第553話 依頼



 ボノフさんのお店から出て秤屋へと向かう。

 

 時間は14時過ぎくらい。

 狩人達もまだ狩りの真っ最中であるはずだから空いているであろう。


 秤屋には中量級は2体以下しか同伴できないので、ヨシツネと森羅には姿を消して外で待機してもらう予定。


 ということで、俺の随行員は白兎、秘彗、胡狛の3機。

 

 やや威圧感が足らない面子ではあるが、そろそろ俺の威名も広まっているだろうから、ちょっかいをかけてくるような奴はいないはず………


 まあ、この街に来てからほとんど絡まれたことは無いのだけれど。





 秤屋に入ると、俺の予想通りかなり空いていた。


 並ぶこと無く受付を済ませて、ミエリさんが現れるのを待つ。


 すると、わずか数分の内に呼び出しがかかり、ミエリさんと共に個室へ移動。


 普通ならアイスブレイク的な雑談から入るはずなのだが、席に着くなりミエリさんは固い口調で用件から切り出した。



「単刀直入に申しますが、ヒロさんには緊急依頼を受けて頂きたいのです」


「緊急依頼?」


「はい、実は……………、このバルトーラの街を含む周辺で、かなり広範囲の『活性化』が発生いたしまして…………」


「『活性化』…………」



 それはレッドオーダーを大量に乱獲することで起こる、巣の過剰防衛反応。

 

 そのエリアに出没するレッドオーダーよりも高位機種が多数倒されると、周りの巣が危険を察知して、新たな紅姫を生み出したり、普段より強い機種を放出するようになるのだ。

 これにより、巣の攻略難易度は上がり、狩人の活動に影響が出る。

 

 いつもより高位機種が出てくるようになるので、大きく稼ぐチャンスではあるし、逆にいつもより強い機種が出てくるから、ピンチでもある。


 実力のある狩人程チャンスと捉え、高位機種には手が出ない2流未満の狩人は厳しい情勢となってしまう。



「どうして活性化が…………」



 『起こったのか?』と言いかけて、ふと気づく。


 つい、2週間ほど前に、大量のスカイフローターと空の守護者を討伐したことを。


 そういえば、空の守護者と空中で相対した場所は、かなりバルトーラの街に近寄っていたはず。

 

 たとえ遥か上空である雲の上が戦場であっても、たった地上から10kmぐらいしか離れていない。

 

 直線距離だと、体感的には何百キロも離れていたような気がするけど、あれだけの数を一気に倒したのだから、その分影響も広範囲に渡ってしまったことも考えられる。

 

 さらには史上誰も倒したことが無い、超々大型機械種である空の守護者を討伐したのだ。

 その影響はこのバルトーラの街どころかその近隣にまで影響を与えてもおかしくない。



「どうされました? ヒロさん」


「いえ…………、その…………、驚いてしまって…………」


「そうですね、このバルトーラで活性化が起こったのは30年ぶり。そもそもこの近辺は中央に近いですから、それなりに出没するレッドオーダーのレベルも高いはずなんです。だからそう簡単に活性化は起きないと思っていたのですが………、ヒロさんが驚かれるのも無理はありませんね」


「はあ………」


「残念ながら原因も分かっていません。この近くを通りかかった猟兵団の機械種部隊が、何かの事故で丸ごとレッドオーダー化して、それを処分したのでは、という可能性が今のところ有力ですが………」


「………………」


「しかし、起こってしまった活性化はどうしようもありません。秤屋としては、この活性化を最大限に活かすことができるよう、狩人の皆さまに情報を提供しなければならない………のですが…………」



 そこで言葉を切って、ぎゅっと眉をしかめて固い表情を見せるミエリさん。



「以前、ヒロさんがロビーで見かけた、この街のご領主の三男の一団を覚えておられますか?」


「あ…………、はい。確か、何体もジョブシリーズを連れたチームでしたね」


「そのご領主の三男、ティグナー様というお名前なのですが、そのティグナー様のチームがダンジョンに潜っている間に、この活性化が起こりまして…………」


「うわあ」


「ダンジョンの下層で立ち往生、地上へと戻ることができなくなり、何とか陣地を形成して籠城中。現在救助を待っている状態なんです。」


「あ~~~」



 なるほど、だいたい事情は読めてきた。


 そりゃあ、いきなり難易度が急上昇したんだから、そうなるわな。



「ご領主から各秤屋に要請が出ました。全力を以って救助を頼むと………」


「つまり、ダンジョンに潜って、領主の三男を救助しろってことですね」


「はい…………、もちろん、報酬も出ます。貢献度にもよりますが、助け出した暁には100万Mは固いかと………」


「う~ん………」



 微妙と言えば微妙?

