第506話 来客



 暴竜討伐の作戦は決まった。


 俺達のホームの守りを万全とする為に、ガレージそのものを買い取り、防衛設備を設置する段取りも付いた。



 そうして暴竜戦への準備が着々と進む中、俺が住むガレージに来客が訪れる。


 秘彗に起こされ、軽く身だしなみを整えてから、ガレージの通行用扉を開けると、そこにいたのは見覚えのある栗色ポニーテールの少女。




「何かご用ですか? アスリンさん」


「…………メッセージカードを届けに来たの!」



 アスリンはムッとした顔で用件を伝えてくる。


 服装はいつもの軽装コンバットスーツ。

 山歩きの為の登山服のような装い。

 何となく『山ガール』という言葉が頭を過りそうになった。



「メッセージカード?」


「ボノフさんからよ!」


「………ああ」



 色々作業を頼んでいたから、その進捗報告だろうか?


 そう言えば、アスリンをメッセンジャーにするから、その機会に仲良くしてあげてと言っていたな。

 お世話になっているボノフさんの頼みだから、快く引き受けたけど。



「早く受け取りなさいよ!」


「はいはい………」



 随分と強引なメッセンジャーもいたものだ。


 まあ、俺としてもおじさんとかに届けられるよりは美少女に届けてもらう方が心地よい。

 

 それにアスリンのつっけんどんな言い方にも慣れてきたし………


 ツンデレ少女のツン期と思えば可愛いモノだ。

 デレ期にまで辿り着くのに、どれほどのイベントを熟さないといけないのかは分からないけど。


 

「おおっ! 完成したのか」



 ボノフさんからのメッセージカードに書かれていたのは、発掘品の巨大戦車へ黄式晶脳器の取付が完了したという報告であった。

 

 長年死蔵していた紅姫カーリーの紅石。

 これを『黄式晶脳器』と呼ばれる自動演算器に変換して、巨大戦車の頭脳として搭載。


 これにより、発掘品の巨大戦車は運転席や砲手席に人間や専用スキルを入れた機械種を座らせなくても走ったり、砲撃したりできるようになる。

 さらには全能力が1~2割増しとなり、より強固で破壊力満載の戦車へと生まれ変わる。



「良かった。間に合って………」



 空を行く暴竜相手に戦車砲の使いどころがあるかどうか不明だが、車や潜水艇と違って防御力が段違いに高い。

 場合によっては防衛施設や避難所にも使える。

 ぜひとも今回の遠征には持って行きたかったのだ。



「届けてくれてありがとう。これ、少ないけどチップ………」



 メッセージを届けてくれたメッセンジャーにはチップを払うのが常識。

 メッセージの重要度にもよるが、こういった内容ならだいたい10M~50Mくらい。

 でも、俺にとっては嬉しい報告を運んでくれたのだから、ここは奮発して100Mを………

 

 

「要らないわ」


「そうだよね~」



 メッセンジャー専業ならともかく、狩人をやっているアスリンなら子供のお小遣い以下。

 

 それに狩人は誇り高い職業。

 メッセージを届けてチップで貰うというのは、受け入れ難いという感情も分かる。


 じゃあ、いっそアスリンがビックリするくらいのお礼を………


 まあ、そんなことしたら、また眉毛を逆立てて怒りそうな気もするな。

 

 でも、このまま帰すのもなあ…………


 ボノフさんには仲良くしてくれって頼まれているし………



 んん?


 

 アスリンへのお礼を何にするかを悩んでいると、アスリンの後ろに同じ年頃の女の子が2人いるのが目に入った。



 1人は140cm程度の小柄な女の子。

 こげ茶色ショートヘアでクセッ毛なのか、毛を逆立てた猫のようにアチコチがピンピンと跳ね回っている。

 オメメが大きくて丸顔。取り立てて美人というわけではないが、どことなく小動物に通じる可愛さを感じる。

 思わず頭をなでなでしたくなるような愛嬌さとでも言うのだろうか。

 何となく全体的に緩い感じが漂う、ゆるキャラっぽい雰囲気。


 

