第535話 説明3
「クスン、クスン…………、もうツユちゃんはお嫁にいけない体になってしまいました」
リビングルームのソファーに仰向けになりながら、泣きべそをかいている白露。
後ろ手に自分のお尻を撫で擦っている。
「大丈夫ですよ、白露様。傷が残るようなお仕置きはしておりません」
そんな白露の横でいつものように泰然とした雰囲気で佇むラズリーさんの姿。
いついかなる時も余裕を崩さないメイドの鏡。
主の嘆きに対して完璧な答えを用意。
「肌に傷をつけず痛みだけを与える…………、これぞメイドの極意」
「そんなメイドはラズリーしかいません!」
「文字通りオンリーワンメイドですね。お褒め頂き光栄です」
「褒めていませんから!」
騒ぎ立てる白露に、さらりと流すラズリーさん。
もうすっかりいつもの白露に戻ったようだ。
ラズリーさんとのやり取りも今まで通り。
「それよりも白露様。ヒロ様に暴竜の話を聞かなくて良いのですか? コードをご提出される際に必ず聞かれると思いますが…………」
「へ? …………ツユちゃんが倒れて、ラズリーが私を連れて逃げて、ヒロが足止めをしてくれたんですよね。それで十分じゃないですか?」
突然、2人の話題が変わった。
内容は暴竜戦の顛末について。
「何をおっしゃっていますか? まだこの地は暴竜の狩り場ですよ。なのに白露様が術を施していないにも関わらず、暴竜が襲って来ない。明らかに異常でしょう」
「ええ? ここは暴竜の狩り場なのですか!! そ、それじゃあ、早く『追憶想露』をかけないと…………イタタッ!!」
慌てて立ち上がろうとしてお尻を抑える白露。
まあ、確かに白露が慌てるのも無理はないが…………
「えーと……………、暴竜については大丈夫だ。おそらくになるけど、この狩り場にはいない」
狩り場にいないどころか、実際はこの世にもいないのだが。
俺の説明にキョトンとした顔を見せる白露に、事前に考えていたストーリーに沿い説明。
まず、白露達が逃げた後、俺達と相対した暴竜がなぜか逃亡。
自身のねぐらの天井を吹き飛ばし、遥か空へと飛び去った。
しかし、俺達は偶然にも対暴竜用に製造された飛空艇を発見。
調べた所、奇跡的にマテリアルを補給するだけで稼働可能な状態であることが判明。
飛空艇に乗り込み、手持ちのマテリアルで補給して逃げた暴竜を追撃。
だが、暴竜は手下のスカイフローターを集めて待ち受けており、図らずも空中での大激闘となった。
何とかスカイフローターを蹴散らし、タイミングを見計らって飛空艇の本来の役目である特攻を敢行。
暴竜の攻撃をギリギリで潜り抜け、飛空艇の突撃をぶち当てることに成功。
「その後は……………、まあ、何とかして脱出したんだ。でも、飛空艇での攻撃で暴竜にはかなりの痛撃を与えたと思う。少なくとも当分活動できない程の傷をね。でも、その後のことは…………何せ逃げるので必死だったからなあ。さて、あの巨大な機体がどこへ行ったのか…………」
「………………」
一通りの説明と推測を交えた報告が終わると、白露は真顔でラズリーへと視線を向ける。
すると、ラズリーはチラリを俺の方を見ながら口を開いた。
「白露様を抱えて逃げ出す時に、確かにねぐらのあった山が吹き飛んだのを見ました。さらにその後、暴竜が飛び立つ姿も」
「……………むう」
ラズリーの証言を聞き、難しそうな顔をする白露。
しかし、さらにラズリーの証言は続き、
「実はヒロさんがおっしゃっていました飛空艇らしきモノが飛んでいくのも察知しております。すくなくとも荒唐無稽な話ではありません」
「むむむっ!」
さらなる証言を聞いて白露の顔は面白いようにコロコロと変わる。
自身の常識と、俺達の妄言としか思えない内容。
だが、俺が積み重ねた好感度と信頼関係。
