第507話 来客2
ルークから指定された街の外れに赴いた俺と白兎。
人気の無い寂れた一画。
俺が足を運んだことの無いこの区域は、バルトーラの街でもあまり治安がよろしくない場所。
その分人目も少なく、秘密の会合にはモッテコイの場所と言えるのだが………
もし、打神鞭の占いで確かめていなければ、ルークが裏切って俺を罠に嵌めようとしているのではないかという疑いを抱いていたかもしれない。
だが、打神鞭の占いで否定された以上、その可能性は低い。
もちろん、ルークが裏切っていなくても、知らぬ間に後をつけられていたり、ルーク自身が騙されたりしていて、絶対に罠が無いとは言い切れない。
だが、今の俺と白兎であれば、大抵の罠は食い破れる。
故に占いでは『罠の在る無し』は問わなかった。
また、占いにて『危険が在るか無いか』を問うのも難しい。
指定された場所は治安の悪い悪所なのだ。
危険の『在る無し』を問うなら『在る』のだろうし、俺にとっての危険という意味なら緋王が列をなして待ち構えでもしていない限り『無い』のだ。
もっと条件を詳細に詰めれば良いのだけど、逆にそれだと占いの精度が落ちてくる。
条件を付け加えればつけ加えるほど、占いの結果の表現が曖昧になり、読み取るのが難しくなっていく。
だから占いでは簡単に『ルークの裏切りの有無』について問うた。
俺にとっては『敵か味方か』の判別の方が重要だから。
信じている人間に裏切られるほどショックのデカいモノはない。
それに情報提供者を疑わずに済むというのは精神的に楽になる。
さらに言うと、共通の知り合いがいて、俺とよく似た境遇を抱えたルークには情が入ってしまっているから、どうしても気になってしまう………
そんなことを考えながら、指定された場所に到着。
嘘を見抜く『真実の目』をかけて準備万端。
待っていたルークと軽く挨拶を交わし、タウール商会に流れる情報の幾つかを教えてもらう。
最初に告げられた情報は、タウール商会が俺への直接的な干渉を控えるというモノ。
白翼協商が俺の取り込みに本腰を入れた為、最大手の秤屋とぶつかることを恐れたからだ。
聞くところによると、俺の保有していると思われる資産規模に目が眩み、力任せの襲撃や人質を利用した脅迫を主張する者も居たらしい。
だが、白翼協商が明確に俺を特別扱いしていることが危惧され、その案は取り下げられることになったそうだ。
「まあ、没になったから僕も知り得る情報になったんだけどね。実行されていたら、事前にヒロに知らせるのは難しかったかも………」
「おい! それじゃあ意味ないだろ!」
「あまり下っ端に期待しないでくれ………、あ、でも、ヒロの情報は引き続き集めるみたいなこと言っていたから油断はしないでよ」
次に告げられたのは、俺が闇市で売りさばいた『最上級のマテリアルスーツ』が中央へ流れていったこと。
「何に使うんだ? あれ?」
「さあ? でも、随分と前から欲しがっている人がいたみたいだね。それ以上の情報は分からない」
ルークは手をヒラヒラさせて、お手上げと表現。
まあ、自分で言っているように、ルークはあくまで下っ端なのだから、そこまで期待するのが無理筋なのであろう。
そして、最後の情報。
ルークは少し表情を固くして、俺へとやや非難がましい視線ぶつけながら口を開く。
告げられた情報を聞いた俺は、
「申し訳ございません」
平身低頭でルークに謝っていた。
「本当に困るんだけど………」
俺の謝罪を受けても、ルークは納得いかない感じでブスっとした表情。
「君から依頼を受けて、ヒロはロリコンじゃないって、一生懸命君の疑惑を晴らそうとしていたのに、なんでその依頼主が僕の努力を水の泡にするのさ」
「これには深い訳が………」