 でも、日本円にして1億円だから高い方か?


 最近、金銭感覚がバグっているんだよなあ。

 赭石とか紅石とか秤屋で換金していると、金勘定の単位が『石』になりそうな気がしてくる。


 まあ、これは俺の方がおかしいのだけれど。



「他にも優遇がありますよ! ヒロさんがダンジョンに潜って救助活動に勤しんでいただけるなら、今月は無条件で『最優』を差し上げます!」


「おおっ!」



 それはなかなか。

 元々ダンジョンには潜ろうと思っていたし、秤屋に提出する期限を気にしなくて良いなら、長い期間探索することができる。


 ダンジョンの下層にはストロングタイプが出ると言う。

 なら、毘燭や剣風、剣雷をダブルにする為にも、その晶石を狙いに行くのも悪くない。


 さらに言えば、おそらくこの緊急依頼を受けなければ、最終的にポイントは達成しても審査の所でマイナス点が付くであろう。

 俺の実績であればそうそう中央行を却下されることは無いだろうが、減点は少ない方が良いに決まっている。



 それに…………



 今回の『活性化』の原因は間違いなく俺。

 調子に乗った領主の三男が救助対象と言うのは気に入らないが、そもそも原因が俺のせいなのだから、やはり何らかの手は尽くすべきだろう。

 ガミンさんやミエリさん、他の狩人に迷惑をかけてしまっているのは事実。


 『活性化』によって、ダンジョンに貯められているエネルギーが解放され、最下層にて新たな紅姫が増えたのだ。

 そして、ダンジョンの主が一時的に2機いることで、赤の帝国の支配領域が上へと広がり、強い機種が上の階層まで上がってきたのであろう。


 ならば解決策は一つ。 

 俺がダンジョンの最下層に乗り込んで、活性化によって増えた紅姫を討伐すれば…………


 というか、秤屋として精鋭をダンジョンの最下層に送り込むようなことはしないのだろうか?



「…………ミエリさん。今回の活性化したダンジョンを鎮静化させる動きは無いのですか?」


「はい? ……………ヒロさんがおっしゃるのは、今回の活性化でダンジョンの最下層にて生まれたかもしれない新たな紅姫を倒すことですか?」


「……………えっと、確か、ダンジョンの活性化を止めるには、その方法しかないと聞きますが…………」



 行き止まりの街のスラムチーム総会で、青銅の盾のリーダー、ジュラクがそう語っていたはず。

 現に行き止まりの街で起きた(俺が起こしたんだけど)ダンジョン活性化も、新たに生まれた紅姫カーリーを倒して、鎮静化させたし…………


 しかし、俺の質問にミエリさんは訝し気な顔を向けて、



「ヒロさん。ダンジョンは攻略できないからダンジョンなんですよ。未だこのバルトーラの街のダンジョンは地下54階までしか攻略できていません。何百年もかけて、まだ深層まで届いていないのが現状です」


「あ、はい…………」


「未だかつて、ダンジョンを踏破したという公式な記録は残っていません。噂レベルでは踏破したという話も聞きますけど、眉唾物です。活性化を止める為に最下層の紅姫を倒すだなんて、いくらヒロさんでも不可能だと思います」


「あははは、そ、そうですね………」



 すでに一度、やり切っているんだけどな…………


 でも、まあ、行き止まりの街でのダンジョンの最下層に辿り着いたのは奇跡みたいなモノだろう。

 偶然にも最下層への直行ルートを見つけたから、あんな短時間で辿り着けたのだ。

 このバルトーラの街で同じことができる保証は無い。



「ですから、活性化が終わるまで待つしかないんです。だいたい3年~5年で終息すると言われていますので」


「気の長い話ですね」


「仕方がありません。でも、デメリットばかりでは無いですからね。浅い階層で高位機種が出てくるようになれば、わざわざ深い階層まで潜る必要が無くなるというメリットがあります。稼ぐ狩人達は今回の活性化を歓迎しているでしょう。逆に腕に自信のない狩人達は少々狩り場が狭くなってしまうようですが」



