第536話 遺跡



「到着!」


 ピョンッ!



 潜水艇のリビングルームの中で響く、俺の到着宣言と白兎が跳ねた音。


 朝日が昇り始めてから出発。

 白露達と合流した地点から車で向かうこと約4時間。


 リビングルームのモニターに2階建てくらいの建物が1件映し出されている。

 

 それは木々が生い茂る中にあり、偶然に頼った探索で見つけることは非常に困難であっただろう場所。

 しかし、地図情報のデータがあるなら捜索は容易。

 精々、道なき道を進むのに、メンバー達が森を裂いて道を切り開いた労力くらい。



 この世界における狩人の大きな目標の1つ。

 見つけさえすれば、一つの人生のゴールを達成したとも言われる存在。

 俺達はお宝の山が眠る『未発見の白の遺跡』に辿り着いたのだ。


 

「これが…………未発見の白の遺跡。本当に誰も手をつけていないんですね」



 俺と同じく椅子に座りながら食い入るようにモニターを眺める白露。



「周りに人が侵入した形跡はありません。間違いなく手つかずの遺跡です」



 ラズリーさんも興味津々といった風情で画面を見やり、



「白露様、いかがですか?」


「ちょっと待ってください……………」



 ラズリーさんに問われて、白露は目を瞑って集中。

 椅子に座ったまま、感応士の術を行使。


 まるで祈りを捧げているかのような神妙な面持ち。

 神職に就く巫女を思わせる神秘的な雰囲気を醸し出す。


 いつもは騒がしくも可愛らしい愛嬌を振り撒く白露も、この時ばかりは近寄ることすら躊躇われる威厳を纏わせる。

 

 人類を導く白の教会の代行者、鐘守。

 

 どれだけ幼くとも、この少女はこの世界でも一握りの異能者なのだ。



「………………あの建物の中に稼働中の機械種はいないようです」


「結構離れているけど、分かるのか?」


「一般の感応士でも50mは感知圏内ですし、一方向だけなら100mは伸ばせます。鐘守であるツユちゃんなら200mは軽いですね。もっと絞れば500mは行けますよ」



 白露からもたらされた情報。

 機械種を察知する感応士が備える異能。

 僅かながら対抗策はあるものの、機械種に対して感応士が絶対的な有利を保つ理由の一つ。


 幻光制御による光学迷彩も、この感応士の感知の前では物の役に立たない。

 隠密に優れるヨシツネや浮楽でも、感応士の目は誤魔化すことができないのだ。


 しかも、かなり低位の感応士であっても、機械種の感知だけはそれなりに使えることが多い。

 故に感応士というだけで職に困らず、高給で金持ちや権力者に雇われることができる。

 良からぬ企みを以って近づく機械種を事前に察知することができるから。

 


 白露が白の遺跡に対して、感知範囲を広げて調べてくれたのは、中に警護中の機械種が居る可能性がある為だ。


 偶に何百年も白の遺跡を守り続けている機械種がいるという。

 白の遺跡はほとんど赤の威令が届かない聖地にあるので、中にいる機械種はレッドオーダーにならず、最初の命令に従っている場合があるのだ。


 このようなケースでは、大抵建物や施設を外部の侵入者から守れと命令を受けていることが多い。

 その為、入ってきた者を追い払おうとしてきたり、時にはいきなり攻撃してくることだってある。


 しかし、白露の感応士の術によってその危険性は極めて低くなった。


 稼働中の機械種であれば、感応士の目を誤魔化せるわけがないから。

 

 即ち、この遺跡には護衛がおらず、宝探しを阻む障害が少ないであろうということ。

 


「ありがとう、白露。これで安心して遺跡に入ることができる」


「スリープしていたり、機械種用保管庫とかに入れられていたら、この距離では分かりませんからね。気をつけてください」


「それはむしろお宝だろ。大歓迎だよ」



 紅姫の巣やダンジョンと違い、比較的危険が少なく、手に入れることのできる成果が大きいのが白の遺跡。

 しかも、感応士である白露が、遺跡を警護している機械種が居ないと調べてくれたのだ。

 

