第549話 質問



「本当は英雄になんてなるものじゃないと思うんだけどねえ………」



 ボノフさんはお茶が入った湯呑を持ちながら、ため息交じりに心情を吐露。



「大抵その最後はロクなコトにならない。現に緋王や朱妃を従属させた者はほとんどが道半ばで倒れているし…………」


「緋王や朱妃を従属させていても…………ですか?」



 同じテーブルに着きながら、湯呑片手にボノフさんへと問う。



「よほど無茶なことをしない限り、負けたりはしないと思うんですけど?」


「戦場ではね。でも、人間、生きている以上、戦場以外で過ごすことの方が多いのさ」



 ボノフさん曰く、緋王や朱妃を従属させた者は、当然ながら権力者に注目される。

 

 その保有戦力はレジェンドタイプどころではないのだ。

 しかも、緋王や朱妃の中には白鐘の恩寵すら無視するモノもいる。


 権力者にとって、自分達の日常を壊しかねない異物だ。

 目の敵に狙われることだって日常茶飯事となる。



「子供が近づいてきて背後から刺殺、女と同衾しているところを暗殺、食べ物に毒を入れられたり、遠くから狙撃されたり、色々だね。たとえ改造人間や強化人間、機人だって無敵じゃない。どんな強い機種を従属させていても、人間は不死身じゃないからね」


「まあ、そうですね」



 と答えながら、俺、だいたい無敵で不死身なんだけど………と思わなくもない。


 でも、年がら年中狙われるのは勘弁してもらいたい。

 特に女の子とイチャイチャしている所を狙われたら、トラウマになってしまいそう。



「あとは、従属させた緋王や朱妃自身に取り込まれるケースも多々あるね」


「はい?」


「彼等彼女等は、とにかく執着心が強く、独占欲が強い機種が多いのさ。だから自分のマスターを捕まえて、一生どこかに閉じ込めてしまうこともあるんだよ」


「ひえっ! 怖い!」


「ヒロは大丈夫かい? 従属機械種にとってマスターは何よりも一番だからね。特に緋王や朱妃はマスターへの拘りが強いから、自分だけを見てほしいとばかりに拉致監禁も珍しいことじゃないんだ。というより、緋王や朱妃を従属させて、いつの間にか姿を消したという狩人はだいたいこのパターンだと聞くよ」


「…………………」



 心当たりがありまくる。

 もし、俺が闘神スキルも仙術スキルも持っていなければ、ベリアルに拉致されて一生幽閉の身となった可能性が高い。

 ベリアルなら自分だけを見て貰う為にどのような手段も取るであろう。

 

 本気となったベリアルは白兎やヨシツネでも止められない。

 唯一、マスターであるこの俺がベリアルよりも強いから行動に移さないだけ。

 残念ながら俺には自分より強い部下を御せる器量なんて無いのだ。



「…………だ、大丈夫です。きちんと躾けていますので……(物理的に……)」


「あはははは、一度ヒロが従属させている、その緋王? 朱妃? を見てみたいね」


「すみません。やっぱり完全に制御できているとは言えないので…………」


「冗談冗談。白鐘の恩寵下とはいえ、街中には連れてこない方が良いね。万が一のことがあるから」



 ボノフさんはパタパタと手を振って、先ほどの発言を撤回。

 流石にいつ爆発するか分からない爆弾を街の中に入れるのは無謀と理解している様子。

 

 多分、それが正解だろう。

 何を切っ掛けに癇癪を起すか分かったもんじゃない。

 特に人前だと制止役の白兎が全力を出し切れないし…………

 



「で、話を戻すけど……………その緋王の腕をヨシツネに接合したいんだね?」



 ボノフさんはチラリと作業台の上に置いた人間の腕そっくりな緋王の腕を見ながら俺へと確認。



「はい。偶然ですがどっちも左腕ですし、大きさもほとんど同じみたいなので………行けますか?」


「緋王の部材なんて取り扱ったことはないけど…………ぜひ、やらしてほしいね。作業代はロハでもいいから」



 ボノフさんの目がギラリと光る。

 それは藍染屋としての魂からの輝き。



「それはいくらなんでも…………」


「それぐらいの価値はあるんだよ。緋王を取り扱えるなんて、藍染屋にとって夢の1つだからね。それにハクトやコハクを手伝いに置いていってくれるんだろう?」


「もちろん、手伝わせるつもりですが…………」


「ならそれで十分さ。後はこっちで上手い事やっておくよ。超希少な部材を持ち込んでくれたし、実際に作業をしたのはハクトやコハクとしておけば、そんなに不自然じゃないからね。ヒロは仕上がりを楽しみにしておきな」



