第502話 作戦2

 


 幼い鐘守の少女、白露に課せられた使命、『守護者の討伐』。


 常識で考えるなら、たとえ高位感応士である鐘守であっても、一個人で挑むには無謀すぎる。

 なにせ白の教会が何百年かけても討伐できなかった難敵。

 白の教会の全戦力を以ってするならともかく、白露1人とそのお付のストロングタイプ1機だけでは死んで来いと言っているようなモノ。


 果たしてこの不可能としか思えない使命の裏には一体何があるのだろうか?


 それに付き合うことになってしまった俺の運命は…………








 ガレージに戻った俺と白兎は、すぐさまメンバーを集めて事情を説明。


 このまま放っておくと、白露は辺境におけるもう1機の守護者、怪熊フンババを狙って行き止まりの街へと移動してしまう。

 そうなれば白露が持つ特殊な能力によって、俺が雪姫を殺したことを暴かれることとなる。

 その結果、俺は白の教会の指名手配犯となり、あっという間に追われる身へと早変わり。

 当然、狩人などやっていけるはずもなく、少なくともヒロの名と姿は捨てることになるだろうし、俺と関わりのあった人達にも多大な迷惑をかけてしまう。


 それを避ける為には、何としてもこの使命を達成し、白露には末永くこの街に居ついて貰わなくてはならないのだ。



 こうした事情もある程度メンバーには伝えておく。


 俺の秘密を暴かれない為、白露と友好関係を結ばなくてはならないこと。

 

 今回の作戦について、白露は暴竜に察知されずにそのねぐらへと近づく方法を持っていること。

 

 しかし、肝心の暴竜を倒す手段については、不確定要素が大きい。

 感応士の能力を増加させる発掘品を保有しているが、確実に効果を現すかどうか不明。

 おそらくは俺達の手で暴竜を仕留めなくてはならない可能性が高いことということを皆に打ち明けた。






「……………何か質問は?」



 俺からポンポン飛び出す情報に対し、急に黙り込んでしまったメンバー達。

 どうにも気まずい雰囲気だったので、とりあえず質問は無いかと投げかけてみる。



 ピコピコ

『ほら、皆! 聞きたいことや、言いたいことがあるなら、遠慮せずに発言しよう!』



 俺の隣で白兎が耳を揺らして、皆からの発言を促す。 



 すると、真っ先に声をあげたのは我がチームの次席でもあるヨシツネ。



「主様がお決めになられたことであれば、拙者達は全力を尽くすのみです」



 質問では無く、単なる決意表明であるが、それを皮切りにメンバー達が口々に意見を述べ始めた。



「では、私とシンラさんで旅の準備を進めます」

「買い出しに行かなくてはなりませんね。できれば蒼銀弾を補充しておきたいところですが………」

「うむ………、守護者との再戦…………、マスターに頂いた新たな力を存分に振るいましょうぞ」

「あい! テンルもがんばるよ!」

「キィキィ!」

「ギギギギギッ!!」



 一度守護者との戦いを経たメンバー達は、それぞれに自分ができることを主張。

 それは俺の力に対する信頼感の証でもある。


 しかし、まだ俺の戦いぶりを知らないメンバーからすればトンデモナイ暴挙にしか思えないのもまた事実。


 ゆえに………



「皆さん! なぜマスターをお止めしないんですか!」



 ガレージ内に悲鳴に近い胡狛の声が響く。



「守護者討伐なんて…………、そんな歴史上誰も成し得たことが無い人類の夢の1つですよ! それは一個人でどうにかなるようなモノではありません!」



 両手を胸の前でぐっと握って、力説する胡狛。



「いかにマスターがとてつもない戦力をお持ちでも、守護者は別格です! どうやっても勝ち目はありません! ストロングタイプを何体揃えても、レジェンドタイプを従属させていても、彼の機体は難攻不落。どのような軍隊を率いても討伐することなんて不可能です! どうかご再考を!」



 この世界では至極当たり前のことを胡狛は語り、俺へと翻意を願い出る。


 胡狛の言う通り、この何百年もの間、人類は大陸の一画を占拠する守護者が守る聖域へと何度も攻め込んだ。

 その度にさして成果をあげることも無く敗退している。

 