 ふーむ………

 秤屋としては、領主の三男の遭難が無ければ、活性化はウェルカムだったのかもしれない。

 しかし、普段、機械種ラットや機械種リザードを狩っているような狩人未満の人間は稼ぎが目減りすることは避けられない。

 でも、秤屋にしたら、そんな狩人にもなれない人間が狩れる程度の機種なんて、腕利きの狩人が狩ってくる機種に比べたら、ゴミみたいなもの。


 だから今回の救出作戦さえ片付ければ、そこまで深刻ではないということか。


 そうだとしたら、俺もこの『活性化』を止めることよりも、領主の三男を救出する方に力を向けるとしよう。



「分かりました。その緊急依頼、お受け致します。ですが、自分はそのダンジョンには入ったことがありませんし、そもそも救出任務なんて専門外なので、依頼成功は確約できませんよ」


「お受けいただけるだけで十分です。依頼は並行して他の狩人の方にもお願いしていますから。ただ…………」



 そこでミエリさんは少し表情を曇らせ、



「この度の活性化が起こったことで、腕利きの狩人チームの大半は、我先と街の外の巣に向かってしまって…………」


「ああ…………」


「その後にこの救出依頼が届いたんです。外に出てしまった腕利きの狩人チームが戻ってくるのは早くて3週間以上先。下手をしたら2ヶ月近く帰ってこないかもしれません」



 あ~~、

 これはなかなかに運が悪い。

 

 確かに中央で活性化が起これば、狩人達はボーナスタイムとばかりに巣へと向かう。

 普段より高位機種が出没することに加え、生まれたばかりの赭娼や紅姫がうろついている可能性があるから。


 生まれたばかりの赭娼や紅姫の能力は低く、それなりの腕を持っていれば倒せるチャンスが出てくるのだ。

 巣の難易度は上がっているが、その上昇幅は攻略不能になるほどでは無く、せいぜい機械種ランクが1~2上がる程度。

 普段から攻略に勤しんでいる狩人達なら十分に対処できる範囲内。

 

 辺境では悪夢と言われる活性化でも、この中央に近いバルトーラの街では、腕利きと呼ばれる狩人達には歓迎される割合の方が多いのであろう。



「幸い、アルスさん達が依頼を引き受けてくれましたが、それでもまだまだ人員が足りないんです」


「え? アルス達が? …………外に行かなかったんですか?」


「はい。前にもお話ししました中央からの面接がありましたので、その待機期間中でした…………、この騒ぎでその面接も吹っ飛んじゃいましたけど」



 アハハハハッ……と小さく乾いた笑い声をあげるミエリさん。

 今回の騒動のせいで相当スケジュールが狂ってしまったんだろう。


 こういった行事ごとが突発的なトラブルで延期になると、後始末が大変なのだ。

 特に期限が決まっている中で、新人の試験は行われているから、すでにミエリさんのデスマーチは決定事項になっているのかもしれない。


 御労しや、ミエリさん。

 心中お察しいたします。



「アルスやハザンもか…………、では、ダンジョンの中で会えるかもしれませんね」



 人の良いアルス達のことだ。

 きっと人助けということで、意気込んでいるに違いない。


 また巣の攻略を一緒にやろうって約束していたけど、まさかダンジョン探索を一緒にすることになるとは思わなかった…………いや、まだ会えると決まったわけではないけど。


 しかし、偶然アルス達が面接待ちで街に居たからだとはいえ、色々と縁のある2人だなあ………



 ………………いや、待てよ。

 確か中央の面接って、白翼協商だけじゃなくて、他の秤屋も同時期であったはず。

 でないと不公平になってしまうという話だった。


 ということは、アルス達だけじゃなくて、ダンジョンには蓮花会のアスリンのチームや、鉄杭団のガイ、征海連合のレオンハルトも挑んでいるかもしれない。


 同じ秤屋のアルス達ならともかく、他の秤屋の狩人とかと競り合ったりすることになるのであろうか?