 ボノフさんの意思は随分と固そうだ。

 それだけ緋王の部材を取り扱うことの価値が高いのであろう。


 であればここはボノフさんの好意を受け取ることにしよう。

 いずれ何か他の形で返せばよい。



「では、お願いします」


「あいよ。任せておきな」



 こうしたボノフさんとのやり取りはもう何回目になるであろうか?


 毎回、俺の無茶な依頼を何でもないように引き受けてくれる。

 そして、期待を裏切られたことなど一度も無い。


 いつも俺の知らない機械種の知識を惜しげも無く教えてくれて………



「あっ! そうだ。他にも聞きたい事が…………」


「んん? 何だい?」


「え~、その~、実は、今回の遠征で白の遺跡を発見しまして………」



 ボノフさんに聞くのは、今回新たに従属させたメイド型3機の言葉遣いについて。



 『………ドラ』『………ガオ』『………チュン』



 美女、美少女メイドから飛び出す、アホっぽい語尾。

 何とか設定変更できないモノかを尋ねた所………



「それはちょっと難しいね」



 ボノフさんから返ってきたのは、『自分では難しい』という返事。

 俺の見る限り、ボノフさんの腕は中央でも滅多に見ない程の超一流。

 たかが機械種の話し方の改変作業を難しいと言うのは、なかなかに信じ難い。



「ボノフさんでも無理なんですか?」


「白の遺跡で見つかったと言うことは源種なんだろ? 源種の初期設定を変更するのは非常に難しいのさ…………、実質不可能であると言っても良い」


「そんな……………」



 確かに辰沙、虎芽、玖雀の3機は源種。

 源種は自己設定が強固であり、適正級のブルーオーダーすら弾くという。

 まさか、たかが言葉遣いも変えられない程とは…………



「源種の初期設定変更は緑学でも最高難易度と言われているよ。これを成したことがあるのは、もう何十年も前に中央の最高学府にいた天才ただ一人だけ」


「……………では、その人なら…………」



 中央に行って、その人に頼めばワンチャン…………



「残念ながら、過去の人さ。禁忌を犯して中央から追放されたそうだよ。今、生きているのかどうかも分からないね」


「そうですか……………」



 もういない人ならどうしようもない。

 ボノフさんがここまで言うなら、仕方あるまい。



「諦めるのは早いよ。外部からの設定変更は無理でも、その機種が自分で少しずつ設定を変えていくのは可能なはずさ。機械種は良くも悪くもマスターの望むように成長していくからね。時間はかかるけど少しずつ改善させて行けば良いよ」



 うーん…………

 望みはまだ消えてはいないってところか。

 

 俺も長生きする予定だし、気長に待つとするか。

 それに、最近は随分とあの語尾にも慣れてきたし…………



「それにしても凄い成果だね。3機もストロングタイプを増やすなんて。従属限界は大丈夫なのかい?」


「あ~~…………」



 ボノフさんに指摘されて思い出す、機械種使いが逃れることのできない宿命。


 すでに機械種を16機も従属させている俺にとっては、そろそろ念頭に置いておかなくてはならない課題。

 未だ限界を感じたことは無いが、この世界のルールに基づく限り必ずどこかに果てがあるはず。


 果たして俺があと何機従属させることができるのか?

 

 打神鞭で占えば瞬時に分かる問い。

 しかし、自分の限界を見せつけられるような気がして、怖くて試すことができないでいる。

 

 

 白兎や天琉、廻斗や秘彗といった軽量級を除けば、俺は中量級以上を12機従属させている。

 しかも超重量級が1機に重量級1機が含まれるのだ。


 世間一般からすれば破格の従属容量。

 この才能だけで狩人チームからは引く手数多であろう。

 俺がただの狩人で生きていくならば、もう十分以上なのではあるが………


 