 そして、生まれたのは、守護者は人の手では倒すことができないという神話。

 それは人間が大人になるころまでには備わる一般常識。


 胡狛のいうことは別段間違っていないのだ。


 『俺』と言うこの世界の中でも飛びきり規格外の存在を知らないのであれば………



 胡狛に対し、古株のメンバー達からどこか同情めいた生暖かい目が向けられる。


 自殺としか思えないこのバカげた作戦を聞いて、胡狛のような反応をする方が従属機械種としては当たり前。

 従属機械種にとって、マスターの命に勝るモノはないのだから。

 


 だけれども、申し訳ないのだが、目の前にいるお前達のマスターは些か常識外れなのだよ。

 さて、それをどうやって説明するか………


 

 胡狛の認識をどうやって改めてもらうかを考えていると、



「胡狛殿。主様のご決定に逆らうとは何事ですか? 主様の戦歴について説明したはずでしょう」



 ヨシツネが胡狛へと苦言を呈す。


 ヨシツネにとっての俺は、幾多の戦場を経て、自分のマスターであること以上の存在へと昇華している。

 それ故、俺の命令に逆らうような発言をした胡狛へと注意を促した。

 

 だが、注意を受けた胡狛はたじろぐことなく言い返してくる。

 


「ヨシツネさん。情報としては記録しましたが、到底信じる事ができない内容ばかりです。暴竜の息吹を棒で打ち返したとか、尾の一撃を片手で支えたとか………。こういった言い方は失礼なのですが、藍染屋か感応士に晶脳を弄られて偽の記憶を植え付けられたとしか思えません。お話しいただいたことが本当に在り得ることなのかとご自身の常識に照らし合わせてみてください」


「そ、それは………………」


「どうですか? おかしいとは思いませんか?」



 まあ、常識的に考えるなら『おかしい』としか言いようが無い。


 ヨシツネの方も返す言葉が無く、苦しい表情…………、いや、顔は仮面だから雰囲気だけだけど。



「おかしいでしょう? そう思うのが当たり前です。だから私は自分の常識に従い、マスターをお止めするんです。マスターが避けられない死地に向かうのを止めない従属機械種はいませんよ」


「………しかし、胡狛殿も聞いていたでしょう? その鐘守の依頼を受けねば、主様は窮地に追い込まれると…………」


「では、まずその鐘守を何とかする方法を考えるべきではないですか? 少なくとも守護者に挑むよりも遥かに勝率が高いはずです。鐘守一個人と考えたとしても、そのバックに白の教会があるとしても、何百年もの間、その白の教会すら太刀打ちできなかった守護者より手ごわいとは思えません」



 それはそうなんだが…………


 正直、俺的に考えると泣いている女の子に挑むより、守護者を相手にした方が気が楽だ。

 守護者は拳で殴りつけて黙らせてやれるのだが、まさか泣いている女の子を殴れるわけも無いからな。


 …………少しばかり、俺は守護者を軽く見ているところがあるのも否定できない。

 こう思えてしまうのも、俺とまともに勝負しようとせず、結局、俺達の前から逃げ出した印象が強いからなあ。

 

 あの守護者との激戦を経たメンバーと、それ以外との温度差が激しいのも、その辺が主な原因なのだろう。 


 

 しばし、思考に没頭する俺を他所に、ヨシツネと胡狛の討論は胡狛が圧倒的優勢な状態で進んで行く。



「マスターが決められたからといって、盲目的に従うのが忠義ではないでしょう。危険を危険と言わないでどうしますか!」


「いや、それは…………」



 きっぱりと胡狛に言い切られて、言葉に詰まるヨシツネ。

 戦場では決して揺るがない雄姿も、ズバズバと言いにくいことを口にしてくる少女型の前にタジタジ。


 聞くところによると胡狛の稼働年月は100年を超える。

 ヨシツネは俺が初起動させてから1年も立っていないので、稼働年月で言えばその差は年寄りと赤子以上。


 それに向こうは人の世を長く生きた内政型。

 戦闘に特化した元々口下手でもあるヨシツネでは勝ち目が無い。


 