 そのことミエリさんに尋ねてみると、



「そうですね…………、この依頼は他の秤屋にも届いておりますから…………、ある程度ダンジョンの中で競い合う形になるかもしれません」


「やっぱり妨害されたりとかします?」


「巣やダンジョンの中では争わないという名目上のルールはありますが、正直あまり守られているとは言えません。ただ、今回は領主直々の依頼と言うことで、蓮花会と鉄杭団からはそのトップが動いているという話を聞きます。どちらもこの街でも指折りの腕利きで、且つ、誠実な方達ですから、そんな悪辣なことはしないでしょう。ただし、征海連合とタウール商会はどう動くか分かりません」



 これは間違いなく中で何か起こるだろうな。

 征海連合とタウール商会には気をつけた方が良いだろう。



 でも、秤屋のトップが直々に動くってのは、ビックリ。

 ミエリさんの言い方だとかなりの実力者みたいだけど…………


 

 『蓮花会』

 アスリンが所属する女性が大半を占める秤屋。


 『鉄杭団』

 ガイが所属する元猟兵で構成された秤屋。


 

 どちらも俺とは縁の薄い秤屋なのだが、そのトップと言うからには、弱い訳がないのだが…………



 そう言えば、秘彗と胡狛が蓮花会に所属する『機人』と出会ったとか言っていたな。

 買い物途中で変な爺に絡まれて、危うく騙されそうになった所を助けてもらったという話だったが…………


 確か名前は、マダム・ロー…………、なんだったっけ?


 まあ、後でいいか。

 


 

「分かりました。向こうから襲ってきた時は、こっちで対処しますからね」



 この依頼を受けることは決定しているのだ。

 多少のトラブルは飲み込むしかない。












「では、こちらが必要な情報になります。白翼協商で把握しているダンジョンの地図も入れております」


 

 ミエリさんから差し出されるのは、この世界の情報媒体である晶冠片。

 Mスキャナーに入れて解凍すれば、今回の救出に必要な情報を得ることできる。

 

 普通はダンジョンの地図なんて、自分で作成するか、購入しないと手に入らないが、このような事態になれば致し方ないことなのであろう。



「ただ、お気をつけて頂きたいのは、活性化によってダンジョンの一部が変化している可能性があります。あまり地図を過信されないようにお願いしますね」


「はい、わかりました」



 ダンジョンって、活性化で変化するんだ。

 噂には聞いていたけど…………


 まあ、俺の場合、建造物の解析ができる『宝貝 墨子』があるし、打神鞭の占いもある。

 どのような迷宮であろうと、俺が迷うはずが無いのだ。

 


「そして、こちらが、ダンジョン地下3階から25階までの通じているエレベーターのキーになります」


「本当に鍵の形をしていますね」



 ミエリさんの手の中にあるのは長さ20cm程の金属製の鍵。

 これ以上ない程に鍵の形をしている『鍵』。

 実に漫画チックな鍵そのものの形状。


 ミエリさんの説明にもあった、ダンジョン物のRPGゲームにはよくあるプレイヤーの移動をスムーズにするギミック。

 所謂階層エレベーターを使う為の起動キーだ。



「これは俺が頂いても良いんですか? 売り物ですよね?」


「今回に限り依頼を受けて頂いた方に無料でお配りしています。汎用エレベーターになりますので、一度もダンジョンに潜ったことが無い方でも使用できますよ」



 ダンジョンのエレベーターには幾つかの種類があり、鍵さえあれば誰でも使えるのが汎用エレベーター。

 逆に、ダンジョンに存在するエレベーターキー発行所で手続きをした人間しか使えない専用エレベーターというモノもある。

 こちらはカード型の認証キーで、発行した本人しか使うことができないらしい。



「地下25階…………、えっと、その要救助者は何階にいるんですか?」


「地下35階だそうです。すみません、今のところ、それしか情報がなくて………」



 つまり、25階からは1階ずつ攻略していかないといけないのか。

 巣と違ってかなり広いだろうから、かなり時間がかかりそうだ。



 つーか、初めてダンジョンに潜ったくせに、いきなり35階まで行くなよ!

 10階くらいで狩り気分だけを楽しんでおけば良かったのに…………


 話をしたことも無い領主の3男へと悪態が漏れる。

 