「そうそう、言うのを忘れていたけど、ヒロから修理で預かっていたキシンタイプ4機。修理が完了しているからね」


「えっ!」



 ボノフさんからポッと出てきた報告に、思わずビックリ。


 完全に忘れてた。

 そう言えばボノフさんに預けてから、もう随分経っていたな。


 このバルトーラの街で最初に攻略した紅姫の巣で倒したキシンタイプ4機。


 太平記で記された藤原千方が使役したという四鬼。


 『フウキ』『スイキ』『キンキ』『オンギョウキ』


 キシンタイプ特有のパワーと攻性マテリアル機器を使いこなす重量級中位機種。


 当時はその体格を活かした盾役としての活躍を期待していたが………


 

「う~ん…………」



 空の守護者や緋王クロノスとの闘いを経た後だと、やや戦力不足感が否めない。


 何せ新しく従属させたメイド型3機よりも弱いのだ。

 おそらくは俺が授与した武器を持った剣風、剣雷よりも弱い。

 

 しかも街の中では使いにくい重量級。

 さらに重量級であるがゆえに従属容量もそれなりに喰う。


 それに盾役という意味なら、機械種オウキリンの輝煉がいる。


 輝煉が神殿の防衛戦で展開した自動防御ユニットの『四聖獣』は、1機1機がキシンタイプ上位並みの戦力を持つのだ。

 防衛戦にしか使用できないが、壁役とするならばこれ以上の存在は無い。



 ボノフさんに修理を依頼したものの、果たして俺が従属する価値があるのであろうか?


 一度従属してしまえば、情が湧いてしまい、おいそれと用済みになどできなくなる。

 

 かと言って、折角修理した4機をこのまま死蔵させておくのも…………


 まさか、アスリンが欲しがっていたからといって、あげるわけにもいかないし…………

 

 

「おやまあ、やっぱり従属容量が厳しいみたいだね」



 その場でウンウンと悩む俺に、ボノフさんが声をかけてくる。


 そして、俺が思ってもみなかった意外な提案をしてきた。



「だったら、あの4機を誰かの従機に落とすという方法もあるよ」


「…………従機に?」



 従機とは機械種に従う意思なき兵器。

 姿形こそ機械種と変わらないが、晶脳はあれど自分で判断を下せず命令を聞くだけの機械。

 機械種でありながら機械種では無い、オプション武装みたいなモノ。


 高位機種が保有していることがあり、自身の亜空間倉庫から放出して自軍の兵として運用したりする。

 俺のチームではベリアルが小悪魔型の機種を多数保有しているが、通常の機械種を従機に落とすなんて聞いたことが無い。

 


「す、すみません。もっと詳しく…………」

 

 

 ボノフさんに詳しく聞いたところ、独立した1機の存在である機械種を、それより上位の機種の従機にすることができるらしい。

 そうすることで、マスターの従属容量の消費をかなり軽減できるという。


 ただし、どの機種でもというわけではなく、特定の系統に限定される。


 下位ならビーストタイプやモンスタータイプ、ヒューマノイドタイプ。

 中位以上ならキシンタイプやデーモンタイプ、ブラッドサッカータイプが該当するそうだ。



 また、従機の主となる機種も条件が必要となる。

 

 まず、従機よりも2~3ランク以上格上であること。

 そして、それなりの晶脳の並列処理速度を持ち、且つ、従機を収納できる亜空間倉庫を持つこと。

 この2つを備えた上で、従機となる機種との相性が良ければ、その主となることができるという。


 この処理を行うことで、従機と主となった機種の戦力は増強される。

 いつでも亜空間倉庫から自分に従う機種を出陣させることができるのだ。

 

 もちろんメリットばかりではないけれど。

 

 この場合のデメリットは、従機に落とした機種のランクか1~3程ダウンすること。

 また、思考力が落ちる為、独立した行動ができなくなり、常に従機の主となった機種の命令が必要になること。

 さらに従機を運用しようとすると、その主となった機種のマテリアル消費が爆増すること。


 手数を増やすことで間違いなく戦力増強につながるが、主となった機種の亜空間倉庫の容量を喰い、戦闘に従機を使用すれば処理速度も落ちる。


 初めから従機の存在を晶脳設定されていないことによる負荷。

 藍染屋によって無理やり従機を押し込められるのだから、どこかで無理が出てしまうのだそうだ。

 おまけに従機化する施術も100%成功というわけではなく、失敗すれば従機にしようとしていた機種の晶石が砕け散ってしまうと言う。

 