 後は気を付けなくてはならないのは罠ぐらい。

 それも白兎と胡狛を連れて行けば、万が一も在り得ない。




「さあ、お宝探しに行こうか!」



 テンション高めで号令をかける俺。


 未発見ともなれば、正しくお宝が掴みたい放題。


 なにせ白色文明時代のモノと分かれば、コップ1つでもそれなりに良いお値段が付く。

 暴竜戦で消費したマテリアルを補充する為に、ここでとことん稼がせてもらうつもり。



「よし! 俺について来い……………って、どうしたんだ、白露?」



 俺が潜水艇のリビングルームから飛び出そうとしているのに、なぜか白露達は一向に外に出る様子を見せない。

 椅子に座ったまま、ただテーブルに置かれたお茶を嗜んでいる。



「ツユちゃん達のことは気にしないでください。この遺跡を探索する権利はヒロにあるのですから」


「私達はここでお留守番しています。ヒロ様、どうかお気になさらず」


「ええ? 折角お宝が待っているんだぞ。いいのか?」



 2人ともここで待機するつもりのようだ。

 それはそれで俺にとってはありがたいのだが、こんな機会滅多に無いから勿体ないと思うのだけれど。


 しかし、俺の確認に対し、白露は首を横に振りながら、



「鐘守にも鐘守の事情があります。特に一部の発掘品については、見つけてしまうとどうしても所有権を譲れないことがあるんです。ですからここでお茶していることにしました。だからヒロがどんな発掘品を手に入れても、ツユちゃんは知らないことになるんです」


「むむ…………、そうか」



 どうやら白露は俺達に気を使ってくれているようだ。

 白露には鐘守と言う立場もあり、それに反した行動はできないのであろう。

 

 さらに言えば、鐘守は超能力者の集団だ。

 当然、その上層部も超能力者。嘘を見抜くような能力を持つ幹部もいるのだろう。

 白露達が有用な発掘品を見つけてしまい、それを確保せず見逃すような選択をすれば、そのことを見抜かれる可能性がある。

 ならば最初から見なければ良いということなのだろう。



「…………分かったよ。でも、お土産ぐらいいいだろ? 何か良さそうなのを見つけてくるよ。期待して待っておいてくれ」


「ありがとうございます。楽しみにしていますね」



 白露の笑顔に送り出され、白の遺跡の前に集合する俺達。



「ヨシツネ、天琉、廻斗、浮楽、剣雷。お前達はここで待機して白露達の警護をせよ」


「ハッ!」

「あい!」

「キィ!」

「ギギギ!」

 コクッ



「白兎と森羅と秘彗は2階を回れ。毘燭と剣風と胡狛は俺と一緒に1階を探る。価値のありそうなモノは片っ端から亜空間倉庫に放り込め。分類は後で良い」


「危険がありそうな物はできるだけ触れるな。後で調べる。その判断は白兎と秘彗に任せるぞ。こっちは毘燭と胡狛だな」


「とりあえず1時間後にここへ集合だ。そこで一度情報交換を行う。以上!」



 続けざまにメンバー達へ命令を行い、それぞれ割り当てられた場所へと移動。



 俺達の目の前にある白の遺跡はやや小さめ。

 大きさ的には金持ちの別荘という雰囲気。


 中に入れば、その印象が正しかったことを認識できた。



「これは……………、凄いな」



 玄関から入れば、目に入るのは飾り立てられた調度品の数々。

 モコモコした絨毯、天井に吊り下げられたシャンデリア、由緒ありそうな壺や置時計。

 水晶で作られた彫像や、七色に輝くアンティーク風ランプ、水のような素材で作られたソファ、金と銀で飾られたテーブル…………

 

 前回、エンジュ達と探索した白の遺跡は『兵士の駐屯所』といった趣であったが、この遺跡は間違いなく貴人の住居。

 


「空中庭園の城の内装に使えそうだな」


「そうですね、これ等全て白色文明時代の家具やインテリア。格的にもあのお城に飾るにはピッタリです!」



 胡狛もあまりの豪華絢爛さにやや興奮気味。

 やはり女の子的にあの殺風景な城内を良い感じで飾り立てたいのであろう。



「よっしゃ! 絨毯から壁紙まで全部引っぺがして持って行くことにしよう。実際に使うのか、売り飛ばすのかは後で考える」



 全て確保するだけの価値のあるモノだ。

 手に入れる機会を逃すわけにはいかない。


 早速メンバーに対して回収命令。



「毘燭! とにかく目についたモノをガンガン亜空間倉庫に入れろ!」


「ふむ、承知致しましたぞ」


「胡狛! 特殊な能力を持っていそうな品はタグ付けしておいてくれ。後で選別しなきゃならないからな」


「はい、お任せください」


「剣風は力仕事を頼む。毘燭や胡狛の手伝いだ」


 コクッ



 俺も含めた4人が一斉に動いて周りの品々を回収していく。


 机の上に置いてある調度品も、棚の中に仕舞ってある食器も、椅子も、本棚も、カーテンも、クッションも、サイドチェストも、傘立ても、

 果ては、テーブルや箪笥、戸棚、飾ってある銅像や照明器具までも、


 何から何までドンドンと毘燭の亜空間倉庫に取り込ませる。

 一つ一つ手作業であるが4人がかりならそれほど時間はかからない。



 コップ1つが数百M、日本円にして数万円するなら、果たしてこれ等調度品を全て売り払えば幾らぐらいになるのであろうか?