 ちょうど俺が遠征に出たぐらいでダンジョンに挑んたとすれば、すでに1ヶ月近く潜っていることとなる。

 ダンジョンの深いところほど高位機種が出てくるから、成果を出したければ時間をかけて潜っていくしかないのだ。


 これほど長い期間、ダンジョンに潜っていられるのは、この世界特有のアイテムに頼る部分が大きい。


 即ち、マテリアルさえあれば、物資を補給できるマテリアル錬精器やマテリアル生成器の存在。


 元の世界であれば、持ち運びにかなりの労力を割かねばならない水も、マテリア生成器『水瓶』が1つあれば、何十人の飲み水は確保できる。


 さらに、食料は腐ることの無いブロック。

 念のために食料系ブロックを作ることのできる『鍋』を持って行けば、マテリアルが尽きない限り飢えることはない。


 おまけに金持ちなら空間を拡張した簡易コテージだって用意できるだろうし、空間拡張機能付きバッグがあれば、獲物の持ち運びにも困らない。


 そして、眠ることが無い機械種が居れば、休んでいる時の見張りも不要。

 さらに安全地帯を見つければ、夜は簡易コテージでゆっくりと休むことができる。


 だからこそ、1ヶ月という時間をかけて、地下35階まで進むことができたのであろう。


  

「35階かあ……………」



 チラッと見た限り、領主の三男のチームは、ジョブシリーズのベテランタイプで周りを固めていた。


 確かこのバルトーラのダンジョンの地下35階は中層に当たり、ノービスタイプやモンスタータイプの重量級が出没しているエリア。

 

 ベテランタイプが前衛、後衛揃っているなら、問題無く狩ることができる。

 ただし、そろそろ連戦が厳しくなってくる階層。


 おそらくは、一旦引き返そうとしていた所か、若しくは、もう少し先へ進んでいた帰り道であったのかもしれない。

 正しく最悪のタイミングで活性化が起こってしまったのだ。


 先ほどミエリさんが言っていた籠城中というのは、レッドオーダーを寄せ付けにくくする『白拍子木』を使用しているのであろう。


 『白拍子木』は『火の用心! カンカン!』で使う『拍子木』の形をした結界具。

 マテリアルが続く限り長時間発動できるのが強み。

 しかし、同じ結界具である『白木魚』よりも効果が低く、長時間発動し続ければ、周りを囲まれてしまい結界を破られることだってある。

 

 ランクによって結界の強度も異なるそうだから、果たして猶予はどのくらいなのであろうか?

 


「どのくらい持ちそうなんですか?」


「おそらくあと2週間くらいは…………」


「微妙な所ですね」



 多分、25階までの直通エレベーターを使えるなら、要救助者がいる35階まで10階分。

 貰った地図が正確でそれを頼りに進むのであれば、腕利きの狩人なら敵や罠を警戒しながらでも4~5日もあれば到着するであろう。

 

 だが、目的地である35階のどこに居るのかが分からなければ、そこからまず探索しなければならなくなる。

 

 ダンジョンの階層の広さは巣とは比べ物にならない。

 運良く見つけられるかが勝負………


 まあ、打神鞭の占いなら、すぐに分かるのだけど。



「先行隊がすでに何日も前に出発しています。ただ、本当に捜索は人海戦術になると思いますので、ヒロさんもできるだけ早く現場に行っていただけませんか?」


「……………こちらも色々と準備があります。何の用意も無く、いきなり初めてのダンジョンに突入なんてできません。せめて準備期間として2日はください」


「そうですよね、すみません。準備は必要ですよね」



 俺に向かって頭を下げるミエリさん。


 俺もミエリさんの頼みなら多少の無茶を引き受けても構わないが、流石に周りに人目があるダンジョン探索には、慎重にならざるを得ない。


 何せ、俺は知られたくない情報を山ほど抱えている身だ。

 

 ダンジョンがどんな様子なのか?

 どれくらいの人が集まっているのか?

 ダンジョンへ入る時の注目度はどれくらい?

 逆にダンジョンから出た後は?

 

 こればっかりはミエリさんに聞いても仕方がない。

 その場にて自分の肌で感じなければ分かりようが無い。


 また、通路やエレベーターの広さや間取りを確認しておきたい。

 書類上の数値ではなく、この目で確かめておきたいのだ。


 それによって、ダンジョンへと一緒に挑むメンバーも選定しなければならないから。



 これは、一度名を隠して潜ってみる必要があるな。


 いきなり表に出せる俺の全戦力を引き連れて行けば、大騒ぎになるのは間違いない。

 最低限の人員で、その直通エレベーターがある地下3階まで行って戻ってくることにしよう。


 その上で、誰を表に出して連れて行くかを考えれば良い。


 それと、できれば事前にダンジョンに潜ったことのある人に話を聞いてみたいのだが…………

 