 しかし、複数のデメリットや失敗のリスクはあれど、それでも受け入れる価値のある提案。

 俺の従属容量の圧迫を軽減し、従属機械種を増やすことのできる手段。

 

 さて、採用するか否か…………



「多分、ダブルになったヒスイならイケると思うね。あの子の弱点である近接戦の弱さを補うのにちょうど良いと思うよ」


「ぬう………」


「もちろん、かなり費用は掛かってしまうけどね。1機20万Mは覚悟してほしい」


「結構しますね」


「晶冠から作り変える必要があるからね。同じキシンタイプの晶冠を集めないといけないし…………、ちなみにこの作業をできるのはこの街じゃあアタシともう1人ぐらいだよ。かなり難易度の高い作業だからね」


「ぬぬぬぬっ!」



 思ってもみなかったキシンタイプ4機の活用。

 普段は秘彗の亜空間倉庫に仕舞っておいて、戦闘時には四鬼を召喚して前衛にさせる。

 まるで召喚士系のような戦いっぷり。

 なかなかにロマン溢れる仕様ではあるし、俺の従属容量も抑えられるとすれば、かなり有用な方法だと思われる。


 しかし、従機にすることで弱くなってしまう点がネック。

 ただでさえ他のメンバーと比べて戦力が劣るのに、さらに弱くなってしまえば、果たして今後の戦いに付いてくれるのだろうか?


 俺のチームは輝煉やメイド3機が加入し、かなり陣容が厚くなったこともあり、今のところ前衛には困っていない。

 イザと言う時の捨て駒に近い護衛としてなら役に立つのだろうが、わざわざ高額な費用をかけてまですることなのか…………


 

「まあ、悩むなら今すぐすることでもないね。とりあえず倉庫に置いてあるから持って帰りな。従機にするつもりならブルーオーダーしてから、また持っておいで」


「はい、そうします」



 結局、結論は出せなかった。

 どっちにすると悩めば、俺は現状維持と保留を選ぶ。

 これだけはいつまで経っても変わらない。



「これでヒロの用事は全部終わりかい? なら、そろそろヨシツネの作業を進めないと…………」



 ボノフさんはよっこらせと立ち上がり、俺に背を向けようとしたところで、



「あっ! ちょっと待ってください! もう一つありました!」



 手を伸ばして、ボノフさんを呼び止める。



「これです! これが何だかわかりませんか?」



 そう言いながら空間拡張機能付きバッグから取り出すのは、ボウリング玉ぐらいの大きさの晶石。

 暴竜の顔面を裂いた時に出てきた戦利品。


 その色は『赭』『橙』『紅』『臙脂』『緋』『朱』でもない。

 沈んだ赤色と言うべきだろうか。

 例えるなら陽が沈む直前に空を染める茜色とでも評するであろう。

 それは1日の終わりを現し、夜を迎える帳の色。

 懐かしさと郷愁を誘う色彩であり、なぜか『終焉』を思い出させる色合いを持つ晶石………と思われるモノ。


 普通ならこれこそ空の守護者の晶石と思う所なのだが、俺の七宝袋にはこれと同じ色の直径20mもの晶石、『茜石』が眠っている。


 だからこれが空の守護者の晶石では在り得ない。

 しかし、打神鞭の占いでは、『これも暴竜の晶石』と出たのだ。

 何かの関連性があるのは確実。 


 であれば、ここでボノフさんに尋ねるしかない。

 

 一応、このことも打神鞭の占いで大事にはならないと出ている。

 

 ぜひとも苦労して手に入れた品の使い道を聞いておきたい。

 


「…………ちょっと貸してもらっても良いかい?」


「どうぞ!」



 ボノフさんは俺から受け取った茜色の晶石をじっと強い視線で見つめて、



「少し調べさせておくれ」


「はい!」


 

 手に茜色の晶石を抱えたまま事務所の奥へと引っ込んでいく。


 そして、20分少々の後、戻って来て、



「これは『子機』だね」



 どこか疲れたような顔で鑑定結果を教えてくれた。



「『子機』ですか?」


「そう表現するのが一番適当なんだよ」



 ゆっくりと椅子に座りながら説明を続けるボノフさん。



「超高位機種の中には、自身の部位を切り離して行動させている存在がいるんだよ。そういった部位には親機である晶石と繋がっている子機を埋め込んであるのさ」


「切り離して行動? 」


「そう。例えば、あるレッドオーダーは狩人に自分が持つ剣を与えた………なんて話があるね。発掘品以上の切れ味を持つ剣だったそうだよ。しかも意思を持っていて、勝手に動いて所有者を守ったり、マテリアル攻撃を発したりと大層な活躍ぶりだったとか? やがてその剣の力を以って狩人は英雄となり………、最後は結婚式の場で、結ばれようとしていた恋人共々、その剣によって首を刎ねられたってね」