 もう1人は俺よりも5cm以上高いがっしりとした体格の少女。

 アテリナ師匠よりもさらに身体を鍛え上げたアマレス選手のような出で立ち。

 肩の辺りでバッサリと切った金髪が眩しい白人系。

 鼻筋の通った美人なのだが、どうにも女性らしい柔らかさに欠けた固い印象を受ける。

 明らかに格闘技や戦闘技術を身に着けた女兵士。

 猟兵団等でよく見かけるタイプと言える。

 

 


 確かこの2人は新人交流会で挨拶した…………



「えっと、確かアスリンのチームメンバーだったね。ニルさんに、ドローシアさん?」


「おおっ! ニルルンの名前を憶えていてくれたよ! 流石は白ウサギの騎士だね!」


「はい、この間は私達のリーダーを助けていただきありがとうございました」



 キャピキャピした歓声と溌剌とした挨拶が重なり合う。

 両名とも随分と性格は異なるようだが、こちらへと向ける目にはくすぐったい程の尊敬と好意が見て取れる。


 アスリンと違ってこの子達は初めから好意的な態度であった。

 一緒にいたアルスのイケメン効果もあっただろうけど。


 でも、今、彼女等が見せている好意は俺が果たした結果に対してのモノ。

 颯爽とアスリンの危機を救い、同期の中で頭一つ抜けた活躍を見せる狩人への尊敬と好意なのだ。



「ひょっとして、アスリンの付き添い?」


「今、この街で一番ホットな狩人とお近づきになれるチャンスだからね! ニルルンはこういった機会を逃さなさい狩人なのだ!」


「コラ! ニル! …………すみません。ちょっとこの子、いつも騒がしくって………」



 両手を挙げて自分をアピールするニル。

 すぐさまそのフォローを淹れてくるドローシア。



「ドローシア、何言っているのさ。せっかくリンリンに付いてきて白ウサギの騎士に会えたのに、ここでアピールしなきゃ意味ないじゃん」


「何をアピールしているのよ。そのお馬鹿な所をアピールしてもしょうがないでしょ」


「フフン、おバカはドローシアの方だね。ちょっと頭の足りない感じの方が男の子へのウケは良いんだから!」


「私達が恥ずかしから止めろって言ってんの!」


「こんなことで恥ずかしがっていたら乙女なんかやってられないよ! このチャンスに白ウサギの騎士のサインでも貰っておこうかな?」


「本当にやめて。同期にサインを強請るってどういうつもりよ」


「へ? 白ウサギの騎士がもっと有名になったら高値で売れるかもしれないじゃん?」


「売るの? どこに乙女要素があるのよ!」




 なんか漫才を始めている2人。

 

 天真爛漫そうに見えるニルと、そのツッコミ役で、少し苦労性のようなドローシア。 

 強気で気難しい性格のアスリンをサポートできる相性良いメンバーなのであろう…………多分。



「2人とも止めなさい! 無理についてきたくせに私に恥をかかせないで!」


「だって、ドローシアが………」


「ごめん! アスリン………、ほら、ニルも!」


「ぶううう………、分かったよ」



 アスリンが堪らず叱りつけると大人しくなる2人。

 

 流石はチームリーダー。

 大した威厳だ。

 チーム唯一の機械種使いであり、重量級を複数従属させている戦力の要でもあるのだから、リーダーとしての権力は絶大。


 おそらく他の2人はアスリンの護衛役なのだろうな。


 重量級を5機従属させていれば、通常の狩りをするだけなら戦力的に十分。

 もし、手持ち全てを使い潰すつもりなら、中量級以下の赭娼にも手が届くかもしれない。

 たとえ高位機種でも油断をすれば、その物理的な重圧と堅牢な装甲を前に押し潰されることもある。

 

 故に『押し潰す(スクワッシュ)アスリン』。


 俺がいなければ、アルスやハザン、ガイやレオンハルトとともに、新人狩人ナンバー1を競い合っていただろう。

 

 

