第596話 神殿2



 地下35階を目指す俺達の前に現れた玄室の中の3つの『神殿』。



 機械種が出る神殿。

 発掘品が出る神殿。

 スキルを封じた翠石が出る神殿。

 


 それは1人1回限りだが、マテリアルを投入してガチャを引くことのできる有益な施設。


 しかし、マテリアルを注ぎ込めば注ぎ込む程、価値の高いモノが出てくる為、いくら費やすのかが難問となる。


 ランダム性が高い為、必ずしも注ぎ込んだ額に相応しいモノが出てくるかどうかは運次第なのだ。


 過去から幾多の狩人達の歓喜と慟哭、喝采と悲鳴を生み出してきた曰く付きのイベント。


 果たして、俺達がここでナニを得て、ナニを失ってしまうのか…………







「では、私から行かせてもらおうか」



 まず、最初にガチャを引くのはレオンハルト。


 マテリアルカードを手に持ち、機械種神殿の前に立つ。


 3つの神殿には神社にあるような賽銭箱に似た装置がそれぞれ設置されている。

 ちょうど賽銭を投入する部分がマテリアルカードの差し込み口になっており、ここからマテリアルを注ぎ込むことができる。



「レオンハルトは『機械種』なんだ?」


「そうだな。『発掘品』も良いが、やはり戦力を増やすには『機械種』が一番手っ取り早い」



 アルスの確認にレオンハルトが答える。



「ちなみに幾ら注ぎ込むか聞いていい?」


「ハハハハハ、構わんさ。私も手持ちが少なくてな。この先のことを考えると、精々100万Mを用意するのが限界だよ」


「それだと…………ストロングタイプをギリギリ狙えるくらいかな?」


「そうだな。本当にストロングタイプを狙うなら500万Mは注ぎ込むべきだろうが、そこまで行くと流石に補給がままならなくなる。全く…………、これならばもっとマテリアルを用意しておくべきだったな。中央と違い、この辺境のダンジョンには『アレ』は出てこないだろうから、全財産を持ち込んでも良かったのだ。悔やんでも悔やみきれぬ」



 レオンハルトは苦笑を浮かべながら後悔を口にする。



 征海連合のお坊ちゃんであるレオンハルトなら、俺以上の資産を持っているだろう。 

 しかし、いくらマテリアルが嵩張らないと言っても、俺のようにずっと全財産を持ち歩いている訳では無い。

 それでも、それなりのマテリアルは保有しているのだろうが、今ここで出せる額がギリギリ100万Mということだろう。


 いかに強い機械種を手に入れても、燃料たるマテリアルが尽きてしまえば、何の意味も無い。

 これから先の戦闘を考慮すれば、ここでマテリアルを使い果たすわけにはいかないのだ。

 



「だが、今は手持ちのカードで勝負するしかあるまい。さて、このレオンハルトの天運はどこまでなのか………、フフフッ、ここまで武者震いがするのは久しぶりだよ」


「狙うのはやっぱりストロングタイプ?」


「いや、それは正確ではないな。私が狙うのは…………」



 アルスの質問にニヤリと笑みを浮かべるレオンハルト。


 獲物を前に獅子が笑ったような、と形容したくなるほどの覇気に満ちた笑み。

 人々の上に立つことが当然と思ってしまう程の堂々たる態度。

 何一つ不可能なことなど無いとでも言うような自信に満ち溢れたオーラ。


 才気煥発にして、容姿端麗、眉目秀麗。

 おまけに金持ちとあれば、手に入れられないモノの方が少ないに違いない。

 

 しかし、そんな彼が追い求めてやまない機種。


 それは……………………



「巨乳だ!」


「…………………はい?」


「豊満な乳房のことだ!」


「いや、意味は分かるから………、言い換えなくていいよ」


「ふむ…………、そうかね………、しかし、誤解を招かぬようきちんと説明するとだな………」



 少し顔を赤らめながら留めるアルスに、レオンハルトは続けて言い募る。



「私が狙うのはストロングタイプの女性型、それも特に巨乳を持つ機種だよ。まずは女戦士型。これは見た目が分かりやすいな。間違いなく90に近いサイズを持つ。さらに魔女型。これも目分量だが90オーバーは確実。やはりこの2つが双璧だろう。あとは女騎士系、女格闘系と言った所だろうか。どうしてもある程度の身長が無くては胸部を増量するのが難しくなるらしい。故に魔女系を除けば巨乳が長身の前衛職に固まるのも無理はないな。しかしながら、私としては、個人的な趣味とパーティバランスを考えて、魔女系を狙いたいと思っている。何と言っても前衛職の乳房はほとんど揺れないのだ。これは高速移動が前提である為、比較的固めの素材で構成されていることが原因。そこへ行くと魔女系は大きさ、柔らかさを重視した乳房を持つ。何といっても巨乳の良さはその柔らかさに…………」