スネイルが流した俺がロリコンであるという噂。
とんでもないデマなのであるが、タウール商会の中ではそれがまかり通ってしまっていた。
その修正をルークに依頼していたのだが、その最中に流れた、俺が白露の『打ち手になった』という情報。
普通であれば、幼い容姿の鐘守である白露の『打ち手』になる = ロリコンという図式は成立しなかった。
しかし、事前に流れていた俺がロリコンであるという噂の為に、上記の図式にぴったりとはまってしまったのだ。
故に、『ヒロはロリコン』という情報が間違いであると訴えていたルークが被害を被った。
全ては白露が悪いんだ。
アイツが俺の名前を呼ぶから………
「組織における僕の信用、ガタ落ちだからね! 協力者の足を引っ張ってどうするの!」
「すみません!」
「この依頼、諦めて良い? もう達成できる自信がないんだけど?」
「そこを何とか…………」
一応、ミエリさんが噂の上書をしてくれるという話だが、かなり時間がかかってしまうらしい。
白翼協商は表部分の情報を取り扱っているのなら、裏の情報をまとめているのはタウール商会。
ここは表と裏から両面で噂の修正をしてもらいたいところなのだ。
「もうロリコンでいいじゃないかい? 別に困らないだろう? どうせ君はあと3ヶ月くらいで中央へ行くんだろうし………」
「困るわ! 俺が中央へ行った後、伝説に残るじゃないか! 大記録を打ち立てて中央にいった『悠久の刃 ヒロ』は実はロリコンだったって! もし、そんなことになったら、一生この街に帰ってこれないだろうが!」
どれだけ中央で名を上げても、『あの人はロリコンなんだ………』という悲しい汚名が付いて回ることとなる。
きっとバッツ君やボノフさんも、そういった噂を信じてしまうだろう。
彼等の思い出の中で語られる俺の英姿にくっつく『ロリコン』という表札。
もう致命的な悪評だろ!
どれほど人類史に残る活躍をしたって、全てをぶち壊すくらいのマイナス称号じゃねえか!
「頼む! 一応、白翼協商の方から『ヒロは白露の打ち手になっていない』という情報が流れてくるから、それに便乗して、タウール商会の情報を修正してくれ!」
「うーん。それなら何とかなるのかもしれないけど………でも………」
まだまだ渋い顔のルーク。
しかし、ここで彼に降りられては困る。
ならばここはモノで釣るしかない!
「報酬として、これを渡そう」
「むっ! 何を………」
七宝袋から取り出した紙に包まれた30cm程の棒状スティックを何本か手渡し。
「ジョウギュウロースブロック」
「おおっ!」
「こっちはトクセンギュウハラミブロック」
「なんとっ!」
「さらにネギシオタンブロックも付けよう」
「……………任せてくれ。僕ができる限りのことはしよう」
ブロックをしっかりと両手で抱え、良い笑顔で決断してくれたルーク。
流石は男の子がみんな大好き素材系牛肉ブロック。
その中位亜種に当たる、この街ではかなりの高級品。
これを渡されて喜ばない奴はいない。
報酬としてマテリアルではなく、食料ブロックを渡したのは俺とルークの関係性の問題。
今回の依頼で特に俺はマテリアルを払う約束はしていない。
あくまでルークとは、俺がルークの姉であるマリーさんと引き合わせてあげただけの関係でしかない。
ルークは俺に対して少しばかり恩があり、その恩を彼なりの誠意で、無理のない範囲内で返そうと動いてくれているだけだ。
いわば、ルークの好意で組織内に流れる情報を話してもらっているだけ。
学生時代の世話になった先輩の頼みを聞いて、情報を教えてあげたり、多少便宜を図ってあげている程度。
しかし、そこにお金………マテリアルを噛ますと些か関係性に異物が入り込む。
