ、ニルはしょげ返った様子で頭を下げる。
「あははは……、次からはいきなり抱き着くのは止めてくださいね。でも、おしゃべりは楽しかったです。また、お話致しましょう」
「あ………、うん!」
秘彗から手を差し出すと、ニルはパッと明るい表情に早変わり。
差し出された手を両手で握って、上下にブンブン。
なんか仲良さげになっている秘彗とニル。
背の低い女の子同士、どこかシンパシーを感じるところがあるのかもしれない。
「その時はドローシアさんも一緒にどうですか?」
「は、はい。気を遣って頂いてすみません………」
自分の3分の2くらいしかない身長の秘彗にペコペコするドローシア。
子供と大人の体格差だが、明らかに秘彗の方が大人に見える。
稼働させてからようやく半年程度。
ずっと妹みたいなポジションであったが、いつの間にか精神的にも大きく成長を遂げていた様子。
俺が今、構築しつつあるストロングタイプのチームでも、秘彗は押しも押されぬリーダー格。
ストロングタイプの中では最先任であり、戦闘型唯一のダブルとして、その実力も抜きにでている。
さらに戦術や戦略でもトップクラスとくれば当然であろう。
気の回し方や気配りは、もう立派な統括役の所業。
やはり立場が人を作るのであろうか………
最初は、皆に追いつこうと、必死に背伸びしていた秘彗が立派になって………
秘彗の成長ぶりに、思わず子が育っていく親の心境となる俺だった。
「ごめんなさいね、ヒロ。私のメンバーが迷惑をかけたようで」
チームリーダーとして、メンバーの不作法を謝罪するアスリン。
男の俺に自ら頭を下げに来るなんて、少し前なら在り得ない行動。
だが、この数日行動を共にすることで、一定の垣根を超えることはできた模様。
まだ少々距離を感じるところはあるが、それでも、アスリンの過去の態度を知る俺としては未だなかなか信じられない状況だ。
「別にいいよ、ああやって仲良くなったみたいだし………」
「……………確かに、マダムロータスからはヒロと仲良くなりなさいって言われていたけどね。今後、中央で名を挙げるであろう狩人と仲良くなっていて損は無いからって。でも、先に従属機械種と仲良くなるとは思わなかったけど」
「へえ? マダム・ロータスが………、それは光栄だね」
会ったことは無いけど、この街に5ヶ月も住んでいれば、チラチラとその名は耳にする。
40年以上、この街の蓮花会のトップとして君臨してきた機人。
バルトーラの街、最強は誰だ? との質問に必ず名前が挙がる5人のうちの1人。
オレンジ色の髪をした野性味溢れる美女だが、その外見で甘く見て、痛い目に遭った男は数知れず………
「40年以上か…………、とてもじゃないが機人としては信じられないくらいに長生き………、おっと失礼」
「いいわよ。それは皆、言っているもの。マダム・ロータスが常識外れに長生きだってことは………」
機人は人型機械種の晶石に、人間の魂を焼きつけた存在。
機械種の能力に人間の頭脳と心を備えた、この世界でも指折りの強者。
ただ機械種に人間の意識が宿っただけではない。
その理由は不明だが、機人はその元となった機種よりも格段に強くなる。
一説には、機械種に人間の意識が宿ることで、その機体に施された制限が解かれるからと。
機人の大部分はストロングタイプを素体とする。
つまり機人の戦闘力は最低でもストロングタイプ以上ということ。
さらにその本質は機械種ではなく、まだ人間であることから、赤の威令や白の恩寵の影響を受けない。
改造人間や強化人間と比べても、その優位性は明らか。
人間を強くするというただ1点に絞れば、これ以上無い手段であると言える。
しかし、無条件でその力が手に入るわけでは無い。
まず、その施術の成功率が低いこと。
優秀な緑学者であっても、その成功率は5割を切るという。
施術に失敗すれば、その人間は一生意識不明状態のまま。
さらに成功したとしても、その者に待ち受ける運命は過酷の一言。
当然ながら、人間の時に存在していた生理現象が無くなり、五感もセンサーに置き換わる。
どんなに上手い酒も美味しいブロックも、データ上の数値でしか感じられなくなるのだ。
眠ることはできるものの、人間の時のような睡眠欲は失われ、また、人間の本能に結びついた性欲も消え失せる。
人間の3大欲求と言われる、食欲、睡眠欲、性欲。
これ等を失った人間は徐々に精神のバランスを欠き、早い者なら数週間、どんなに強靱な精神力を持つ者でも10年から20年で精神が崩壊するという。
マダム・ロータスが若い頃、赤の死線で活躍し、その後にこの街に来て40年以上経つということは、少なくとも50年近い年月を機人として暮らしていることになる。
その稼働年月はあまりに桁違い。
数年なら個人差だが、30年以上の差は言い訳しようの無いイレギュラー。
その理由がマダム・ロータスの精神力だとしたら、どれほど強靱な心魂を備えているのだろうか?
