第548話 緋王


 褒美の授与とメイド3機の紹介と白兎草騒動があった翌日。


 お昼前にガレージを出て街中へと移動。


 向かうは藍染屋であるボノフさんのお店。


 随員は、白兎、ヨシツネ、天琉、秘彗、剣雷、胡狛の6機。


 ヨシツネは姿を消してもらっており、天琉はいつものフードを深めに被ったカタツムリスタイルだから、子供としか見られない。

 また、白兎は見た目ただの機械種ラビットだし、明らかに非戦闘タイプの胡狛は抑止力があるとは言えない。


 故に目に見える俺の護衛は秘彗と剣雷だけだが、ともにストロングタイプとはっきりわかる仕様。

 ストロングタイプの前衛と後衛が揃った陣形で襲ってくる奴などいるはずもない。

 

 やや遠巻きに唖然とした視線を集めながら、俺達は街の中を進んで行く。

 


 

「ボノフさんのお店に行くの、なんか久しぶりのような気がするな」


「そうですね、前回は遠征に出る2日前でしたから、ちょうど4週間前になります」


「なんやかんやで1ヶ月近くかかっていたんだな。そりゃあ久しぶりと感じるわけだ」



 秘彗とのやり取りで時間の流れを実感。

 俺にとってはあっという間の暴竜討伐であったが、具体的な日数を言われると、改めて遠征の難しさを考えさせられてしまう。


 元々2週間少しで戻るはずが、予想外の展開が続いたため、伸び伸びとなってしまった。

 目的地が遠ければ遠いほど、スケジュール通りに行かないこともあるのだから、今後、遠出する時は気を付けなくてはいけない。



「先に秤屋へ物を収めていて正解だったなあ。後に回してたら『不可』がついていたかもしれん」



 中央へと向かう為の切符を得るためには、毎月コンスタントに獲物を提出しなければならない。

 そうした秤屋との契約上、たった1月でも成果物の提出が3万M未満となると、その月の成績は『不可』となり、今まで貯めたポイントが激減してしまう。

 最短で中央を目指す俺にとっては非常に大きな躓きになっていたであろう。



「とりあえず、今日はボノフさんのお店に寄ってから…………、秤屋と教官に報告を………」



 一応、秤屋にはすでに帰ってきたことは伝えてある。

 街に到着したその日に、森羅に走ってもらってメッセージを届けた。


 しかし、自分の口で無事帰ってきたことを伝えるためにも、一度秤屋には寄らねばなるまい。

 今回の遠征で手に入れたモノを秤屋に提出するつもりは無いから、全くの手ぶらになってしまうが…………

 


「ますたー! 着いたよ、おばちゃんち!」



 天琉が舌足らずな声で俺に報告。


 いつの間にか、ボノフさんのお店まで到着していたようだ。



「コラ、天琉! おばちゃんじゃない!」


「あい? …………おばあちゃん?」


「ボノフさんだ!」


「あ~い~!!!」



 天琉の頭を拳でグリグリ。


 何のスキルを入れようとも、コイツの性格だけは変わらない。

 礼法のスキルを入れようとも使おうとしないのだからタチが悪い。



「いいか、ボノフさんには世話になっているんだから、失礼な真似はするんじゃないぞ! 特に胸を揉むのは禁止!」


「あいっ! てんる、失礼な真似はしないし、お胸も揉まない!」


「よし! いい子だ」


「えへへへ」



 俺に頭を撫でられて、天琉はほっぺを突きたくなるくらいの満面の笑顔。

 本当にコイツだけはいつまで経っても子供のまま。



「さて、ボノフさんは…………」



 入り口にいる門番の機械種オークに挨拶をして中に入らせてもらう。



「おや、ヒロかい? 遠征から戻ってきたんだね」



 事務所の中に入ると、椅子に座っていたボノフさんが立ち上がって俺達を迎えてくれる。



「ハクトにテンル、ヒスイに、ケン………ライの方だね」



 一緒に入ってくるメンバーを見ながら名前を列挙。

 


「よく剣風と剣雷を見分けられますね。一応区別できるように兜に名前を彫っているんですが………そこからでは見えないですよね?」


「あははははっ、まあ、その辺は藍染屋の勘だね。特に自分で触った機種はなかなか見間違えたりしないよ」



 剣風も剣雷も同じ機械種パラディンだ。

 装甲もほとんど同じで見分けがつきにくい。

 異なるのは俺が授与した武装なのだが、普段は亜空間倉庫に収納している為、当然ながら武器を構えていないと分からない。

 だから兜の横に『風』と『雷』の漢字を彫ったのだが、これも字が小さくて見えにくい。

 

