第551話 ガレージ3
教官の銃訓練所から一度本拠地であるガレージへと戻る。
「お帰りなさいませ、マスター」
皆を代表して森羅が前に出てきて俺を迎えてくれる。
その後ろには新人であるメイド3機、辰沙、虎芽、玖雀が並び、恭しく俺に向かって一礼。
また、さらにその後方に控える廻斗、浮楽、毘燭、剣風は横一列でピシッと直立
そして、最後尾には重量級の輝煉と超重量級の豪魔の姿。
侍従やメイド、司教や騎士、道化師が並んで俺を迎える様は、まるで王侯貴族になったような気分にさせられる。
別に意識して集めたつもりは無いのだが、どこか中世のファンタジー世界を思わせる光景。
俺に忠誠を誓う、それぞれに美しさや精悍さを持つ機械種達が一堂に会す姿はなかなかに壮観。
その中で、宙に浮かぶ可愛らしい子猿姿の廻斗だけは、少し浮いてしまっているが…………
まあ、廻斗はマスコットということで。
でも、小さいなりに他のメンバーにも引けを取らない見事な姿勢を見せてくれている。
ただ、一番目立つのは、一番後ろの豪魔と輝煉なんだよなあ………
豪魔は壁を背にデンと座り込み、俺へと軽く首肯。
その傍の輝煉も長い首を少し曲げて一礼を表現。
座っていても体高が10m近くある豪魔の巨体は嫌でも目立つ。
それに全身金色の輝煉の機体は天井からの照明に照らされたピカピカと輝き、これでもかとその存在感をアピールしている。
中央の街でも、コイツ等程目立つ機種は見たことが無い。
重量級や超重量級は通常、街の外壁に隣接された専用のガレージに置かれることになるのだが、豪魔や輝煉程の超高位機種がそこに並べば、一体どれほどの騒ぎになってしまうのだろう。
俺が秘匿しているメンバー達も一部を除き、いずれは徐々に公開していく予定なのだが、果たしてそれがいつになるのか全く読めない。
おそらくは赤の死線まで行けば、そこまでの騒ぎにはならないと思うのだが………
まあ、結局はなるようにしかならないのではあるが。
ちなみにベリアルはイザという時の切り札の為と称して七宝袋の中に収納中。
無論、それだけの理由ではなく、白兎やヨシツネがいない中、危なっか過ぎてガレージには置いておけなかったからということもある。
小回りの利かない豪魔や輝煉ではベリアルは抑えづらいのだ。
故に白兎やヨシツネが戻ってくるまでは七宝袋の中に入れておく予定。
「さて、さっさと済ませて、秤屋にいかないとな………」
一度ガレージに戻ってきたのは、秤屋へは連れていけない天琉を置きに来たのと、ボノフさんから貰った『現象制御(上級)』のスキルが入った翠石を宝貝にする為。
ボノフさんの心が籠った贈り物、翠石には宝貝の気配が漂っており、俺が仙力を注ぎ込む事で宝貝にすることができるのだ。
今のチームメンバーの中にこのスキルを活かすことのできるマテリアル現象器を持っている者はいない。
白兎であれば、翠石を喰わすことで、何かしらの特技を覚えたかもしれないが、宝貝の気配を纏う翠石は唯一無二。
何の宝貝になるのかは不明だが、ここで宝貝化しなければ二度と手に入らないと考えると、白兎に喰わすよりも俺の宝貝するしかない。
超希少なスキルではあるが、二度と手に入らない訳ではないのだから。
ガレージ内なのではあるが、念の為に隠蔽陣を展開し、その中で宝貝化を行う。
右手に翠石を握りしめ、腹の底から仙力を組み上げて注入。
この世界特有の機械種にスキルを投入するアイテムは、俺の『仙術』スキルにより、こちら側の存在へと塗り替えられる。
「宝貝 定風珠」
5cm程の六角形の翠石の色合いが目に見えて薄くなり、翡翠のような鮮やかな緑から淡い薄緑色へと変化。
もちろん外見だけではなく、その中身も完全に別モノと化した。
もはや翠石ではなく、神秘のエネルギーを蓄えた宝貝。
摩訶不思議な現象を引き起こす、この世非ざるマジックアイテム。
「定風珠…………、確か封神演義にも出てきたな…………」
定風珠は封神演義でチョイ役として出てくる度厄真人の宝貝だ。
度厄真人は太公望と同じ闡教側の仙人。
その詳しいプロフィールは語られないが、敵である十天君の1人、董全の十絶陣『風吼陣』を破る為に、風を支配する宝貝『定風珠』を貸し出すという場面のみの登場。
つまり、この宝貝はその名の通り、風を操る宝貝なのであろう。
「ふむ…………、そうだな。間違いない」
掌の上の『定風珠』からはふんわりとした優しい風が吹くようなイメージが流れ込む。
自由自在に空を流れる風。
時には激しく万物を吹き飛ばす暴風となる。
漫画やアニメでよくある竜巻や風の刃が出せるかもしれない。
風を操るなんて実に主人公チックな能力。
また、風は空気の移動で発生するモノだから、俺達の周りにある大気そのものを操ることができるであろう。
気体操作とも言うのだろうか?