「ああ、そうだ。ミエリさん。ガミンさんはいらっしゃいますか? できれば一度話をしてみたいんですけど………」



 ガミンさんはこの秤屋の1番の古株………、且つ、この白翼協商の表に出てこない支店長だ。

 きっとダンジョンにも詳しいはず。

 ミエリさんには分からない、現場の雰囲気についても教えてもらえるかもしれない。



 しかし、俺の質問に、ミエリさんは再び申し訳なさそうな表情で、



「あ! ………すみません! ガミン……さんはもう先にダンジョンに潜っていかれまして………」


「ええ? ひょっとして救出活動に参加されているんですか? ………でも、今は活性化でかなり難易度が上がっているんでしょう? 大丈夫なんですか?」


「え? ………」



 俺の発言に、一瞬、キョトンとした表情を浮かべるミエリさん。

 まるで俺がトンチンカンな質問をしたかのように見える反応。


 しかし、すぐさま我に返ったミエリさんは、ほんの少し苦笑しながら口を開く。



「ご安心を。ガミンさんはああ見えて、ダンジョン探索のプロフェッショナルなんですよ。多分、この街で一番ダンジョンに詳しい人です」


「!!! …………本当ですか?」


「本当です」


「………………あんまり強そうに見えませんが」



 確かに盗賊系のベテランタイプを護衛に置いているようだが、四方八方から敵が来るかもしれない巣やダンジョンでは、本人にそれなりの戦闘力が無いと危険。

 領主の3男のように6機以上で隊を組んでガチガチに守るならともかく、あの1機だけではカバーできまい。


 あの盗賊系のベテランタイプだけではなく、他にも連れ出している可能性はあるが…………


 しかし、以前ガミンさんにあった時、『これだから機械種使いは羨ましい』と言うような発言を行っていた。


 であれば、ガミンさんは機械種使いではないはず。

 だとすれば、機械種使いでなくても、外で従属契約を維持できる『白鍵』を使用していると思われる。

 

 その維持にかなりのマテリアルが消費される金食い虫だ。

 いくら支店長とはいえ、常時何体も維持させるのは現実的な話ではない。


 では、やっぱりガミンさんはそれなりの腕を持つ狩人なのであろう。


 秤屋の支店長になるような人だ。

 長年在籍していたというキャリアだけではなく、実力も兼ね備えていてもおかしくは無い。


 

「むむむ………、これは騙されていましたね。そんなに凄い人だったのは…………」



 それを知っていれば、もっと色々話を聞いておけたのに………


 自分の見抜く目が無いのが悪いのではあるが、ついつい仏頂面をしてしまう。


 そんな俺を見て、ミエリさんがフォローを入れてくる。



「そんな顔しないでください。あの人、新人を驚かせるの、大好きなんです。まあ、年寄りのお茶目だと思って………」


「驚かされる身にもなってくださいよ」


「フフフフッ………、では、仕返しの為に、ヒロさんへガミンさんの嫌がることを教えましょう。今度会ったら、『生還者(リターナー)』と呼んであげてください。きっと凄く嫌そうな顔をしますから」


「『生還者(リターナー)』?」


「はい。どんな戦場でも、どんな危険な所に迷い込んでも生きて帰ってくる所から名付けられた2つ名です。また、ガミンさんはダンジョンで遭難した人の救助を結構な頻度で行っていますから、要救助者を生きて還すことからも、こう呼ばれているんです」



 うだつの上がらない40代半ばの中年男性。

 嫁さんの尻に引かれていそうな典型的な駄目親父といった風貌。

 人生に疲れたどこにでもいるただのおっさんと思いきや…………


 その実は辺境最大の街、バルトーラの秤屋の支店長であり、ダンジョン探索のエキスパート。

 さらに、『生還者(リターナー)』という大層な2つ名を持つ腕利き。


 まるで、ネット小説のおっさん主人公だ。

 

 ジュードといい、アデットといい、アルスといい、ガミンさんといい、なんで俺の周りにはこうも主人公っぽいキャラクターが集まってくるのだろう。

 

 キャラが濃い面子に囲まれると、俺の存在感が薄れてしまうから止めてほしい。

 


「……………本当に人は見かけによりませんね」


「ヒロさんがそれを言いますか?」



 俺の言葉に、ミエリさんは呆れたような顔で切り返してきた。










 

 秤屋から出ると、姿を消しているはずのヨシツネが駆け寄って来る。



「主様、ご用事は終わられましたか?」


「ああ…………、それよりもお前………」


「ご安心を。他の者には見えておりませぬ。主様のみ姿が分かるようにしております」


「なるほど、幻光制御が最上級に上がったからか…………」


 

