第552話 変化



 ボノフさんのお店に到着したのはお昼過ぎ。

 

 森羅、秘彗を連れて、お店の前で番をしている機械種オークへと挨拶してから扉を潜る。


 未だ作業場にいるとのことだったので、事務所を通り過ぎて奥の作業場へと移動。


 すると、作業場にはボノフさんと白兎、胡狛。


 白兎は耳をフリフリ、胡狛はペコリとお辞儀。


 ボノフさんは眠そうに目を擦りつつ、こちらへと優しい笑みを浮かべた。



「おや、ヒロかい…………、今日はヒスイと………シンラか。久しぶりだね、シンラ。元気そうでなりよりだよ」


「ボノフ様こそ、ご壮健でなにより………」


「あはははは、まだまだ元気さ」



 そんなボノフさんと森羅のやり取りを横耳で聞きながら、気になっていることが一つ。



「誰?」



 ボノフさん、白兎、胡狛の他に、見慣れぬ男性が1人、その場に佇んでいた。



 年の頃は20歳くらいだろうか?

 180cmぐらいの長身に、1本の刀のように鍛え上げられた身体。

 後ろに黒髪の長髪を無造作に流した、色白で目鼻立ちが通った美青年。

 

 群青色の武者鎧に似た防具を身に着け、

 左腕にVの字の前立が付いた兜を抱え持ち、

 右手は見事な装飾が施された日本刀…………


 まるで時代劇の主演俳優のごとき美麗さと存在感。

 ただそこにいるだけで目が引きつけられる華やかさを感じる。


 これが機械種なら見覚えがありまくる姿形も、

 どう見ても人間にしか見えないその人物には心当たりが全くなく…………

 


「主様! この度は拙者への施術をご依頼いただきありがとうございます。この通り、無事左腕も元通りとなりました!」



 パッと俺へと跪く美青年。

 そして、膝をつきながら鎧の一部をはだけて左肩から左腕までを見せつけてくる。

 

 野球選手のように鍛えられた肩。

 鋼鉄のごとく引き絞られた腕。


 ボディビルダーのように不自然に盛り上がった筋肉ではない。

 地道な訓練や苛烈な実戦で積み重ねられた練磨の証。

 

 それは引き締まった武人の肉体。

 筋肉の付き方から血管の浮き出具合も生きている人間そのもの。


 また、その動作も機械種らしさを感じない。

 機械が動く駆動音も、金属が擦れる音も聞こえない滑らかな動き。


 しかし、どう考えても、目の前の美青年は、俺の知っている次席従属機械種しかいなくて、




「お前…………、ヨシツネか?」


「ハッ! 多少姿は変わってしまいましたが………」


「多少どころじゃねえよ…………」



 絞り出すような声で何とかツッコミを入れると、俺は視線をボノフさんへと向ける。



「ボノフさん?」


「…………すまないねえ。アタシにも原因はさっぱりだよ………」



 ボノフさんから返ってきたのは、非常に疲れ切った声。


 

「今日の朝8時頃には緋王の腕を何とか接合できたんだよ。流石に『青腕』以上が3人がかりだと作業スピードも3倍以上だったからね。その後に調整を済ませて…………」


 

 チラリとヨシツネへと視線を向けながら、



「ヨシツネが武器を持って確かめたいと言い出してね。そしたら武器を持った途端、機体が光り始めて、この有様さ」


「えっと………、人間に見えますけど、機械種なんですよね?」


「ああ、間違いなく機械種だよ」


「そうですよね…………、でも、本当に人間そっくり………」



 人間にしか見えないヨシツネの顔。

 ただし、両目の光は青く輝いているから、辛うじて機械種と分かる仕様。


 しかし、ここまで人間そっくりなのはなかなか見ない。

 ストロングタイプでさえ、よく見れば機械種の特徴が分かるようになっている。


 だが、今のヨシツネの姿は両目さえ隠せば機械種とは見抜けないであろう。

 何せ装甲の一部であった兜を外せる上、着こんでいる鎧も脱げるようなのだ。

 そして、脱いだ肉体は左腕だけでなく、上半身全体も人間にしか見えないような仕様。


 まるで、緋王か朱妃のように……………

 

 