『混天綾』が電波や波動も含めた流体操作だから、能力は近いのだろうが、『定風珠』の効果範囲はかなり広そうだ。
さらに気体しか操れない代わりに、精密な操作も期待できそう。
「試してみたいけれど…………流石にガレージの中では使えんなあ………」
試すなら街の外に出ないといけないが、定風珠の効果範囲がかなりの広さに及ぶのであれば、人目が少なくなる夜に行う方が良いであろう。
また、何が起こるか分からないので、できれば白兎とヨシツネが戻って来てからの方が良い。
ヨシツネへの緋王の腕の接合作業は、どのくらい日数がかかりそうなのかは、あの時点では全くの不明。
しかし、1日もあればある程度の目算が立てられるそうなので、明日、昼頃にボノフさんのお店に寄ることとなっている。
流石に1ヶ月以上もかかるようであれば、どこかで白兎だけでも戻す必要がある。
できれば1,2週間ぐらいで済ませてほしいモノだけど。
ボノフさんに貰った翠石の宝貝化を済ませ、毘燭、剣風を連れて秤屋へと向かう。
ガレージ街と街中を行ったり来たりしていたから、もうすでに時間は夕方。
あまりこの時間帯に秤屋に寄ったことは無かったが、やらないといけないことはなるべく1日で済ませておきたかったのだが…………
「めっちゃ混んでる…………」
いつもの秤屋の2倍以上の混み具合。
周りはピリピリとした雰囲気が蔓延しており、列に並ぶ皆の顔が一往に険しい。
「まあ、日帰りの狩人も多いしなあ…………」
朝一番に出て、荒野で獲物を狩りながら昼間を過ごし、虫が湧く日が暮れる前に街へと戻るのが、一般的な狩人の活動パターン。
車を持たない狩人は巣に挑むこともできず、野を流離うレッドオーダーを狩るしかない。
また、この街ならダンジョンが近くにあるので、そちらに潜っている者も多いだろう。
しかし、深く潜ろうとすると、ダンジョン内で野宿しなくてはならないので、それなりの用具を揃える必要がある。
もちろん、駆け出しはそんなモノを購入する余裕は無いので、低階層を日帰りするのが関の山。
それでも、生きていくには十分以上に稼げるのが狩人だ。
この辺境ではそんなやり方で日々を過ごしている狩人は全体の約6割近くと言われている。
もちろん地域差もあるけれど。
遠くの巣まで遠征できる実力があるならそれだけで十分有望。
さらに巣の奥の主に挑むことができるなら、それは間違いなく10%未満の上澄みと呼べる存在。
紅姫や赭娼と出逢うことも無く一生を過ごす狩人の方が遥かに多いのだ。
しかしながら、そういった狩人達の積み上げが街の経済を支えているのも事実。
「……………それにしても多いような気がする」
「並びますかな?」
「……………めんどい。また明日来よう。どうせボノフさんのお店に行く予定だし」
毘燭の問いかけに俺は延期を表明。
美味しいと評判のラーメンを食べてきても、あそこまで並ばれていると入る気が失せてしまう。
どうせ時間をズラせば並ばずに受付できるのだ。
明日にできることは明日にすればよい。
秤屋を出て、すぐにガレージには戻らず、バッツ君のいる孤児院へと移動。
割り屋としての依頼をする為だ。
対象は修理が終わったばかりのキシンタイプの四鬼。
まだそのまま従属させるか、従機に落とすかは決めていないが、何が起こるか分からないから、とりあえずブルーオーダーだけは早めにしておきたい。
しかし、まだバッツ君は仕事から帰ってきていないらしく、依頼があるから明日午前中に来てほしいと言付けだけをマリーさんへとお願いした。
「むむむ………、どうも巡り合わせが悪いな」