ルークはマテリアルの為に組織の情報を流すこととなり、曲がり間違えば非常に危うい立場になりやすい。
だからあえて、マテリアルではなく、お高めの食料ブロックを渡すのだ。
これくらいであれば、賄賂ではなくお中元や手土産みたいなモノであろう。
しかし、ルークにとっては滅多に食べられないご馳走。
いかに赤能者として破格の戦闘力を持っていても、所詮は何の後ろ盾も無い15歳程の少年。
タウール商会でもそこまで地位が高くないルークにとっては、なかなか手が出ない高級品であることは間違いない。
しかも境遇で言えば最底辺である孤児院に居た時など、その存在すら知らなかったであろう…………
「……………」
俺から牛肉ブロックを受け取ったルークは、腕の中のご馳走を見つめながら、少し考え込むような表情を浮かべる。
その表情の中に、ほんの少し罪悪感めいた感情が見え隠れするような………
「どうした? ルーク」
「…………いや、このブロックだけど、マリー姉さんに渡してくれないか?」
「…………ああ、なるほど」
自分だけ美味しいモノを食べるのが気になるのか。
まあ、気持ちは分からないではないけれど。
「安心しろ。今度、孤児院にも差し入れとして牛肉ブロックを箱で持って行ってやるよ。だからお前は気にするな」
「む………、それはヒロに悪い気がする」
「別にいいだろ。持って行ったら子供達は俺のことをヒーロー扱いしてくれるだろうからな。でも、クセになるといけないからあんまり高級なモノは無理だぞ」
「………ああ、助かる」
俺の提案にほっとした表情を見せるルーク。
自分の中の罪悪感と食欲が上手く調整できたようだ。
「マリー姉さん。昔から自分はマッドブロックやウィードブロックで済まして、シリアルやビーンズを他の子供達に分けちゃうんだ。だから、あんなに痩せてしまって………」
「それは…………、大した女性だな」
「昔は本当に酷かったんだ。でも、ヒロが寄付をしてくれたことと、白翼協商が経営に手を入れてくれたことでかなりマシになっている。君には感謝しか無い」
「………君の姉さんに比べたら、本当に大したことはしていない。俺が施しするのは、自分に余裕があるからだ。マリーさんみたいに、余裕が無いのに人に優しくできる人間じゃない」
『自分がツライ時でも人に優しくできる。それが本当に優しい人だ』
そう言った言葉をどこかで聞いた記憶がある。
もし、この言葉が真実なら、俺は到底優しい人なんかじゃない。
自分が窮地に追い込まれたら、人のことなんかに構っていられないだろう。
他人を押しのけてでも自分だけが助かろうとするかもしれない。
俺はそういう人間なのだ。
正義の味方にも、ヒーローにも、物語の主人公にも慣れない、ただの………
ピコッ! ピコッ!
突然、白兎が耳を振りながらピョンピョン跳ねる。
「んん? どうした………、誰か来る?」
パタパタッ!
「人間が………3人………、ひょっとしてつけられてた?」
フリフリ!
「つけられていないのか。じゃあ、何で………」
ルークの罠ではないのは確実。
ならば、単なる偶然ということか。
ただの通りすがりなら気にすることも無いのだろうけど。
全く、予想外の来客が多い日だ。
一応、念の為、フードを深めに被って顔を隠す。
そして、白兎が耳で差す方向にこっそり視線を向けると、
「おい! お前等! 誰に断って俺様達の縄張りに入ってきたぁ!!!」
突然響いた大声。
狭い道から出てきたのは、20代くらいの男が3人。
その内1人は大男でかなりのマッチョ。
上はピチピチの薄いシャツだけだから、その隆々とした筋肉が嫌でも目に入る。
おや?
顔や腕に黒い刺青………、いや、ブーステッドを飲んだ強化人間か!