 ヨシツネの目が助けを求めるように周りのメンバー達へと向けられる。


 だが、ヨシツネの救助要請に応える者は誰もいない。



 格上の機種に引け目を感じている森羅では力不足。


 天琉以外には強気に出られない秘彗は申し訳なさそうに黙ったまま。


 表立って意見を述べることは少ない豪魔は悠然と構えて事態を見守るのみ。


 当然ながら天琉は全く役に立たない。


 廻斗はどうして胡狛が信じてくれないのか不思議そうな顔。


 そもそも『ギギギッ』としか言えない浮楽では胡狛の説得は不可能。



 白兎は今回、口(耳?)を出すつもりは無い様子。

 メンバー、特にヨシツネの成長を促す為、あえて援護はしないようだ。



 こういった時、白兎以外でメンバーの間に入って緩衝役を努めてくれるのが、ストロングタイプの僧侶系、機械種ビショップの毘燭なのだが…………




「発言よろしいか? マスター」


「んん? なんだ、毘燭。構わんぞ」



 毘燭が列から一歩前に出て、俺へと発言の許可を求めてくる。


 

「マスターのお力は、先の紅姫戦で思い知りましたが………、守護者が相手となると少々不安が生じますな。ことはマスターのお命にかかわることですので。」


 コクッ

 コクコクッ



 毘燭の言葉に剣風、剣雷が頷く。

 2機も毘燭と同意見ということだろう。



 この3機が仲間に入ったのは暴竜戦後のことだ。

 あの激戦を実際に目にしていなければ、なかなか信じられることではない。

 

 紅姫アラクネ戦で俺の奇想天外な力を目の当たりにしたが、それでも守護者相手となると信じきれないのも無理はない。


 だが、胡狛と違い、反対という立場では無さそうだ。

 古株たちが一斉に賛成する中、一歩引いた立場で常識的な意見を述べただけだろう。


 しかし、それが胡狛には物足りなかったようで………



「ビショクさん! 少々の不安どころじゃありません! どうして、もっと強い言葉で制止しないのですか?」


「しかしですな、マスターが実際戦いになられた場面を見るに、そのお力は未だ果てが見えません。もしかしたら…………」


「何を馬鹿なことをおっしゃるんですか! マスターはどれだけ強くても人間ですよ!」


「いやいや、コハク殿………」



 胡狛の矛先は毘燭に向けられ、毘燭は噛みつく胡狛をイナシながら反論。


 この話はどこまで行っても平行線。

 実際に強敵と俺の戦う所を見せないと、胡狛に信じてもらうのは難しい。


 かといって、今から巣の攻略に向かっている時間も無い。


 一番簡単なのは、この場で俺の規格外の力を見せつける事だろう。


 具体的には皆の攻撃を俺が全て涼しい顔で跳ね除ければ胡狛も納得するしかない。


 剣風、剣雷の斬撃は俺に傷一つつけられず、毘燭が放つ重力圧搾も俺には通用しない。

 俺の無敵ぶりを示すにはそれが一番手っ取り早いのだが、マスターを攻撃するなんて従属機械種に不可能。


 まあ、俺も黙って攻撃を受けるなんて嫌だけど。

 

 さて、どうやって胡狛を納得させようか…………




 カツンッ!




「んん?」



 ガレージ内に甲高い物音が響く。

 それは固い金属をコンクリートの床に打ち付けた音。


 

「輝煉………」



 全身金色に輝く四足獣型機械種。

 竜の頭に馬の身体、牡牛の尾を持つ神獣麒麟。

 その名を冠するディバインビーストタイプの機械種オウキリン。



 カツンッ!



 全高4m、全長6m以上の重量級。

 その大きな蹄を床に打ち付け、もう一度音をカチ鳴らす。



 何事か、と皆が注目する中、輝煉はゆっくりと俺に向かって近づいてくる。


 その迫力はなかなかだ。

 大きさ的に象が接近して来るみたいなモノ。

 流石は俺のチーム唯一の重量級。



「どうした? 何か質問があるのか?」



 俺の前で立ち止まった輝連。

 