「そんな日もあるでしょう。今日はもう遅くなりましたゆえ、お戻りになられてはどうですかな?」
「…………そうするか」
俺の周りの人間は、俺の都合で動いている訳ではないから、当然こんな日のあって当たり前。
というか、ボノフさんから頂き物を貰い、宝貝化することができただけでも十分であろう。
翌朝、バッツ君が嬉しそうな表情を浮かべながら、俺の本拠地であるガレージに訪ねてくる。
「ヒロ兄ちゃん! 依頼だって? 遠征に出てたんだろ? どんな機械種を捕まえたの?」
朝からテンション高いバッツ君。
頬を上気させ、目をキラキラと輝かせながら質問をぶつけてくる。
「中に置いているよ。さあ、入って」
興奮冷めやらぬバッツ君をガレージの中に招き入れる。
今回、表に出しているのは、以前、会わせたことのあるメンバー達そのまま。
森羅に廻斗、天琉と秘彗、浮楽と剣風。
浮楽と剣風はバッツ君にブルーオーダーしてもらったという縁がある。
元橙伯にストロングタイプなのだから、バッツ君の実績は辺境では在り得ないモノであろう。
「……………うわあ。重量級だあ……………」
中に入った途端、バッツ君は奥に置かれた重量級の鬼型機種を見て、呆然と呟く。
「しかも2機…………、これってジャイアントタイプ?」
「いや、キシンタイプの中位機種だ」
「きしんタイプ? あんまり聞いたことが無いけど…………」
安全のために四肢は取り外しているが、それでも高さ2m以上。
その重厚さは人型機種どころではない。
純粋な質量と装甲の分厚さ、内包するパワーは同じレベルの中量級の何倍にもなる。
「スゲエ………、こんなデカいの倒せるんだ…………」
四肢が完全なら全高5mにも達する巨人だ。
破壊力の化身、黒鉄の暴威。
こんなモノが目の前に立ち塞がれば、どれほど戦場慣れした兵士であっても恐慌状態に陥る可能性もある。
振り下ろされる直径40cm以上ある拳は、人間の貧弱な体ではどう防御しても潰される。
包丁並みに砥がれた爪は戦車の装甲すら切り裂く鋭さを秘める。
逆にこの巨体の前にはスモール以下の銃は牽制にしかならない。
少なくともスモールの上級以上でなくてはダメージが与えられず、ミドルであっても中級以上が必要となるであろう。
これが重量級機械種。
猟兵ではコイツを1対1で倒して、初めてエースと呼ばれるようになるのだ。
まぐれでは決して倒せぬ人類の脅威。
徒党を組めば黒い津波となって全てを蹂躙する悪夢。
超重量級が滅多に現れない辺境だからこそ、重量級が具体的な破壊と恐怖の象徴なのであろう。
「やっぱりこれって、ストロングタイプの騎士系でやっつけたの?」
「あ~……………」
バッツ君の質問に、少しだけ逡巡。
バッツ君からすれば俺のチームの最大戦力は見た目強そうな機械種パラディンと思って当然。
しかし、四鬼と遭遇した紅姫の巣の攻略の際は、まだ剣風も剣雷も修理前。
倒したのは剣風でも剣雷でもなく…………
「コイツ等を倒したのは、以前バッツ君がブルーオーダーしてくれたソイツと…………」
皆と横一列に並ぶ道化師姿の浮楽を指さすと、
「ギギギギッ!」
エッヘン! とばかりに胸を張る浮楽。
そして、親指を自分の方へと向け、
「この俺だ」
とそう答えた。
常識的に考えて、こんな年端もいかない貧弱そうに見える少年が、重量級機械種を倒せるはずもない。
それが分かっているのにも関わらず、正直に答えたのはお遊び的感覚。
バッツ君がどういった反応を示すか知りたかったからという興味があった。
また、それに親しい人間にはなるべく嘘はつきたくないという俺のつまらない信条もある。
さて、何て返してくるかね?