残り2人は中肉中背。
いかにもモブっぽいから、この強化人間のお供みたいなモノだろう。
「なんだぁ? ガキが2人だけか………」
「チッ! 誰も来ない場所なのに、今日に限って………、面倒臭いな」
ルークは吐き捨てるように呟く。
「ああぁ? おい、コラ、ガキ! 今、何て言った?」
「…………お前達の縄張りなんだろ? さっさと出て行くさ」
大男からの質問を無視して、ルークがそう言って身を翻そうとすると、
「おい、ちょっと待て! タダで帰すと思ったか! 持っているマテリアルを全部置いていけ! 痛い目に遭いたくなければな!」
そう言って大男は凄んで見せる。
自慢げに筋肉で膨れ上がった腕をまくり、拳をぎゅっと握ってこちらを威嚇。
しかし、そんな男の様子にも、ルークはつまらなさそうな目つきで一瞥。
「はあ………、本当に面倒臭い」
ルークはため息交じりで面倒臭いと口にしながらも、男達に向き直り軽く腰を落として戦闘態勢を取った。
「ヒロ、ここは僕が片づけておくから」
「そう? じゃあ、頼む」
最近、機械種ばっかり相手にしていたから、人間相手だと加減が難しい。
カツアゲくらいで殺すのも可哀想だから、ここはルークに任せることにしよう。
「これ、預かってて」
「おう! 任せろ。健闘を祈るぞ」
大事そうに抱えていた食料ブロックを預け、男3人へと立ち向かおうとするルーク。
「というわけで、僕が相手だ。さっさとかかって来いよ」
「ああっ! てめえ! この黒痣が目に入らないのか!」
「イキるなよ。ブーステッドを飲んでいるクセに、やることは街中でカツアゲって、悲しくないか?」
「なんだとぉ!」
「どうせ、調子こいてレッドオーダーに痛い目に遭わされたクチだろ。それで怖くなってお外に出れなくなったんだよな。お内の中でしかイキられないなんて、無様なヤツ」
「殺す!」
怒気に顔を歪めながらルークへと殴り掛かろうとする大男。
どうやらルークは煽るだけ煽って、向こうから仕掛けさせたみたいだな。
さてルークのお手並み拝見といきますか。
身長で言えば、30cm近く差がある両者だが、体重なら1.7倍以上は固い。
細身の中・高校生とプロレスラーがぶつかり合うイメージ。
さらに向こうはブーステッドを飲んで筋力を何倍にも増幅させた強化人間。
普通ならルークに勝ち目などあるわけがないのだが…………
ガシッ!
殴り掛かってきた大男の腕を易々と片手で掴むルーク。
「このっ!」
ガシッ!
もう片方の腕で殴ろうとするが、こちらも簡単に腕を掴まれる。
両者向かい合いながら力比べをしているような体勢。
「は、離せ!」
「嫌だね、ご自慢の怪力で振りほどいてみたら?」
「クソッ! 舐めるな!」
全身に力を籠め、ルークの手を振りほどこうとする大男だが、ルークの手はピクリとも動こうとしない。
体格なら大人と子供くらいの差がある2人だが、なぜか子供の方がパワーで押している。
傍から見ているなら非常に奇妙な場面。
しかし、よく見ればルークの黒髪にほんの少しだけ赤い光が見え隠れしている。
あれはレッドキャップ、赤能者がその身に備わったマテリアル機器を使用している時に発生する赤光現象。
まだ全力を出していないから、僅かな光量。
ルークを赤能者と知っていなければ気づかない程度。
なるほど。
あれはマテリアル重力器を利用しているのか。
いかに赤能者の身体能力が常人より増幅されているとはいえ、パワーに特化した強化人間と真正面から力比べするのは分が悪い。
ルークはマテリアル重力器で要所要所に超重力を発生させて、パワーをアシストさせているのであろう。
「いぎぎぎぎっ! 一体、どんな手品を使ってやがるんだ!」
「もうお終い? 大したことないね。じゃあ………」
ブルンッ!
突然、大男の重さがゼロになったかのように、ルークの片腕一本でその体が空中へと持ち上げられ、
ドシンッ!
そのまま勢いをつけて地面へと叩きつけられた。
「ぐああっ!」
硬い石畳に叩きつけられ、悶絶する大男。
そこに更なる追い打ちとして、
ゲシッ!!