「え? まさか…………」


「そのまさかだよ。ほい、Mスキャナー」



 ボノフさんからMスキャナーを渡され、ヨシツネの目に合わせてみると、



「これは…………」



 Mスキャナーの画面に表示された『ミソロジータイプ 機械種シャナオウヨシツネ』の文字。


 

「シャナオウ? ………………遮那王か! 源義経が鞍馬寺に預けられていた時の稚児名! ……………いや、それよりも、このミソロジータイプって…………、ボノフさん!」


「紅姫や臙公、緋王や朱妃がブルーオーダーされた時によく付く型名だね。分類不能なタイプは大抵この『ミソロジータイプ』が付くよ」


「では、ヨシツネはやっぱりランクアップを………」


「そうとしか思えないね。源種の………、レジェンドタイプがランクアップするって聞いたことが無いけどね。アタシが知らないだけなのかもしれないけれど」


「むむむ………」



 食い入るようにMスキャナーの画面を見つめる。


 何度見ても『ミソロジータイプ 機械種シャナオウヨシツネ』の名前は変わらないし、その下のスキル群にも変化がある。

 『空間制御』と『重力制御』が『特級』に、『幻光制御』が『最上級』へと変化していた。



「スキル等級が上がったのは3つだけか………」


「元々レジェンドタイプはスキルが高い傾向にあるからね。特級以上には上がりようが無いよ」


「そうですね…………」



 ヨシツネが強くなったのは喜ばしい。

 しかし、原因不明なのが気になるところ。


 まさか緋王の腕を装着したことで、何か悪い影響が残っていたりしないだろうか?

 腕に緋王クロノスの意識が残っていて、操られたり……… 


 昨日ボノフさんから聞いた話が頭の中でリフレインする。


 強化するつもりが、まさか悪堕ちのフラグだったとか………



 その辺をボノフさんに尋ねると、



「本体は倒しているんだろ? なら大丈夫さ。それに腕の方もきちんと調べているから、万が一も在り得ないよ」


「ほう…………、そこまで太鼓判を押していただけるなら安心ですね」



 ほっとため息を1つついて安堵。


 白兎と並んで古株であるヨシツネ。

 こんな道半ばで離脱なんて御免だ。



「まあ、アタシの30年以上の藍染屋生活の中で、今日ほど驚いたことはなかったね…………、いや、昨日も大概だったけど…………」



 ゆっくりと椅子に座って、グッタリした様子のボノフさん。

 どうやら徹夜で作業を行ってくれていたようだから、疲労困憊である様子。



「はあ……………、とにかく作業は完了だね。連れて帰るといいよ」


「はい、ありがとうございます。ゆっくり休んでいてください」


「はははは、そうだね。ヒロ達が帰ったらそうさせてもらうさ」



 そう言うと、ボノフさんは椅子の背もたれにぐっともたれ掛かる。


 すると、10秒も経たないうちに、スヤスヤとそのまま眠ってしまった。



「あらら、どうしようか?」


「呼んできます!」


 

 気を利かせた秘彗が事務所の方へ向かい、そこに常駐する機械種エスクワイアに声をかける。


 すると、すぐさまやってきて、眠りこけたボノフさんを見て、少し困った様子で立ち尽くす。



「どうしました?」


「…………………」


「なるほど、少々お待ちください」



 森羅が困っている感じの機械種エスクワイアと少し話をしてから、こちらへと振りかえり、



「マスター、ボノフ様を奥までお運び致します。ヒスイ殿のお力もお借りしてもよろしいですか?」


「ああ、いいぞ。頼んだ、森羅、秘彗」



 戦闘職である機械種エスクワイアでは、ボノフさんを負担なく抱えるのは難しい模様。

 些事に長けた森羅と重力制御が使える秘彗が代わりにボノフさんを奥の仮眠室まで運ぶ。



「さて、俺達は邪魔にならないようにさっさと帰る準備をしよう」


 ピコピコ 


「承知しました、マスター」



 俺の指示を受けて、白兎と胡狛が返事。

 

 早速2機は散らばった作業場を片付け始める。


 俺とヨシツネはその様子を大人しく隅の方でじっと見守るのみ。


 工具や道具の知識の無い俺では手伝いようがなく、家事系スキルを持たないヨシツネでは完全に役に立たない。


 所在なさげにヨシツネと並んで立ち尽くしていると、ふとヨシツネの左腕が目に入り、



「…………その左腕。全く違和感なくくっついているな」


 

 ふと湧いてきた疑問を口にする。

 


「ハッ! この通り、接合部分すら分からぬ程です」



 腕を巻くって接合部分を見せつけてくるヨシツネ。

 

 間近で見てもその跡すら見つけられない。

 

 また、目分量だが、ヨシツネより緋王クロノスの腕の方が少し細かったように思ったのだけれど、今見る限りその差は全く感じない。


 これは一体どういうことなのだろうか?