「ニル、ドローシア。もう帰るわよ」


「ええ! リンリン、それは早過ぎない? もう少しお話していこうよ! まだ向こうにニルルンの可愛さ5分の1も伝わっていないよお!」


「アスリン。ニルの戯言はともかく、もう少しお話していきませんか? ボノフさんもヒロさんとは縁を深めておけって言っておられましたし…………」


「むっ! ………でも、コイツだって、忙しいでしょ。邪魔するわけには…………」



 チラリ



 少女3人の視線が俺へと注がれる。



 ここで俺が『忙しい』と言えば、彼女達は帰るだろう。

 だけど、ボノフさんのお願いもあるし、アスリンへのチップの件もあるから………

 

 

 俺が熟考の末、絞り出した言葉は…………



「良かったら、中でお茶でも飲んでいかない?」










 


「うふぁあああ!! これっ! 整備専用車だあ!」



 アスリン達3人をガレージに招き入れると、真っ先に響き渡ったのはニルからの感嘆の声。


 

「いいなあ………、これがあったら、毎回、お外で作業しなくて済むし……」


「へえ? ひょっとしてニルって、機械種整備できるの?」



 羨ましそうに整備専用車を眺めるニルに質問。


 すると、にゅっと目を細めて懐から取り出したのは、ドライバーやスパナ等の作業道具。



「ジャーン! ニルルンはこう見えて『青手』『黄手』『緑指』だぞおお!」



 作業道具を指の間に挟んで持ち、なんかコミカルチックなポーズを決めている。

 

 

「ほう? それは凄い!」


 

 それだけあれば街の藍染屋に務めていてもおかしくは無い。

 年若い女の子でありながら、そこまでの技術を収めているのだから、見かけによらずかなり優秀な子なのであろう。



「でしょ! ニルルンはできる女なのだ!」


 

 嬉しそうに笑顔を見せるニル。

 頭を撫でられて喜ぶ猫のような表情。


 美人じゃないけど、マスコットのような愛くるしさ。

 クリッとした零れ落ちそうなくらいに大きな目が実に…………



 んん?

 よく見れば、ニルの両目の色が微妙に異なっている。


 オッドアイと言うほどでは無く、右目だけ色彩が不自然のような………

 


「ああ! こっちは最新型の小型車だ! ふぉおおお! 中央で出たばっかの最新型じゃん!」



 ニルは次の車に興味が惹かれたようで、矢のようにお目当ての車へと突進。

 まるで白兎のようにピョンピョンと飛び回りながら、喝采をあげている。

 


「カッコいいなあ………、ふえ? あの後ろについてる丸いのって何?」


「コラ、ニル。ウロウロしない」


「でも、ドローシア! これは良いモノだよ! ニルルン達のトラックよりずっと高級品!」


「確かに凄いけど、私はどっちかって言うと、機械種の方が気になるかな………」



 と言って、ドローシアが視線を飛ばすのは、ガレージ内で整列する俺のメンバー達。



 白兎、天琉、廻斗、秘彗、剣雷の5機。


 森羅、胡狛、毘燭、剣風は防錆設備作成の為のに材料を買い出しに行っており、ヨシツネ、豪魔、浮楽、ベリアル、輝煉は七宝袋の中。


 ここに出しているメンバーは表に出しても問題が少ないと思われる面々。


 天琉だけ、ややボーダーラインぎりぎりではあるが……


 天琉をどうするかで一瞬悩みはした。

 機械種アークエンジェルとまでは分からなくても、天使型と言うだけでその脅威はあからさまだ。

 しかし、天琉はボノフさんのお店に行く機会も多いから、今更アスリンに隠していてもあまり意味が無いと思い直し、この場に出しておくことを決めた。

 