 まあ、付き合いが長くなるとなんとなく挙動が異なるように見えるから、最近は区別できるようになってきたのだが…………


 ボノフさんがブルーオーダー後の剣風、剣雷を見たのはたった1度。

 紅姫アラクネ戦で傷ついた2機を修理に出した時のみ。

 たったそれだけで見分けることができるのだから、流石はベテランの藍染屋と言える。



「そして、その子が機械種トラッパーミストレスと機械種マシンテクニカのダブルかい?」


「はい、お初にお目にかかります。マスターよりコハクの名を授けられております」



 整備服を着た少女が落ち着いた所作で一礼。

 今回、初めてボノフさんのお店へと連れてきた胡狛。


 表面的には平静に見えるが、青い目の光が一層輝きを増している。

 腕利きの藍染屋であるボノフさんと邂逅に少々興奮している様子が見受けられる。



「フウン………、なるほど、べースは罠師系の方だね?」


「…………良くお分かりで」


「そりゃあ、機械種マシンテクニカの女性型なんて聞いたことも無い。それに……………、随分と前のマスターは入れ込んだようだね。まさかストロングタイプまで…………」


「ボノフ様も一目見ただけで、そこまで見抜かれますか………、本当にこの街の藍染屋は侮れない…………」



 ボノフさんの発言に驚いた様子の胡狛。



「私よりもずっと良い腕をお持ちのようですね。こんな辺境で出会えたのは奇跡みたいです」


「あははははっ、そんなに褒められても何も出ないよ」


「ぜひ、作業を拝見させてください! 私の腕を越える藍染屋とは中央でもなかなか出会えませんから………」


「いいよ。時間があるならいつでもおいで。その代わり作業を手伝ってもらうからね」


「ありがとうございます! 一緒に作業できるなんて光栄です!」



 トントン拍子で進むボノフさんと胡狛とのやり取り。

 同じ整備の腕を持つ同士、分かり合えるのが早い。




 ピョンピョンッ!


「あい!あい!」



 胡狛とのやり取りが一段落したところで、白兎と天琉が早速ボノフさんへ駆け寄っていく。

 


 ピコッ!ピコッ!


「あ~い~!」


「ハクトにテンル、久しぶりだね。怪我なんかしていないかい?」


 パタパタッ!


「あい! 全然大丈夫だよ! おば……………ぼ、ぼ、ぼ……のふさん?」


「おや? ……………アタシの名前が言いにくいのなら、おばちゃんでいいよ」


「あ~い~…………」



 クルッと俺の方を振り返る天琉。

 マスターである俺の命令と相反するから確認を求めてくる。



「はあ…………、ボノフさんがこういってくれているんだ。『おばちゃん』でいいぞ」


「あいっ! おばちゃん!」


「はいはい、よしよし………」



 ボノフさんに甘やかされる天琉。

 そして、ボノフさんは完全に孫に甘い祖母だ。

 天琉がお願いすればお小遣いでもくれそう。



「んん? ……………ヒロ。テンルはもしかして…………」



 天琉の頭を撫でていたボノフさんが驚いた表情を浮かべ、その手が止まる。

 目を大きく見開き、信じられないモノを見たような顔。



 まあ、分かるよなあ…………


 事前に想像していた通りの反応を示してくれたボノフさんに向かい、答えを口にする。



「はい、天琉はランクアップして、機械種ドミニオンとなりました」


「あい! テンルはどみにおん!」



 絶対に主天使ドミニオンはしないであろうアホっぽい笑顔で申告する天琉。


 しかも微妙にイントネーションが違う。

 もう天琉は『機械種ドミニオン』ではなく、『機械種どみにおん』でいいかもしれない。



「へえ………、まさかまさか、天使型の最高位機種とはねえ………、全然そうは見えない」



 天琉の無邪気な態度にボノフさんも呆れ顔。

 この天真爛漫なお子様が、かつて中央で猛威を振るった天使の軍団による蹂躙『エンジェルストライク』を率いた同じ機種とは思えない。



「ボノフさん、ランクアップしたのは天琉だけではありませんよ。こちらの秘彗も………」


 