 まるっきり人間にしか見えないヨシツネの顔を見ながら呟く。


 俺が少し見上げないといけない長身に、少女漫画に出て来そうなイケメン姿。


 女性に人気が出そうな細マッチョ。

 美貌の若武者といった格好。

 神秘の力を宿した刀。

 絶技と呼べる剣術の冴え。


 見かけ完全に人間なのだから、俺よりも遥かに主人公に相応しいキャラクター。


 特にその顔は、周りの女性達がぼーっと見惚れる程に美しさと凛々しさを備えている。


 眉目秀麗を地で行く顔立ち。

 ベリアルのようなこの世のモノとは思えぬ魔性の美とは質の異なる美貌。

 映画や舞台で主演を張れば、満員御礼間違い無しの男前。

 女顔ではあるが、しっかりとした男性の力強さも感じる壮麗さ。

 英雄という存在を人の形に押し込めた時に出来上がる一形態には違いない。



 ここまで美形な2枚目が俺と一緒に歩けば、完全に俺は添え物扱い。

 若しくは、添え物どころか、邪魔だから離れろって言われそう。


 

 うむむっ!

 これはイカンな………


 こんなハンサムが俺の近くにいたら、俺が邪魔者扱いされてしまうかもしれん。

 俺に惚れてくれるはずのヒロインがヨシツネに惹かれる可能性だってある。

 

 ただでさえ女性に縁の薄い俺だ。

 これ以上、生活に潤いを失うわけにはいかないぞ。


 ヨシツネにはできるだけ顔を隠しておいてもらわないと………

 

 

「ヨシツネ」


「ハッ」


「光学迷彩があるとはいえ、お前の存在はできるだけ伏せておきたい。その風貌はどうしても目立つから、前みたいに仮面なんかで隠せないか?」


「ハッ! 流石は主様。確かにこの顔を晒していては、拙者の正体を見抜かれる可能性がありますね……………、一応、兜に以前の仮面が残っておりますので、普段は装着しておくことに致しましょう」



 と言うなり、仮面を取り出して、顔に被るヨシツネ。

 

 これなら鎧を脱ごうとしない限り、レジェンドタイプであった時とほぼ同じ。

 よほど近づかれない限り、一目でミソロジータイプと見抜く奴はいないだろう。


 しかし、その動きの滑らかさはやや機械種から逸脱している。

 両目の青い光さえなければ、機械種のような鎧を纏った人間の戦士にも見えなくもない感じ。


 

 う~~ん…………

 人間として見るなら、ロボット物アニメで出て来そうな仮面を被ったライバルキャラみたい…………武者鎧姿だけど。

 登場した瞬間、『お前、絶対にその仮面の下は美形だろう!』と断言したくなるような雰囲気。


 まあ、どのみちこの辺境ではヨシツネの姿は表に出せないし、出すつもりも無い。

 当分は今まで通り、俺の影からの護衛役に徹してもらうことにしようか………

 


 そんな俺の葛藤も知らず、白兎は仮面を被ったヨシツネへの感想を口にする。




 パタパタ

『やっぱりヨシツネはその姿が良く似合うよ』


「そうですね。拙者もこの方が落ち着きます」


 フリフリ

『でも、兜の後ろから後ろ髪が出ているから、ちゃんと結わないとね』


「おお、それは気づきませんでした」


 ピコピコ

『髪結いは僕にでもできるから任せてよ』


「それはかたじけない。白兎殿、よろしくお願いします」


 フルフル

『あとはウサギの耳なんて似合うんじゃないかなあ………』


「それは不要ですな」


 ピコッ フリフリ

『チェッ さりげなく言えば、付けてもらえると思ったのに………』



 足元の白兎とヨシツネが語り合い。

 

 それは今までと変わらないやり取り


 姿は変われど、白兎とヨシツネの関係は変わらない。


 この2機が居る限り、俺のチームは安泰だと思えるいつもの光景。


 そんな様子を秘彗が微笑まし気に見つめ、おそらく姿を消して近くにいるであろう森羅もそんな視線を向けているに違いない。

 


 俺もほんの少し頬を綻ばせながら、俺達の本拠地であるガレージの方向を向いて宣言。



「さあ、帰るぞ。次はダンジョン探索だ!」






※ストックが切れましたので、書き溜め期間に入ります。

 

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