 まあ、天琉には今回、できるだけ話すなと厳命しておいたから、余計なトラブルは起こさないだろう。



「ストロングタイプの魔術師系と騎士系………、前衛と後衛が揃ってるなら紅姫だって狩れそうですね」



 ドローシアが注目するのはやはり分かりやすい力の象徴であるストロングタイプ。

 確かに紅姫討伐をめざすのであれば、ストロングタイプは必須とも言える機種だが…………



「流石にストロングタイプ2機だけだと紅姫はちょっと苦しいかな。紅姫の出力は赭娼を遥かに上回る。おまけに空間制御や重力制御を当たり前のように使ってくるから」



 ドローシアの感想に少しだけ修正を加えてあげる。


 赭娼までなら相性の良さでまぐれ勝ちすることもあるだろうが、紅姫となると相応の実力が無いと、ほぼ最初の攻防だけで一掃されてしまう。

 中量級以下の紅姫なら物量で攻め立てるという方法もあるが、それだと元を取るのが難しくなる。

 紅石と機体の確保を狙うなら、最低でもストロングタイプ1小隊はほしい。

 破壊するだけなら、それ以下の戦力でも工夫次第で何とかなることもあるのだが。

 



「やはりそこまで手強いですか、紅姫は。昔、戦場で橙伯とは戦闘になったことがありますが、その何倍も強いんですよね」


「…………ドローシアは猟兵出身?」


「はい、雑用係ですが、2年ほど席を置いておりました」



 やっぱりそうか。

 何となく懐かしい匂いがしていたんだよな。

 雑用係と言っても、みっちりと訓練されてきたのだろう。



「1年程前に団が解散しまして、その際に蓮花会に拾ってもらったんです」



 そう語るドローシアの顔は少し悲しげだ。

 おそらく団が存続できなくなるくらいの損害を受けたので解散したのであろう。


 

 ふと、頭を過ってしまうのは魔弾の射手ルートでの5年間。


 猟兵らしいドローシアのピシッとした姿勢に、思わずお世話になったジャネットさんを思い出す。

 外見は全く違うけど、筋肉が付いたスラリとした手足が良く似ているような気がする。



 懐かしいな。

 魔弾の射手は今どうしているのだろう?

 アテリナ師匠達はもう行き止まりの街を出たのだろうか?

 もしかしたらこの街を通りかかる可能性があるのかもしれない。

 


 昔のことで感傷に浸る俺の耳に、今度はアスリンの呟いた声が届く。




「…………ひょっとして、あの子は機械種エンジェル?」



 目聡く天琉に目を付けたのは、ガレージに入ってからずっと黙り込んでいたアスリン。



「亜人系の機械種ウイングマンじゃない。子供のような容姿、白一色の翼、噂に聞く中央の死の天使…………」


「良く知ってるな。ソイツは天琉って言うんだ。ボノフさんには大変可愛がってもらっているよ」


 

 アスリンは独り言だったようだが、一応補足説明を付け加えておく。

 

 しかし、俺の説明も耳に入らなかったようで、アスリンは眉間にしわを寄せながら、立ち並ぶ俺の機械種を強い視線で睨みつけている。

 

 その瞳の奥に燃える炎は力への憧憬か、それとも………


 機械種使いとして、高位機種が並ぶ今の光景に思う所があるのだろう。

 さらには自分が重量級しか従属させることができないというハンデについても。



「さあ、そろそろ中に…………」


「あれ? あの機械種ラビット…………」



 少女達を潜水艇のリビングルームへと招待しようとしたところ、立ち並ぶ機械種を見つめていたニルが大声をあげた。



「うわあ! ど、どうしよう! ドローシア! あの子、あのラビットちゃんだよ!」


「え? …………嘘! …………本当だ。あの耳の飾り紐………、額の文字まで一緒………」


「凄い偶然だね! 偶に遊んであげていたラビットちゃんがまさか白ウサギの騎士のラビットだったなんて!」


「…………そう言えば、交流会で一度見ていたはずなのにね。気づかなかった……」


「ほら! あの時は耳の飾り紐が無かったよ。額の文字までは覚えていないけど」




 どうやら白兎を見て騒いでいるようだ。

 額に文字があって、耳に飾り紐をつけている機械種ラビットは多分白兎だけだろうから、どこかで知り合っているようだけど………



 ピコピコ


 

 俺が視線を向けると、白兎は耳を振り返してくる。


 白兎が言うには、街へ散歩に出かけた時、偶に遊んであげている仲らしい。


 どっちも遊んであげているとはこれ如何に………



 