少々意地悪な対応だったかもしれない。
別に俺の言葉を疑われたって、今更扱いを変えるつもりは無いけど………
12歳という年齢にしては小柄でやせっぽち。
でも、割り屋という常に暴力を受ける危険を孕む職業に就く逞しい少年。
俺の答えを聞いた、そのバッツ君から返ってきた反応は、
「スゲエ! ヒロ兄ちゃん、自分が戦っても強いんだね!」
俺の言葉を疑いもしない素直な称賛。
真っ直ぐに俺を見ながら尊敬の眼差しを向けてくる。
それは少々ひねくれた俺にとってはあまりにも眩しくて、
少し居心地の悪さを感じてしまう程に。
「流石はストロングタイプを従属させているだけあるね! この騎士系もヒロ兄ちゃんが倒したの?」
「…………ああ、ダンジョンの深い所で遭遇してね」
「うわあ! ストロングタイプが出てくるくらいの深層に行けるんだ………。本当に凄腕なんだね。じゃあ、あっちのは………」
「魔法少女系は野賊の本拠地に攻め入った時だな。エルフとグレムリンは赭娼の巣の中。あと………あの小さいのは堕ちた街で見つけた」
「うへえ、ヒロ兄ちゃん。結構修羅場潜ってるね」
「まあな。あと…………」
ちょっとばかり俺が通ってきた旅路について語ってあげる。
といっても、行き止まりの街から出た後のこと。
開拓村に寄った時に赭娼の巣を攻略し、堕ちた街に迷い込み機械種ウルフに追われて命辛々脱出、街に入ったら入ったで暴漢に襲われて何十台の車に追いかけ回され………
街から街を転々としながらこのバルトーラへ進んできた。
その間に白の遺跡を発見、2人の機械種使いとの勝負、野賊に襲われ離れ離れになった姉妹を助けるために野賊の本拠地へと強襲…………
もちろん話せないことも多いから、かなりの部分をぼやかしたけど、バッツ君は実に興味津々といった感じで話を聞いてくれる。
「凄いなあ………、そんな冒険をしてきたから、今があるんだ。いいなあ。俺も冒険してみたい………」
一しきり語りが終わると、バッツ君はどこか夢見心地な表情で呟く。
この歳くらいの少年が、冒険に憧れるのは世の常。
でも、普通なら与太話と切って捨てるような話を信じきってしまっていることには、少しバッツ君の将来が心配になってくる。
この世知辛いアポカリプス世界は決して善人が多い世界ではないのだから。
騙し騙されが世の常だ。
大口を叩く人間はどこにでもいるし、それを真に受けてしまうのは少々危険を伴うことになる。
だからちょっとした苦言も含めてバッツ君に助言してやろうと声をかける。
「……………今更言うのも何だけど、よく信じられるな? 俺の話………」
「んん? ヒロ兄ちゃんの冒険のこと?」
「それだけじゃなくて、俺があの重量級を倒したとか………」
「ああ………、ヒロ兄ちゃん、あんまり強そうに見えないからか………」
俺の言いたいことが分かって、少しだけ苦い笑みを浮かべるバッツ君。
俺の方へと一歩だけ近づき、俺の顔を見上げながら口を開く。
「普通はそう思うかもしれないけど………でも、ヒロ兄ちゃんは普通じゃないでしょ」
「え? ………何が? …………ス、ストロングタイプを、従属させている……ことか?」
思いがけないバッツ君の言葉に動揺。
つっかえつっかえになりながら、聞き返してみると、
「違うよ。ヒロ兄ちゃん、レッドオーダーを全然怖がってないよね?」
「へ?」
「俺が一番最初にブルーオーダーした細長いのも、次の騎士系も、ヒロ兄ちゃん、全然怖がってなかったじゃん。どっちも動いていたのにさ。手足は取り外していても、普通、レッドオーダーが動き出したら、どんな狩人もビクッてするよ。それに…………」
バッツ君はクルッと振り返って、奥で並んでいる剣風達を見ながら、
「いくら従属契約をしていたってさ、死ぬ思いをして倒した敵だったんだよ。何年もずっと一緒に過ごしていたらともかく、そんなすぐに気を許した態度は普通は取れないよ」
「………………」
「だから、ヒロ兄ちゃんはそんなことが気にならないくらいに強いんだなって…………」
「………………」
「俺もさ。こんな手になっちゃったこともあって、レッドオーダー、凄く怖いもん。俺の周りの人も、やっぱりレッドオーダーは怖いって言うよ。子供の頃からそう教えられてきたし…………」
「………………」
「あ…………、ゴメン! ちょっと詮索し過ぎたかな。別に探りを入れたわけじゃないからね」
「いや、別に気にしてないよ」
もちろん、嘘だ。
吃驚する程動揺している自分がいる。
この世界の人間なら誰しもが持つ、レッドオーダーへの恐怖。
物心つく前から大きくなるまでに植え付けられる根源的な恐れ。
おそらく俺はそれを致命的なくらいに欠けているのだ。
これは未来視での魔弾の射手ルートでも言われていたこと。