さらにはラズリーの証言を聞いて、色々と心の中で葛藤している様子。
「む、む、む、む……………」
しばらく百面相を続けた白露は、
「こんな話、ツユちゃんはなんと報告したら良いのでしょう?」
眉を八の字にした困り顔。
難しい宿題を前にした小学生のような面持ち。
確かに公式で報告するにはあまりにも酷い内容。
そのまま上げれば間違いなく馬鹿にしているのかと返されるのが分かり切っている。
「全部馬鹿正直に報告する必要はないだろ」
こういった時、組織が求めているのは結果と経緯の整合性だ。
要は納得させやすい部分だけを抜き出して報告すれば良いのだ。
必要なのはトップが欲しいと思っている情報を推測して加工すること。
余計な情報を上げて面倒臭いことにならないように。
ここで気を付けなくてはならないのは、裏取りされてバレるような嘘はつかないことだ。
何せ向こうは超能力者の集団だ。
どこで嘘がバレるか分かったもんじゃない。
……………俺が白露達に説明する時も気を使ったのはそこなのだ。
白露が白月さんのように心を読めるとは思えないが、嘘を見抜く『真実の目』のような力や発掘品を持っていてもおかしくは無い。
だから極力嘘はつかず、どうしても知られたくない箇所は丸っきり省いた。
おそらく白露達の中では、飛空艇で特攻した後、暴竜の状態を詳しく確認できないまま、俺達は命辛々脱出したと思っているはず。
つまり、もし、今後何らかの手段で空の守護者が倒されたと判明した時、俺達はそれを知らなかったと言い張ることができると言うこと。
運良く手に入れた飛空艇で特攻をかまし、たまたま当たり所が良くて、空の守護者を倒すに至った…………
俺達が空の守護者を倒したということを知られなければ良し。
万が一、知られてしまったのなら、偶然の産物であることを主張すれば良い。
『俺達は逃げるので精一杯だった』
『まさか、あの時はアレで倒すことができたとは思わなかった』
嘘はついていない。
偶然に頼る部分は多かったし、逃げるのに精一杯だったのも事実。
飛空艇での攻撃………飛空艇のエネルギーを使っての白兎の波動砲で大ダメージを与えたのも事実。
白兎と瀝泉槍が融合した『百飛天槌』の一撃で、緋王クロノスを本当に倒せたかどうか分からなかった時があったのも事実。
そして、暴竜の機体の大部分は次元の狭間に消えてしまったのだ。
どこに行ったのか俺に分かるはずがない。
本当のことを言っているのだから、嘘だと断定されることも無い。
空の守護者の情報なんて、そこまで詳しく出回っていないだろうから、俺にとって都合の良い話を継ぎ接ぎしてやればいい。
そもそも打神鞭の占いで、暴竜を倒したと言う事実を白の教会が把握するのは、かなり時間を要すると出ている。
それが何ヶ月後、何年後のことか分からないが、暴竜が倒されたことと、今回のことを直接結びつけられるかどうかも不明。
時間が経てば経つほど、俺や白露のことは風化していき、直接的な原因として捉えられなくなっていく。
当面、白の教会を納得されるだけの情報があれば良い。
「バルトーラの街から暴竜の狩り場に向かった。上手く察知されずに暴竜のねぐらに辿り着いた。コードの取得に成功したが、白露は力を使い果たして気絶。その後、なぜか暴竜は自分のねぐらを破壊して逃亡…………、それ以降は分かりませんでいいんじゃない? 現にねぐらは破壊されているし、暴竜が飛び去ったのも事実だ。とにかく事実だけを伝えて、『なぜ』『どうして』の部分は向こうに考えさせよう。きっと素晴らしい推測を立ててくれるはずだ」
「飛空艇で追いかけて一撃を与えた話は? それはヒロの戦果ですよ」
「その部分が一番信ぴょう性が感じられないところだろう? 誰が聞いてもホラ話としか思えないから、知らなかったことにしておけ」