「これは運命の人なのかも! ラビットちゃんが愛のキューピット! ドローシア、悪いね。ニルルンが先にゴールインしちゃうよ!」


「コラ、馬鹿言ってんじゃない。そんな簡単に伴侶を決めないの」


「何言ってるのさ! こんな凄い車を持っていて、凄い機械種を揃えているんだよ! 凄い優良物件じゃない? ここはニルルンの可愛さ全開でアタックしなきゃ!」


「それを口に出して言ってる時点で、もう負け確定でしょ。ほら、ヒロさんが呆れた顔をしてるし」


「え? …………ガーン! 本当だ」



 俺の表情を見て、ショックを受けているニル。

 慌てて手を振り回しながら、弁解の言葉を口にする。



「ち、違うよ! これは本当のニルルンじゃないよ! 本当のニルルンは可愛くてお淑やかな女の子なんだから!」


「いや、別に何も言っていないし………」



 さっきから思っていたけど、随分とテンション高い子だなあ。


 このテンションの高さや、幼い容姿は何となく白露に通じるものがある。


 まあ、ニルの方は割と冗談半分にやっているのだろうけど。

 


「そう! これはニルルンの可愛さに嫉妬したドローシアの罠! 本当のニルルンは可哀想に地下牢に閉じ込められていて、白ウサギの騎士の助けを待っているんだよ!」


「あっそ、なら私が本当にニルを地下牢に閉じ込めてやることにしよう」



 騒ぐニルの身体を両手で後ろから掴み、グイッと持ち上げるドローシア。



「うわあああ、白ウサギの騎士、助けてー! ニルルンの大ピンチだよ!」



 バタバタと暴れるニル。

 俺の方へと哀れっぽい目を向けてくる。



 いや、知らんがな。


 思わず、リーダーであるアスリンの方へと顔を向けると、



「ドローシア、うるさいからニルを外に放り出してきて」



 無情にも仲間の放逐を決定するアスリン。



「はーい。悪いね、ニル。ヒロさんとのお茶は私とアスリンで楽しんでおくから」



 アスリンに命じられてウキウキとした表情でニルを外へと抓み出そうとするドローシア。



「ああああああ!! 何、ニルルンを犠牲にしようとしているのさ! 男に粉をかける時はいつも一緒って決めていたでしょ!」


「そんなの知らん」


「わあああああ! 放り出されたら、ずっと外で喚き続けてやるから!」



 それは勘弁してください。

 近所迷惑甚だしい。



 ピコッ、ピコッ



 白兎が耳を振って、知り合いが独り仲間外れは可哀想だから何とかしてあげてとお願いしてくる。


 まあ、俺も外で騒がれるのは御免だし………

 

 もう、しょーがねえなあ。


 

 俺が間に入って取りなすと、アスリンは渋い顔をしながらもお仕置きを撤回、ニルは仲間外れの刑を免れることとなった。


 割とあっさり許されたのだから、この一連の流れは彼女等にとっては良くあるワンシーンなのかもしれない。

 若しくは、俺が取りなしてくると分かっての寸劇か。

 一体それに何の意味があるのやら。 





 

 この後、彼女達を潜水艇のリビングルームにご招待。

 少女達3人が目を丸くしてリビングルームの広さに驚いている様を堪能。


 約束通り、お茶………というか、飲みモノを用意して、軽く雑談の場をセット。


 アスリンとドローシアには現代物資のインスタントコーヒーを、苦いのが苦手のニルにはカルピス(少々薄め)を振る舞ってあげた。


 これ等の飲み物は非常に好評を得て、仏頂面であったアスリンの棘も丸くなり、話もそこそこに盛り上がることができた。


 ほんの少しであるが、アスリンとの距離も近づいてきたような気がする。


 これについては、現代物資のおかげでもあるが、やはりアスリンのチームメイトが一緒であったことの方が大きい。

 