 何か言いたいことがあるのかと思い、見上げながら輝煉に向かって問う。


 しかし、その答えが言葉として返ってくることは無いのだ。

 輝煉は上位機種には珍しく会話機能を持たない機種であるらしいから。


 言いたいことがあればいつもは白兎や廻斗が通訳してくれることが多いのだが………



 スッ



 輝煉は両前脚を曲げ、その頭部を下に降ろし、俺の前で頭を垂れる形を取る。


 まるで徳高い王へと跪く瑞獣のように荘厳とも言える光景。



 その意図は誰が見ても明らかだ。


 何も言わず、ただその姿勢を以って、自分の意見を主張したのだ。




 思わず皆が黙り込む。

 自己主張をほとんどしなかった輝煉の行動を見て思う所があったのであろう。



 そして、そこへ、更なる上から重々しい声が響く。



「ふむ…………、見事な心意気。流石は………キレン殿」



 今までずっと黙っていた豪魔が突然、輝煉を褒め称えた。


 そして、巨大な顔を胡狛へと向け、諭すように語りかける。



「すでにマスターは………ご決定されている。無論、危険は承知の上で。そもそもマスターは狩人という危険な職業に就いておられるのだ。危険でない狩りなど在り得ない」


「程度の問題です! 普通の狩りと一緒にしないでください!」



 胡狛が豪魔を見上げて反論。

 しかし、豪魔は落ち着いた口調で返す。



「そう………、程度の問題なのだ。常人が常人しか持ち得ぬ戦力で狩りをするのと、世界でも類を見ない程の力を結集させた我等が守護者に挑むのと………いか程の違いがあろうか? コハク殿は言われましたな、我ら程の戦力は中央でも見たことが無い………と?」


「それは………そうですが………」


「コハク殿は、我等の力を完全に理解しているとは言えぬ。さらには先の守護者の戦闘も参加したわけではない………、さて、知る者と知らぬ者の意見、どちらを重要視されるのか?」


「…………………」



 口数の少ない豪魔の言葉であるだけに、皆への説得力が強い。

 さらには論理立てて説明するから、胡狛も言い返すことができない。


 それだけに言葉に詰まっていたヨシツネへの大きな援護射撃になったようで……… 



「胡狛殿。貴方の心配されるお気持ちも良く分かりますが、まずは先達者である拙者達を信じていただきたい。おそらくは守護者に挑む道中でも敵と遭遇することがあるでしょう。その際は拙者達も、そして、マスターもお力を振るわれるはず。それを拝見された上で判断して遅くは無いのではありませんか?」



 豪魔の助け船を受けて、何とか言葉を絞り出すヨシツネ。


 交渉と言うにはお願い成分と先延ばし感が強いが、まあ、仕方あるまい。

 元々、こういった弁舌には不向きな奴だからな。



「今はどのようにして守護者討伐を成すのかについて、ともに知恵を絞りましょう」


「…………分かりました、ヨシツネさん。確かにこれ以上の反対は無意味ですね。私としてもマスターのお役に立ちたい気持ちは同じです。おっしゃる通り、今は守護者討伐の為の策を検討致しましょう」



 反対の立場を取っていた胡狛がようやく納得してくれたようだ。


 しかし、完全に理解しているわけではないようで………

 

 

「ですが、マスター自らお力を振るわれる必要はありません。最前線は私達にお任せいただいて、マスターはできるだけ安全な場所で待機をお願いします。いつでも逃げられるような位置を確保していておいてくださいね」



 胡狛は決意を込めた表情で俺に対して進言。

 それが胡狛の譲れない点なのであろう。

 

 まあ、普通のマスターなのであれば、超重量級との戦闘に前へと出てくる奴なんていないのだろうが………



 多分、俺が最前線を張るんだよなあ。

 むしろ皆を守るために俺が盾になる展開が予想されるパターン。


 

 皆の生暖かい視線がまたも胡狛へと注がれる。

 