「はい?」


「何でも剣が突然動いて、サクッといったらしいよ。そして、その剣はそのままどこかへ飛んで行ってしまった」


「なんですか? その悲劇……………」


「つまり、その剣にはレッドオーダーと繋がっている子機が埋め込まれていたんだよ。最初からそのレッドオーダーの仕込みだったっていうことさ」



 椅子にもたれながら、ふう……と息をつき、俺の方を向いて、



「この子機の大元はどうなっているんだい?」


「えっと…………、機体自体は破壊しました。一応本体の晶石は確保しています」



 俺の答えを聞いた瞬間、ボノフさんはじっと目を瞑り、しばらくの間黙り込んだ。


 まるで彫像にでもなったように微動だにしない様子に、俺の方が気になり、恐る恐る声をかける。



「えっと……………、ボノフさん?」


「…………ああ、すまないね…………、なら、安心だ。レッドオーダーから貰ったモノならロクでもないことにしかならないからね」


「…………ああ、なるほど、怖いですね。トラップが仕掛けられていたとしたら……………」



 人間を人間と思わないレッドオーダーだ。

 面白半分にそんな仕掛けをしていても不思議ではない。



「他にも自分の腕や足なんかに埋め込まれているパターンがあるね。時には首とか頭とかも…………この場合は本体の晶石が頭部以外の所にあるのさ」


「それは…………ヤバい」



 首を刎ねて、『取ったどー!』ってやってたら後ろから刺されるパターンか。

 倒したと思っても油断できないなあ。 


 そういえば、緋王ロキがそうだったな。

 首を刎ねても、平然と首だけで飛び回り、本体は目玉ネズミの方だった。

 あの首の方にはその『子機』が埋め込まれていたんだろうな。



「さらに超高位機種の中には、晶石を自分の亜空間倉庫内に隠しているケースがあるよ。『子機』を頭部に入れて、亜空間倉庫内から操作してね」



 それ、今回のパターンだ。

 ベリアルも言っていたが、今後はそういった場合の対策も考えておかないと………

 

 ただ真正面からでは倒せないケースも出てくるであろう。

 そして、決して倒しただけでは安心してはいけない。



 全く、この世界の敵は一筋縄ではいかない奴等ばっかりだ。

 

 ギュッと眉を顰めて考え込む。



 聞けば聞くほどレッドオーダーの超高位機種の厄介さが鮮明になってくる。

 この様子だとまだまだ俺の知らない脅威が潜んでいそうだ。

 もっともっと戦力を整えないと…………



 更なる戦力増強を心に刻んでから、この『子機』の使い道について、ボノフさんに問う。



「…………ボノフさん。これの使い道って何かありますか?」


「そうだねえ…………、秤屋には提出しないんだろ」


「はい。できれば改造や強化の方向で役立てたいなと…………」


「なら、この辺境では難しいね。せめて中央のそれなりの街に行かないと。この街の藍染屋には、この晶石を染め直すだけの出力のある機器が置いていないんだよ」


「そうですか…………、では、中央にいけば…………」


「本体とセットで使うなら、黄式晶脳器に変えてしまうと言う方法があるね。親機と子機の間はどれだけ離れても繋がっているから、色々と役に立つはずだよ。もし、子機だけを使うつもりなら、一度無色にしてから従属させている機械種の晶石と同調させることもできる」


「それは便利そう………」



 意外と使い道は多そうだ。


 何せ元は守護者の晶石。

 黄式晶脳器にするなら一つの都市を丸ごと管理できるだろうし、子機を配置して出城だって用意できる。

 

 また、子機だけをメンバー達の晶石と同調させるなら、白兎と廻斗のような通信機として利用が可能。

 