「マダム・ロータスの機人化施術を行ったのは、当時、天才と呼ばれた中央の緑学者よ。曰く、世界一の緑学者だって」
「んん? ……………へえ? 世界一か」
「いつもマダム・ロータスが自慢しているの。自分は世界一の緑学者の傑作品……ってね」
つまり、この情報は皆へ公開していることなんだろうな。
でも、『天才』、『世界一の緑学者』か………
確かに優れた緑学者が施術すれば、機人がその分長く稼働できるという話を聞いたことはあるが…………
「そんな凄い人がいるなら、ぜひお会いしたいね。中央に行けば会えるかな?」
「それはちょっと無理かな。その人、中央で禁忌を侵して辺境へ追放になったんだって」
「あらら………」
あれ?
そう言えば、ボノフさんの所で、そんな話を聞いたことがあるな。
「随分と酔狂な人だったみたいね。色々なことに手を出して、トンデモナイ成果を挙げては、皆を驚かせる………、ヒロにちょっと似ているわね」
「別に俺は酔狂人じゃないぞ。至って普通の人間だ」
「……………本気でそう言っているなら、貴方こそ、世界で一番、酔狂な人よ」
アスリンから、ちょっと可哀想な人を見るような目で見られてしまった。
解せぬ。
しかも、こんなことで世界一の称号を得てしまうなんて。
「…………その人はマダム・ロータスの親友だったみたいなの。だから、この『蓮花会』を作った………、その人がやろうしていた意思を継ぐ為に」
「『蓮花会』…………、女性しか入れない秤屋を?」
「目的はこの世知辛い世の中で苦労している女の子達を救うことよ。あと、女性しか入れないって訳じゃないわ。一応、男女のカップルが何人かいるから」
「俺、無理じゃん…………」
つまり女性がたくさんいるからという不純な腹積もりで入ろうとする男はノーサンキューってことか。
一応、ミランカさんから貰った蓮花会への紹介状を持っているけど、どのみち、蓮花会に入るルートはなかったんだな。
「あら? ウチに入る予定だったの? なら歓迎するけど?」
「俺は男だぞ。それに彼女も………いない」
少なくとも今は独り身だ。
幾ら事情があるとはいえ、街に置き去りにしてしまったエンジュを未だ俺の彼女だと言い張る傲慢さは俺にはない。
「大丈夫。男1人でも、マダム・ロータスが認めれば入れるわよ」
アスリンからもたらされる蓮花会ルートへの入り方。
ニッコリ………というにはやや挑戦的な色が見え隠れする笑顔ともに。
「どうしても入りたいって言う独り者の男は、マダム・ロータスが相手をすることになっているの。機人と素手で殴り合いよ。でも、ヒロなら良い勝負ができそうね」
「止めてくれ。女性と殴り合うのはちょっと………」
外見上は若くとも、中身はおそらく老婆と言えるような年齢のはず。
そんなお年寄りに喧嘩を挑むなんて在り得ない。
それに素手の殴り合いともなれば、歴戦の英雄相手だと少々条件が悪い。
殴り合いで負けるつもりはないが、瀝泉槍か莫邪宝剣が無いと、技で翻弄されるかもしれない。
いくら殴られても効かないだろうけど、俺も女性に殴られ続けて喜ぶ趣味は無いぞ。
「どのみち、今は白翼協商で満足しているから、蓮花会入りは無いな」
「あら、残念ね」
口で言う程残念そうな素振りも見せないアスリンの反応。
「でも、マダム・ロータスは貴方に興味があるみたいなの。ぜひ会ったら紹介させてほしい」