 俺を良く知るメンバー達からすれば、危険な相手程、勝手に前に出てくるマスターという認識なのだ。



 そんな微妙な空気がガレージ内に漂い始めた時、それをぶった切る発言が飛んでくる。



「ねえ、まだこの茶番は続くの?」



 空気を読まない魔王が1機。



「もう飽きちゃった。さっさと話を終わらせて、次に行こうよ」



 ベリアルは壁にもたれ掛かりながら、つまらなそうな態度で物申してくる。



「………ベリアルさんは随分と余裕の態度でいらっしゃいますね? ひょっとして魔王にかかれば守護者でも取るに足らないとか?」



 自分の必死の進言を茶番と言われ、カチンときたらしい胡狛はベリアルを挑発。


 だが、ベリアルはそんな挑発をサラリと流し、



「まさか。たとえ僕でもあの空の守護者相手だと分が悪い。アイツを確実に仕留めるなら、僕と同レベルの機種があと5機は必要だよ」



 あっさりと守護者には敵わないと認めるような発言を口にする。


 いつもなら自分に対する挑発など許しはしないベリアルだが、どうも胡狛相手には温い対応。

 胡狛の力を認めているのか、それとも、何か別な意図があるのか………



「そもそも僕の奥の手である『炎の戦車』では相性が悪いんだよ。ルシファーの奴が持っている衛星砲『明けの明星』でもほしいところだね」



 いるの? 大魔王ルシファー!

 そりゃあ、ベリアルがいるなら、サタンに並んで最も有名な魔王であるルシファーがいてもおかしくは無いが………

 

 色々と他の魔王の情報を尋ねてみたくなるが、聞けば聞くほどフラグが積み上がっていく気もする。

 守護者1機だけでも大変なのに、とても魔王の群れなんて相手にできないぞ!



「でも、我が君なら守護者相手にだって負けはしない。我が君の力はお前の想像の及ぶところではないよ。魔王であるこの僕が大人しく従っている意味をよく考えるんだね」


「従属機械種ならそれは当たり前のことでは?」


「ハハハッ! お前は魔王が魔王と言われる所以を分かっていないな。もし、我が君がただ運良く魔王を従属させただけの、ちょっと強い程度の人間だったら…………」



 チラリとこちらに流し目をくれるベリアル。

 それは男であるのに女以上に艶っぽい仕草。

 思わず鼓動が高鳴る程に情欲が刺激される淫らなモノ。


 そんな趣味など欠片も無い俺でも、しばしぼうっと見惚れてしまう程の………

 


 しかし、ベリアルから出た発言が、そんな気持ちなど吹っ飛ばす。


 

「僕はお前達全員をぶち壊して、我が君を独り占めしているよ。暗い暗い闇の底で我が君と二人だけの永遠の時を過ごすのさ。誰にも邪魔されず、我が君の眼は僕だけを見て、僕の眼は我が君だけを見つめ続けるんだ。ああ……、これこそが至高の楽園!!」



 ベリアルの瞳が青く輝く。

 その表情は自らの言葉に酔っているかのように陶然としていた。

 

 まるで演劇の主役のような立ち振る舞い。

 今のシーンだけを切り抜くなら、まさにクライマックスと言えるだろう。



 ベリアルの突然の変化。

 それに合わせ、周りの空気が急に冷たくなっていくような気がする。


 実際には温度が変化している訳ではない。

 ただベリアルから噴き出す瘴気のようなモノがジワジワと周りモノを侵食していくような感じ。



「フフフフッ…………、もしかしたら、今からでも遅くは無いのかもね? どう? 我が君。僕と2人だけの世界へ行ってみない?」



 再び俺へと流し目。

 それはもう従属機械種の目では無く、人間を悪の道へと誘惑する悪魔………



「我が君の手は僕だけを触れていればいい。我が君の耳は僕の言葉だけを聞いていればいい。我が君の口は僕が差し出すモノだけを食べていればいい………」



 一歩俺の方向へ足を踏み出すベリアル。

 その顔はすでに正気を失ったかのように夢見心地。

 ただ自分の都合の良い夢に陶酔しているようにも見える。


 だが、それだけにこの世のモノとは思えないほどに美しい。

 儚くも崩れ去る雪氷で作られた氷像のように………



「我が君には僕の全てをあげる。だから僕に我が君の全てを頂戴。その目も、手も、耳も、口も………、爪も、髪の毛も、全部全部、僕のモノに………」




 ピョンッ



 近づいてくるベリアルを遮るように、俺の前に白兎が立つ。

 両耳をピンっと立てて、後ろ脚で立ち上がった状態。


 また、ヨシツネも腰の鞘に手を当てて白兎の横に並ぶ。

 青く光る目は鋭くベリアルに向けられ、いつでも切りかかれる体勢。


 

 カツンッ!