 さてさて、一体どのように使うのが一番役に立ちそうか…………




「ヒロ」


「………あ、はい」



 考え込んでいた俺に、ボノフさんは優しい笑みを浮かべながら近づいてきて、



「これをあげよう」


「え?」



 と言いながら突然渡してきたのは、緑色をした六角形の平べったい石、機械種のスキルを封入した翠石。



「これは…………」



 思わず掌で受け取り、顔を上げてボノフさんに尋ねると、



「『現象制御(上級)』の翠石さ。昔、研究用で集めていた時があってね。全くの偶然で手に入った非常に珍しいスキルなんだよ」


「『現象制御』………」


 

 確かベリアルが言っていた、神人型や神獣型が持つと言う、世界法則を改変するスキル。

 5年も中央で猟兵生活をしていた俺でも聞いたことが無い超希少なスキルのはず。

 しかも、上級となれば、一体どれくらいの値が付くか………

 


「こ、こんな貴重なモノ、いただけませんよ!」


「いいってことさ。多分この翠石はヒロに渡す為に、ずっと保管していたモノなんだよ。今のアタシに渡すことができて、ヒロに役に立ちそうなモノってこれぐらいだからね」


「いやいやいやっ! 理由も無く、お高いモノを貰うなんて………」


「ヒロ……………」



 まるで聞き分けの無い子供をあやすような口調でボノフさんは語り掛ける。



「アンタは普通の狩人じゃない。きっと大きなことをする為にこの街に来てくれたんだと思う。だからこれをこの街を代表してアタシが渡すのさ。ぜひ受け取っておくれ」


「そんな…………」


「ヒロが目立ちたくないというのは良く分かる。でも、それじゃあ、ヒロが頑張ったことに対して、見返りがあまりにも少ないじゃないか。だからこれはその埋め合わせなんだよ。これくらいしかできなくて申し訳ないけどね」


「…………………」



 返す言葉が見つからずに黙り込む。

 納得したのではなく、手の平におかれた翠石に『宝貝の気配』を感じたからだ。


 この翠石は仙力を注ぎ込むことで宝貝化することができる。


 これは非常に貴重なスキルを封入した翠石という価値だけではない。


 俺が喉から手が出るほど欲しいと望む、宝貝の材料となる存在。




 ならば、これは絶対に俺が受け取らねば…………




 先ほどまでは、断固として受け取らない態度を示していたのにもかかわらず、


 モノの価値が高まれば、卑しくも信条をひっくり返して手に入れたいと望む。


 全く俺と言う人間は、なんと浅ましいのであろうか…………



「…………分かりました。ありがたく頂戴します」


「あいよ。役に立てておくれ。本当はヒロの持ちこんでくる依頼も無料してやりたいところだけど…………こっちは数年に一度、色々と細かい所まで監査が入るんでね。基準より安くし過ぎると、アタシばかりかヒロにまで迷惑をかけてしまうかもしれない」



 まあ、それは分かる。

 藍染屋とその後ろにいる三色の学会はこの世界において、白の教会の次に権力を持つ集団と言える。

 故に狩人や猟兵がその武力を以って藍染屋に対し、不当な値引き要請を行っていないかどうかを見張っているのだ。

 

 今回依頼した緋王の腕をヨシツネに装着する作業も、俺が超希少な部材を持ち込み、実際の作業は俺が貸し出した白兎と胡狛が行うという建前だからこそ。

 

 いつもいつも、ボノフさんは俺に気を遣ってくれている。

 本当に頭が上がらない人だ。


 

「いえ、これで十分ですよ。ボノフさんのご厚意、感謝します」



 この街では出会いに恵まれたな。


 ボノフさん、ガミンさん、ミエリさん、教官、アルス、ハザン………


 皆、良い人ばっかりだ。

 

 そんなことを考えながら、この暖かくて優しい藍染屋に向かって頭を下げた。

 






※主人公がこの街は良い人ばかりと感じるのは、力を示し、ある程度身分を整える  ことができたからです。


そして、この街の上澄みが集まる白翼協商に所属てきたことが大きいでしょう。


蓮花会に所属していれば、多数の女の中に男1人というギスギスした人間関係に悩まされ、


鉄杭団であれば、主人公の大嫌いな体育会系+脳筋連中に囲まれ、勝負を挑み続けられて辟易、


征海連合だと、派閥の足の引っ張り合いや陰謀に巻き込まれて、


タウール商会に入っていれば、裏社会の連中とドンパチを繰り返す羽目になっていました。


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