「うええっ!」
横腹に思いっきりつま先で蹴りつけるルーク。
さらに何度も同じところをガンガンと蹴っていく。
「ひっ! や、めて! ぐおっ! た、すけて……があっ!」
蹴られる度に呻き声をあげる大男。
もう戦闘意欲は消え去っている様子。
そこから4,5発程蹴りを叩き込み、大男が呻き声すら上げなくなったところで足を止めるルーク。
「……………このくらいで勘弁してやるか。次からは相手を見てからかかって来い…………むっ!」
「てめえ!」「この野郎!」
ルークに向かってお供の男2人が助太刀とばかりに向かってくる。
だがルークは焦ることなく襲ってくる男達に向き直り、迎え撃つ構え。
「邪魔すんな!」
その右腕を風を薙ぐように思いっきり横へと振り抜いた。
ボフンッ!
「ぎゃあ!」「ぐああっ!」
ドガンッ!
たった腕の一振りで男2人が跳ね飛ばされ、背後の壁に叩きつけられる。
おそらくは右腕に重力波を乗せた一撃。
その見えない圧力に抗することもできずに男2人は完全に沈黙。
「………ったく」
苦々し気に一蹴した男2人を睨みつけるルーク。
その目から頭にかけて燃えるような赤い光が一瞬だけ強く輝いた。
これがルークの、赤能者の力か…………
数年前まで孤児院出身でしかなかった少年をここまで超人に押し上げる異能。
デメリットは大きいが、レッドオーダーの晶石を取り込むだけでその能力を手に入れられるのなら、求める者は多いのかもしれない。
赤光を除けば、どこにでもいる普通の少年にしか見えないが、その細身の体に秘める戦闘力はかなりのモノだ。
腕の一振りで自動車の正面衝突並みの破壊力を生み出したルークの赤能者としての力。
ブーステッドを飲んだ強化人間を苦も無くねじ伏せ、大の大人を腕の一振りで吹き飛ばす。
ルークの赤能者としてのランクがいか程のモノか分からないが、もっと高位の赤能者であれば、これよりもさらに恐るべき能力を持つのであろう。
何より恐ろしいのは、外見ではその戦闘力が全く計れないと言うこと。
さらに攻性マテリアル機器を街中で何の制限も無しに使用できるのだ。
街中なら機械種は白鐘の恩寵により暴力行為を抑制されてしまうが、人間である赤能者は関係ない。
銃や武器を持たずに徒手空拳で機械種並みの破壊力を生み出すことが可能。
テロや暗殺に使われたら防ぐのは非常に困難だ。
赤能者がここまで排斥され、恐れられているというのも分かる気がする。
「ふう………、手間をかけさせないでほしいな。雑魚は雑魚らしくさっさと悲鳴を上げて逃げておけよ………」
ルークは飛び回る虫でも追い払ったような感じで気だるげに呟く。
そして、再度倒れ伏している大男に向き直ろうとした時、
ガシッ!
「うん?」
伸ばされた手がルークの足首を掴んだ。
「何の真似?」
「くははははっ! 油断したな!」
倒れながら手を伸ばし、ルークの足首を両手で掴んだ大男。
先ほどまでの怯えた様子から一転、勝ち誇ったように気勢をあげる。
「掴んじまえばこっちのもんだ! これでお前の手品も使えまい!」
「やめとけよ。僕は君より強いんだからさ」
「うるせえ! 俺の方が強い! 弱いのはテメエの方だ!」
「!!!!」
大男がルークを『弱い』と発言した瞬間、
ザンッ!!