「本当にヒロはそれでいいのですか? 狩人は自分の戦果を誇るモノだと聞いていますが?」
「俺のことは良い。なるべく白の教会には俺の情報を知られたくないから。勧誘されるのは面倒臭いんだよ」
「………………分かりました。そのように報告しましょう」
白露はあまり納得していない様子だが、今回のケースで言えば、俺は全くの部外者だ。
なにせ白露の弁では今回の攻略に俺は参加しないことになっているようだし。
これについては非常にラッキーであったと言える。
名を得ずに実利だけを得ることができた。
今の俺にとって必要以上の名声は不要。
舐められない程度だけあれば良いのだ。
今はそれで十分。
「では、今日はもう遅いから寝ることにしようか。明日、朝一番に街に向けて出発するからな。早く寝ておけよ」
すでに夜11時過ぎだ。
この世界では日が暮れると野外では機械種インセクトが飛び回り、移動ができない時間帯となる。
こうなると白鈴を灯して結界を張り、夜が明けるのを待つしかない。
旅人が移動に費やせる時間帯は日が昇ってから夕暮れに至るまで。
しかも道路状態が悪いから車でも時速40km程度しか出せない。
明日の朝一番に出発したとして、おそらく街に着くのは5,6日後。
もちろん何のトラブルが無かった場合の話。
「…………私達の旅もこれで終わりなんですね」
ラズリーさんが入れてくれたホットミルクを飲みながら白露が寂しそうに呟く。
「長かったようで、とっても短い旅でした。多分、私の一生の思い出になると思います」
「……………子供のくせに何を言っているんだ。まだ若いんだから、これからもっと素晴らしいイベントや出会いがあると思うぞ」
「………………そうですね、……………でも、欲を言えばもう少し旅を続けたかったです。どこかの街に寄り道できたら良いのですが…………」
「あはははは、それは無理だな。暴竜の狩り場からバルトーラの街までの間に寄れるような所なんて無いさ。ここは暴竜が支配していた地だからな……………」
そこまで言葉にして、ふと思い出したことが一つ。
初めて暴竜と遭遇した切っ掛けとなった『未発見の白の遺跡』。
同じ白の遺跡の中で発見した白式晶脳器からユティアさんが抜き出してくれた地図情報に記載されていた。
確かこの近くにあったはずなのだ。
おそらくはここから半日足らずで到達するところに。
「ふむ……………」
しばし、思考を巡らせる。
この狩り場にもう暴竜は存在しない。
故に『未発見の白の遺跡』へと向かうのに、障害は何一つない。
手を伸ばせば届くところにお宝があるのだが…………
チラリと白露とラズリーさんの主従へと一瞬だけ目を向ける。
このまま白露達を遺跡まで連れて行くにも抵抗がある。
何せどのような宝が眠っているか分からない。
あえて第三者を交えて遺跡に向かう理由が無い。
白露達が遺跡の発掘を邪魔するとは思わないし、その情報を誰かに流す可能性は低いのだろうが…………
それでも、事は白の教会が血眼になって探す白の遺跡。
情報は秘匿するに越したことは無い。
一度街に帰って白露達と別れてから戻ってくれば…………
そんな算段を考えている俺の耳に、
「そう言えば、暴流の狩り場に『白の遺跡』が眠っているという噂がありますね」
ラズリーさんから飛び出した、まさに俺が今考えていたピンポイントの情報。
「!!!!!」
まさか、心が読まれたのか?
一瞬、血圧がギュッと下がり、心臓が止まったかと思う程の衝撃が走る。
息をするのも忘れ、ただ、思考だけがグルグルと回転。
おかしい!
白月さんの件があってから、俺は常に心を閉じているはずだ!
もう俺の心を読む事は誰にもできないはず。
では、一体何で!!
動揺を抑えるのが精一杯。
ぎゅっと見えない所で拳を握り、表情を変えないよう取り繕う。
偶然か?