「マスター、これは同化作用が働いたんだと思います」


 

 俺が訝しげな顔をしていると、作業場の片づけが終わったらしい胡狛が戻って来て説明。


 

「これはランクアップ時に見られる作用で、様々な改造を施した機種が今回のようにランクアップした場合、その改造部分も含めて本体としてランクアップするんです」



 ボノフさんの弁によれば、昨日は徹夜であったはずだが、そんな疲労は全く見せず、いつもの元気溌剌といった感じで説明を続けてくれる胡狛。



「例えばケンフウさん、ケンライさんは竜麟を追加装備されていますけど、ランクアップして装備が一新しても、その竜麟は残りますし、場合によっては、その竜麟装備自体も一緒にランクアップすることがあるんです」


「へえ、それは便利だな」



 胡狛の説明を聞いて納得。

 確かにマテリアルを注ぎ込んで改造や追加装備を行っても、ランクアップしたら全部無かったことになりました、なんて最悪だ。

 世知辛いアポカリプス世界には珍しくお財布に優しい仕様になっている様子。



「では、ヨシツネ。その緋王の腕を使いこなすのには問題無いんだな?」


「ハッ………、しかし、機体の能力が全般的にかなり上昇しておりますので、できれば腕鳴らしを行ってみたいところですが………」


「それは帰ってからだな。俺も試したいことがあるし…………」



 とにかくヨシツネがパワーアップしたのは目出度い。

 俺のチームでは白兎に次ぐ次席の地位を与えているのだ。

 戦闘力だけが評価項目と言う訳ではないが、狩人チームである以上、メンバーを従わせるならやはり強い方が良い。

 

 

「でも、やっぱり原因については気になるなあ………」


「すみません。私にもちょっと…………」



 俺の質問にすまなそうに答える胡狛。


 もし、緋王や朱妃の部材で改造することが機械種のランクアップにつながるなら、今後俺の狩人活動の内容も変わってくるだろう。

 晶石だけでなく、その機体部分もできるだけ回収する必要がある。

 

 しかし、原因不明と言われると、そう舵を切って良いのかどうか判断に迷ってしまう。



「緋王の一部をくっつけるとレジェンドタイプがランクアップするという事例は無いのか?」


「私の知る限りありません。そもそもレジェンドタイプが世間に出回っていませんから。それに………もし、ランクアップさせる手段があったとしても、それを成した者は決して公開なんてしないでしょう」


「ふむ………、白兎は何か無いか?」


 

 胡狛と一緒に戻ってきた白兎に問うと、

 


 パタパタ

『緋王の腕とかは切っ掛けにしか過ぎないんじゃないかな。根本原因はもっと別にあると思う』


「ふうん………、と言うと?」


 フリフリ

『原因はこの世界由来じゃないね』



 スクッと後ろ脚2本で立ち上がり、自分の見解を語る白兎。



 パタパタ

『ヨシツネの機体へ変化させたのは、この世界の仕組みじゃなくて、もっと理不尽でどうしようもないくらいの圧倒的な力。現実世界を塗り替える混沌って言っていいかもしれない』


 

 じっと青い目で俺を見つめながら、混沌の化身とも言える白兎が宣う。



 フルフル

『それがヨシツネの強くなりたいという意思を取り込んで、実機へと昇華させたんだ。機械種のランクアップというシステムを飲み込む形で。厳密に言うと、もうヨシツネは機械種では無いのかもしれない。混沌に触れ、その機体が幻想に限りなく近づいてしまった。何でそうなったかは僕には分からないけれど…………』



 最後は首を軽く振って、嘆息。

 まるで理解不能な事情に出くわした白衣の研究者みたいな振る舞い。


 しかし、白兎の弁を聞けば聞くほど、その原因は一つしかなくて………



「だったら原因はお前しかいないだろ」



 摩訶不思議なことが起こるなら、その大半はこの混沌獣、白兎が原因だ。

 だったら容疑者はこの丸くて白い物体以外にない。 



 ピョン!ピョン!