 輝煉が大きく蹄の音を立てて、ベリアルを見据えた。

 これ以上ベリアルが良からぬことをするようであれば、輝煉の初戦闘の相手は魔王となるであろう。



「落ち着かれよ。ベリアル殿。貴殿の想いは決して叶わぬものだ」



 遥か頭上から豪魔の重々しい声が降ってくる。



「従属機械種として、マスターの寵愛を独り占めしたい気持ちは分からないでもない。しかし、貴殿1機の手に収まるようなマスターでもないことくらい分かっているだろう」


「フンッ!」



 鼻息一つ鳴らして歩みを止め、自分を囲む4機を見渡すベリアル。



 白兎、ヨシツネ、輝煉、そして、豪魔。



 いずれも魔王である己の力を以ってしても、瞬殺とはいかない相手。

 

 特に白兎と豪魔はベリアルが全力を出したとしても一筋縄ではいかないだろう。

 

 さらに、この4機が同時にかかってこられたら、流石に自分1機では勝ち目は薄い。

 



「……………………」




 1機ずつ眉を顰めて睨みつけ………




「フンッ!」




 やがて、諦めたかのように鼻息を鳴らして肩を落とす。



「……………冗談だよ。ちょっとした場を和ませるジョークさ」


「嘘つけ、目がマジだったぞ」



 ここまで騒ぎを起こしていて、しれっと嘘をつくベリアルに思わずツッコミ。

 

 だが、ベリアルは表情一つ変えずに言い返してくる。



「そりゃあ、我が君への愛の囁きだけは本気だからね。僕の方はいつでもウェルカムだよ」


「悪いが遠慮しておく。俺はまだまだこの世界に未練があるんだ」


「では、我が君の心変わりを気長に待つとするよ」



 ベリアルはそれだけ言ってクルッと背を向けて壁際に下がっていく………







 いや、突然、こちらを振り返った。


 






「限定召喚………、出でよ、炎獄の牙」






 その顔に浮かぶのは先ほどの狂想と言っても良い表情。

 これ以上ない程の期待に震えながら言葉を紡ぐベリアル。





「さあ、我が君。僕の愛を受け止めてくれ」




 

 突如、ベリアルのかざした手の前方から現れる巨大な筒

 純白をベースにオレンジのラインがはいった戦車の砲身。




「なっ!」




 それはベリアルの空間倉庫に収納されている『炎の戦車』の一部分。


 それを空間制御にてその砲身だけを取り出してきた。





 ピカッ!





 音も無く、閃光だけが弾け、その砲口から発射されたのは………




 

 真っ赤に燃える巨大なプラズマ球。

 地上に顕現した太陽の化身。



 直径は数m程だが、内包するエネルギーは莫大。


 この一発でガレージ街は崩壊し、この街の5分の1近くを焼き尽くすには十分な威力。


 少なくともこのガレージにいる仲間のほとんどは耐えられない。


 いきなりの仲間からの裏切りとも言える奇襲に対処できるわけがない。


 俺以外で残るのは白兎と豪魔、そして、9つの命を持つ廻斗だけ。

 あとは辛うじて輝煉ぐらいだろうか…………

 この近距離ではヨシツネも回避が間に合わないに違いない。


 残りの皆は欠片一つ残らず消滅する。

 さらにはその被害は街まで及び、何千人もの被害者が出るだろう。



 思考がこれ以上なく加速する中、最悪の事態を避けるために、俺が取らなくてはならない行動は…………


 



 俺が受け止める!!





 突然のベリアルの凶行に対し、即座に縮地を発動。


 皆の盾となる為に、灼熱の炎球の前に立つ。



 いや、盾になるだけでは駄目だ!

 この炸裂するだろうエネルギーを消去しなければ意味は無い。


 何ができる?

 何をすればよい?


 混天綾で防ぎ切れるのか?

 それとも禁術?

 火行の術と言う手も…………



 あらゆる手段を模索し、最も確率の高い方法を考える。



 この身に宿る『闘神』と『仙術』スキル。


 この2つを利用し、起こるだろう惨劇を避けるためには………





 ああ、これしかない。


 頭に浮かび上がったのは極単純な方法。


 以前、未来視で白兎が迫りくる炎球を吸いこんだように………



 迫りくる巨大な極炎の塊へと手を伸ばして、

 

 





 グッ!