 ただ、こういった白色文明時代の品は、どの分類でも好事家が居て、一度手放すと取り戻すのが非常に難しい。

 絶対に俺が使わないと確信できるなら処分しても良いが、安易に手放すと後悔してもしきれないことになるかもしれない。


 また、こういった住居には不可欠であるマテリアル錬精器も置いてあった。

 

 牛肉系ブロックを作り出す『牛牧場』。

 魚系ブロックを作り出す『生簀』。

 貝系や甲殻類系ブロックを作り出す『底引き網』。

 菓子系ブロックを作り出す『菓子工房』。

 味付けするドロップを作り出す『調味鍋』。

 ワインを作り出す『ワインセラー』。

 調理系ブロックであるチャーハンブロックやギョーザブロックを作り出す『中華飯店』。

 同じくコロッケブロックやシチューブロックを作り出す『洋食屋』。



 俺個人には必要ないが、この世界の人間と付き合っていくなら、必ず用意しておかなくてはならないモノだ。

 売り払っても良いのだが、必要になることがあるかもしれないので、当分の間は持っておくことにしよう。






「これでだいたい入れたかな?」


 

 見回せば豪華に飾られていた部屋は、何から何まで根こそぎ俺達が回収した為、なかなかに酷い有様となった。

 


「残す必要はないからなあ…………、そりゃあ詰め込めるだけ詰め込むだろうよ」 



 最初は毘燭の亜空間倉庫に入れていたが、ある程度の所で入りきらなくなり、途中から七宝袋を使うこととなった。


 どうやら亜空間倉庫は雑に放り込むならそれなりに量が入るのだろうが、互いに接触して破損しないよう保管するとなると、それぞれ少し距離を置く必要がある。

 その為、思った以上に容量を食ってしまった様子。 


 なら最初から七宝袋に入れたら良かったのにと思うかもしれないが、後で何千という細かい品々を取り出すのはそれなりに面倒なのだ。

 何を入れたのかは頭の中に表示される仕様だが、数が多くなると流石にしんどくなる。

 一度にバッと出してしまうと、壊してしまうかもしれないので、取り出す時は慎重にしなければならないから。


 しかし、収納するなら七宝袋に勝る保管庫など存在しない。



「あれだけデカくてかさばるモノも簡単に収納できた…………、やっぱり七宝袋は頼りになる」



 俺が褒めると、少しばかり照れ臭いという反応が七宝袋から返ってくる。

 

 

 もし、俺がもう一度、最初に戻されて冒険を開始することとなり、手持ちの宝貝をどれか一つだけ持ち越せるのだとしたら、その候補はおそらく3つ。


 『七宝袋』

 『打神鞭』

 『杏黄戊己旗』


 のどれかであろう。


 その中で『七宝袋』は第一候補。

 やはりアイテムボックスの有用性は何よりも代え難い存在だ。


 このように莫大なお宝を持ち帰る時は特にそう思ってしまう。


 聞いた話によれば、通常、未発見の白の遺跡を見つけた場合、お宝を全て回収するのに、何回も訪れなければならないそうだ。


 人が立ち入らぬ不毛の地であったり、辿り着くことが困難な難所であったりしても…………、いや、だからこそ宝物を運ぶ為の運搬要員が少なくなりがちなのだ。


 難所であればある程、戦力を持たない運搬に特化した機械種は連れて行きにくい。


 ストロングタイプの魔術師系や僧侶系を何体いたとしても、収めることのできる亜空間倉庫には限りがある。


 無限収納など夢物語。

 故に時間と労力、コストと安全を対価に捧げるしかないのだ。


 だが、七宝袋があれば全て解決。

 流石はネット小説、チート能力の代名詞。

 


「この時ばかりは自分の幸運さを実感できるな」



 女運は悪いが、頼りになる仲間や宝貝達には恵まれている。



 手に持った七宝袋の羽根ごとき軽さを感じながら、ふと、そんなことが頭を過った。

  








「さて、もうそろそろ時間だな」



 粗方回収し尽くしたこともあり、玄関へと移動すると、ちょうど2階へ続く階段から白兎達が降りてきた。



「白兎! こっちは上々だったぞ。そっちはどうだ?」


 パタパタ


「え? 機械種用保管庫を見つけたって! しかも3つ?」



 2階を探索していた白兎達からもたらされた情報。

 

 それは俺の心を大きく高鳴らせるのに十分なモノであった。



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