「了解。俺も秘彗達を助けてもらったことへのお礼がまだ言えていないし………、それに赤の死線の話も聞いてみたい」
何十年も前の話とはいえ、実際にそこで活躍した人間の経験談は貴重。
いずれ目指す可能性があるのなら、少しでも情報を仕入れておきたい。
「しかし、そんな大ベテランが辺境に留まっているなんて、少々勿体ない気もするな。その親友の志を引き継ぐ為とはいえ………」
「それだけじゃないのよ。マダム・ロータスは未だにその人を探しているの」
「んん? ………えっと、その辺境に追放された世界一の緑学者を? それはもう………」
口に出しかけた推測を飲み込む。
言葉にするにはあまりに無礼だと思ったから。
しかし、何十年も探していて見つからないのだ。
普通に考えれば、結論は1つしかないだろう。
そんな実力を持った人なら、たとえ辺境でもその名が響き渡っているはず。
だが、今の話なら未だ見つかっていないというなら、すでにお亡くなりになっているとしか考えられない。
そんなことはアスリンもマダム・ロータスも分かっているのであろうが………
俺が何か言いたげな視線を向けると、アスリンは少し困ったような表情で、
「そうなのよ。でも、マダム・ロータスは諦めていない。だから、今もずっと情報を集め続けている。中央を目指す辺境の人間が集まるこのバルトーラの街で」
「ちなみに、その人の名は?」
「……………トーラ」
「え? トーラ?」
バルトーラの街でトーラさんを探してる?
それ、何て偶然?
俺の素っ頓狂な表情を見て、アスリンはフッと微笑を浮かべて答え合わせ。
「そ。30年前に起こった街の危機にマダム・ロータスが大活躍したの。その時の褒美に街の名前を変えてもらったらしいのよ。自分がこの街にいることに気づいてくれることを願って………」
「何それ? ちょっと怖いくらいの執着だな」
「それだけ大事な人だっていうことよ。ちなみに、そのトーラさんが元々開きたがっていたお店の名前だって」
「ほお………」
当時の街の人からすれば溜まったもんじゃない………
いや、街を救ってくれたんだから、それぐらいは許容するか。
「で………、一応聞くんだけど、辺境の街でこの名前を聞いたことがないかしら?」
「…………ごめん、知らない」
「………そりゃあそうよね。蓮花会がこれだけの時間をかけて見つかっていないのに、ポッと出てきたヒロが知っているわけないか………、そんな偶然、幾ら何でもありえない」
そう言いながら苦笑を浮かべるアスリン。
「でも、もし、ヒロがこの名前をどこかで聞き及んだら、蓮花会まで届けてほしい。きっと高額な報酬を払ってくれるはずよ」
「オッケー。『トーラ』さんね。覚えておくよ」
これでアスリンとの話は終わり。
得られたのは『マダム・ロータス』の人となりと、思いがけない『依頼』。
まあ、機会があったら打神鞭の占いで調べてあげようと思う。
【こぼれ話】
マダム・ロータスが大活躍をしたという30年前の街の危機とは、今回と同じくダンジョンの活性化が発生し、新たに生まれた紅姫が地上へと現れたことです。
白鐘の恩寵を物ともせず、迷宮街で暴れ回る紅姫を討伐したのがマダム・ロータスになります。
その時に大きな損傷を負い、思うような力を出せなくなったマダム・ロータスは現役を半ば引退することになりました。
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