ルークの足を掴んでいる大男の両手が落ちた。
ボトンッ
まるで見えない断頭台の刃がその両腕に振り落とされたかのように………
「え? ………………………う、腕があああああああああああああああっ!!!」
肘の上あたりから両腕を失った大男が叫ぶ。
壊れた蛇口から水が噴き出すように、真っ赤な血が辺り一面に振り撒かれる。
「オレガ『ヨワイ』ダト? オレハ『ヨワク』ナンカナイ!!!」
ルークの髪が、額が、目が、眩いばかりの真紅の光を放ち、辺りを赤く染めていく。
大男が放った言葉が赤能者であるルークの逆鱗に触れてしまったのだ。
こうなるともう止まらない。
憤りの赴くままに相手を痛めつけ、壊し尽くすだけ。
「ああああああああっ! …………ぐあああああああああ!!!」
両腕を落とされた痛みに騒いでいた大男の身体が、見えないクレーンに吊り下げられているように持ち上げられる。
さらに身体全体を不可視の鎖がギリギリと締め上げ、万力で胡桃を押し潰すようにジワジワと…………
赤い光を放ちながら、凶相を浮かべて私刑の執行を執り行うルークの姿は、全人類の敵対者であるレッドオーダーの姿を重なるように見えてしまう。
これが人々から忌み嫌われる赤の呪いを受けしレッドキャップ。
「おい! ルーク、止せ!」
流石にそれ以上はやり過ぎだ。
このままだとヤンキー漫画からホラーやスプラッター物になってしまう。
「ルークよ、暴れることを禁じる、禁!」
ルークの背後に忍び寄り、背中に手を当てて禁術を行使。
「!!! ………………はあ、はあ、はあ…………、ヒ、ヒロか?」
禁術により赤光現象を抑えられたルークは肩で息をつきながら振り返る。
それと同時に空中に吊り上げられていた大男が地面へと落下。
ドスンっと倒れ込み、そのまま気を失ったようにグッタリとした状態。
そんな様子を横目で見ながら、ルークの問いに答える俺。
「ああ、止めさせてもらった。いくらなんでも殺すのはやり過ぎだ」
俺に指摘されて、じっと倒れ込んだ大男へと視線を走らせるルーク。
「…………確かにそうだけど、この状況、どうする? 自分でしてしまったことだけど、ここまでやったら流石に大事になりそうな気も………」
ルークは目を伏せながら気まずそうな表情。
ぐっと唇を噛んで、この惨状を引き起こしてしまったことを後悔しているようだ。
言いたいことは何となく分かる。
カツアゲされたのを返り討ちでぶちのめすのは許容範囲内。
多少恨まれるだろうが、コイツ等もわざわざ探し回るまではすまい。
だが、両腕を落としてしまったのはどう考えても過剰防衛。
「ブーステッドを飲んだ人間だから腕をくっつけて固定しておけばつながるかもしれないけど………」
「間違いなく恨まれるだろうな。コイツだけじゃなくて、コイツが所属する集団があれば、探し回ろうとするかもしれない」
「そうだね……………、だからもう殺すしかないか。万が一、姉さんに迷惑をかけるわけにもいかないから………」
自ら殺すという発言をしながらも、ルークは暗い表情。
裏社会にどっぷり浸かっていても、やはり平常な状態で人間を殺すのは精神的に堪えるのであろう。
だが、大の大人3人を殺すとなると後始末が非常に厄介。
虫が湧くまで死体を隠さなくてはならないし、いなくなった3人を探す者がいれば、俺達がここにいたことを勘づく者もいるかもしれない。
一番良いのは、コイツ等が俺達と出会わなかったということにすること。
であれば、ここから先は俺達の出番。
「ルーク、後は俺達に任せろ。上手く処理をしておくから」
「…………ヒロが始末するの? でも、これは僕が仕出かしたことだから………」
「いや、軽く治療をした後、コイツ等の記憶を消しておくさ」
「記憶を? そんなのどうやって…………」
不思議そうな顔をするルークの前に、七宝袋から空間拡張機能付きバッグを通して金鞭を取り出して見せる。
そして、軽く仙力を注ぎ込み、黄金の鞭の先に電撃を発生させる。
バチバチバチッ!!