 後ろに控えていた秘彗を前に出させ、報告させる。


 

「この度、マスターからご配慮いただき、機械種メイガスの職業を追加いたしまして、ストロングタイプのダブルとなりました!」



 ピシッと直立して、誇らしげにボノフさんへと胸を張る秘彗。

 紫色の髪に一房の金色の髪が微かに揺れる。



「これもボノフさんが色々と私の強化改造を行ってくれたおかげです。ありがとうございました!」



 サっとローブの先を抓んで一礼を行う秘彗。


 その姿は舞台で表彰される女生徒のような雰囲気。

 ダブルになる前、少し弱気になっていた姿などもうどこにもない。 



 凛々しくも可愛らしい秘彗の仕草に、ボノフさんは微笑ましいモノを見るような様子で驚いてみせる。



「それは凄い! 魔術師系を2つ合わせたピュア(純)ダブルとはねえ………、やっぱり特化型が強いのは間違いないから、ヒロの選択は間違っていないよ。前衛+後衛みたいなハイブリッド(混在)ダブルは対応力は高まるけど、色々と中途半端になってしまうからね」


「まあ、それしか選択肢が出てこなかったので…………、と言いますか、ここで機械種メイガスの晶石合成を行ったことって、このことに何か関係ありますか?」



 この質問がボノフさんのお店に来た用件のうちの1つ。

 

 すでに打神鞭の占いにて、その答えは『関係がある』と出ているが、やはりきちんとボノフさんに聞いておかねばならない。


 俺のチームの戦力を増やす一番の近道は、8体に増えたストロングタイプ達をダブルやトリプルにすることだ。


 その為に晶石合成が必要なのであれば、俺の目的にストロングタイプの晶石を集めるという項目が増えることになるだろう。



 俺の質問に対し、ボノフさんは少しだけ相好を崩しながら答えてくれる。



「ああ、そうさ。晶石合成を行った職業が候補に現れるんだよ」


「やっぱり…………」


「もっと少しずつ教えていくことなんだけどね。まさか最初の晶石合成を行ってから2ヶ月程度で、もうダブルにできるまで経験値を貯めてくるとは思わなかったさ」



 若干呆れ顔のボノフさん。

 少々疲れたような声で説明を続けてくれる。

 


「普通は何度も何度も晶石合成を行って経験値を貯めていくものなんだよ。テンルも、ヒスイもあっという間にランクアップするなんて………、一体何を倒したら、ここまで経験値が貯まるのだろうね?」


「ううっ…………」


 

 まさか、何百何千のスカイフローター達を殲滅し、その主である空の守護者を倒してきましたとは言えないな。

 


 通常のストロングタイプがダブルになる為の経験値は膨大という。

 それこそ5年、10年と戦場を巡り、幾多の敵を打ち倒した上で到達する位階。

 まさかたった1回の遠征でダブルになるまでの経験値が貯まるなんて、なかなかあるものじゃない。

 


「色々とありまして…………」


「まあ、いいけどね。………でも、ヒスイだけじゃなくて、ケンライ達も早くダブルにしてやりなよ。同じ戦場を潜り抜けたんだったら、晶石合成さえ行えばダブルになれるかもしれないよ」


「もちろん、そのつもりです。ストロングタイプの晶石を手に入れたら、またお願いします!」


 コクッ



 ボノフさんへと頭を下げる俺と剣雷。


 ボノフさんの言う通り、剣雷達もすでにダブルになるだけの経験値は貯まっているはず。

 あとは追加したいと思う職業のストロングタイプの晶石を手に入れるだけ。

 

 そうすればボノフさんの所で晶石合成を行い、あの城の遺跡へ直行すれば、ストロングタイプのダブルを増やすことができる。




 これで俺の知りたいことの1つは片付いた。

 さて、残り3つについて聞いてみないと…………



「えっと………、ボノフさん。実は今回の遠征の成果はそれだけではなくてですね…………」


「おやおや? まだまだ手土産があるのかい? ヒロのことだ。きっとアタシをビックリさせてくれるんだろうね?」


「そうですね、では……………ヨシツネ!」


「ハッ!」



 藍染屋の事務所内にフッと現れる群青色の武者姿。

 

 我が『悠久の刃』の従属機械種次席、レジェンドタイプのヨシツネ。

 