「分かった! 分かったから! もうそれ以上しゃべらないで!」


「むっ! …………確かにおしゃべりが過ぎたかな?」



 顔を真っ赤にしたアルスが大声をあげて、ようやくレオンハルトは煩悩を垂れ流すのを止めた。



「フッ………、イカンね。少々熱くなってしまったようだ」



 先ほどまでの醜態は無かったように髪をかき上げて気障なポーズを決めているが、すでに時は遅く、女性陣のレオンハルトを見る目は氷点下以下。

 

 ここからどう挽回しようがレオンハルトへの好感度が下がることはあっても、上がることは決して無いであろう。



「スゲエな、アイツ。ブレないところだけは尊敬に値するぞ」


「絶対に真似したくないけどな」



 ガイとコソコソ軽口を叩き合う。


 このダンジョンに来て、初対面の印象が一番大きく変わったのは、間違いなくこのレオンハルトだ。

 闇市の件で多少なりともその性格は理解していたつもりだったが、それですら表面的なモノでしかなかった模様。


 本当に人間というモノは深くかかわらないと、その本性は分からないのだなあ。 










「さて、お待たせしたな。そろそろ回すとしよう」



 レオンハルトがマテリアルカードを手に賽銭箱の前に立つと、流石に皆は黙り込み、その行く末を固唾を飲んで見守る。


 レオンハルトの背後で、じっと主を見つめるのは、彼の従属機械種であるシルバーソードとロベリア。

 ともすれば、彼等の後輩ができるかもしれないのだから、その注目具合も相当であるはず。




 ポロロン………

 ポロロロロロン………



「んん?」



 そんな中、玄室に厳かなで勇壮な雰囲気の旋律が流れる。


 どことなく、何かが始まりそうな、オープニングテーマにでも使われそうな楽曲。


 目線を向ければ、トライアンフが竪琴を奏でていて、

 その足元では白兎、白志癒、廻斗の3機が盆踊りでも踊るように、ピョコタン、ピョコタンと動き回っている。


 楽曲に合わせて、手足をブンブン。

 時折、飛び跳ね、くるりと一回転して、着地。


 それはまるでレオンハルトを応援しているかのような微笑ましいダンス。

 見ている観客に勇気を与えるようなそんな振り付け。



「フフフッ、良いな。まるで私の成功を祝福してくれているようだ」



 流れる楽曲、白兎達の踊りに、レオンハルトは薄っすらと微笑を浮かべて、



「さあ、出て来い! 新たなる我が従属機械種よ!」



 マテリアルカードを挿入。

 100万M、日本円にして1億円を神殿へと奉納。



 すると、



 ピカッ!!




 機械種神殿全体が眩い光を放ち、




「来たぞ!」




 レオンハルトが叫ぶ。




 そして、光が収まると、先ほどマテリアルを奉納した神殿の前に、デンと出てきた機械種用保管倉庫が一つ。

 

 それは間違いなく中量級の人型用。

 まだストロングタイプかどうか分からないが、少なくとも、亜人型か、ジョブシリーズのどれかである可能性が高い。



「おお………」



 超常の現象を前に、感嘆のため息が漏れる。


 噂には聞いていたが、本当に神殿へマテリアルを捧げるだけで機械種用保管倉庫が現れた。


 その原理は全く不明だが、どこか俺のライバルたる宝箱の出現にも似た現象。


 『なぜ?』『どうして?』と騒ぎ出したくなるがじっと我慢。


 それは折角出てきたお宝にケチをつける所業。


 ここは素直に喜んでやるのが大人というモノ…………

 

 まだ彼の期待通りのモノが出てきたのかどうかは分からないが。





「よし、開けるぞ」




 レオンハルトが機械種用保管庫に手をかけて、その扉を開け放つ。


 その中に入っていた機種は………




「うおっ!!! なんとお!!」




 レオンハルトから歓喜の声が上がり、




「まさか!」

「ぬおっ! これは……」

「マジか………、アイツ」

「嘘、信じられない………」



 アルス、ハザン、ガイ、アスリンからも驚きの声。


 