 ニルが騒ぎ立て、ドローシアが窘める。

 それでも大人しくしないニルを、今度はアスリンが叱りつける。 


 アスリンの矛先がニルに向かうから、俺が標的にならないのだ。


 さらにニルもアスリンの矛先を躱しながら、その勢いを削いでいく手管に長け、落とし所を見つけてオチをつけてくる。


 色々な所で衝突しがちなアスリンの手綱を上手く握っているのは、実はこの小さな少女なのかもしれない。





「じゃあねー! 次も甘いモノよろしくー!」


「コラッ! ずうずうしいぞ、ニル! すみません、ヒロさん………」


「…………ごちそうさま。美味しかったわ」



 1時間程の歓談を終え、帰っていく少女達3人を見送る。


 

「ふう………、楽しかったけど、女の子3人の相手は流石に疲れるな」



 街の話、狩りの話、ファッションの話、武器の話、食べ物の話…………


 目まぐるしく変化する話題に付いていくのが大変だった。


 俺はほぼ聞き役に徹し、半分くらいはニルが話しまくり、3割がドローシア、1.5割がアスリンと言った具合。


 女三人寄れば姦しい…………


 正しくその通りだったな。

 でも、苦労した甲斐あって、それなりにアスリンとの仲も深まった。


 『いけ好かない奴!』 から 『知人』程度ではあるが。



「まあ、会った人全員と仲良くできるわけなんてない。少なくとも敵にならないような位置でいてくれているだけで十分だ」



 残りあと3ヶ月を切った。

 ようやく折り返し地点を越えたのだ。


 ここまで来て失敗は許されない。

 できるだけ不安要素は少なくしておくに越したことは無い。



「さて、今日、しなくてはならないことはなんだったっけなあ………」



 振り返って、ガレージへ戻ろうとした時、



 ピコピコ

 

 

 白兎が足元に寄って来て、耳をピコピコ揺らす。



「んん? どうした、白兎……………、え? 何これ?」



 白兎が後ろ脚で立ち上がって、俺に手渡ししてきたのは、丸めた紙屑………


 どうやら俺がアスリン達の相手をしている時に、これが外から飛んできたらしい。



「おや、中に石が入っている? ………いや、これ、手紙か!」


 

 矢文ならぬ、矢石?

 

 グシャグシャに丸められた紙を広げて、文字を読んでみると………



「ふむ? ルークか………」



 俺のことを執拗に調べようと動いているタウール商会。

 そこの所属である赤能者ルーク。


 俺と懇意にしている割り屋の少年バッツ君と知り合いであり、孤児院でお世話になった少女、マリーさんの弟分でもある。

 

 些か俺が骨を折ってやったこともあり、所属元について忠誠心の欠片も無いルークは色々と俺に情報を流してくれることになっているのだ。



 しかし、手紙にはその詳しい内容に触れておらず、知らせたいことがあるから直接会って話がしたいと書かれているだけ。

 さらに、俺と会っている所を見られるのも不味いので、人通りの少ない町外れまで来てほしいとのこと。



「今日は来客が多い日だな…………、まあ、いいか」



 組織に黙って情報を流そうとしているのだから、ルークが慎重になるのは当たり前だ。

 少々手間だが、ここは俺の方が気を使ってやるべきだろう。



「では、早速向かうとするか…………、おっと、その前に………」



 七宝袋から打神鞭を取り出して、念のためにルークが裏切ってないかを占いで確認。


 指定された場所にはタウール商会の精鋭たちが待ち構えている………なんてことになったら目も当てられない。

 どのような罠も食い破れる自信はあるが、100%と言い切れない以上、保険は必ず用意しておかなくてはならない。


 自分でも少し嫌気が差すほどの疑いっぷり。

 しかし、この慎重さがあればこそ、俺はこのアポカリプス世界を生き抜いてこられたのだ。

 


「……………よし! 裏切ってはいないようだな」



 2択で答えを得られる占いの精度は高い。

 これで安心して指定された場所へ向かうことができる。



「行くぞ、白兎!」


 ピョンッ!



 秘密の会合であれば、目立つ人員を連れてはいけない。

 

 白兎を連れ、俺はルークが指定した場所へと足を運ぶことにした。



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