「お久しぶりでございます。ボノフ殿」


「!!!」



 左腕を失ったヨシツネを見てボノフさんは絶句。

 痛ましいモノを見るような目で断ち切られた部分を凝視。



「…………その左腕はどうしたんだい?」


「それについては、まずこちらを見てくれますか? 秘彗!」


「はい、マスター」



 秘彗に命令して、亜空間倉庫に入れていたモノを取り出してもらう。


 それは紛れもなく断ち切られた人間の左腕………のように見えるモノ。


 

「ひっ! ……………いや、これは機械種の腕? でも、切断面以外はまるで人間の腕そのもの…………」



 秘彗が取り出した左腕を見て、小さく悲鳴を上げるも、直ちに機械種の腕と見抜き、じっと近寄って眺めるボノフさん。


 しばらくして、ボノフさんの顔に信じられないモノを目にしたような表情が浮かび、



「まさか、これは……………」


「はい、おそらくご想像の通りです。ヨシツネの左腕はコイツとの戦闘で失われまして………」


「………………本体は?」


「とても確保できる余裕も無く………消し飛ばしました」



 空の守護者、機械種テュポーンの機内にいた緋王クロノス。

 激戦の末、白兎と瀝泉槍の合体技による『白飛天槌』によって倒すことができた。


 『空間』と『時』の複合属性による一撃だ。

 空間によって引き裂かれ、時間によって磨り潰された。

 この世から完全に消し去ったと言えるだろう。


 そして、残ったのは、先にヨシツネの『髪切』で切り飛ばされていたこの左腕1本だけ。



「そうか…………、ヒロは緋王を倒したんだね?」


「はい」



 擦れたような声でボノフさんは質問。


 俺はそれに嘘をつくことなく正直に答えた。



「……………ということは、ヒロは緋王か朱妃を従属させている?」


「はい」



 これも正直に答えた。

 

 何の事前情報も無しならボノフさんの問いに答えられなかったかもしれない。

 しかし、打神鞭の占いにより、ボノフさんに『緋王の腕』を見せても問題が無いという結果を俺は知っている。


 『緋王の腕』を見せれば、緋王を倒したことは明白であり、緋王を倒すには緋王、もしくは、朱妃の力を借りたと考えるのが普通。


 あえて恍けたり、誤魔化したりすることもできたが、いくら何でもずっと世話になってきたボノフさんに対してその対応は不誠実。


 だから躊躇いなく頷いた。

 

 だが、相手がボノフさんでなければ、たとえ打神鞭の占いで問題が無いと出ていても、正直に答えるのは躊躇したかもしれない。

 でも、これまでのボノフさんの対応を見るに、この人は間違いなく信用できる。

 疑り深い俺であっても、そう断言するくらいにずっと誠実に対応してくれた。


 故に俺が抱える秘密の1つを開示することに決めたのだ。 



 それに…………、俺が抱える秘密の中で、元緋王の魔王型ベリアルを従属させていることについては、白の教会には絶対に明かすことはできないが、ボノフさんであればギリギリ許容範囲内。


 俺が絶対に明かせない最高機密は、俺の身体自体の異常性。


 通常の攻撃では傷つかない体。

 無限の体力に底の見えない筋力。

 飲食不要、且つ、排泄不要。

 さらには不老であること。


 これ等のことは、たとえどのような状況になろうと明かせるモノではない。

 仲良くなったからとか、恋人関係になったとかでも打ち明けることができないモノ。


 普通に打ち明けてもなかなか信じてもらえないような話だが、万が一、この情報が公になると、確実に俺は追われる身となる。

 俺も簡単に捕まる気は無いが、俺を追おうという連中はあらゆる手段を持って追い詰めてくるであろう。


 それは俺が関わった人達まで巻き込む騒動となる。

 絶対に避けなくてはならない最悪の展開。



 次に、俺が使用できる不可思議な仙術の数々や宝貝達。

 また、これに類する、現代物資召喚。

 この世界の仕組みでは説明できない現象を引き起こす奇跡の類。


 色々と誤魔化す手段があるものの、完全にバレてしまえば上記と似たような展開になるはず。


 逆に未来視や謎の違和感は俺の内だけで完結しているから、よほどヘマをしない限り外にバレようもない。

 さらには、この世界には感応士というエスパーがいるから、いくらでも言い訳することができる。




 まあ、ボノフさんになら、ベリアルのことまでは明かしても構わないか。

 逆に知ってもらうことで、色々と質問をすることができるし…………



 結局、そのような結論を出し、ボノフさんへの限定的な情報開示を行うことにした。



 そして、その結果は……………


 


「ヒロは『白き鐘を打ち鳴らす者』について、どれだけ知っているんだい?」



 うわっ! 