「それは………電磁警棒?」
「まあ、そんなもんだ。なあ、知ってるか? 人間の記憶を司る前頭葉に一定の電気を流し込むと、数時間前までの記憶が消し飛ぶんだ」
「え?」
俺の突然の突飛な話にルークは口をポカンと開けて呆けたような表情。
「必要なのは特定の場所、特定の威力。今まで何度も行ってきた処置だよ。少々、記憶障害を起こすかもしれないけど、殺されるよりはマシだろう?」
「……………本当に上手く行くの?」
「俺を誰だと思っている?」
質問を質問で返し、さらに不安そうに揺れるルークの目を真っ直ぐに見つめ返す。
力強く、悠然と、揺ぎ無い自信を以って…………
そんな俺に対し、ルークはポツポつと俺の情報を並べていく。
「……………この街始まって以来の成果を上げ続ける狩人」
「ああ、そうだ」
「僕の赤能者の力を物ともしない強者」
「まあな」
「しかも、僕以上に赤能者の知識を持つ」
「………一部に詳しいだけだ」
「そして、幼い鐘守の『打ち手』となったロリコン………」
「違う! 何でそこでオチをつけようとするんだよ!」
せっかくカッコ良く決めようと思ったのに、混ぜっ返すな!
この前もそうだったが、分かっててやっているだろ!
思わずルークに食って掛かる俺。
不当な評価は力尽くで訂正させてやるぞ!
「ごめんごめん。その噂は僕が頑張って訂正するから許してよ」
「…………頼むからな、本当に」
軽くルークを睨みつけながら、預かっていた食料ブロックを返す。
『真実の目』にルークの言葉が嘘と出ない以上、頑張ろうとしてくれるはずだ。
「じゃあ、僕はここで失礼する。後はお願いね」
「ああ、また情報があったら頼む」
ルークがこの場を去った後、凄惨な現場となった状況をゆっくりと見渡す。
大男は血の海に沈みながら昏倒状態。
もう両腕からは血が止まりかけているようで、流石は強化人間といったところだろう。
壁に激突した男2人は今も気を失ったまま。
車に跳ねられた勢いで飛んでいったから、何本も骨を折っているのは間違いない。
「ルークに任せてしまった俺の責任と言うこともあるし………、いや、俺が出ていても一緒だったかも………」
俺が前に出ていたら、逆にもっとひどい状態になった可能性もある。
俺にとっての逆鱗である言葉を投げつけられていたら、こんなモノでは済まなかっただろう。
とりあえず、大男の切断された両腕をくっつけて繋いで固定。
白兎に『ケア○』をかけてもらい軽く治療。
「強化人間なんだし、あとは勝手に接合するだろ。次は………白兎! やってしまえ」
ピョンッ!
待ってましたとばかりに未だ目を覚まさない大男の頭に齧りつく白兎。
もちろん白兎に記憶を食わせて、この場であったことを忘れさせる為。
「ううっ、血塗れの大男の頭に齧りつく白ウサギ。ちょっとしたホラーだな」
脳みそから記憶を啜るラブリーな白ウサギ。
もうホラーを通り越してSANチェックが必要となりそう。
ピコピコ
「おっ、消去し終えたか。じゃあ、あっちの2人も頼む。ついでに後遺症が出ないよう適当に治療してやってくれ」
パタパタ
すぐさま2人が倒れている所へと駆け寄っていく白兎。
これも簡単に治療を行ってから、同じように頭に齧りつき、彼等の時間を食べて少し前までの記憶を失わせる。
これで隠蔽完了。
白兎が記憶消去を覚えてくれたおかげで、隠蔽工作がやりやすくなった。
「悪い奴は全員殺してしまえば良いっていうわけでもないからな………」
程度にもよるが、カツアゲくらいで殺し回っていたら、いくら人間が居ても足りなくなる。
俺の判断で悪だと断じて、切り捨てていき、結果、人手不足を招いて滅んだ街のことを思い出す。
未来視でのことだし、規模からいってもバルトーラの街の方が桁違いにデカいのであるが…………
「3ヶ月も過ごした街だ。ボノフさんもミエリさん、ガミンさんもいい人だし。俺が原因で滅ぶようなことは絶対にしたくない」
思わず口から出た俺の心からの願い。
この街は辺境最大。
抱える戦力も中央の一都市に匹敵する。
そんな簡単に滅びることなどあるわけ無い…………のだが…………
それでも、つい、こんな願いを口に出してしまう。
これは俺が心配し過ぎているのであろうか?
それとも…………………
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