「え? 一体どんな確率だよ………」



 呆然と呟く俺の目に映る、機械種用保管庫に収納された機種は、




『ストロングタイプの魔女系、機械種ワルプルギス』



 

 20歳前後の美女にしか見えない女性型機種。

 濡れたように滑らかな、腰まで伸びた深緑色の長髪。

 匂い立つような色気と少女の無垢さが同居した白皙の美貌。

 藍色の三角帽子に、青紫のゆったりとしたローブ。

 なぜか胸の前辺りが開けており、そこから煽情的な淡い桃色のビスチェが視界に飛び込んでくる。


 そして、レオンハルトが口にしていた90オーバーのお胸も…………



「デカい………」



 反射的に口にしてしまった感想。

 本来口にすべきではないだろうが、それでも自然と漏れ出てしまう程。

 

 知らず知らずのうちに吸い込まれるように凝視してしまう。

 これはレオンハルトが追い求める気持ちも分かろうというモノ。


 

 

「ハハハハハハッ! やった! やったぞ! 私の天運はまだ尽きていなかった!」




 珍しく感情を露わにして喜ぶレオンハルト。

 拳を天に振り上げガッツポーズ。


 彼の来歴を考えれば、感情を爆発させるのは褒められたことではないはず。

 しかし、そんなことはお構いなしに、子供のように無邪気な様子で大喜び。

 

 一時は瀕死の状態に陥り、生死の境を彷徨ったレオンハルト。

 だが、望外の幸運に助けられ、仲間と共に再び旅路を続けることとなった。


 そして、その幸運は未だレオンハルトの元にあり、

 彼は夢の1つを手に入れることができたのだ。











「君の名は『ラナンキュラス』だ。普段は『ラナン』と呼ぼう」


「はい、マスター。名を頂き誠に光栄。一生の忠誠をマスターへ捧げます」



 跪いてレオンハルトに忠誠を誓う機械種ワルプルギス。

 

 見かけ素晴らしい美女であるだけに、同じく美青年であるレオンハルトの前に跪く姿は酷く倒錯的な光景に見える。


 

 

「じゃあ、次は僕がやるね」




 そんなレオンハルトと新しく従属機械種となったラナンキュラスのやり取りを横目で見ながら、今度はアルスが機械種神殿に挑戦。




「と言っても、正直手持ちがないから、レオンハルトみたいにストロングタイプは無理だからね」



 自信なさげに予防線を張ろうとするアルス。

 よほど注ぎ込めるマテリアルの額が少ないのであろう。



「幾らぐらい行けそうなんだ?」


「集めに集めて6万Mがやっとだよ。セインのへそくりを持ち出してね」



 俺の質問にアルスが答える。


 神殿に捧げる額としてはやや物足りない感が否めない。


 期待値からすれば、運が良くてベテランタイプと言う所。

 だが、それでも今のアルスにとっては貴重な戦力となるだろう。



「パラセレネを従属させたことで、僕の運は使い果たしちゃったから、たとえハズレが出ても構わないさ」


「最初は落ち込んでいたクセに」


「そりゃあそうだよ。初めて神殿に遭遇したのに、手持ちが全然ないんだもの。正直、ルールを違えてもヒロに借金を申し込もうか悩んだくらい」


「別にいいぞ。お前さえ良ければ」


「ううん。やめておくよ。やっぱりルールは守らないと………、それに、今じゃ大きく水を開けられているけどさ、ヒロとは対等の関係でありたいと思っているんだ。ここでマテリアルを借りちゃったら二度と対等の関係にはなれない気がするから」



 こちらへ少しばかり苦い笑みを向けてくるアルス。

 彼の秘めたる本音を聞けたような気がする。



「そっか………、じゃあ、アルスの幸運を祈るだけにしておくよ」


「ありがとう。ヒロが祈ってくれるなら、良い機種が出てきそうな気がする」


「………………良い機種が出てこなかったとしても、俺のせいじゃないからな」

 