 出てきた。

 俺があまり耳にしたくな不穏なワード。

 

 だけど問われた以上、答えるべきだろう。



「赤の帝国の首都に眠る白き鐘を打ち鳴らし、レッドオーダーの世を終わらせる、人類の救世主のこと…………ですよね」


「そうだね。世間的にはそう言われているね。じゃあ、それはどのような人物だと思う?」


「そりゃあ…………、レッドオーダー達が犇めく赤の帝国の首都に乗り込んで、白き鐘を打ち鳴らせるような超強い人じゃないですか?」


「では、常識的に考えて、そんなことをできる人間がいると思うかい?」



 ボノフさんの質問に、一瞬俺なら………と考えてしまうが、暴竜戦で戦った緋王クロノスレベルの敵が複数と出てくるかもしれないことを考えると『不可能』と断じざるを得ない。


 下手をしたら緋王や朱妃が何十機現れてきてもおかしくないのだ。

 おまけに赭娼や橙伯、紅姫や臙公が雑魚敵みたいな感じでワラワラ登場してくることも考えられれる。

 四方八方から空間攻撃を連打されるなんて想像もしたくない。


 

「いないと思います。俺のチームは中央の超一流狩人チームにも引けを取らない戦力を保有していると自負していますが、それでも緋王に勝てたことは奇跡みたいなモノです。あのレベルの敵がわんさか出てくるなら、真正面からの突入なんて誰にもできませんよ」

 

「真正面からの突入は誰にもできない………、ヒロは良い所を突いてくるね」



 俺の答えに満足そうな表情を見せるボノフさん。



「赤の帝国の出城でしかない『砦』や『城』ですら、人類の手には余るって言うのに、その本拠地に手が出せるわけがない。だから、人類側の上層部はこう考えた。白き鐘を鳴らす為に赤の帝国の首都に侵入するにしても、真正面からの突入ではなく、こっそりと裏口から忍び込むしかない………と」


「……………まあ、そうでしょうね」



 ボノフさんとのこのやり取りで俺の脳裏に浮かぶのは、未来視で白月さんルートを見た後に行った打神鞭の占いの結果の1つ。

 俺達の敵であった鐘守の筆頭である白陽の過去。


 白陽は自身が主と仰ぐ『打ち手』と共に、レジェンドタイプやミソロジータイプを率いて赤の帝国の首都に忍び込んだ。

 数々の白の遺跡を巡り、その奥に眠る白式晶脳器から情報を引き出し、隠し通路とも言える赤の帝国の首都内部へ侵入する道を見つけたのだ。


 そして、運良くレッドオーダーに遭遇することなく順調に進み………白き鐘を発見したと思われた瞬間、白陽は裏切ってその主を殺害。

 鐘守の裏の目的である『白き鐘』を打ち鳴らせまいとする為に。



「その…………こっそり忍び込める者が『白き鐘を打ち鳴らす者』ということですか?」


「まあ、間違っちゃいないけど………、正確には、赤の帝国の首都に少数精鋭で忍び込める陣容と整えている………ってとこだね。即ち、超重量級や重量級ではなく、目立たない中量級以下の最高戦力…………緋王や朱妃を複数従属させている人間だと言われているんだよ」


「なるほど…………」



 俺が見た打神鞭の占いの映像では、特に敵に見つかることなく白き鐘まで辿り着けたみたいだけど、もし、運悪く敵と遭遇するなら少数精鋭で対処するしかない。

 であれば中量級以下で最強の機械種を連れて行くしかない。

 

 つまり、元緋王か元朱妃のミソロジータイプを。


 