『お前は頭のネジが一本抜けている』………と。
簡単には傷つかない身体を前面に出して、無謀とも思える突撃を敢行する俺を見ての同僚達の言葉。
俺にとっては大したことが無いことも、普通の人間には異常に見えていたのだろう。
俺は基本怖がりだ。
俺を殺すかもしれない敵は怖いと思う。
だから空間攻撃を使う敵を相手にするなら、莫邪宝剣か瀝泉槍は必須。
俺の心を支えてくれる宝貝が無ければ、自分を傷つけたり殺すことができる敵には立ち向かえない。
それは元の世界では当たり前のこと。
自分に刃物や銃を向けている相手に立ち向かえる人間など、珍しいくらいであろう。
故に俺は俺を殺すことができるレッドオーダーは怖い。
しかし、それはレッドオーダーと言う存在そのものではなく、自分が殺されるのかもということに対して恐怖を抱いているに過ぎない。
だから自分を絶対に害せない機械種には特に怖いと思うことは無い。
巨大さに圧倒されて、怯むことはあってもだ。
この世界の人間は幼いころからレッドオーダーの恐怖を叩き込まれている。
だから、どれほど鍛えようとレッドオーダーという存在自体への恐怖から、なかなか逃れることができないのだ。
当然ながら、この世界にポッと放り出された俺に、そんな感情は根付いていない。
もちろん、直接戦闘を行い、死ぬかもしれない思いをした紅姫カーリーや、激戦を交わした緋王クロノス等は今でも出会えば恐怖を抱くかもしれないが、あくまでそれは個体別の話。
さらに『闘神』スキルの無敵さによる安心感が恐怖心を麻痺させているのだ。
これが良いことなのか、悪い事なのかは分からないけれど。
「まあ、確かに、普通じゃないな、俺は…………」
「今まで自覚が無かったの?」
「あはははははっ、そうだな………、と言うより、改めて実感した感じ。ありがとう、礼を言うよ」
「そう? だったら報酬に色をつけてほしいな」
「オッケー! じゃあ、早速頼む! これ、蒼石な」
「…………3級かあ。もう慣れちゃったと思うのは、多分、どこかおかしいんだろうなあ………」
俺から蒼石を2つ受け取り、ため息交じりに呟くバッツ君。
しかし、すぐさま表情を引き締め、奥に立てかけた四鬼の『スイキ』と『キンキ』を見つめる。
残りの『フウキ』と『オンギョウキ』は後で俺が適正級である準2級の蒼石にてブルーオーダーする予定。
俺の手持ちの蒼石は、準1級が1個、2級が3個、準2級が2個、3級が2個、4級が3個という状態。
だからバッツ君にはぜひとも1発で成功してもらいたい。
でないとワンランク上の2級を使う羽目になってしまうから。
その結果は…………
カッシャーン!
「………………やったあ! ブルーオーダー成功!」
剣風に肩車されたバッツ君が喝采をあげる。
バッツ君の背では四肢が取り外されていても、2m以上ある四鬼の頭には届かないから、剣風に肩車をさせたのだ。
これにはバッツ君も大興奮。
少年の憧れを一身に受けるストロングタイプの騎士系に肩車されるなんて、なかなかあるもんじゃない。
その成果があったのかもしれない。
これまでにない意気込みを以って、3割の悪魔に挑戦し、見事2機連続ブルーオーダーを成功させたのだった。
「うっしゃああああ!!!」
思わず俺も雄叫びをあげてしまう。
パチパチパチパチパチ!
メンバー達からも惜しみない拍手が送られた。
「ありがとうね、ヒロ兄ちゃん。また依頼があったらよろしくね」
「おう、またお願いするよ」
バッツ君は俺から20,000Mを受け取り、満足そうに帰っていた。
一応、念のために姿を消した浮楽に追いかけさせて、孤児院に帰るまで護衛させるつもり。
バッツ君が街中へと戻っていく背を見送っていると、
「マスター、あのキシンタイプはどうされるおつもりで?」
後ろから秘彗が問いかけてくる。
自分の従機にする案をボノフさんから提示されたから気になっているのだろう。
「とりあえず保留だな。『フウキ』と『オンギョウキ』を適正級でブルーオーダーしたら、当分、俺の七宝袋の中に入れておくさ」
どちらにせよ、白兎やヨシツネ達の意見も聞きたいし、結論を出すのはもう少し先でも構うまい。
「さて、そろそろボノフさんのお店に行くか。ヨシツネへの作業の進み具合はどうなっているのかね?」
課題が一つ片付くと、すぐに別の課題が待ち受けている。
異世界には来たけれど、この辺は元の世界の社会人と変わらない。
「今回、俺と同行するのは、森羅、秘彗だ。ボノフさんのお店に行ってから、秤屋に寄るつもりだからな。準備急げ」
そろそろ太陽が天辺に近づきつつある空を一目見上げてから、後ろのメンバーに声をかけた。
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