「はあ……………、分かっているよ。もう………」



 俺が言い放った言葉に、アルスは呆れたようにため息をつく。



「本当にそう言う所は細かいんだね。どこまで行ってもヒロはヒロなんだ………」


「俺は俺だからしょうがないだろ」



 どれだけ成果をあげても、英雄に相応しい武勲をあげても、

 人をたくさん救っても、人類に仇成すレッドオーダーを倒しても、


 俺はただの凡人でしかないのだ。

 凄いのは『闘神』と『仙術』スキルだけ。

 それと、白兎を始めとする俺の頼もしい従属機械種達のおかげであろう。



「まあ、そんなヒロだから、僕達はこうやって一緒にいるのかもね」


「へ?」


「さあ、スッパリとガチャを回してやりますか!」



 

 アルスは俺との会話を打ち切り、機械種神殿へと向かう。





「気楽に行け。すでに戦力は十分だ」


「まあね。でも、ハザン。僕はもう少し欲深く行ってみるつもり」


「坊っちゃん。あまり気負わぬように」


「ああ、分かっているよ、セイン」


「お館様。ご幸運を祈ります」


「ありがとう、セレネ。きっと君の後輩を引き出して見せるからね」



 ポロロン………

 ポロロロロロン………



「アルス様、応援はお任せください! 普段の倍速で曲を奏でましょう!」


「倍は要らないかな。でも、気分的にちょっとテンポを上げてくれない?」


 フルフル

『マスターなら大丈夫! 絶対良いモノが手に入るよ!』


「そうだね、ハッシュ。期待しておいてよ」



 トライアンフが一段テンポを上げて楽曲を奏でる中、先ほどと同じように、白兎、白志癒、廻斗が踊り回る。



 そんな応援団に軽く手を振り、アルスは機械種神殿の前に立つ。



「できれば防御に特化した前衛が欲しいよね。ハザン1人だけだと大変だから………」



 自分の希望を呟きながら、手元のマテリアルカードでマテリアルを注入。



 そして、



 ピカッ!



 出てきたのは、先ほどのレオンハルトと同様、中量級人型機種の機械種用保管倉庫。



 果たしてその中身は…………




「え?」



 

 ポカンと大きく口を開けるアルス。




 機械種用保管倉庫から現れたのは、なんとレオンハルトと同じストロングタイプ。


 それも、騎士系亜種、防御に特化した機械種ガーディアンナイト。



「こんな偶然…………」



 あまりの信じられなさに、フラフラと身体を揺らすアルス。



 しかし、目の前に出てきた機械種ガーディアンナイトの姿は変わらない。



 同じ騎士系の標準タイプである機械種パラディンと比べて、一回り大きい機体。

 機体の半分以上を隠せる大楯を持ち、その装甲は剣風、剣雷と比べても1,5倍以上の厚みがありそうだ。


 武器は長剣。

 防御に特化していても、そこは騎士系。

 並みの敵なら一刀の元に両断する力を持つ。


 正しくガーディアンに相応しい偉容。

 これぞ男の子の垂涎の的である騎士系の雄姿。


 


「やったな、アルス!」

「やりましたな、坊っちゃん」



 ハザンとセインが駆け寄って来てアルスを支える。



 パタパタッ!

『やっぱり僕のマスターは凄い!』


「おみそれしました。流石は我主」


「アルス様、信じておりましたよ~」



 白志癒、パラセレネ、トライアンフも駆けつけ、アルスの幸運を手放しで称賛。



 皆がアルスの健闘を称える中、当の本人はようやく実感が湧いてきたのか、ゆっくりとその顔に笑顔を浮かべ、




「やったあああああああ!!! これでさらに夢に近づいたああああ!!」




 玄室に響き渡る声で大きく叫んだ。

 






『こぼれ話』


マテリアルはこの世界の根本を支える物質です。

通貨であり、燃料。

対応するマテリアル機器があれば、「水」や「食料」、「資材」や「薬」、「生活用品」や「武器」をも生み出すことのできる万能の糧。


しかも、マテリアルカードに入れれば、持ち運びも簡単。

何十億円も何兆円もカード1枚に収めることができます。


ただし、普通に使う分にはリスク分散の為、別けて用意するのが当たり前。

何兆円もの紙幣を盗むのは大変ですが、カード1枚ならどこにでも隠せます。


一応暗証番号付きや指紋認証付きのカードもありますが、あまり一般的ではありません。

専用の機械種が居れば簡単に解除されてしまうからです。


ちなみに、マテリアルカードの偽造は不可能です。

過去、何度も挑戦されていますが、成功した人間はおりません。


これは世界に設定されたルールだと言われています。





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