「『白き鐘を打ち鳴らす者』は緋王や朱妃を複数従属させている…………か。あ…………、俺は1機だけですよ!」



 一応、仲間にするかもしれない候補として、緋王ロキは壊したまま七宝袋に収納している。

 いずれ五色石を使って修理するつもりなのだが、如何せん、ブルーオーダーする為の蒼石1級が手元に無く、あるのは1ランク下の準1級のみ。


 このレベルの機種に対し、3割の悪魔に挑戦するのは怖すぎる。

 バッツ君に依頼するにしても、流石に準1級を緋王へ試せとはお願いしづらい。



「分かっているさ。未だかつて緋王や朱妃を複数従属した人間なんて聞いたことがないよ。好き嫌いの激しい奴等だから、相性がピッタリ合うのも難しいんだろうね」


「相性? それ、何の関係があるんです?」



 相性が良かろうが悪かろうが、倒してブルーオーダーしてしまえば一緒だろうに。


 しかし、俺の疑問に対し、ボノフさんは訝し気な顔で返してくる。



「何を言っているんだい? ヒロも向こうから仲間にしてほしいって言ってきたんだろう? 1機に気に入られたからといって、他の緋王や朱妃がヒロを気に入るとは限らない…………というか、複数の緋王や朱妃に気に入られるなんて奇跡に近い確率だよ」



 ………あれ?

 『仲間にしてほしいって言ってきた』?

 何か随分と情報がズレているような気が…………

 

 そういえば、『紅姫』や『臙公』といった色付きが人間相手に降伏したケースがあるとユティアさんが言っていたな。

 ということは、緋王や朱妃も人間に投降してくるケースがあるということ…………


 

 いや、この場合は……………




 思考が加速し、ボノフさんとの会話中にも関わらず、ただひたすら考察に没頭、緋王等の情報を頭の中でまとめていく。

 


 俺の場合、橙伯であった浮楽が白兎にボコられてあっさり降伏してきたから、『赭娼』や『橙伯』、『紅姫』や『臙公』が人間に投降するということを、あまり違和感なく受け入れていた。


 しかし、これ等『色付き』は人間など歯牙にもかけない超高位機種。

 超一流の狩人であっても決して油断できない相手。


 俺のようにボコってから降伏させるのは、なかなかに難易度が高い。

 どちらかというと、戦闘中に人間の力量を認め、仲間になってやると申し出たという方が分かりやすい。


 『降伏してきた』とか、『投降した』とかは、あくまで人間側の主張なのだから。

 

 つまり、『色付き』は挑んできた人間に対し、まずその人物を見極めてきて、気に入れば仲間になる場合があるということではないだろうか?


 それを裏付けるように、以前教官が言っていた『レッドオーダーの超高位機種は、自機の強大さを見せつけ、人間を試そうとすることがある』という情報がある。

 

 また、実際に緋王クロノスは攻め込んできた俺達を試そうとしているような素振りが何度も見えた。


 それにかなり昔へと遡るが、行き止まりの街のダンジョン最奥にて、朱妃である西王母も最初はお遊びのような試し方をしてきたように思う。

 当時はそんなことを考える余裕も無かったが、強大な朱妃の能力を考えれば俺にぶつけてきた攻撃は悪戯程度の小規模なモノであった。


 さらにはその後に遭遇した『緋王バルドル』や『緋王ロキ』についても。

 

 僅かな挙動で街一つ壊滅させることができる最高位機種にしては、敵に対して温すぎる対応。

 こちらを矮小な人間だと侮っているにしても、頭脳明晰であろうはずの神人型にしてはお粗末すぎる。


 相手が敵なのであれば体勢が整わぬうちに全力で仕留めれば良いのだ。

 奇襲なり、遠距離からの範囲攻撃なり…………

 

 

 ひょっとして、『色付き』は人間相手に最初から全力を出せない仕組みにでもなっているのであろうか?

 もしかして、自分が気に入る人間であるのかどうかを観察している?

 それで自分と相性が良いと感じたら、仲間になりたいと申し出てくるとか?


 ならば、緋王や朱妃の不可解な行動も理解ができる。


 未踏破区域の超重量級紅姫2機はなぜか全力で俺達を殺しに来たけど………


 ……………………

 


 う~ん…………やはり情報が少なすぎる。

 ここで結論を出す必要はないし、後で打神鞭で占えば分かることだ。

 考察については後回しにしよう。



 さて、ボノフさんに対しては何と答えるか…………


 ボノフさんの言からは、緋王や朱妃を従属させている=気に入られて仲間になったという数式が世間一般の常識なのであろう。

 俺のように倒して仲間にできるようなレベルの存在ではないということだ。


 確かにベリアルやクロノスの戦闘力を見るに、レジェンドタイプを1、2機従属させていても歯が立たない。

 流石に4,5機集めれば対抗できるだろうが、レジェンドタイプとて伝説と謳われる機種なのだ。現実的な話ではない。

 