『異議あり! 僕より絶対にマスターの方が摩訶不思議な現象を引き起こしているよ!』


「んなわけあるか! お前の方が色々とやらかしているぞ! 白兎草の騒ぎを思い出せ!」


 フリッ!フリッ!

『論破! 僕の宝貝としての力はマスター由来だから、僕のやらかしたことはマスターが原因ってことになる!』


「勝手に俺のせいにするな!」



 ガラッ………


 俺と白兎の子供染みた論争の最中、作業場の奥の扉が開き、出てくるのはボノフさんを運び終えたらしい森羅の姿。

 

 そして、森羅は戻ってくるなり、睨み合う俺と白兎へと向けて、



「マスター、お静かにした方が良いかと。あまり騒がれると、ボノフ様が起きられてしまいます」



 小さく、それでいてはっきりと苦言を呈してきた。

 また、一緒に戻ってきた秘彗も何か言いたげな様子でこちらを見つめている。



「す、すまん」


 フルフル

『ごめんなさい』



 素直に謝る俺と白兎。

 この歳になって騒いで叱られるって、全く以って恥ずかしい。



「…………とにかく、原因不明なんだな。まあ、しゃーない………って、そもそも当該人であるヨシツネはどうなんだ? その刀を持ったら急に光ったってボノフさんが言ってたけど?」


「ハッ…………、その……………」



 俺の質問に対し、珍しく言い淀むヨシツネ。

 チラチラと自分の愛刀『髪切』に目を落としながら、



「………この刀が語り掛けてきたような記憶が残っております。『自分を持つに相応しい機体へと昇華させる』と…………」


「………………」



 ヨシツネの言葉に一同黙り込み、



「ヨシツネ…………、大丈夫か?」


「ヨシツネさん、一度晶脳をチェックして頂いた方が………」


「ヨシツネ殿、御労しい…………、数々の理不尽の板挟みとなって………」


「ヨシツネさんまで、そんな…………」



 俺と胡狛、森羅、秘彗から同情の視線を向けられるヨシツネ。


 そんな視線を受けたヨシツネは慌てたように手を振って、



「いやいやいやっ! ほ、本当にですね………、そう聞こえたんです! 別に拙者がおかしくなったわけでは…………」


 ピコピコッ!

『分かる! 分かるよ! ヨシツネ!』



 ただ1機ヨシツネに味方するのは、やはり付き合いが最も長い白兎であった。


 ビッと前脚で自分の額の文字『仙』を指さしながら、耳をパタパタして訴える。



 パタパタ

『僕も、この額の文字がいつも僕の心に語り掛けてくるんだ。【この世をウサギでいっぱいにしろ!】って。他にも【ウサギでこの世界を埋め尽くせ!】とか、【機械種を全てウサギ色に染めてやれ!】とか………』

 


 ちょっと斜め上を向いて遠い目をしながらそう語る白兎。



 フルフル

『だから安心しなよ。君だけじゃない………ヨシツネだけじゃないんだ! 僕には【額の文字】が心に語り掛けてくるように、きっとヨシツネは刀の囁きが聞こえるんだよ!』



 ダダッ!



 突然の白兎の意味不明な告白に、俺も森羅達もドン引き。


 とりあえず3mくらい離れて、様子を見てしまう。


 当然ながら、ヨシツネの扱いも白兎側。


 しかし、その扱いはヨシツネにとってはショックだったようで、



「ちょっと、待っていただきたい! 拙者を白兎殿と一緒にするのは………」


 ピョンピョン!

『仲間! 仲間! 心は一つ! ヨシツネと僕は永遠のタッグパートナーで、一心同体さ!』


「それも、勘弁してくだされ!」



 俺の従属機械種筆頭と次席。

 どうやらその絆は永遠であるらしい。



「主様! ですから拙者は………」


 

 ヨシツネは必死の形相で弁解しようとするが、白兎がその周りをピョンピョン跳ねて、あんまり悲壮な感じはしない。



 

 あ~、はいはい。

 あんまり大きい声出すなよ。

 ボノフさんに迷惑になるだろ。


 さあ、とりあえず、問題は先送りにして、さっさと次の秤屋へと行くか。



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