 パシュッ




 握りつぶした。









 あの何万度もあった熱エネルギーは完全に消滅。

 煙一つ残らず、俺の手の平の中で消え去った。



 直径1mのプラズマ球は、俺が伸ばしたたった一本の手によって受け止められ、5本の指を内側に折り曲げた動作だけでその破壊力を失った。



 光も、熱も、衝撃波も、


 全て、初めから無かったかのように無へと帰った。


 まるで掌の中に飲み込まれてしまったかように…………




 自分でやったことながら、全く以って意味不明な現象。

 なぜかできると確信して、自然と行ってしまった超常現象。


 目の前で起こった現象が信じられないような顔で、自分の手の平を見つめる俺。


 また、この場にいるメンバー達も俺と同じような心境であるに違いない。


 放たれた莫大な熱量を秘めるプラズマ弾が、人間の手の平で握りつぶされるなんて誰も想像なんてできないであろうから。


 しかし、皆が黙り込む中、ただ一つ響いてきたのが、





 パチパチパチパチパチパチパチパチッ





 発生元を見ると、先ほどの元凶でもあるベリアルが涼しい顔で俺に向かって拍手していた。





「流石は我が君。握りつぶすのは予想外だったけど、それ以外は僕の期待通りだよ」


「……………なんのつもりだ?」


「何って? 決まってるじゃないか? 我が君を信じられぬ愚か者達に、我が君の力を見せてやっただけだよ」



 確かに効果的ではあった。


 俺の戦いぶりを見たことが無い胡狛はポカンと口を開けて唖然としている。

 

 また暴竜戦に参加していない毘燭、剣風、剣雷も今回のことで俺の戦力の見込みをさらに上方修正したに違いない。


 だが、上手くいったから良かったものの………



「……………もし、俺がしくじったらどうなっていた?」


「我が君は僕が熱量を完全にコントロールできるのは知っているよね。こんな近距離ならたとえ反応弾がこの場で炸裂しても熱エネルギーを完全に制御できるよ」



 通常空間に数万度の熱量が生まれたら、それだけで辺りは灼熱地獄だ。

 以前にもベリアルがプラズマ球を生み出したことがあったが、完璧に効果範囲は限定されていた。


 自分の手を離れたエネルギー弾でさえ、効果範囲を限定するのも威力を完全に消すのも自由自在ということか。


 たとえ俺が行動しなくても、放たれたプラズマ球は周りに被害を及ぼさなかった………


 もちろんベリアルが嘘をついていなければの話だが。



「俺だって万能じゃないし、お前だって手が滑ることだってあるだろう。事故って俺が死んだらどうしていたんだよ」


「これくらいどうにかできないのなら、守護者なんてどうにもならないよ。守護者に殺されるか、僕の手で消滅するかの違いじゃない?」



 従属機械種にとっての最大の禁忌であるマスター殺しですら、気軽に口にするベリアル。



「安心してよ。万が一、マスターが死んじゃったら、僕がきっちりコイツ等全員を処分して、僕も後を追うからさ。だからあの世でも寂しくないよ」

 


 ベリアルはニッコリと純真無垢な天使の笑顔を浮かべて宣言。

 それは今まで俺が見た中で一番魅力的と言えるような美しい笑顔………

 


「……………もういい。しばらく寝ておけ、ベリアル」


「フフフッ、ちょっと揶揄いが過ぎたかもね。いいよ、僕の出番が来たら起こしてよ。多分、守護者戦の直前だと思うけど………」



 確率の高い予言を口にしつつ、目の光量を落としスリープ状態に入るベリアル。

 


「………ったく!」



 愚痴を口にしつつ、立ち尽くす美少年の彫像となったベリアルを七宝袋へと収納。



「魔王は相変わらず魔王のままか。毒は薄れてきたように思っていたんだけどな………」

 


 白兎達との交流で非情さや酷薄さは鳴りを潜めてきたように感じていたが、やはり晶脳に備わった性格というのはそう簡単に変わりそうにないようだ。


 マスターである俺に対して、躊躇う素振りすら見せずに攻撃してきた。

 しかも、即死級の攻撃を。


 これは本来従属機械種には在り得ないこと。

 だが、魔王であるベリアルには可能である様子。


 もちろん、俺には効かないと確信していたから………と思いたい。




「はあ…………」



 

 まだまだ残るチームの課題に頭を悩ませながら、ガレージに響き渡るくらいの大きなため息をついた。



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