たまたま、俺が考えていたことと、出た話題が同じだっただけか。
確かに会話の流れで出てもおかしくない話題ではあったが…………
恐る恐る白露達に目を向ければ、何気ない様子で会話を交わしている2人の様子が目に入る。
俺のことを気にした風もなく、ただの日常に交わされる会話のキャッチボールが続いている。
「それ、ツユちゃんも聞いたことがあります。今まで誰も深奥まで辿り着いたことの無い暴竜の狩り場なのですから、当然、あってもおかしくないですよね」
「白式晶脳器によるデータ抽出でも、この周辺にあるのは間違いないようです。詳しい場所までははっきりしませんが……………」
「この広いエリアを探すなんて大変ですね。何年もかかりそうです」
「しかも辺境では不釣り合いな程強いレッドオーダーが出現しますからね。中央から狩人を引っ張ってこないと、とても見つけることはできないでしょう」
「ヒロ。もし、時間があったら探すといいですよ。もの凄く運が良ければ未発見の遺跡が見つかります。きっと凄いお宝が手に入るはずです」
ニコニコしながら話を俺に振ってくる白露。
その無邪気な笑顔からは、何の含みも感じられない。
2人の話を聞く限り、俺の心を読んだわけでも、特に深い意図があった訳でもないだろう。
ならば、ここで返す答えは……………
「白露。その白の遺跡、場所も分かっている。一緒に行くか?」
「へ?」
「前に白式晶脳器から白の遺跡の地図情報を手に入れてな。ここから半日足らずのところにあるんだ」
気軽い感じで返す俺。
思ってもいない俺の返事に目を丸くする白露。
突然知らされた『未発見の白の遺跡』の情報。
それは狩人にとって………、いや全ての人間にとって宝の地図を意味する。
状況によっては街を巻き込んでの大騒乱になりかねない貴重な情報。
それを何でもないように俺が話したから、白露が驚くのも無理はない。
そんな呆気にとられる主人に代わり、ラズリーさんが口を開く。
「ヒロ様、それは気軽に話すような内容では…………」
「ラズリーさん、構いませんよ。どうせここまで来たのだから、一緒に行きましょう」
「良いのですか? 『未発見の白の遺跡』の詳細な情報なんて、滅多に手に入るモノではありませんよ。本来ヒロ様が独り占めするべきモノです。それを私達も一緒とは……………」
「まあまあ…………、白露ももう少し旅を続けたいって言ってましたし。いいんじゃないですか」
「……………ヒロ様は狩人らしくありませんね。狩人はもっと貪欲で秘密主義なモノですよ」
「俺は俺です。俺はこのメンバーで白の遺跡に行ってみたいと思ったんです。もちろん、出てきた発掘品を丸っきり山分けと言う訳には行きませんが、気に入ったモノがあれば幾つかお譲りします」
些か早まった気がしないでもない。
だが、この話を振られて知らん顔で返す方がマズイ。
なぜなら、俺は必ずその遺跡を探索する。
しかも即日にだ。
この場で知らないフリをして、後でこっそり宝を回収しにいくことになるのだ。
もし、そのことが白露にバレてしまったらどう思われるだろうか?
彼女は過去を見ることのできるサイコメトラー。
俺が中央へ旅立った後、その遺跡が誰かに発見されて、白露が派遣される可能性は十分にある。
万が一、白露が過去視を発動させ、あの日あの時、俺がその遺跡を訪れ、中の発掘品を回収したことを知ってしまったら…………
白露に幻滅されるのが怖い。
赤の他人からどう思われても気にしないが、ここまで仲良くなった人間に嫌われるのは耐えられない。
しかも白露は俺に対して憧憬を抱いてくれている。
誠実で、優しくて、カッコ良い人間だと思ってくれている。
そんな白露に『ああ………、ヒロはそういう人間だったんだ』と思われるのは絶対に嫌だ。
それを考えれば、多少のリスク、回収できるかもしれない発掘品の目減りぐらい大したことは無い。
「ヒロ。本当に良いのですか? その情報はヒロが苦労して手に入れたモノではないのですか?」
白露が身を乗り出して真剣な顔で確認してくる。
場合によっては何百万、何千万Mにもなる『未発見の白の遺跡』情報だ。
それを気軽に話す俺に確認したくなる気持ちも良く分かる。
「まあ、苦労したと言えば苦労したけど、結果的には俺もタダで貰ったものだよ。だから白露も気にするな」
「………知らないフリをすればよかったのに。わざわざツユちゃん達に漏らさなくても…………」
「今回、一緒に旅をしてきた仲間だろ。仲間に対して嘘はつきたく無い」
「ヒロは…………、貴方は本当に…………」
言葉に詰まる白露。
感極まってそれ以上言葉が続けられないのであろう。
多分、俺への好感度を上げてくれているようだけど、実情は違う。
俺がこの場で正直に話すのは、決して俺が誠実だからではない。
『幻滅されるかもしれない』恐怖に怯えたからだ。
白露。
君が見ている俺と、実際の俺は大きく異なるんだ。
でも、この街にいる間だけは、君が見ている俺を演じ続けようと思う。
子供の前だけは立派な大人でいたいから。
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