 さらに言えば、倒したからと言って必ず仲間にできるとは限らない。

 現に緋王クロノスは俺があれだけの戦力を揃えていてもギリギリの勝負となり、その機体をほぼ完全に破壊せざるを得なかったのだから。

 倍以上の戦力を用意しなければ、その機体を破壊せずに確保なんてできる余裕なんてあるわけがない。


 ならば俺もベリアルに気に入られて仲間にしたことにしておくか。 

 本当は封印を解いてあげたのにも関わらず、そんなの関係ねえ! とばかりに核攻撃を喰らったのだけど。

 

 まあ、ここはボノフさんには話を合わせて…………


 

「なるほど、相性ですか…………、そう言われるとそんな気も………」


「緋王や朱妃に気に入られるのは、橙伯や赭娼、臙公や紅姫よりもさらに稀だと言うね。そういう意味ではヒロは英雄となる定めの元にいるのかもしれないね」


「英雄……………、先ほどの話に戻りますが、その……緋王や朱妃を複数従属させていると『白き鐘を打ち鳴らす者』と認定されてしまうのでしょうか?」


「中央の学説ではそう言われているね。複数の緋王、朱妃を従える器量をもった英雄こそが『白き鐘を打ち鳴らす者』だと。そして、複数の緋王、朱妃を従えているということは、さらに従属させる緋王や朱妃を増やすことができるということ………」


「??? どういうことです?」


「敵が緋王や朱妃1機だけなら、その英雄は倍以上の戦力を保有しているんだよ。それだけの戦力差があれば、敵を破壊せずに機体を確保できる可能性があるということさ」


「あ……………」



 なるほど、そういうことか!


 この世界の人類VSレッドオーダーとの闘いは、人類側にとってはある意味将棋に似ている。

 倒した敵をそのまま取り込んで仲間にすることができるからだ。


 しかし、将棋と違う所は、倒したとしても確実に仲間にできないこと。


 敵の機体を損傷が少ない状態で確保しなければならず、その為には何らかの策を講じるか、相手の倍以上の戦力を用意する必要がある。


 相手の倍以上の戦力、つまり、緋王や朱妃が2機以上手元にあれば、相手が同格でも1機だけなら破損が少ない状態で倒せる可能性が高くなる。

 あとは蒼石1級、若しくは準1級さえ用意できれば、従属させることができる。


 そして、ある一定以上の戦力が確保できると、その先はワンサイドゲームになる要素を秘めている。

 敵戦力を取り込んでいくことで、こちらはドンドンと戦力を増強していけるからだ。

 まるで戦国シミュレーションゲームの終盤戦のように。

 敵武将を丸ごと引き抜いて自軍の戦力に加えるみたいなモノ。

 

 ただし、際限なく戦力を増やしていけるわけではない。

 機械種使いにも従属限界と言う枷はあるのだ。


 そして、その部分を補えるのが感応士。

 機械種使いよりも遥かに容量が多く、従属範囲でも何千倍もの広さを持つこの世界の超能力者。

 戦力を増やし続ければ、必ずどこかで仲間にしなくてはならなくなる存在。

 



 その最高峰とも呼べる者達が…………『鐘守』。

 最高レベルの感応士としての能力と、天上の美貌を備えた英雄の介添え人。

 一見、英雄となった狩人に従順に従うパートナー。

 

 しかし、その正体は……………



 ふいに立ち眩みがして、グラリと身体が揺れそうになった。


 

 なんだよ……………

 力を求めて、行きつく先が鐘守を仲間にすることで…………

 鐘守を仲間にすれば、彼女達は最後の最後で裏切って殺しに来る。


 どうあがいても袋小路。

 ゴールなんて辿り着くわけがない。

 これを一体何百年続けてきたのか…………

  


 ここまで緻密に組まれたこの世界のシステムに、流石にショックを隠し切れない。


 

「ヒロ! 大丈夫かい?」


「…………いえ、ちょっとぼーっとしてしまって………」


「未来の英雄様もお疲れ気味だね。少しお茶でも飲むかい?」


「はい………、いただきます」



 ボノフさんに促されるまま大人しく椅子に座る。


 白兎達の心配げな視線を背中に受けながら、ボノフさんが淹れてくれるお茶を待つことにした。




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